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日本初のミリオンセラーは
「狂気」のアルバムだった


井上陽水が1973年12月にリリースした『氷の世界』は、
113週(!)にわたってトップ10にランクインし続け、
ついに日本の音楽史上初めて100万枚を売り上げたアルバムになりました。
陽水は発売当時25歳でした。

今年5月、発売40周年記念盤が発売されたので、
僕は初めてこの、日本音楽史の金字塔ともいうべき作品を聴きました。

とりあえず結論から言うと、すごいアルバムでした。
聴き終えて(正確には聴いている途中から既に)圧倒されました。
完全にノックアウトです。

曲が良いからか。
もちろん、それは間違いないです。
例えば3曲目に収録された忌野清志郎との共作曲<帰れない二人>などは、
空前絶後の大名曲だと思います。
しかし、僕が「とんでもないすごいアルバム」と感じた一番の理由は、個々の楽曲の質の高さではなく、
アルバム全体を言いようのない緊張感が、
あえて言葉を探すなら「狂気」と呼ぶべき空気が貫いているところでした。

目の前に横たわるたった一つの隔たりが越えられないばかりに幸せが遠く去っていく。
その焦燥感をファンキーなサウンドで叩きつける1曲目の<あかずの踏切り>や、
一見、好きな人が去った失恋ソングなのに、
聴いているうちにワルツの可愛い曲調がなぜかその女性の死を予感させる<チエちゃん>など、
どの曲にもなにか正常じゃない、鬼気迫るものを感じます。

そしてそれは、歌詞の影響ももちろんあるのですが、
僕は陽水の歌声そのものから発せられる狂気なんじゃないかと思います。
当時25歳だった陽水の声は今よりも瑞々しく、しかしその中に、
何かに取りつかれている、あるいは何かに背中を追われているような切迫感があるのです。
このアルバムは、陽水の「声」抜きには成立しないアルバムだと思います。

しかし、だからこそ僕は思いました。
なぜこんな、取りようによっては「いびつ」なアルバムが、100万枚も売れたのかと。


付録のドキュメンタリーDVDを見ていたら、人類学者の中沢新一が、
<あかずの踏切り>を例にこんなことを言っていました。
 それまでのメッセージソングというのは、
 社会の理想や個人の幸福といった<到着点>を示すものばかりだった。
 それに対して井上陽水は、開かない踏切りを目の前にしてただ「待つ」こと、
 「待つしかない」ということを歌った。それが画期的だった。

そして、経済学者の榊原英資はこう語ります(榊原先生まで出てくるのがすごいですね)。
 『氷の世界』が発売された1973年というのは、ちょうど日本の高度経済成長が終わった年
 オイルショックが起きて戦後初めてマイナス成長を記録し、いきなり先行きが見えなくなった。
 そうした時代の空気が、このアルバムにマッチしていた。

作詞家のなかにし礼は、別の角度から同じようなことを語っています。
 それまでの歌謡曲は、職業作詞家が詞を書き、職業作曲家が曲を作り、
 歌手はそれを歌うだけ、というのが常識だった。
 しかし、1973年にはもう、我々職業作詞家の言葉では、
 時代の空気をすくい取れなくなっていたんだと思う。
 言葉も曲も自分の手で生み出す井上陽水の登場によって、「歌謡界」というものは終わったのだ。


アーティストがそれまでの「お仕着せ」を脱却し、自分が歌う曲は自分で作るというエポックは、
陽水が敬愛するビートルズが、当時のポップス界で果たした役割と、非常によく似ています。
時代の流れが変わり、それに既存の音楽が対応しきれなくなったときに、
突如全く新しいスタイルのアーティストが現れ、リスナーはそれを熱狂的に迎える。
『氷の世界』は、音楽界が時代と呼応したことで起きた、
一種の「新陳代謝」という面があるのかもしれません。

しかし、じゃあ、発売当時生まれてもいなかった僕が、
こんなにもこのアルバムに惹きつけられるのはなぜだろうと思います。
時代や世代を超えた普遍性があるからこそ、
『氷の世界』は日本初のミリオンセラーになったんじゃないか。
僕自身の実感としては、そっちの方がしっくりきます。

この作品のもつ普遍性。それはやはり、何度も言うように「狂気」なんじゃないかと思います。
僕がアルバムの中で最も狂気を感じるのは、表題曲<氷の世界>です。
この曲に関しては、歌詞を読むだけでその狂気が伝わります。

人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな
だけど出来ない理由は やっぱりただ自分が恐いだけなんだな

そのやさしさを秘かに 胸にいだいている人は
いつかノーベル賞でももらうつもりでガンバってるんじゃないのか


中沢新一も指摘していましたが、特に強烈なのは「人を傷つけたいな」という一言です。
このフレーズには、思わず背中に汗が流れるような、
まさに「氷の世界」なるゾクッとしたものを感じます。
そして、そういう思いを隠しているのは「ノーベル賞でももらうつもりなんだろう」と、
強烈な皮肉と共に鼻で笑っている。

僕は思います。この皮肉から逃れられる人っているんだろうかと。
『人を傷つけたい』と考えたことのない人」なんて、果たしているのだろうかと。

そのくらい、このフレーズには人間の本性を丸裸にする鋭さがあると思います。
そう考えると、これを歌う陽水は狂気というよりも、
むしろ誰よりも正常で、誰よりも正直なんじゃないかと思えてきます。
この、喉元に刃を突きつけられ、身ぐるみはがされるような感覚の中に、
僕は40年前も今も変わらない強いリアリティを感じます。

もし今の時代にこういうアルバムが出てきたら、
果たしてどう受け止められるんでしょうか。


帰れない二人>※清志郎とのデュエット版


氷の世界







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