今月読んだ本のなかから、特に印象的だった5冊を紹介します。

『夢枕獏の奇想家列伝』 夢枕獏 (文春新書)

 時代の流れや当時の常識に抗い、知的好奇心の赴くままに巨大な行動を起こした人――“奇想家”の功績とその生涯を、作家夢枕獏が案内人となって紹介する本。
 選ばれたのは玄奘三蔵、空海、安倍晴明、阿倍仲麻呂、カナン、河口慧海、平賀源内の計7人。アヤしさと謎に満ちたこのラインナップは、なんとも夢枕獏らしい。文章はいたって平易なのでスラスラと読めてしまうが、一人ひとりに対して深く突っ込んだ考察と物語作家らしいユーモアのある洞察がなされていて読み応えはたっぷり。


『アポロ13号 奇跡の生還』 H・J・クーパー (新潮文庫)

 映画『アポロ13』では、事故発生から帰還への一連の経緯は、2時間の尺に収まるようサラッと描かれていたが、実際の現場は、当然のことながら映画とは比較にならないほど過酷なものだった。
 前例のない予想外の事故だったため、準備されていた事故対応マニュアルは役に立たず、クルーと管制官たちは限られた時間と物資のなかから、地球へ帰還するためのアイディアをひねり出さなければならなかった。それも、ミスが即クルーの死につながるというプレッシャーのなかで、である。
 訳者の立花隆は、「アポロ11号を月に着陸させたことよりも、アポロ13号を無事に地球に帰したことの方が、真に偉大な功績である」と、この本の前書きで述べている。その現場で行われていた作業を事細かに記した、迫真のドキュメンタリー本。


『日露戦争 もうひとつの「物語」』 長山靖生 (新潮新書)

 明治時代、日本社会に空前の出版ブームが起きる。近代化の波に乗り、新聞や雑誌が相次いで創刊されたのだ。
 そんななかで日露戦争は勃発する。新聞はこぞって最新の戦局を報道し、雑誌は戦争を題材にした小説を掲載した。そして、それを読んだ人々は、内地にいながらも戦争への参画意識を高めていった。
 日露戦争は、「情報」というものが世論形成や国家のイメージ戦略に大きく関わったという点で、極めて現代的な戦争だったのである。この本は、報道や出版という切り口から日露戦争下の日本社会を捉えたユニークな論文。当時の活気ある社会の様子が手に取るように伝わってくるとともに、昭和期に入り日本に正気を失わせたのは決して一部の軍人だけではなく、社会心理にも原因があったことを示唆している。知的興奮に満ちた本。


『旧皇族が語る天皇の日本史』 竹田恒泰 (PHP新書)

 筆者は明治天皇の玄孫(孫の孫)にあたる旧皇族。タイトルはまるで暴露本のようだが、中身は日本史の全通史を、天皇と皇族に焦点を当てながら追うという、至って硬派なもの。
 天孫降臨から始まり、謎の多い古代の大和王権を経て、飛鳥から平安という天皇にとって華やかな時代があり、武家政権が誕生すると一転天皇家は受難の時代に突入、そして明治維新で近代国家の統治者としての時代に入る。というように、改めて見ると天皇の歴史には実にいろいろなドラマがある。常に時代に翻弄され続けてきたわけだが、それが今日に至るまで絶えることなく血統が続いていることに感動を新たにする。「天皇は日本国の象徴」という憲法第一条の文句が、この本を読むと俄かに実感が湧いてくる。
 巻末に付録された、著者と鄂痢覆箸發劼函某堂Δ箸梁价未本編以上に刺激的!


『空港にて』 村上龍 (文春文庫)

 村上龍が2003年に発表した短編集。コンビニや居酒屋、カラオケ、空港など、日本のどこにでもある場所を舞台に、人生に行き詰まりを感じている登場人物たちが、閉塞感を打破しようと新天地を求めて今いる場所から脱出する様を描いている。
 『希望の国のエクソダス』において、村上龍が登場人物の中学生の口を借りて語った「この国には何でもある。ただ、希望だけがない」という一節は、当時20歳前後だった僕にとって非常に衝撃的だった。
 60、70年代の日本は、今よりもはるかにモノも情報も乏しかったけれど、「将来はきっと今よりも良いものになる」という思いを皆が共有していた。だが、高度成長を遂げて暮らしが豊かになると、逆に希望がぽっかりと消え失せた。誰も飲んだことのないようなヴィンテージ・ワインや、高級家具、ブランド品といったもので、人は自らの満足感を得るしか方法がなくなったのである。
 この国に欠如した希望というものを、現代日本文学は考え、提出していかなければならないと村上龍はいう。そしてその創作姿勢を具体的に作品化したのがこの『空港にて』である。非常にシンプルな素志をもった小説。
 村上龍を読むのはおそらく5,6年ぶりだったのだが、久々に読んだのがこの本でよかった。