suneo f
見つからないとわかっている探し物を
それでも探し続けるように


 スネオヘアーを、僕は長い間“食わず嫌い”だった。スネオヘアーこと渡辺健二がメジャーデビューしたのは2002年。当時から名前は知っていたのだけれど、そのあまりにシュールなアーティストネームから、「どうせヘンな音楽だろう」と高を括っていて、そのうち存在すら忘れてしまった。そんなスネオヘアーを、初めてきちんと聴いたのがこの、05年にリリースされた3枚目『フォーク』。

 シンプルなメロディーと淡く切ない歌詞、ギター・ベース・ドラム・鍵盤という削ぎ落とされたサウンドが紡ぎ出す全11曲57分間の世界は、とにかく美しい。個性が強いタイプではないけれど、不自然な力みや押し付けがましさのない静かな美しさには、じわじわと感情が揺さぶられ、圧倒される。

 「ヘンな音楽」だなんてとんでもない。スネオヘアーは極めて「ストレート」なアーティストだった。

「どうしてそんなに簡単にわかりあえてしまうのだろう」
「そんなにも簡単に好きになんてならないで」

と歌った後で、
「そんなにも簡単にさよならなんて言わないで」
と呟く、アルバムタイトル曲<フォーク>。

 このアルバムで彼が歌うのは、失恋であったり他人との誤解であったり周囲に理解されない淋しさといった、極々パーソナルな心情である。他人にとっては取るに足らない些細なエピソードも、本人にとっては今も抜けない棘のように、チクリチクリと忘れた頃に痛み出す。そんな、自分と世界との埋めようのない溝に対する苛立ちが歌われている。

 ここまでは取り立てて珍しくも目新しくもない。むしろこれらは、半世紀以上にわたってロックが描いてきたメインテーマの一つだ。だが、このアルバムが古臭くないのは、世界への苛立ちを感情のまま叫ぶでも朗々と歌い上げるでもなく、クールで突き放したような声で歌う点にある。

 冷め切った目線に、少しの熱さも持ち合わせないボーカル、愛を歌いながらも希薄な他人の存在感。曲調や歌詞の内容に関わらず、スネオヘアーはなにか大事なものを諦めてしまったような、そんな空気を纏っている。「どうしてそんなに簡単にわかりあえてしまうのだろう」と安易な人間関係を拒絶して真の理解を求める気持ちを歌いながらも、彼の心の奥底には、まるで「きっとそうはならないんだろうな」と言わんばかりの深い悲しみが見え隠れするのだ。

 だが、このアンビバレンツこそが現代のリアルと呼応する。「希望」と「空想」とが限りなく同義に近くなった今日の閉塞感のなかでは、願いを願いのまま口にすることは“痛い”行為でしかない。夢や希望を本気で語るのであれば、「そんなものどこにもないんだ」という諦めを前提として、その相反する2つの感情に引き裂かれることを覚悟しなければならないのだ。

 だからこそ、クールで白けているようにも見えるスネオヘアーの佇まいは、リアルに戦う者のファイティングポーズなのである。見つからないとわかっている探し物を、それでも探し続けるような、真面目でひたむきな彼の音楽は、21世紀仕様へとアップデートされた、紛れもないロックミュージックなのである。


アルバム1曲目<ストライク>PV。本文の本旨とは若干ずれる曲なのだけど、いい曲です。終盤に出てくる救急隊員がスネオヘアーこと渡辺健二本人