NEIL_SEDAKA_BEST+SELECTION-109033

「シンガーソングライター」
という呼び名がなかった頃の話


 オールディーズを聴きこんでいくと、途中でぶち当たる壁の一つが「音楽出版社」という存在です。「音楽の出版」ってどういうこと?レコード会社とは違うの?

 1960年代の半ばまで、曲を作る人とそれを歌う/演奏する人とは、別々であるのが一般的でした。歌手はもっぱら与えられた歌を吹き込むのが仕事で、彼らが歌う曲を作るのは大勢の専門的な職業作曲家たちでした。そして、歌手がレコード会社に所属して自分のレコードを世に出すのと同じように、職業作曲家が自身の曲を売るためにエージェント契約を結ぶのが、音楽出版社でした。

 レコードが普及する以前、音楽は楽譜の形で流通していました(シートミュージックと呼ばれます)。音楽出版社はこの時代に、楽譜を販売する文字通りの出版社としてスタートします。彼らは優れた作曲家を抱え込み、ピアノと机を与えて次から次へと曲を書かせました。音楽出版社が集まるNYの通りが、四六時中ピアノが鳴り響き、まるで鍋や釜を叩いているように騒々しかったところから「ティン・パン・アレー」と名付けられたのは有名な話。やがてレコードが一般的になると、歌手や演奏家が録音する曲(今風にいえばコンテンツ)をレコード会社に向けて売る業態にシフトしていきます。

 例えばScepter Recordsが、出戻りガールズグループのシュレルズでシングルを1曲作ろうと思ったとします。するとディレクターは(ひょっとしたらプロデューサーのルーサー・ディクソンも)まず、音楽出版社を片っ端から訪ねて、カタログを眺めながらシュレルズに合う曲を探します。

 やがて、新興の音楽出版社アルドン・ミュージックのカタログで、ジェリー・ゴフィンとキャロル・キングという若いソングライターが作った<Will You Love Me Tomorrow>が目に留まります。レーベルはアルドンに既定の使用料を払ってこの曲を録音する権利を買い、スタジオに戻る…というのがおそらく一般的なパターンだったろうと想像します。当時は音楽出版社が、音楽業界の重要なプレイヤーであり、ヒットのカギを握る存在でした。


 エルヴィスのようなスーパースター歌手が登場すると、レコード会社がカタログのなかから既存の曲を選ぶのではなく、音楽出版社のほうから「この曲をエルヴィスに歌わせませんか?」と営業をかけるようになるのですが、60年代に入るとさらに一歩進んで、レコード会社が「今度Aというアーティストが●●っていうテーマでシングル出すんだけど、いい曲ない?」と今でいうコンペのようなやり方で音楽出版社から曲を募るようになります(このやり方を最初にやり始めたのは、かのフィル・スペクターだそうです)。

 ちなみに、日本にもシンコーミュージックとか音楽之友社とか歴史の古い音楽出版社はありますが、アメリカのそれとはだいぶ立ち位置が異なります。日本の場合は作曲家や作詞家もレコード会社が契約で囲い込んで、自社に所属する歌手だけに曲を書かせる「専属制度」とよばれる仕組みが一般的だったので、音楽出版社は音楽書籍や楽譜の出版を事業の核としていました。

 音楽学者の輪島裕介が著書『作られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』で指摘していますが、アメリカでは曲を提供する側と録音する側が切り分けられていたことで、同じ曲を異なるアーティストがカバーすることが可能になり、その結果時代を超えて愛聴される「スタンダードナンバー」が数多く生まれたのに対し、作曲家が自社以外の歌手には曲を提供できない日本の「専属制度」のもとでは、スタンダードナンバーやカバー文化が生まれにくかったという側面がありました。


 ただし、アメリカでも60年代が終わる頃には音楽出版社の存在感はぐっと小さなものになります。理由は単純で、歌手自身が曲を作る自作自演が一般的になったから。歌手が自分で歌を作ってそれがヒットするのであれば職業作曲家は相対的に減少し、必然的に「職業作曲家のエージェント」としての音楽出版社も力を失います。

 自作自演の歌手は50年代から増え始めます。当時はまだ「シンガーソングライター」なんていう言葉はありませんでした。レイ・チャールズサム・クック、やや時代がくだってチャック・ベリーリトル・リチャードなど、R&Bにおいて活躍が顕著でしたが、50年代後半からはポップスでも自作自演歌手がちらほら登場し始めます。その代表格がポール・アンカデル・シャノン、そしてニール・セダカでした。

 ようやく出てきました、今回の主人公ニール・セダカ。なぜニール・セダカの話を始めるのに音楽出版社の話を枕にしたのかは・・・次回書きます!







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