週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

Tashaki Miyaki 『The Dream』

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「ドリームポップ」の本当の意味を
初めて知ったのかもしれない


「タシャキ・ミヤキ」ってずいぶん変わった響きのバンド名だけど、何語なんだろう?と思っていたら、なんと日本語でした。映画監督の「三池崇史」の言い間違いをそのままバンド名にしたそうです

 このエピソードからも想像がつく通り、バンドのメンバーは相当なシネフィル揃いで、中でもボーカル&ドラムのペイジ・スタークは、音楽を始める前からモデル・女優としても活動していたようです(確かにケイト・ブランシェットみたいな美しさ)。Tashaki Miyakiはペイジにギターのルーク・パキン、ベースのドーラ・ヒラーを加えた、男女3人による3ピースバンド。2011年にLAで結成されました。

 僕が彼女たちを知ったのは、確か14年のシングル『Cool Running』のときだったと思います。当時はペイジが「ルーシー」、ルークが「ロッキー」などと名乗っていました。聴いてみたらめちゃくちゃ良かったので、(そのときはSound CloudとYouTubeにしかなかったのですが)過去の音源を漁ったり、Facebookをフォローしたりしていました。

 15、16年はほとんど活動らしい活動はなく、Facebookの更新も途絶えがちで「大丈夫かな?」という感じだったのですが、17年に入って突如1stアルバム『The Dream』のリリースを発表。タイミングを同じくして公開されたアルバムからのリードトラック<Girls On T.V.>は、およそ2年ぶりに聴くこのバンドの音源だったにもかかわらず、初めてこのバンドを聴いたときと同じように「あああ…」と息が漏れました。



 サイケデリックというには"臭み"がないけれど、単なるギターロックと呼ぶにはあまりに官能的。サウンドはグラマラスと呼べるほど分厚いのに、底へ底へとどこまでも沈んでいく気だるい楽器の音に対して、ボーカルだけが浮き上がってくるような、奇妙な遠近感のあるプロダクション。このボーッとした感覚が忘れられなくて、ずっとこのバンドの新譜を待っていたのです。

 今回のアルバムで初めて歌詞も目にしたのですが、サウンドに負けずこっちもかなりユニークでした。
Look At The World.
It Is Big, I Am Small And We Are Living

<City>

All I Got Is Time
I'm Waiting For Something Else
I'm Waiting For Someone To Change
(中略)
I Want To Be Out Of My Head For Just One Day
I Wanna Go Somewhere Else And Feel Okay

<Out Of My Head>

 中学生の教科書か?ってくらい、シンプルな英語です。でも、「無駄をそぎ落とした、一分の隙もない言葉」という印象はありません。<City>の「It Is Big, I Am Small And We Are Living」というフレーズが、単に「私はちっぽけだ」と嘆いているわけでもなく、反対に「私は生きているんだ」と力を込めているわけでもないように、シンプルだからこそ、言葉と言葉のあいだに想像をめぐらせる余地があります

 揺らぐ。ぼやける。混ざる―。Tashaki Miyakiの音楽を表すキーワードを挙げるなら、そんな言葉を選ぶべきでしょう。陽だまりの中で、夢と覚醒の間を行きつ戻りつするような恍惚感。気の抜けたぬるいサイダーのように、物憂い甘ったるさ。

 今回のアルバム『The Dream』ジャケットの帯には「ドリームポップ」と書かれています。ドリームポップというと僕はこれまで、もっとリズムが速くて高音が利いていて、エレクトロポップと非常に近いイメージを持っていました。ふわふわと軽くて享楽的なところが「ドリーム=夢」を指しているんだろうと。

 けれど、本当の夢っていうのは、謎めいていて、曖昧で、個人的なものです。現実との境界線を認識することもできない。そういう意味では、夢は怖いものでもあります。夢という言葉がもつ本来のイメージを考えるならば、僕はTashaki Miyakiの音楽で初めて、本当の「ドリームポップ」を耳にしたのかもしれません。








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The Trash Can Sinatras 『Cake』

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The SmithsとThe Stone Roses
その「隙間」


「トラッシュキャン・シナトラズ」というバンド名だけを聞くと、いかにもひねくれ者っぽい風変わりな音楽を鳴らしそうですが、実際には情緒あふれるメロディと粒だったギターを特徴とした、とても繊細で優しい印象を与えるバンドです。イギリスのバンドですが、ロンドンやマンチェスター、グラスゴーといった都会ではなく、スコットランドの沿岸部の町、アーヴァインという出身地の風土が、(勝手なイメージですが)その音の中に込められているような気もします。

 彼らの結成は1986年。まさにどんぴしゃの「C86」世代なわけですが、彼らのデビューアルバム『Cake』を聴くと、当時のネオアコ勢特有の「不健康そう」「日光を浴びてなさそう」といったイメージはなく、むしろ<Obscurity Knocks>のイントロのリフにみられる「踊れるノリ」からは、マッドチェスターを経たフィジカルさを感じてしまいます。

 実際、この『Cake』というアルバムがリリースされたのは、マッドチェスター全盛期ともいえる90年。Wikipediaによると、彼らは結成1年後の87年に早くもポール・ウェラーやラーズらを擁するレーベルGO!DISCと契約するのですが、契約の前払い金が入ると彼らは自分たちのスタジオを購入し(なんて堅実なんだ)、そこでじっくり3年もの時間をかけて、1枚目のアルバムに取り組んだそうです。

 結果、本作はC86とマッドチェスターの両方の時代の空気を吸った作品になりました。そういう意味で、僕の中でトラッシュキャン・シナトラズというバンドは、スミスストーンローゼズという2つの大好きなバンドの隙間を埋めるような存在なのです。

 ストーン・ローゼズと書きました。シナトラズをなぜ今さらで聴いていたかというと、ローゼズ来日に合わせて彼らの周辺の音楽をいろいろ聴いていたからでした。

「ローゼズ」という文脈で聴いたので、例えば<Maybe I Should Drive>が<Waterfall>に重なったし、<Circling The Circumference>が<She Bangs The Drums>に重なったりしました。ただ、ローゼズが日本を去って熱が冷めた今、改めてシナトラズを聴いていると、僕の頭に浮かんできたのは、遠く離れたアメリカのバンド、R.E.M.でした。

 以前も書いたように、僕の中でスミスとR.E.M.は似た印象を持つバンドなので、シナトラズとスミスの近さを思えば、その流れでR.E.M.が連想されても不思議じゃありません。そしてこの連想によって僕は、以前スミスの記事で書いたことを、改めて感じることになりました。

 それは、音楽との「好き」「嫌い」を超えたゆるい連帯感です。

 ある音楽を初めて聴いたときに「自分のもの」と感じるか「他人のもの」と感じるか、あるいは「近い」と感じるか「遠い」と感じるか、その大きな分水嶺が、僕にとってはまさにこのあたりの、80年代半ばから90年にかけての音楽にあるんだなあと感じるのです。

 スミスの記事では、僕は「優しさ」という表現を使いました。シナトラズについても、僕は冒頭「優しい」と書きました。ですが、C86にしてもカレッジ発オルタナミュージックにしても、
その定義が「優しさ」だったわけではありません。これは、あくまで僕個人の感じ方です。

「モテないから勉強しかすることなかったガリ勉」という、悲しい少年時代の性か、僕はこれまで、音楽を聴くときでさえも、例えばその作品のリリース年と当時の時代背景や、ポップス史におけるその作品の位置付けといった「正しい知識」と絡めないと、どうも落ち着かないところがありました。

 でも、そんな聴き方をして、何が楽しいんだろうと最近しみじみ思うのです。シナトラズやR.E.M.を「優しい」と感じ、80年代半ば〜90年に分水嶺がある、そういう、「正しい知識」と切り離された、僕だけの音楽世界を描くことの方が、ずっと大事だよなあと30半ばを過ぎて感じています。はい。

 ちなみにシナトラズは現在までに計5枚のアルバムを発表していますが、僕としては断トツでこの1stが好きです。








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Manic Sheep 『Brooklyn』

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「轟音ギターノイズ」は
むしろ優しい


 タイのYellow Fungについて書いたときに、「母国語で歌うアジアのバンド」という話をしましたが、昨年の暮れに新しい出会いがありました。台湾出身のManic Sheepです。

 何度かメンバーチェンジをしてるそうですが、現在は男性2人女性2人の男女混成4ピース。2012年にセルフタイトルの1stアルバムをリリースし、今年1月に2ndアルバム『Brooklyn』をリリースしました。僕の場合は彼女たちを知ったタイミングが2ndが出る直前だったので、連続してポンポンッと聴けたのですが、1stをリアルタイムでフォローしてた人は5年も待ったことになるんですね。

 ただ、音源はリリースしてなかったもののライブ活動はコンスタントに行っていて、日本にも14年、15年の2年連続FUJI ROCK出演をはじめ、かなり頻繁に来日しています。つい最近も来てましたね。海外ではKyteのオープニングアクトもやったことあるようです。



 彼女たちのどこがそんなに好きなのかというと、ノイジーな轟音ギターとボーカルChrisのウィスパーボイスの組み合わせにつきます。いわゆるシューゲイザーの系譜をひくバンドではあるのですが、ライドやマイブラ、ホラーズといったUK系正統的シューゲイザーバンドと比べると、Manic Sheepはずっとメロディが立っていてポップです。でも、ペインズや初期のスーパーカーが好きな僕としては、彼女たちの方が肌に合う。

 ギターのノイズが増せば増すほど、凶暴さではなく繊細さを生む。僕はシューゲイザーのことをそのように理解しているので、Manic Sheepはまさに見本のようなバンドといえます。Chrisの、ただでさえ傷つきやすそうな細い声が、ほとんどギターの音の中に埋もれてしまっている極端な音像は、まるでギターが歌を抱きしめているようにも聴こえます。アンバランスであるからこそ、そこにピュアネスを感じるのです。

 あと、全然音楽と関係ないけど、Manic Sheepで驚くことといえば、ジャケットに対する異様なまでの「凝り」。1stのインナースリーヴは、ページの1枚1枚が羊の毛皮、筋肉、内臓、骨格などのレイヤーになっていて、綴じると1頭の羊が、ページを最後までめくるとその羊の胎内にいる赤ちゃん羊が見えるという、「一体ジャケットにいくらかけてるんだ?」というくらいに手の込んだものでした。

 2nd『Brooklyn』ではなんと、ケースを覆うカバーが完全に密封されていて、購入者はカッターやハサミを片手にカバーを開けないとCDが聴けない、という代物でした。カバーにジャケットイラストがあるから、ぐちゃぐちゃに開けるわけにはいかない。かといって、切り取り線もない。ビニールを解いてから音を出すまで30分かかったCDって初めてです。何をさせたいのか意味不明すぎて笑いました。

 以前Yellow Fungの記事の中で、「今の20代は英語で歌うことへの違和感が下がってるんじゃないか」と書きました。でも、英語も母国語も不自由なく歌い、両方が自然に共存しているManic Sheepを聴いていると、「今の20代は英語で歌うことと母国語で歌うこととの間に区別がない」と書いた方が、より適切なのかなあ、なんて思います。








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2017年7月の3冊 〜2人の薩摩藩士のサーガ〜

『九重の雲 闘将 桐野利秋』

「嫌がる西郷隆盛を無理やり担いで暴発した狂犬の親玉」というイメージがあるかと思えば、「いやいや、単なる過激主義者とは違う合理的思考の持ち主で彼もまた下の者に担がれただけの犠牲者だった」という意見もあり、毀誉褒貶激しい人物である桐野利秋
 本書はその桐野を主人公にしているだけあって、基本的には彼を肯定的に描いてはいるのですが、一面的ではありません。たとえば「人斬り」と呼ばれたほどの男であるにもかかわらず、洋式銃の威力を知ると早々と刀に見切りをつけて乗りかえる合理的精神の持ち主として描く一方で、その合理的精神も「西郷」という理屈を超えた存在を前には退化してしまい、西南戦争に突入していく桐野については否定的に描いています。
 職業テロリストの陰惨さと古武士のような颯爽とした色気を併せ持ち、頭では分かっていてもついには近代人への一歩を踏み越えられなかった本書での桐野には、「最後の中世的英雄」というようなイメージを抱きます。





『狙うて候 銃豪村田経芳の生涯』

 村田経芳というと、明治陸軍に制式採用された初の国産洋式銃「村田銃」を発明した人物、としか知識がなかったのですが、タイトルにもある通り、彼は研究者であると同時に優れた射撃手=銃豪でもありました。
 彼の腕前がどのくらい優れていたかというと、幕末期に横浜で開かれた射撃大会に出場して、日本に駐留してた欧米の軍人を圧倒して優勝したほか、明治8年の欧州視察旅行では、イギリス、フランス、ドイツ、スイスと各地の射撃大会や軍人との試合を転戦して全て勝利を収めたほどでした。彼の活躍は欧州各地の新聞に載り、「ヨーロッパで一番の射撃手」と呼ばれたそうです。
 村田の出身地は薩摩です。同郷の友人や兄弟たちが、明治維新と西南戦争で次々と死んでいくなか、彼は天寿を全うして83歳まで生きます。晩年、「なぜあなたは生き延びられたのか」という質問に対して「技術屋に徹していたのがよかった」とした彼の答えには唸るものがありました。
 技術に徹していた=政治には手を出さなかったという意味なのですが、村田が国産様式銃の開発と軍制式化という壮大な夢に向けて突き進んでいる間に、友人たちは次々と非業の死に倒れ、西南戦争では同郷の人間同士が殺し合う(村田自身も参戦)ことになります。村田は「技術に徹していた」という言葉を、誇らしさと後ろめたさの両方を感じながら語っていたような気がします。





『銃士伝』

 関ヶ原の戦いの際、いわゆる「島津の退き口」で島津軍の殿を務め、追撃してくる井伊直政に重傷を負わせた兄弟の銃士や、高杉晋作が香港で買い求め、贈られた坂本竜馬が寺田屋事件の際に捕方に向けて発砲したといわれるリボルバー銃、近藤勇が伏見で狙撃されたときの銃など、日本史のさまざまな事件で登場する「銃」にフォーカスして書かれた話を集めた短編集
 著者の東郷隆(“りゅう”と読みます)は作家になる前、『コンバットマガジン』というガンマニア向けの雑誌の編集をしていました。『九重の雲』の桐野のウェストリー・リチャーズ銃にしても、『狙うて候』の村田銃にしても、この人の作品にやたらと銃が登場し、しかもその描写がめちゃくちゃ細かいのはこの経歴のためでしょう。
 ちなみに、この『銃士伝』にも桐野利秋と村田経芳が登場します。鳥羽伏見の戦いで、幕府軍の銃弾が降り注ぐまっただ中で村田が桐野にウェストリー・リチャーズ銃の撃ち方を教えるというシーンで、この場面は前述の2作品にもそれぞれの視点で描かれています。別々の3作品を読んだはずなのに、結果的には桐野利秋と村田経芳という、薩摩人でありながら明治以降対照的な人生を歩んだ2人のトリロジーを読んだような気分になりました。



 ということで、2年ぶりくらいに歴史小説を読みまくった7月でした。





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Charly Bliss 『Guppy』

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目新しくはないけど
「こういうの」が聴きたかった


 最初に聴いた1曲が2016年のシングル<Turd>と<Ruby>のどちらだったのか、実は思い出せないのですが、1コーラス目だけを聴いただけで「これはヤバい。大好きになる」と確信したことははっきりと覚えています。

 NYブルックリン出身の4ピース、Charly Bliss。14年に自主制作EP『Soft Serve』を発表して以来、2枚のシングルに1枚のライブEPと、コンスタントに音源をリリースし、じわじわと認知度を上げていった彼らですが、今年4月、初のフルアルバムとなる『Guppy』をリリースしました。

 既発曲と新曲とを織り交ぜた、現時点での彼らのベストアルバム的構成で、シングル<Ruby>だけでなく、ライブ音源しかなかった<Percolator>や、<Bad Boy>からタイトルを変え新録された<Black Hole>なども収録されました。新曲の中では、なんといっても4曲目の<Glitter>でしょう。助走(Aメロ)、踏切(Bメロ)、飛翔(サビ)のような、躍動感のある展開をするこの曲は、1stEPの<Love Me>を超える、このバンドの新たな代表曲になったと思います。



 パワーポップと分類されることの多いCharly Blissですが、確かにFountains Of Wayneばりにメロディは泣きまくっているものの、決してそれだけではありません。

 たとえば、Sonic YouthやNirvanaを思い起こさせる、(今やちょっと懐かしくなってしまった)90年代オルタナのゴツゴツした手触りもあります。また、「バブルガムガレージ」などという造語で分類されることもあるように、紅一点のボーカル、エヴァ・ヘンドリックスの甲高いシャウトには、ティーンポップ的な可愛らしさや甘酸っぱさもあります。そういえば、エヴァの声を最初に聴いたときは、The Muffsのキム・シャタックっぽいなあと思ったのでした。

 メロディの良さとオルタナ的アイデアとエヴァの声。Charly Blissが僕の耳にフィットしたのは、この組み合わせがどこか、『Runners High』や『Little Busters』あたりのthe pillows(もう20年近く前なのか…)を彷彿とさせたからかもしれません。

 逆に言えば、Charly Blissの音楽は決して目新しいものではありません。むしろ、過去の音楽の再生成であり、「王道」とさえといえるでしょう。そういう意味では、このバンドがブルックリンという、「風変わり」の代名詞のような土地から出てきたことが意外です。エヴァは今でもブルックリンのコーヒーハウスでバイトをしているそうですが、このように「ザ・王道」のようなバンドが、デビューから3年経っても、NYの片隅のインディーシーンにいることについて、個人的には一抹のさみしさも覚えます。

 ただ、本人たちはそんなことはまるで気にしていないでしょう。もちろんビッグにはなりたいだろうけど、かといってインディーであることを恥じてもいない。そう思うのは、The Muffsやthe pillowsと比べると、Charly Blissははるかにドライで陽気だからです。

 エヴァの声にはキム・シャタックの毒気も山中さわおの陰鬱さもありません。90年代のオルタナって、ネガティブな感情をモチベーションにしているところがありますが、Charly Blissはそういう匂いがまったくといっていいほどない。音はとてもパワフルだけど、伝わってくるパーソナリティーは驚くほど自然体です。

 ここまで書いてきてふと思ったのですが、僕がCharli Blissの音楽に惹かれた本当の理由は、「ツルン」というか「フワッ」というか、余計な力が入ってない気軽で明るいところが、30代になった今の僕の感性にフィットしたからかもしれません。つまり、the pillowsに似ていたからというよりも、むしろthe pillowsとは正反対の部分に惹かれたんじゃないか、ということです。

 う〜ん。なんだか急に年を取った気がしてしまいました。








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