週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

The Vaccines『Combat Sports』

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このバンドの「聴き方」が
初めてわかった気がした


 The Vaccinesが前作から3年ぶりとなる4枚目のアルバム『Combat Sports』をリリースしたのは今年3月のこと。「原点回帰!」「これぞヴァクシーンズ!」といった言葉をあちこちで見かけましたが、僕は正直そこまでポジティブな評価はできませんでした。

 確かに、<NightClub>や<I Can’t Quit>、<Put It On A T-Shirt>といった曲は伝説的な1stや2ndの頃のような爆発力のあるナンバーでしたが、一方で<Out On The Street>や<Your Love Is My Favorite Band>、<Take It Easy>あたりは、明らかに3rdを経由した音で、デビュー当時の彼らこそ至上のものと考えている僕には弱っちい曲に映ったのです。

 ところが、この印象がガラリと変わる出来事がありました。それが、つい先週行われた1ステージ限りの来日公演。

 生でThe Vaccinesを見るのは初めてだったのですが、とりあえず、めちゃくちゃ体育会系のバンドでした。サポートアクトのLuby Sparksを3列目あたりでそこそこゆったりと見ていたのですが、The Vaccinesが登場した瞬間、後ろから「ワアッ!」という感じで一気に圧がかかり、そっから1時間強、ずっともみくちゃでした。

 そもそもこのバンドが基本的にガレージパンクってこともあるんですが、それに加え、フロントマンのジャスティン・ヤングがとにかく煽る。YouTubeでライブは何本か見たことあったけど、彼があんなに愉快なキャラクターだったとは思わなかった。折り目正しさとイっちゃってる感じが同居していて「放課後にハメを外す熱血体育教師」みたいな感じがして面白かったです(ということを他にもTwitterで呟いている人がいました。やっぱそうだよね)。



 んで、何が素晴らしかったかというと、ジャスティンのはっちゃけたキャラクターも含めて、バンドの演奏のエネルギーがすさまじかったこと。そこには「2nd以前」「3rd以降」という境目はまったくありませんでした。<If You Wanna>は大合唱せずにはいられないけど、<Your Love Is My Favorite Band>にだって同じように会場全体を歌わせる力がありました。





 僕はずっと「ギターじゃないとヴァクシーンズじゃねえ」と思っていたわけですが、ライヴを見てつくづく感じたのは、ギターかシンセかというのは表層的な問題にすぎなくて、このバンドがさらにその内側に持っていた「核」の存在でした。それは何かというと、前述のとおり、あらゆる曲を観客に大声で歌わせてしまうこと。すなわち、ものすごい強度を誇るメロディこそがThe Vaccinesの核だったのです。変な言い方ですが、初めてこのバンドの聴き方が分かったような思いがしました。

 最近の作品に対して距離を感じていたけど、ライヴを見たらそれがただの勘違いだったことに気づかされる。このパターンは、今年1月にペインズでも体験したことです。やっぱり「ライヴに行く」ということは大事ですね。

 以前も紹介した彼らの1stアルバム『What Did You Expected from The Vaccines?』を手に入れたとき、僕は1か月くらいにわたって、このアルバムしか聴きませんでした。今回の来日公演が終わったその日の夜、Spotifyにセットリストを再現したプレイリストが公開されたのですが、今度はこのリストを何度も繰り返し聴いています。The Vaccinesというバンドの持つ中毒性を改めて味わっているところです。








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サザンオールスターズ『愛の言霊〜Spiritual Message〜』

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「意味はないけどノリはある」
それでいいじゃないか


 今の若い子たちにとっては、サザンというとやはり<TSUNAMI>のイメージなんでしょうか。

 僕はあの曲がバカ売れしたとき、苦々しい気持ちになりました。確かに<TSUNAMI>は”いい曲”だけど、この曲によってサザンそのものが「”いい曲”を歌うバンド」とだけ印象付けられたらもったいない。サザンと桑田佳祐はもっと奥深いし面白いのに、と思ったのです。

 前回、<涙のキッス>よりも<シュラバ★ラ★バンバ>に惹かれた理由として、意味で理解する音楽よりも、フィジカルで理解する音楽の方がグッとくるから、と書きました。実はこのことをさらに確信させるきっかけになった曲がありました。それが1996年のシングル<愛の言霊〜Spiritual Message〜>です。

 有名な曲なので今更ですが、この曲のサビ部分の歌詞を以下に抜粋します。
生まれく抒情詩(セリフ)とは
蒼き地球(ほし)の挿話
夏の旋律(しらべ)とは
愛の言霊(ことだま)

 小学生の頃はサザンの話ができる同級生はいなかったけど、中学に上がるとT君というサザン好きな友達ができました。そのT君が、<愛の言霊>がリリースされた直後、歌詞についてこんなことを言っていました。「サビの歌詞のお尻が『とわ』『そわ(挿話)』『とわ』って音になってるでしょ。これはフランス語の詩でよく使われる韻の踏み方なんだよ」と。

 T君の話を聞いて僕は「うおお、やっぱ桑田佳祐はすげえなあ!」と興奮したのですが、同時にこうも思いました。「なぜフランス語なの?」と。だって、<愛の言霊>はフランス的なテーマをもつ歌ではありません。むしろ東南アジアとかそっちのほうの雰囲気です。

 でも、この韻が利いているのは間違いありません。「とわ」「そわ」「とわ」という音のハネは、夕闇に炎がポッと上がるようで、「言霊」というスピリチュアルな言葉のもつムードを具現化しています。

 逆に、例えばサビの歌詞を「夏を楽しむ恋人たちが交わす愛の言葉は、この地球が誕生してから絶えず繰り返されてきた一種の叙事詩のようなものだろう」と書き換えたらどうなるか。確かに意味は通るかもしれないけど、はっきり言って陳腐です。この曲のムードはまるで生まれません。この歌はあくまで「生まれく抒情詩とは蒼き地球の挿話」という言葉のつなぎ方で、「とわ」「そわ」とセットで歌われなければいけないのです。そういう意味では、このフランス語の韻こそが曲の顔だともいえます

 結局僕の出した結論は「どーでもいい」でした。なぜフランスなのかという問いに答えはなく、この曲の前ではそんな問いなど実につまらないことのように思えました。「意味はないけどノリはある」、結局それで何の問題もないじゃないかと。

 前回、僕はサザンを聴いて初めて音楽を意味ではなくフィジカルで理解することを知った、と書きました。ここでいう「意味」とは、歌詞を文章として理解し、そこに明確なストーリーやテーマを見出せるということです。ところが桑田佳祐が示したのは、意味よりも音(=フィジカル)を優先するという手法で、結果として意味で伝えるよりもはるかに豊かなイメージを聴き手に想起させられるという事実でした。

 このような趣旨の話は、さまざまな場所で「桑田論」として語り尽くされていることではあります。1978年当時、日本の音楽ファンが<勝手にシンドバッド>で味わった衝撃は、まさに上記のような衝撃だったのだろうと想像します。僕の場合は<シュラバ★ラ★バンバ>と<愛の言霊>でそれを追体験したということでしょう。

 しかし、今振り返ってみてもっとも驚くのは、当時受けた衝撃そのものよりも、サザンという名のインパクトが、デビューから15年以上経っていた当時も10代半ばの田舎の少年にさえ有効だったという、その持続性と絶倫ぶりです。<TSUNAMI>も<涙のキッス>も<いとしのエリー>もいいけれど、サザンというグループさの普遍的な魅力をより表しているのは、一般には刹那的と(平たく言えば「名曲度が低い」と)思われている<勝手にシンドバッド>や<シュラバ★ラ★バンバ>、<愛の言霊>といった曲の方だと僕は改めて確信するのです。




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サザンオールスターズ『シュラバ★ラ★バンバ』

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音楽は「カラダ」で聴け!と
サザンが教えてくれた


 今年はサザンオールスターズの結成40周年でした。

 僕が人生で初めて自分のお金で買ったCDはサザンです。小学校6年生のときに買った、シングルの<シュラバ★ラ★バンバ>でした。

 まだ短冊形の8cmシングルの時代で、確か930円だった気がする。真っ白なジャケットに凹凸が掘られていて、斜めにすると光の加減で「Southern All Stars」の文字が見えるデザインでした。1992年なので、当時サザンはまだ結成15年にもなってない時代だったんですね。桑田佳祐はちょうど今の僕と同じくらいの年齢だったことになるのか

 その頃クラスでは、みんなが歌番組やヒットチャートに興味を持ち始め、お小遣いで好きなアーティストのCDを買うことが流行りだしていました。でも、<シュラバ★ラ★バンバ>が好きだという同級生や、ましてやシングルを買ったという友達は一人もいませんでした。

 サザンを知っている友達は何人かいましたが、みんな<シュラバ〜>と同時発売だった<涙のキッス>のほうが好きだと言っていました。実際、<涙のキッス>は年間のシングル売上で5位に入りましたが、<シュラバ〜>は13位に留まりました。でも僕は、子供ながらに確信をもって、<涙のキッス>よりも断然<シュラバ〜>の方がいいと思っていました

 どうしてそんなに<シュラバ〜>に惹かれたのか。

 この曲はドコモのCMソングでした。そのCMはメンバー自身が出演するPV風のもので、桑田佳祐が白バックでこの曲のサビを歌っていました。祖父母の家の居間で初めてこのCMを見たことを今でも覚えています。そして僕は、その場で家族にたずねました。「これは誰?」と。

 何がそんなに衝撃だったのかというと、まず歌詞がまったく聞き取れないこと。僕は、少なくとも日本語じゃないと思いました。でも何語かはわかりませんでした。そして、決して美声ではなく、ハンサムというわけでもなく、わざとくぐもったような声でがなるように歌うボーカルが衝撃でした。このボーカルの男の人が意味不明な言葉を、さらに意味不明にしているかのように見えました。

 しかし、一番衝撃だったのは、そのような意味不明な曲を「かっこいい」と感じる僕自身の反応でした。92年というと、米米CLUBの<君がいるだけで>や大事MANブラザーズバンドの<それが大事>、浜田省吾の<悲しみは雪のように>なんかがめちゃくちゃ売れた年だったのですが、それらとは真逆といってもいいこの曲の方に、僕はなぜか惹かれました。

 僕はそれまで「歌を好きになる」ということは、「歌詞を好きになる」ということなんだと漠然と思っていました。歌詞は共感されるためにあり、メロディも「失恋の歌は悲しい調子」「元気づける曲は明るい調子」といった具合に、歌詞の情景やテーマを説明するためにある。つまり僕は、歌は「意味」で理解するものなんだと思っていたのです。

 ところが<シュラバ★ラ★バンバ>の歌詞は、意味を理解するどころか、そもそも言葉を聞き取ることすらできませんでした(シングルを買って歌詞カードを見て、サビは「修羅場穴場女子浮遊」と歌ってるんだとわかっても、やっぱり意味はちんぷんかんぷんでした)。

 でも、意味はわからなくても、「シュラバナバジョージピユー」という言葉の「音」そのもののおもしろさや、その後に「アイノーブラーバダンスモユー」というこれまた正体不明の言葉を続けて畳み掛ける「スピード感」「韻」の心地よさといった、意味がわかる/わからないという次元とはまったく別のおもしろさが、この曲にはありました。

 実はこの後、僕は実家にあった伝説の4枚組ベストアルバム『すいか』に手を伸ばしたのですが(今思うとなんて恵まれた環境だったんだろう)、そのなかで最初に好きになった曲が<思い過ごしも恋のうち>でした。

 この曲の中盤に出てくる「どいつもこいつも話の中身はどうなれこうなれ気持ちも知らずに」という一節を、早口言葉のようなスピードで畳み掛けるところが面白くて何度も巻き戻して聴いてました。あれなんて、当時の歌謡界の文脈では(そしておそらく今でもなお)完全にギャグなんだけど、あのとんでもないスピードでまくしたてるデタラメ感を、僕は「なんかいいな」と思ったんですね。

 今になってみるとわかるのですが、僕はサザンで初めて音楽を、意味ではなくフィジカルで理解したんだと思います。そして、意味でしか理解できない音楽よりも、フィジカルで感じられる音楽のほうが、おもしろさやかっこよさがよりダイレクトに伝わってくる、平たく言えば「グッとくる」ことにぼんやりと気付いたのです。だからこそ僕は<涙のキッス>ではなく、<シュラバ★ラ★バンバ>のほうに惹かれたんだと思うのです。

 このことを思い出すたびに「小6の俺、なかなかやるな」という気持ちになります。自分の音楽遍歴が<涙のキッス>ではなく<シュラバ★ラ★バンバ>から始まっていることを、僕はひそかに誇りに思っているのです。





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劇団からのお知らせ〜2018年公演できません〜

一度でも演劇を「作る側」を体験すると
「見る側」には戻ってこれない


 前回、日本の小劇場のガラパゴス的悪習と、それを自明のものとしている不毛さについて書きました。書きましたが、実は同時にこうも思っていました。僕が書いた批判なんて、おそらくほとんどの小劇場関係者が十分すぎるくらいに分かっているはずだと。分かったうえで、それでも彼らは芝居をやっているんじゃないかと。

 では、自分の人生を食いつぶされながら、芽が出ない可能性の方が圧倒的に高いことを分かったうえで(小劇場の舞台俳優にとって“ゴール”はどこかというのもまたディープな問題です)、それでもなお彼や彼女が演劇を続けるのはなぜなのでしょうか。そこまでしても「やりたい」と思わせる芝居の魅力とは、いったい何なのでしょうか

 このことを考えるときにいつも思い出すのは、大学にもロクに行かず芝居ばっかりやってる僕に対して、高校時代の先生がしみじみといった一言です。「芝居っていうのは、一度『作る側』を体験しちゃうと『見る側』には戻ってこれないんだよなあ」。もう15年以上前に言われた言葉ですが、今改めて思い出してみると、演劇の魔力というものを端的に表しているなあという納得感があります。

 ただ見ているよりも、参加する方が楽しい。これってつまりは「祭り」と同じです。実際、演劇はかつては神々との交信を目的とした儀礼の一種だった時代がありますが、そうした歴史をわざわざ紐解かなくても、本番に向けて募る高揚感やそこで生まれる仲間との一体感、終わった後のさみしさなど、演劇と祭りとは極めて似ています。映画とか音楽のライブとか、演劇に近いメディアもありますが、「そのときその場限りのもの」という一回性や、準備期間の負荷の高さとそれに比例して醸成される高揚感という点で、演劇よりも祭りに近いアートはないんじゃないでしょうか。

 人々が演劇に惹かれる理由が、祝祭がもつ「ハレ」というプリミティブな感覚によるものだとしたら、一度ハマったら容易に抜け出せないのも当然かもしれません。少なくとも、高校の文化祭の延長で劇団を始めた僕自身にとって演劇は何よりも祭りであり、今日まで演劇を続けてきたのも、この「ハレ」の感覚がずっと忘れられなかったからなのは間違いありません。

…と、「今日までずっと」と書いてしまいましたが、実際には僕のいる劇団theatre project BRIDGEは現在活動休止中です。最後に公演をしたのはもう3年も前。「演劇を続けている」などと書くことは、正直かなりためらわれます。

 実は今年2018年には公演を打ちたいと思っていたのです。でも、無理でした

 理由は「忙しいから」という、いたってシンプルなものです。メンバーの大半がアラフォーにさしかかり、仕事や子育てでもういっぱいいっぱいでした。僕個人でいえば、仕事に関してはなんとかやりくりできるのですが、子育てのインパクトが想像以上にでかかった。会社に勤めつつ2歳児抱えながら台本書くなんて、僕にはとてもじゃないけどできそうにない。

 僕らは学生劇団としてスタートしたので、メンバーが大学を卒業して就職をするときに、一時的に活動を休止したことがあります。でもありったけの情熱を注いだ自分たちだけの場所が、就職というもののためになくなるのはどうにも納得できなかったので、苦肉の策でひねり出したのが「社会人劇団」というスタイルだった…というのは以前この記事で書いたことです。
「音楽で食わずに、音楽と生きる」ことについて僕も考えた

 そういう意味では今は2度目のピンチ。しかし、1度目のときは「会社」「就職」といった自分以外のものによる都合が原因だったのに対し、今回の(少なくとも僕にとっての)原因は子育てという自分自身の問題です。世の中のシステムに負けない「個」を作る試みが社会人劇団だったのに、いつの間にか問題は「個」そのもの移っていました

 サラリーマンやりながらでも劇団はできるんだってことを証明するために、徹夜して台本書いたりスーツ着たまま稽古に行ったりしてた20代の僕から見れば、より巨大なシステムに負けたならいざ知らず、他でもない自分自身の問題で芝居から遠ざかっているなんて、ダサいと思われてしまうかもしれません。

 でも「ダサくなった」と自覚できるのも、劇団という一つの場所に居続けたことで「容易に比較できる過去」があるからではあります。そして、ダサかろうが恥ずかしかろうが、人生のあらゆる瞬間を絶えずシェアしてきた場所があることは、写真がたくさん詰まったアルバムなんかよりも、ずっと貴重なんだろうなあと思います。「ハレ」の感覚以外に僕が劇団を続ける理由があるとすれば、過ぎ去っていった時間への愛おしさや未練なのかもしれません。

 劇団は2020年に結成20周年を迎えます。そのときにはなんとか公演を打ちたいと思っています。




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『都市の舞台俳優たち アーバニズムの下位文化理論の検証に向かって』田村公人(ハーベスト社)

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「小劇場」という名の
不思議な世界について


 前回に続いて演劇の話です。

 東京で活動をする劇団の数ってどのくらいあるか知ってますか?諸説ありますが、僕は「2000」と聞いたことがあります。途方もない数字に思えるかもしれませんが、都内に大小合わせて100館前後あるといわれる劇場で毎週どこかの劇団が公演を打っているとしたら、ありえない数字ではありません。

 ただ、当然ながら、誰もが知っている人気劇団や、プロとして食えている役者はごく一握りで、他の大多数の劇団員たちは(プロ志向かどうかは別として)演劇以外の手段で糊口をしのぎながら細々と活動を続けています。そんな、東京で活動する無名の舞台俳優たちに、10年以上にわたって行われた追跡インタビューを基に書かれたのが本書。

 実はこの本、ルポタージュものではなく、歴とした論文です。著者の田村公人は社会学の研究者で、本書における東京の小劇団は、都市文化論の研究対象という位置付けです。

 都市は地方に比べて非通念的な文化(下位文化=サブカルチャー)が育ちやすい。「マニアック」とされるサブカルチャーでも巨大な人口を抱える都市では同好の士を求めやすく、そうした集団は他の世界と衝突を繰り返すことで成員間の結束やおのおのの信念が強化される傾向にある…というのが従来の都市文化論や下位文化論でした。しかし筆者は、東京の小劇場劇団では、他の世界との衝突はむしろ集団の凝集性を弱め、離脱を促すことさえある事例を引きながら、従来の都市文化論に対する再検証を試みています。

舞台俳優の中には定職に就く恋人が支援を行うケースも確認される。(中略)しかし支援の期間が婚期(たとえば、二十代後半)に達してくると、進路変更を求める恋人からの圧力は強まり、かつ結婚生活への移行の時期を巡り、双方の主張に隔たりが生まれることも珍しくない。

 上記のケースは、恋人による「経済的に自立してほしい」「適齢期になったので結婚したい」といった「外の世界」の慣習・常識とぶつかった結果、舞台俳優のなかで、劇団を辞めたり役者へのモチベーションが低下したりなど、劇団の凝集性や信念の強化とは真逆のリアクションを引き出す例として示されています。

 しかし、小劇場という世界にいささかなりとも関わったことのある身としては、上記のエピソードは本書の難しい論旨に照らし合わせるまでもなく、直感的に「ああそういうことか」と納得できます。詳しくは後述するとして、ひと言でいえば小劇場という世界があまりに特異すぎるのです。

 経済的な自立を求めることや適齢期に結婚を望む気持ちは、「異なる考え方」「他コミュニティの慣習」といった相対的なものではなく、ごく一般的な常識です。相対的なものであれば、成員は自分の感性を再確認し、お互いの結束を高めることにもつながるでしょうが、一般的な常識とぶつかったときには当然ながらローカルルール(=演劇界の中だけでの当たり前)の方が負けます。つまり、外の世界との衝突が劇団を弱めるのは必然的なのです(劇団という特異な存在だけを根拠にしているという点で、僕は本書の論旨に対しては正直懐疑的です)。

 要するにですね、この本は小劇場に関わったことのある身としては、なんとも耳の痛い本なのです。書かれている内容がいちいち突き刺さる。突き刺さりすぎる。

新たな進路に踏み出すタイミングについて逡巡を続ける舞台俳優の中には、結論を導き出すまでに時間を必要とするがあまり五年先、あるいは十年先まで公演への参加がさらに長期化していくケースも実在する。そしてここで看過しえないのは、時間が経過していくほど、結論を導き出すことをさらに困難とする舞台俳優自身の状況の推移が見られる点である。

 どうですか?こんなの涙なしに読めないでしょう?

 なかでも、劇団の特異性をつくづく痛感してしまうのが「ノルマ」の話です。

 小劇団の大半が、公演のたびに「ノルマ」と称して、劇団員それぞれに一定枚数のチケットを売りさばくことを義務付けています。ノルマなので、与えられた枚数に到達しなかった分は自己負担になります。

 一人5枚とか10枚とかであれば、家族やごく近しい友人に声をかければ達成できますが、劇団によっては一人70枚というような枚数を課しているところもあります。70人なんて、知り合い全員が来てくれたとしても達成できるかわからない枚数です。チケット1枚2,500円だとしたら、なんとか半分の35枚を売ったとしても残りの35枚分87,500円は劇団員自身が払わなければいけなくなります

 ただでさえ劇団員の多くはバイトで生計を立て、しかも公演時期は稽古に時間を割かれるので収入は安定していません。そのなかで公演を打つたびに毎回10万円近い出費を強いられるのは相当な負担です。

 もちろん、そうなるのを避けるために劇団員は必死でチケットを売ります。家族や友人、中学や高校の同級生、バイト先の同僚。しかし、一度なら好奇心や応援の気持ちからチケットを買ってくれても、二度三度と続くとなかなか誘いには応じてくれなくなります。強く誘えば、お金の絡むことゆえ、その人との関係さえこじれてしまう恐れもあります。

 じゃあどうするのか。解決策の一つとして劇団員の多くが採用している方法が、同業者、つまり他の劇団の人間を観客として誘うことです。同じくノルマに苦しんでいる身として、一般の人に比べると度重なる誘いにも理解があり、誘う方も声をかけやすいのです。

 ところがこの関係はギブアンドテイクが前提です。相手もノルマに苦しんでいるので、自分の公演に来てもらったら、相手の公演の時には自分が観客として足を運ばなくてはなりません。もちろん、チケット代も交通費も自己負担。ノルマの自己負担と、もはやどっちが高くつくのかわからなくなってきます。

 本書には、ある小劇場劇団の団員が売ったチケットのうち、7割が演劇経験者とその知人だったという話が出てきます。お互いにノルマが大変なのはわかっているから、持ちつ持たれつの関係を維持するために、相互互助的にお互いの公演に足を運ぶ。そこには「作品が面白いから」「その劇団が好きだから」といった本来あるはずの動機はありません。

 今年ニュースになった高プロ制の導入や悪質タックルを選手に強要した日大ラグビー部を日本の悪しき縮図と見る向きがありますが、僕はあれらのニュースを見ながら、団員に「ノルマ」と称して金銭を負担させ、その金銭分のチケットを家族や友人に売りさばかせ、その結果として人間関係を破たんさせ、時間だけは拘束するから定職に就くことも許さないまま何年も束縛する「小劇場」という仕組みも、極めて日本的だなあと思っていました。そして、個人の人生を食いつぶして作られた芝居の客席は、「付き合い」のためだけに足を運んだ演劇関係者ばかりで埋まっている―。しびれるほどに不毛です

 この本はあくまで論文なので、著者の主観的な考えは入っていませんが、この本を読んで「舞台俳優やりたい!」「劇団入りたい!」って思う人はまずいないでしょう。(ネガティブな意味で)特異な演劇が、「外の世界」と衝突して結束や信念が揺らぐのは、あまりに当然なのです。

 ノルマをはじめとする、小劇場劇団で広く敷衍した仕組みや慣習は、まともにやるとあまりに個人への負担が激しいため、人生を食いつぶされて辞めるのが先か、その前に運よく売れるかという消耗戦的チキンレースになります。したがって、どうしても20代からせいぜい30代中盤あたりまでの若いうちしかできません。参加者の世代が圧倒的に若年齢層に偏っている点は、音楽やダンスにはない、演劇の極めて不健全なところです。

 じゃあ、人生を食いつぶされず、いわば消耗戦ではなく持久戦で演劇を続けるためにはどうしたらよいのか。その答えの一つが、生活の糧を演劇以外の場所で確保したうえで芝居をやる「社会人劇団」なんじゃないかと、本書を読んで改めて僕は思いました。

 そういうことをいうと「退路を断って臨まないと面白い芝居などできない」「仕事をしながら片手間でやる芝居が面白くなるはずがない」などと言い出す人が出てきそうです。ある種の覚悟が作品の質に影響を与えること自体は否定しませんが、以前この記事でも書いた通り、「プロかアマか」「仕事か趣味か」という二元論は、あまりに発想が貧しいと言わざるをえません。100or0のような極端な形ではなく、その中間にある多様な劇団のあり方、創作の方法を許容していかないと、小劇場という世界はいつまで経っても「人生を棒に振る覚悟がある人」しかいない、閉じた場所であり続ける気がします。

 …と、さんざん偉そうに書いてきましたが、以上のことは社会人劇団としての成功例が現れることが不可欠です。そしてそのことは、当然ながら「社会人劇団」と銘打って活動している僕自身の喉元に、ナイフとなって跳ね返ってくるのです






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