kei kobayashi
「ホワイト・クリスマスを夢見てる 
 昔この目で見たような」

―“White Christmas”

 劇団の公演は毎年11〜12月。公演が終わると、それを合図に僕はあることを始める。CD棚の隅からクリスマス・アルバムの束を取り出して、プレーヤーの側の“スタンバイ位置”へと移すことだ。

 <White Christmas>や<Winter Wonderland>、そういうクラシックなクリスマス・ソングが僕は大好きだ。本当は一年中聴いていたいくらいなのだが、それをやってしまっては「マナー違反」だろう。なので公演の終わりを“解禁日”として、僕は一年でこの季節にしか聴けない曲たちに、CDプレーヤーを占拠させるのである。

 毎年、最初に聴くアルバムをどれにするか迷うのだが、大体いつもこのアルバムに落ち着いてしまう。日本人男性ジャズ・ボーカリスト、小林桂が2001年に発表したクリスマス・アルバム『wonderland』。

 ジャズ・ミュージシャンがクリスマス曲をカバーしたアルバムはたくさんあるが、アレンジがジャズに寄り過ぎていて肝心の曲そのものは原形を留めないほどに崩されてしまう、そんなのが大体のパターンである。アイディアとしては面白いと思うものの、所詮は長く聴くことのできない“一発屋”であり、クリスマス・ソングを愛する者としてはいただけない。

 その点、この『wonderland』はアレンジが良い。ジャズ的な部分は風味を利かせる程度に抑えられて嫌味がなく、あくまで歌とメロディを聴かせようとしている。選曲もツボを得ていて、スタンダード・ナンバーを厳選しているだけでなく、ところどころの楽器ソロに<ジングル・ベル>や<I saw mommy kissing Santa Claus>のメロディーが隠してあったりして、なかなかニクイ。小林桂のスモーキーでハスキーな歌声も、イージー・リスニングと呼ぶのが躊躇われるような、ずっしりとした聴き応えがある。素朴で洗練されたクリスマス・アルバム『wonderland』、おすすめです。


 よく、「アメリカ人にとってのクリスマスは、日本人にとってのお正月のようなもの」と言うけれど、それは果たして正しい例えなのだろうか、と思う。もはや滅んでしまった羽子板凧揚げ。下品な番組ばかり放送するテレビ。バカの一つ覚えのように街中そこかしこから聞こえてくる、あの琴の音。ただの連休の一つに成り下がった日本のお正月に比べて、アメリカのクリスマスはしっかりと生活文化に根付いている。

 小学生の時、僕はアメリカのクリスマスを体験した。近隣同士がまるで競い合うように飾り付ける家々の庭の電飾。クリスマスカードやツリーの飾り、ケーキやチキン、そういったグッズで溢れかえるお店。クリスマス時期のアメリカの街は、住人たちが力いっぱい楽しもうとする、祭のような熱気に包まれていた。その光景は子供心ながらに感動的で、そういう文化があることに羨ましさを覚えた。

 特に僕の住んでいたボストンという都市は、アメリカのなかでも音楽の盛んな街で、教会の門の前で歌う聖歌隊や街角で演奏するバンドをよく目にした。商店が立ち並ぶ近所の目抜き通りは、イブの夜になると自動車が通行止めになり、そこに街中の人が集まってみんなで大騒ぎをした。僕も友達と一緒に、サンタクロースにもらったキャンディーを舐めながら、バンドの演奏を眺め、街の聖歌隊と一緒に歌を歌った。

 以上の話、「要はただの自慢話じゃねえか」と言われそうだが、確かに子供の頃にああいう得がたい体験をできたことは自慢なのかもしれない。「クリスマスにはクリスマス・ソングを」という直観。これはあの頃ボストンで目にした光景の一つひとつが、帰国後も消えずに胸の奥で醸造されて出来上がったものなのだろう。その結果として、今こうして部屋で一人きりでクリスマス・アルバムを楽しんでいるという状況が、20代男子として果たして幸せかどうかは別として・・・。