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The SmithsとThe Stone Roses
その「隙間」


「トラッシュキャン・シナトラズ」というバンド名だけを聞くと、いかにもひねくれ者っぽい風変わりな音楽を鳴らしそうですが、実際には情緒あふれるメロディと粒だったギターを特徴とした、とても繊細で優しい印象を与えるバンドです。イギリスのバンドですが、ロンドンやマンチェスター、グラスゴーといった都会ではなく、スコットランドの沿岸部の町、アーヴァインという出身地の風土が、(勝手なイメージですが)その音の中に込められているような気もします。

 彼らの結成は1986年。まさにどんぴしゃの「C86」世代なわけですが、彼らのデビューアルバム『Cake』を聴くと、当時のネオアコ勢特有の「不健康そう」「日光を浴びてなさそう」といったイメージはなく、むしろ<Obscurity Knocks>のイントロのリフにみられる「踊れるノリ」からは、マッドチェスターを経たフィジカルさを感じてしまいます。

 実際、この『Cake』というアルバムがリリースされたのは、マッドチェスター全盛期ともいえる90年。Wikipediaによると、彼らは結成1年後の87年に早くもポール・ウェラーやラーズらを擁するレーベルGO!DISCと契約するのですが、契約の前払い金が入ると彼らは自分たちのスタジオを購入し(なんて堅実なんだ)、そこでじっくり3年もの時間をかけて、1枚目のアルバムに取り組んだそうです。

 結果、本作はC86とマッドチェスターの両方の時代の空気を吸った作品になりました。そういう意味で、僕の中でトラッシュキャン・シナトラズというバンドは、スミスストーンローゼズという2つの大好きなバンドの隙間を埋めるような存在なのです。

 ストーン・ローゼズと書きました。シナトラズをなぜ今さらで聴いていたかというと、ローゼズ来日に合わせて彼らの周辺の音楽をいろいろ聴いていたからでした。

「ローゼズ」という文脈で聴いたので、例えば<Maybe I Should Drive>が<Waterfall>に重なったし、<Circling The Circumference>が<She Bangs The Drums>に重なったりしました。ただ、ローゼズが日本を去って熱が冷めた今、改めてシナトラズを聴いていると、僕の頭に浮かんできたのは、遠く離れたアメリカのバンド、R.E.M.でした。

 以前も書いたように、僕の中でスミスとR.E.M.は似た印象を持つバンドなので、シナトラズとスミスの近さを思えば、その流れでR.E.M.が連想されても不思議じゃありません。そしてこの連想によって僕は、以前スミスの記事で書いたことを、改めて感じることになりました。

 それは、音楽との「好き」「嫌い」を超えたゆるい連帯感です。

 ある音楽を初めて聴いたときに「自分のもの」と感じるか「他人のもの」と感じるか、あるいは「近い」と感じるか「遠い」と感じるか、その大きな分水嶺が、僕にとってはまさにこのあたりの、80年代半ばから90年にかけての音楽にあるんだなあと感じるのです。

 スミスの記事では、僕は「優しさ」という表現を使いました。シナトラズについても、僕は冒頭「優しい」と書きました。ですが、C86にしてもカレッジ発オルタナミュージックにしても、
その定義が「優しさ」だったわけではありません。これは、あくまで僕個人の感じ方です。

「モテないから勉強しかすることなかったガリ勉」という、悲しい少年時代の性か、僕はこれまで、音楽を聴くときでさえも、例えばその作品のリリース年と当時の時代背景や、ポップス史におけるその作品の位置付けといった「正しい知識」と絡めないと、どうも落ち着かないところがありました。

 でも、そんな聴き方をして、何が楽しいんだろうと最近しみじみ思うのです。シナトラズやR.E.M.を「優しい」と感じ、80年代半ば〜90年に分水嶺がある、そういう、「正しい知識」と切り離された、僕だけの音楽世界を描くことの方が、ずっと大事だよなあと30半ばを過ぎて感じています。はい。

 ちなみにシナトラズは現在までに計5枚のアルバムを発表していますが、僕としては断トツでこの1stが好きです。








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