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もし「そう」なったら
僕は人生を呪わずにいられるだろうか


久々に本の紹介。
全米でベストセラーになったノンフィクション、
『脳に棲む魔物』(原題:Brain on Fire)です。
既にあちこちで書評が出ていて絶賛されていますが、
期待以上の面白さ…いえ、「怖さ」でした。

本書の著者、スザンナ・キャハランは、
大学時代からニューヨーク・ポスト紙で記者として働いていた、
バリバリのハードワーカー。
しかし2009年、彼女が24歳のときに突然、
正体不明の体調不良に襲われます。

はじめは「腕が虫に刺されたのでは?」という違和感(錯覚)が起こり、
すぐに倦怠感や不眠に悩まされ始めます。
最初はただの風邪だと思っていたのに、一向に治る気配がない。
それどころか、やがて幻聴や極度の躁鬱
さらには「私は盗聴されている」「恋人が私を捨てようとしている」といった、
重度のパラノイア妄想が現れるようになり、
ついには、てんかんの発作までが彼女を襲い始めます。

当然、ただの風邪であるわけがありません。
しかし、どの病院へ行っても、病名すら分からない。
アルコール中毒と診断されたこともあるそうです。
そうしている内に発作の頻発、周囲への暴言や自失による自殺未遂など、
スザンナの症状はさらに深刻さを増していきます。
そして、精神科の入院病棟からも見捨てられそうになったギリギリのタイミングで、
ようやく彼女の病名が判明します。

抗NMDA受容体自己免疫性脳炎――。
本来は、外部から侵入してきたウイルスを倒す「守護者」である抗体が、
突如自分自身の脳を攻撃しはじめるという、
09年時点で世界に216人しか症例のない、極めて珍しい病気だったのです。

幸いスザンナは適切な処置のおかげでなんとか回復し、ニューヨーク・ポストに復帰。
やがて自身の体験を記事に書き、それを一冊の本にまとめたのが本書です。



本書の怖さ。それは「自分が自分ではなくなる恐怖」ではないでしょうか。
特にこの病気は、性格や行動や社会性といった、
他者が自分を「この人はこういう人だ」と把握・評価する基準、
あるいは「私は他者からこういう風に見えているだろう」と予想し、自らを規定する根拠を、
徹底的に破壊します。
他人の目に映る「自分」という人間が、明らかに違う人格に変わってしまう(それも悪い方に)。
しかも、自分自身ではそれを止められないどころか、
ある段階まで進むと、変化を自覚することすらできなくなってくる
(病気の最中、スザンナはほとんど記憶がないそうです。本書は家族や医者を取材して執筆されています)
本人はもちろん、家族や友人にとっても、耐えがたい恐怖なのではないかと想像します。

そしてもう一つ。
自分の身に何が起きているのかを誰も(医者すらも)把握できない、
つまり「分からない」という恐怖もあります。
スザンナは血液検査もCTスキャンも、どんな検査を受けても結果は全て陰性(=異常なし)でした。
やがて彼女の家族は、新しい検査を受けるたびに「陽性であってくれ」と祈るようになったといいます。
普段であれば忌避したい「陽性」という検査結果も、
「何が娘の身に起きているのか分からない」という恐怖に苛まれていた彼女の両親にとっては、
現状を変えるための希望に思えたのでしょう。

実はこの感覚は、僕にも少し分かる部分があります。
7年前、僕も突然不眠や頭痛、猛烈な倦怠感といった症状に襲われ、
1か月くらいにわたり「自分は一体どうしたんだ?」という不安な気持ちで過ごしました。
心療内科で「うつ病」と診断されたとき、僕は落ち込むよりもむしろホッとしたのを覚えています。
診断結果がすぐに出た僕ですらそうだったのだから、
あちこちたらい回しにされ、症状もはるかに激しかったスザンナとその家族の恐怖は、
どれほどのものだったのかと慄然とします。



本書の後半は、治療の山場を越え退院したスザンナが、
社会復帰へ向けて歩み始める姿が描かれています。
いわば本書の前半は下り坂で、後半は上り坂。
回復途上にある後半では、上記のような「怖さ」はほとんど感じません。

しかし、逆に前半では見えなかったある事実が、
この後半では徐々に頭をもたげ、浮かび上がってきます。
それは、病気が(それも困難な病気であるほど)きちんと治療されるためには、
治療費や治療中の生活費を賄うための経済的基盤と、
家族をはじめ周囲のサポートを受けられる恵まれた環境が必要だという、
ミもフタもない、けれど厳然たる事実です。

スザンナの治療にかかった費用は、トータルで100万ドルだったそうです。
幸い定職に就いていた彼女には元々保険に加入するだけの余裕があったため、
治療費の大半を保険で賄うことができました。
また、献身的にサポートしてくれる家族と恋人(←彼が本当にいい奴なんです…)がいました。
しかし、彼女自身が本書で述べているように、
そうした環境に恵まれていたことは、「幸運」以外の何物でもありません。
僕の体験を振り返ってみても、健康保険の傷病手当金の受給資格を満たしていたことや、
家族が比較的近くに住んでいたことは、ハッキリ言えば「たまたま」でした。
(別に病気を見越して勤め続けていたわけでも、住む場所を決めていたわけでもありません)

もし、自分が重い病気になったのに、お金も頼れる人もいないがために、
治療を満足に受けられなかったら、果たして僕は自分の人生を呪わずにいられるだろうか。
もちろん、病気だけとは限らないでしょう。
家族が死んでしまったり、突然仕事を失ったり、災害に遭って住む家を失ったり。
そうしたときに、自力では立ち直れず、誰も手を差し伸べてくれなかったら、
僕は自分の運命を受け入れられるだろうか。
隣の恵まれた誰かを嫉妬して狂わずにいられるだろうか。
僕は正直、自信はないと言わざるをえません

過酷な状況に陥ったとき、自分だったらどうするのか。
スザンナがかかった病気は確かに珍しいものだったかもしれませんが、
本書が突きつけてくるシビアな問いは、決して「他人事」ではないと僕は思います。

本書『脳に棲む魔物』は、映画化が決定しているそうです。






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