週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

Emitt Rhodes 『エミット・ローズの限りない世界』

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「ポールの双子」が
閉じた世界で育んだ音


 1967年、一人の青年が地元カリフォルニアの仲間と共に、Merry-Go-Roundという名のバンドでレコードデビューを果たします。彼はバンドでボーカル、ギター、そして作曲を担当しました。当時まだ10代だったにもかかわらず、楽曲はバングルズやフェアポート・インベンションにカバーされ、彼の名は優れた作曲家の一人として知られるようになります。

 その後ほどなくしてバンドは解散。すると彼は、実家のガレージに楽器を運び込み、録音機材も揃えて、自分だけのスタジオを作り上げます。彼はそこで自作の曲をレコーディングすべく、全ての楽器を自分で演奏し、さらにエンジニアリングやプロデュースまでも自力で行い、1970年、完全に一人だけで作ったアルバムを完成させました。

 彼はそのAll By Myselfなアルバムに、自分の名前をつけました。『Emitt Rhodes(邦題:エミット・ローズの限りない世界)』。セルフタイトルがこれほど実態を伴ったアルバムはないかもしれません。そして、このアルバムを聴いた人々は、その音楽性、とりわけメロディセンスが、ある人物のそれに酷似していることに驚いて、彼――エミット・ローズをこう呼ぶようになりました。「一人ポール・マッカートニー」。あるいは「ポールの音楽的双生児」と。

 この異名は、エミット自身にとっては面白くないものかもしれません。しかし、そうとしか呼びようのないくらい、エミット・ローズの音楽はポールと瓜二つです。むしろ(おかしい表現ではあるのですが)エミットの方がポールよりも「ポール」らしいとすら言える。2013年のポールの<NEW>を聴いたとき、「エミットに似ているなあ」と逆に再確認したくらいです。


 しかし、決して彼は「モノマネ」をしているわけではありません。メロディの運びもアレンジも、エミット自身の確信みたいなものが満ち満ちています。それに、似ているというのは、声やコードの運びといった表層部分を指してのことではなく、ノリとか発想とか、モノマネだけでは似せられない本質的根っこの部分です。だから、本当にたまたま似ていたと考えるべきなのでしょう。「音楽的双生児」という呼び名は、とても納得するところがあります。

 ただ、この作品を1枚のアルバムとして見たときに特筆すべきなのは、ポールに似てる云々ではなく、前述の「全部一人でやった」という点だと思います。

「音はたくさんあるのに演奏者は1人」というのは究極のDIYですが、見方を変えれば、ある種の不完全さでもあります。その不完全さ、欠落感からくる危うさや脆さは、個々の曲の曲調や歌詞とは関係なく、このアルバム全体を通奏低音のように覆っています。エミットの作るメロディはとても美しくセンシティブなので、むしろそれがよく際立つ。1人だけの閉じた世界がもつ「完全さからくる不完全さ」という点では、ポールよりも、ダニエル・ジョンストンを思い浮かべます。

 エミット・ローズはその後何枚かアルバムを出しますが、1人多重録音スタイルはやめてスタジオミュージシャンを使うようになりました。バンド感はその分増したものの、1枚目のような陰りや危うさは無くなってしまいます。結局、アーティストとしては大きなセールスに恵まれることなく、やがて彼はスタジオ経営者として第二の人生を歩み始めます。こうして、エミット・ローズという名は知る人ぞ知る伝説のミュージシャンとして、時間という巨大な川の流れにゆっくりと流されて消えていく…

 …と思っていたのですが、なんと2016年、まさかの新作アルバムをリリースしたのです。前作からはおそらく40年以上のブランクが空いているはずです。新作云々の前に、まず「生きてたんだ?!」というところから驚きでした。エミット・ローズは当時66歳。ジャケット写真はもう完全におじいちゃんです。


 んで、この最新作『Rainbow Ends』聴きました。残念ながら、やはり1人多重録音スタイルではなかったので1stのあの感じはなかったのですが、メロディは変わらずに瑞々しく、素晴らしいです。彼は一体何を思って再びマイクを手に取ったのでしょうか。音楽としては「良質」という以上のインパクトは残さない代わりに、40年間の物語を想像させるアルバムで、買って良かったと思える1枚でした。








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『Rock And Roll Music』 Chuck Berry etc.

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「ありそうでなかった」という
盲点を突いたビートルズ・アイテム


 ちょっと変わったビートルズ関連アイテム。タイトルは「Rock And Roll Music」、アーティスト名にも「Chuck Berry」とあるので、一見するとビートルズとは何の関係もないアルバムに見えますが、実はこれ、ビートルズが演奏してきた「カバー曲」の、そのオリジナル版だけを集めた企画アルバムなのです。2013年の11月に発売されました。

 まず「オリジナル版を集めた」というコンセプトが素晴らしいです。これまで、「ビートルズ“を”カバーした」という企画アルバムはあっても、「ビートルズ“が”カバーした」という視点で作られたアルバムは(今考えると不思議なほど)ありませんでした。そのため、オリジナルを聞きたいと思ってもYouTubeで検索するか、あるいは、わざわざ目当ての1曲のために異なるアーティストのアルバムを買うという、「回り道」を選択するしか方法はなかったのです。

 そういった意味でこの『Rock And Roll Music』のアイデアは、「ありそうでなかった」という、まさに盲点を突いたもの。実現してくれたユニヴァーサル・ミュージックに感謝です。

 本作に収録されたのは計28曲。タイトル曲になっているチャック・ベリー<Rock And Roll Music>、<u>リトル・リチャード<Long Tall Sally>、バディ・ホリーの<Words Of Love>など、ビートルズがカバーした楽曲のオリジナルがほぼ全て収録されています。さらに、ベン・E・キングの<Stand By Me>やエディ・コクランの<Twenty Flight Rock>といった、ジョンとポールがソロになってからカバーした楽曲にも触れており、かなり網羅的な一枚になっています(<Twenty〜>はポールがジョンと初めて会った時にあいさつ代わりに弾いた曲として知られています)。

 また、ビートルズがカバーしていないにも関わらず、ビル・ヘイリーの<Rock Around The Clock>が本作のラストを締めくくっているのは、ロックンロールの原点の1曲として、リスペクトを込めて収録されているのでしょうか。蛇足という批判もあるかもしれませんが、僕はこの演出はなかなかニクイなあと思いました。

 それにしても、オリジナル楽曲“だけ”を横断的に聴いていくというのは、想像していた以上に新鮮な体験でした。好きなアーティストがどんな楽曲を好み、どんな人たちに影響を受けてきたのかについて歴史を遡っていくことは、隠れた鉱脈を探し当てるような驚きと発見があります(だから、冒頭「回り道」と書きましたが、実はけっこうそれが楽しかったりもする)。

 特にロックは、先人からの影響というものを積み重ねながら発展してきた音楽なので、ルーツを辿ることで頭の中に「物語」を作り上げていくという行為自体が、ロックの楽しみでもあります。もちろんビートルズも例外ではなく、むしろ絶対的な座標であるビートルズだからこそ、カバーしたアーティストを一堂に集め、彼らのルーツを露わにすることで、「歴史の中のビートルズ」という相対的な捉え方ができるようになる気がしました。

 同じ企画をビートルズ以外でもやって欲しいですね。ストーンズなんかカバー超多いからすごいことになりそう。

 今回、この『Rock And Roll Music』を聴いていて思ったんですけど、例えばチャック・ベリーやバディ・ホリーなんかは、ビートルズもストーンズも双方がカバーしてますが、ストーンズはさらにそこから遡ってマディ・ウォーターズやジミー・リードといった、ロック史の最初期に属するアーティストにも傾倒していったのに対し、ビートルズはどちらかといえば比較的新しいアーティストを好んでいたことが読み取れます。リトル・リチャードにしてもラリー・ウィリアムズにしても<Twist And Shout>のアイズリー・ブラザーズにしても、みんな50年代以降のアーティストばかりです。

 分かりやすく分類すれば、「原理主義的」なストーンズと「流行もの好き」なビートルズ、といったところでしょうか。実際の好みは別にしても、少なくともカバーとして残した楽曲の傾向からすれば、彼らが自分たちの音楽的資質をどう捉えていたかが見えてくるような気がして面白いですね。

 んで、最後に(ファンなのでどうしても)ビートルズを褒めて終わってしまうんですけども、やっぱりオリジナルを聴いていて思ってしまうのが、「ビートルズ、歌上手ぇ。」ということです。歌だけでなく、そもそも元の楽曲をアレンジしてしまう「消化能力」が優れていると言えばいいのかもしれませんが、例えば<Please Mr. Postman>なんかは、マーヴェレッツには申し訳ないけど、掛け合いのノリにしても「Wait A Minute〜…」の情感にしても、圧倒的にビートルズ版の方が素晴らしい。同じことを『ON AIR』でも書きましたが、オリジナルを完全に「食ってる」と感じる曲がほとんどです。<Twist And Shout>なんて、もうほとんど「ビートルズの曲」という感すらあります(その点、やはりチャック・ベリーとリトル・リチャードの御大2人のオリジナル感は圧倒的なものがあります)。

 そういう意味でこの『Rock And Roll Music』というアルバムは、先人に影響を受けた歴史の中の存在という相対的なビートルズと、クオリティという点で空前絶後な絶対的なビートルズという、相反する二つのビートルズを同時に感じられる作品と呼べるかもしれません。








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CHAI 『PINK』

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「ガールズバンド」
という括りはもう古い


 揃いのピンクのステージ衣装をまとった強烈なビジュアル(90年代育ちにはオ○ム真理教を彷彿としてしまうのでよけいに強烈)、歌とラップを自由自在に行き来するフリーダムなマナとカナのボーカル、「どこの腕利きおっさんミュージシャンだよ?」と突っ込みたくなるような、ユウキとユナの2人によるエッジ利きまくりのグルーヴ(これは本当にすごい)。

 このバンドは一つひとつのキャラクターがとにかく濃厚で、一発で依存症になるような猛烈な中毒性があります。このアルバム聴いた直後は、頭の中で「YOU!ARE!SO!CUTE!NICE!FACE!COME ON YEAH!」ってコーラスがずーっと鳴り響いてました。

 いやー、すごすぎてため息が出ますね、CHAI『PINK』。リリースされたのは去年の秋ですし、既にあちこちで激賞されているので今更ではあるのですが、僕も彼女たちのこの1stアルバムには、めまいを起こしそうなほどの衝撃を食らいました。

 正直CHAIを聴いてしまうと、他のガールズバンドが急に「過去のもの」に見えてきてしまうのを否定できません。もちろん、冒頭に挙げた彼女たちの強烈なキャラクターもその理由の一つではあるのですが、CHAIと他のガールズバンドと決定的に違うのは、彼女たちのスタイルや楽曲には「男の存在」が欠けていることです

 例えば<ボーイズ・セコ・メン>という曲で、「わたしはあなたを守りぬくわ」というフレーズが出てきます。ここでいう「あなた」は男性なんだけど、そこに恋とか愛とかいう文脈はありません。あるのは「私の方が強いからあなたを守ってあげる」という、純粋に物理的な力関係だけです

 もちろん、女性が男性を守るという歌詞は過去にもたくさんあるんだけど、程度の差こそあれ、そのほとんどは「本来は男性が女性を守るべきところを女性の私の方が男性を守る」というような、男性の存在を前提にしたうえでの価値観がベースにあったと思います。でもCHAIには「男性だから」という前提も、「女性だけど」という気負いもありません。「私の方が強いから守る」という、ただそれだけなのです。

 CHAIは「NEOかわいい」(NEOはニュー・エキサイト・オンナバンドの略)という造語をバンドのテーマに掲げていますが、ここで使われている「かわいい」も、「男性から見てかわいい」でもなければ、その反発としての「男性の価値観なんかに縛らない、女性自身が評価するかわいい」でもありません(後者も結局は男性が出発点であることは変わりがないから)。

 CHAIのいう「かわいい」は、<sayonara complex>で「どんなにファンデーションを塗ってもムダ毛を処理してもコンプレックスはなくならないよ(だから受け入れていこう)」と歌っていることに表れているように、「その人が本来持つ性質こそが一番かわいい」という意味なのでしょう。

 そういう意味では、CHAIのいう「かわいい」は男性にも当てはまります。つまり、「男性(女性)から見た女性(男性)」であれ「男性(女性)の存在から自由な女性(男性)」であれ、今まで歌われてきたのがそうした「異性との対比の中で位置づけられる相対的な女性(男性)」だとしたら、CHAIが歌っているのは性別という属性と分離された、純粋な「個人」だといえます

 そしてさらに言えば、冒頭に述べたような、いわゆる(従来的な意味での)「女性らしさ」とは一線を画すあの衣装も、あまりにフリーダムな音楽性も、そのようなCHAIの姿勢の表れだと僕には思えます(狙ってやってるわけではないでしょうが)。

 だから、本当は他のガールズバンドと比べることがおかしいし、そもそも「ガールズバンド(男じゃないバンド)」という括り方も実はおかしいんだと思わざるをえません。男性社会的な文脈や価値観を、ラディカルな形ではなくあくまでポップな音楽で軽やかに超えていくCHAI。どんなに誉めても足りないくらいめちゃくちゃ眩しいし、めちゃくちゃ素敵です。







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DYGL 『Say Goodbye To Memory Den』

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あえて今の時代に
「ギターロック」を選ぶ痛快さ


 先週に続いて今週も2017年の良かったアルバム(17年が終わってから紹介するのも間の抜けた話なのですが)。DYGLの1stアルバム『Say Goodbye To Memory Den』です。

 DYGLと書いて「デイグロー」と読みます。メンバーは4人。日本のバンドです。

 が、僕は最初、海外のバンドだと勘違いしました。元スーパーカーのナカコー(中村弘二)が以前、「最初の1音だけで日本のアーティストか海外のアーティストかわかる(それくらい明確な違いがある)」というようなことを呟いていましたが、僕はDYGLがロンドンのバンドと言われても信じちゃうと思う。そのくらい、サウンドにも英語の発音にも日本人ぽさが感じられません

 着古してあちこちほつれたり色が落ちたりした洋服なのに、その無造作感や自然さが新品の服よりもむしろ素敵に映ることがありますが、DYGLの音楽にもそれと同じような魅力を感じます。2本のギターの絡み方や、タイトなんだけど荒々しく聴こえるドラム、ボーカルとコーラスの重なり方。僕はかつてのリバティーンズを思い出しました。

 レコーディングの技なのかミックスの妙なのか僕にはわからないんですが、全体が1枚の薄皮に包まれてるようなデッド感のある音(イヤホンで聴くと強く感じます)もかっこいい。そう、このバンドに関してはとにかく「かっこいい」という言葉しか出てきません。こういうシンプルかつピュアな「これぞギターロック!」と呼びたいバンドが日本から出てきたことがめちゃくちゃ嬉しいです。

 実はDYGLのメンバー4人のうち、3人はYkiki Beatという別のバンドにも在籍していました(Ykikiは16年に活動休止)。Ykikiの結成が10年でDYGLが13年なので、丸3年は両方の活動が被ってたってことになります。

 ちなみに、ボーカル/ギターの秋山信樹とベースの加地洋太朗はどちらのバンドでも担当楽器は同じなのですが、嘉本康平はYkikiではギター、DYGLではドラムと担当が異なります。初期のDYGLではメンバーの担当楽器は流動的だったそうなので、その名残なんでしょうが、それにしても器用すぎてすげえ

 Ykiki Beatはどういうバンドだったかというと、シンセ担当のメンバーがいることに表れているように、カラフルで都会的でダンサブルで、一言でいえば「陽」な音楽を鳴らすバンドでした。僕はYkikiの方は前から知ってたのですが、DYGLはあまりにサウンドが違うので、まさか同じメンバーだとは思いませんでした。

 んで、僕が面白いなあと思うのは、地上波テレビのEDテーマに選ばれるほど「今風」なYkikiから、今や「古典的」といってもいいほどクラシックなスタイルとなった4ピースのギターロックまでカバーする、彼らの懐の深さ、レンジの広さです。偏見かもしれないですけど、今の時代ギターロックをやろうとする人間って、保守的で固陋なイメージないですか?

 個人的には、Ykikiのようなところから、オーソドックスなガレージやパンクの匂いを感じさせるDYGLへと、まるで時代と逆行するように変化した彼らの意志が頼もしく感じます。その一方で、Ykikiがなくなったことで「Ykiki的な何か」が今後DYGLにもフィードバックされてスタイルが変化するとしても、それはそれで楽しみ。

 彼らは日本と海外を行き来しながら活動を続けてるらしいので、そんな感じで国内シーンと適度に距離を取りながら、屹立した存在として今後も突っ走ってほしいですね。

 最後に、音楽とは全然関係ないんだけど、DYGLのボーカルの秋山信樹って、菅田将暉に似てません?『直虎』見ながらずっと頭にDYGLがちらついて仕方なかった…。







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Flyte 『The Loved Ones』

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オシャレをしない
「普段着」の新世代


「ノームコア」という言葉を知っていますか?元々はファッションから生まれた言葉で、「normal」を意味する“ノーム”に、「hardcore」などで使われる“コア”をくっつけた、「究極の普通」「筋金入りの普通」などと訳される造語です。

 ノームコアファッションのアイコンとされるのがスティーブ・ジョブズで、彼はいつでも黒のセーターにジーンズ、白いスニーカーという超普通なスタイルを崩しませんでした。ノームコアとは、着飾ったり他人と違うことを主張しようとするのではなく、「普通であること」を意識的に選択したスタイルのことなのだそうです。
参考記事:ノームコアとは?シンプルでもおしゃれな装いのヒント(+CLAP Men)

 ただ、僕が初めて「ノームコア」という言葉を知ったのは、ファッションの言葉としてではなく、実はあるバンドのことを形容する言葉としてでした。ロンドン出身の4ピース、Flyteです。

 結成は2013年。僕が最初に聴いたのは確か14〜15年あたりだったと思います。当時何枚かのシングルをコンスタントに発表していて、好みにバシッとハマったのでした。すぐにアルバムも出すのかなと思ったのですが、意外に待たされて、ようやくリリースされたのは17年の夏のことでした。それが『The Loved One』Tashaki MiyakiCharly BlissHazel Englishと並んで、彼らFlyteも17年に1stアルバムを心待ちにしていた一組でした。

 んで、彼らがなぜノームコアと呼ばれるのか。確かに4人とも地味なシャツやジーンズばかり着ています。でも、そんなアーティストだったら他にいくらでもいます。彼らをノームコアと呼ぶ理由は、彼らのファッションではなく、音楽にあるんじゃないかと僕は思っています。

 たとえばアルバム1曲目の<Faithless>。鍵盤をたたきつけるような、迫力あるピアノのフレーズがいきなり聴こえてきたかと思えば、ボーカルが入るとフッと火が消えるように抑えた曲調に変わり、ほぼベースの音だけで曲が進むという、落差のある展開を見せる曲です。

 続く<Victoria Falls>は一転して疾走感のある曲ですが、不思議なエコーのかかったスネアが奇妙なパターンのリズムを鳴らすことで、夜の都会を低空飛行する鳥のような、静かだけれどもどこか生々しいザラつきをもたらしています。

 他にも、例えば序盤のアコースティックなテイストからは想像つかないような展開を見せる<Cathy Come Home>や、異なるリズムの重なりが強烈な上昇気流を生み出す<Little White Lies>など、とにかくこのバンドは曲の展開やアレンジが多彩です

 ただ、実践してるアイデア自体は個性的で一風変わってるものの、そもそもこうした「何かやらずにはいられないスピリット」というものは、むしろ僕はイギリスの王道だと感じます。なぜなら、アレンジや展開に凝るのは、曲という名の「物語」をいかにすればもっとも効果的に伝えられるかという「ストーリーテラー」としての性分だからです。

 もう一つ、Flyteの個性として特筆すべき点が「コーラス」です。このバンド、4人全員が歌えるのです。なので、前述の<Faithless>にしても<Victoria Falls>にしても、一番盛り上がるサビになると4人によるコーラスに切り替わるというまさかの展開を見せます。

 極めつけはアルバムラストに収録されたAlvvaysのカバー<Archie, Marry Me>でしょう。これ、めちゃくちゃ好きな曲だからFlyteがカバーしたと聞いて楽しみにしてたんですけど、まさか「アカペラ」とは。最後をアカペラで締めるなんて、ある意味オルタナの極致といえます。

 Flyteはシンセを多用したり、ドラムなんかにしてもわりと無機質なパターンを好んだりして、けっこうエレクトロっぽいアプローチが多いのですが、曲の中の最も肝心なところに「4人のハモリ」を選ぶところに、結局このバンドが「歌」のグループであることを感じます。

 曲を音の集合体ではなく「歌(=言葉とセットで物語るもの)」と捉え、さらにその一番の盛り上がりの部分をハーモニーという極めてアナログで人間的な手法で表現する。それはビートルズであり、クイーンであり、オアシスであり、イギリスの王道的な感性だと僕は感じます。

 そして、肝心なことは、Flyteの4人はそうしたいわばイギリスの伝統的感性を、極めて自然に体現していることです。オアシスが60年代をはじめ過去のバンドの音を再解釈しようとしたり、反対にレディオヘッドがそうした呪縛から離れさらに音楽的な進化を遂げようとしたりと、ひと世代前のアーティストたちは、継承するにせよ否定するにせよ、イギリスの王道的感性と向き合い葛藤するというプロセスがありました。

 ところがFlyteにはそのようなプロセスを経た形跡が見られません。もはや自分の一部として初めから受け入れているような天然っぷり、あるいは遺伝形質として元から備わっていたかのようなナチュラルさだけがあります。彼らが「ノームコア」と呼ばれる理由は、こうした屈託のなさと、あえてそれを自分の個性として主張しない(主張するまでもない)ところにあるのでしょう。

 ですがその結果、音楽そのものは全然似てないのに、ビートルズやクイーンが間違いなく音の中に存在していることを、むしろ過去のバンド以上に強く感じるのが不思議です。「新世代」という言葉を思わず使いたくなるバンドです。







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