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江戸の町を駆け抜ける
「スピードランナー」たち


先週まで3回にわたって「ランニング小説まとめ」という企画を掲載してきました。
#第1回:ストイック・アスリート編
#第2回:マラソンは人生編
#第3回:変わりダネ編

ですが、1作だけ、どのカテゴリにも入れられなかった、
けれどめっぽう面白かったランニング小説がありました。
それが、出久根達郎の『おんな飛脚人』

タイトルの通り、江戸時代の郵便屋「飛脚」たちを描いた時代小説です。
主人公は、走ること(作中では「駆けっくら」といいます)が得意な元武士の娘・まどか。
彼女が足の速さを生かして、江戸は日本橋瀬戸物町の飛脚問屋「十六屋」に雇われ、
世にも珍しい「女の飛脚人」として活躍する様子が描かれます。

まどかと同期で雇われた青年・清太郎や、
病気の主人に代わって女手一つで店を切り盛りする女将・おふさをはじめ、
無類の人情家ぞろいの十六屋の面々が、
店に舞い込む事件や難題を機転とチームワークで鮮やかに解決していく様がスカッとしていて、
読んでいて気持ちがいいです。

出久根達郎の時代小説というと、江戸城内で将軍家の膨大な蔵書を管理する下級官僚、
「御書物同心」たちを描いたユニークな作品『御書物同心日記』を読んだことがありますが、
決して極悪人が出てこない、最後は必ずハッピーエンドというパターンは、この『おんな飛脚人』も同じ。
山本周五郎のような超個性的なキャラクターや、藤沢周平のようなヒリヒリするドラマ性はありませんが、
その分、読んでいて心置きなくリラックスできるような安心感があります。

んで、肝心の「ランニング」ですが、
飛脚人の話なので、当然走る場面がたくさん出てきます。
十六屋一番の韋駄天であるまどかは、「息をゆっくり吐きながら」「首を思い切り下げて」走るんだそうです。
「息をゆっくり吐きながら」というのは、血圧や心拍を上げないための呼吸法で、
長距離ランナーはみんな実践している基本の技術です。
「首を思い切り下げて」は、前傾姿勢をとることで重力による推進力を得ようとするものでしょう。
これも実に理に適ってます。
どうですかこの、ランナーならではの読み方

ちなみに、東海道を江戸から京・大阪まで走る飛脚の花形「定飛脚(じょうびきゃく)」は、
江戸〜大阪(約550km)を最短3日(64〜66時間)で走ったと言われています。
単純計算で時速8km強。つまり、キロあたり7分〜7分15秒くらい。
ずっと一人で走るわけではなく、およそ30kmごとに交代するリレー形式だったそうです。

30kmをキロ7分で走ればいいだけですから、一見すると楽そうです。
しかし、この数字はあくまで平均値。
途中の箱根の山越えや大井川の渡しのことを考えれば、
実際には平地でキロ6分、あるいはそれを切るスピードで走っていたんだじゃないでしょうか。
それに、当時の日本人の体格(男性で155cm前後)を考えれば、
飛脚人は選び抜かれたスピードランナーといってよさそうです。

ちなみに飛脚は、都市間の長距離輸送業者だけを指すのではなく、
町の中で手紙や荷物を運ぶ、近距離専門の「町飛脚(まちびきゃく)」もいました。
まどかたち十六屋もこの町飛脚に含まれます。
彼ら町飛脚は担いだ棒の先に鈴をつけていたため、
町の人からは「ちりんちりんの町飛脚」と呼ばれていたそうです。
『おんな飛脚人』では、まどかの同僚・清太郎の発案で、
十六屋がいち早く鈴をつけ始めた、という設定になっています。

大名家や幕府役人などの公的機関が利用した定飛脚と異なり、
町飛脚は庶民にとって身近かつ重要な通信手段でした。
そのため、作中では手紙を携えたまどかや清太郎が、
江戸の町のあちこちを走る場面がたくさん出てきます。

実はこの、「江戸を走る場面」というのが、ランナー的には一番興奮したところでした。
例えばこんな場面が出てきます。
京橋を渡ると、すぐ左手に曲った。川沿いに水谷町、金六町を過ぎ、白魚屋敷前を走る。真福寺橋という橋を渡った。南八丁堀である。

こういう場面になって僕が何をしたかというと、まずいったん本を置いて、
本棚から現代の地図帳と古地図をひっぱり出して日本橋あたりのページを開いて、
しかる後に小説に戻って、まどかや清太郎が走ったルートを地図と古地図で実際に追ってみるのです。

なんていうんだろう。
小説の描写の手助けで、まるで江戸の町を走ってるかのような感覚になり、
さらにGoogleのストリートビューなんかまで活用すると、タイムスリップ感も味わえて、
「街ラン」好き、地図好き、歴史好きには、悶絶級の幸せな時間が訪れます。
これ、同じルートを実際に走ってみるとさらに面白いんだろうなあ。

この『おんな飛脚人』ですが、続編として『世直し大明神』が出ていて、
今後もシリーズが続いていくかもしれません。






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