週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

Vampire Weekend『Father Of The Bride』

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黒と白のように、昼と夜のように
僕らは一緒にやっていこう


 あるアーティストを追い続けていると、新作が出るたびに以前の作品から何がどう変わったか(変わってないのか)に敏感になってしまうものですが、ヴァンパイア・ウィークエンドが今年5月にリリースした新作『Father Of The Bride』も、前作『Modern Vampire of the City』(2013年)から6年のあいだに起きた変化を如実に反映したアルバムとなりました。

 一つは、トランプ政権の誕生。多くのアーティストが、「トランプ以降」の世界について、作品を通じて何らかのアティチュードを表明していますが、ヴァンパイア・ウィークエンドも例外ではありませんでした。<Harmony Hall><This Life>は、明らかにトランプ政権下のアメリカを視野に入れた曲だと思います。<This Life>の下記の歌詞なんて、思わずハッとしました。

Baby, I know hate is always waiting at the gate
I just thought we locked the gate when we left in the morning
And I was told that war is how we landed on these shores
I just thought the drums of war beat louder warnings



 しかし、バンドにとってこの6年間に起きたもっとも大きな変化は、なんといってもロスタム・バトマングリの脱退でした。

 ロスタムの脱退は、単に1人のプレイヤーがバンドから抜けたというだけに留まらなかったはずです。なぜなら、過去3作のプロデューサーを務めたのは他でもないロスタムであり、彼こそがヴァンパイア・ウィークエンドというバンドのサウンドの核を担っていたからです。

 なので、今回の『Father Of The Bride』は、ロスタムがこれまでバンドのなかで果たしていた役割を、逆説的に証明するような作品になっています。

 まず、音数がぐっと減りました。特にロスタムが主に担っていたシンセ系の音が減り、必然的にギター主体のサウンドに変わっています。ビートルズ<Blackbird>を思わせるギター弾き語りの<Hold You Now>を1曲目に配置しているところに、僕はなにか「宣言」めいたものを感じました。

 もう一つ、「これがロスタムの個性だったんだなあ」と感じたのはビートに対する感覚です。今回のアルバムを聴くと、過去3作がいかにビートを強調していたかがよく分かります。デビュー作の頃、よくヴァンパイア・ウィークエンドは「アフロビート」というような形容をされましたが、そのキャラクターを作っていたのはロスタムだったんですね。

 では逆に、ロスタムが抜けてバンドに残ったものは何か。僕はエズラ・クーニグの「メロディ」と「声」だと思います。やはりというか、エズラのメロディは絶対的な「華」のようなものがあり、さらにそれを歌う彼自身の声にも心を揺さぶる力があります(決して美声というわけではないのに、不思議ですね)。

 このことは、ロスタムがバンド脱退後リリースした最初のソロアルバム『Half-Light』が(これもまた逆説的に)証明していました。この1stソロを聴いたとき、サウンドはまんまヴァンパイア・ウィークエンドだったのですが、決定的に欠けていたのがメロディと、エズラのあの声だったのです。

 このように、『Father Of The Bride』というアルバムは、「変わったもの」と「変わらないもの」とがせめぎあっている作品です。18曲というボリュームと、それをメドレー的につなぎ合わせた構成は、「ポスト・ロスタム」の葛藤と混沌の表れのようであり、いくつかのメディアが指摘するように、確かにこのアルバムはビートルズの『ホワイト・アルバム』を彷彿とさせます。

 ただ、『ホワイト・アルバム』はメンバー4人それぞれが曲を持ち寄っていたのに対し、『Father Of The Bride』のコンポーザーは、基本的にエズラ一人だけ。残る二人のメンバー、クリス・バイオとクリス・トムソンはレコーディング自体に参加していない曲なんかもあって、ヴァンパイア・ウィークエンドは徐々にエズラの個人プロジェクトになっていくのかもしれません

 TVに出演してる映像なんかを見ると、サポートミュージシャンを大量に入れていて、以前よりもアンサンブル感は強まっています。一人の作曲者の頭のなかで鳴っている音を、何人ものミュージシャンで再現し、増幅していくというあり方に、僕はブライアン・ウィルソンに近いものを感じました。



 脱退したロスタムですが、実はこのアルバムにも一部の曲でプロデューサーとして参加しています。関係は切れてないんですね。よかったよかった。そのうちの1曲は前述の<Harmony Hall>で、実はアルバムを最初に聴いたときに「おっ、これいいじゃん!」と思ったのがこの曲でした。後で調べてロスタムが関わっているとわかり納得。

 そしてもう1曲が、<We Belong Together>。この曲でロスタムはプロデュースだけでなく、エズラとともに作曲者としても名を連ねています。タイトルからしてウルッときてしまいますが、歌詞も「僕らはずっと名コンビとしてやってきた。でも、それは二人が似ていたからではなくて、むしろ僕らは常に真逆だった。真逆のまま、これからも一緒に歩いていこう」というような内容で、なんて美しく前向きな友情の描き方だろうと、激しく感動しちゃいました。








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特集「The Shangri-LasとThe Goodies〜光と影の双生児」

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歴史の闇にひっそりと消えた
「もう一つ」のシャングリラス


 こちらをじっと見つめる美しい金髪の少女と、「なぜここに?」という違和感を放つ謎のバイク。そして、バーンと大きくプリントされた、それ自体がキャッチコピーであるようなグループ名「Shangri-Las」の赤い文字―。

 シャングリラスを最初に知ったきっかけは、曲でもプロフィールでもなく、アルバムのジャケットでした。中古レコード屋でたまたま見つけた彼女たちの1stアルバム『Leader Of The Pack』のジャケットに、「これは好きに違いない」という直感を覚えて、その場でジャケ買いしたのです。果たしてその直感は当たりでした。

 1963年に、NYの同じハイスクールに通っていたベティとメアリーのワイス姉妹と、メリーアンとマージのガンザー姉妹の4人で結成されたシャングリラス。Smashからリリースしたデビューシングルは鳴かず飛ばずじまいでしたが、64年にRed Birdに移籍し、プロデューサーのシャドウ・モートンと出会ったことで運命が変わります。

 まず、シャドウの手による<Remember (Walking in the Sand)>で全米5位に入ると、続く<Leader Of The Pack>(シャドウが書いた元曲をエリー・グリニッチとジェフ・バリーが仕上げた楽曲)で全米1位を獲得。彼女たちの人気の高まりを受けて、レーベルは急きょ1stアルバムをこしらえます。それが、僕が見かけた『Leader Of The Pack』。ジャケットのセンターに映る金髪の美少女メアリー・ワイスは、当時まだ15歳でした。



 翌65年になってもシャングリラスの人気は衰えず、<Give Us Your Blessings>、<I Can Never Go Home Anymore>などヒットを出し続けます。そこでレーベルは、またも彼女たちの既発曲をひとまとめにしてアルバムに仕立てることにします。それが『Shangri-Las-65!』。タイトルもコンセプトも「在庫一掃セール!」という感じでミもフタもないですが、個人的には1stよりもこの2ndのほうが、より彼女たちのイメージに近い楽曲が揃っているような気がします。



…と、ここまでが実は前置きでした。今日の本当の主人公はシャングリラスではなく、彼女たちの陰でひっそりと歴史の闇に消えてしまったあるガールズグループなのです。その名はグッディーズ(The Goodies)。

 アルバム『Shangri-Las-65!』のなかに<Sophisticated Boom Boom><The Dum Dum Ditty>という2つの曲があります。この2曲のオリジナルを歌っているのがグッディーズです。

 グッディーズは63年、NYに住んでいたマリアン・ジェスムンド、スーザン・ゲルバー、ダイアンとモーリーンのライリング姉妹の4人で結成されました。結成された年も住んでる地域も4人の関係も(姉妹が含まれている点も含めて)、シャングリラスに驚くほど似ています

 そして、あるショーに出演したのをきっかけに、当時バニーズ(The Bunnies)と名乗っていた彼女たちは、シャングリラスのプロデューサーであるシャドウ・モートンと出会います。ちょうどシャングリラスが<Remember (Walking in the Sand)>で最初のヒットを出した直後でした。

 バニーズ(グッディーズ)を見込んだシャドウは早速、彼女たちとデモテープづくりを始めます。その曲のタイトルは<Leader Of The Pack>。そうなのです、後にシャングリラスのシングルとして全米1位を獲得するこの曲は、元はバニーズのシングルになるはずだったのです

 ところが、できたばかりの<Leader Of The Pack>のデモテープを聴いたRed Birdは(シャドウの話によるとジェリー・リーバーだったそうですが)、どこの馬の骨かもわからないバニーズではなく、既にヒットを出しているシャングリラスのシングルにこの曲をあてることを決めてしまうのです。

 デビューシングル、しかも全米1位を獲った曲を奪われたバニーズは、泣く泣く次のデモをつくることにします。同じくシャドウが用意した<Give Him A Great Big Kiss>でした。ところが、なんとこの曲もシャングリラスに奪われるのです。<Give Him A Great Big Kiss>はシャングリラスのRed Birdからの3枚目のシングルとしてリリースされ、全米18位まで上がりました。

 芽が出ないどころか種さえ植えられていない状態のバニーズでしたが、65年になってようやくチャンスが回ってきます。Red Birdの姉妹レーベルBlue Catから、ついにシングルを出せることになったのです。それが<The Dum Dum Ditty>でした(B面が<Sophisticated Boom Boom>)。

 ところが、ここでもミソがついてしまうのです。レコーディングが終わり、パブリシティも用意していよいよデビュー!となったタイミングで、「Bunnies」という商標が既に登録されており、そのままのグループ名ではデビューできないことがわかります。

 レーベルは急きょ「The Goodies」というグループ名をひねり出して、刷ってしまったチラシやポスターには新しい名前のステッカーを上から貼るという強引な手を施し、とにかく力ずくでデビューさせてしまうのです。まさにドタバタ。ちなみに、グループ名を変えることについて、レーベルはメンバーたちに一切事前の告知はしなかったそうです。ブラックすぎる…。

 さらに(まだあるのかよ!)、彼女たちが待ち望んだオリジナル曲として世に出た<The Dum Dum Ditty>と<Sophisticated Boom Boom>ですが、結局はまたしてもシャングリラスに奪われることになるのです。それが前述の、2nd『Shangri-Las-65!』に収録された2曲です。グッディーズの方が先に出したので、厳密には「奪われた」という表現は間違いですが、でもこれで結局「グッディーズしか歌っていないオリジナル曲」というのは1曲もなくなったことになります。

 グッディーズの<The Dum Dum Ditty>は東海岸のローカルチャートではそれなりに健闘したようですが、全国チャートにはまったく引っかかりませんでした。レーベルから満足のいくサポートは受けられず、ようやく実現したデビューシングルも結果が出せなかったグッディーズは、メンバーの進学や引っ越しなどが重なったこともあり、そのまま解散してしまうのでした



 ということで、グッディーズとしての公式な音源として残っているのは<The Dum Dum Ditty>と<Sophisticated Boom Boom>のたった2曲のみ。<Dum Dum〜>のほうはRed Bird関連のコンピ盤に、<Sophisticated〜>のほうはシャドウ・モートンのコンピ盤に収録されているのを把握しています。ちなみにサブスクリプションで「The Goodies」を検索すると、70年代のイギリスのコメディグループがヒットします(後から出てきた同名グループのほうが知られている点も、なんとも悲しい)

 この2曲、どちらも僕は好きなんですよね。<The Dum Dum Ditty>は最初に聴いたとき、てっきりエリー・グリニッチの曲だと思いました。そう勘違いするくらいの、クリスタルズ<Then He Kissed Me>ぷり。でも実は、トミー・ボイスボビー・ハートという、後にモンキーズの作家になる2人が書いています(他に、グループのマネージャーであるラリー・マータイアなどさらに2人が参加)。優れた作曲家が本気でモノマネをすると、本物と勘違いするほど完成度の高いスペクターサウンドが出来上がるんだという証拠のような曲です

 もう一つの<Sophisticated Boom Boom>は台詞あり、ドラマチックな展開ありで、いかにも「シャドウ・モートン節」な曲。話はそれますが、この曲を聴くと、シャングリラスやグッディーズを受け入れられるかどうかは、結局シャドウ・モートンという人のキャラクターを受け入れられるかどうかなんだと感じます。

 どちらの曲もシャングリラス版とほとんどアレンジは一緒ですが、僕はグッディーズのほうがよりワイルドで「はすっぱ」な印象を受けます。シャドウ・モートンが目指した世界観により近かったのは、実はグッディーズの方だったのでは?という「if」を想像してしまいます。もし、バニーズがシャドウに出会うのがほんの少し早かったら、バニーズがシャングリラスになっていた可能性は十分あると思います。そのくらい、両者は似ています。でも、実際の歴史は、両者の運命を大きく隔てました。

 ただ、グッディーズは、こうして音源が残っているぶん、まだいいのかもしれません。きっと歴史の闇の彼方には、ほんの一部の人しか知らないまま、誰かの陰になって消えていったアーティストが大勢いるんだろうなあと想像します(『あまちゃん』の天野春子のように)。

 最後に、グッディーズの後日談を。2000年代に入ってグッディーズのメンバーは子供や共通の友人を介して再会を果たします。そして、オールディーズのガールズポップを特集したイベントで、彼女たちはもう一度ステージに立って歌う機会を得るのです。そのステージを見つめる観客の一人に、シャングリラスのメアリー・ワイスもいました。両者はその日、どんな会話を交わしたのだろうと想像します。












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The Exciters『Tell Him』

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さよならニューヨーク
さよならガールズポップ


「いつまでも聴いていたい歌声」というものがあるなら、僕にとってのそれはまずなんといってもコニー・フランシスなんですが、次点を挙げるとするなら、真っ先に頭に浮かぶ名前の一人がエキサイターズブレンダ・リードです。

 思春期の声変わりのようなブレンダのハスキーボイスには、パワーと同時に瑞々しさがあり、聴いているとなんともいえないスカッとした感じがあります。レコーディングのせいなのか、彼女のボーカルには常に自然なエコーがかかっていて、それがまた声の良さを引き立たせています。家に帰ったらブレンダ・リードがいて、一晩中何かしら歌を歌ってくれたらどんなに楽しいだろう。

 エキサイターズは1961年、NYのクイーンズで当時高校生だったブレンダを中心に結成されました。「The Masterettes」という名義で1枚レコードを作ったあと、メンバーを入れ替えてリーバー&ストーラーのオーディションを受けます。その結果、後にブレンダの夫となるハーブ・ルーニーが加入し、グループ名も「The Exciters」に改名して、リーバー&ストーラーのプロデュースのもと、デビューシングルをUnited Artistsから発売します。それが<Tell Him>

 かっこいいですよね。マイナーコード主体の陰りのある序盤から「Tell Him That…」のコーラスまで、うねるように移動しながら、気づいたらいつの間にか見晴らしのいい場所に来ていた…といったような、美しくもダイナミックな展開。この曲は全米4位まで上がりました。

 曲の作者はバート・バーンズドリフターズの<Under The Boardwalk>やゼムの<Here Comes The Night>(のちにエキサイターズもカバー)の作曲家として知られていますが、彼のNo.1は間違いなくこの<Tell Him>だと思います。そして、この<Tell Him>のヒットを受けて、同じくUnited Artistsから翌年リリースされたのが、同名タイトルの1stアルバム。

 エキサイターズを語るとき、このデビューアルバムのことはほとんど話題に上らないのですが、いやー、めちゃくちゃいいアルバムだと思います。曲がどれもよくてポップアルバムとして素晴らしいのはもちろんなのですが、同時期のNY周辺のガールズグループと比べると、ぐっとソウルフルな感覚を秘めているのが大きな特徴。

 アレンジも素晴らしく、<Get Him Alone>や<I Dreamed>に使われる、跳ねるようなストリングスやグロッケン(かな?)とか、どこかビッグバンドっぽいんですよね。そこらへんも他のグループよりも黒っぽく感じる所以かもしれません。


 アルバムのアレンジを一手に引き受けているのはティーチョ・ウィルシア。この人は、元々はジャズのピアニスト出身なので、ビッグバンドっぽく感じるのはそれが理由なのかも。アレンジャーとしてはコースターズやドリフターズなど、リーバー&ストーラー周辺のアーティストの楽曲に参加しています。

 が、ティーチョ・ウィルシアの代表曲はなんといってもアイズレー・ブラザーズの<Twist And Shout>。この曲は、実はバート・バーンズもバート・ラッセル名義で共作者の一人に名を連ねているので、つまりオリジナルの<Twist And Shout>を作った2人が、エキサイターズを通じて久々に揃ったと見ることもできます。

 ちなみに、アルバム『Tell Him』の1曲目に入ってるのは、エリー・グリニッチ作曲の<He's Got The Power>という曲なんですが、僕が最初にエキサイターズを知ったきっかけが、この曲のビデオでした。なんで覚えているかというと、このビデオがあまりに低予算&素人臭くてインパクト大だったから。ちょっと見てみてください。


「なぜここで撮ったんだ?」と突っ込まざるをえない微妙なロケーション。これどう見たってただの「藪」でしょう。この曲は「私は言いたくないのに、彼の手にかかるとその言葉を口にしてしまう。きっと彼には力(=Power)があるに違いない」というちょっとひねったラブソングなんですけど、歌詞の内容と風景が1ミリもかすっていない。そして「なぜこの日に撮ったんだ?」と突っ込まざるをえない、鉛色をした重たい曇り空。「もうちょっと何かこう、あるだろう!」というイラついた義侠心が煮えたぎってくる気がします。こんなビデオ、忘れられるわけがない

 さて、先ほど「エキサイターズはソウルフル」という話をしました。「モータウンに対するNYからの回答」などとも評される彼女たちですが、個人的にはモータウンよりももっと南部寄りの印象を受けます。エキサイターズはマンフレッド・マンが大ヒットさせた<Do-Wah-Diddy>のオリジナルを歌ったことで有名ですが、マンフレッド・マン版とエキサイターズ版とを比べると、彼女たちの特徴がよく感じられます。




 エキサイターズはこの後Rouletteに移籍して66年にセルフタイトルの2ndアルバムを出すのですが、非常にかっこよく泥臭い作品になっており、いわゆる「ガールズポップ」からは完全に脱皮しています。アレサ・フランクリンの『Lady Soul』は68年ですが、その2年も前の時点で、あの名盤に近いアーシーなフィーリングをレコーディングしちゃってるのは、何気にすごいと思う。

 結局、セールス的なピークはデビュー曲の<Tell Him>で、彼女たちは最後までそれを超えることはできませんでした。ですが、同時期のガールズグループの多くが、同じ場所・同じ路線を維持し続けたのに対し(もちろん、それはそれで素晴らしいけど)、エキサイターズは変化することを恐れず次へ次へと進んでいったという点で、とてもユニークなグループだと思います。








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特集「Ellie Greenwich」〜The Raindrops編

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60年代ポップスにおける
最高の「自作自演」


 シンガーソングライターとして大成功を収めたキャロル・キングと比べるとどうしても知名度は落ちますが、エリー・グリニッチも間違いなく1960年代前半の米ポップスを彩ったブリル・ビルディングサウンドの立役者の一人です。

 ロネッツの<Be My Baby>、クリスタルズの<Da Doo Ron Ron>、ボブ・B・ソックス&ブルージーンズの<Not Too Young To Get Married>、シャングリラスの<Leader Of The Packs>、マンフレッド・マンのカバー版が有名な<Do Wah Diddy Diddy>…。思いつくまま挙げてくだけで、そのまま「60sポップスベスト」が出来上がりそうです。

 個人的に思い入れがあるのはロネッツの<I Can Hear Music>。これ、最初はビーチボーイズのカバー版の方を先に知ったんですよね。てっきりブライアン・ウィルソンの曲だと思ってたところ、調べてみたらエリー・グリニッチと彼女の夫ジェフ・バリーの曲だった。長らく僕にとって歴史の最奥部だったビーチボーイズの、そのさらに後ろにキラキラと輝く鉱脈が眠っていることを最初に気づかせてくれた1曲でした。



 さて、そのエリー・グリニッチですが、実はキャロル・キング同様に自身も歌手として活動していました。1963年、前年に結婚した夫ジェフ・バリーと共作した<What A Guy>をThe Sensationsというドゥーワップグループに書き下ろし、自分とジェフの声でデモ音源を吹き込んだところ、レーベルはなんとそのデモのほうをシングルとして発売することを決めるのです

 そうしてにわかに急造されたグループがThe Raindrops。グループといっても、実際にはエリーとジェフの2人で多重録音し、あたかもグループっぽく見せていた、人気ソングライターによる一種の覆面グループでした。ステージでは(ライブをやることが驚きですが)エリーの妹のローラに衣装を着せて、歌に合わせて口パクさせてグループっぽく見せていたそうです。ローラはアーティスト写真にも「メンバー」として顔を出しています。

 しかし、エリーとジェフが作り出した数々の大ヒット曲たちに比べると、彼女たち自身が歌うThe Raindropsは大したヒット曲を残せませんでした。数枚のシングルとアルバム『The Raindrops』をリリースした後、65年には活動を休止。ちょうどその頃エリーとジェフは離婚をするので、ちょうど彼女たちが夫婦だった時期がグループの活動期と重なることになります。こうしてThe Raindropsという名前は、一部のポップスファンの記憶の中でのみ生き続けてきたのです…。

 …というキャリアについて知ったのは、実はThe Raindropsの音楽を聴いてしばらく経った後のこと。初めて聴いたとき、それがエリー・グリニッチ自身の声だとも知らず、僕は「むちゃくちゃいいな!何このグループ!」と思ったのでした。

 気に入った理由はシンプルで、ボーカルは女性なのに曲はドゥーワップという点がとても新鮮だったからです。<I Can Hear Music>をきっかけにブリル・ビルディングサウンドに傾倒していた同じころ、僕は同時代を代表するもう一つのスタイル、ドゥーワップにもハマっていました(その結果シャネルズに行きつくわけです)。The Raindropsは、その2つの音楽スタイルがハイブリッドされた、僕にとっては夢のようなグループに思えたのです。

 このハイブリッド感は、前述の通りデビューのきっかけがドゥーワップグループに提供した曲で、デモ音源を作るためにハーモニー部分はエリーが多重録音せざるをえなかったという、言ってみれば「たまたま」にすぎません。けれど、60年代前半を代表する2つのスタイルが、縁の下で支えていた2人のソングライター自身の声で混ぜ合わされたという事実は、圧倒的後追い世代である身からすると、とてもドラマチックに思えるのです。









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Hal Blaine追悼特集

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「ドッドドン、ダン!」の
系譜について


 今年3月、ドラマーのハル・ブレインが亡くなりました。アメリカ西海岸の腕利きミュージシャン集団「レッキング・クルー」の中心人物として、ビーチボーイズサイモン&ガーファンクルをはじめ数々の名曲/名盤のレコーディングに参加し、彼の叩くドラムが録音された曲は35,000曲を超えると言われる、現代のポップミュージックを代表する名ドラマーです。「彼の名前は知らなくても、彼がドラムを叩いた曲は知っている」という、セッションミュージシャンの鑑のような人でした。

 とにかく膨大な録音を残した人ですので、全ての曲を把握するなんて無理なのですが、拙い知識のなかで1曲だけ選べと言われたら、ベタベタなんですけど、やはりロネッツの<Be My Baby>を選びます。


 なんといっても、イントロの「ドッドドン、ダン!」っていうリズムですよね。最初に聴いたのがいつだったのかもう覚えてないですけど、何度聴いてもうっとりとした気持ちになります。ドラムだけでなんでこんなにも雄弁なフレーズが作れるんでしょう。

 もちろん、この曲はアレンジも声もメロディも全てが素晴らしいのですが、やはりあのイントロを抜きにしては語れません。女性ボーカルもののポップミュージックを、ジュディ・ガーランドとかアンドリュー・シスターズとかの時代から順々に聴いていくと、ロネッツにたどりついた瞬間に「あ、完成した」という”これ以上はない”感みたいなものがあります。単にドラムだけを根拠にしたのではなく、楽曲の果たした歴史的役割みたいなものから逆算して、この曲を「ハル・ブレインのベストドラム」に選びました。

 さて、そのように歴史的名演であるがゆえに、この「ドッドドン、ダン!」のフレーズは以降さまざまな楽曲でカバーされてきました。そのなかの数曲を以下に挙げてみたいと思います。既にいろんなメディアで取り上げられてきたテーマではあるのですが、自分なりの視点で選んでみました。

<Just Like Honey>
The Jesus And Mary Chain
(1985年)

 やっぱり何を置いてもこの曲を挙げないと始まらないでしょう。<Just Like Honey>自体がロック史に残る名曲ですが、そのイントロが<Be My Baby>というのが面白いというか、歴史が受け継がれていくのを強く感じますね。

 余談ですが、僕はこの曲を聴くとソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』を思い出して毎回泣いてしまいます。


<Gentle Sons>
The Pains Of Being Pure At Heart
(2009年)

 愛するペインズにも「ドッドドン、ダン!」がありました。もっともこの曲は<Be My Baby>というよりも、ジザメリの系譜といった方がよさそう。実際ペインズが登場したときはシューゲイザーという文脈で語られましたが、眩暈のなかで眠りに落ちていくようなこの曲のダル重い感覚は、<Just Like Honey>に近いと思います。そういう意味では、<Be My Baby>の「孫」といえるかもしれません。


<Ghost Mouth>
Girls
(09年)

 ペインズと同じく09年に発表されたのがこの曲。NMEやPitchforkをはじめ音楽誌で軒並み高評価をたたき出した、その年を代表する1枚となったガールズの1stに収録されています。

 バンドの中心人物であるクリストファー・オーウェンズは、以前このブログでも取り上げたことがありますが、明らかにフィル・スペクター→ブライアン・ウィルソンの系譜を継ぐ作家なので言わずもがな、です。


<Time’s Passing By>
Lia Pamina & Dario Persi
(18年)

 今回選んだ曲のなかでもっとも新しいのがこれ。スペインのSSWリア・パミナと、イタリアのパワーポップバンド、レディオ・デイズのボーカルであるダリオ・パーシがコラボした4曲入りEPが昨年リリースされたのですが、そのラストに収録されているのがこの曲。

 リアはElefant Records所属のアーティストで、最新のアルバムではレーベルメイトであるヤーニングジョー・ムーアがプロデュースしており、このEPもElefantから出ています。ここまで「状況証拠」が揃ったのだから、この曲のリズムパターンは間違いなく「クロ」でしょう。


<You May Dream>
シーナ&ザ・ロケッツ
(79年)

 続いて邦楽編です。まず筆頭に挙げなければならないのはこれでしょう。打ち込みで見えにくくなっていますが、間違いなく「ドッドドン、ダン!」が隠れています。しかもこのフレーズ叩いてるのは高橋幸宏ですよね?

 昨年NHK福岡放送局で制作された、若き日のシーナと鮎川誠を描いたドラマ『You May Dream』で、鮎川誠と出会う前のシーナ(石橋静河)が部屋で聴いていたLPがまさにロネッツの1stで、なかなかグッときました


<一千一秒物語>
松田聖子
(81年)

 個人的には、この曲が世界中の<Be My Baby>インスパイア楽曲の頂点だと思っています大滝詠一松田聖子というトップアイドルを得て、「時はきた!」と伝家の宝刀を抜いたのがこの曲。あのドラムパターンが聴こえた瞬間に「いよいよやるんだな!」ってことがこっちにもわかります。ヴァース冒頭はコード進行まで揃えるという徹底ぶり。本家に引けを取らない美しい曲です。ちなみにブリッジにはクリスタルズの<Then He Kissed Me>が出てきますね。

 この曲が収録されたアルバム『風立ちぬ』については去年こちらで書きました。


<ハートせつなく>
原由子
(91年)
※YouTubeなし!Fuck!

 作詞作曲は桑田佳祐。イントロが<Be My Baby>で、そこからブライアン・ウィルソンに変化していくという、必殺コンボが炸裂するイントロ。好きな人にはたまりません。大滝詠一といい桑田佳祐といい、どうも男性作曲家は「これだ!」という女性歌手を得ると<Be My Baby>をやりたくなるんでしょうね


<世界中の誰よりきっと>
中山美穂&WANDS
(92年)

 邦楽史上もっとも売れた「ドッドドン、ダン!」です。僕も小6のときにシングル買いました。

 作曲は織田哲郎、アレンジは葉山たけしという、ビーイングのシングル制作における鉄壁コンビ。「イントロはロネッツでいこう!」と言い出したのはどっちなんでしょうね。でもどっちであっても、これも「男性作曲家はここぞというときに<Be My Baby>をやりたがる理論」を実証する楽曲といえそうです。

 こうして見ると、海外は現在もなお<Be My Baby>の系譜が生き続けているのに対し、日本は30年近くも絶えてしまっているように見えます(もちろん、僕が知らないだけって可能性もありますが)。日本と海外の本質的な違いの一端を示唆する差のように思える…のは気のせいでしょうか。

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 最後に、ハル・ブレインが参加した日本のアーティストの楽曲を1曲紹介。島倉千代子の<愛のさざなみ>(68年)です。録音はロスだったらしく、そこにハル・ブレインが参加したそうです。確かにこの曲はサウンドが全然違いますね(やっぱり浜口庫之助は海外のサウンドと相性がいい)。しかしハル・ブレイン、本当になんでもやってるんですね。








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