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風景と音楽の組み合わせが
「自分だけの映画」を生む


 先月TOKYO-FMで、村上春樹が初めてラジオDJを務めた番組『村上RADIO』が放送されました。

 本人も番組の冒頭で「僕の声を初めて聴く人もいるかもしれません」と言ってましたが、確かに非常にレアな機会だったと思います。僕も、彼がまとまった量の日本語を、それもカジュアルな口調で喋るのを耳にしたのは初めてでした。意外だったのは、イメージよりも声が若かったこと。あと、村上春樹も普通に笑うんだってこと(当たり前か)。

 番組は、村上春樹がランニング中に聴く音楽(1000〜2000曲入っているiPodを7台ほど持っているらしい)から本人がセレクトしたいくつかの曲を紹介するというもの。ジャズからポップ、ロックまでジャンルはいろいろでしたが、本人曰くランニングに向いている音楽は「なるべくリズムが一定で、できれば勇気を奮い立たせてくれるようなもの」ということで、軽快で元気なナンバーが多かったですね。

 興味深いのはカバー曲が多いことでした。Zachariasの<Light My Fire>とかBen Sidranの<Knockin’ On Heaven’s Door>とか。ジョージ・ハリスンもカバー曲でした。しかしなかでも驚いたのはJoey Ramoneの<What A Wonderful World>。村上春樹、ラモーンズなんて聴くんだ!でもこの曲は確かにランニングにはすごい合いそう。

 そういえば、以前エッセイで、「ビートルズはもう山ほど聴いたから、今はもっぱらカバーしか聴かない」みたいなことを書いてましたね。その気持ちは分かる気がする。
(YouTube)

 僕もランニングをするけど、音楽は聴きません。走り始めた当初はiPodを必ず携帯してたんですが、2、3か月もすると聴かなくなりました。

 理由は2つあって、1つは汗が流れ込んでイヤホンを1本ダメにしてしまったこと。もう1つは、音楽が邪魔に感じるようになったこと。音楽を聴いていたのは走る間の退屈対策だったのですが、2、3か月経って徐々に身体がランニングに慣れてくると、走ること自体が楽しくなってくるので、音楽はむしろ余計だと感じるようになったのです。以来、一度も音楽を聴きながら走ったことはありません。

 だけど1つだけ、ランニング中に聴いていた音楽で忘れられない記憶があります。

 ランニングを始めて最初の冬のことでした。12月の頭、よく晴れた土曜日の早朝に、いつも走っていた近所の都立公園へ行くと、例年よりも長く枝にしがみついていた銀杏の葉が一斉に散り始めていました。まるで絨毯のように真っ黄色に染まった地面を走り始めたとき、イヤホンから流れてきたのは、ボブ・ディラン『Bringing It All Back Home』でした。

 1曲目の<Subterranean Homesick Blues>の乾いたギターの音、2曲目<She Belongs To Me>のディランの繊細な声と優しいメロディ。それらが、黄色い地面と青い空、冬のキンとした空気にピタリとハマりました。

 走りながら、まるで映画を見ているような錯覚に陥りました。風景と音楽が、僕のなかで宿命的なほど完璧に溶け合いました。あまりの美しさに「生きててよかった!!」と心の中でガッツポーズをとったのを、はっきりと覚えています。1965年にリリースされたこのアルバムは、ディラン初のエレクトリックアルバムとして知られる名盤中の名盤ですが、あの日以来、僕は聴くたびに12月の早朝の公園を思い出すのです。

 僕は村上春樹にとってのランニング音楽のように、行動(アクション)と音楽が結びついた経験はあまりないんですけど、そのかわりに、ボブ・ディランのときのような、風景と音楽が結びついた経験はたくさんあります。

 一番多いのは電車に乗ってるときで、たまたまイヤホンから流れてきた音楽によって、見慣れたはずの車窓の風景が物語のワンシーンのように見えることは、日常的によくあります。こないだも夕方の東横線に乗っていて、遠くに三軒茶屋のキャロットタワーが見えたんですけど、その瞬間ホムカミの2ndが流れて、「ああ、あの場所に行きたいなあ」というようなくらくらするほどの切なさを感じました。なんだったんだろう、あれは。

 こういうのって狙って味わおうとしてもダメで、ある風景とある音楽、さらにはそのときの自分の心理状態なんかも含めて偶然生まれるものなんですよね。そして、偶然だからこそ、この「自分だけの映画」を見られることにはある種の快感があります。僕が電車に乗るときに必ず音楽を聴く理由は、退屈対策もあるけど、それ以上にこの不思議な快感への期待が大きいかもしれない。さらにいえば、僕がずっと劇団で選曲をやってきたのも、「風景(シーン)と音楽の組み合わせ」への好奇心が、形を変えて表れた結果なんじゃないかという気がしてきました。

 …というようなことを『村上RADIO』を聴き終ってから考えていました。なんだか、自分の音楽遍歴をひもとくキーワードが、思いもかけず見つかったような気分です。番組の趣旨とはだいぶずれるけど、これもある意味では「風景と音楽」と同じ、偶然が生んだ何かに違いありません。

『村上RADIO』は10月に第2回が放送されるそうです。








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