2015年、個人的な今年のテーマの一つとして秘かに心に決めているのが、
アナログレコード」をたくさん聴くこと。

実は昨年暮れにアナログレコードのプレーヤーを買いまして、
遅ればせながらというか、今さらながらというか、
CDやiPhoneで聴くのとこんなに違うのか!とものすごく衝撃を受けてるところです。

では一体何がどう違うのか?
今回は、アナログレコード初心者として僕が体験(感動)した3つのポイントについて書いてみます。


その1:やっぱり「音」が違う

当たり前といえば当たり前なのですが、
改めてこのことを実感しました。
やっぱりアナログレコードは「音」が違う!

技術的なことについて僕はてんで詳しくないので、
あくまで感覚的なことしか言えないのですが、
アナログレコードの音はボーカルも楽器も全てがギュッと一体となって、
カタマリ」になっているように感じます。
音に“触れそう”というか、音に“質量”を感じるというか、
音というものが「コップ」だとか「風」だとか「熱」だとかと同じ、
物理的なものであることが感覚的に分かる気がしました。

レコードを聴いた後にCDやiPhoneで同じ音楽を聴くと、
なんとまあペラッペラなこと!
CDやデータ化された音楽ファイルが、
所詮音をデジタル信号に置き換えたものでしかないということが、
残酷なくらいに納得できます。

よくレコードの音を評して「CDよりも音が良い」という言い方がありますが、
僕の感覚では、CDとレコードの音の違いというのは、
CD→SHM-CDのような“音質”の良し悪しの話というよりも、
もっと根本的なものである気がします。
そもそも音の成り立ちが違う」と言った方がより実感に近い。

ちなみに僕が購入したプレーヤーというのはこれ。
↓↓


※参考記事:超ハイコストパフォーマンスのアナログプレーヤーION 「Archive LP」を試してみた

決してスペックが高いわけではない安価なプレーヤーで「コレ」ですから、
ちゃんとしたプレーヤーとスピーカーだったら一体どんなことになるんだと、
好奇心や期待よりもむしろ恐怖を感じてしまいます。




その2:A面・B面という「概念」の発見

実は僕が書きたいのはここから。
レコードの音の違いは一応既に知ってはいましたが、
以下に書く「その2」「その3」は、
プレーヤーを手に入れて初めて体験したこと。
文字通り「発見」したことになります。

一つ目が、「A面」「B面」という(大げさに言えば)概念です。

アナログレコードは表裏に録音されているので、
CDと違って再生している途中で盤をひっくり返して、針を落とし直す必要があります。
いわば途中に「折り返し」「区切り」が挟まれるわけです。

この制約があることによって、CDがなかった時代に制作されたアルバムというのは、
A面=第1部、B面=第2部のような形で、
途中に区切りが入ることを前提に構成が練られているのです。

例えば、こないだレコードで買い直した佐野元春の2nd『HEARTBEAT』(1981年)。
このアルバムには<ガラスのジェネレーション><悲しきRADIO>という、
2曲のキラーチューンが収録されているのですが、
<ガラスのジェネレーション>がアルバムの幕開けを飾る1曲目として象徴的に配置されているのに対し、
6曲目に収録された<悲しきRADIO>は、CDで聴いているだけでは、
単に「中盤の盛り上がり」というだけの役割しか感じられません。

ところが、レコードで聴いてみると、<悲しきRADIO>はちょうど折り返しにあたる、
B面の1曲目に配置されていることに気づきました。
第2部の幕開けとして、いわば<ガラスのジェネレーション>と対になっているのですね。
さらに、その直前の5曲目<彼女>と10曲目<HEARTBEAT>という2曲のバラードが、
第1部、第2部をそれぞれ締めくくるエンディングとして配置されていることも分かります。
つまりこのアルバムは、ガツンとくる曲で始まって壮大なバラードで締めるという、
5曲のドラマが2本セットになった構成をしていたんですね。

おおお!
この目からウロコ感!
聴き慣れたはずのアルバムだったのに、
今初めてその真の姿を見たような感覚です。
これは、たとえ知識として知っていたとしても、
CDを聴いているだけではなかなか実感できません。

そして、この「A面」「B面」ということを念頭に考え直してみると、
例えばビートルズ『HELP!』のB面1曲目がリンゴの<Act Naturally>であることや、
『Sgt. Peppers〜』のA面ラストが<She's Leaving Home>ではなく、
<〜Mr. Kite!>であること(さらにB面1曲目が<Within You, Without You>)など、
ビートルズに限っても意外な発見だらけであることに気づきます。

これはもしや、手元の(レコード時代に作られた)アルバムは、
全部聴き直さなければいけないということなのでしょうか(多分そうなんでしょう)。
やばい。アナログレコードは思っていた以上に財布のひもをゆるめる危険をはらんでいます。



その3:「レコード屋に足を運ぶ」という楽しみが増えた

プレーヤーを手に入れてから、レコードを探すために、
中古レコード屋に足を運ぶという習慣が生まれました。

CDだと、僕の場合は、
新譜探しはamassindienative、Skream!といったWebメディア、
試聴はYouTubeSoundCloudiTunes
そして購入はAmazonTowerRecord Onlineと、
基本的には全てのプロセスがネットで完結してしまいます。
そのため、10年くらい前は足しげくリアル店舗に足を運んでいた習慣も、
今ではほとんど無くなってしまいました。

ところがレコードの場合は、ほとんどが中古ですから、
実際にお店に行かないと入手できません。
厳密に言えば中古レコードもネットで購入することもできるのですが、
中古レコードを扱っている店舗の多くがネット通販を扱っていない小さなお店だったりするので、
結局は足を運んだ方が早く済むのです。

で、じゃあそれが面倒くさいかというと、これがものすごく楽しい
無造作に棚に突っ込まれた玉石混交の大量のレコードから、
1枚1枚手に取って探すという行為自体がとても新鮮です。
そう、予め目当ての1枚があって単にそれを買いに行くというのではなく、
「何かいいのはないかな?」と“探す”ということが、
そもそもこれまでほとんど体験したことのないシチュエーションでした。

また、中古レコード屋と一口に言っても、大手CDショップなどとは違って、
お店によって得意なジャンルが異なるのも初めて知りました。
在庫のラインナップだけでなく、内装や店内に流している音楽なども含めて、
その店の個性が感じられるところもとても面白い。
中には「玄人しか入れないよ!」といった感じで、
思わずビビッて入るのをためらってしまうようなディープなオーラを放つお店
(もちろん実際には誰でもウェルカムなのですが)もあったりして、
レコード屋に行く」という行為そのものに刺激が満ちていて楽しいのです。

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レコードはかさばるし、消耗品だし、(お店に行ったりで)時間は食うし、おまけにお金もかかるし、
クリック一つで音楽を試聴したり購入したりできる時代からすると、おそろしく非効率でアナログですが、
その無駄の一つひとつが「音楽を楽しむこと」の一部である気がします。
だから、もっと徹底的に無駄を味わいたい。

アナログプレーヤーを手に入れたことで、
僕はまるで広大な未知の大陸の地図を手にしたような気分です。




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