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来たるべき「90年代ブーム」では
何が語られるのか


 宮藤官九郎『あまちゃん』で80年代カルチャーネタをふんだんに盛り込んだように、当時を青春時代として過ごした世代が働き盛りに突入したことで、一種の80年代リバイバルが起きています。その一つの典型が、「おじさんたちが青春を過ごした80年代の音楽を語り合う」というコンセプトの番組『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BS TwellV、金曜深夜、10月からはゴールデンに移動)。

 マキタスポーツスージー鈴木という、80年代に青春時代を過ごしたおじさん2人による音楽トークは、ひたすら独断と偏見と過剰な思い込みに満ちていて最高です。ポカンとしているカセットガールに対し、おじさん2人が「仕方ねえな」という感じでコードや歌詞や時代背景を熱く説明するんだけど、実はカセットガールがおじさん2人を「かまってあげている」という構図も、自分の将来を見るようでたまりません。

 僕は第1回から全て見ているのですが、最高だったのは「春の名曲フェア〜マキタの春〜」という回。「意気揚々と上京してきたマキタスポーツが大学デビューに失敗して、部屋で悶々としながら聴いた曲」なんていう個人史すぎる曲ばかりを紹介するのですが、「知らねーよ!」と突っ込みながらもめちゃくちゃ面白かったです。スージー鈴木の著書を紹介した時にも書いたことですが、そういう主観的で個人的で偏った文脈とともに知った音楽のほうが、客観的な分析や解釈とともに知った音楽よりも、むしろ「聴いてみたい」と思ったりするんですよね。音楽評論というと「上から目線のシニカルな分析」や「文脈でっち上げて煽る提灯解説」ばかりが目につく昨今、徹底的に個人の思い入れを切り口にして音楽を語るこの番組はマジで希望です

 実際、この番組にはかなり影響を受けてます。松田聖子薬師丸ひろ子を本腰入れて聴くようになったのも、そこから派生して『松田聖子と中森明菜』や『角川映画1976-1986』といった本に食指を伸ばしていったのも、この番組が大きなきっかけでした。考えてみれば、そのように複数のメディアにわたって80年代関連コンテンツを延々とハシゴできること自体が、世間に「80年代リバイバル」があることの証だといえるかもしれません。

 なぜ僕は80年代に惹かれるのか。僕は81年生まれなので、主体的に80年代コンテンツを消費していた世代ではありません。でも、TVでチラ見した映像や耳にした曲、それらが醸し出す匂いは記憶にあります。そのおぼろげな記憶は、当然ながら僕の感性に大きな影響を与えているはずです。そういう意味でこの番組は、僕自身の感性の源流を紐解いてくれるような存在なのです。

 6月に発売された『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』は、この番組の書籍版。清水ミチコとの対談など、書籍オリジナルのコンテンツはあるものの、メインは過去の放送の文字起こしです。DVDやブルーレイではなく書籍というところに、なんとなく深夜のBS放送っぽさを感じなくもないのですが、なにせとんでもなく情報量の多い番組なので、映像化よりも書籍化はむしろファンとしてはありがたい対応でした。

 さて、消費者層の加齢に伴ってリバイバルが起きるなら、あと10年もすれば「90年代ブーム」が起きるはずです。そこでは一体何が語られるのでしょうか。80年代は僕にとっては「歴史」の範疇でした。しかし90年代は、僕が当事者として過ごした時代です。「90年代ブーム」で何が語られれば、当事者として納得できるのか。80年代の話を楽しそうにするおじさん2人を見ていると、果たして自分はそこまで90年代の音楽に思い入れをもって接していただろうかと、期待半分・不安半分の複雑な気分になります。






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