週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

HAPPY 『Stone Free』

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成長や進化なんていう
能天気な言葉は使いたくない


 京都出身の5人組、HAPPYの1stフルアルバム『Hello』は、僕にとっては100点満点といっていいアルバムでした。リリース時にこのブログでもがっつりと書きましたが、「この人たちは僕のために曲を書いてるんじゃないか?」と感じるくらいに、全ての音がピタッとハマりました。その快感といってもいい感覚は、3年経った今聴き直してみても変わりません。

 そうなのです、もう3年も前なのです。『Hello』が2014年。その次のリリースが翌15年の春に出したEP『To The Next EP』。ライブハウスもどんどん大きくなってきていたし、露出も増えていたし、そこからメジャーレーベルに移籍するという噂もありました(実際そういう話はあったそうです)。ところが彼らは、そこから突如長い沈黙の期間に入りました

 16年1月に<Count Your Memory>、同年6月に<Mellow Fellow>と、SoundCloudやYouTubeに新曲が公開されたことはありましたが、いずれも単発のみ。ライブ活動も、メンバーが個々にソロで出演することが増えてきて、「バンドとしてはこのまま終わるのかなあ」なんて思ってました。

 なので今年7月、CDリリースとしてはおよそ2年ぶりとなるミニアルバム『Stone Free』が発表されると聞いたとき、真っ先に感じたのは「嬉しい」というよりも「安心した」という気持ちでした。販売はHPからの注文とライブ会場の物販のみで、レコード店や通販サイトでは取扱いなし。かつてよりもさらにDIYでインディーなスタイルですが、手貼りの宛名シールの封筒で彼らの事務所から直接CDが届くのは、なんか温かみがあって、久々のリリースとしてはむしろ理想的な配布形態だった気がします。

 んで、『Stone Free』です。素晴らしいアルバムでした。めちゃくちゃ良かった。曲が良いっていうのはもちろんなんですが、アルバム全体からHAPPYというバンドが新しいステップに進んだことが強く伝わってきました

 それがもっとも端的に表れているのが、1曲目の表題曲<Stone Free>

 まず一つは、かつてよりも生音が重視されていること。冒頭いきなり聴こえてくるのがサックスの音という時点で、早くも『Hello』との違いに驚くはずです。彼らの代名詞だったキーボードも使われているのですが、その音の響き方はかつてよりもずっとくすんでいます。エレクトロポップ色が強かった前作までを思うと、まさか「ローファイ」という印象をこのバンドに対して抱くことになるとは

 もう一つは、BPMが遅いこと。これは16年の<Count Your Memory>や<Mellow Fellow>の時点から始まっていた変化ですが、<Stone Free>の放つ粘っこいグルーヴは、それがたまたまではなく意図的なものであったことを証明しています。

 遅いっていうだけならこれまでも<To The Next>や<Color>といった曲がありましたが、どちらもバラードであり、当時のHAPPYのなかではあくまで亜流でありアクセント的な存在でした。しかし、<Stone Free>がリードトラックであり表題曲であることに表れているとおり、今作では遅い曲をポップチューンに昇華させているところがこれまでと大きく違います

 これら2つの大きな変化によって、アルバムはトータルとして、『Hello』よりもグッと重たく、サイケデリックな印象を与えます。試しに『To The Next EP』のリードトラック<R.A.D.I.O.>と<Stone Free>を聴き比べてみると、まるで華奢で髪もサラサラだった高校生の少年が、いつの間にか汗の匂いを漂わせる大人の男に変わっていたような、親戚のおじさん気分を味わえます。


 んで、僕は彼らの変化を、ものすごく肯定しています。理由は2つ。

 一つは、15年の『To The Next EP』の時点で、僕は正直、これ以上このバンドがエレクトロポップ路線に走っていくとついていけないかもなあと危惧していたこと。なので、今回の変化は僕にとって歓迎すべきものだったし、おそらくバンド自身も、もうエレクトロポップ路線はないだろうと考えてたんじゃないかと想像します。

 もう一つは、確かにサウンドは大きく変わりましたが、ちゃんと(というのも変ですが)<Lucy>や<Lift This Weight>のような素晴らしいメロディセンスや愛嬌のあるポップネスが感じられるところ。おそらくこれこそがHAPPYというバンドの変わらない個性なんだろうと思います。そういう意味でいえば、僕にとってHAPPYは「変わってない」のです。

 Stone Freeという言葉には「束縛やしがらみ(=Stone)からの解放(=Free)」といった意味があるそうです。そして、アルバムのタイトルがこの言葉になった背景には、メジャーレーベルからの誘いがあったものの「このままメジャーへ行っても自分たちがなりたいバンドになれないんじゃないか?」という疑問(おそらく前述の、飽和気味だったエレクトロポップ路線を期待されていたという意味なんじゃないかと想像してます)がありました。

 この作品はいろんな真理を示唆しているように思います。自分の思ったとおりの自分になるためには、誰かの力はあてにできないこと。自分だけの力による、長い時間の地道な努力が必要なこと

 僕は、「成長」や「進化」なんていう言葉をこの作品に対して使いたくない。成長や進化という言葉には、結果のみを見て、「全てのものは良くなるはずだ」という能天気な前提で作られたストーリーにあてはめようとする浅はかさがあるからです。成長した、進化したという評価には、その過程にある痛みが抜け落ちているように思います。だから僕は、やはりタイトルにならって、HAPPYが前よりも「自由」になった作品と呼びたい。彼らが誰の力も借りずに、実際に自分たちの足で歩くことで、「自分たちはこういう場所にもいけるんだ」ってことを示して見せた作品だと思います



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Christopher Owens 『A New Testament』

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源流をたどって再発見した
「白人アメリカンポップス」の血


 米インディーロックバンド、Girlsが2009年に1st『Album』をリリースしたとき、かなり話題になったし実際に何度か試聴したのですが、そのときはいまいち僕には響きませんでした。09年というと、ちょうどペインズと同期になるわけですが、ある意味「ど」がつくほどシンプルなペインズに比べて、屈折して陰影のあるGirlsには食指が動かなかったのかもしれません。

 とにかく、そんな風に関心が薄かったので、Christopher Owensのアルバム『A New Testament』を聴いても、彼がGirlsのフロントマンであったことなど知る由もなく「誰、この新人!すごくいいじゃん!」と思ってたくらいでした。

 ただ、「すごくいい!」といっても、やたらと斬新だったという意味ではありません。このアルバムに並んでいるのは、カントリー、ソウル、R&Bといったアメリカのオールドスタイルな音楽ばかり。Girlsがアメリカンポップスをベースに独特すぎる新しい音楽を「発明」したのと比べると、この作品はオーセンティックなものを素直にそのまま再現しようとしている印象。

 なので、むしろ古典的といってもいいくらい、レトロな空気に満ちています。例えとして適当かわかんないですけど、カバーアルバムを聴いている感覚に近い。クリストファーの他のソロ作品を聴いてないんですけど、バンド解散後の彼のトレンドはこういう感じなのでしょうか。

 ただ、味付けは素朴で懐かしいものであっても、ギターの音のセレクトや女性コーラスのアレンジなどは、(変な言い方ですが)50年代の音源よりもハマってる感じがします。小気味よく曲を展開していくアルバム全体のリズムの良さも素晴らしい。Girlsとソロとでアプローチは違っていても、やはりこの人は超一流のポップ職人だなあと思います。



 話はとりとめもなく変わるのですが、本作を聴いたことで、かつてはそっぽを向いてたGirlsも今ではよく聴くようになりました。「現代のペット・サウンズ」なんて言われてるそうですが、一度聴いただけでは到底理解しきれないような凝りに凝った世界観は、確かにブライアン・ウィルソンの狂気的創造性を感じます。

 ただ、僕がクリストファー、Girls(そしてブライアン・ウィルソン)を聴いて感じたのは、「白人アメリカンのポップミュージック」とでも呼ぶべきフィーリングでした。明るく華やかで、ノリよりもメロディ重視。強烈なレイドバック感。言い方を変えればそれは“黒っぽさ”と距離を置いた、ある意味ではとてもコンサバな音楽ともいえます(まあ『A New Testament』そのものは黒っぽくもあるのですが)。

 この源流をたどろうとすると、ビーチボーイズがいて、フィル・スペクターがいて、そしてその他多くの50〜60年代のポップスがあるわけですが、21世紀の現在からみると、一部の例外を除いてそれら白人アメリカンポップミュージックのほとんどは、名盤として歴史化・資産化されている“黒っぽい”ロックンロールと異なり、ワゴンセールで980円でたたき売られ、中高年の無聊をかこつだけの存在に成り下がっている有様です。大体、ロックだと60年代の音楽は「名曲」「名盤」と呼ばれるのに、ポップスだと「オールディーズ」と呼ばれるのも変な話です。

 昨年末、And Summer Clubの記事でも書きましたが、16年は自分の音楽に対する「好みのルーツ」が、「白人ポップス」であることを実感した1年でした。そのきっかけとして、記事ではThe LemonsThe Schoolの名前を挙げましたが、実はこの『A New Testament』という作品も大きなヒントでした。

 Girls時代よりもソロ時代の方が長くなったクリストファーですが、なんと最近新しいバンドを組んだらしいです。そのバンドの名前が「Curls」って聞いたときは思わず吹きました。ガールズの後にカールズって!でも曲はめちゃくちゃ素敵です。この記事で音源聴けます。








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The Crotches 『Ein Ahot La Mifsaot』

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「ミサイルの下で書いた曲」は
どこまでもポップだった


 イスラエルの3ピース、The Crotches。出身はイスラエルだけど活動拠点は欧米、というパターンではなく、所属するGarzen Recordsもテルアビブのレーベルですし、Facebook見てると、実際現地で頻繁にイベントやったりライブしたりしてるので、正真正銘、イスラエルで活動中のバンドです。

「イスラエルにバンドがいる」ということ自体が正直驚きでした、でも、さらに驚いたのは、肝心の音楽を聴いたとき。彼らが4月にリリースした2ndアルバム『Ein Ahot La Mifsaot』だったのですが、これがめちゃくちゃかっこよかったのです。

 基本はグチャッとしたローファイなガレージロックなんだけど、メロディにしてもアレンジにしてもとにかく洗練されていて(正確に述べるなら「わざと洗練しない風」にしているところが洗練されている)、Burger Records好きにはたまらないクセや空気感をもっています。

 3曲目<Gan Ha Hashmal>や5曲目<1996>のように、ぼろぼろのトラックが暴走してるようなぶっ壊れた感じもあれば、2曲目<Kever Achim>のように、夏の日の午後のような心地よい気だるさを感じさせるメロウな曲もあり、非常に多彩なアイディアに満ちています。さらに、ヘブライ語(?)の独特な発音が乗っかるので、英語に馴染んだ耳には新鮮で、余計にかっこよく聴こえます。

 ちなみに、Garzen RecordsのBandcampを覗いてみたのですが、所属する他のイスラエルのアーティストも個性的でよかったです。僕はAbraoというソロアーティストが気になった。トロピカルなんだけどダークなサイケデリックという感じがして妙にクセになります。なんて熱い街なんだ、テルアビブ。

 でも、やはりさまざまな争いの火種を抱える国であることと無縁ではないようです。The Crotchesのプロフィールには、14年の戦争(ガザ侵攻のとき?)ミサイルが飛び交う中で曲を書き、廃墟のような場所でライブを続けてきた…というような内容が書かれています。歌詞には強い政治的メッセージが込められているそうなので、おそらく相当ラディカルなことを歌っているのでしょう。

 僕は残念ながら歌詞を理解することはできませんが、その分、純粋な「音」として聴けているはずです。そして、音として聴くThe Crotchesは、「政治的メッセージを歌うバンド」といわれて抱くイメージとはまるで無縁の、陽気でリラクシングで、ユーモラスな印象すら与えるバンドです。僕はそこに(想像ではありますが)過酷な状況だからこそポップであろうとする彼らの強い意志を感じます。

 Yellow FangManic Sheep、そしてThe Crotchesと、「母国語で歌う非英語圏バンド」が徐々に僕のライブラリに増えてきました。

 Yellow Fangのときに書きましたが、ロックという様式の、言語の違いを飛び越える伝播力の強さに驚く一方で、ロックのもう一つの側面である「自由さ」や「多様性」を考慮すると、日本人の僕がイスラエルのThe Crotchesを「かっけえ!」と感じるような、どの国でも共通のフィーリングを持つことは、手放しで喜べるものでもないんだよなあとも思います。もちろん、僕が単に「その文化でしか生まれえない音楽なんだけど、同時にポップミュージック足りえる音楽」をまだ知らないってだけかもしれませんが。

Sound Cloudで全曲聴けます↓







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The Courtneys 『II』

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「技術じゃねえ。ハートだ」は
やっぱり真実です


 カナダのバンクーバー出身の3ピースガールズバンド、コートニーズ。2013年にリリースされた1stアルバム『The Courtneys』は、地元の小さなレーベルでの扱いだったにもかかわらず人気を呼び、アメリカの有名インディーレーベルBurger Recordsをはじめ、世界各国のレーベルが彼女たちの音源をアイテム化しました。

 15年にはニュージーランドの老舗レーベル、Flying Nunと契約し、現在はバンド自身も拠点をオセアニアに移して活動しています。そして今年、Flying Nun移籍後初のフルアルバムとなる『II』がリリースされました。

 コートニーズのメンバーは、クラシック・コートニー(Gt.)、クレイジー・コートニー(Ba.)、キュート・コートニー(Dr.)と、全員が同じ「コートニー」姓を名乗るスタイル。ちなみにキュートがドラムを叩きながらメインボーカルも務めます。

 メンバー全員が同じ苗字を名乗るというと、真っ先に浮かぶのはラモーンズですが、コートニーズはその音楽スタイルまでもがラモーンズの直系ともいうべきものです。ひたすら続く直線的な8ビートとシンプル&ポップなメロディ。楽器はギターとベースとドラムだけ。演奏も歌もすごく拙いんだけど、その素朴さが逆に初期衝動を真空パックしています。



 コートニーズを聴いていると、「こんなに楽器が下手くそでもロックできるんだな!」とつくづく思います。「技術じゃねえ。ハートだ。」と口にすると綺麗ごとだと一笑に付されがちですが、いやいや、間違いなく真実ですよ。初めてバンドを組む中学生や高校生がいたら、僕は間違いなくコートニーズを(男子だったらラモーンズを)勧めると思うな。

 ただ、わが身を振り返ってみると、バンドを初めて組んだ中学3年生当時、コートニーズやラモーンズを聴いたとしても、希望を持つどころか、そのシンプルさを「単純すぎる」「子供っぽい」とバカにしてたかもしれません。「俺は他人と違う」という思春期特有の自己顕示欲を満たすことしか頭になかった当時の僕には、いかに難しい曲を、いかに他人より早くマスターできるかにしか関心がなかったからです。

 ではラモーンズをいつ好きになったのかというと、たしか20代、それも後半になってから。それは、かっこよくいえば、大人になってようやく、真っ直ぐでシンプルな生き方が、いかに尊いかを理解するようになったからです。

「俺このままこの仕事続けられるのかな」
「『アクションアイテム』ってなんだよ」
「今夜の会社の飲み会ホント行きたくねえ」
そんなことばかり考えながら、それでも仕事に向かってしまう自分を思うと、ラモーンズのシンプルで愚直で自由なスタイルが、途端に眩しく感じられたのです。

「ありえたかもしれない自分」というわけじゃないけど、コートニーズを聴いてると、もし中学生の頃に彼女たちに出会って、そしてめちゃくちゃ好きになっていたら、その後僕はどういう人生の選択をしたんだろうなあ、なんて思います。








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Satellite Young 『Satellite Young』

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90年代生まれによる
「80年代」の再発見


 日本の3人組ポップユニット、Satellite Young。彼らが今年5月にリリースしたセルフタイトルの1stアルバムが、めちゃくちゃ面白いです。

 いい!でも感動した!でもなく「面白い」と表現したのはなぜなのか。その理由は、彼らの音源を聴いてもらえば一発で理解してもらえるはずです。

 キッパリハッキリしたメロディに、気恥ずかしくなるくらいにギラギラしたビート。この匂いは…そう、80年代です。80年代以外にありえません。Satellite Youngは「80年代アイドル歌謡」をコンセプトに活動するグループなのです。

 僕はサウンドもさることながら、歌詞に激しく惹かれます。「胸さわぎとまらない午前零時 通知がきてるわ エメラルドのアイコン」<ジャック同士>なんてたまりません。アルバムにはほかにも、<ブレイク ブレイク ティクタク><卒業しないで、先輩!>なんていう、タイトルからしてたまらない曲もあります。

 ちっともおしゃれじゃないガリ勉(これも死語だな)タイプのボーイフレンドを歌った<Geeky Boyfriend>も、いかにも80年代センスでいいですね。でも、80年代当時は「ギーク」なんて言葉は使われてなかったので、あくまで視点は2017年の今ということがうかがえます。こうした、80年代テイストに隠れた現代の感覚を探すことも、Satellite Youngを聴く楽しさの一つです。

 僕は81年生まれなので、リアルタイムで80年代カルチャーを味わった世代よりは、少し下になります。にもかかわらずSatellite Youngを「懐かしい」と感じるのは、子供だったぶん、アニメをたくさん見ていたからです。当時のアニメ番組の主題歌はアイドル歌謡の主戦場だったので、メイン視聴者層だった僕らは、アニメを見る一環でアイドル歌謡の雰囲気も味わっていたのです。Satellite Youngを聴いていて頭に浮かんだのも、<悲しみよこんにちは>(斉藤由貴)とか<水の星へ愛をこめて>(森口博子)とかでした。<Sniper Rouge>なんて、『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』の主題歌<愛はブーメラン>にそっくりです。

 んで、Satellite Youngを最初に聴いたとき、僕はてっきり80年代をリアルに経験してきた人たちが、「青春をもう一度」的に始めたグループなんだろうと思ってました。でも、だとしたら、メンバーは最低でも40代後半でないと辻褄が合いません。なのに、Satellite Youngのメンバーの見た目はせいぜい30代。後から調べたら、ボーカルの草野絵美は90年生まれで、80年代生まれですらありませんでした。つまりSatellite Youngが描いている「80年代」は、実際には80年代をまったく経験していない人たちの手によるものだったのです。僕はこれがすごい面白いなあと思いました。

 ものすごく当たり前の話ですが、元々「80年代」という言葉は、音楽のジャンルやコンセプトを指す言葉ではありません。にもかかわらず、80年代の音楽って、ジャンルを問わず、なんかこう同じ匂いがします。知らない曲でも「あーこれ80年代だな」となんとなくわかる。

 洋楽に目を向けてみても、80年代のポップスってやっぱり独特です。<Girls Just Wanna Have Fun>のMVで見せたシンディ・ローパー派手なメイクと、オリビア・ニュートン・ジョンの<Physical>のあのチカチカしたMV、あとデュラン・デュランの<Reflex>でステージの上から滝が落ちてくる、今でいうAR映像みたいないやつ。80年代の洋楽と言われて僕がパッと思い浮かぶのはこのあたりなんですが、日本とは多少趣きが違うとはいえ、ギラギラとしたバイタリティに溢れているところは共通しています。

 80年代って、今振り返ってみると、テクノロジーに対する信頼がもっとも厚かった時代という気がします。音楽業界ではそれがシンセやリズムマシーンといった電子サウンドの一般化と、映像との結びつきの強化によるド派手化ショー化になって表れたのかなあと。80年代の音楽が共通してもつ匂いは、そのような「未来に対する無邪気な憧れ」なのかもしれません。90年代のグランジの登場やオアシスのような「古典派」の復権は、享楽的な80年代からの揺り戻しという文脈で捉えられる気もしてきます。

 Satellite Youngを聴いていて、キッパリハッキリとニュアンスを出す80年代的思い切りの良さが、「あか抜けない」ではなく「眩しい」と映るのは、それが(大げさに言えば)未来を信じているがゆえのものだからです。そして、未来を信じていることが「眩しい」と感じるのは、何かとキナ臭い2017年の日本社会に僕が生きているからです。

 この点で、Satellite Youngがやっていることは、単なる80年代サウンドのリバイバルではなく、新たな文脈に基づいた「再発見」と呼ぶべきものだと思います。








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