
ただの「流行歌」が
60年後の今も胸を打つ
先週まで3回にわたってニール・セダカの話を書いてきました。そこでもふれましたが、ニールがポップス向きの曲を作り始めるきっかけを作ったのが、近所に住む3歳上の詩人の卵、ハワード・グリーンフィールドとの出会いでした。彼らは作曲家と作詞家としてコンビを組み、やがてアルドン・ミュージックと契約し、コニー・フランシスをはじめ、たくさんの歌手にヒット曲を提供していきます。
当時、売れっ子作詞家はたくさんいましたが、そのなかでハワードはどちらかというと地味なほうだと思います。ジェリー・ゴフィンのような直截さはないし(「Breaking Up Is Hard To Do」とかなんかちょっとまどろっこしいですよね)、ドク・ポーマスのような年齢からくる渋いレトリックみたいなものもない。でも、僕ハワードの歌詞って大好きなんですよね。いくつか紹介したいと思います。
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<My Heart Has a Mind of Its Own>
Connie Francis
1960年に、ハワードがジャック・ケラーと組んでコニー・フランシスに提供した曲で、全米1位をとったシングルなんですけど、日本人的な感覚からすると、まずタイトルがスッと頭に入ってこない感じしますよね。でも、この回りくどい感覚こそが、ハワードの売りなのです。実際に歌詞を見てみましょう。
I told this heart of mine
Our love could never be
But then I hear your voice
And something stirs inside of me
Somehow I can't dismiss
The memory of your kiss
Guess my heart has a mind of its own
どうです。なんだか粘っこいでしょう。要は「別れたあなたのことが忘れられない」というだけの内容なんですけど、それを「私のハートは私とは別の生き物なのだ」と表現するこのセンス。今の感覚からすると、あまりにダイナミックなレトリックですが、僕は嫌いじゃないです。さらに歌詞はこう続きます。
No matter what I do
No matter what I say
No matter how I try
I just can't turn the other way
When I'm with someone new
I always think of you
Guess my heart has a mind of its own
この「No matter〜」の繰り返しなんてさらに粘っこいですよね。しかもF#→C#→B#と落ちていくメロディーを、コニー・フランシスが情感たっぷりに歌うので、余計に「ああ、辛いんだなあ」と感じてしまいます。
<Everybody's Somebody's Fool>
Connie Francis
続いてもジャック・ケラーとのコンビでコニー・フランシスに提供した曲。この曲も全米1位をとりました。しかも、この<Everybody's Somebody's Fool>(60年4月)の次のシングルが前述の<My Heart Has a Mind of Its Own>(60年7月)だったので、2作連続の1位ということになります。この時期のコニー、ジャック、ハワードというトリオは非常に勢いがあったんですね。
が、曲の内容はやっぱり粘っこい系。歌詞を見てみます。
The tears I cried for you could fill an ocean,
But you don't care how many tears I cry
And though you only lead me on and hurt me,
I couldn't bring myself to say goodbye
'Cause everybody's somebody's fool
Everybody's somebody's plaything
And there are no exceptions to the rule
Yes, everybody's somebody's fool
「あなたは私を傷つけることしかしない。私はただ泣くだけ。なのに私はあなたにさよならできない。だって誰かを好きになったが最後、人は誰しも愚か者になるものだから」といったような意味ですが、「頭で分かっていても心がいうこと聞かないの!」という点では<My Heart Has a Mind of Its Own>と通じている気がします。
ただ、この曲は最後にガラッと風景が変わります。1番、2番は「私」の視点で歌われるのですが、3番になると「あなた」に視点が変わるのです。
Someday you'll find someone you really care for
And if her love should prove to be untrue,
You'll know how much this heart of my is breakin'
You'll cry for her the way I cried for you
Yes, everybody's somebody's fool
Everybody's somebody's plaything
And there are no exceptions to the rule
Yes, everybody's somebody's fool
さんざん私を傷つけてきた「あなた」も、いつか愛する誰かと出会い、その誰かとの愛が成就しなければ、きっと今の私と同じように泣くでしょう…と歌ってもう一度サビのフレーズを繰り返すわけですが、最後に「あなた」が主人公になることで、「愚か者」であるのは決して「私」だけではなくみんなそうなんだ(everybody's somebody's fool)ということがわかるという仕掛けになっているのです。
僕、最初にこの歌詞を読んだときに、仏教的な無常感すら感じました。3コードで進むカントリー調のシンプルなメロディで、コニーも実にカラッと軽く歌うのですが、その淡々とした感じが逆に人生の真理めいていてゾッとしちゃうんですよね。名曲です。
<Crying In The Rain>
The Everly Brothers
1962年に全米6位のヒットとなった曲で、作曲はキャロル・キング。ハワードとキャロルが組んだ唯一の曲です。ちなみに、ハワードとキャロル、そしてジャック・ケラーはみんなアルドンの同期でした。
タイトルに「Crying」とあることからもわかるように、この曲もまた悲しい曲です。
I'll never let you see
The way my broken heart is hurtin' me
I've got my pride and I know how to hide
All my sorrow and pain
I'll do my cryin' in the rain
ああ、もう読んでるだけで泣きそう。「君と別れた悲しさに胸が張り裂けそうだけど、君に悲しんでいる姿を見せたくないから雨の中で泣こう」という曲。前述の2曲はどちらかというとヒネったところがありましたが、この曲はもっとシンプルでストレートです。これ、メロディも本当にいいんだよなあ。
一番グッとくるのはブリッジ。
Rain drops fallin' from Heaven
Could never wash away my misery
But since we're not together
I look for stormy weather
To hide these tears I hope you'll never see
悲しみを流すためではなく、ただこの涙を隠すために、僕はずっと嵐が来るのを待っている―。ああもうつらいつらい。聴いているだけでつらすぎる。雨をモチーフにした失恋ソングってたくさんあるけど、間違いなく屈指の名曲だと思います。
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以上、3曲を選んでみました。ハワードが手掛けた楽曲は、もちろん他にたくさんあります。代表曲は60年代が多いですが、70年代以降も活動は衰えませんでした。73年には、盟友ニール・セダカとのコンビで<Love Will Keep Us Together>を発表し、後にカバー版が全米1位になります。亡くなったのは86年。50歳を目前にした早すぎる死でした。
これはハワードに限らずですが、この時代(60年代前半)の歌詞って、非常にシンプルだったんだなあと改めて感じます。不要なレトリックはなく常に明快で、僕のように特別英語ができるわけじゃない外国人でさえ意味がつかめる。
おそらくこれは、当時のポップソングが、アートであるよりも前に、10〜20代の若いリスナーに流通することを目的とした「商品」だったからでしょう(ポップソングが芸術たりうると認識され始めるのはもうちょっと後の話)。いっときの流行歌として生まれたはずのポップソングが、半世紀以上経った今の時代にも通用する普遍的な感動をもっていること、しかもそれが当時20歳そこそこの若いライター達によって作られていたことを思うと、なんだかとても熱い気持ちがこみ上げてきます。
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