週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

Charly Bliss 『Guppy』

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目新しくはないけど
「こういうの」が聴きたかった


 最初に聴いた1曲が2016年のシングル<Turd>と<Ruby>のどちらだったのか、実は思い出せないのですが、1コーラス目だけを聴いただけで「これはヤバい。大好きになる」と確信したことははっきりと覚えています。

 NYブルックリン出身の4ピース、Charly Bliss。14年に自主制作EP『Soft Serve』を発表して以来、2枚のシングルに1枚のライブEPと、コンスタントに音源をリリースし、じわじわと認知度を上げていった彼らですが、今年4月、初のフルアルバムとなる『Guppy』をリリースしました。

 既発曲と新曲とを織り交ぜた、現時点での彼らのベストアルバム的構成で、シングル<Ruby>だけでなく、ライブ音源しかなかった<Percolator>や、<Bad Boy>からタイトルを変え新録された<Black Hole>なども収録されました。新曲の中では、なんといっても4曲目の<Glitter>でしょう。助走(Aメロ)、踏切(Bメロ)、飛翔(サビ)のような、躍動感のある展開をするこの曲は、1stEPの<Love Me>を超える、このバンドの新たな代表曲になったと思います。



 パワーポップと分類されることの多いCharly Blissですが、確かにFountains Of Wayneばりにメロディは泣きまくっているものの、決してそれだけではありません。

 たとえば、Sonic YouthやNirvanaを思い起こさせる、(今やちょっと懐かしくなってしまった)90年代オルタナのゴツゴツした手触りもあります。また、「バブルガムガレージ」などという造語で分類されることもあるように、紅一点のボーカル、エヴァ・ヘンドリックスの甲高いシャウトには、ティーンポップ的な可愛らしさや甘酸っぱさもあります。そういえば、エヴァの声を最初に聴いたときは、The Muffsのキム・シャタックっぽいなあと思ったのでした。

 メロディの良さとオルタナ的アイデアとエヴァの声。Charly Blissが僕の耳にフィットしたのは、この組み合わせがどこか、『Runners High』や『Little Busters』あたりのthe pillows(もう20年近く前なのか…)を彷彿とさせたからかもしれません。

 逆に言えば、Charly Blissの音楽は決して目新しいものではありません。むしろ、過去の音楽の再生成であり、「王道」とさえといえるでしょう。そういう意味では、このバンドがブルックリンという、「風変わり」の代名詞のような土地から出てきたことが意外です。エヴァは今でもブルックリンのコーヒーハウスでバイトをしているそうですが、このように「ザ・王道」のようなバンドが、デビューから3年経っても、NYの片隅のインディーシーンにいることについて、個人的には一抹のさみしさも覚えます。

 ただ、本人たちはそんなことはまるで気にしていないでしょう。もちろんビッグにはなりたいだろうけど、かといってインディーであることを恥じてもいない。そう思うのは、The Muffsやthe pillowsと比べると、Charly Blissははるかにドライで陽気だからです。

 エヴァの声にはキム・シャタックの毒気も山中さわおの陰鬱さもありません。90年代のオルタナって、ネガティブな感情をモチベーションにしているところがありますが、Charly Blissはそういう匂いがまったくといっていいほどない。音はとてもパワフルだけど、伝わってくるパーソナリティーは驚くほど自然体です。

 ここまで書いてきてふと思ったのですが、僕がCharli Blissの音楽に惹かれた本当の理由は、「ツルン」というか「フワッ」というか、余計な力が入ってない気軽で明るいところが、30代になった今の僕の感性にフィットしたからかもしれません。つまり、the pillowsに似ていたからというよりも、むしろthe pillowsとは正反対の部分に惹かれたんじゃないか、ということです。

 う〜ん。なんだか急に年を取った気がしてしまいました。








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『Sgt. Pepper's』の新旧ミックスを全曲聴き比べてみた 〜B面編〜

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残りの全アルバムも
リミックスしてくれたらいいのに


 前回から引き続き、ビートルズ『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』の50周年記念盤のステレオリミックスとオリジナルのモノラルミックスの聴き比べ。
※前回の記事:『Sgt. Pepper’s』の新旧ミックスを全曲聴き比べてみた 〜A面〜

 今回はアナログ盤でいうとB面にあたる後半の6曲を取り上げます。前回同様、09年のモノラルリマスターと、今回のステレオリミックスを聴き比べます。文中ではモノラルを【オリジナル】、ステレオを【リミックス】と呼びます。
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#8 Within You Without You

 この曲は意外にも勝敗つけるのが難しかったです(【リミックス】の圧勝だろうと思ってた)。
 イントロのタンブーラやシタールの響きがフワーッと広がっていくところは、確かに【リミックス】で聴くと「おおお〜」と声を上げそうになります。けれど、空間の広がりを意識したミックスという点では、前曲の#7<Being For The Benefit Of Mr. Kite!>も同じ。2曲連続で空間系ミックスを聴くと、少々うるさく感じてしまいます
 アナログ盤であれば前曲との間に「盤をひっくり返す」というワンクッションが入るので、問題ないかもしれません。でも「次世代が聴くビートルズ」というこの企画の基準を考えると、アナログは前提にはできないので勝ちは【オリジナル】ということになります。
 ここで終わると、なんだか<Mr. Kite!>のとばっちりで【リミックス】が負けたってだけになるので少しだけフォローすると、【モノラル】の方が音が少しくたびれたような風合いになり、オリエンタルなこの曲にはそもそもこっちの方が合っていると思います。


#9 When I'm Sixty-Four

 この曲の「味の決め手」になっているのは古いジャズ風のクラリネットとピアノ。「古い」ということで【オリジナル】に軍配が上がりそうですが、僕はこの曲のクラリネットとピアノの本質をレトロではなく「ユーモア」だと捉えています。
 「僕が64歳になっても君は僕を必要としてくれるかな」という、他愛もないっちゃないラブソングですが、この曲がなんでこうも楽しく聴こえるかというと、「64歳」という絶妙な年齢と、そしてこのとぼけたようなクラリネット&ピアノの効果でしょう。両楽器の音がボーカルなどとひと塊になって聴こえるよりも、ボーカルと分かれて配置された方がバックグラウンド化されて、その効果をより発揮する気がします。ということで【リミックス】の勝ち


#10 Lovely Rita

 この曲について僕は#4<Getting Better>の姉妹編のようなイメージを持ってるんですけど、みなさんいかがですか?どちらの曲も、ポールのボーカルとジョン、ジョージのコーラス、そして楽器とが互いに追いかけっこをしてるように聴こえるところが面白いし、いかにもビートルズだなあと感じます。
 そうした三者の動きや距離感がつかみやすいのは【リミックス】の方です。<Getting Better>はリミックスの方針が空回りしてうるさくなってしまったので【オリジナル】の勝ちだったのですが、あの曲も本来はステレオミックスで聴きたい曲です。


#11 Good Morning Good Morning

 概していうなら、モノラルは音がごちゃっとくっつき合っているため、個々の音の境界線は曖昧で聴き取りやすさは落ちますが、ひとかたまりになっているぶん、疾走感やグルーヴ感は強く出ます。
 反対にステレオは、一つひとつの音を手に取って眺められそうなほどはっきり分かれていますが、聴き取りやすいぶん、目の前で手品の種明かしをされたような興醒め感があります。
 単なる印象なのですが、ジョンの作る曲はモノラル向きな気がします。ついでにいえば、ジョンの声もモノラルがいい
 この曲の場合も、シュールでわけのわからない正体不明な感じが、【リミックス】だと消えてしまってつまらないように感じます。ジョンの声も【リミックス】は迫力が足りない。【オリジナル】を聴いていると、「グッモーニン!」という叫びをスピーカーから垂れ流す得体の知れないトラックが目の前を駆け抜けていくような感じがします。


#12 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)

 難しいです。#1と同じように、やはり#12もこの曲をどう捉えるかによって変わります。
 ただ、捉えるポイントは異なります。#1は、アルバムの幕開けということで、コンセプトである「ライブショー」に聴き比べるポイントがありました。一方、この#12はタイトルにもある「Reprise(=くり返し、もう一回)」をどう解釈するかが鍵になります。
 僕の解釈では、この曲はいわばカーテンコールで、作品の最後に置かれた「おまけ」のような位置付けです。ドリフの全員集合でいうところの<いい湯だな>ですね。
 そう考えると、【リミックス】よりも【オリジナル】の方が、遠くから響いてくる感じがあり、「これでおしまいですよ〜」という雰囲気をより醸し出してる気がします。
 ただ、そういう文脈を無視して1つの独立した曲として考えるなら、【リミックス】の方がよいです。迫力が違うし、ジョンとポールの声のバランスもよいです。先日のポールの来日ツアーでもこの曲やりましたが、【リミックス】のイメージの方が近かったですね。ジョンの曲はモノラル向きなのとは反対に、ポールの曲はステレオの方が良く感じるのは面白い対比です。


#13 A Day In The Life

 この曲はオーケストラのスケール感や深遠な物語世界を思わせるサウンドで神格化されがちですが、実態はジョン、ポール、再びジョンという、このバンドの必勝パターンである2人の歌のバトン交換です。
 1:30過ぎからの、ジョンからポールへのボーカルの受け渡しに生じる微妙な揺らぎは、【オリジナル】の圧勝です。
 また、オーケストラやピアノがメインを張っていますが、ピアノのリフはあくまでロック的だし、そもそもこの曲を前々へと運んでいるのは、他ならぬリンゴのドラムです。このような点を考えても、カタマリ感、疾走感のある【オリジナル】に軍配が上がります
 聴き比べる前はなんとなく【リミックス】の圧勝かなと思っていたのですが、曲の「核」にあたる部分がはっきりと【オリジナル】で聴かれることを求めていました。

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 全13曲の聴き比べが終わりました。結果は、7勝6敗で【オリジナル】の勝ち。10曲目の<Lovely Rita>が終わった段階では6勝4敗で【リミックス】が押してたのですが、ラスト3曲で【オリジナル】が一気に逆転しました。

 んで、やった本人が書くのもナンなんですが、意外な結果です。なぜなら【リミックス】の圧勝だと思ってたから。そのくらい、今回の50周年盤はインパクトありました。正直「今まで何を聴いてたんだ?!」って愕然としたくらいです。ジャイルズのバランス感覚は素晴らしく、ものすごい集中力で自分の個性を押さえながら、「ビートルズがもしステレオを前提にリミックスしてたら」という仮定に対して説得力のある音源を作りだしています。

 このアルバムに関して、僕は今後旧ステレオミックスを聴くことはもうないでしょう。なので、「21世紀に残すに相応しいビートルズ音源」という当初ジャイルズが立てた目標は、十分に達成できていると僕は思います。

 一方で、今回のようにモノラルとステレオという軸で聴き比べると、まだまだ議論の余地はありそうです。また、個々の楽曲で聴き比べた結果とアルバム全体で比べた結果が、必ずしも一致しないというのも興味深いです。こうなってくると、『Let It Be』『Abbey Road』のモノラルミックスというのも聴いてみたい。

 ジャイルズには、マジでこのまま全作品のリミックスをやってほしいです。『ホワイトアルバム』については既に計画があるという噂ですが、いやいや、そのまま全オリジナルと『Past Masters』の2作品までやっちゃってください








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『Sgt. Pepper's』の新旧ミックスを全曲聴き比べてみた 〜A面編〜

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音がクリアで聴き取りやすい
VS 聴き取りやすけりゃいいってもんじゃない


 ビートルズの『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』のリリースから、今年でちょうど50年ということで、アニバーサリー・エディションが発売されました。

 同時期にレコーディングされていた<Penny Lane>などを含む、多数の未公開テイクの収録も話題になりましたが、目玉はなんといってもステレオ音源のリミックスです。過去に『Let It Be Naked…』のような例はありましたが、オリジナルのスタジオアルバムで、当時と同じカタログ、同じタイトルでビートルズの音源がリミックスされるのはこれが初めてではないでしょうか。

 リミックスを担当したのは、オリジナルのプロデューサー、ジョージ・マーティンの息子であり、『Live At The Hollywood Bowl』のリマスターも担当した、ジャイルズ・マーティン

 『Mono Masters』のときにも書きましたが、ビートルズの4人は当時、ステレオ音源よりもモノラル音源の方を重視していました。ステレオのリミックスは、いわば「おまけ」のようなもの。しかし、CD時代になりステレオが主流になると、その「おまけ」で作られたステレオミックスの方が「ビートルズの音」として、長らく世界中に流通することになりました。

 今回ジャイルズが目指したのは、「当時の4人がステレオを前提にミックスしたら」という想像のもとでリミックスを施し、「次世代へ引き継ぐにふさわしいビートルズの音源」を作り直すことにありました。

 そこで今回は、かつて4人とジョージ・マーティンが、「これぞビートルズの音だ!」とこだわりぬいたモノラルミックスと、ジャイルズが「これぞ新しいビートルズだ!」と気合いを入れて作り直したステレオリミックスとを聴き比べ「どっちのビートルズが次世代に聴いてもらうに相応しいか」という観点で、全ての曲について勝敗をつけてみたいと思います

 当初はモノラルミックスではなく旧ステレオミックスと聴き比べをしようかと考えてました。同じステレオ同士で聴き比べた方が、より客観的で読みやすい比較ができると思ったからです。しかし、「何分何秒に鳴るギターの音が左から右に変わった」といった重箱の隅をつつくような話に終始しそうな予感もしました。

 であれば、50年前と現在とでそれぞれに「これぞビートルズ!」と自負している音源があるのなら、モノラルとステレオの違いなんて無視してその2つを聴き比べて「どっちが『本当のビートルズ』か?」という、思い切り主観的な観点から語った方が(僕が)楽しそうです。また、両方の音源についての物理的な違いを挙げることよりも、「どちらが好きか?」という態度を示すことの方が、「次世代のためのビートルズ音源」を目指したジャイルズと、将来、たまたまこの記事を見かけた「次世代」の誰かに対する誠意だとも思います。

 というわけで、前置きが長くなりましたが、聴き比べたのは、09年のモノラルリマスターと、今回のステレオリミックス。これを、「次世代」が音源を聴く環境に近いだろうという根拠で、スピーカーではなく、iPhoneに取り込んだものをイヤホン経由で聴きました。文中ではモノラルの方を【オリジナル】、今回の音源を【リミックス】と書きます。

 今回は、アナログ盤でいうとA面にあたる前半の7曲について書きます。
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#1 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band

 いきなり逃げ口上を打つようでアレなんですが、この曲をどう捉えるかによって勝敗は変わります。
 【オリジナル】と【リミックス】の違いは、ごく簡単に言えば前者は全ての音がギュッと塊になったような凝縮感が強く、後者は左右に広がる分、空間的立体的な聴こえ方になります。
 んで、この曲を(というかこのアルバムを)ポールが立てたコンセプトの通り「架空のバンドによるライブショー」と捉えるのであれば、どちらがより「ライブ感」「臨場感」が強いかという点で【リミックス】の勝ち。逆に、一つの独立した曲として聴くのであれば、塊になっている【オリジナル】の方が力強く迫力があります。
 んでんで、幕開けでタイトル曲でもあるこの曲をアルバムと切り離して聴くわけにはいかないし、そもそも今回のリミックス自体が『サージェント』という「企画」に紐づいたものなので、あくまでアルバムの一部=アルバムのコンセプトを重視することにします。ということで【リミックス】の勝ち。センターにいるポールと、ポールと距離をとってワイドに配置されたジョンとジョージのコーラス、そして時に後ろから聞こえてくるようにも感じる観客の歓声という、全方位に広がった声の距離感が「ライブショー」の臨場感を生んでいます。


#2 With A Little Help From My Friends

 #1からつながって始まるこの曲も引き続き設定はライブショー。ということは当然この曲も【リミックス】の勝ち…と思いきや、迷ってしまいます。確かにリンゴと3人との掛け合いだけに焦点を当てれば【リミックス】の方が格段に良いです。しかし、メインボーカルであるリンゴの味のある声には、【オリジナル】のごちゃっと重なった音の方が合ってる気がするのです
 モノラルからステレオ、そしてステレオのリミックスという流れは、基本的には音と音の境界線を明確にしていくことと同義でした。難しいのは、一つひとつの音を区別できるようになると、新たな発見がある一方で、なんというか、身もふたもない感じにもなるということです(おまけにそのさじ加減は曲によって異なる)。この曲は、はまさにそのパターン。
 #1と#2で早くも顕著になったように、【オリジナル】と【リミックス】の戦いは、「音と音の分離が良くて聴き取りやすい」(リミックス)ということと「なんでもかんでも音を分ければいいってもんじゃない」(オリジナル)ということとの戦いという様相を呈してきました。


#3 Lucy In The Sky With Diamonds

 これはもう即断です。【リミックス】の勝ち
 イントロのハモンドオルガン(ハープシコードに聞こえるけどこれハモンドオルガンらしいよ)が、一音ずつ左右にバラされてるのを聴いた時「うわーやられた!」と思いました。リミックスとはどういうことかを、このアルバムでもっともわかりやすく示しているのは、この部分かもしれません。1枚、また1枚と、何層にも音が重なっていく様子が目に見えるようで、「<Lucy〜>ってこういう曲だったんだなあ」と今更ながら発見したような気がしました。


#4 Getting Better

 これは【オリジナル】の方がいい。というよりも【リミックス】が“やりすぎ”てしまった感じ。イントロの「チャッ、チャッ…」というギターの音からして角が立ちすぎだし、全体的にハイハットの音も耳障り。ジョンとジョージのコーラスもあそこまで生々しくない方がいいと思います。
 コーラスについて言えば、ビートルズの3人の場合、声質はバラバラなのに、合わさるとひとりの人の声に(というのは言い過ぎなんですが、印象としては)聴こえるという不思議な特徴があります。しかしこれも、#2で書いたように、3人の声をバラバラに離して置いてしまうと、妙によそよそしい感じに聴こえてしまうのです(といいつつ#1のように離した方が臨場感が出る場合もあるので厄介)。


#5 Fixing A Hole

 この曲は【リミックス】の勝ちですね。
 【オリジナル】との大きな違いの一つが、ハープシコードとエレキギターとがきっちりと区別されたこと。2つの音が交互に顔を出す喜劇的な動きが見えるようになり、それが「雨漏りしてる穴を塞ごう」というユーモラスなこの曲の世界観と合っています。ポールのボーカルに対するエコーのかかり方が強い点も良い。
 ここまで聴いてきてようやく自分でも気づいたのですが、どうやら僕が聴き比べで重視しているのは「どちらの音がその曲の世界観に近いか」というポイントにあるようです。もちろん「その曲の世界観」というのは、あくまで「僕が考える」という注釈つきですが。


#6 She's Leaving Home

 これは間違いなく【オリジナル】です
 理由はポールのボーカル。【オリジナル】の方が、声が遠いのです。森の向こうからややくぐもって聴こえるような声の雰囲気が、この曲には合ってるように思います。それに比べると【リミックス】はポールの声が前面に出てきすぎてしまって、Too Muchです。
 レナード・バーンスタインをして「シューベルトやヘンデルよりも上」と言わしめたとかなんだとかいわれるほど美しいメロディをもったこの曲も、耳元で生のまま歌われると、美しいがゆえにかえって身もふたもなくなってしまう感じがします。


#7 Being For The Benefit Of Mr. Kite!

 【リミックス】の勝ち
 この曲の魅力は、夜の公園に突然現れた移動遊園地の中に迷い込んでしまったような、ユーモラスなんだけど、同時に妖しくてちょっと怖い予感を感じさせるところです。『チャーリーとチョコレート工場』のようなイメージでしょうか。ポールが毎回ライブで披露するこの曲の演出も、ちょうどそんな雰囲気でした。つまり全方位から音が鳴っているような、空間的な広がりが肝になります。空間を表現するなら、ステレオに軍配が上がるのは自明でしょう。

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次回はB面の6曲を取り上げます。








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2017年6月の3冊 〜川と地形づくし〜

『川はどうしてできるのか』藤岡換太郎

 6月は暗渠の記事を書いたこともあり、川のことをやたらと考えていたので、川や地形関連の本ばかり読んでました。
 まず読んだのが、講談社ブルーバックスの『川はどうしてできるのか』。「山」編、「海」編に続く「どうしてできるのか」シリーズの第3弾です。ナイル川がなんであんなに長いかっていうと、総延長7000kmに及ぶアフリカ大地溝帯に沿って流れてるからだとか、川は海に注いで終わりじゃなくて実は海底にも川の続きとなる「海底谷」があるって話とかは、普段東京23区の川(暗渠)しか考えてない身には実に刺激的。
 中でも、天竜川と信濃川は実は元々一本の川で、日本列島がユーラシア大陸にくっついていた時代は、ロシアのウスリー川と接続し大陸大河を形成していたという話は、スケールでかすぎて頭がクラクラしました。同時に「今は別々の川がかつては1本の川だった」という想像は、先日の暗渠記事で書いた「古石神井川時代、石神井川と藍染川とを結んでいたのは逆川だったのでは?」という思いつきと結びついて、意を強くしました。
 




『東京の自然史』貝塚爽平

 『ブラタモリ』の人気などで、東京の地形や歴史のうんちくを集めた街歩きガイドブックはたくさん出版されています。しかし、数千年、数万年というスケールのでかい時間軸で、海底まで含む東京の自然の歴史について解説した書籍、それも一般向けに書かれた書籍となるとほとんどありません。その中でもっとも有名なのが本書でしょう。
 東京の各台地の細かい違いや地層の分析とそこから読み取れる地殻変動の歴史など、興味がある人には興奮が止まらない(興味がない人には何が面白いかまったくわからない)本です。実は4〜5年前に一度読んでいるので再読なのですが、この間に他の関連本を読んだり、実際にあちこち足を運んできたせいか、納得度と興奮度は前回とは比べ物になりませんでした。中でも、前半に出てくる豊島台と本郷台の地形の違いに関する記述はヤバかった。いや、走ってると藍染川と谷端川の並走具合ってのは何らかの関連があるんだろうなと感じてたところだったのです。
 「川はどこを流れていたのか」を考えるのも超楽しいんですけど、「川はどうしてここを流れているのか」という、もう一つマクロレベルの疑問について考えるのも楽しいです(難しいけど)。





『江戸上水道の歴史』伊藤好一

 自然河川の暗渠をたどっていると、どこへ行っても必ず出くわす紛らわしい“曲者”が上水道です。僕の場合は千川上水だったのですが、どう見ても暗渠なんだけど、道幅がやけに広かったり、場所によっては高所を流れたりしていて、ずいぶんと頭を悩まされました。そんな江戸の町の上水道だけに的を絞って書かれたのが本書。さすが吉川弘文館というべきニッチなテーマ選びです。
 内容はもうすがすがしいくらいにザ・データ集で、江戸の町に引かれていた6つの用水(神田、玉川、青山、三田、亀有、千川)について、いつ誰が開いたのか、どこをどう流れていたのか、水銭(水道料金のこと)はいくらだったのかなど、あらゆる情報がガッツリ詰め込まれています。そして、本書に収録された膨大なデータは、「人の生活がいかに大量の水を消費するか」ということの裏返しでもあります。世界史の授業で「世界の文明は全て大きな川のそばで発生した」と習いましたが、この本読むと納得感ハンパじゃありません。
 江戸の町は家康の入府直後から、神田川を掘って隅田川に流したり、駿河台を崩して日比谷入り江を埋めたり、江戸湾に注いでいた利根川を鹿島灘方向に付け替えたりと、治水工事に力を注ぎました。その一方で、増え続ける人口と追いかけっこをするように上水道の整備を進めてきました。水をいかにコントロールして抑えるかに腐心しながら、同時に水をいかに引っ張ってくるかに躍起になっていたわけです。江戸(東京)の歴史というのはつくづく水の歴史だなあと感じます。






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都内の暗渠を「ロックバンド」に例えて紹介してみる

 先週に続いて川・暗渠の話です。
(先週の記事:「川」こそアナーキーだ
 誰にも読まれていないのをいいことに、どんどん書きます。

 暗渠イスト(暗渠ファンのこと)のバイブル『川の地図辞典』を開くと、かつては東京の街のいたるところを、まるで毛細血管のように無数の川が流れていたことがわかります。上水道や細かい用水路なども含めれば、23区だけでも100本以上の川(水路)が流れていたんじゃないでしょうか。そのほとんどが暗渠化されていることを考えると、現代の僕らは「川の上に住んでいる」と言っても過言ではありません。

 そこで今回は、数ある都内の暗渠の中からその一部を、ロックミュージシャンに例えながら紹介するという、まったく意味不明なことをやろうと思います。
 わかる人だけわかればいいんだ

(目次)
暗渠界のビートルズ
暗渠界のローリング・ストーンズ
暗渠界のセックス・ピストルズ
暗渠界のビーチ・ボーイズ
暗渠界のボブ・ディラン
暗渠界のカーペンターズ
暗渠界のキャロル・キング
暗渠界のスミス
暗渠界の大滝詠一
暗渠界のビョーク
暗渠界のCCR
暗渠界のデヴィッド・ボウイ
暗渠界のオアシス
暗渠界のバディ・ホリー
暗渠界のニューヨーク・ドールズ

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■暗渠界のビートルズ:渋谷川



 暗渠の中でもっともメジャーな存在。暗渠に興味のない人でも渋谷川のことは知ってるんじゃないでしょうか。渋谷駅や原宿キャットストリートといった華やかなランドマークの真下が実は川だったという意外さは、暗渠の楽しさや興奮を端的に伝えてくれます(こうした感覚を本稿では「ポップネス」と呼びます)。
 こうしたポップネスに溢れる一方、センター街のど真ん中を流れる宇田川や青山の瀟洒な住宅街の中を流れるいもり川など、表情豊かな支流も多く、容易には全貌をつかめない奥深さも併せ持っています。地形という観点からも非常にポップネスに富んでおり、僕は渋谷川を知って以降、表参道や竹下通り、道玄坂や宮益坂といったおしゃれな通りが「崖」にしか見えなくなりました。渋谷川は国道246号線をくぐった渋谷駅の南側で開渠になりますが、地下世界への入口であるその開口部は、暗渠好きのロマンをかきたてる原点ともいうべき光景です。このように、どの切り口からでも人を惹きつける「王道・オブ・ザ・暗渠」っぷりは、暗渠界のビートルズと呼ぶにふさわしいでしょう。
 ちなみに、本流をバンド、支流をメンバーとするならば、渋谷川の支流のどの川が4人のうちの誰にあたるか?ということを、以前Twitterで議論したことがあります。ジョン=宇田川、ポール=本流上流域、リンゴ=いもり川までは共有できたのですが、ジョージが決まらない。笄川という説もあったのですが、そうすると川の流れを時系列としたときにリンゴ(いもり川)と整合性が取れない。僕は、ポールと幼馴染だったという点で、玉川上水からの分水である千駄ヶ谷・代々木支流を暫定的にジョージとしたいと思います。南新宿と代々木ってあたりもジョージっぽい。

↓水源の一つである新宿御苑の玉藻池。
この穏やかな風景と賑やかな渋谷とが川で繋がっていることに激しいロマンを感じる。

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↓キャットストリートの不自然な段差は護岸の名残。
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↓竹下通り脇の「ブラームスの小径」も実は渋谷川支流の暗渠。
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↓渋谷川開口部を望む(工事のため以前よりも見えづらくなってしまった)。
地上の駅やバスターミナルとのギャップがたまらない。

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■暗渠界のローリング・ストーンズ:藍染川



 渋谷川とは打って変わって、流路は細く、最下流の不忍池付近などは、人が一人やっと通れるほど。藍染川は全体的にダークでアーシーな雰囲気に満ちた暗渠です。
 不忍通りのすぐ脇、何度も折れ曲がる通称「へび道」は、暗渠界きってのグルーヴィーな流路。一方で、前回の記事でも述べたように、流路の一部は文京区と台東区の境目になっているなど、社会への影響力は絶大です。上流へ遡れば、谷中銀座や田端銀座、そして古い商店街としてコアな人気を誇る霜降銀座を丸ごと飲み込んでおり、「暗渠の上には商店街が多い」という定説の、まさに見本のようなポップネス溢れる暗渠ビューを目にすることができます。さらに、排水路とドッキングした暗渠(現在の藍染川通り)とのコラボレーションなど流路のバラエティにも富んでおり、ビギナーへのフックとツウ好みの渋さの両方を兼ね備えた暗渠といえます。
 ここまで書けば、藍染川が暗渠界のローリング・ストーンズであることが納得してもらえるでしょうか。

↓霜降銀座の入口。商店街が丸ごと暗渠の上だ。
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↓暗渠イストなら誰もが一度は歩く「へび道」。
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↓最下流部の不忍池付近。この細い流路が文京区と台東区の境界線となっている。

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■暗渠界のセックス・ピストルズ:水窪川



 不忍通りを1回と坂下通りを2回、さらに都電荒川線を1回。水窪川の流路は途中、何度も大きな車道と電車に遮られますが、一度たりともその足取りは乱されることはありません。車が走っていようが電車が走っていようが、商店街だろうが人の家の軒先だろうが、どんな場所でも自分の行きたい道を進むのがこの川の流儀です。川がいかに自由かということを最初に教えてくれたのも、一度もその流れを途切れさせない力強さによって「流路を辿る」という探検的興奮を最初に教えてくれたのも、全てはこの水窪川でした。
 自由な魂、興奮、そして運命的な啓示。これはまさにパンクの衝撃、セックス・ピストルズを初めて聴いたときの衝撃です。「無人島に連れて行く暗渠を1本選べ」と言われたら、僕は多分水窪川を選ぶんじゃないかと思います。

↓人家の脇を我が物顔で進む水窪川。暗渠になってもなお人の生活を支配している。
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↓流路沿いに井戸が。こうした「小道具」が多く見られるのも水窪川の特徴。
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↓荒川線を渡る水窪川。踏切りまで迂回するしかない人間の姿を横目に川はずんずん進んでいく。

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■暗渠界のビーチ・ボーイズ:蟹川



 「蟹川」という名前だけ聞くとなんだか弱そうですが、「こんな場所に川が流れてるの?」という地上と地下とのギャップという点では、渋谷川と比肩します。なんてったって、歌舞伎町のど真ん中を流れてるんですから。休みの日の早朝に蟹川を走ると、ホステス/ホストに見送られる泥酔客に、人目を忍ぶようにラブホ街から出てくるカップル、そんなザッツ不健康な風景の中をランニングする健康的な俺、そして地面の下には川という、カオスな景色を堪能できます。
 歌舞伎町の喧騒を離れて下流部へ進めば、新宿6丁目や7丁目など、賑やかな駅前とは異なるもう一つの新宿を垣間見ることができます。支流・分流も多く、下流部の江戸川橋近辺に網の目状に張り巡らされた流路は一度探検しただけでは把握しきれません。
 このように、暗渠としてはすさまじい才能をもちながらも、渋谷川に比べると圧倒的に知名度は落ちる蟹川。常にNo.2以下の地位に甘んじなければならない不遇さという点で、天才ブライアン・ウィルソンを擁するビーチ・ボーイズに例えるのがふさわしいでしょう。

↓日曜午前6時の歌舞伎町。道のカーブ具合に確かに川の名残が見える。
この道の下に川が流れていることを知る人はいるのだろうか。
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↓新宿7丁目の流路脇に残された井戸の跡。新宿のもう一つの顔である。
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↓戸山公園にはかつて蟹川が作っていた池を模した人工の流路がある。

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■暗渠界のボブ・ディラン:谷端川



 全長11km超という、23区を流れる暗渠の中でも屈指の長さをほこる谷端川。4つの区をまたにかけ(豊島区、板橋区、北区、文京区)、6本の電車を横切るという(西武池袋線、東武東上線、埼京線、都電荒川線、山手線、丸の内線)流路は、まさに「旅」
 住宅地や駅前の繁華街、小石川植物園から東京ドームまで、流路沿いの景色は実にバラエティに富んでいます。僕のお気に入りは、豊島区池袋3丁目の谷端川南緑道。散歩道となっている暗渠の両脇に、「いつから建ってるんだ?」というような古いアパートや飲み屋が立ち並び、昭和のまま時が止まったような雰囲気がタマランチです。そのときどきで表情を変えながら、確かな足取りで前人未到の流路を切り開いていくパイオニアぶりは、まさにボブ・ディランです。

↓豊島区谷端川南緑道沿いには懐かしい佇まいの建物が並ぶ。
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↓かつての橋跡が多く見られるのも谷端川の魅力のひとつ。
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↓文京区の流路沿いではかつては砂利場が多く、そこから「小石川」という別名がついた。

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■暗渠界のカーペンターズ:田柄川



 流路のほぼすべてが遊歩道化されている田柄川は、都内屈指の癒し系暗渠。道幅は広くて日当たりもよく、歩道沿いには手入れされたたくさんの花が植えられていて、地域に愛されている暗渠であることがうかがえます。土曜の晴れた早朝にここを走ると「世界は美しい!生きててよかった!」と拳を突き上げたくなります。
 練馬区北町2〜3丁目のエリアは桜並木になっていて、知る人ぞ知る隠れた花見スポット。また、石神井川との合流点である城北中央公園も絶好の散歩スポットで、紅葉の時期は川と紅葉の両方が楽しめます。のどかでゆったりとしていて、いつ訪れても心が弾むエヴァーグリーンな田柄川は、中学校の英語の授業で、初めて<イエスタディ・ワンス・モア>を聴いたときの、あのときめきを思い起こさせます。

↓可愛らしい花壇の花が、下ばかり向きがちな暗渠イストの目を癒してくれる。
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↓数多く残る細い用水路跡も見どころのひとつ。
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↓城北中央公園は春は桜、秋は紅葉が楽しめる。公園のなかに暗渠があるというのも珍しい。
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↓大きく口を開けた石神井川への開口部。地上ののどかな風景とのギャップが激しい。

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■暗渠界のキャロル・キング:笄川



 外苑西通りというと、広尾や西麻布、外苑前といったおしゃれで高級な街をつなぐ、東京でも有数のセレブな道路。その外苑西通りのすぐ脇を流れているのが笄川です。ちなみに僕は「笄(こうがい)」という言葉をこの川の名前で初めて知りました。
 流れている地域といい、どこか格調高さを感じさせる名前といい、確かに笄川はどこかインテリジェンスを感じさせる暗渠です。“外国大使館の脇を流れる暗渠”なんてこの川だけじゃないでしょうか。
 しかし一方で、笄川は親しみやすくカジュアルな雰囲気をもつ暗渠でもあります。たとえば清潔感のある公園やきれいに掃除された沿道の家の玄関先。手入れの行き届いた道端の花壇や植栽。笄川沿いの景色から受けるのは、「高級」「セレブ」といったギラギラしたイメージよりも、地域の人の生活からにじみ出るマナーの良さや遊び心といった感覚です。生活に根付いたオーガニックな匂いが、居心地の良さを感じさせるのです。
 水窪川谷端川のようにパワフルでゴツゴツした感じとは真逆の、しなやかで柔らかな印象を受ける笄川。それは10代からソングライターとして活動し、後にはロック史に残るアコースティックアルバム『つづれおり』をはじめ、自ら歌手としても活躍したロック界きっての才媛、キャロル・キングのイメージと重なります。
※笄川は渋谷川系ではなく、ぎりぎり「古川系」と呼んで区別できるだろう、という苦肉の解釈で渋谷川とは別に掲載しました。

↓西麻布交差点付近で根津美術館からの支流と合流する。2つの道が並走する奇妙な光景がたまらない。
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↓笄小学校西交差点から見たところ。明らかに谷になっていることが分かる。
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↓天現寺橋の開口部。斜めにズバッと本流に差し込んでくる角度が素晴らしい。

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■暗渠界のスミス:弦巻川



 雑司ヶ谷という東京屈指のカルト的カオス的エリアを流れるのが弦巻川。鬼子母神に法明寺(その裏には知る人ぞ知るカルトスポット威光稲荷)、東京音楽大学、そして昔ながらの雰囲気が漂う弦巻通り商店街と、雑司ヶ谷ならではのレトロで耽美な流路沿いの景色が、この暗渠の特徴です。
 ですが同時に、流路は基本的に日当たりが悪いため、時間が止まったようなひんやりとした印象も受けます。美しさと同時に孤独の冷たさをも感じさせる高級貴族のような雰囲気は、誇り高き孤高のバンド、スミスを思わずにはいられません。

↓東京音楽大学前の流路。この交差点を右に曲がれば鬼子母神が見える。
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↓弦巻通り商店街。昔ながらのパン屋や喫茶店が立ち並ぶ。
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↓日本女子大泉心寮の前。壁一面に広がる蔦がこちらを見下ろしてくる。

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■暗渠界の大滝詠一:前谷津川



 板橋区を南北に縦断し新河岸川にそそぐ前谷津川は、途中でガラリと表情を変える「二面性」の暗渠です。
 高島平から徳丸にかけての中流〜下流部は、桜をはじめさまざまな草花が植えられた遊歩道になっていて、田柄川のような開放感のあるのどかな風景が楽しめます。しかし、新大宮バイパスを境に西側、上流部へ向かうと風景は一変。流路は細く、家と家の隙間を縫うようなスリル感のある暗渠に変わります。中でも赤塚1丁目を水源とする支流では、流路の細さだけでなく、住宅地に紛れた10m級の崖の高低差を見ることができます。
 キャリアの序盤(上流)はアバンギャルドでヒップなのに、後半(下流)になると圧倒的なポップネスと気品を放つ。これって誰かに似てるなあと思ったら、大滝詠一でした。70年代はプライベートレーベルであるナイアガラレコードを拠点にCMソングやラジオDJ、さらには音頭の追求とマニアックな道を究めたかと思うと、80年代に入った途端『Long Vacation』『Each Time』というポップスの極致のようなモンスターアルバムを作って大ヒットさせた彼を彷彿とさせます。

↓板橋区赤塚1丁目からの支流では激しい高低差を感じることができる。
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↓板橋区四葉1丁目の水車公園。鬱蒼とした木々に囲まれ実に怪しい雰囲気を放つ。
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↓高島平付近では穏やかな散歩道として整備されている。

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■暗渠界のビョーク:百々女木川



 23区でもっとも北西を流れる、珍しい白子川水系の暗渠である百々女木川(すずめきがわ)。「百々向川」と書く場合もありますが、その色気のある川の名前とも相まって、ひときわミステリアスな印象を与える暗渠でもあります。
 23区の隅っこということで、知名度は一段落ちますが、見どころはたくさんあります。というのも、百々女木川が流れる板橋区の成増は都内でも有数の峡谷地帯(キャニオン)。なかでも東武東上線の成増駅の北側、成増3丁目付近の深い谷は絶景です。ちなみに、百々女木川とかつての白子川(旧白子川緑道)との合流点近くには、ポテトチップスで有名な湖池屋の本社があります。
 他の暗渠とは異なるグループに属し、異なる文化を持つ、ミステリアスなオルタナ暗渠。百々女木川は暗渠界のビョーク以外には考えられません。

↓板橋区赤塚新町3丁目。水源地付近の流路は強烈に細い。
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↓眼下に広がる「成増峡谷」。すぐ右側に崖が迫っている。
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↓板橋区成増3丁目で旧白子川緑道に合流する。

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■暗渠界のCCR:東大下水



 都営三田線千石駅近辺に水源地を持ち、本郷台地をなぞるようにして白山通りの西片交差点あたりまで流れる東大下水。距離は短いながらも、崖際のひんやりした空気やそそりたつ本郷台地の迫力など、暗渠ならではの魅力を味わえます。本郷三丁目付近から菊坂に沿って流れる支流もあり、そちらの流路沿いには樋口一葉宅をはじめ古い木造建築が数多く立ち並び、タイムマシン的暗渠ビューを楽しむことができます。
 しかし、この暗渠で特筆すべきは、なんといってもその呼び名でしょう。ほとんどの人が「とうだいげすい」と読むはずです(実際、東京大学の下を流れているし)。ところが、正解は「ひがしおおげすい」。この語呂の悪さと、言葉をどこで切ればいいのかわからない不思議さ(しかも「げすい」といいながら別に「下水道」というわけじゃない)は、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルを思い起こさせます。両者とも語呂が悪いだけで暗渠/バンドとしては申し分なしという点も似ています。

↓都営三田線白山駅の近く。崖際ということがわかる高低差。
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↓菊坂支流は階段・路地・古い木造住宅が揃う夢のような場所。
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↓暗渠イストには有名な樋口一葉旧宅と路地の井戸。

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■暗渠界のデヴィッド・ボウイ:エンガ堀



 ここ2年ほど僕がホームグラウンドにしているのが、このエンガ堀。2週間に1回は走ってると思います。
 この暗渠の何が面白いかというと、水源地の数。石神井川との合流口から、もっとも遠い水源地でもせいぜい3km程度という狭いエリアの中に、僕が把握してるだけでも7か所の水源地があります。水源地が多いということはつまり、それだけ支流が多いということです。エンガ堀自体が石神井川の支流にあたるわけですから、いわば支流の支流みたいな細い流路が、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされているわけです。しかもその流路のほとんどが家と家の間を縫う、「え?ここ行けるの?」みたいな細い路地なので、迷路のようなスリル感と他人のプライバシー空間に踏み込むような背徳感とを味わえます。
 表情が多彩過ぎて容易に全貌がつかめない、摩訶不思議なエンガ堀は、ロック界を代表するトリックスター、デヴィッド・ボウイと呼ぶにふさわしい暗渠です。

↓江古田駅北口の市場通り商店会を水源とする流路。うっすら「水路」の文字が。
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↓豊島区立さくら小学校裏の流路。苔むし方がたまらない。
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↓板橋区大谷口2丁目緑地付近。人の家の庭に上がり込むような背徳感を味わえる。

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■暗渠界のオアシス:石神井川豊島弁財天支流と桜台支流



 石神井川の中流部で、わずか1km足らずの距離を挟んで、ほぼ同じ距離、同じ方角に流れる、まるで兄弟のような2つの暗渠があります。この暗渠、『川の地名辞典』にもどこにも名前が載っていません。水源地にちなんでここでは仮に、下流側を桜台支流、上流側を豊島弁財天支流と呼びます。
 この2本の暗渠、「兄弟のよう」と書きましたが、性格は対照的です。桜台支流は、「流路」マークや車止めといったわかりやすい小道具に溢れ、「これぞ暗渠!」というような華やかさや育ちの良さを感じさせます。
 一方、豊島弁財天支流の方は、流路のほとんどが日陰にあたり、道のあちこちが苔に覆われていて、ダークでひねくれた印象。特に水源地近くの行き止まり部分の苔むし方と、その頭上に怪しく鎮座する豊島弁財天の存在感は、都内の暗渠の中でも屈指の不気味さです。
 兄弟でありながら性格は正反対で、愛憎半ばといったところ。この緊張感はオアシスのギャラガー兄弟とうり二つです。ちなみに、桜台支流からさらに800mほど下流に行くと、もう1本暗渠があります(千川上水からの分水)。これを加えた3本セットで「暗渠界のロネッツ」とする説もあります。

↓桜台支流の上流部。くっきりと「水路」の文字が残る。
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↓桜台支流の下流部。階段と車止めという暗渠フラグ2点セット。
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↓豊島弁財天支流の流路は至るところが苔むしていて、雨が降ると滑る。
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↓豊島弁財天支流の水源地。正面壁の上に見える屋根が豊島弁財天。

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■暗渠界のバディ・ホリー:稲付川



 そこが暗渠であることを識別できるのは、かろうじて周囲のわずかな傾斜と道のカーブだけ。車止めや不自然な縁石といった定番ともいえる暗渠フラグはほとんど見られません。稲付川は流路のほとんどが一般の道と同化しているため、ただ通っただけでは気づかない、実に控えめな暗渠です。東京でも指折りの大峡谷地帯、赤羽を流れるエリート暗渠でありながら、本人は決して自己主張しません。「俺、赤羽の暗渠だぜ」などといえば、女の子の一人や二人はどうにかできそうなのに、決してそんな真似はしない、ミスター・デリカシーな暗渠
 このあまりのフツーっぷりに、僕はロック草創期の巨人、バディ・ホリーを重ね合せます。ボヘミアンズの平田ぱんだコラムで書いていましたが、バディ・ホリーの最大の功績は「メガネをかけたこと」でした。ロックバンドよりも郵便局の事務員の方が似合いそうなフツーの風貌のバディ・ホリー。しかしその風貌が「エルビス・プレスリーやリトル・リチャードにはなれそうもないけど、バディ・ホリーにはなれるかも」と夢を抱くフォロワー(例えばジョン・レノン)を生み出し、その後のロック隆盛のきっかけを作ったのです。僕も、地図や本の助けを借りず、地形と道の曲がり具合だけを頼りに、この稲付川の暗渠を発見したときは、「君もやれる!」と背中をポンと押されたような気持ちになったものです。

↓姥ケ橋交差点の南側にわずかに残る川跡。
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↓環七通りの姥ケ橋交差点から流路を見下ろす。高低差はかなりのもの。
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↓北区上十条の流路。道のカーブ具合と段差がかろうじて暗渠であることを匂わせる。

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■暗渠界のニューヨーク・ドールズ:逆川



 石神井川にまたがる王子の音無橋は千川上水や上郷用水、音無川などが合流、分水する河川の一大ターミナルですが、その中の一つに北区西ヶ原から流れる逆川があります。流路はわずかに1kmちょっとと「川」と呼ぶにはあまりに短命ですが、その中でもしっかりとした高低差や道のうねり、都電荒川線の横断と、暗渠らしいポップネスが詰まっています。周囲の川が東南方向へ流れるなかで、この川だけが北西方向へと逆向きに流れるところから「さかさがわ」と名付けられたという点からも、自己主張の激しい川であることがうかがえます。
 水源の西ヶ原4丁目には藍染川の水源もあります。うっかりすると同じ川だと勘違いしてしまいそうなほどの近さです。実は江戸時代以前、石神井川は今のように東の隅田川には流れず、藍染川と接続して南東方向へと流れていました。このこと考えると、実はこの逆川こそ、現石神井川と藍染川をつなぐ古石神井川の流路跡なんじゃないかと僕は睨んでいます。
 知名度は高くなく、あっという間に消えてしまう逆川。だけど、実は異なる2つの川をつなぐ、歴史上重要な役割を果たした川だった(かもしれない)。まるで、ピストルズもラモーンズもいない1973年に登場し、パンクムーブメントの火付け役となったニューヨーク・ドールズのようです。ドールズは2枚のアルバムだけを作って解散してしまいますが、彼らの残した音楽は、ロックンロールとパンクの間をつなぐ架け橋の役割を果たしました。

↓滝野川1丁目で都電荒川線を超える。
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↓明治通りから見ると高低差がわかる。
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↓音無橋からわずかに見える逆川(と思われる)の開口部※黄色矢印

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 以上、計15本の暗渠をロックミュージシャンにたとえてみました。僕が普段メインフィールドとしている23区西北部が多めなので、地域にだいぶ偏りがあるのはご容赦ください。また、貼り付けている地図も一部を除いて分水や支流は端折りました。ハードコアな暗渠イストには怒られるかもしれません。

 この記事を書くにあたり、主に地図作りの面で参考にさせてもらったのは以下の書籍です。どちらも僕にとってはバイブルというべき本で、何度読んだか知れません。僕は2冊とも墓場まで持っていくつもりです。







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