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さよなら、ピロウズ

邦ロックバンドのピロウズが3年ぶりとなる新作アルバム『ムーンダスト』をリリースしました。
彼らは10年以上にわたって毎年1枚は必ずアルバムをリリースしてたので、
3年というブランクはかなりイレギュラーなことです。

山中さわお(Vo/Gt)のインタビューをいくつか読んだところ、
前作『トライアル』(2012年)の段階で、彼と他の2人のメンバーとの関係が、
クリエイターとしての対等なものではなく、「発注者―受注者」のようなものに陥ってしまっていて、
一種の荒療治として「活動休止」という選択をしたと、そのような意味のことが書いてありました。
「そんなことがあったのか」と驚いてしまったのですが、
内実をオープンに、けれど誠実に語る彼の姿勢は相変わらずだなあと、
僕はなんだかむしろ安心してしまいました。

新作『ムーンダスト』は、彼らがずっと追求してきたオルタナ路線ではなく、
シンプルなギターロックテイストのアルバムです。
リードトラックの<About A Rock'n'Roll Band>にはその傾向がよく表れています。

前作からのバンドの経緯を考えると、
今作は「原点回帰」のようなテーマを背負った作品なのかもしれません。
実際、スカッと抜けのある、良い意味で「軽い」アルバムだと思います。



ただ、おそらくこのアルバムが僕にとって、
リアルタイムで彼らをフォローする最後の作品になると思います。

※ここからはセンチメンタルな話になります…

これまでこのブログでは、何度もピロウズを取り上げてきました。
それはもちろん、彼らが僕にとってとても重要なバンドだったからです。
以前、HAPPYの記事の冒頭でも書いたように、
19歳で初めてピロウズを聴いたとき、僕は本気で、
この人たちは僕のために曲を書いているのか?」と思いました。
以来、特に20代の前半にかけて、
僕は彼らの音楽の中に僕自身を発見し、僕自身を託してきました。
それは、単なる「好き/嫌い」というレベルを超えた感情でした。
ピロウズというバンドは、僕にとっていわば「もう一人の自分」といってもいい存在だったのです。

ただ、時間が経つにつれて、そうした感覚に変化が起き始めました。
最初のきっかけは、アルバム『MY FOOT』(06年)でした。
あのアルバムを、特に表題曲の<MY FOOT>を聴いたとき、
僕のピロウズに対する思いはクライマックスを迎えたという予感みたいなものがありました。

※4:46あたりから<MY FOOT>が始まります。

ただ、それでも以降のアルバムも変わらずにフォローし続けてはいました。
中でも08年の『PIED PIPER』、09年の『OOPARTS』という2枚のアルバムは、
「やっぱりピロウズは特別だなあ」と改めて実感させた作品でした。
特に『PIED PIPER』を最初に聴いたときには、
座って聴いてたにもかかわらず、じんわり汗をかいたのを覚えています。


しかし、次作『HORN AGAIN』以降は、急速に気持ちが離れていきました。
アルバムは一応買うものの、ライブにも行かず、映像作品やメンバーのソロ活動もチェックはしませんでした。
彼らよりも新作が待ち遠しいバンドやアーティストが増え、
正直に言えば、今作『ムーンダスト』が3年ぶりということも、
「そういえば最近見てなかったな」とハタと気付いたくらいです。


なぜ僕はピロウズを聴かなくなってしまったのか。
原因はピロウズではなく、僕自身にあります。

僕が彼らに惹かれていた最大の理由は、
山中さわおの綴る歌詞、そして彼自身のキャラクターに、強く感情移入をしていたからでした。

代表曲<ストレンジカメレオン>の「周りの色に馴染まない 出来そこないのカメレオン」という歌詞に、
大学生活に馴染めず、劇団という逃げ道にしか自分の居場所をもてなかった自分自身を重ねました。

そして、そういう自分自身を持て余し、どんどん苦しみの底へと落ちていく中で、
飛べなくても不安じゃない 地面は続いてるんだ 好きな場所へ行こう 君ならそれができる
という<Funny Bunny>の歌詞に、僕は心の支えを見出しました。
山中さわおは、何かに傷つきながらも自分を信じようとする誠実さや勇気を、いつも歌っていました。
僕は、そんな彼の姿に自らを投影し、そしてそこから勇気をもらっていたのです。


しかし、それから何年も経ちました。
僕は(何度かつまづきながらも)毎日満員電車に揺られるいっぱしの“サラリーマン”になりました。
劇団にも見切りをつけました。
結婚もしました。
僕はいつしか、ピロウズの音楽が無くても生きていけるようになっていました。

ピロウズを聴かなくなった理由。
それは、僕が「大人」になったからなのだと思います。
『MY FOOT』を聴いたのが25歳のとき、
そして『HORN AGAIN』が30歳のときというのも、偶然ではないのかもしれません。
僕は彼らの音楽に飽きたわけでも、嫌いになったわけでもなく、
必要としなくなった」のです。
※もちろん、彼らの音楽が子供だと言ってるわけではありません。
 あくまで僕にとってはそうだった、という話です

僕がピロウズを聴かなくなったことは、ある意味では健全なことなのでしょう。
それは僕にとって、歓迎すべき変化なのだと思います。
でも正直に言えば、
新作『ムーンダスト』を聴いてもかつてのようには心が動かないことに対して、
一抹のさみしさも感じてしまうのです。

ビートルズにしても、ラモーンズにしても、R.E.M.にしても、
この先何歳になっても聴き続けるであろうバンドは他にたくさんいます。
しかしおそらく、この先の人生でピロウズのような存在が現れることはないでしょう。
それは、ヒリヒリとした痛みと問題意識を抱えた、人生に一瞬しかない時間が呼び寄せた、
一度限りの幸福な出会いだったからです。
彼らの曲を聴き返すたびに、かすかに疼く胸の痛みが、
一抹のさみしさと、そして人生への愛しさを呼び起こさせます。

さよなら、ピロウズ。
僕の青春は間違いなく君たちと共にあったよ。








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