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最初に聴いてはいけない?
試行錯誤する4人が記録されたデモ音源集


先週の水曜日、9月9日に全オリジナルアルバムのデジタル・リマスター盤が
世界同時リリースを迎えたビートルズ。
午前0時の発売開始に合わせて店頭に行列ができたり記念イベントが開催されたり、
新たなトリビュート盤が発表されたり特集番組が放映されたりと、
解散後40年近く経ったグループとは思えないような盛り上がりを見せている。

この機会にこれから“The Beatles”を聴いてみよう、という人も多いはず。
だがそうなると難しいのが、「どのアルバムから聴けばよいのか」というシンプル且つ切実な問題である。

当たり障りなく『1962〜1966(赤盤)』『1967〜1970(青盤)』や
『1』あたりのベスト盤から聴くのが妥当なのだろうが、これらはあくまで「サワリ」の部分に過ぎない。
イントロだけを聴いて満足してしまうのはあまりに勿体ないと、
ファンとしては身悶えするように思うのである。

かと言っていきなり『THE BEATLES(ホワイト・アルバム)』や『ABBEY ROAD』から入っていくというのも、
暴挙というと言い過ぎだが、チャレンジングすぎる気がする。
両アルバムはビートルズの軌跡を順に追っていってこそ初めて真価が味わえる作品だ。
お酒を飲んだことのない人にいきなりビンテージもののウイスキーを飲ませても、
味がわかるどころかむしろ拒絶反応を起こしてしまうように、
聴く順番を間違えたことでビートルズそのものを放棄してしまいかねない。
これはこれでやはりファンとしては身悶えする。

ビートルズの素晴らしさ、それはやはり曲の美しさ、曲に込められたアイディアの豊かさである。
そして同時に、アルバムごとに変遷する音楽性の変化とその振れ幅の巨大さ、
つまり「ビートルズ」という名の物語の奥深さである。
200曲以上の公式発表曲一つひとつが異なる輝きを放っており、
そして全てが物語に欠かせないピースなのである。
それゆえベスト盤などは所詮上っ面でしかなく、後期のアルバムから聴いても冗長に感じてしまうのだ。


僕自身も苦い経験がある。
1995年、『アンソロジー1』という2枚組のアルバムがリリースされた。
目玉はジョンの遺したボーカル音源に他の3人が加わって作られた
ビートルズ名義での“新曲”<Free As A Bird>が収録されたことで、
確か本国イギリスでは予約だけで売上記録を塗り替えたかなんだったか、
とにかく鳴り物入りでリリースされたアルバムだ。
当時僕は中学生、「洋楽」そして「ビートルズ」というものへの興味が急速に湧き始めていた頃だったので、
期待に胸を高鳴らせてこの『アンソロジー』をCDプレーヤーにセットしたのである。

だが、いざ聴いてみるとガッカリだったのだ。
なんだか音は汚いし、誰なのかよくわからない人の喋りが入っていたりするし、退屈だったのである。
実は『アンソロジー』というのは活動初期の未発表テイクやレアなライヴ音源ばかりを集めた、
要はマニアは大喜びだけど、ビギナーには退屈極まりないという代物だった。
だが、そんなことは知る由もない僕は、
大人たちがあんなに盛り上がってるビートルズというのはこんなものなのかと急速に熱が冷め、
結局その後数年間にわたってビートルズを投げ出してしまったのだ。

聴く順番を間違った。
それはそうなのだが、それ以前に僕は多分、
実際の音を聴く前から「ビートルズ」というものへの期待や思い込みを
無意識のうちに育てすぎていたのだと思う。
巨大であるがゆえに、肝心の音楽よりも伝説や功績に触れる機会の方が多いのがビートルズだ。
前評判が異様に高ければ、それだけ自分のなかに見当ハズレな幻想が膨らんでしまう。
僕が『アンソロジー』1枚を聴いただけでビートルズそのものを諦めてしまったのは、
期待との落差が激しすぎたからで、アルバムが悪かったからではないのである。

「ビートルズ」という看板の大きさ、そしてそこから生まれる過剰な期待や思い込み。
後発世代の僕らがこれからビートルズを聴こうとするときにもっとも厄介なのは、
聴く順番よりもむしろそういったものなのではないかと思う。
(この文章もそういった期待を煽ることに一役買っているかもしれないと考えると心苦しいのだが)

フォローをするわけではないが、『アンソロジー1』はものすごく面白い。
ビートルズを知った上で聴けば、という条件付になるのだが、めちゃくちゃ面白い。
 
特に目を(耳を)引くのが多数収録されたデモ音源で、
ここにはそれぞれの曲が完成する前の姿、
つまり4人がスタジオで試行錯誤している過程が記録されているのだ。

例えば<Eight Days A Week>のイントロやコーラス、
<No Reply>のアレンジやリズムは、
制作段階のものと公式に音源化されているものとではまったく違っていたことを知ることができる。
さらに、はるか後年『LET IT BE』に収録された<One After 909>がすでに初期の時点で完成していたり、
ジョージの持ち歌<Roll Over Beethoven>をここではジョンが歌っていたりと、
新たな発見に満ちた音源がびっしりと詰まっている。

次回はまた別のビートル・マニア向け音源『Live at the BBC』を紹介しながら、
今回のデジタル・リマスター盤に関するレビューと、
結局のところどのアルバムから聴けばよいのか、について書きたいと思います。


<Free As A Bird>のPV。これはビートルズ解散後にジョンが録音した未発表音源にポール・ジョージ・リンゴが参加して完成させた「ビートルズ」としての新曲。当時通っていた塾の先生が夫婦そろってビートルズファンで、先生は「これはビートルズじゃない!」と言い、奥さんは「これぞビートルズ!」と言っていた。僕は当時よくわからなかったけど、今の耳で聴くと、はっきり言える。これはビートルズ!



※次回更新は9月24日(木)予定です