9784163760704

「贋」だからこそ見えてくる
キャパの新たな物語


先日、横浜美術館で開催されていた
「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展に行ってきました。

世界で最も有名なカメラマン、ロバート・キャパ。
しかし、若き日の彼に、公私にわたってパートナーを務めた、
ゲルダという女性がいたことは、あまり知られていません。
まだ駆け出しカメラマンだった20代前半のキャパの恋人であり、
同時にマネージャー的存在でもあったのがゲルダです。
そもそも「ロバート・キャパ」という名前自体が、
キャパことアンドレ・フリードマンとゲルダの2人で考え出した、
架空のアーティストネームでした。

ゲルダは元々は学生でしたが、アンドレと出会ったことで自身も写真を撮るようになります。
その後、ゲルダはカメラマンとして独り立ちしますが、
最初期の頃は、2人が別々に撮った写真を、
まとめて「ロバート・キャパ」名義で発表したりもしていたのです。
ゲルダの写真とキャパの写真とを分けて展示するのは、
日本では今回の「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展が初めてだそうです。

展覧会は、まずゲルダの写真展を見た後に、
キャパの写真を見るという構成でした。
しかし、後半のキャパの写真展があまりにすごすぎて、
正直にいうと、最初に見たゲルダの印象はほとんど残りませんでした。
キャパの写真は、もうなんていうか完全に別格。
1枚目の写真(デビュー作の、あのトロツキーの演説写真)からして、
もう全然空気が違う。
キャパの写真は全部で193点も展示されていたのですが、
大げさではなく、僕は全部の写真にずーっと鳥肌が立ちっぱなしでした。

さて、今年はキャパの生誕100周年にあたります。
今回の展覧会はじめ、今後もいろんな企画が催されるのだろうと期待しているのですが、
そんなアニバーサリーイヤーの初っ端である2月、
キャパに関する衝撃のドキュメンタリー本が出版されました。
それが、沢木耕太郎の『キャパの十字架』。

1936年、キャパがスペイン内乱の取材の際に撮影した写真「崩れ落ちる兵士」。
銃弾に撃たれた兵士が、今まさに崩れ落ちようとしているその瞬間を収めたこの写真は、
米グラフィック誌『LIFE』に掲載されるなどして、
無名だったキャパを一気に「世界一の戦場カメラマン」として有名にしました。

しかし、この写真については、
かねてからその真贋を問う議論がありました。
「撃たれた瞬間を狙って撮る」なんてことが、本当にできるのだろうか、と。
沢木耕太郎の『キャパの十字架』は、
この真贋問題に対して、ものすごく衝撃的な一石を投げかけます。
曰く、「これは撃たれた瞬間などではなく、演習中の兵士が偶然転んだ瞬間を、
しかもキャパではなく、ゲルダが撮った写真だ」と。

本書には、この結論に至るまでの、
沢木耕太郎の綿密な取材と検証が記録されています。
スペインには3度も足を運び、
写真に写っている「雲」の形に注目することで、
実際に写真が撮影された場所を割り出します。
同時に、キャパとゲルダが使っていたとされる当時のカメラの「画角の違い」にメスを入れ、
さらには、人体模型を使って写真に映る兵士の「影」の角度を検証します。
その緻密さと徹底ぶりは執念を感じさせるほど。
結果的に導き出された結論云々よりも、
そこに至るまでの課程で味わえる推理小説のような興奮こそが本書の魅力です。

ただ、沢木耕太郎もあとがきで書いているように、
本書の目的は「キャパの虚像を剥ぐ」ということではありません。
それが分かるのは、終章となる「キャパへの道」。
ここで書かれている、キャパの出世作「崩れ落ちる兵士」と、
ノルマンディー上陸作戦の現場を撮影したキャパ後期の代表作「波の中の兵士」とをつなぐ、
沢木耕太郎の渾身の「ストーリー」には、
「崩れ落ちる兵士」を「贋」としたからこそ感じられる新たなキャパ像があります。

僕は本書を、横浜美術館の展覧会に行く前に読みました。
そして、沢木耕太郎が提示したキャパの物語を念頭に、写真を眺めました。
それを「余計な先入観」と見るか、「鑑賞の手助け」と見るかは、
判断の微妙なところです。
ただ、一つ言えるのは、
写真に限らず、アートを見る際に文脈(感情移入)を持つことは、
決して間違った見方ではないということでしょう。
なぜなら、文脈を持つことは、その作品(あるいは作家)に近づくための、
最も手軽な入口になりえるからです。

そして、実際にキャパの写真を見て感じたのは、
たとえこちらが解説本や何かを基に凝り固まった先入観をもって臨もうとも、
真に力のある作品は、それをいとも簡単に打ち砕き、
「で、お前は本当は何をどう感じるの?」というメッセージを向けてくることです。

横浜美術館の「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展、
今月の24日までやってます。
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