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「明けない夜はない」という
儚さと希望と


 村上春樹の小説で一番好きなのは『羊をめぐる冒険』でも『ノルウェイの森』でもなく、実は『アフターダーク』なんですが、For Tracy Hyde(フォトハイ)の2ndアルバム『he(r)art』の印象は、この小説を初めて読んだときのそれと重なりました。

 どちらも舞台は東京で、時間帯は夜。『アフターダーク』は東京の渋谷のレストランやラブホテルで起きたある一晩の出来事を、深夜から日が昇るまで時系列を追って描いた作品ですが、『he(r)art』のほうも、明示はされていないものの、ある夜に東京のあちこちで起きるドラマを1曲1曲にしてつなげた、連作小説的なアルバムです

 ただ、僕が両者を似ていると感じたのは、単に作品の構成や舞台設定だけが理由ではありません。

 夜の電車に乗ると、オフィスやマンションから洩れる無数の光が次から次へと窓の外に流れていきます。その一つひとつの光のなかに誰かの人生とそれに伴うドラマがあって、しかもそのほとんどはお互いに関わり合うことがなく別々に存在しているんだと思うと、密度の濃さみたいなものに思わず眩暈がしそうになります。そして、無数に輝く星も太陽が昇れば消えてしまうように、東京の窓の明かりも朝が来ると全て消えて、夜の間にその明かりのなかで起きたさまざまなドラマなんてまるでなかったかのように、また1日が始まる。

 永遠に続けばいいのにと思うような夜も、朝日が昇れば瞬く間に消えてしまうのは、残酷で虚しいことかもしれません。でも、逆に言えばどんなに悲しい出来事があっても、朝が来ればとりあえず一旦リセットすることができるわけで、その意味では夜の終わりはある種の救いでもあります。儚いけれど、その儚さの中にこそ希望がある。『アフターダーク』と『he(r)art』が似ているのは、都会の夜がもつそうした二面性が、作品のなかに封じ込められているからです。



 先ほど「連作小説的」と表現しました。EP『Born To Be Breathtaken』のときにも書いたように、このバンドの楽曲はフィクショナルで情景描写的なところが大きな特徴ですが、今回のアルバムはその強みと作品のコンセプトの親和性が過去の作品以上に高かったと思います。

 彼らのそうしたストーリーテラー性について、これまでは歌詞がファクターとして大きいと思ってたのですが、今回の作品を聴いていると、メロディの影響も大きいのではないかと思うようになりました。理由は「Bメロ」

 フォトハイの楽曲は元々Bメロが多いのですが、今回のアルバムの楽曲ではそのBメロが非常に効いているなあという印象があります。ヴァース(Aメロ)とコーラス(サビ)をダイレクトにつなぐのではなく、その間に別種のメロディを置くことでサビへと向かう緊張感が生まれ、楽曲のドラマ性を強めるのがBメロの効果だとすれば、<Echo Park>や<Leica Daydream>はその見本のようです。これらの楽曲の、サビに入ったときに視界がバッと開けるようなドラマチックさは、直前のBメロがまるでサビへのジャンプ台のような役割を果たしているからでしょう

 蛇足ながら、欧米のポップソングはヴァース(Aメロ)からいきなりコーラス(サビ)へと移るのが圧倒的に多いので、Bメロは日本のポップソングの大きな特徴だともいえますが、フォトハイが「J-POPのお作法と海外インディーの感性との邂逅」とよく言われる理由は、実はこの「Bメロ」にあるんじゃないかと思ったりもします。



 最後にもう一度「東京の夜」に話題を戻します。

 僕がこのアルバムを聴いて最初に東京の夜と『アフターダーク』を思い出したのは、6曲目の<Dedication>でした。どちらかというと地味で、アルバム全体からみるとつなぎのような(まさにBメロ的な)ポジションの楽曲ですが、僕はこの<Dedication>が一番好き。

 他の曲がいずれも特定の誰かや場所にフォーカスしながら一人称的視点で作られているのに対し、この曲だけは三人称的で、淡くゆったりとしたサウンドとも相まって、まるで雲の上から街全体を見下ろしているような感覚があります。東京という街そのものが端的に表れているのは、実は控えめな存在のこの曲だと思うのです。

 eurekaのボーカルも非常に効いています。前代のボーカルであるラブリーサマーちゃんが、不完全さや傷つきやすさをさらけ出す人間臭いボーカルだったのに対し、eurekaの声は中性的で俯瞰的で、適度な距離感をとりながら、歌全体を俯瞰してみてるような響きをもっています。まるで都会の夜に生きる無数の主人公たちを空から見守る天使のような彼女の声は、<Dedication>のみならず、アルバムのコンセプト自体と非常にマッチしていると思います。

「シティポップ」というと先鋭的で享楽的なサウンドの代名詞のように捉えらがちですが、字義どおりに「都市」というものをテーマに据えた音楽と解釈するのであれば、このアルバムのような音楽こそ「シティポップ」と呼ぶべきでしょう








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