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「遺作」という文脈抜きに
聴いてみたかった


デヴィッド・ボウイの26枚目の、そして、
結果的に彼の遺作となってしまったアルバム。
まさかこのアルバムがリリースされた翌々日に亡くなってしまうとは…。

亡くなってからしばらくはボーッとしていました。
そして時折「ああ、もうこの世界に彼はいないんだなあ」と考えたり。
別れの瞬間を先延ばしできるような気がして、ずっと彼の音楽を聴いていました。
そういう人、世界中にたくさんいたと思う。

僕はこれまでデヴィッド・ボウイというアーティストに、
めちゃくちゃ影響を受けてきたわけではありません。
彼のキャリアのこともそこまで詳しくはないし、
偉そうに何かを語るとハードコアなファンには怒られるかもしれない。

でも、うまく言えないんだけど、熱狂的にフォローしていなくても、
隣のレーンを走るランナーが横目に映るように、
「デヴィッド・ボウイ」という存在は常に視界のどこかしらに入っていた気がします。
だから、僕なりに彼の死を悼みたい。

遺作となる『★(Black Star)』、聴きました。
「暗い」「陰々滅々」なんていう感想(もちろん賞賛の言葉ですが)も聴きますが、
僕には「荘厳」という言葉がしっくりきます。

我は堕星(ギャングスター)ではない
我は弾ける星(ポップスター)ではない
我は白き星ではない

と一つひとつ否定して、最後に
我は黒き星

と歌う冒頭の表題曲<★>



そして、アルバムの最後を、
私は全てを与えきることはできない
全てを与えきることは
私は全てを与えきることはできない

というフレーズを何度も繰り返す<I Can't Give Everything Away>で締めくくる。
(この曲本当にいいですね)

死を目の前にした覚悟や達観みたいなものを感じます。
「私は全てを与えきることはできない」というフレーズも突き放しているようでいて、
その出どころは絶望とか憎しみとかじゃなくて、
どうか分かってくれ」という願い、
あるいは「ここから先はあなたが一人で歩け」という優しさである気がします。

優しさと書きました。
確かに歌詞は相当尖っていますし、サウンドも凝ってますけど、
でもメロディはやっぱりロマンティックです。
僕の中のボウイって、すごくロマンティックなメロディを書く人というイメージ。
<★>なんかも序盤は焦燥感たっぷりですけど、中盤から美しく展開します。
だから僕は、このアルバムから「暗い」という印象を受けなくて、優しく、そして荘厳な印象を受けました。
昨年書いた「老いたロッカー」の話にも通じますが、
死を目の前にしたロックミュージシャンが残した音楽として、
大きなマイルストーンになるアルバムなのかもしれません。

でも、僕がそう感じるのは、やはり「遺作」という文脈が刷り込まれているからでしょう。
できればそういうものを抜きにして、まっさらな状態でこのアルバムを聴いてみたかった。
亡くなると分かっていたら、ちゃんと予約して初日に買ったのに…。


ロック史上に残る最大のアイコンの一人がいなくなってしまいました。
ポールも、ストーンズも、ディランも、みんなボウイよりも年上です。
いつ何が起きてもおかしくないんですよね。








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