「納豆とご飯とみそ汁」
さえあればいい
大林宣彦監督の映画『青春デンデケデケデケ』(1992年)のラストで、林泰文演じる主人公のちっくんが、文化祭のステージで最後に演奏する曲をこう紹介します。
世界のロックのなかで、1つだけ挙げてみぃ言われたら…。それではみなさん、感謝の気持ちを込めて精一杯歌います。<ジョニー・B・グッド>。
14、5歳の頃だったと思います。この映画のこのセリフで、僕は人生で初めて「チャック・ベリー」という人の存在を認識しました。
2017年最後の投稿は、今年の3月に亡くなったチャック・ベリーの遺作『Chuck』です。スタジオアルバムとしては1979年の『Rock It』以来、なんと38年ぶりとなる作品です。
元々、昨年のチャックの90歳の誕生日に「17年には新作を出す」と発表されていたのですが、チャックが亡くなったことで、計画が白紙になることが危ぶまれました。しかし、チャックが生涯で200回以上ステージに上がったセントルイスのクラブ、ブルーベリー・ヒルの経営者であるジョー・エドワーズと、チャックの家族たちの支援によって、なんとか今年の6月、無事にリリースされました。
経緯を細かく書いたのは、このアルバムが、アーティストの死後に生前に残した未発表曲を編集して作られた、よくある追悼盤ではなく、チャック自身が作ることを望み、実際に作業を行っていた、正真正銘の「新作」だったことを強調したいからです。
ということで、このアルバムの価値について真っ先に語らなければならないのは、内容よりも何よりも「アルバムが出た」という事実そのものです。まさか僕の人生に、「チャック・ベリーの“新作”を買う日」が訪れるとは思ってもいなかった。そんな夢のような体験をさせてくれただけでもこの作品に感謝です。
音楽評論家の故中山康樹の著書に、年老いたロックミュージシャン達はピークを越えた今、どんな音楽をやってるのか?という視点で、レイ・デイヴィスやアート・ガーファンクルの最新作なんていう誰も見向きもしないアルバムばかりを集めた『愛と勇気のロック50』という異色のディスクガイドがあります。もし今中山がこの本を書くとしたら、『Chuck』は間違いなく目玉として収録され、そして高く評価されたんじゃないでしょうか。
そうなのです。この『Chuck』、普通にいいアルバムなんです。「普通にいい」って言っちゃうのもあれですが、いっても90歳のじいさんが(80年代に作っていた曲なんかもあるとはいえ)作ったアルバムですから、正直「記念」以上の何かを期待はしないじゃないですか。「出してくれるだけでいい」「死に水を取る」とばかり思っていたのですが、どっこい、じっくり聴けるしガンガンにノれるアルバムだったのです。
特に後半がいいです。攻めてます。ギターよりもピアノを利かせた超モダンな<She Still Loves You>、リズムが楽しい<Jamaican Moon>(<Havana Moon>のアンサーソングなんでしょうね)、ほぼワンコードで押し続けるじっとりとしたブルース<Dutchman>、そしてラストを締めくくるにはあまりに渋すぎる<Eyes Of Man>。「ドッツ、ドッツ…」というブルースの基本フレーズだけが鳴り、そこに語るような調子で、「男はいつも女に救われてきた」というような、自虐的でユーモラスな詩が乗っかります。
このように、「いわゆるチャック・ベリー」を外してくる姿勢(そもそも、よくよく聴くとこのアルバムに「いわゆるチャック・ベリー」は半分もない)、すごくかっこいいです。
あとやっぱり声がいいですね。チャックというともちろんギターの人なんですけど、僕は実は彼の「声」が好きなんです。カラッとしているのに色気があって、1曲目の<Wonderful Woman>の声なんてホント最高。彼のあの声を、現代の録音環境で音源化してくれたってことも、このアルバムの価値といえます。
当然ながら、僕はチャック・ベリーに直接影響を受けた世代ではありません。僕が最初に「ロック的な体験」を受けたのは、チャックの4世代くらい下のオアシスでしたし、その後ビートルズやストーンズを聴くようになっても、そのさらに上の世代であるチャックとなると距離があまりに遠すぎて、しばらくその姿は茫洋としていました。でも、その後、古今東西のいろんなロックをたくさん聴いていたら、いつの間にか僕はチャック・ベリーのことが大好きになっていました。
チャック・ベリーの音楽を聴くと、落ち着くというかホッとするというか「ああこれこれ」という、理屈を超えた納得感があります。どんな有名レストランの料理を食べても、「結局、納豆とご飯とみそ汁が一番」と感じるみたいに。何かこう、プリミティブなものを思い出せる気がします。
映画『青春デンデケデケデケ』を初めて見たとき、なぜでちっくんが「ロックの中で一番好きな曲」として<アイ・フィール・ファイン>でも<ロング・トール・サリー>でもなく<ジョニー・B・グッド>を挙げたのか、僕はわかりませんでした。でも、今なら心の底からわかります。僕も間違いなく、数えきれないほどいる彼の子供の一人だってわかっているから。
ありがとう!チャック・ベリー!
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