オシャレをしない
「普段着」の新世代
「ノームコア」という言葉を知っていますか?元々はファッションから生まれた言葉で、「normal」を意味する“ノーム”に、「hardcore」などで使われる“コア”をくっつけた、「究極の普通」「筋金入りの普通」などと訳される造語です。
ノームコアファッションのアイコンとされるのがスティーブ・ジョブズで、彼はいつでも黒のセーターにジーンズ、白いスニーカーという超普通なスタイルを崩しませんでした。ノームコアとは、着飾ったり他人と違うことを主張しようとするのではなく、「普通であること」を意識的に選択したスタイルのことなのだそうです。
参考記事:ノームコアとは?シンプルでもおしゃれな装いのヒント(+CLAP Men)
ただ、僕が初めて「ノームコア」という言葉を知ったのは、ファッションの言葉としてではなく、実はあるバンドのことを形容する言葉としてでした。ロンドン出身の4ピース、Flyteです。
結成は2013年。僕が最初に聴いたのは確か14〜15年あたりだったと思います。当時何枚かのシングルをコンスタントに発表していて、好みにバシッとハマったのでした。すぐにアルバムも出すのかなと思ったのですが、意外に待たされて、ようやくリリースされたのは17年の夏のことでした。それが『The Loved One』。Tashaki MiyakiやCharly Bliss、Hazel Englishと並んで、彼らFlyteも17年に1stアルバムを心待ちにしていた一組でした。
んで、彼らがなぜノームコアと呼ばれるのか。確かに4人とも地味なシャツやジーンズばかり着ています。でも、そんなアーティストだったら他にいくらでもいます。彼らをノームコアと呼ぶ理由は、彼らのファッションではなく、音楽にあるんじゃないかと僕は思っています。
たとえばアルバム1曲目の<Faithless>。鍵盤をたたきつけるような、迫力あるピアノのフレーズがいきなり聴こえてきたかと思えば、ボーカルが入るとフッと火が消えるように抑えた曲調に変わり、ほぼベースの音だけで曲が進むという、落差のある展開を見せる曲です。
続く<Victoria Falls>は一転して疾走感のある曲ですが、不思議なエコーのかかったスネアが奇妙なパターンのリズムを鳴らすことで、夜の都会を低空飛行する鳥のような、静かだけれどもどこか生々しいザラつきをもたらしています。
他にも、例えば序盤のアコースティックなテイストからは想像つかないような展開を見せる<Cathy Come Home>や、異なるリズムの重なりが強烈な上昇気流を生み出す<Little White Lies>など、とにかくこのバンドは曲の展開やアレンジが多彩です。
ただ、実践してるアイデア自体は個性的で一風変わってるものの、そもそもこうした「何かやらずにはいられないスピリット」というものは、むしろ僕はイギリスの王道だと感じます。なぜなら、アレンジや展開に凝るのは、曲という名の「物語」をいかにすればもっとも効果的に伝えられるかという「ストーリーテラー」としての性分だからです。
もう一つ、Flyteの個性として特筆すべき点が「コーラス」です。このバンド、4人全員が歌えるのです。なので、前述の<Faithless>にしても<Victoria Falls>にしても、一番盛り上がるサビになると4人によるコーラスに切り替わるというまさかの展開を見せます。
極めつけはアルバムラストに収録されたAlvvaysのカバー<Archie, Marry Me>でしょう。これ、めちゃくちゃ好きな曲だからFlyteがカバーしたと聞いて楽しみにしてたんですけど、まさか「アカペラ」とは。最後をアカペラで締めるなんて、ある意味オルタナの極致といえます。
Flyteはシンセを多用したり、ドラムなんかにしてもわりと無機質なパターンを好んだりして、けっこうエレクトロっぽいアプローチが多いのですが、曲の中の最も肝心なところに「4人のハモリ」を選ぶところに、結局このバンドが「歌」のグループであることを感じます。
曲を音の集合体ではなく「歌(=言葉とセットで物語るもの)」と捉え、さらにその一番の盛り上がりの部分をハーモニーという極めてアナログで人間的な手法で表現する。それはビートルズであり、クイーンであり、オアシスであり、イギリスの王道的な感性だと僕は感じます。
そして、肝心なことは、Flyteの4人はそうしたいわばイギリスの伝統的感性を、極めて自然に体現していることです。オアシスが60年代をはじめ過去のバンドの音を再解釈しようとしたり、反対にレディオヘッドがそうした呪縛から離れさらに音楽的な進化を遂げようとしたりと、ひと世代前のアーティストたちは、継承するにせよ否定するにせよ、イギリスの王道的感性と向き合い葛藤するというプロセスがありました。
ところがFlyteにはそのようなプロセスを経た形跡が見られません。もはや自分の一部として初めから受け入れているような天然っぷり、あるいは遺伝形質として元から備わっていたかのようなナチュラルさだけがあります。彼らが「ノームコア」と呼ばれる理由は、こうした屈託のなさと、あえてそれを自分の個性として主張しない(主張するまでもない)ところにあるのでしょう。
ですがその結果、音楽そのものは全然似てないのに、ビートルズやクイーンが間違いなく音の中に存在していることを、むしろ過去のバンド以上に強く感じるのが不思議です。「新世代」という言葉を思わず使いたくなるバンドです。
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