sanosanji
救助の瞬間から始まった
遭難者の再生の物語


 『おろしや国酔夢譚』を読んでからというもの、冒険や遭難、海といったキーワードに敏感になっている。先々週紹介した『王国への道』もそういった興味から手に取った本だ。そして今回紹介するのは、現代の海洋遭難を扱った本。

 1992年12月、年をまたいで行われる日本からグアムへのヨットレースに、佐野三治は6名の仲間と挑戦した。油壺から出航して3日後の夜、彼ら7人を乗せた「たか号」は転覆する。その後27日間、著者は太平洋上を漂流し、生還する。この本はその手記である。

 遭難は海の場合と山の場合と大きく2つに分けられるが、どちらの方がより怖いかと言われれば、海での遭難だろう。山は自分の足で自由に歩けるが、海の上を歩くことはできない。山の中で呼吸はできるが、海の中で呼吸はできない。人間が根本的に生存を許されない世界に放り出されるのだから、著者の感じた恐怖はどれほどのものかと思う。食べ物も水も無い、自分がどこにいるかすらわからない、なのに死は確実に忍び寄ってくる。そのような状況で人は何を思うのか。

 7人のクルーのうち、転覆した瞬間に蛇輪を握っていたクルーは、沈没する船とともに沈んでしまう。残された6人は、ライフラフトという屋根のついたゴムボートで脱出する。食料は1日につき6人でビスケット1枚。水もほんのわずかしかない。最初のうちはお互いを励ましながら、救助の瞬間を待っていた。だが身体の衰弱を止めることはできない。

 漂流して12日目、ついに死者が出る。クルーのリーダー的存在だった人だ。そこから一気に死が続く。13日目に3人、そして18日目、5人目の死者を水葬にすると、ついに筆者は一人になる。

 その後9日間、たった一人で漂流を続けた後、フィリピン船籍の船に発見されるのだ。計27日。およそ1ヶ月間、死と隣り合わせのまま、海の上を漂い続けたのだ。

 ライフラフトから引き上げられ、フィリピン船の甲板に下ろされた瞬間、著者は「助かった」ではなく「終わった」と思ったという。

 この手記はここでは終わらない。本の後半は、救助された後のことが綴られている。病院でのリハビリ、マスコミの報道。特にクルーの遺族との対面と、そこに至るまでの著者の葛藤には多くの紙面が割かれている。「自分だけが助かった」という事実が、遺族との対面を前にした著者の胸に重く、時に罪悪感となってのしかかる。

 著者一人だけが助かったことはもちろん、そもそもの「たか号」の転覆事故も、言うまでもなく偶然である。だが、不運な事故と生還という僥倖が、罪などあろうはずのない著者に、一生外せない十字架を背負わせた。コップ1杯の水の美味しさ、ベッドで眠れる安らぎ。そういった著者にしか触れられない喜びがある一方で、著者にしか抱えられない苦しみもあるのだ。

 運命という言葉をかけてあげたくなる。「生きて帰れたのだから、それでいいじゃないか」と言いたくなる。だが、遭難、そして生還という「不条理」を受け入れていく帰国後の彼の生活には、他人には立ち入ることのできない厳しさがある。だが、苦しみながら新たな人生を再生させていく著者の姿には、普遍的な感動がある。

 この本は遭難から救助にいたるまでの冒険譚ではない。救助の瞬間に呟いた「終わった」という言葉を境にして始まった、筆者の再生の物語だ。


※次回更新は8月24日(月)予定です