週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

東京スカパラダイスオーケストラ 『PARADISE BLUE』

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新生スカパラのスタートを告げる
ドライ&ビターなニューアルバム


東京スカパラダイスオーケストラのニューアルバム『PARADISE BLUE』がリリースとなった。

スカパラは今年でデビュー20周年を迎える。
当初より、ジャマイカ発祥のスカに邦楽的な歌謡曲のメロディーを乗せた、
「東京スカ」というオリジナルジャンルを掲げ、今日まで独自のポップセンスを磨き上げてきたスカパラ。
ロックもポップもジャズも飲み込んで、裏打ち&ホーンで仕上げてしまう彼らの消化能力はハンパじゃない。
スカというジャンルがアンダーグラウンドから日本のリスナーにも馴染みあるものへと押し上げられたのは、
彼らの功績が大きいはずだ。


今回のニューアルバムは、待ち遠しかった反面、ハラハラした気持ちもあった。
昨年の7月、オリジナルメンバーでありバンドの精神的支柱でもあった、
アルトサックスの冷牟田竜之が脱退した。
この『PARADISE BLUE』は、9人となった新生スカパラの、最初のアルバムになるのだ。

結果としては非常に硬質な手触りをもつ作品となった。
『FULL-TENSION BEATERS』(’00)以降、スカパラサウンドの中核をなしたゴージャスなロックテイストが、
その生みの親である冷牟田が抜けたことでやや後方に下がり、
シンプルなスカリズムとエッジの効いたメロディーが前面に押し出された。
70年代後半のイギリスで流行したスペシャルズをはじめとする2トーンサウンドのような、
ドライな味わいがある。

 
また、ここ最近の彼らのアルバムでは珍しく、ボーカル曲がない。
たとえば前作『Perfect Future』(’08)では、
ドラム茂木欣一と元KEMURI伊藤ふみおがボーカルを務めた2曲がアルバムの序盤と終盤に配置され、
全体に華やかさを添えていた。
今回の『PARADISE BLUE』においても、<Routine Melodies>や<そばにいて黙るとき>、
サッカーの応援曲で有名な<You’ll Never Walk Alone>のカバーなど、歌詞付きの曲はあるにはあるが、
全てメンバーによる合唱であり、ボーカル曲というよりもインスト曲である印象が強い。
全体として渋い、ビターなアルバムだ。


彼らはここに来て、一度シンプルなスカバンドに立ち返ろうとしているように見える。
冷牟田の脱退、そして20周年という節目を迎え、あえてありのままのスカパラで勝負に挑んできたのだ。
僕は、1回目に聴いた時はまだ五分五分、くらいだったのだけれど、
2回目を聴き終わって完全にノックアウトされた。2ラウンドKO負けである。

最初に聴いた時には、これまでの印象との食い違いがあって、いまいちピンと来なかった。
だが2回目には一変。
個々に独立していた曲と曲が耳の中で急にくっつき始め、全12曲がひとつなぎになって聴こえてきた。
特に中盤がすごい。
4曲目<Heaven’s Door>から9曲目<Already Steady>までは、まるで怒涛のメドレーである。

とにかくブレというものがない。
これまでのようなゴージャスなアレンジをしなくたって、どんなメロディーも手なずけてやる。
ジャケットに映る彼らの姿には、そんな余裕たっぷりの自信のようなものが窺える。

『PARADISE BLUE』が聴かせるドライ&ビターなサウンドはスカパラにとって、
スカバンドとしてのキャリアの一つの到達点でもあり、新たなスタートを切る宣言でもあるのだ。







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akiko 『LITTLE MISS JAZZ & JIVE GOES AROUND THE WORLD!』

jazz&jive





ニューヨークの街角へと連れ出してくれる
陽気で華麗なジャイヴのリズム


音楽にはそれぞれ、聴くのにもっとも相応しい時間帯というものがあると思う。
たとえば平日の朝にこってりしたブルースは聴きたくない。
これから仕事、という時間には美しいクラシックや優しいカントリーミュージックをかけて、
憂鬱な気分を少しでも解きほぐしたい。
こってりブルースはむしろ夜寝る前、週末は昼からロックをかけてハイになる、といった具合に、
生活のリズムや心理に合わせてフィットする音楽は変わるものだ。

ジャズ、はどうだろう。
一口にジャズといっても硬から軟まで幅広いが、
たとえば朝に牛乳とトーストを食べながらマイルス・デイビスを聴く、というのはちょっと想像しづらい。

ジャズはやはりお酒とともに楽しむもの。夜の音楽という気がする。
くたびれた肉体と神経をまとった夜の感性に、スッと染み渡る音楽として、
ジャズ以上のものはないのではないか。


と、言いつつ、今回紹介する『LITTLE MISS JAZZ & JIVE GOES AROUND THE WORLD!』は、
昼間どころか朝起きてすぐにだって聴けるジャズアルバム。
オールラウンドプレイヤー的1枚なので是非おすすめしたい。
日本人ジャズボーカリストakikoが2005年にリリースしたアルバムだ。

この人、デビュー以来ずっと英語詞の歌を歌っていて、
その発音があまりに上手いので、きっと英語圏の国で生まれて本場のジャズの中で育ってきた、
「日本人の顔をした外人」なのだろうと思っていたけれど、実は埼玉県出身。なんだか親近感。

しかし彼女の経歴と実力は折り紙つき。
所属するヴァーヴ・レコードは、
チャーリー・パーカーやビル・エヴァンス、デューク・エリントンなども在籍していた米国の老舗ジャズレーベル。
日本人アーティストでヴァーヴに所属したのは彼女が初めてである。

2001年、そのヴァーヴからリリースした『Girl Talk』でデビューしたakikoは、
その年のジャズ部門の新人賞を総ナメにする。
当時弱冠25歳。
だがすでに歌声は垢抜けていて、大物感が漂っていた。

デビューアルバムはオーソドックスなソフトジャズだったが、
2枚目以降はフュージョンやビバップ、さらにはハウスなどを取り入れて、
アルバムごとに異なる音楽を追求してきた。
ちなみにこの『LITTLE MISS JAZZ & JIVE GOES AROUND THE WORLD!』の次に出したアルバムでは、
なんとサンバやボサノヴァにまで手を出している。
なのでジャズボーカルというよりも、ジャズをベースとしたマルチ・ボーカリストといった方が適当かもしれない。

そのakikoがこのアルバムでチョイスしたのは、タイトルにもあるとおり、ジャイヴである。
ジャイヴとは、いわゆるスウィング・ジャズのこと。
大人数編成のバンドによって演奏されるジャズのひとつで、
座って聴き入るようなソフトなジャズと違って、踊って楽しむダンスミュージック的性格が強い。
映画『スィングガールズ』で主人公たちが演奏していたヤツ、といえばわかりやすいだろうか。
有名な<A列車で行こう>なんかはジャイヴの代表曲だ。
パワフルなリズムとノリの良さが、どんな時に聴いても気持ちを陽気にしてくれる。

ジャイヴはとにかく華やか。
このアルバムでakikoは、【Little Miss Jazz & Jive】という一人の貴婦人に扮している。
彼女の住む世界は20世紀前半あたり、
夜のニューヨーク、ガス燈が灯り多くの人で賑わうメインストリート、といったところだろうか。
【Little Miss Jazz & Jive】が聴く者をレトロで華やかな風景へと誘う、
そんな演劇的な部分もジャイヴという音楽にはぴったりだ。
こういった遊戯的な世界観は、プロデューサー小西康陽(ピチカート・ファイヴ)の面目躍如である。


実は、このアルバムを聴いて、ジャズをテーマにした芝居を作ろうと考えたことがある。
4年近く放置したままだったそのアイディアを引っ張り出して、
ジャズをロックに変えて作り直そうとしているのが、
theatre project BRIDGEの次回公演『七人のロッカー』なのである。








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相対性理論 『ハイファイ新書』

HiFiAnatomia




都市風景をなぎ払い、永遠をあぶり出す
相対性理論の壮大な挑戦


話題のバンド、相対性理論の2枚目となるアルバム。

結成は2006年というから、まだ生まれたてのバンドと言っていい。
07年にリリースした5曲入りミニアルバム『シフォン主義』が話題となり、翌年には再発売。
自主制作盤ながらタワーレコードのインディーズチャートで1位になったり、
08年の年間ベストアルバムセレクションに選ばれたりと、人気に火がつく。
そして09年1月、満を持してリリースされたセカンドアルバムが、この『ハイファイ新書』だ。

メンバーは、やくしまるえつこ(ボーカル)、真部脩一(ベース)、
永井聖一(ギター)、西浦謙助(ドラム)の4人。
だが素顔を一切露出していないため、顔はおろか年齢すらよくわからない。
曲はすべてベースの真部が手がけている。

チャンネルをテレ東に リモコン持ったら速やかに
フルカラーのまたたきが ブラウン管からあふれだす

アルバム1曲目<テレ東>の冒頭の歌詞である。
日常的で無機的な単語、つまり詩的言語とは正反対の言葉を組み合わせて作られた歌詞を、
ボーカルやくしまるえつこが感情を込めないウィスパーボイスで歌う。
一口で言えば非常にサブカルチャーな匂いの強いサウンドで、
初めのうちは単に奇を衒っただけのよくありがちなバンド、と見なしてしまう。

だが、2回3回と聴いているうちに、なんだかクセになってくる。
サブカルというだけで終わってしまう凡百のバンドとは、どこか違う。

わたしもうやめた 世界征服やめた
今日のごはん 考えるのでせいいっぱい
もうやめた 二重生活やめた
今日からは そうじ 洗濯 目一杯
                 <バーモント・キッス>

とにかく歌詞世界は全曲こういった具合である。
だが、一見すると支離滅裂に見える言葉の羅列からは、聴き進むにつれて、ある情感が湧いてくる。

一つひとつの単語はいわば、
高層ビルや行き交う人の群れ、駅や道路といった無機質で刹那的な都市の風景だ。
過剰ともいえる言葉の羅列は都市風景を次から次へと映し出し、
やがてホワイトアウトするように全てが崩れ去る。
そして浮かび上がるのは、「永遠」というキーワードだ。
大量の無意味が逆に意味を生み出すように、刹那的風景の氾濫の中から、
永遠という名の風景があぶり出されてくる。
 
抑制の効いたハイファイサウンドも、やくしまるのウィスパーも、
全ては永久なるものへの憧れに聴こえる。


『シフォン主義』もこの『ハイファイ新書』もどちらもオススメだが、
質は圧倒的に『ハイファイ新書』の方が高い。
逆に言えば相対性理論はわずか2枚目ですでに相当な高い領域へ片足を踏み入れたことになる。
研ぎ澄まされた『ハイファイ新書』を先に聴いてから、
荒削りだが勢いのある『シフォン主義』を聴く、という順番がいいかもしれない。






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映画『千年女優』

千年女優
たった一度会っただけの「彼」を追って
どこまでも突っ走るラブストーリー

 
 今敏監督のアニメ映画『千年女優』は、爽快感のあるラブストーリーだ。

 物語は、30年前に映画界を引退した女優、藤原千代子が自身の半生を振り返るという形で始まる。太平洋戦争前夜、女学生だった千代子は雪の降る学校の帰り道、ある青年と出会う。彼は警察に追われており、千代子は咄嗟に自宅に匿う。

 だが翌日、千代子が学校へ出かけている間に、青年はいなくなる。特高に隠れていることがばれたのだ。千代子は彼に一目会おうと駅へ向かって走る。息を切らしてホームに駆け込む。彼の乗り込んだ列車は動き出したところだった。千代子は列車を追う。が、追いつかない。

 千代子の脳裏に、昨夜交わした彼との約束が蘇る。「助けてくれたお礼に、いつか君を僕の故郷へ連れていこう。僕の故郷はとても寒いところでね、今の季節は辺り一面雪になるんだ」。遠く離れていく列車を見つめながら、千代子はいつか必ず彼に会いに行こう、そして約束を果たそうと心に決める。

 その後の千代子の人生は、青年を追うことに費やされる。映画界に入ったのも、このことがきっかけだ。満州でロケをする映画に出演を依頼されたのだ。彼の故郷は寒いところ、それは即ち満州ではないかと千代子は考えたのだ。奇しくもそのデビュー作で彼女が演じたのは、思い慕う男性を追って大陸へ渡る少女の役だった。

 満州で青年を見つけられず失意の千代子をよそに、女優藤原千代子は一躍スターダムに躍り出て、次から次へと映画に出演する。幕末の京都を舞台にした時代劇では、新撰組に追われる「彼」を逃がす町娘の役。戦国時代を舞台にしたアクション映画では、敵に捕らわれた「彼」を助けるためにくの一に身をやつす某国の姫の役。千代子が演じるのはいつも、一人の男性を追いかける女の子の役だ。千代子の演じる役と千代子自身の人生が重なり、溶け合い、映画『千年女優』は浮遊感と疾走感を帯び始める。

 太平洋戦争は終わり、戦後の復興に伴って映画界は黄金期を迎える。千代子は中年と呼ぶべき年齢に差し掛かった。初めて彼に会ったあの日から、もう何十年も過ぎている。その間に千代子は幾度となく涙を流し、苦しんできた。それでもなお、千代子は「彼に会いたい」という気持ちを失わない。

 映画中盤、千代子は叫ぶ。「こうしている間にも私はあの人のことをどんどん好きになっていく。毎日毎日、私はあの人のことをどんどん好きになる!」。

 人を好きになることに理由などなく、「好きだから好きなんだ!」ということしかない。『千年女優』の素晴らしい点は、限界ギリギリまでスピードをあげたメタフィクションという手法で、人を好きになる気持ちそのものを観客に伝えきってしまうところだ。「一目会っただけの人を何十年も好きでいるなんてウソだ」などという突っ込みを抱くどころか、過剰な設定がむしろ清々しさを生んでいる。


 最後に出演した映画で千代子が演じたのは、「彼」を追って何十光年もはるか彼方に向けて旅立つ女性宇宙飛行士の役だった。1度出発したら2度と帰ってくることのない旅。だが、彼女の顔は笑っている。「今度こそ彼に会える」という期待を胸に、千代子を乗せたロケットは地上から切り離される。

 ところで、肝心のあの青年がその後一体どうなったのか。実はラストシーン近くで、答えは明かされるのだ。千代子はその答えを知らない。そしてこの答えをどう思うかは、観る者によって違うだろう。

the pillows 『PIED PIPER GO TO YESTERDAY』

PIED PIPIER YESTERDAY





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ピロウズの2本のライヴを収録した、2枚組DVD。
今年結成20周年を迎えるピロウズが、
「LATE BLOOMER SERIES」と題して送るアニバーサリー企画の第一弾としてリリースされた。

1枚目に収められたのは、
彼らが2007年暮れに行った「TOUR LOST MAN GO TO YESTERDAY」のライヴ。
2枚目は、08年の「PIED PIPER TOUR」のライヴ。会場はどちらもZepp Tokyoである。

収録曲は1枚目が25曲、2枚目が27曲と盛り沢山なのだが、
両ライヴで重複しているのがわずか2曲しかない。
つまり計50曲に及ぶ彼らの演奏が収められている。しかもそのうち1曲はCD未収録の新曲だ。

また、「LOST MAN〜」は過去のシングル及びカップリング曲をメインに演奏したベスト盤的ツアー、
「PIED PIPER〜」は最新アルバムの曲をメインに演奏したツアーと、ライヴのコンセプトにも重複がなく、
これまでのピロウズと現在のピロウズという観点からも楽しむことができる。
2枚目には楽屋風景などの特典映像も入っており、質量ともに豪華なDVDだ。


大好きなバンドはたくさんあるのだけど、ピロウズは僕が世界で一番好きなバンドで、
あまりに好き過ぎて何をどこからどう書いていいかわからないくらいにもう本当に好きなのである。

「○○が好きなんだよ」と言い続けると、十中八九聞かれるのが「○○のどこが好きなの?」という質問。
だがこの問いかけは、○○を好きで好きで仕方がない当人にとっては拷問に近い。

あれこれ好きな理由を考えてみるのだけれど、どれもが想いに不十分。
それどころか「ここが」「あれが」と細分化することに罪の意識すら感じてしまう。
だけど相手にもその○○を気に入って欲しいからなるべく上手に説明したい。
だから内心では「好きな気持ちに理由なんかねえ!」と思いつつ、「全部が好き!」と答えて、
「ああ、きっと伝わってねえなあ」という悔しさを噛みしめるしかない…。

だからピロウズも、どうして好きなのか、どこが好きなのか、納得できる表現が、どうもできないのだ。


僕が彼らと出会ったのは2000年だから、もう10年近くも前のことになる。
もちろん、毎日欠かさず聴いているわけではない。
時には何ヶ月も聴かないこともある。
けれど出会ってから今日に至るまで、僕はずっとピロウズとともにあった。

彼らの20年間のキャリアは、決して順風満帆だったわけではない。
メンバーの離脱や、音楽性の模索、思ったような評価が得られない時期を経て、
ゆっくりとゆっくりと支持を広げていった。

ボーカル&ギターでありソングライターの山中さわおは、自身の感じることをそのまま歌にしてきた。
だからピロウズの楽曲には、彼の揺れ動く感情とバンドが過ごしてきた時間の全てが詰まっている。

その不器用なまでの生々しさに、僕は何度となく救われた。
詞のなかに登場する「僕」は僕のことであり、メロディはいつも僕の心の輪郭をなぞっていた。
ピロウズの歌は、僕の歌でもあったのだ。だから「どこが好きか」なんて、上手く説明できないのだ。


今後もこのブログでピロウズを紹介していきたい。







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