3月に読んだ『1979年の歌謡曲』『1984年の歌謡曲』からの流れで、日本の歌謡界が「J-POP」という名前で呼ばれるようになる前の時代について興味が湧いてきました。はっぴいえんどやYMOを軸とした70〜80年代のサブカル論やロック論なら何冊か読んだことがあるのですが、今回僕が興味をもったのは、ヒットチャートや賞レースといった、もっとマス向けな「芸能界」の話。

 ということで、最初に手を伸ばしたのが中川右介『山口百恵 赤と青とイミテイション・ゴールド』。タイトルのとおり、「山口百恵」という日本の戦後芸能史を代表する一つの「事件」に関する論考なのですが、同時代の歌手の動向やプロダクションとテレビ局の話などにも細かく触れていて、当時の雰囲気を知るにはうってつけでした。


 本書を読んで素朴に驚いたのは、山口百恵は女優としても成功した人だったということ。三浦友和との出会いが映像の仕事だったということはなんとなく知ってたんですけど、この2人をペアにして時代や舞台設定だけ変えた「百恵・友和映画」が、彼女が引退するまで映画会社のドル箱シリーズだったとまでは知りませんでした。

 活動期間の短さとその中で成し遂げた変化の振れ幅、そして今なお伝説として名を残すインパクト。本書を読みながら何度もイメージを重ねあわせたのは、ビートルズでした。




 そして、本書の続編に位置づけられるのが『松田聖子と中森明菜』(執筆はこっちが先)。


 本書では「アイドルポップス」について、洋楽の影響下にあった和製ポップスが発展したもので、演歌や反戦フォークなどの自虐的な世界観とは異なり、軽やかで幸福感に満ちた世界観をもつ音楽と定義しています。そして、70年代は亜流に過ぎなかったアイドルポップスを、一気に歌謡界の主流に押し上げて、業界の仕組みも人々の好みも全ての地図を「80年代仕様」に塗り替えたのが松田聖子であり、中森明菜でした。

 彼女たちの功績は、「歌が上手い」「可愛い」といった個人の才能だけによるものではなく、ウォークマンの登場による音楽をめぐるライフスタイルの変化や、享楽的で物質主義的なマインドに傾く世相の変化といった「時代」と彼女たちの資質とが呼応した結果でした。松田聖子の圧倒的な声量と「ぶりっ子」とまで呼ばれた仕草やビジュアル。それらは70年代でも90年代でもなく、1980年という時代だったからこそ支持されたのです。松田聖子のデビューにはさまざまな幸運が重なっていますが、本書を読むと、歴史的な必然でありそれが彼女の運命だったのだと、非科学的な納得をしてしまいそうになります。

 著者の中川右介『歌舞伎 家と血と藝』を読んで以来、絶対的な信頼を寄せているノンフィクション作家です。今回は上記2冊のほかにも『阿久悠と松本隆』、『角川映画 1976-1986』を読んだのですが、その芸能文化に関する圧倒的な知識と、それらを一種の「歴史書」としてまとめ上げる筆力には改めて舌を巻きました。







 そして、上記の2冊とは視点も切り口もまったく違うのですが、非常に面白かったのがクリス松村の『「誰にも書けない」アイドル論』


 上記2冊と何が違うかというと、こっちは徹底的に「主観」によって書かれているところ。主観といっても2万枚ものレコードを所蔵する、知る人ぞ知る音楽マニアのクリス松村ですから、その知識量はハンパじゃありません。しかも自分自身が熱心なアイドルファンとして当時を体験しているので、「高田馬場にあった通称『ポルノ噴水』のところに、なぜか看板をずっと掲げていた北泉舞子さん」とか、盛り込まれてるエピソードがいちいちリアリティありすぎ。下手なデータ本よりもむしろ資料性があります。ネットの存在で音楽の「消費速度」が加速していることへの批判も、著者がいうと説得力が違う。

 本書でクリス松村は、「アイドルは可愛くなくていい」と説きます。「アイドル」というものの魅力は、初めはあか抜けない少女だったのが、華麗な歌姫や女優として成長していく様を目撃することである。未完成だからこそファンは応援しようと思えるのだから、最初は「いも姉ちゃん」で構わないのだと(あるオーディション番組の審査員として著者が呼ばれた際、「歌姫の誕生ですね」という台詞をあてがわれたが断固拒否したというエピソードはかっこよすぎます)。

 考えてみると、確かに山口百恵も、デビュー当時はまだ子供の面影を残す少女でした。だから、80年代終わりに宮沢りえや後藤久美子といった「初めから完成された美少女」が登場したのは、アイドルブーム終焉を感じさせる出来事だったと書いています。

 しかし、「アイドルは応援するもの」という論で行くなら、今のAKBなどはまさに正統的なアイドルといえそうです。実際、握手会や総選挙といった「応援」を具現化できる仕掛けも豊富です。けれどクリス松村は、所詮は同じグループ、事務所内での閉じた競争であるところに(明記はしてないものの)不満を述べます。

 著者が、80年代のアイドルブームを終わらせた大きな契機の一つとして見ているのが、おニャン子クラブです。素人性を売りにしたことでアイドルから「成長」という重要な物語を奪い取り、しかもグループという形で売り出したことで一人ひとりが記憶に残らなくなり、結果的にアイドルの消費期限を早めました。

 松田聖子や中森明菜、小泉今日子といった少女たちが、並み居るベテラン勢の向こうを張って孤独な戦いに挑んでいた様を知っている身からすると、今のAKB総選挙など、閉鎖された世界で行われる学芸会のようにしか思えないのかもしれません(明確に書かれていはいませんが、本書は秋元康批判が大きな裏テーマになっています)。

「みんなで応援する」という感覚、そして応援するアイドルを送り込む「ヒットチャート」という場所。それらは人々の好みが細分化された今となっては消えてしまった、あるいは意味をなさなくなってしまったものです。「アイドル好き」がムーブメントではなく細分化された一つのクラスタと考えるなら、AKBの総選挙が「閉じた世界」であるのは、ある意味当然だともいえます。80年代のアイドルブームとは「みんな一緒」だった時代の、最後の花火だったのかなあなんて思いました。

 当時を知らない後追い世代の僕としては、もし当時を体験したら「みんなで応援するなんて気持ち悪い」と感じるだろうなあと思うのですが、同時に、そういう雰囲気がうらやましいという気持ちも、実を言えばちょっとだけあります。





sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ