
60年代ポップスにおける
最高の「自作自演」
シンガーソングライターとして大成功を収めたキャロル・キングと比べるとどうしても知名度は落ちますが、エリー・グリニッチも間違いなく1960年代前半の米ポップスを彩ったブリル・ビルディングサウンドの立役者の一人です。
ロネッツの<Be My Baby>、クリスタルズの<Da Doo Ron Ron>、ボブ・B・ソックス&ブルージーンズの<Not Too Young To Get Married>、シャングリラスの<Leader Of The Packs>、マンフレッド・マンのカバー版が有名な<Do Wah Diddy Diddy>…。思いつくまま挙げてくだけで、そのまま「60sポップスベスト」が出来上がりそうです。
個人的に思い入れがあるのはロネッツの<I Can Hear Music>。これ、最初はビーチボーイズのカバー版の方を先に知ったんですよね。てっきりブライアン・ウィルソンの曲だと思ってたところ、調べてみたらエリー・グリニッチと彼女の夫ジェフ・バリーの曲だった。長らく僕にとって歴史の最奥部だったビーチボーイズの、そのさらに後ろにキラキラと輝く鉱脈が眠っていることを最初に気づかせてくれた1曲でした。
さて、そのエリー・グリニッチですが、実はキャロル・キング同様に自身も歌手として活動していました。1963年、前年に結婚した夫ジェフ・バリーと共作した<What A Guy>をThe Sensationsというドゥーワップグループに書き下ろし、自分とジェフの声でデモ音源を吹き込んだところ、レーベルはなんとそのデモのほうをシングルとして発売することを決めるのです。
そうしてにわかに急造されたグループがThe Raindrops。グループといっても、実際にはエリーとジェフの2人で多重録音し、あたかもグループっぽく見せていた、人気ソングライターによる一種の覆面グループでした。ステージでは(ライブをやることが驚きですが)エリーの妹のローラに衣装を着せて、歌に合わせて口パクさせてグループっぽく見せていたそうです。ローラはアーティスト写真にも「メンバー」として顔を出しています。
しかし、エリーとジェフが作り出した数々の大ヒット曲たちに比べると、彼女たち自身が歌うThe Raindropsは大したヒット曲を残せませんでした。数枚のシングルとアルバム『The Raindrops』をリリースした後、65年には活動を休止。ちょうどその頃エリーとジェフは離婚をするので、ちょうど彼女たちが夫婦だった時期がグループの活動期と重なることになります。こうしてThe Raindropsという名前は、一部のポップスファンの記憶の中でのみ生き続けてきたのです…。
…というキャリアについて知ったのは、実はThe Raindropsの音楽を聴いてしばらく経った後のこと。初めて聴いたとき、それがエリー・グリニッチ自身の声だとも知らず、僕は「むちゃくちゃいいな!何このグループ!」と思ったのでした。
気に入った理由はシンプルで、ボーカルは女性なのに曲はドゥーワップという点がとても新鮮だったからです。<I Can Hear Music>をきっかけにブリル・ビルディングサウンドに傾倒していた同じころ、僕は同時代を代表するもう一つのスタイル、ドゥーワップにもハマっていました(その結果シャネルズに行きつくわけです)。The Raindropsは、その2つの音楽スタイルがハイブリッドされた、僕にとっては夢のようなグループに思えたのです。
このハイブリッド感は、前述の通りデビューのきっかけがドゥーワップグループに提供した曲で、デモ音源を作るためにハーモニー部分はエリーが多重録音せざるをえなかったという、言ってみれば「たまたま」にすぎません。けれど、60年代前半を代表する2つのスタイルが、縁の下で支えていた2人のソングライター自身の声で混ぜ合わされたという事実は、圧倒的後追い世代である身からすると、とてもドラマチックに思えるのです。
ツイート

ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

