週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

劇団からのお知らせ〜2018年公演できません〜

一度でも演劇を「作る側」を体験すると
「見る側」には戻ってこれない


 前回、日本の小劇場のガラパゴス的悪習と、それを自明のものとしている不毛さについて書きました。書きましたが、実は同時にこうも思っていました。僕が書いた批判なんて、おそらくほとんどの小劇場関係者が十分すぎるくらいに分かっているはずだと。分かったうえで、それでも彼らは芝居をやっているんじゃないかと。

 では、自分の人生を食いつぶされながら、芽が出ない可能性の方が圧倒的に高いことを分かったうえで(小劇場の舞台俳優にとって“ゴール”はどこかというのもまたディープな問題です)、それでもなお彼や彼女が演劇を続けるのはなぜなのでしょうか。そこまでしても「やりたい」と思わせる芝居の魅力とは、いったい何なのでしょうか

 このことを考えるときにいつも思い出すのは、大学にもロクに行かず芝居ばっかりやってる僕に対して、高校時代の先生がしみじみといった一言です。「芝居っていうのは、一度『作る側』を体験しちゃうと『見る側』には戻ってこれないんだよなあ」。もう15年以上前に言われた言葉ですが、今改めて思い出してみると、演劇の魔力というものを端的に表しているなあという納得感があります。

 ただ見ているよりも、参加する方が楽しい。これってつまりは「祭り」と同じです。実際、演劇はかつては神々との交信を目的とした儀礼の一種だった時代がありますが、そうした歴史をわざわざ紐解かなくても、本番に向けて募る高揚感やそこで生まれる仲間との一体感、終わった後のさみしさなど、演劇と祭りとは極めて似ています。映画とか音楽のライブとか、演劇に近いメディアもありますが、「そのときその場限りのもの」という一回性や、準備期間の負荷の高さとそれに比例して醸成される高揚感という点で、演劇よりも祭りに近いアートはないんじゃないでしょうか。

 人々が演劇に惹かれる理由が、祝祭がもつ「ハレ」というプリミティブな感覚によるものだとしたら、一度ハマったら容易に抜け出せないのも当然かもしれません。少なくとも、高校の文化祭の延長で劇団を始めた僕自身にとって演劇は何よりも祭りであり、今日まで演劇を続けてきたのも、この「ハレ」の感覚がずっと忘れられなかったからなのは間違いありません。

…と、「今日までずっと」と書いてしまいましたが、実際には僕のいる劇団theatre project BRIDGEは現在活動休止中です。最後に公演をしたのはもう3年も前。「演劇を続けている」などと書くことは、正直かなりためらわれます。

 実は今年2018年には公演を打ちたいと思っていたのです。でも、無理でした

 理由は「忙しいから」という、いたってシンプルなものです。メンバーの大半がアラフォーにさしかかり、仕事や子育てでもういっぱいいっぱいでした。僕個人でいえば、仕事に関してはなんとかやりくりできるのですが、子育てのインパクトが想像以上にでかかった。会社に勤めつつ2歳児抱えながら台本書くなんて、僕にはとてもじゃないけどできそうにない。

 僕らは学生劇団としてスタートしたので、メンバーが大学を卒業して就職をするときに、一時的に活動を休止したことがあります。でもありったけの情熱を注いだ自分たちだけの場所が、就職というもののためになくなるのはどうにも納得できなかったので、苦肉の策でひねり出したのが「社会人劇団」というスタイルだった…というのは以前この記事で書いたことです。
「音楽で食わずに、音楽と生きる」ことについて僕も考えた

 そういう意味では今は2度目のピンチ。しかし、1度目のときは「会社」「就職」といった自分以外のものによる都合が原因だったのに対し、今回の(少なくとも僕にとっての)原因は子育てという自分自身の問題です。世の中のシステムに負けない「個」を作る試みが社会人劇団だったのに、いつの間にか問題は「個」そのもの移っていました

 サラリーマンやりながらでも劇団はできるんだってことを証明するために、徹夜して台本書いたりスーツ着たまま稽古に行ったりしてた20代の僕から見れば、より巨大なシステムに負けたならいざ知らず、他でもない自分自身の問題で芝居から遠ざかっているなんて、ダサいと思われてしまうかもしれません。

 でも「ダサくなった」と自覚できるのも、劇団という一つの場所に居続けたことで「容易に比較できる過去」があるからではあります。そして、ダサかろうが恥ずかしかろうが、人生のあらゆる瞬間を絶えずシェアしてきた場所があることは、写真がたくさん詰まったアルバムなんかよりも、ずっと貴重なんだろうなあと思います。「ハレ」の感覚以外に僕が劇団を続ける理由があるとすれば、過ぎ去っていった時間への愛おしさや未練なのかもしれません。

 劇団は2020年に結成20周年を迎えます。そのときにはなんとか公演を打ちたいと思っています。




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『都市の舞台俳優たち アーバニズムの下位文化理論の検証に向かって』田村公人(ハーベスト社)

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「小劇場」という名の
不思議な世界について


 前回に続いて演劇の話です。

 東京で活動をする劇団の数ってどのくらいあるか知ってますか?諸説ありますが、僕は「2000」と聞いたことがあります。途方もない数字に思えるかもしれませんが、都内に大小合わせて100館前後あるといわれる劇場で毎週どこかの劇団が公演を打っているとしたら、ありえない数字ではありません。

 ただ、当然ながら、誰もが知っている人気劇団や、プロとして食えている役者はごく一握りで、他の大多数の劇団員たちは(プロ志向かどうかは別として)演劇以外の手段で糊口をしのぎながら細々と活動を続けています。そんな、東京で活動する無名の舞台俳優たちに、10年以上にわたって行われた追跡インタビューを基に書かれたのが本書。

 実はこの本、ルポタージュものではなく、歴とした論文です。著者の田村公人は社会学の研究者で、本書における東京の小劇団は、都市文化論の研究対象という位置付けです。

 都市は地方に比べて非通念的な文化(下位文化=サブカルチャー)が育ちやすい。「マニアック」とされるサブカルチャーでも巨大な人口を抱える都市では同好の士を求めやすく、そうした集団は他の世界と衝突を繰り返すことで成員間の結束やおのおのの信念が強化される傾向にある…というのが従来の都市文化論や下位文化論でした。しかし筆者は、東京の小劇場劇団では、他の世界との衝突はむしろ集団の凝集性を弱め、離脱を促すことさえある事例を引きながら、従来の都市文化論に対する再検証を試みています。

舞台俳優の中には定職に就く恋人が支援を行うケースも確認される。(中略)しかし支援の期間が婚期(たとえば、二十代後半)に達してくると、進路変更を求める恋人からの圧力は強まり、かつ結婚生活への移行の時期を巡り、双方の主張に隔たりが生まれることも珍しくない。

 上記のケースは、恋人による「経済的に自立してほしい」「適齢期になったので結婚したい」といった「外の世界」の慣習・常識とぶつかった結果、舞台俳優のなかで、劇団を辞めたり役者へのモチベーションが低下したりなど、劇団の凝集性や信念の強化とは真逆のリアクションを引き出す例として示されています。

 しかし、小劇場という世界にいささかなりとも関わったことのある身としては、上記のエピソードは本書の難しい論旨に照らし合わせるまでもなく、直感的に「ああそういうことか」と納得できます。詳しくは後述するとして、ひと言でいえば小劇場という世界があまりに特異すぎるのです。

 経済的な自立を求めることや適齢期に結婚を望む気持ちは、「異なる考え方」「他コミュニティの慣習」といった相対的なものではなく、ごく一般的な常識です。相対的なものであれば、成員は自分の感性を再確認し、お互いの結束を高めることにもつながるでしょうが、一般的な常識とぶつかったときには当然ながらローカルルール(=演劇界の中だけでの当たり前)の方が負けます。つまり、外の世界との衝突が劇団を弱めるのは必然的なのです(劇団という特異な存在だけを根拠にしているという点で、僕は本書の論旨に対しては正直懐疑的です)。

 要するにですね、この本は小劇場に関わったことのある身としては、なんとも耳の痛い本なのです。書かれている内容がいちいち突き刺さる。突き刺さりすぎる。

新たな進路に踏み出すタイミングについて逡巡を続ける舞台俳優の中には、結論を導き出すまでに時間を必要とするがあまり五年先、あるいは十年先まで公演への参加がさらに長期化していくケースも実在する。そしてここで看過しえないのは、時間が経過していくほど、結論を導き出すことをさらに困難とする舞台俳優自身の状況の推移が見られる点である。

 どうですか?こんなの涙なしに読めないでしょう?

 なかでも、劇団の特異性をつくづく痛感してしまうのが「ノルマ」の話です。

 小劇団の大半が、公演のたびに「ノルマ」と称して、劇団員それぞれに一定枚数のチケットを売りさばくことを義務付けています。ノルマなので、与えられた枚数に到達しなかった分は自己負担になります。

 一人5枚とか10枚とかであれば、家族やごく近しい友人に声をかければ達成できますが、劇団によっては一人70枚というような枚数を課しているところもあります。70人なんて、知り合い全員が来てくれたとしても達成できるかわからない枚数です。チケット1枚2,500円だとしたら、なんとか半分の35枚を売ったとしても残りの35枚分87,500円は劇団員自身が払わなければいけなくなります

 ただでさえ劇団員の多くはバイトで生計を立て、しかも公演時期は稽古に時間を割かれるので収入は安定していません。そのなかで公演を打つたびに毎回10万円近い出費を強いられるのは相当な負担です。

 もちろん、そうなるのを避けるために劇団員は必死でチケットを売ります。家族や友人、中学や高校の同級生、バイト先の同僚。しかし、一度なら好奇心や応援の気持ちからチケットを買ってくれても、二度三度と続くとなかなか誘いには応じてくれなくなります。強く誘えば、お金の絡むことゆえ、その人との関係さえこじれてしまう恐れもあります。

 じゃあどうするのか。解決策の一つとして劇団員の多くが採用している方法が、同業者、つまり他の劇団の人間を観客として誘うことです。同じくノルマに苦しんでいる身として、一般の人に比べると度重なる誘いにも理解があり、誘う方も声をかけやすいのです。

 ところがこの関係はギブアンドテイクが前提です。相手もノルマに苦しんでいるので、自分の公演に来てもらったら、相手の公演の時には自分が観客として足を運ばなくてはなりません。もちろん、チケット代も交通費も自己負担。ノルマの自己負担と、もはやどっちが高くつくのかわからなくなってきます。

 本書には、ある小劇場劇団の団員が売ったチケットのうち、7割が演劇経験者とその知人だったという話が出てきます。お互いにノルマが大変なのはわかっているから、持ちつ持たれつの関係を維持するために、相互互助的にお互いの公演に足を運ぶ。そこには「作品が面白いから」「その劇団が好きだから」といった本来あるはずの動機はありません。

 今年ニュースになった高プロ制の導入や悪質タックルを選手に強要した日大ラグビー部を日本の悪しき縮図と見る向きがありますが、僕はあれらのニュースを見ながら、団員に「ノルマ」と称して金銭を負担させ、その金銭分のチケットを家族や友人に売りさばかせ、その結果として人間関係を破たんさせ、時間だけは拘束するから定職に就くことも許さないまま何年も束縛する「小劇場」という仕組みも、極めて日本的だなあと思っていました。そして、個人の人生を食いつぶして作られた芝居の客席は、「付き合い」のためだけに足を運んだ演劇関係者ばかりで埋まっている―。しびれるほどに不毛です

 この本はあくまで論文なので、著者の主観的な考えは入っていませんが、この本を読んで「舞台俳優やりたい!」「劇団入りたい!」って思う人はまずいないでしょう。(ネガティブな意味で)特異な演劇が、「外の世界」と衝突して結束や信念が揺らぐのは、あまりに当然なのです。

 ノルマをはじめとする、小劇場劇団で広く敷衍した仕組みや慣習は、まともにやるとあまりに個人への負担が激しいため、人生を食いつぶされて辞めるのが先か、その前に運よく売れるかという消耗戦的チキンレースになります。したがって、どうしても20代からせいぜい30代中盤あたりまでの若いうちしかできません。参加者の世代が圧倒的に若年齢層に偏っている点は、音楽やダンスにはない、演劇の極めて不健全なところです。

 じゃあ、人生を食いつぶされず、いわば消耗戦ではなく持久戦で演劇を続けるためにはどうしたらよいのか。その答えの一つが、生活の糧を演劇以外の場所で確保したうえで芝居をやる「社会人劇団」なんじゃないかと、本書を読んで改めて僕は思いました。

 そういうことをいうと「退路を断って臨まないと面白い芝居などできない」「仕事をしながら片手間でやる芝居が面白くなるはずがない」などと言い出す人が出てきそうです。ある種の覚悟が作品の質に影響を与えること自体は否定しませんが、以前この記事でも書いた通り、「プロかアマか」「仕事か趣味か」という二元論は、あまりに発想が貧しいと言わざるをえません。100or0のような極端な形ではなく、その中間にある多様な劇団のあり方、創作の方法を許容していかないと、小劇場という世界はいつまで経っても「人生を棒に振る覚悟がある人」しかいない、閉じた場所であり続ける気がします。

 …と、さんざん偉そうに書いてきましたが、以上のことは社会人劇団としての成功例が現れることが不可欠です。そしてそのことは、当然ながら「社会人劇団」と銘打って活動している僕自身の喉元に、ナイフとなって跳ね返ってくるのです






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『地域と演劇 弘前劇場の三十年』長谷川孝治(寿郎社)

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「地域のリアル」は
演劇だからこそすくい取れる


 僕は、仲間と作った劇団で戯曲を書いたり演出したりすることをかれこれ18年も続けていますが(もっともここ数年は活動休止中ですが)、一人の観客・一人の消費者としては、演劇よりも音楽や読書のほうに圧倒的な時間と情熱を注いでいます。演劇なんて、最後に劇場に足を運んだのはいつだろう。

 でも、演劇にしかできないものがあるということは、はっきりと理解しているつもりです。

 まず、演劇は言葉を使います。言葉を使うことで、音楽や絵画に比べると圧倒的に多い情報量を作品に載せることができます。単に伝達手段としての言葉だけではなく、例えばモノローグや群唱(複数の人間による台詞のユニゾン)といった、理性よりも肉体に訴えかけるような詩的な言葉まで、あらゆる言葉を扱うことができます。

 また、演劇は物語を得意とします。ある人物の変化やある出来事の推移を観客に見せる、時間を使った表現ができます。その一方で、一瞬の光景でインパクトを与える視覚的な表現もできます。照明や音楽、ダンスといった手段もあります。

 このように、具体的なものから抽象的なものまで、あらゆる表現手段を詰め込むことができる許容度の深さ、いわば雑食性が、演劇の強いアドバンテージです。もし「何かを表現したいけどどう表現していいかわからない」という人がいたとしたら、僕は演劇をやればいいと思う。

 話は変わります。

「地域演劇」という言葉があります。その名の通り、大都市で職業俳優によって行われる商業演劇ではなく、主として地方において、その土地の住人自らが作り、演じる演劇のことです。「リージョナル・シアター」といって、海外ではその地域の名物ともなっている有名なカンパニーがたくさんあります。

 日本において、地域演劇の草分けとも呼べる存在が、1978年の旗揚げから一貫して地元・弘前を拠点に活動を続ける劇団、弘前劇場です。その主宰者である長谷川孝治が、劇団の歴史と自身のキャリア、そして地域演劇への思いについて書きおろした『地域と演劇 弘前劇場の三十年』という本があります。この本のなかで著者は、単に地元の仲間と趣味で活動するアマチュア劇団と地域演劇とを明確に区別しています。

 峽は何故演劇をやっているの?」
◆峽たちは何故劇団をやっているの?」
「しかも、公的な助成を受けて」
の問いかけがない場合の答えは簡単である。「好きだから」「やりたいから」でよろしい。それ以外の答えなど不要だ。しかし、私たちはに対しての答えを完全に導き出すことができるだろうか。

 著者は地域演劇を、単に地方在住の人間が参加するだけではなく、公的な助成金をもらって活動するものと捉えています。「公的な助成金をもらう」ということは、その地域に住む人にとってなんらかの恩恵やプラスの効果が期待できることが前提になります。じゃあ、演劇が地域に還元できるものって何なのでしょうか。

 本書の中に、このような一節があります。

ことさらに役など作らなくても人間は充分に演技する存在である。(中略)ならば、商業的に役を演じ分ける必要がない地方の演劇で成立する演技とは、中央のプロと呼ばれる俳優たちの演技とはおのずから違ってくるのではないか。

 弘前劇場の劇団員は、主宰である長谷川孝治も含めて、昼間は別の仕事をしています。会社員や公務員として働きながら、家庭をもち、地域社会ともコミットしながら暮らしています。つまり、「普通の生活」を送っている人たちです。

 その「普通の生活」は彼らに、例えば「中間管理職である自分」や「夫/妻である自分」「親である自分」など、何らかの「役」を演じることを要求します。生活者だからこそ、演技をすることが常態化しているのです。だとしたら、舞台に上がって今更「殺人犯と刑事」や「王子と姫」を演じることに意味はあるのか。そんなことは中央の職業俳優による商業演劇に任せておけばよい。地域に根差している者だけが体現できるリアルな「演技」は他にあるんじゃないか―。

 著者がこの命題に対する一つの解として取り入れたのが、淡々とした日常会話が中心の物語進行と、標準語で書かれた台詞を役者が自分自身の手(口)で使い慣れた津軽弁に「翻訳する」という手法でした。

 例えば、リンゴ農家を舞台に登場人物が津軽弁で喋るシーンがあるとしたら、東京の人間には言葉すら聞き取れない可能性がありますが、地元の観客にはごく日常の馴染みのある場面でしょう。標準語よりもむしろ細かいニュアンスが伝わるかもしれません。

 大都市から発信される最大公約数化された「中央のリアル」とは別に、そこに住む人たちのなかでのみ共有される「地域のリアル」があるのだとすれば、それを反映した作品を作ることが、「公的な助成」を受けた地域演劇の役割である。…本書を読んで僕はそう考えました。

 なぜ「地域のリアル」を反映することが、その地域にとって恩恵になるのか。それは、同じ土地に住む人が作り、その土地の言葉で語られる物語は、単なるエンターテインメントという枠を超え、「自分たちの物語」になる可能性を秘めているからです。以前『オオカミの護符』僕自身のファミリーヒストリー豊島氏の話などで書いてきたことと同じように、「自分たちの物語」は、その土地に住んでいることに意味を与え、ひいてはその人のアイデンティティを強化してくれます。自治体が地域の史跡を整備したり、郷土資料館を公開したりするのと本質的には同じことです。

 そして、「地域のリアル」を反映しようとしたときに、音楽や絵画などさまざまなアートがあるなかで、演劇は非常にそれに向いているメディアだと思います。一つは冒頭に書いた雑食性です。言葉や物語を持ち、視覚も聴覚も使い、具体から抽象まであらゆるタイプの表現に対応できるからこそ、中央のリアルとの微妙な差をすくい取ることに長けています。

 また、祝祭という側面をもつ演劇には、観客として見るだけでなく、自ら参加するという楽しみ方もあります。地元の祭りが地域の結びつきや土地の人のアイデンティティを強化するのと同じような役割を、演劇が果たすことも可能かもしれません。このように考えていくと、「地域音楽」や「地域絵画」という言葉をなかなか聞かない一方で、地域演劇という概念が成立している理由がわかってくる気がします。


 僕らの劇団は結成して最初の4年間を、地元である神奈川県の藤沢で活動していました。でも当時、自分たちが藤沢の地域演劇であると考えたことはありませんでした。

 藤沢は、ほんの一時間電車に乗るだけで新宿や渋谷、銀座といった大都市の中心部にたどり着けます。経済面でも文化面でも東京圏に属する藤沢に、あの町だけのリアルというものがあったのだろうかと、本書を読んで考えてしまいました。あのまま藤沢で活動を続けていたら、もしかしたら今頃僕は「故郷の再発見」をできていたのかもしれません(それができずに今に至るという話は『あまちゃん』のときに書いたとおりです)。

 ただ、本書は別に、地方在住の演劇人のみに向けて書かれた本ではありません。「中央と地域」というファクターを取り除いてみれば、本書に書かれているのは「結局、その作品は誰にとってのリアルを反映しているのか」という、アーティストにとっては根本的で普遍的な問題だからです。






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『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(KADOKAWA)

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来たるべき「90年代ブーム」では
何が語られるのか


 宮藤官九郎『あまちゃん』で80年代カルチャーネタをふんだんに盛り込んだように、当時を青春時代として過ごした世代が働き盛りに突入したことで、一種の80年代リバイバルが起きています。その一つの典型が、「おじさんたちが青春を過ごした80年代の音楽を語り合う」というコンセプトの番組『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BS TwellV、金曜深夜、10月からはゴールデンに移動)。

 マキタスポーツスージー鈴木という、80年代に青春時代を過ごしたおじさん2人による音楽トークは、ひたすら独断と偏見と過剰な思い込みに満ちていて最高です。ポカンとしているカセットガールに対し、おじさん2人が「仕方ねえな」という感じでコードや歌詞や時代背景を熱く説明するんだけど、実はカセットガールがおじさん2人を「かまってあげている」という構図も、自分の将来を見るようでたまりません。

 僕は第1回から全て見ているのですが、最高だったのは「春の名曲フェア〜マキタの春〜」という回。「意気揚々と上京してきたマキタスポーツが大学デビューに失敗して、部屋で悶々としながら聴いた曲」なんていう個人史すぎる曲ばかりを紹介するのですが、「知らねーよ!」と突っ込みながらもめちゃくちゃ面白かったです。スージー鈴木の著書を紹介した時にも書いたことですが、そういう主観的で個人的で偏った文脈とともに知った音楽のほうが、客観的な分析や解釈とともに知った音楽よりも、むしろ「聴いてみたい」と思ったりするんですよね。音楽評論というと「上から目線のシニカルな分析」や「文脈でっち上げて煽る提灯解説」ばかりが目につく昨今、徹底的に個人の思い入れを切り口にして音楽を語るこの番組はマジで希望です

 実際、この番組にはかなり影響を受けてます。松田聖子薬師丸ひろ子を本腰入れて聴くようになったのも、そこから派生して『松田聖子と中森明菜』や『角川映画1976-1986』といった本に食指を伸ばしていったのも、この番組が大きなきっかけでした。考えてみれば、そのように複数のメディアにわたって80年代関連コンテンツを延々とハシゴできること自体が、世間に「80年代リバイバル」があることの証だといえるかもしれません。

 なぜ僕は80年代に惹かれるのか。僕は81年生まれなので、主体的に80年代コンテンツを消費していた世代ではありません。でも、TVでチラ見した映像や耳にした曲、それらが醸し出す匂いは記憶にあります。そのおぼろげな記憶は、当然ながら僕の感性に大きな影響を与えているはずです。そういう意味でこの番組は、僕自身の感性の源流を紐解いてくれるような存在なのです。

 6月に発売された『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』は、この番組の書籍版。清水ミチコとの対談など、書籍オリジナルのコンテンツはあるものの、メインは過去の放送の文字起こしです。DVDやブルーレイではなく書籍というところに、なんとなく深夜のBS放送っぽさを感じなくもないのですが、なにせとんでもなく情報量の多い番組なので、映像化よりも書籍化はむしろファンとしてはありがたい対応でした。

 さて、消費者層の加齢に伴ってリバイバルが起きるなら、あと10年もすれば「90年代ブーム」が起きるはずです。そこでは一体何が語られるのでしょうか。80年代は僕にとっては「歴史」の範疇でした。しかし90年代は、僕が当事者として過ごした時代です。「90年代ブーム」で何が語られれば、当事者として納得できるのか。80年代の話を楽しそうにするおじさん2人を見ていると、果たして自分はそこまで90年代の音楽に思い入れをもって接していただろうかと、期待半分・不安半分の複雑な気分になります。






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薬師丸ひろ子『Best Songs 1981-2017〜Live in 春日大社〜』

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一緒に年を取るという
「器」のあり方


 80年代アイドルの歌、それもデビュー曲やキャリア初期の歌を2018年の今聴きなおしてみると、あまりの「アイドル然」「女の子然」とした世界観に気恥ずかしさを覚えることがあります。そのなかにあって、薬師丸ひろ子<セーラー服と機関銃>は異質な響きをもっています。別れを予感させる歌詞とシリアスな曲調、当時17歳の瑞々しく生硬な彼女の声は、アイドルという瞬間性を真空パックした存在とは真逆の、普遍的な何かを感じさせます。

 多くのアイドルがオーディションなどを通じて、あくまで歌手としてデビューしたのに対し、薬師丸ひろ子は映画女優としてキャリアをスタートしました。歌手デビューした後もしばらくの間は、シングルは全て自身が主演する映画の主題歌でした。それらの歌に投影されるのは薬師丸ひろ子自身ではなく、彼女が演じる役であり映画の世界観でした。いってみれば、薬師丸ひろ子は歌という水を注ぐための「器」に徹していたのです

 実際、彼女自身も「歌を歌うときは、リスナーの記憶や作り手の思いをできるだけ損なわないように、なるべく当時のまま歌いたい」と語っています。歌が歌手のキャラクターとは切り離され、独立を守っているところがアイドルとしては異質であり、だからこそ、今聴いてもハッとする普遍性をもっているんだろうと思います。

 2016年に奈良の春日大社で行われた初の野外ライブを収録した『Best Songs 1981-2017〜Live in 春日大社〜』というアルバムがあります。実はこのアルバム、ライブ本編で歌われた曲順のままではなく、<セーラー服と機関銃>から、ほぼリリース順に沿って曲を並べ直して収録されています。つまり、当時を知る人は思い出をトレースできるような仕掛けになっているわけです。これは間違いなく「リスナーの記憶を大事にする」という彼女の意向なんだろうと思います。

 じゃあ肝心の歌は「当時のまま」なのか。もちろん、そんなことはありません。(多分)キーは当時と同じですが、声質はそれなりに年齢の変化を感じさせ幾分低くなった印象です。一方で、30年以上のキャリアの積み重ねによって、圧倒的に歌は上手くなっています。そして、当然ながら歌い手の変化は、歌そのものの印象も大きく変えます。それがもっとも端的に表れているのが、1stアルバム『古今集』の1曲目であり、竹内まりやのセルフカバーでも有名な<元気を出して>

 薬師丸ひろ子がまだ10代だったオリジナル版は、若い主人公が失恋した同世代の友人を励ますという、まさに歌詞の通りの、牧歌的で他愛のない「励ましソング」でした。ところが、50代半ばを迎えた現在の彼女の声には、かつてはなかった母性的な包容力や一つひとつの言葉への説得力があります。そのためこの曲は、失恋だけでなくあらゆる悲しみを射程に捉えた「人生の励ましソング」に聴こえます。


 2曲目の<探偵物語>も、オリジナルとは印象ががらりと変わった曲です。例えば2コーラス目サビ前の「昨日からはみ出した私がいる」という部分。これ、オリジナルだと少女から大人へ一歩を踏み出した心情を歌っているように聴こえますが、現在の薬師丸ひろ子が歌うと「戻れない一線を越えてしまった」という、道ならぬ恋への抗いがたい情熱を表現しているように感じるのです(それでもいやらしさをまったく感じさせない彼女の透明感がすごい)。

 以前、70歳を超えたポール・マッカートニーが歌う<Blackbird>について書いたことがあります。歌い手の変化とともに歌そのものも変化し、それまでとはまったく違う世界が見られるようになること。それはまるで、終わったと思っていた物語にまだ続きがあることを発見したような気分になります。

 そしてもう一つ、今回このライブ盤を聴いて思ったのは、歌が「年をとる」ことで、その変化のなかに聴き手は自分自身の人生の経過をも重ねあわせられるということ。<元気を出して>のなかに「人生はあなたが思うほど悪くない」というフレーズがありますが、このアルバムで聴くと、なんだか自分のこれまでの人生を肯定されたような気持ちになるんですよね。言うまでもなくこれは、現在の薬師丸ひろ子の声で、しかも僕自身も大人になった今(初めてこの曲を聴いたのは確か中学生の頃でした)聴くからこその感慨です。

 時間の経過を感じさせない「当時のまま」のパフォーマンス(たとえばマドンナのような)もいいけれど、歌い手が年齢を重ね、それに伴って歌の聴こえ方も変わり、その聴こえ方の変化のなかにリスナー自身の物語も重なること。いわば、歌手と歌とリスナーがみんなで一緒に年をとっていくこと。それはそれで、とても素敵なことじゃないかと思います。そして、それもまた「器」の一つのあり方なんじゃないかとも思います。








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