Inuuniq

「国家」という境界線が
存在しない世界の話


著者の故・星野道夫は動物写真家。
北米アラスカを拠点にしながら長年にわたり、
カリブーやブラックベアーなどの北の動物と自然を撮り続けてきました。

何カ月にも及ぶカリブーの群れとの追跡行や、原野の川をカヤック一艘で下る船旅。
イヌイットをはじめとする現地の人びと。そして零下50度という厳しく長い冬。
本書『イニュニック〔生命〕』は、そのようなアラスカでの暮らしの中で綴られました。

ある日、何の前ぶれもなく、ボーンという小さな爆発音が聞こえ、半年もの間眠っていた川は一気に動き始めた。すさまじい音をたて、ぶつかりあいながら流れに乗ろうとする無数の巨大な氷塊を見ていると、やはりこの土地の自然がもつ動と静の緊張感に立ち尽くしてしまう。あれほどきっぱりと季節の変わる瞬間を告げる出来事があるだろうか。

人の気配などない、名もない無数の入り江。水際まで迫るツガやトウヒの原生林。岸壁を落ちる氷河を源とする滝。この土地の入り江の美しさは、初めて見た者に言葉を失わせる。それは手つかずに残された自然のもつ、気配の美しさでもある。

簡潔で素朴な星野の文体が、アラスカの自然とよく合います。
アラスカの原野の多くは太古の昔からほとんど人の手が入っていません。
それだけ自然が厳しいということです。
しかし、そのような厳しい環境の中にも、動物や植物の営みがあり、
それらは驚くほど複雑かつ有機的に連携し合っています。
川も森も、その多くは名前さえ付けられず、
ただ連綿と生まれ、子孫を残し、死ぬというサイクルを繰り返しているのです。

そして夜空に浮かぶオーロラに、海に流れ着く氷河の欠片。
アラスカの自然は時間軸のケタが違います。
また、そこで暮らす人々の精神も、僕らとは異なる位相の中にいる。
読んでいるうちに、時間がゴムのようにグイーンと伸びるような、奇妙な感覚に包まれます。



ちょうどこの本を読んでいる最中に、
例の集団的自衛権に関する閣議決定が行われました。
この一連の、あまりに愚かな決定については、
もうきっと止められないんだろうと諦めていたので(そして実際その通りになってしまったので)、
たまたま手に取った本だったものの、本書は僕にとって一時的な現実逃避先になりました。

ページの合間から吹き込んでくるアラスカの凍てついた空気と、イヌイットたちの自由な精神の薫りは、
確かに一時的に僕を堅固な壁で覆ってくれました。
しかし同時に、ネットやテレビから入ってくる現実と本書とのギャップがあまりに激しいからこそ、
暗澹たる気持ちになっていったのも事実でした。

僕が不満(なんていう生易しい感情じゃないけど)なのは、
集団的自衛権の是非云々とかそんなことよりもまず、
「解釈改憲」という民主的プロセスを全く踏まないやり方で押し切ろうとしている点です。
僕は集団的自衛権そのものよりも、むしろこっちの方が危ないと思う。

とにかくもう、打ちひしがれています。
震災ではまるで感じなかった「絶望」という徒労感を、僕は今、感じています。
官邸前のデモにも、参加しようかなと一瞬考えたけど、結局やめました。
きっとあの人たちはそんな声には耳を傾けないだろうし、
そもそも一昨年12月の衆院選の段階で、原発再稼働も特定秘密法案も集団的自衛権も、
全部こうなることは決まっていたのでしょう。
(いやもちろん、行動するということは大切だとは思う)
安倍首相の資質に対する絶望感だけでなく、
彼(と自民党)を支持する人がこんなにもいるということに、僕は深い徒労感を覚えます。

だから僕は、一市民としての権利は今後も行使するとして、
(基本的には投票、デモに参加する可能性もあるかもしれない)
これからは「いかに国家に期待せずに生きていくか」を考えることに力を注ごうと思います。

人によっては「ハナから国家なんて期待してないよ」と言うだろうし、
「そんなの大前提でしょ」と言うかもしれない。
実際僕もそのつもりだったんだけど、実は内心では「日本」というものにわりと深く期待していたことを、
安倍政権発足以降のこの1年半で痛感してしまいました。
ちなみに僕が今指している「期待」というのは、「国が何かをやってくれる」ということではなく、
「そんなに日本は愚かじゃないだろう」「なんのかんの言っても日本はかつてと同じ轍は踏まないだろう」
ということです。「日本を評価している」と言い換えてもいい。
でもまあ、とにかくそれは大きく改めなくてはいけないのでしょう。

んで、国家に期待せずに生きていくにはどうしたらいいか。
月並かもしれませんが、結局はもう徹底的に、ヤケクソ的に、「個人」の世界に埋没し、
そこを充実させていくしかないんじゃないでしょうか。
具体的には趣味、家族、友人。そのあたりが頭に浮かびます。
自分だけの(厳密には家族や友人は「だけ」ではないですが、自分の責任と力が及ぶミニマムの)世界、
そこに自分自身のよりどころを求めるしかないんだろうなあと思います。
※他者に自由がゆだねられているという点で、仕事(サラリーマン限定)はその対象にはなりません

そして、今後もし、日本がいよいよ「アカン!」という時が来たら、
「自分だけの世界」を連れて、とっとと日本を捨てるのです。
非国民と言われようがなんだろうが気にしないくらい、
日本という国よりも大事な「自分だけの世界」を築くのです。
※そう考えると、さしあたり必要なのは英語とか貯金とかどこの国でも食える専門スキルとか、
 そういった汎用的な資産なのかもしれません



『イニュニック』の話に戻ります。
アメリカ合衆国の所属州という行政的な枠組みを無意味に感じさせる、
アラスカという大地の広がり。
そしてイヌイットや、著者をはじめアラスカに移り住んだ人たちがもつ、自由な精神性。
本書に書かれた世界を読んで(見て)いると、
これからの日本で生きていくことの勇気みたいなものが湧いてきます。

子どもや孫世代のことを考えると、
「自分の世界に没入しているだけ」というわけにはいかないのかもしれませんが、
しかしそれも本書に登場する、
アラスカに移住したジョーンズ一家のあり方がヒントになっているかも。

このタイミングでこういう本に出会えたことは良かったです。
とりあえずは、ね。





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