週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

松田聖子『Candy』

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「古くない」という感覚の理由は
“彼”の存在にあるのではないか


 前回、まったくといっていいほど興味がなかった(どちらかというとネガティブな印象すらもっていた)松田聖子を、大滝詠一というハブ(結節点)を経由することで聴くようになったという話を書きました。

 大滝詠一が松田聖子に書き下ろした曲は他に2曲あります。それが1982年にリリースされた6枚目のアルバム『Candy』に収録された<四月のラブレター>と<Rock’n’Roll Good-bye>。どちらも『風立ちぬ』A面に負けず劣らずナイアガラサウンドで、あえてなぞらえるなら<四月のラブレターは>は<A面で恋をして>、<Rock’n’Roll Good-bye>は<恋のナックルボール>…でしょうか。<Rock’n’Roll Good-bye>の間奏で<むすんでひらいて>のメロディがチラッと載ってくるところなんかはいかにも大滝詠一っぽいなあと感じます。

 しかし『風立ちぬ』というアルバムは、僕の中で大滝詠一が手掛けたA面だけで完結しているのに対し、『Candy』というアルバムは大滝楽曲以外の8曲のほうにこそハイライトがありました

 理由は大村雅朗。このアルバムで大滝詠一の2曲以外の全ての曲でアレンジを手掛けたのが大村です。彼の名前は知ってはいたけど、本当にすさまじいアレンジャーだったということを、僕はこのアルバムでまざまざと知りました。

 例えば<星空のドライブ>におけるあのリフ。イントロからサビ、アウトロまで音色を変えながら繰り返されるあのリフは、メロディや歌詞以上にこの曲の「顔」になっています。<黄色いカーディガン>のあのイントロもそう。この曲の力強さと繊細さの両方を併せ持つ見事な幕開けは、2年後の大沢誉志幸<そして僕は途方に暮れる>を予言しているかのようです。そしてアルバムラストには、大村雅朗自身の作曲による<真冬の恋人たち>という、大村と松田聖子の両者にとっての代表曲となった<Sweet Memories>の姉妹編ともいえる名曲が控えています。

 中でも僕がうなったのは3曲目<未来の花嫁>です。友人たちが結婚していくなかで自分だけが取り残されている。隣にいる彼はプロポーズしてくれる気配もない。あなたの未来の花嫁はここにいるのに…。歌詞だけを取り出してみると、結婚を人生のゴールと捉えているこの曲の女性像は、正直2018年の今聴くとかなり古臭く感じます。

 しかし完成された曲として聴くと、決して古臭いという印象は抱きません。なぜなら、大村雅朗が仕立てたファンキーで軽快なアレンジによって、この歌の主役の女性は、口では「結婚したい」といいつつも、「それならそれでいい」「結婚なんて選択肢の一つだもんね」と、どこか今の自分の状況を楽しんでさえいるような、たくましい人物像へと変わるからです

 そこには松田聖子の、情緒を後ろに残さないカラッと乾いた歌い方の効果もあると思います。このアルバムを聴く限り、松田聖子のもつキャラクターと相性がよかったのは、松本隆よりも大村雅朗であると感じます。



 このアルバムにおける大村雅朗の何が素晴らしいかといえば、彼のアレンジがアルバム全体のカラーを決定している点です。『風立ちぬ』は「大滝詠一のアルバム」ではないけれど、『Candy』は「大村雅朗のアルバム」といっていいと思います。そのくらい、この作品における彼の寄与度は高い。

『作編曲家・大村雅朗の軌跡』を読むと、彼の仕事の姿勢はあくまで「アーティスト(レコード会社)がどうしたいか」を重視する職業編曲家だったと語られています。しかし、『Candy』を聴く限り、彼は「このアルバムはこう聴いてほしい」「このアルバムを通じてアーティストのこういう面を出したい」といったプロデューサー的な視点を持っていたことは明らかです。そうした姿勢は、彼が晩年、フリーからレーベル所属となって、宣伝や育成まで含めたトータルのプロデューサーを目指していたことにも端的に表れています。同書のなかで「もし存命なら今頃誰と組んでいたか?」というインタビュアーの質問に対し、生前の彼を知る多くの人が「宇多田ヒカル」と答えていたのはゾクッとしました。



 にしても、これまでにもR.E.M.スミスなど、自分のなかの「古い/古くない」の分水嶺に位置するアーティストについて考える機会がありましたが、まさかそこに、30年近く「懐メロ歌手」「過去の人」と感じていた松田聖子が加わることになるとは思いもよりませんでした。








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松田聖子『風立ちぬ』

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81年生まれが感じる
「こちら側」の声


 まず初めに言っておくと、僕は松田聖子というアーティストに特別興味はありません。僕がテレビの音楽番組やヒットチャートを見るようになったのは1990年代初頭でした。松田聖子が歌手デビューしたのは80年ですので、その時点で10年ほどのキャリアがあったことになります。アーティスト寿命が長寿化した現在では、10年選手などせいぜい中堅扱いですが、当時はベテラン歌手の一人といった印象でした。なので、(当時バリバリ新曲を出していて第2の全盛期を迎えようとしていましたが)僕の中では「懐メロ歌手」「大人が聴くもの」といったネガティブなイメージしか持てませんでした。そのまま今に至っています。

 それなのに、なぜ今僕は松田聖子の『風立ちぬ』を聴いているのか。理由は単純。大滝詠一です。81年10月にリリースされたこの4枚目のアルバムは、表題曲含むA面5曲全てを大滝詠一が作曲・編曲を担当しているのです。

 大滝詠一がアルバム『A Long Vacation』をリリースしたのは81年3月ですが、時期的な面だけでなく、サウンドから受ける印象という面でも、『風立ちぬ』はまるで『ロンバケ』の姉妹編のようです。実際、大滝詠一本人も「“女性版ナイアガラ”を意識した」と語っています。曰く、<冬の妖精>=<君は天然色>、<ガラスの入江>=<雨のウェンズデイ>、<千秒一秒物語>=<恋するカレン>、<いちご畑でつかまえて>=<FUN×4>、<風立ちぬ>=<カナリア諸島にて>。

 ナイアガラサウンドというと音の分厚さやゴージャスさ、スケールの大きさがよく語られますが、僕はそれらのアレンジがメロディと高次元で結びついているところこそが最大の聴きどころだと思っています。<千秒一秒物語>のあのセンチメンタルさ、<いちご畑でつかまえて>のつかみどころのなさ、そして<風立ちぬ>の大河の流れのような官能性。メロディが先にあったのか、それともアレンジが先にあってメロディが生まれたのか、まったくわからないほどに両者は同じ方向を向き、曲の中で自然に溶け合っています。そういう曲としての密度の濃さみたいなものに、僕はナイアガラを感じます。



 んで、大滝詠一という軸でこのアルバムを何度もリピートしていたのですが、しばらくするうちにあることに気づきました。かつて「古臭いもの」と思い込んでいた松田聖子が、実際には決して古くなどないということに

 このアルバムを聴く直前、僕は山口百恵を聴いていました。実は山口百恵は「古い」と感じたのです。でも、松田聖子は古くはなかった。ちなみに「古い」というのは「嫌い」という意味ではありません。わかる/わからない、近い/遠いといった、好悪とは別なところで感じる直感的な距離感のようなものです。

 正確に言えば、松田聖子でも<青い珊瑚礁>は古いと感じます。じゃあ境目はどこなのか。アルバムでいえば、まさに『風立ちぬ』がそれにあたります。

 じゃあ『風立ちぬ』と3枚目『シルエット』とは何が違うのか。それは、松本隆が登板しているところです。厳密には彼は『シルエット』期から参加してますが、当時はまだレコード会社に指名され、純粋に職業作詞家としてかかわったにすぎませんでした。それが、プロデューサー的な立ち位置で、より能動的に松田聖子というプロジェクトに関わり始めた最初のアルバムが『風立ちぬ』だったのです。そして、彼が自分の人脈から引っ張ってきた最初のメロディメーカーが、かつてのバンドメンバーである大滝詠一でした。…というのは知っている人には今更すぎるネタではあります。

 初期の三浦徳子・小田裕一郎時代は、僕には古いと感じます。どこか70年代の時代がかったアイドル像を引きずってる気がするのです。でも、大滝詠一や南佳孝、財津和夫、来生たかお、そして呉田軽穂(松任谷由実)。このあたりの、当時の言葉でいえばニューミュージック出身の作曲家たちが参加し始めた以降の曲はまったく古さを感じません。完全に「こちら側」という感じがします。

 実は、三浦徳子も小田裕一郎も古い作家ではありません。世代としてはニューミュージック勢と変わらない。でも、三浦・小田ペアがどこか70年代に規定された「アイドル」という枠の中で仕事をしていた(職業作家として仕事をしていた)のに対し、その枠を壊してアイドル像というものを80年代型へとアップデートしようとしたのが松本隆だったのではないかと思います

 ただ、ここで一つ強調したいのは、僕が「古くない」と感じる根拠は松本隆の歌詞ではない、ということです。むしろ、言葉の意味や使われ方は時代の影響をモロに受けるので、ニューミュージック勢の作るメロディに比べて当の松本隆の歌詞は(距離感ではなく、文字通り「今の時代とは違う」という意味で)古いと感じます。

 では何が「古くない」のか。中川右介は著書で、松本隆の功績の一つに、日本の歌謡曲から「情緒」や「説明」を排除したことを挙げています。そうした志向をもっていた彼が松田聖子を選んだのは、彼女の圧倒的な声量とカラッと乾いた声質なら、それができると考えたからでした。松田聖子の歌の上手さに注目した人はそれまでにもたくさんいましたが、彼女の声に時代を見出して、それを歌詞という方法でプロデュースしようとしたのは松本隆が初めてだったんだろうと思います。つまり、僕が松田聖子を「古くない」と感じた一番の理由は、彼女の「声」だったのです

 彼女の声に時代の変化を見出した松本隆。その彼が積極的にイニシアチブを取り始めた『風立ちぬ』プロジェクト。そこに、81年生まれの僕が「古い」「古くない」の分水嶺を感じることは、決して偶然ではないと思います。








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Aretha Franklin『Aretha: With The Ray Bryant Combo』

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「自由に生きていい」と
彼女は歌っていた


 先月『村上RADIO』のなかで、村上春樹が「僕はシナトラの<My Way>は嫌いなんだけど、アレサ・フランクリンのカバーした<My Way>を聴いたら『なんていい曲なんだろう』と思った」というようなことを話していました。まさか、あの数日後にアレサ・フランクリンが亡くなるとは。

 亡くなったというニュースを聞いて思ったのは、悲しみや喪失感というよりも、彼女と同じ時間の空気を吸えたことへの感謝でした(僕はわずか2か月の差でジョン・レノンと同じ時代に生きられなかったので)。それくらい、彼女の存在は生前から既に「生きる歴史」だったし、その大きさは別格中の別格でした。

 彼女の代表作『Lady Soul』を初めて聴いたのは、20代の後半でした。めちゃくちゃ衝撃でした。あの「チェンチェンチェーィン…」という、ぬたぁーっと始まるゾクゾクするオープニング。当時ガレージとかパンクばかり聴いていてソウルミュージックには馴染みがなかったんですけど、このアルバムはパンクと同じ地平にあるような気がして、すげえかっこいいなと思いました

 このアルバムのなかで彼女はゴフィン&キングによる<Feel Like A Natural Woman>を歌っています。後年、『つづれおり』でキャロル・キングがこの曲をセルフカバーをしてますが、僕は圧倒的にアレサ版の方が好きだなあ。<People Get Ready>もオリジナルよりもアレサの方が好き。あの猛烈にエモーショナルなボーカルは、有無を言わさぬ説得力があります。

 アレサ・フランクリンというとこの『Lady Soul』をはじめアトランティック時代のイメージが強いですが、亡くなったのを機に、その前のコロンビア時代のアルバムも聴いてみました。その中でも特に印象に残ったのが、コロンビアと契約して最初のアルバム『Aretha: With The Ray Bryant Combo』

 ジャケット見てもわかる通り、若い!当時若干18歳です。笑ってるんだけどどこか緊張して見えるのが可愛らしいですね。でも歌はやっぱり圧倒的。後年の円熟味はありませんが、そのかわり瑞々しい躍動感があって、アトランティック以降を聴いていた耳にはとても新鮮です。

 プロデューサーはベニー・グッドマンやビリー・ホリデイといった「歴史上の人物」と仕事をしてきた大ベテラン、ジョン・ハモンド。タイトルからもわかるとおり、このアルバムで彼はピアニストのレイ・ブライアントをアレサにぶつけています。そのことによる緊張感がバンドのアンサンブルを引き立てていて、若いアレサの声ともマッチしています。

 収録曲は全てカバーなのですが、その中には彼女のルーツでもあるゴスペルだけでなく、ジャズやブルース、映画音楽まで含まれています。2曲目で『オズの魔法使い』の主題歌<虹のかなたに>を歌ってるんですけど、こういうモロに白人音楽な雰囲気の曲を、(少なくとも僕の印象では)黒っぽくなく歌い切ってしまうのがすごい。


 レイ・チャールズナット・キング・コールを聴くと、特定のジャンルに捉われないボーダレスなところに感動するのですが、アレサはその女性版というようなイメージを持ちました。「ソウルの女王」という彼女の異名が、実は一面的なものでしかないことがこのアルバムを聴くとわかります。

 まるで実際に飛び跳ねながら歌ってるんじゃないかと思うようなエネルギーで、どんな曲も伸び伸びと歌い切ってしまう18歳のアレサの声を聴いていると、「私は自由に生きていいんだ」「どこへでも行けるんだ」というような思いが湧いてきます。言葉に直すと陳腐だけど、そういう気分を純粋に音楽だけでリスナーに抱かせてしまうところが本当にすごい

 オバマ前米大統領はアレサの訃報に「彼女の声の中にアメリカの歴史を見ることができた」とコメントしました。「きっとそうなんだろうなあ」と想像します。








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Bob Dylan『Bringing It All Back Home』

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風景と音楽の組み合わせが
「自分だけの映画」を生む


 先月TOKYO-FMで、村上春樹が初めてラジオDJを務めた番組『村上RADIO』が放送されました。

 本人も番組の冒頭で「僕の声を初めて聴く人もいるかもしれません」と言ってましたが、確かに非常にレアな機会だったと思います。僕も、彼がまとまった量の日本語を、それもカジュアルな口調で喋るのを耳にしたのは初めてでした。意外だったのは、イメージよりも声が若かったこと。あと、村上春樹も普通に笑うんだってこと(当たり前か)。

 番組は、村上春樹がランニング中に聴く音楽(1000〜2000曲入っているiPodを7台ほど持っているらしい)から本人がセレクトしたいくつかの曲を紹介するというもの。ジャズからポップ、ロックまでジャンルはいろいろでしたが、本人曰くランニングに向いている音楽は「なるべくリズムが一定で、できれば勇気を奮い立たせてくれるようなもの」ということで、軽快で元気なナンバーが多かったですね。

 興味深いのはカバー曲が多いことでした。Zachariasの<Light My Fire>とかBen Sidranの<Knockin’ On Heaven’s Door>とか。ジョージ・ハリスンもカバー曲でした。しかしなかでも驚いたのはJoey Ramoneの<What A Wonderful World>。村上春樹、ラモーンズなんて聴くんだ!でもこの曲は確かにランニングにはすごい合いそう。

 そういえば、以前エッセイで、「ビートルズはもう山ほど聴いたから、今はもっぱらカバーしか聴かない」みたいなことを書いてましたね。その気持ちは分かる気がする。
(YouTube)

 僕もランニングをするけど、音楽は聴きません。走り始めた当初はiPodを必ず携帯してたんですが、2、3か月もすると聴かなくなりました。

 理由は2つあって、1つは汗が流れ込んでイヤホンを1本ダメにしてしまったこと。もう1つは、音楽が邪魔に感じるようになったこと。音楽を聴いていたのは走る間の退屈対策だったのですが、2、3か月経って徐々に身体がランニングに慣れてくると、走ること自体が楽しくなってくるので、音楽はむしろ余計だと感じるようになったのです。以来、一度も音楽を聴きながら走ったことはありません。

 だけど1つだけ、ランニング中に聴いていた音楽で忘れられない記憶があります。

 ランニングを始めて最初の冬のことでした。12月の頭、よく晴れた土曜日の早朝に、いつも走っていた近所の都立公園へ行くと、例年よりも長く枝にしがみついていた銀杏の葉が一斉に散り始めていました。まるで絨毯のように真っ黄色に染まった地面を走り始めたとき、イヤホンから流れてきたのは、ボブ・ディラン『Bringing It All Back Home』でした。

 1曲目の<Subterranean Homesick Blues>の乾いたギターの音、2曲目<She Belongs To Me>のディランの繊細な声と優しいメロディ。それらが、黄色い地面と青い空、冬のキンとした空気にピタリとハマりました。

 走りながら、まるで映画を見ているような錯覚に陥りました。風景と音楽が、僕のなかで宿命的なほど完璧に溶け合いました。あまりの美しさに「生きててよかった!!」と心の中でガッツポーズをとったのを、はっきりと覚えています。1965年にリリースされたこのアルバムは、ディラン初のエレクトリックアルバムとして知られる名盤中の名盤ですが、あの日以来、僕は聴くたびに12月の早朝の公園を思い出すのです。

 僕は村上春樹にとってのランニング音楽のように、行動(アクション)と音楽が結びついた経験はあまりないんですけど、そのかわりに、ボブ・ディランのときのような、風景と音楽が結びついた経験はたくさんあります。

 一番多いのは電車に乗ってるときで、たまたまイヤホンから流れてきた音楽によって、見慣れたはずの車窓の風景が物語のワンシーンのように見えることは、日常的によくあります。こないだも夕方の東横線に乗っていて、遠くに三軒茶屋のキャロットタワーが見えたんですけど、その瞬間ホムカミの2ndが流れて、「ああ、あの場所に行きたいなあ」というようなくらくらするほどの切なさを感じました。なんだったんだろう、あれは。

 こういうのって狙って味わおうとしてもダメで、ある風景とある音楽、さらにはそのときの自分の心理状態なんかも含めて偶然生まれるものなんですよね。そして、偶然だからこそ、この「自分だけの映画」を見られることにはある種の快感があります。僕が電車に乗るときに必ず音楽を聴く理由は、退屈対策もあるけど、それ以上にこの不思議な快感への期待が大きいかもしれない。さらにいえば、僕がずっと劇団で選曲をやってきたのも、「風景(シーン)と音楽の組み合わせ」への好奇心が、形を変えて表れた結果なんじゃないかという気がしてきました。

 …というようなことを『村上RADIO』を聴き終ってから考えていました。なんだか、自分の音楽遍歴をひもとくキーワードが、思いもかけず見つかったような気分です。番組の趣旨とはだいぶずれるけど、これもある意味では「風景と音楽」と同じ、偶然が生んだ何かに違いありません。

『村上RADIO』は10月に第2回が放送されるそうです。








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2018年8月の3冊 〜飯嶋和一は何を描こうとしているのか〜

命はまるで
「流れ星」のように


 先月紹介した『雷電本紀』をきっかけに、作家・飯嶋和一の作品をひたすら読んでいます。とりあえずKindle化されている作品は全て読みました。一人の作家をここまでむさぼるように読んだのは、10年前の吉村昭以来かもしれません。久しぶりに「面白くて頭がおかしくなりそう」という感覚を味わいました。

 なんでこんなに面白いんだろう。読んだことある人には同意してもらえると思うんだけど、飯嶋作品って爽快感とはまったく無縁ですよね。むしろ、読んだ後は、何とも言えない重たい感覚が残ります。飲み込みづらいものを無理に胃に流し込んだような、疲労感に似たカタルシス。にもかかわらず、面白い

 飯嶋作品の特徴としてまず挙げられるのは、「悲劇」が多いということ。その最たる例が『神無き月十番目の夜』(1997年)です。


 慶長7年(1602年)に常陸の小生瀬村で起きた、女子供を含む300人もの村民全員が皆殺しにされた事件「生瀬一揆」を題材にしたこの作品は、物語の冒頭にまず結末が示され、その後は「なぜこのような事態が起きたのか」を丹念にたどるという構成をとっています。最後には全員が死ぬことを分かったうえで、その動かしようのないラストに向ってページをめくり続けるという、なんとも精神的にタフな読書を強いられる作品です

 しかし、この作品の悲劇性は、単に惨劇の規模や残酷さだけによるものではありません。傭兵集団として自治権をもっていた小生瀬村の人々の誇りや平穏な暮らしが、ほんのささいなボタンの掛け違えによって、無残なまでに破壊され尽くす様があまりに悲しいのです。

 権力者の横暴や怠慢(『雷電本紀』『神無き月十番目の夜』など)、経済第一主義(『汝ふたたび故郷へ帰れず』)、戦争(『スピリチュアル・ペイン』)といった巨大なシステムによって、家族とのささやかな生活や夢を追い求める自由な心といった「個」の幸せが、徹底的に破壊される。飯嶋作品における悲劇とは、決まってこのように「システムが個を破壊する」という形を取ります。逆に言えば、飯嶋和一という作家は、常に弱い立場である「個」の側に立ってきたということでもあります。

 江戸時代後期に自作の凧で空を飛んだといわれる世界最初の「鳥人」、備前屋幸吉の生涯を描いた『始祖鳥記』(2000年)は、飯嶋作品における「個」の位置付けが、もっとも端的に表れている作品です。


 幸吉が空を飛ぼうとするのは、本人にとってはあくまで探究心や単純な好奇心によるものです。しかし「飛ぶ」という行為が当時の常識からすればあまりに奇抜で突飛なために、幸吉の行動は政治的な文脈で解釈され、ついには犯罪者に仕立てあげられます。

 賞賛や評価のためではなく、ましてや世間にメッセージを投げかけたいわけでもなく、子供が遊びに没頭するように、ただ純粋に自分の心が求めるものを希求していく。幸吉や廻船問屋の源太郎、船乗りの杢平、浦安の塩問屋・伊兵衛ら本書の登場人物たちは、そうした瞬間の中にのみ自らの「生」を燃やす場所を見出します。

 個人の魂の救済を描くのは、古今東西の多くの物語に共通している点ですが、飯嶋作品の特徴は、その「個」を前述の通り、システムと徹底的に対比させているところです。これでもか!というくらいにシステムに「個」を叩きのめさせることで、平穏な生活の貴重さや権力を前にした個人の幸福の儚さなどが際立ち、重たいカタルシスが生まれるのです。

 そうした「システム(=悪)のスケール」という点では、大佛次郎賞を受賞した『出星前夜』(08年)がもっとも残酷です。


 この作品では、江戸時代最大の民衆蜂起である島原の乱の一部始終が描かれます。民衆が蜂起した直接のきっかけは、領民を死の淵まで搾取し続けた肥前島原藩・松倉家の悪政ですが、何十年にもわたるキリシタンへの弾圧も大きな背景の一つにありました。さらにその背後には、幕府の貿易統制や強圧的な西国経営といった時代の大きな流れがあります。そうした巨大な存在によって、罪のない子供たちが次々と死んでいく(物語の冒頭は天草地方の子供たちに疫病が流行るというシーンなのです)様子は、あまりの不条理に胸が潰れそうになります。

 島原の乱は、最後は幕府軍によって鎮圧されます。2万とも3万とも呼ばれる蜂起軍は一人残らず殺されます。彼らは重い年貢に苦しみ、心の拠りどころだった信仰も奪われ、ついには権力に殺されるのです。殺された民衆の中には、キリストが誰かも理解できないような小さな子供もいます。

 物語のラスト、登場人物の一人が夜道を歩きながら、命というもののあまりの軽さに絶望します。命の本源は死という永遠の中にあり、生はまるで、死に向かう前に一瞬だけ見える流れ星のように儚いと。けれど、その一瞬の光芒こそ愛しく感じてしまう気持ちを認めて、物語は結ばれます。

 ここで述べられる、流れ星のような命の儚さは、システムを前にした個が常に潰されるという飯嶋作品の共通の型と重なります。その意味で、『出星前夜』は飯嶋作品の核の部分がストレートに出た、総決算的な作品のように僕は思います。

 飯嶋和一はこの後、15年に『狗賓童子の島』を、今年18年に『星夜航行』を上梓しています。『狗賓童子の島』は間もなくKindle化されるはず。今か今かと、首を長くして待っているところです。




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