週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

Spice Girls『Spiceworld』

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「グループだからみんな同じ」ではなく
「グループだけどみんな違う」


 スパイスガールズは今年、再結成ツアーを行うことを発表しています。昨年11月にこのニュースが流れて以来、たびたびスパイスガールズを聴きなおしています。実は僕、アルバム全部持ってるんです。ファンには不評だった3rd『Forever』も含めて。

 スパイスガールズのデビューは1996年で、僕はわりと直撃世代(当時15歳)なんですが、当時はほとんど無視していました。アルバムを買い揃えたのは、確か2000年とかそこらだったので、活動休止するかしないかといった頃だったはずです。なぜそのタイミングでハマったのか、まったく記憶がないのですが、世間より数年遅れで彼女たちの曲を聴きまくっていました。

 なので、15年ぶりとかそのくらいになるのでしょうか。今聴きなおすと、いろいろ発見があって面白かったです。まずなんといっても唸るのは、ど真ん中のポップスマーケットで大成功したガールズグループ(しかもイギリス!)が、彼女たち以降出ていないこと

 60年代は違いましたよね。ロネッツがいたし、シュープリームスもいました。でも、その後はほとんど見当たらない気がします(僕、ノーランズけっこう好きなんですけど)。ソロ歌手だとたくさんいるけど、グループってなると極端に少ないんですよね。なので、デビューから20年以上経った今聴いても、その存在の珍しさは未だに新鮮です。

 あとは、やっぱり曲がいいと思いました。良いというか、強い。<Wannabe>なんか一度聴いたら絶対忘れられないし、なんとなく歌うことすらできちゃいますよね。好きか嫌いかは別として、それだけの強度をもつ曲ってやっぱり名曲なんだと思う。

 僕が一番好きだったのは2ndに収録された<Stop>。彼女たちの曲の中ではトラディショナルなタイプの曲で、どこか60年代のガールズグループを模倣しているような曲ですが、今自分がブリルビルディングサウンドなんかをたくさん聴いていることを思うと、ある意味当時からブレてないのかも。



 一方で、聴きなおしていて意外だったのは、記憶にあるよりもブラックミュージックの比率が高かったこと。<Naked>とか<If U Can’t Dance>とか。当時は無視していたなあ。なんとなく1st、2ndはベタベタなポップスで、3rdで脱皮を図ろうとR&Bに振り切ったようなイメージを持っていたのですが、実は初期の頃から楽曲のバラエティはカラフルだったんですね

 カラフルということで気づいたのですが、普通グループだと衣装や髪形を揃えたりして、メンバーの個性は消していくパターンが多いですが、スパイスガールズは最初から5人の衣装もキャラクターもバラバラで売っていましたよね。「スポーティ」とか「ベイビー」とか、それぞれの個性に合わせてあだ名をつけたりして。これってかなり珍しいんじゃないでしょうか。

 そういう意味で、僕がスパイスガールズの最高傑作だと思うのは、2ndのリード曲<Spice Up Your Life>。セクシーなイントロ、声質の違いをそのまま残したドタバタのAメロ、コール&レスポンスのBメロ、そしてすさまじい音圧のサビ。個々のシークエンスのバラバラっぷりと、それをたたみかけるようなテンポでつなぎ合わせていく怒涛の勢いに圧倒されます。ラテンというセレクトも媚びてなくてかっこいい。グループのカラフルなイメージを最も体現した曲が、この曲じゃないかと思います

「グループだからみんな同じ」ではなく「グループだけどみんな違う」という姿勢は、(どこまで本人たちがそこに意味を込めていたかは別として)個人的にはとても好きです。あれから20年以上経ちましたが、今の世界を覆うムードを見ると、彼女たちの姿勢は当時よりも重要な意味をもっている気がします。








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『The Beach Boys With The Royal Philharmonic Orchestra』

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オーケストラによる
オリジナルの「アップデート」


 買うまいと思ってたけど、結局CD買っちゃいました、『The Beach Boys With The Royal Philharmonic Orchestra』。その名の通り、ビーチボーイズのオリジナルのボーカル音源に、ロンドンのロイヤルフィルによる演奏をミックスした企画盤です。以前、同企画のエルヴィス・プレスリー版について触れたことがありますが、そのシリーズの最新作ですね。

 正直、そこまで期待してませんでした。最初に公開されたプロモーション映像を見たときもピンとこなかったし、「またぞろレコード会社がオールディーズ引っ張り出して、シニア層向けに商売始めやがったな」くらいに思ってました。なので、Spotifyで全曲視聴が始まったときも、半信半疑のまま一度だけのつもりで聴いてみたのですが…予想に反してめちゃくちゃ良かったのです!

 プレスリー版は、音のバランスもアレンジも主役はオーケストラで、プレスリーのボーカルはあくまでモチーフの一つに過ぎませんでした。それゆえ、プレスリーのアイテムとしては企画盤の域を出ない、どこか中途半端な代物でした。

 しかし今回のビーチボーイズ版は、オリジナルの音源を生かすことに重点が置かれており、オーケストラの音はとても控えめです。リアレンジは最小限にとどめられており、オリジナルのアレンジをオーケストラの音に置き換えるという、とてもシンプルな方針でまとめられています。

 その結果どうなったかというと、オリジナルのフィーリングはそのままに、音がよりクリアで分厚くなったのです。特に(意外なことに)リズムが強調された感があり、オリジナルにはなかった迫力が加わりました。楽器編成はクラシックでありながら音源はオリジナルよりもむしろロックっぽいという、面白い逆転現象が起きています。つまり、印象的にはオリジナルの楽器の音を現代の音質・音圧に入れ替える作業が行われており、結果としてこのアルバムは「ビーチボーイズのアップデート」を実現しているのです。


 ブライアン・ウィルソンの「60年代当時から僕らの音楽はオーケストラに合うと思ってたんだ」という言葉が本気なのか後付けのリップサービスなのかはさておき、ビーチボーイズとオーケストラとの親和性が高いのは間違いありません。流麗なメロディやアレンジの妙、そして美しいコーラス。彼らの音楽の核となる要素はどれも、オーケストラと混ざると一層際立ちます。

 逆に言えば、ギターやドラムといったいわゆるロック的なファクターへの依存度が高いバンドであれば、たとえ同じコンセプトでオーケストラと共演しても、「アップデート」にはならなかったはずです。そういう意味で、ビーチボーイズはこのロイヤルフィルシリーズの大本命だったのではないでしょうか。

 それにしても、やっぱビーチボーイズのコーラスは本当にきれいです。今回の作品のボーカル音源はオリジナルのマスターテープにまで遡ってミックスされたため、コーラスの音質が非常にとても良いのですが、このアルバムの最大の聴きどころでありもっともインパクトのあるアップデートは、実は彼らのコーラスワークが高音質で聴けるところかもしれません。

 以前、ビーチボーイズの音楽は演奏者の入れ替えが可能な「型」としたうえで、オリジナルメンバーの存在意義は「コーラスという必殺の武器をブライアンに授けた点にある」と書きましたが、今回のアルバムでは改めてその意を強くしました。








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Pale Waves『My Mind Makes Noises』

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見た目とサウンドの
「ギャップ」がすごい


 英4ピースPale Wavesが昨年9月リリースした1stアルバム『My Mind Makes Noises』は、まさに「満を持して」という感じで登場した作品でした。

 2017年にレーベルDirty Hitから、レーベルメイトであるThe 1975マシュー・ヒーリーによるプロデュースでデビューシングル<There’s A Honey>をリリースして以来、立て続けにシングルを発表しヒットを記録。BBC Sound of 2018にセレクトされたときは「今更?」と思ったくらいでした。

 18年が明けて、いよいよアルバムかと思いきや2月にリリースされたのは4曲入りEPで、そこからは再びシングルの量産体制に。結局、アルバムが形になったのはそこから約半年経った18年9月でした。

 個人的には、アルバムではなくシングルやEPを積極的に切っていくというサブスクリプション時代のマーケティングを、彼らほど実感させられたアーティストはいなかったのですが、ボーカル/ギターのヘザー・バロン・グレイシーは以前から「アルバムでチャート1位を獲りたい」と語るなど、アルバムというパッケージに強いこだわりを見せていました。その宣言通り、1stアルバムはUKインディーチャートで1位を記録(総合でも8位)。フィジカルのセールスでも強さを見せたのでした。



 なぜPale Wavesはこんなにも人気を獲得したのか。僕は、このバンドには王道と異端の両極端の魅力があり、それが同居していることが、彼女たちがリスナーを惹きつける理由なんじゃないかと考えています

 まず「王道」は、サウンドです。低音をカットして高音部を強調し、さらにシンセとビートを利かせた音作りは、清潔な印象を与えると同時に誰もが高揚感を味わえる中毒性をもっています。キャッチーなメロディを作る能力にも長けており、The 1975やWolf Aliceなどトレンドの最前線にいるアーティストを多く擁するDirty Hitのなかでも、もっともスタジアムバンドに近いグループではないでしょうか。

 特筆すべきは、一歩間違えれば「ベタ」に陥りそうなところを、ギリギリのラインで上品さをキープする彼女たちのバランス感覚です。「ベタ」に足を踏み入れてしまえば玄人層からはそっぽを向かれるし、かといって逆方向に振れてしまうとライト層に届かない。どちらにも偏りすぎない、綱渡りのように絶妙なバランス感覚があるからこそ、幅広い支持を集めたのだろうと思います。

 次に「異端」について。これは彼女たちの出で立ちです。僕は彼女たちを知ったとき、最初に思ったのは「見た目と音のギャップがすげえ」ということでした。ヘザーとドラムのキアラのゴスメイクにばかり注目が集まりがちですが、ヒューゴ(Gt)とチャーリー(Ba)の男性2人の存在感も利いています。ゴスメイクした女性2人に、端正な容貌をもつ男性2人がアンドロイドのように無機質な雰囲気で侍るという構図は、ただのゴスメイクだけのグループよりもインパクトが強いはず。

 ビジュアルはものすごくアンダーグラウンドなんだけど、鳴らす音がオーバーグラウンドだから、そのギャップがすごいんですね。見た目怖いけど、話しかけてみると仲良くなれる、みたいな。ゴスメイクという、ある意味レトロなスタイルを忠実に模倣しつつ、サウンドはあくまで「今風」なことで、クラシックとモダンをつなぐという文脈でも捉えられるグループなのかもしれません。

 このバンド、次はどこに行くんでしょうか。今のスタイルは、もはやこのアルバムで完成されちゃったように思います。何かと比較されることの多いThe 1975は1stから2nd、そして大名盤の3rdと着実に変化を続けていますが、Pale Wavesの場合はストライクゾーンをさらに広めにとっている分、この先の変化が予測できません。個人的にはシンセポップではなく、4人の本来のフォーマットに戻ってギターメインの楽曲とか聴いてみたい気がします

 来年2月には初の単独来日公演が行われます。もちろんチケット取りました。








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平成が終わる前に「ZARD」を語ろう〜最終回:「音楽とはメロディだ」と信じられていた時代〜

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これまでの話
#第1回:ビーイングという名の「工場」
#第2回:カノン進行職人「織田哲郎」現る
#第3回:「アルバムアーティスト」としてのZARD
#第4回:OH MY LOVEという名の「惨劇」<前編>〜
#第4回:OH MY LOVEという名の「惨劇」<後編>

 年明けから延々書いてきたZARDの話も、今回でようやく最終回です。とはいっても、元々書こうと思ってた話は前回で終わっているので、今回は余談的な内容。「なぜ今ZARDのことを書いたのか?」です。

90年代に「思い入れが薄い」

 きっかけは、大きく二つあります。

 ひとつは、以前書いた『カセットテープ少年時代』の話に遡ります。あの記事で僕は「80年代ブームが過ぎればその次に90年代ブームがくるはず。80年代と違って90年代は自分が当事者として過ごした時代。ブームが到来したとき、自分は当事者として、何がそこで語られれば納得できるのだろう」と書きました。

 実は、あのときにはうまく書ききれなかったことがあります。それは、「当事者」と書いたものの、こと音楽に関して言えば、実は90年代に対して僕自身はそこまで思い入れが持てていない、ということでした。先日、たまたま自宅にあるCDを60年代、70年代、というふうにリリース年別に分類していたのですが、一番少なかったのが90年代でした。自分が青春時代を過ごし、世の中的にもCDがもっとも売れた時代だったにもかかわらず。

 そういう自分に、90年代という時代について納得できるものや、ましてや語れるものって何があるんだろうかという疑問が、折しも新元号への改元に伴い「平成の総括」が流行り始めたこともあって、むくむくと大きくなってきたのです。ちなみに、去年の暮れにサザンについて書いたときに、70〜80年代ではなく、あえて90年代の曲を取り上げたのも、実はこのことが頭にあったからでした。

 一方で、ここ数年「洋楽邦楽問わず、最近の曲って、メロディがあまり重視されてないんじゃないか」という感覚を抱くようになったことも背景の一つにありました。漠然とした言い方になりますが、「曲というものが歌(メロディ)ではなくグルーヴによって作られるようになった」「メロディは歌ではなくグルーヴの一要素になった」、そんな感覚です。

 音楽そのもののトレンドがグルーヴ重視になったのかもしれないし、アーティスト自身が曲を作って歌う自作自演が当たり前になり、メロディは他人に提供するものから自分で消化するものに変わったことで、アーティストのメロディに対する意識が相対的に低くなったといえるのかもしれません。ポップスにおけるメロディの位置づけの変化自体は歴史の自然な流れとしても、僕個人としては職業作曲家の手によってメロディが今よりも“立って”いた時代の音楽のほうに愛着があります。

 そう感じるようになったのは、ここ数年よく聴いている1950年代後半から60年代前半にかけて、リーバー&ストーラーやゴフィン&キングといった職業作曲家が活躍した時代のアメリカンポップス、俗に「ブリル・ビルディング・サウンド」とよばれる音楽からの影響があります、また、その日本版といってもいい松田聖子薬師丸ひろ子といった80年代アイドルの音楽からの影響もあります。

 以上に挙げた「90年代とは?」と「メロディはどこへいった?」という2つの関心のベクトルが、僕の中でちょうど交わったところにいたのが、ZARDだったのです。

「3つの時代」に分かれる90年代

 ところで、当時の空気を実際に吸ったひとりとして90年代という時代を振り返ってみて思うのは、音楽に関しては大きく3つの時期に分かれていたということです。

 まず前期は91年から94年の夏まで。米米CLUBの<君がいるだけで>が爆発的にヒットし、B’zがハードロック路線を定着させ、CHAGE&ASKAが怒涛の快進撃を見せ、ミリオンセラーが急速に日常化した時代です。僕らの世代の大半は、この時期にCDを初めて買ってるはずです(僕の年齢だとチャゲアスの<SAY YES>が定番でした)。ZARDもこの時期に含まれます。

 この時代に主力となって活躍したアーティストは、ほとんどが80年代にデビューした人たちでした。なので、90年代に入ったといっても楽曲のもつ雰囲気はどこか80年代の余韻が残っていたように思います。

 中期は94年夏から97年いっぱいまで。この時期はなんといっても小室哲哉です。94年の夏に出た篠原涼子<恋しさとせつなさと心強さと>とtrfの<Boy Meets Girl>が、まさに時代の幕開けを告げる号砲でした。ここから始まるえげつないまでの「小室時代」については周知の通り。

 小室哲哉自身は80年代から活動していましたが、彼がこの時代に手がけたアーティストはどれも新人ばかりでした。音楽的にもそれまでの邦楽にはないほどダンスミュージックに傾倒していて、実質的な「90年代」の始まりはこの時期だったと思います

 一方で、Mr. ChildrenやJudy And Mary、The Yellow Monkeyといった90年代に入ってからデビューしたバンドが人気を獲得します。これらのバンドは80年代のHR/HMの流れからは切り離された「90年代のバンド」と呼ぶべき一群で、彼らが認知されていくことで、ZARDをはじめとする80年代の流れを汲んだビーイング勢は徐々にその役割を終えていきます。

 よく覚えているのが、織田哲郎のプロデュースでデビューした相川七瀬です(95年)。当初2〜3枚のシングルは大ヒットしたし、未だに僕ら世代の女性はカラオケ行くとかなりの確率で彼女の曲を歌いますが、個人的にはああいう「ロック=不良」みたいなイメージ戦略は、当時の時点ですでに古臭く映っていました

 そして、後期は98年以降の時代。98年に何があったかというと、まず2月にMISIAが<つつみ込むように…>でデビューします。続いて5月に椎名林檎が<幸福論>でデビュー。そしてなんといっても宇多田ヒカルの登場です。彼女が12月に<Automatic>でデビューします。

 宇多田ヒカルのデビューを小室哲哉自身が「自分の時代の終わりがきたと感じた」と語っているように、彼女たちのように豊かな音楽的バックボーンをもち、訓練された技術をもつ本格派SSWがデビュー当初から一気に支持を集めたのは、オーディションで選ばれた素人を歌手デビューさせて稼ぐ小室時代的スタイルに対する「そういうのはもういいよ」の表れだったと思いますハイスタミッシェルというモロに海外と直結したグループがこの時期に前後して人気を拡大したのも、やはり大きくはこの文脈だったんじゃないかと思います。

 個人的にインパクトが強く残っているのはMISIAです。当時僕が知るレベルをはるかに超えた歌の上手さでした。上手いというか、声の質も曲調も何もかもが、それまで聴いていた日本の音楽とは根本的に違っているように感じました。余談ですが、今から10年ほど前にMISIAの歌を生で聴く機会があったのですが、本当にすごかったです。CDよりも上手いと思いました。僕が生で歌を聴いたことのある歌手のなかでは、いまだにMISIAがNo.1です。

「職業作曲家」はどこへいった

 話を元に戻します。

 職業作曲家は、レコード会社や音楽出版社から依頼を受けて曲を作ります。そこで重視されるのは、曲を通じて作曲家自身が自己表現をすることではなく、いかにクライアントのニーズを満たすか、そしていかにターゲット層に聴いてもらえるかです。そのようにして作られるメロディは、必然的に狙いが明確で形がハッキリしたものになるはずです。僕が「メロディが重視されなくなった」と感じるのは、職業作曲家の減少と無縁ではないと思うのです

 90年代の中期から後期への流れを今振り返ってみて、つくづく悔しいな〜と思うのは、小室哲哉やつんくによって「プロデューサー」という職業が脚光を浴びたものの、それが音楽を聴く際の切り口の一つとしては根付かずに、「有名タレントがプロデュースした●●」みたいな形でしか発展しなかったことです。「プロデューサー」が宣伝文句の一つに矮小化され、その反動として椎名林檎や宇多田ヒカルといったSSWが一挙に人気を集めたことが、結果的には「職業作曲家離れ」を加速させたんじゃないかという気がします。

 そういう意味でZARDは、職業作曲家が裏方に徹していて、なおかつヒットを放っていた最後の時代に位置するアーティストの一人でした第1回でZARDの所属レーベルであるビーイングをフィレス・レコードに例えたのは、単に音楽の生産システムだけを指していたわけではなく、音楽そのものも僕には似ているように映っていたからでした。

 先ほど僕は実質的な90年代の始まりは、小室時代が幕を開ける中期からと書きましたが、僕個人の好みとしては90年代前期がもっともフィットするので、中期以降の「90年代の音楽」に思い入れが持てないのはそのへんが関係しているのかもしれません。

「意外なところ」に息づいていた遺伝子

 と、なんとなくネガティブなトーンで話は終わりそうなんですが、実はつい最近、(僕が個人的に考える)職業作曲家の空気を、ある人の楽曲に発見しました。誰あろう、米津玄師です。

 彼が作詞作曲した<パプリカ>という曲が、娘とよく見るEテレの番組で流れるのですが、この曲が不思議と耳に残るんですね。いい意味でサラッと聞き流せないというか、お風呂でついつい口ずさんじゃうようなフックがあって、娘もこの曲が流れると必ずTVをじっと見つめます。ということでパパはこの曲のコード進行を調べてみたんですが、とても面白い構成をしていたんですね。

<パプリカ>コード進行

 AメロはAで始まり、BメロはF#m(つまり平行調)に変わります。本来であればBメロラストでF#mもしくはAのドミナントのEとかに持っていくところですが、実際にはF#に切り替わって、そこから長2度上がってサビでBに転調するのです。つまり、BメロのF#mの同主調であるF#にまず移行して一瞬の「揺らぎ」を表現し、さらにそのF#をドミナントに利用してBに転調しているのです。



 非常にロジカルで、ロジカルだからこそとてもシンプルで、見ているだけで楽しいコード進行です。ちょうどブログを書いていたタイミングだったのもあり、織田哲郎栗林誠一郎がZARD楽曲でたびたび見せてきた職人芸の数々と<パプリカ>には重なるものを感じました。

 娘といえば、日曜朝9時にテレ東で放映している少女向け特撮ドラマ『マジマジョピュアーズ』では、今やあまり聴かなくなった「大サビ半音上げ盛り上げ転調」がガンガン使われていて、これも驚きでした。

 職業作曲家って減ったなあと勝手に思っていたけど、子供向けのプログラムにはちゃんと息づいていて、その職人技はちゃんと若いリスナーの耳に向けて発揮されているんですね。そのことを自分の娘から教えてもらったことにしみじみとしたのでした。はい。






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平成が終わる前に「ZARD」を語ろう〜第5回:OH MY LOVEという名の「惨劇」<後編>〜

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これまでの話
#第1回:ビーイングという名の「工場」
#第2回:カノン進行職人「織田哲郎」現る
#第3回:「アルバムアーティスト」としてのZARD
#第4回:OH MY LOVEという名の「惨劇」<前編>

 前回の続きです。ZARD史上最高傑作『OH MY LOVE』の、その最高傑作たるゆえんが、ラスト2曲。9曲目<来年の夏も>(#9)、と10曲目<あなたに帰りたい>(#10)です。

『OH MY LOVE』収録曲
#1 Oh my love
#2 Top Secret
#3 きっと忘れない
#4 もう少し あと少し…
#5 雨に濡れて
#6 この愛に泳ぎ疲れても
#7 I still remember
#8 If you gimme smile
#9 来年の夏も
#10 あなたに帰りたい

「強がり」と「本音」の間で揺れ動く

 #9は「来年の夏も大好きなあなたと一緒にいたい」というシンプルなテーマのラブソング。耳触りのよいボサノヴァ調のアコースティックギターもあって、ようやく平穏が訪れたかのように思うのですが、引っかかるところが2つ。

 ひとつは、冒頭の歌詞「同じ血液型同士ってうまくいかないというけど 私達例外ね 今も2年前の気持ちと変わらない」に出てくる「2年」という数字が、#7で出てきた数字とピタリと重なること。#7では、付き合ったけど結局別れてしまう(その悲しみはちっとも癒えない)までの時間として「2年」が出てきたので、不気味な符合です。

 そしてもうひとつは、この曲の異様な構成です。最初はボサノヴァ調で始まるこの曲は、中盤でハードロックに変化、ブリッジを経た大サビからさらにギアが上がり、最後は40秒以上にも及ぶ壮大なピアノソロになだれ込むという怒涛の展開を見せます。もはやプログレのような、異様なまでのハイテンション。

 僕はこのアルバムを初めて聴いたとき、最後に「ジャンジャジャンッ!」とピアノが締めた瞬間、「これでエンディングだな」と思いました。アルバムのストーリーとしても演奏のテンションとしても、「もうこれ以上はないだろう」と納得させるなにかがあるように感じました。

 ところが、これで終わらないのです。ラテン風の乾いたギターの音とともに#10が始まります。そしてギターがひとしきりフレーズを弾き終わると、今度はピアノが入り、なんとも寂寥感のあるメロディを奏で始めます。この曲のイントロは90秒。ZARDの全ての曲のなかで最長級です。

 そして歌が始まります。最初のフレーズは「泣いてばかりいた あなたと別れてからずっと」。そうなのです、なんとここで再び別れの曲になるのです。ただし、#5#7のように別れの直後ではなく、「もうすぐ桜の咲く頃 この頃変わりました」とあるとおり、別れてから一定の時間が過ぎたタイミングに視点が設定されています。

 そしてサビ。「髪を切って明るい服を着て 目立たなかったあの日の私にgood-bye」と、悲しみを乗り越えるためにあえてそれまでの自分とは違った外見になったことが綴られ、もし街であなたに「今度会っても そう気付かないでしょう」と続きます。そして締めのフレーズが「そしてもう一度 あなたに帰りたい」

「私に気付かない」ことが、なぜ「もう一度あなたに帰りたい」につながるのか。それは、気付かれないことで「あなた」との最後の繋がりが断たれ、その瞬間に私の中の未練も無くなる。そうなって初めてあなたのことが思い出に変わる。つまり「あなたに帰りたい」というのは、「復縁したい」という意味ではなく「あなたを乗り越えたい」という意味のレトリックなのだ。そう考えれば、痛々しさには満ちているけれど、とても力強く前向きな響きがあります。

 ところが、です(今回何度「ところが」「しかし」と書いただろう)。2コーラス目、そして大サビになるとこの肝心の部分の歌詞が変わるのです。「今度会ったら私に気付いてね そしてもう一度悲しい思い出にgood-bye(大サビは”そしてもう一度 あなたに帰りたい”

 やっぱり気付いて欲しいのかーい! いや、もちろん気持ちはわかる。むしろ「気付いて欲しい」と思うほうが自然だと思う。でも、「きっとあなたは気付かない(=それでいい)」で締めていれば美しかったのに、あえて「やっぱり気付いて欲しい」という本音をその後に持ってくるのは、良くいえば正直、悪くいえば身もふたもない。

 でも、強がりと本音の間で揺れ動くさまは、実はアルバム全体を通じて何度も繰り返されてきたことでした#1、#2と来て#3で落とすのも、直後の#4で歌われる情念も、#6のシリアスさの後で#7の身もふたもなさがくるのも、結局は人と人が愛し合うことの綺麗ごとだけではすまないリアルさを表しているように思うのです(ここまでくれば、前述の#7#9との「2年」の符合は意図的と考えるべきでしょう)。

 そして、それがもっとも凝縮されているのが#9#10の2曲でした。もっと言ってしまえば#9のアウトロから#10のイントロ終わりまでの2分強。歌詞こそないものの、終わった!と思っても終わらないというあの展開そのものに、今作のテーマが端的に表れています。この2分強こそ、ZARDというアーティストの創造性が、全キャリアを通じてもっとも発揮された瞬間だったと思います

「落差」をコントロールする職人芸

 それにしても、なぜこの『OH MY LOVE』というアルバムは前作『揺れる想い』とは真逆と言ってもいいトーンに変わったのでしょうか。しかも、明らかにコンセプチュアルな意思のもとに。

 まず挙げられるのは、第1回でも書いたように、プロデューサーの長戸大幸はじめビーイングのクリエイターの多くがロック畑出身で、トータルアルバム志向が自明のものとして共有されていたからだろうという点です。坂井和泉によるセルフプロデュースに切り替わった『Today Is Another Day』以降、ベストアルバム的内容に変わったことが、それを逆に証明しています。ビーイングのスタッフたちは、商売人として売れるシングルをガンガン切りながらも、一方でアルバムにはポップさを残しつつシングルとは異なる創造性を追求していた。個人的には、なんとなくそういうロマンを見たくなります。

 ただ、そのうえで、このアルバムを支えた重要なファクターとして挙げたい人物が3人。

 ひとりはアレンジャーの明石昌夫。実はこのアルバム、収録曲全てが彼のアレンジです。ZARDでアルバム1枚が丸々ひとりのアレンジャーに投げられたのは、後にも先にもこの1作のみ。前期ZARDのアレンジャーというと明石昌夫と池田大介、葉山たけしのトリオですが、明石昌夫が3人のなかでもっともロック寄りです。別の言い方をすれば、派手で、重たく、ケレン味が強い。前述の#9アウトロ〜#10イントロなんかはまさにこの「ケレン」の部分が生きています。全編、明石昌夫のトーンで統一されていたということが、このアルバムの世界観をより強固にしていると思います。

 ふたり目は、他ならぬ坂井和泉です。第1回からここまで、ほとんど彼女について触れてきませんでした。しかしZARDとは言わずもがな坂井和泉そのものであり、ここまでたびたび書いてきた「透明感」「さわやか」といったZARDのパブリックイメージも、つまりは坂井和泉のイメージということです。

 そのイメージの根拠となっているのは、彼女のビジュアル以上に、彼女の作る歌詞の力が大きいのではないかと僕は思っています。たとえば「負けないで」「揺れる想い」「きっと忘れない」のように、シンプルだけどインパクトのあるパワーワードをサビの頭にぶつけて、しかもそれを曲タイトルにまでしてしまうという、ある種キャッチコピーのような歌詞の作り方は、ZARDの都会的で清潔感のあるイメージを大きく支えていました。

 しかしここまで見てきたように、『OH MY LOVE』の歌詞には、個々の曲を1つのシーンとしながら、それをつなげることで大きなストーリーを作ろうという意図が見えます。しかも、新しい恋人のことを想像して「きっと私より素敵な人に違いない」と自虐的になったり、不倫相手の生まれた家を訪ねるというエキセントリックな行動を取ったり、あるいは「乗り越えた」と口にはするものの、やっぱりあなたのことが忘れられないと告白したりと、J-POPというよりも演歌に近いような情念的な世界で統一しようとしているところも、従来にはほとんどなかったことです。

 コピーライター的な歌詞が、一瞬のインパクトで鮮烈なイメージを残そうとする絵画的な手法だとしたら、『OH MY LOVE』の歌詞の作り方は、アルバムという長い時間軸のなかで統一された世界を作ろうとする映画や小説の手法です。坂井和泉のこうした作家性は、この作品を「トータルアルバム」にするうえでは不可欠なものだったはずです。余談ながら、僕は坂井和泉の評価すべきポイントは何よりも作詞家としての彼女だと思っています。

 そして、最後のひとりが栗林誠一郎です。このアルバムでは10曲中6曲が彼の作曲。1枚のアルバムに占めるひとりの作曲家の曲数としては、ZARD史上最多です。そして、前作『揺れる想い』は織田哲郎カラーに寄せていたと書きましたが、このアルバムでは栗林本来のテイストがふんだんに発揮されています。それは前回も書いた通り、コードでいうと「マイナーコード」のトーンで、#4#6にとても顕著に表れています。

 ただ、僕がもっとも「栗林誠一郎すげえ」と思ったのは、(しつこくてすいません)#9#10です。前述の通り、この2曲は連続することでアルバムのなかで最大の「落差」を作っており、それを演出しているのが明石昌夫のハイテンションなアレンジであり、坂井和泉による真逆の歌詞だったわけですが、実はそれを裏で支えていたのが彼の絶妙なコード進行でした

 2つの曲の、サビの部分のコード進行を比較してみます。

#9<来年の夏も>
E♭M7 F Gm7 
来年の 夏も
E♭M7 F B♭M7
となりに いるのが
E♭M7 D7 Gm7
どうか あなたで
Cm7 Dm7 Gsus4G
ありますように


#10<あなたに帰りたい>
B♭ C   Dm    F C  Dm
髪 を切って 明るい服を着て
B♭  C   Dm     Gm7 Am7   Dm
目立たなかった あの日の私 に good-bye
B♭ C   Dm     F  C    Dm
今度会っても そう気付かないでしょう
B♭   C   Dm     Gm7 Am7 D7sus4 D7
そして もう一度 あなたに帰 りたい

 楽器やっている人ならすぐに気付くと思います。実はこの2曲のサビのコード進行は、キーこそ異なるものの、IV(とその平行調)→V(とその平行調)→I(とその平行調)という同じ構造をしているのです

 明石昌夫と坂井和泉が#9から#10にかけて「落差」を作りました。しかし、2つの曲が「ただ違う」というだけなら、それは落差にはならず単なる「異物感」で終わったはずです。2曲のつながりが異物感ではなく、狙ったとおりの「落差」を演出できるように、裏にいる栗林誠一郎がコード進行を揃えるという手法で最低限の統一感が維持されるようコントロールしていたのではないでしょうか。なんという職人芸。書いていて震えてきます。

----------------

 延々と書いてきた『OH MY LOVE』の話もこれでようやく終わりです。ZARDのことを書こうと決めたときに、まず触れなければいけないと思ったのが、このアルバムのことでした。

 このアルバムがリリースされた当時、僕は中学生でした。1枚3,000円もするアルバムは、中学生には何枚も買えるものではなくて、ZARDに限らず音楽に触れるメディアは必然的にシングルが主流でした。確かこのアルバムも、最初は友達に借りて聴いた気がします。

 しかし、ここでも繰り返し書いたように、アルバムを聴いた最初の印象は、それまでシングルを通じて思い描いていたものとだいぶ違ったものでした。そういう意味では、僕にとって初めて「アルバム」という概念に触れた最初期の1枚でした

 コード進行のことや、細かい歌詞のつながりなどは今回書くうえで改めて聴きなおしていて気付いたことです。その作業は、自分が四半世紀近く前に抱いた漠然としたイメージを、焦点を絞ったり余計な埃を払ったりしながら、鮮明な像にブラッシュアップしていくかのようで、とても面白かったです。

 ZARDの話はほぼこれでおしまい。次回はほとんど余談です。






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