週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

映画

映画 『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』

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シリーズの命運は
「スピンオフ」が握ってるんじゃないか


遅ればせながら『スター・ウォーズ』のスピンオフ、
『ローグ・ワン』を見てきました。
めちゃくちゃ面白かった!

『エピソード4』の前日譚ということでしたが、
マジであの10分前までの話なんですね。
思わず家に帰ってから『エピソード4』見返しちゃいました

『ローグ・ワン』見た後だと『4』の見え方がまったく変わりますね。
序盤のR2-D2とC-3POの逃亡劇を、
今までは「2人とも可愛いなあ」なんて感じでのほほんと見てたけど、
もう一切笑えないです
あの2人のドロイドが、文字通り全宇宙の命運を握ってたわけで、
そう考えると、オーウェンおじさんが最初にジャワから買った赤いドロイドが、
もしあのとき壊れてなかったらどうなってたんでしょうか。
銀河帝国を倒した最大の功労者は、実はあの赤いドロイドだったんじゃないかと、
かなり本気で思っちゃいました。

あと『ローグ・ワン』は登場人物がみんな“濃くて”良かったです。
特にキャシアン・アンドー
物心ついたときから反乱軍に参加し、
善悪の区別も大義も分からないまま戦争に巻き込まれ、
暗殺やスパイといったほの暗い作戦に従事していた彼の存在は、
「反乱軍=善、帝国=悪」というこれまでの単純な捉え方に、一石を投じたと思います。

また、通して見ると悲しい物語であるという点も、
「本家」にはなかった魅力です。
単に番外編として楽しめるというだけでなく、
「本家」の解釈にも深さと奥行きを与えたという点で、
スピンオフ作品としては一つの究極形と言っていいと思います。


オリジナル作品が築いた強固な世界観を「器」として、
その中でさまざまな作家が実験を試みて、それがさらに器に広がりを与える。
こうして世界観が際限なく広がっていく作品群って何かあったよなと思ったら、
ガンダムがまさにそれですね。

スピンオフは今後も制作が予定されていますが、
今後は、ガンダムでいうところの『第08MS小隊』のような、
「同じ世界で起きていた全く別のドラマ」も見たいところです。
というのも、スター・ウォーズの世界が今後も支持され続けるには、
本家よりもむしろスピンオフの方が重要だと思うからです。

ディズニーの会長は一昨年から始まったシークエル・トリロジーの、
さらにその先(つまり『エピソード10』以降)の可能性を示唆しているそうですが、
垂直方向に続編を作り続けるだけでは、いずれ世界観は陳腐にならざるをえません。
必要なのはガンダムのように、水平方向に世界観を肥えさせることだと思います。
※スター・ウォーズはアニメがめちゃくちゃ面白いので、
※個人的にはアニメによる展開に期待しています

ただ、「肥えさせる」といっても、
広げ過ぎて世界観そのものを逸脱してしまったらアウトなわけで、
どういうストーリーやキャラクターなら「アリ」でどこからが「ナシ」なのか、
その境界線の線引きは非常に難しそうです。

たとえば『ローグ・ワン』の場合、
チアルートをドニー・イェンが演じたことには、個人的には違和感がありました。
スター・ウォーズには元々、ライトセイバー剣術を代表とする、
アクションに関しての独自の様式美があります。
ところがドニー・イェンの参加によって、
そこに、中国武術という既存の(現実にある)様式美が
紛れ込んできてしまったような気がしました。
スター・ウォーズの世界ではアクションの様式美の元祖であるジェダイよりも、
設定上はジェダイよりも格下であるチアルートのアクションの方が洗練されているという、
奇妙な逆転現象が起きてしまっていたのです。

でも、ドニー・イェンのアクションを、
スター・ウォーズの新しいスタイルとして歓迎した人も大勢いたはずです。
だから、結局大事なのは、制作側のチャレンジを基本的には応援しつつ、
できあがった作品に対してその都度、
それぞれの観客が「アリ」「ナシ」と声を上げることなのかもしれません。

スピンオフ第2弾は若き日のハン・ソロを描くことが決まっていますが、
僕は是非、一度企画が頓挫したというボバ・フェット主役の作品が見たい。
あまりにかっこ悪い最期を遂げたボバの汚名をそそぐチャンスを…。






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映画 『Eight Days A Week』

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そして彼らは
「大人」になっていく


『アポロ13』や『ダヴィンチ・コード』で知られる映画監督ロン・ハワードによる、
ビートルズのドキュメンタリー映画『Eight Days A Week』を見てきました。
主にキャリアの前半期、特に63年から66年までの、
殺人的なスケジュールでツアーを回っていた時代のビートルズが取り上げられています。

ビートルズのドキュメンタリーというと、
アップルが95年に制作したTVシリーズ『アンソロジー』があります。
ちなみに『Eight Days A Week』もアップル作品で、
『アンソロジー』以来21年ぶりのビートルズ公式ドキュメンタリーに作品になります

結成前から解散までの全キャリアを取り上げ、
総収録時間10時間超という『アンソロジー』を「通史」とすると、
今回の『Eight Days A Week』は「テーマ史」というような位置づけです。
そのテーマとは「ビートルズはなぜツアーをやめたのか」

もっとも「なぜ」といっても既にあちこちでいわれている通り、
「あまりの人気の過熱ぶり(に伴うさまざまなストレス)にうんざりしたから」が
その理由なのですが、映画を見ると、
単に知識として知る以上の納得感が得られます。

滞在先のホテルには大勢のファンが四六時中詰めかけるから、
外に一歩も出られずライブ会場と往復するだけの缶詰め状態。
オーストラリアでは、空港からホテルまでの沿道に25万人集まったといいますが、
増え続ける観客を収容するため、ライブ会場はどんどん大きくなっていくけど、
音響環境は今とは比較にならないくらいチープだから、
観客に音が届かないどころか、自分たちの演奏する音すら聞こえない。
なのに続々と柵を乗り越えてステージに駆け寄るファンが続出するから、
ますます警備は厳重になり、ライブが終わると囚人護送車のような車に押し込まれる。
こんなのがほぼ毎日のように(30日間で25都市回るとか)続くわけです。
「そりゃあツアーやめるよ。これじゃあ仕方ねえよ。」としみじみ感じます。

4人を追い回すファンやライブ会場での観客の熱狂する姿を映した断片的な映像から、
僕のような後追い世代はビートルズの人気のすごさについて、
なんとなく漠然とでしか想像できないところがありますが、
この映画を見ていたら、彼らほどの人気者はそれ以前には存在しなかった、
つまり、「スター」という存在自体が人々にとっても初めて経験するもの
だったんだなあという気がしました。

んで、僕がもう一つ深く納得したのが、
4人がツアーにうんざりし始めた背景として、
それぞれが「ビートルズ以外の生活を持ち始めたこと」が挙げられていた点でした。
ジョンは息子が生まれ、リンゴは映画俳優として活動し始め、
ジョージはインド音楽に傾倒し、ポールは映画音楽を手掛けるようになり…などなど。

それぞれが個人としての人生を築き始めた結果、デビュー初期のように、
もてるエネルギーの全てをバンドに注ぐわけにはいかなくなったというのです。
(こうした時期に例の「ブッチャーズカバー」が撮影されたのは非常に象徴的です)
そして、そうした段階に進んだ彼らが、
バンドの目的から最も遠いものになってしまったライブ活動(ジョン曰く「サーカスの見世物」)を
真っ先に切ったのは必然でした。

まるでメンバー全員で一つの人格を共有していたかのように一枚岩だった集団が、
時間が経つにつれて、「個人」という名の溝を抱えるようになる。
これはどんな集団でも(若いころに組んだ集団は特に)避けては通れない宿命です。
僕自身も劇団という集団にいたから、身をもってわかる。

「溝」という表現をしましたが、集団が個人と個人の集まりである以上、
これは当たり前の、ごく自然の流れです。
ファンは(時には当事者であるメンバー自身も)変わらないことを望むけど、
もし実際に注ぐエネルギーも関心の高さも変わらないなんてことがあるとしたら、
思い出にしがみついているか、強権的な力で「個」を抹殺しているかのどちらかしかありません。
余談ですが、ビートルズ解散の理由について、僕が最も納得したのは、
リンゴがインタビューに答えた一言「大人になったから」でした。

もし仮に、当時の音響設備が格段に良くてツアー日程も余裕があって、
プライバシーも守られているような環境だったとしても、
遅かれ早かれビートルズはああいう形でのツアー活動は、
いずれ止めていたんじゃないかなあと、映画を見ながら考えてました。


最後に、映画の良かったところについてもう3点だけ。

一つは、64年のフロリダ州ジャクソンビルでの公演で、
当初会場の座席が黒人と白人に分けられていたのを、
それを聞いたビートルズの4人が、
「黒人も白人も一緒の席じゃなければ公演はやらない」と、
観客の人種差別的待遇を断固拒否したという事実。
これ、初めて知りました。
当時の時代状況と4人の年齢(20歳そこそこ)を考えると、
その根性のある姿勢に素直に感動しました。

もう一つは、ウーピー・ゴールドバーグのインタビュー。
少女時代、ビートルズの大ファンだったウーピーは、
地元NYのシェイスタジアムで彼らがライブを行うと聞き、
「どうしても行きたい!」と母親にお願いするのですが、
「お金がないの」と断られてしまいます。
ところがお母さんはウーピーに内緒でお金を工面し、なんとかチケットを2枚手に入れます
そしてライブ当日、何も知らないウーピーに「出かけるわよ」とだけ告げて、
シェイスタジアムの前まで連れて行き、そこで初めてチケットを彼女の前に差し出すのです。

最後の一つは、ポールのインタビュー。
彼は14歳のころ、既に作曲を始めていたのですが、
友人に「作曲が趣味なんだ」と言っても、
「ふうん。そんなことよりサッカーはどう?」と、
まるで興味をもってくれなかったそうです。

そんな彼に初めて「僕も作曲をしている」と言った少年がいました。
彼の名はジョン・レノン。
「ジョンは僕にとって初めて出会った同じ趣味の友達なんだ」という言葉は、
なんかとても泣けました。

以前、リバプールに行ったときの記事でも書きましたが、
ビートルズというのはイギリス中のエリートが集まって結成されたわけではなく、
偶然近所に住んでいた友達同士で組んだというだけの、
どこにでもいる普通のバンドだったのです。

この映画に収められたのは、
そんなリバプール郊外の少年たちが、
世界中を席巻し、やがて大人になっていく瞬間だといえます。








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映画 『シン・ゴジラ』

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何かを好きになるということは
「孤独になる」ということだ


「ソーシャルだ」「つながりだ」と盛んに言われる時代に、
こんなことを言うのはサムいのかもしれませんが、
僕はシェアとか共有なんてクソくらえだと思ってます。
もちろん、共有したいと思う気持ちはすごく理解できる。
でも、本当に共有したいと思うものほど、共有できない。
僕はそう思っています。

初めて僕が他人と何かを共有したいと激しく願ったのは、
小学校5年生のときにゴジラを好きになったことがきっかけでした。
当時僕は、文字通り寝食を忘れるくらいゴジラに夢中でした。
そして、「世の中にはこんなに面白いものがあるのに、クラスのみんなは知らないなんて!」という
(本人にとってはあくまで)正義感から、僕はクラスの友達にゴジラの面白さを「布教」しました。
ビデオを見せ、怪獣図鑑を貸し、自作のクイズを出題し続けた結果、
何人かの友人は僕の話に耳を傾けてくれるようになりました。

でも、僕は虚しい気持ちでいっぱいでした。
だって、友人たちが僕の話に耳を傾けていたのは、
ゴジラに興味を持ったからではなく、ヒマつぶしや、単なる僕への気遣いだったからです。
僕の情熱との間には、明らかに温度差があったのです。
そこでようやく僕は、友人たちと本当に共有したいのは、ゴジラの知識ではなく、
「僕がいかにゴジラを好きなのか」「なぜゴジラが好きなのか」という
“気持ち”だったんだと気付いたのです。

困ったことに、僕が共有したいと願った“気持ち”は、
僕自身でさえもうまく言葉に直すことができませんでした。
だって、「なんでそれを好きなのか」を誰にでもわかるように説明するなんて、
大人になった今でさえ無理なのですから。
だから、友人が僕の話に耳を傾けてくれる機会があっても、
モゴモゴするだけで、せっかくのチャンスをフイにしてばかりでした。

僕が当時、なぜあれほど「ゴジラへの愛の深さ」を共有したがっていたかというと、
それが最もよく「僕自身を理解してもらうこと」だったからです。
好きな食べ物や得意な教科をいくら知ってもらっても、
僕は僕自身を理解してもらえたとは思えませんでした。
それよりも、僕が本当に好きなものについて「なぜそれを好きなのか」を理解してもらえれば、
僕自身を理解してもらえるんじゃないかと思ったのです。


僕が本当に話したいのは、ゆうべのテレビ番組の感想でも、
「隣のクラスの誰が誰を好きで」みたいなどうでもいい噂話でもなかった。
でも、「本当に話したいこと」をうまく話せる自信もない。
そうするうちに、僕は「ゴジラが好き」という事実そのものを隠すようになりました。
ハイロウズの<青春>という曲に、
「心のないやさしさは 敗北に似てる」というフレーズがありますが、
自分の一番大事なものに中途半端に興味を示されることほど屈辱的なものもなかったからです。
「あ〜ゴジラね。口から火吐くんでしょ。」みたいな。

何かを好きであればあるほど、その気持ちは他人と共有できない。
何かを好きになるということは、孤独になるということだ。

10歳そこそこで実感したこの確信は、20年以上たった今も揺らぐことはありません。
変わったのは、「好きなものを共有できない孤独」に慣れたことです。

『シン・ゴジラ』を見ながら、僕はずっとそんなことを考えていました。






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映画 『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』

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美しさと、その代償

ビーチボーイズブライアン・ウィルソンの栄光と混乱に満ちた人生を、
実際のエピソードを基にして映画化した作品。

華々しい成功を得た大小に、精神に異常をきたしていく60年代のブライアンをポール・ダノが、
長い療養生活の果てに現在の妻メリンダとの出会いをきっかけに再生していく
80年代のブライアンをジョン・キューザックが、「二人一役」スタイルで演じています。
タイトルになっている「ラブ&マーシー」とは、
復活した88年のソロ第1作『ブライアン・ウィルソン』の1曲目に収録されている曲タイトル。

実際の出来事を忠実に再現している、ある意味ドキュメンタリーなので、
映画を見て初めて知った(気付いた)ことはいくつもあります。

例えば、アルバム『ペット・サウンズ』の挑戦と『グッド・バイブレーション』の成功、
そして『スマイル』の頓挫という、60年代の出来事は有名ですが、
その後の停滞期と復活までの経緯は、実はそこまで詳しく知りませんでした。
なので、この映画がその空白を埋める、一種の歴史資料になりました。

それと、マイク・ラブ
マイクって『ペット・サウンズ』のサウンドを聴いて「こんなの犬にでも聴かせとけ!」って言い放ったり、
今でも我が物顔でビーチボーイズ名義の使用権を独占してたり(書いていてムカついてきた)、
ビーチボーイズ物語(というかブライアンの物語)では間違いなく「悪役」じゃないですか。

だけど、映画を見て、
まあ、マイクもマイクなりに考えてのことだったのかなあ」なんて思いました。
彼はリスナーがバンドに求めているもの(男女で踊れる軽快な音楽)が分かっていたからこそ、
ブライアンが『ペット・サウンズ』で飛躍していくことが「バンドの危機」に映ったのでしょう。

それまでとは打って変わり、極めて内省的で、
ときにドラッグを連想させるような歌詞を書いてきたヴァン・ダイン・パークスをクビにしたのは、
マイクが単に作詞家の座を奪われて嫉妬しただけではなかったのかもしれません。

#でも、2012年のリユニオンの後、(やっぱり)ブライアンとアルをバンドからクビにしたので、
#僕は相変わらず嫌いですが

あと、ブライアンの「弱さ」
彼は長らく臨床心理医のユージン・ランディのコントロール下にあり、
それは病気に苦しむブライアンをさらに追い詰める原因にもなっていました。

しかし、子どもの頃から暴力的な父マリーに抑圧され、
マリーをマネージャーから解雇した後も「父だから」と必死に歩み寄っていたブライアンは、
誰かに導いてもらわなければダメなタイプ」であり、たとえその人物が自分を抑圧しようとも、
自分を「愛している」と言われてしまえば(方便だとしても)従ってしまう、
生来の甘えん坊だったのかもしれないと思いました。
そして、妻メリンダさえも、ブライアンにとってはユージンに代わる新たなメンターだったのでは、とも。


…と、いろいろ書いてきましたが、
この映画の一番の見どころは、やはり「音楽」です
<神のみぞ知る>をピアノで初めて披露する場面(父にはクソミソに言われますが)や、
その後のスタジオでの、まるで科学実験室のようなレコーディング風景。
そして、<グッド・バイブレーション>の最初のリフが生まれる瞬間

『ペット・サウンズ』から『スマイル』にかけての、あの鬼気迫る名曲群が生まれる瞬間は、
たとえドラマと分かってはいても、鳥肌が立ちまくりでした。
自身もミュージシャンとして活動しているポール・ダノがブライアンを演じているのも奏功しています。

ブライアンって本当に細部から曲を作っていくんですよね。
1つの楽器の、わずか数秒のフレーズを何十テイクも繰り返し録って、
そうやって溜まった無数の曲の断片を、
彼の頭の中だけになっている完成図を頼りに、パズルのようにつなぎ合わせていく。
天才だよなあと改めて感じると同時に、そりゃ消耗するよなあとため息がもれました。
実際、音楽が完成に向かうのに合わせて、ブライアン自身はどんどんおかしくなっていきます
それはまるで、音楽が無上の美しさを手に入れていくのと引き換えに、
その代償を作曲者であるブライアンに払わせているかのように映りました。


この映画、去年の8月で公開はとっくに終わっているのですが、
なんで今さら書いたかというと、実は今年の4月にブライアンは来日し、
最後と言われる『ペット・サウンズ』の完全再現ライブを行うのです。
もちろん、僕はチケット取りました。






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映画 『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』

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世界最高峰の映像技術でも
逃れられない「俳優の肉体」


公開から1か月経ったので、
ネタバレ気にせず感想書きます(そろそろいいだろう!)。

まず、そもそもの大前提として、
『スター・ウォーズ』旧3部作(エピソード4〜6)の後追い世代である僕にとって、
ストーリーを全く知らないまま見るスター・ウォーズ」というのは、これが初めてになります。

1999年から始まった新3部作(エピソード1〜3)は違いました。
誰が何をどうしたのかという途中の展開については分からなくても、
共和国は倒れて帝国になり、アナキンはダース・ベイダーになる」という、
物語の最終的な着地点は、『エピソード1』が始まった段階で、
すでに(分かりすぎるほど)分かりきっていたからです。

ところが、エピソード7から始まる今回の3部作は、未だかつて誰も見たことのない、
スター・ウォーズという世界の未踏の地へと分け入っていくものです。
なので、僕が映画を見るにあたりもっとも楽しみにしていたのは、
これから何が起きるんだろう?」ということでした。
(その結果、上映中ずっと「早く次行け!」「で?で?」とイライラしていました)

ストーリーについては「前作の焼き直し」という批判が出ているそうですが、
僕は、あれは「歴史は何度でも繰り返す」というメッセージなのだと捉えています。
宇宙というバカでかいスケールの場所を舞台にしながら、
そこで描かれているのは「一つの家族の失敗(と再生)」という、
超ドメスティックなストーリーといのも、個人的には好きです。

ただし…ただしですね。
期待を受けて登場した新たな悪役「カイロ・レン」は、どうなんですか?アレ。
僕、正直言ってまったく魅力を感じないんですけど。
悪評高かったダース・モール(EP1)の方が全然いいですよ。

ダース・ベイダーの壊れたマスクを床の間に飾って、
「私がお祖父さんを継ぎます」とか言ってましたけど、
ちょっとムシャクシャするとライトセイバーで物に当たるし、
フォース覚えたてのレイにあっという間にやられるし、
(レイのフォースの覚醒もイージーすぎやしないか?というのも気になるっちゃ気になる)
ベイダー卿がもっていた「品格」なぞ露ほどもないじゃないですか。

大体、アダム・ドライバーが見るからに弱そうなんですよね。
ハン・ソロの息子があんなに不健康でいいのだろうか。
それとも「戦後に生まれた子供たちは軟弱」という、僕ら世代への皮肉なのか?

まあ、そんなこと言ったら、
『エピソード1』でのジェイク・ロイドの無垢な姿に、これから起こる悲劇にドキドキしていたら、
『2』になったらいきなり人相の悪いヘイデン・クリステンセンが出てきてずっこけたという、
「負の前例」もありますけども。
いやしかし、次作以降も登場するキャラクターなんだろうから、もうちょっとなんとかしてほしい。

んで、それなりに不満を残しつつ、それなりに満足もしたのですが、
映画を見終わって「ううむ」と考えたことがあります。
それは、「俳優」という存在について。

今作は『エピソード6』の30年後ということで、
ハリソン・フォードキャリー・フィッシャー、そしてマーク・ハミルが同じ役で続投しています。
これ、もし他の俳優が演じてたら、成立しない…とは言わないまでも、
「『EP6』の続きですよ」という説得力、言い換えれば感動が決定的に欠けていたと思います。

特にマーク・ハミル。
最後の最後、「」がフードを取った瞬間に、
若かりし頃の面影を残しつつも、年老いて疲れたマーク・ハミルの顔がのぞいたからこそ、
僕らは確かにあの世界の30年後を目撃しているんだというリアリティを感じるし、
さらには「この30年で彼の身にどんな苦悩があったのだろう?」という想像を掻き立てられるわけです。

あれだけ緻密に作られた空想の世界で、
なおかつ世界最高峰の映像美術が駆使されている作品であっても、
「俳優」という生身の人間の絶対性は揺るぎないんだなあと思いました。

ハリソン・フォードは現在73歳。
もし、あと10年制作が遅かったら、彼は出演できなかったでしょう。
「技術の粋」のような映画であるにもかかわらず、
俳優の肉体からは逃れられないことが、なんだか不思議な気がします。

いろいろな突っ込みどころとは別に、
妙に「肉体の生々しさ」が印象に残った映画でした。






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『END OF THE CENTURY』と『I Love RAMONES』

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なぜ彼らは最後まで
「パンク」でいられたのか


先週、ラモーンズのドキュメンタリー映画『END OF THE CENTURY』のリバイバル上映を見てきました。
オリジナルが公開されたのは2003年。
メンバーや家族、関係者のインタビューを基に、
バンドの結成から解散、そして02年のロックの殿堂入りまでを追った、
ラモーンズそのものに焦点を当てたドキュメンタリーとしては唯一の映像作品です。

そして映画を見終わった直後、僕は自宅の本棚で読まずにとっておいた、
書籍『I Love RAMONES』を手に取りました。
こちらは、ラモーンズ愛が高じてメンバーと友達になり、
ついには日本のラモーンズファンクラブを設立した、
カメラマンの畔柳ユキが2007年に書き下ろしたものです。

バンドのドキュメンタリーというと、
そのバンドが「いかにすごかったか」だけを手放しで褒めまくる作品が多いものですが、
この2作品はラモーンズに対する冷静な(けれど愛のある)批評性があって、
どちらも非常に見ごたえ(読みごたえ)がありました。

映画『END OF THE CENTURY』では、メンバーの不和や解散、「レコードが売れない」といった、
いわばバンドの「負の歴史」を描くことに多くの時間を割いています。
メンバーに対する個別のインタビューで、それぞれが語る言い分が全く異なっていることも、
そのまま映像に収められています。

書籍『I Love RAMONES』は、メンバーと個人的に親交のある著者が、
プライベートやバックステージで実際に体験した出来事を軸に書かれているため、
メンバーの日常をすぐ横で眺めているような臨場感があり、
僕のような後発のファンにとっては、いわゆる記録本や資料本よりも貴重な本でした。
映画を「正史」とすれば、本はちょうど「裏面史」のような位置づけになるでしょうか。

2つの作品を見て(読んで)驚いたことはいくつもあります。
例えば、オリジナルメンバーの中で最も早くバンドを抜けた初代ドラマーのトミーが、
実は結成時はバンドのマネージャー兼プロデューサー兼エンジニア役であり、
ラモーンズ・サウンドの草創期に置いて非常に大きな役割を果たしたこと。
しかし、そのトミーの脱退について「ショックだった」としながらも、
ジョニー(Gt)もディー・ディー(Ba)も、サウンドへの影響は「全くなかった」と答えていること。
特に映画の中でジョニーが語った、
誰が歌っても誰が演奏してもラモーンズはラモーンズだ」という言葉は、とても意外でした。

また、イギリスではピストルズクラッシュらの「兄貴分」として、ロンドンパンク・ムーブメントのきっかけをつくり、
アルゼンチンでは7万人収容のスタジアムでのライブをソールドアウトさせたりと、
海外では圧倒的な影響力と人気を誇っていたにもかかわらず、
本国アメリカでは解散間際までストリップ小屋と一緒になった汚いライブハウス回りを続けていたことも、
やはりとても意外でした。

ただ、中でも最もショッキングだったのは、
(おそらく多くの観客・読者もそうだったように)ジョーイ(Vo)とジョニーの関係です。

かつて、ジョーイにはリンダという仲の良いガールフレンドがいました。
しかしリンダはその後、あろうことかジョニーと付き合うことになってしまいます。
ジョニーが奪ったのか、リンダの意志だったのかは定かではありませんが、
いずれにせよ結果的に2人はリンダをめぐって非常にナイーブな関係になってしまうのです。

このエピソード自体は有名な話ですので僕も知ってはいたのですが、
2つの作品、とくに書籍『I Love RAMONES』には、
当時の2人の関係やバンドの空気がどのようなものだったかが、克明に記録されています。
詳しく説明するのは野暮なので書きませんが、
バンドやスタッフにとっても、そして本人たちにとっても、相当ストレスフルな状態だったようです。

で、僕は何に驚いたかというと、
そんなナーバスな状態に陥ったにもかかわらず、バンドが存続し続けたということです。

ジョーイが、リンダとジョニーとの出来事を題材にして作ったといわれる、
<The KKK Took My Baby Away>という曲があります。


KKKが彼女を奪い去ってしまった。彼女はもう戻ってこない」という歌詞を、
当のKKK=ジョニーを前に堂々と歌うジョーイもすごいですが、
それを平然と弾きこなし、さらにはライブで定番のセットリストに加えてしまうジョニーもすごい。

この曲が発表されたのは1981年ですから、
リンダをめぐる「事件」が起きたのは70年代末から80年代初頭だと推測できます。
そしてラモーンズの解散は96年。
ということはつまり、ラモーンズは10年以上にわたってこのストレスを抱え続けたわけです。
しかも、ツアーを回り、毎日のようにステージに立ち、合間にアルバムを出すという、
超コンスタントな活動をいっさい緩めることなく。

興味深いのは、普段はまったく口を利かないほどギスギスしていたジョーイとジョニーが、
「ラモーンズ」という場所においては、ある種の信頼関係で結ばれていたことです。
普段は口を利かないのに、ステージ上のリハーサル中だけは言葉を交わすこと。
ジョーイの死の翌年、ラモーンズがロックの殿堂入りを果たした際に、
授与式で恒例となっているライブをやるのかと聞かれたジョニーが、
ジョーイが歌わなきゃラモーンズじゃないから」と断ったこと。
書籍『I Love RAMONES』には、そうしたエピソードが綴られています。
特にジョニーの発言は、
前述の「誰が歌っても誰が演奏してもラモーンズ」という言葉と明らかに矛盾するのですが、
本人はリップサービスなどではなく、本気でそう思っていた節がある。

他の全てはバラバラでも、肝心の音楽で信頼関係があったからこそ、
彼らはバンドを続けられたのでしょうか。
僕も劇団という生産集団をやっていましたが(てゆうか今でも一応やってますが)、
実際、ある生産集団内における人間関係の煩わしさは、
才能や作品と全く関係ないにもかかわらず、それだけで十分、創作への動機をくじきます。
僕がもしジョニーかジョーイの立場だったら、多分辞めてるでしょう。
それが容易に想像つくだけに、僕は彼らのことをすごくプロフェッショナルだなあと思うし、
それでも辞めない」という情熱に対して(妙な言い方ですが)うらやましいと感じました。


映画も書籍も、ラモーンズの生々しい空気が封じ込められています。
そのことで、確かに意外に感じたり、ショックを受けたりすることはありますが、
だからといって別に幻滅したりはしません。
むしろ、彼らを手放しで称賛するような内容だった方がガッカリしたでしょう。
なぜなら、ドキュメンタリーだからといって取り繕わない姿勢、
あるいは畔柳ユキの目に映った「不完全なバンド」としての彼らの姿に、
評価されなかろうが、仲が悪かろうが、
結局最後までスタイルがブレなかったラモーンズの「頑固さ」と同じものを感じて、
奇妙に安心してしまうからです。


映画『END OF THE CENTURY』予告編









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「日本版ゴジラ」復活への道

前々回から書いてきたゴジラの話、今回が最終回です。
今回のテーマは、「どうやったら日本版ゴジラは復活できるか

#前々回 ゴジラの分かれ道「平成シリーズ」を総括する その1
#前回   ゴジラの分かれ道「平成シリーズ」を総括する その2

先月から日本公開が始まったハリウッド版『GODZILLA』は好調なようです。
※作品のレビューについてはマイナビニュースさんに寄稿したこちらの記事をご覧ください。
↓↓↓
『ゴジラ』から『GODZILLA』に受け継がれた4つの魂、ハリウッド版ゴジラを薦めたい理由

思えば今回のハリウッド版公開では、あちこちの駅にポスターが貼られたり、
NHKのBSプレミアムが特集番組や過去作品の放映などのキャンペーンを組んだり、
ミッドタウンの庭園に巨大なレプリカが作られたりお、
にわかに「ゴジラブーム」が訪れたかのようでした。
かつて「ゴジラはダサい」「子どもっぽい」という偏見とレッテルのなか、
1人きりで映画館に通っていた頃を思えば、隔世の感があります。
(これが「ハリウッド」ということでしょうか…)

ファンの一人としては喜ばしいことですが、
しかし一抹の不安を覚えるのは、
これでいよいよ日本ではゴジラが作られなくなるんじゃないか」ということ。
実際、ハリウッド版は続編の制作が決定したということですし、
今後「ゴジラシリーズ」というものは日本を離れた場所で展開していくのかもしれません。

その原因を作ったのは間違いなく平成シリーズの後半とミレニアムシリーズだと知っているので、
話は結局、前々回の「平成シリーズを総括する」の冒頭に戻ってしまうわけですが、
不毛な堂々巡りをしていても仕方ない。
日本版ゴジラが復活するとすれば、どういう道があるのかを僕なりに考えてみました。


■「特撮映画」という開き直りを

まず、平成シリーズの振り返りで書いたように、
映像技術で勝負しようとするのはやめた方がいいでしょう。
ハリウッド版ゴジラという明確な比較対象ができた今となっては、
映像そのもののリアルさや迫力を追求しても、勝負にはなりません。
それにそもそも、これだけSF映画やファンタジー映画が量産されている今では、
単に「映像がすごい」というだけでは見向きもされないでしょう。

CGと合成を駆使した映像と、最新の科学的見地やセンスを盛り込んだストーリーを特徴とする、
いわゆるハリウッドが得意とする「SFX映画」。
一方、かつてのゴジラのように、着ぐるみとミニチュアとピアノ線による撮影と、
怪獣同士の対決や怪奇性・民俗性にフォーカスしたストーリーを特徴とする「特撮映画」。
分かりやすく2つに分けるとするならば、平成シリーズ以降のゴジラ映画には、
実態は「特撮映画」なのに目指していたのは「SFX映画」という、根本的な矛盾がありました。

日本版ゴジラが復活するためには、
自分たちは『特撮映画』なんだ」という開き直りがまずは第一歩となるでしょう。



■ヒントは「平成ガメラシリーズ」

ここでヒントになるのが、平成ガメラシリーズです。
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『ガメラ 大怪獣空中決戦』『ガメラ2 レギオン襲来』『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』と、
1995年から99年にかけて3部作で制作された平成ガメラシリーズは、
日本の特撮映画史に名を刻む、非常に優れた作品群です。

日本の地方の伝説や風俗を盛り込んだ、怪奇性に満ちたストーリー。
ガメラやギャオスの素朴な「非クリーチャー」的デザイン。
徹底して「人間の視点」にこだわったカメラワーク。
主役のガメラの腕が切り落とされる、血が噴き出るといった激しいアクション。

平成ガメラシリーズには、かつての特撮映画のエッセンスを農耕に受け継ぐ過去へのリスペクトと、
それらのエッセンスを平成の観客の感性にも耐えうるようアップデートしようとする、
未来への挑戦意欲とが同居しています。
僕らの世代(80年代生まれ)にとっては、
ある意味では平成ガメラこそが初めてのリアルタイムでの「特撮」体験であり、
ハリウッドの迫力あるSF作品や、そのハリウッドを追随するゴジラ映画を見慣れていた目には、
逆に新鮮に映ったのでした。
かつてはゴジラの二番煎じ的な地位に甘んじていたガメラが、
いつの間にか本家ゴジラを追い抜き、
むしろそのゴジラが失墜させた特撮映画の復権を一手に担うことになったのです。

平成ガメラシリーズを支えたのは、
当時若干30歳だった特技監督の樋口真嗣をはじめとする、若手のスタッフたちでした。
ゴジラシリーズのメインスタッフは、
昭和期のゴジラシリーズからのたたき上げが多かったのに対し、
ガメラシリーズのスタッフの多くは、子ども時代に特撮映画を見て育った「元観客」です。
僕は、スタッフが「元観客」出身であったからこそ、
旧ガメラシリーズの設定や伝統にとらわれないドラスティックなリメイクが可能であり、
同時にかつての特撮映画のエッセンスを再現することが容易だったのではないかと想像します。

『ガメラ2 レギオン襲来』のクライマックス。
進撃するレギオンの元に飛来したガメラが、着陸し地面を滑りながら口から火球を吐きまくる、
最高にかっこいいあのシーンは、若手主体のスタッフだったからこそ発想しえた名シーンだと思います。

ガメラシリーズが若手のスタッフを起用しえたのは、
業界(?)的にガメラがチャレンジャーの位置にいたという理由もあるでしょう。
「老舗」であるゴジラは、そうしたスタッフの新陳代謝が難しかったのかもしれません。
しかし、(以前書いたように)日本の大手家電メーカーの凋落にも似たこの構図を崩さなければ、
ゴジラシリーズは何度復活しようとすぐにまた固陋化し、
平成シリーズやミレニアムシリーズと同じ轍を踏むでしょう。
スタッフの人材戦略は、日本版ゴジラが復活する上では避けて通るわけにはいきません。



■魅力的な「新怪獣」は必須

ここまではプロダクション的なことばかりを指摘してきましたが、
内容にも踏み込んでみたいと思います。
僕が特撮映画に期待することは、
既に『パシフィック・リム』『キングコング対ゴジラ』の記事で書いた通りなのですが、
もう一つ付け加えるならば、魅力的な新怪獣の登場でしょう。

ここで強調したいのは、「魅力的な」ではなく「怪獣」という部分です。
現在、SF映画に登場する巨大生物のデザインは、「クリーチャー系」が主流です。
クリーチャー系は確かに「本当に存在しそう」というリアリティはあります。
しかし「怪獣」のデザインに必要なのは、
リアリティよりも「派手さ」「奇抜さ」「愛嬌」である、というのが僕の考えです。

理想はウルトラ怪獣です。
バルタン星人、ゼットン、エレキング、ダダ。
なぜ今もって彼らがキャラクターとして認知され、定着しているのかといえば、
彼らのデザインにはリアリティよりも「こんなのがいたらすげえ」という興奮があるからです。
怪獣のデザインは、子どもが絵に描けるようなものでなければダメなのです。

こうした「怪獣」的デザインについては、今ハリウッドでは誰も生み出せていません。
ハリウッド版『GODZILLA』に登場する新怪獣ムートーも、
特撮映画へのリスペクトに溢れたあの『パシフィック・リム』のカイジュウでさえも、
やはりクリーチャー系のトレンド(あるいは罠)から抜け出せてはいませんでした。
だからこそ、この分野においては日本版ゴジラに十分チャンスがあると、僕は考えています。

東宝特撮でも、過去にはバラゴンモゲラガイガンといった、
素晴らしい「怪獣」たちがいました。
ああいうキャラクターを量産してきた実績や資産を、今こそ生かすべきです。



■「亜流」になることを受け入れろ

今回のハリウッド版『GODZILLA』は、ゴジラシリーズの正統な作品に位置づけられると思います。
それは、単に日本のゴジラの造形を踏襲した点だけを根拠に言っているのではなく、
善悪や、人間の敵・味方といった概念を超えた存在としてのゴジラを、
つまり本来ゴジラが持っていたテーマに対して彼らなりに真摯に向き合っていたからです。
少なくとも、日本のあのミレニアムシリーズよりは、よっぽど「ゴジラ」でした。

かつて1998年に制作されたローランド・エメリッヒ監督による前ハリウッド版『GODZILLA』
(もはや「黒歴史」化して誰も語ろうとしませんが)のときは、
デザインからしてあまりに日本のゴジラとかけ離れており、
日本版は「主」、ハリウッド版はあくまで一段下がる「従」、
あるいは似て非なるものという意味での「亜流」という明確な地位の差がありました。

しかし今回のハリウッド版は、その差を逆転させました。
ゴジラが本来持っていたシリアスなテーマを体現する作品、
わかりやすく言えば「リアル路線」のゴジラは、
今後はハリウッドに期待した方がいいのかもしれません。

だとすれば、日本版ゴジラが復活するためには、
魅力的な新怪獣を作り、その怪獣とゴジラとの対決に主眼を置いた作品、
つまり昭和シリーズでいうなら『キンゴジ』や『モスゴジ』、『三大怪獣』といった、
リアル路線の対極にある「お祭り路線」に活路を見出すべきでしょう。

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これは、決して自虐ではありません。
『パシフィック・リム』が改めて示したように、
「巨大な生き物同士が戦う」というストーリーは、特撮映画の醍醐味です。
さらに、平成ガメラシリーズが怪獣同士の対決をテーマに据え、独自のアクション演出で成功したこと。
そして、新怪獣の造形は本来日本の十八番であること。
これらを勘案すれば、この「お祭り路線」は日本版ゴジラの得意分野のはずなのです。
もし、この戦略に障害があるとすれば、
それは「元祖」「オリジナル」であるはずの日本のゴジラが、これからは「亜流」になることを、
ファンも作り手も受け入れられるかという、心理的な抵抗だけです。

日米双方で、それぞれの長所を生かしたゴジラ映画がシリーズ化される。
そんな状況を、僕はかなり本気で願っています。
確かに見方によっては、日本のゴジラはハリウッドのゴジラに
「一番おいしいところ」を持っていかれたと見ることもできます。
しかし本当は、今回のハリウッド版の成功を「日本のお株が奪われた」と見るのではなく、
「日本版」「ハリウッド版」という分け方自体がナンセンスになったことを、
むしろ喜ぶべきなんだろうと思うのです。
その上で、日米両方のゴジラが、
ライバルのような関係で互いのシリーズを刺激し合っていけたら、
ものすごくおもしろいなあと思うのです。




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ゴジラの分かれ道「平成シリーズ」を総括する その2

前回の続きです。
ハリウッドによるリメイク版の公開で世界的に注目を集めているゴジラですが、
ところで本家の日本ゴジラはどうなってんの?」という話。

アメリカで公開第一週No.1を獲得し、早くも続編の制作が決まったハリウッド版に比べると、
「オワコン感」が漂う日本のゴジラは、果たしてこれからどうなるんだという危惧から、
前回はゴジラシリーズの最大の分岐点「平成シリーズ」の、前半4作を振り返りました。
 →ゴジラの分かれ道「平成シリーズ」を総括する その1
今回は『ゴジラVSメカゴジラ』以降の、平成シリーズの迷走と終焉について書きます。



『ゴジラVSメカゴジラ』(1993年)

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この作品が画期的だったのは、
メカゴジラという、人類が作り上げたロボットがゴジラの敵であること。
つまり、長らくゴジラと敵怪獣の戦いの傍観者であった「人間」が、
初めて堂々とメインの相手役を務めた点にあります。

僕はこの『VSメカゴジラ』で平成シリーズは終わりにすべきだったと思っています。
ゴジラの最後の敵役が人間、というのは終わり方としても美しかった。
実は、当初は東宝もこの作品でシリーズを一度終わらせるつもりだったようです。
実際、この映画の当初のメインコピーは「この戦いで、全てが終わる」でした。
そして、全身武器のメカゴジラのオールレンジ攻撃や、ゴジラが最後に繰り出す赤い熱線など、
映像としても『VSキングギドラ』以降の「光線偏重」「ゴジラ最強」路線の完成形でした。
当時僕は映画館で「もうこれ以上はないだろう」と感じたのを覚えています。

そしてもう一つ、この作品でシリーズを終わらせるべきだった理由があります。
それは、同じ年の夏に公開された『ジュラシックパーク』です。
この映画ほど、ハリウッドと日本の特撮映画の力の差を見せつけた作品はありませんでした。

『ターミネーター2』も圧倒的でしたが、
まだあの映画は「アンドロイドだから(怪獣じゃないから)」という言い訳が立ちました。
しかし『ジュラシックパーク』は、恐竜と怪獣という設定の違いがあるとはいえ、
「巨大な生き物が人間を襲う」という作品主旨で言えばゴジラと同じでした。
そして、本当に恐竜が生きて動いているかのような『ジュラシックパーク』の映像の迫力は、
ゴジラとは天と地ほどの差がありました。
日本の観客も東宝のスタッフも、あの映画によって完膚なきまでに叩き伏せられたのです。

だから、しつこいようですが、『VSメカゴジラ』で平成シリーズは終わらせるべきだったのです。
『ジュラシックパーク』への「負け試合」として、勇退の花道としてあげるべきだった。
ところが、相変わらず興業的にはヒットしていたために、
シリーズは「望まぬ延命」という運命を歩むことになるのです。

※一説には、ローランド・エメリッヒ版『GODZILLA』の公開とバッティングしないため、
 シリーズを打ち切る予定だったのが、同作の制作が延びたためにやむなくシリーズが
 続けられることになった、とも言われています。

その結果、『VSスペースゴジラ』という、全くの蛇足の作品を生み出す羽目になり、
そしてついには『VSデストロイア』という全シリーズ史上最大の悲劇を生み出すことになるのです。







『ゴジラVSスペースゴジラ』(94年)

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平成シリーズ全7作品の中で、最低の作品がこの『VSスペースゴジラ』です。
スペースゴジラという全く魅力のない敵怪獣(大体ネーミングが安易すぎます)。
リトルゴジラという、前作『VSメカゴジラ』でのベビーの物語をぶち壊すような最悪のキャラ。
設定は新たにしたのに名前とデザインだけは引き継いだといういびつさの犠牲者、モゲラ
そして、三枝未希のラブストーリーという、誰一人として望んでいない要素を入れた謎の脚本。
枚挙にいとまがありません。
出来の悪さは、後のミレニアムシリーズに匹敵します。

リトルというキャラクターやモスラのゲスト出演などを考えると、
ファミリー路線でヒットした『VSモスラ』の二匹目のドジョウを釣ろうとしたのか、
「スペースゴジラ」という安易なネーミングや、モゲラの合体ロボという設定は、
低年齢層の男の子狙いだったのか。
はたまた、三枝未希と新城、千夏と結城という2つのラブストーリー(もどき)は、
(僕は未だにこの作品で柄本明が出演したことがもったいなくて仕方ありません)
旧来のファンに向けた「新たなゴジラ映画」という挑戦だったのか。
全てが意味不明です。

かつては栄華を極めた業界のリーディングブランドであったゴジラが、
その地位を守ろうとして四方八方に手を伸ばした挙句、
それらがどれも顧客のニーズに合っていなかったというのは、
SONYやSHARPといった大手家電メーカーの凋落ととても似ています。
ついでに言えば、この翌年に「平成ガメラシリーズ」という、
若いスタッフの手による傑作特撮映画が始まることも、
新興企業に飲みこまれた老舗企業、という風にも見えます。

いずれにせよ、『VSスペースゴジラ』は既存の顧客をガッカリさせるのに、
そして東宝に、今度こそ本当にシリーズを終わらせることを決意させるのに、
十分すぎるほどのひどい作品でした。
僕自身もこの映画を見て「あ、ここまでだな」と、
それまでの情熱が急速に冷めていったのをはっきりと覚えています。







『ゴジラVSデストロイア』(95年)

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84年『ゴジラ』から始まった平成シリーズは、11年後の『VSデストロイア』で、
ゴジラが死ぬ」という結末とともに幕を閉じます。
ゴジラはこの映画で、最期の瞬間の姿をスクリーンに晒して死んでいきます。

ゴジラが死ぬ姿をはっきりと見せるのは、
全シリーズを通じて、第1作『ゴジラ』とこの作品だけです。
ただ、第1作ではあくまで物語の「ケリ」(平たく言えばオチ)としての死でしたが、
この作品では、既にキャラクターとして、
それも不死身の怪獣として定着していたゴジラが死ぬわけですから、
「死」そのものの意味合いやインパクトは第1作とは異なります。
そのため、『VSデストロイア』というタイトルではあるものの、
本作では敵怪獣との対決以上に「ゴジラの死」自体がテーマとなり、
物語もその一点に向けて進んでいくという、かつてないほど重たいものになりました。

作品の出来は素晴らしかったと思います。
オキシジェン・デストロイヤー山根恵美子(河内桃子)の再登場といった第1作との連関や、
デストロイアが進化していく際のサスペンス的なタッチなど、
久々にスタッフに名を連ねた大森一樹の脚本が非常に良かったし、
久々に肉弾戦が豊富だったゴジラとデストロイアの戦闘シーンや、
ゴジラのジュニアに対する悲しみやデストロイアに向けた怒りなど、
怪獣の「感情」が見える特撮シーンも素晴らしかった。
また、エンドロールでテーマ曲から『キンゴジ』ファロ島の音楽に流れ込むというあの展開には、
伊福部昭のラスト!という気合いを感じました。
作品全体から、「ゴジラの最後の花道を飾ろう」という愛が見えるようでした。

僕自身にとっても、この作品がゴジラに対する情熱の大きな区切りとなり、
「劇場でゴジラを見るのはこれが最後だろう」という気持ちで映画館に足を運びました。
そして、三枝未希の「これで私の仕事は終わった」という台詞に涙を流しました。

このように、「ゴジラの死」というのは一種のイベントではありました。
しかし見方を変えれば、
シリーズとしての役割、キャラクターとしての役割は既に終えていたにもかかわらず、
『VSメカゴジラ』で終われずに延命措置を取られてしまった結果、
ゴジラには「死ぬ」という幕引きしか残されていなかったと見ることもできます。
この作品は、「ゴジラが死んでしまう」という物語上の悲劇と同時に、
制作陣と観客とがゴジラを殺したという、二重の悲劇を含んでいるのです。
だからやはり、この作品は全シリーズ史上最も悲しい作品であると僕は思います。








ここまで平成シリーズの11年に及ぶ歩みを振り返ってきました。
前回の冒頭で書いたように、僕はこの平成シリーズについて、
偉大で無謀なチャレンジャー」だったと見ています。
成果はどうあれ、どの作品においても試行錯誤やチャレンジがあったし、
そしてその先には「ハリウッド」という目標を(意識的にも無意識的にも)見据えていました。
問題は、その高い目標に対して、技術も予算も足りないにもかかわらず、
真っ向から勝負を挑んでしまったことでした。
言ってみれば、根本的な戦略ミスだったわけです。

日本のゴジラには日本のゴジラなりのストロングポイントがあり、それに見合った戦略があるはず。
だからこそ、「無謀なチャレンジャー」だった平成シリーズを振り返ることは、
意味があるだろうと思うのです。
なぜそのような見直しや総括をせずに、
わずか4年のブランクだけでミレニアムシリーズを始めたのか、
返す返すも無念でなりません。

では、「日本のゴジラに合った戦略」とは一体何なのか。
次回はそのことについて書いてみます。




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ゴジラの分かれ道「平成シリーズ」を総括する その1

いよいよ今週末からハリウッド版ゴジラ映画『GODZILLA』の日本公開が始まります。


ゴジラというキャラクターが世界的に注目されるのは嬉しいのですが、
その一方で、元祖である日本のゴジラはこれからどうなるんだという危惧もあります。

そこで、当ブログでは今週から3回にわたって、
日本のゴジラシリーズの来し方・行く末について書いてみたいと思います。
1回目、そして次回2回目は、ゴジラシリーズの最大の「分岐点」となった、
平成シリーズ」を総括します。


■日本のゴジラシリーズは「3期」に分かれる

そもそもを説明しておくと、ゴジラシリーズと呼ばれる作品群は、
時期によって大きく3つに分かれます。

1つ目が、第1作『ゴジラ』(1954年)から『メカゴジラの逆襲』(75年)までの計15作品。
ゴジラが生まれ、人気を獲得し、現在に至るまでの基礎を作ったのがこのシリーズです。
以降、この元祖となったシリーズを「昭和シリーズ」と呼びます。

実は当初、東宝はこの昭和シリーズでゴジラを終わらせようと考えていました。
60年代も終わりになる頃にはウルトラマンをはじめとするTVの特撮ヒーロー人気に押され、
かつては人類の敵だったゴジラも、昭和シリーズの中盤からは、
宇宙からの侵略者と戦う正義の怪獣」というキャラ設定へと転換を余儀なくされていました。
70年代中盤には特撮ブーム自体に陰りが見え始め、
「オワコン」化していたゴジラシリーズは、『メカゴジラの逆襲』で幕が引かれたのです。
(ゴジラほどマーケットの変化に翻弄された哀れな怪獣はいないのです…)

しかし9年後の1984年。
第1作公開からちょうど30年となったこの年に、ゴジラは復活します。
ここから始まる2つめのシリーズが、今回取り上げる「平成シリーズ」です。
復活作『ゴジラ』(第1作と同名タイトル)から95年の『ゴジラVSデストロイア』までの計7作品。
シリーズ2作目の『ゴジラVSビオランテ』(89年)以降、タイトルに必ず「VS」が付くことから、
このシリーズは「VSシリーズ」とも呼ばれます。

そして3つめが、『ゴジラ2000 ミレニアム』(2000年)から
『ゴジラFINAL WARS』(2004年)までの6作品。
『パシフィック・リム』『キングコング対ゴジラ』の記事でも書いたように、
僕は今でもこのシリーズは作るべきじゃなかったと思ってます。
この作品が原因で、それまで築き上げてきたゴジラシリーズの資産は食いつぶされ、
ゴジラという世界は草一本も生えない荒野に変えられてしまいました。
忌むべきこのシリーズを、以降「ミレニアムシリーズ」と呼びます。


■「偉大で無謀なチャレンジャー」だった平成シリーズ

さて、この3つの中で、平成シリーズはどのようなシリーズだったのか。
結論だけ先に述べると、「ハリウッドにチャレンジし、敗れ去ったシリーズ」だと考えています。
順を追って見ていきましょう。



『ゴジラ』(84年)

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9年ぶりにスクリーンに復帰するにあたり、
昭和シリーズで染みついた「怪獣映画は子どものもの」という評価を覆そうと、
本作では「実際にゴジラが現れたら日本社会はどうなるのか」というシミュレーションに基づいた、
一種のリアル・パニック映画という路線を目指しました。

その結果、「登場人物の半分が閣僚」という、
画面が初老の男たちに埋め尽くされる地味な映画になってしまいましたが、
(沢口靖子の清廉さも焼け石に水でした…)
しかし、本作の無骨で硬派な作風はそれまでのゴジラ映画にはなかったものであり、
そのチャレンジ精神は評価すべきじゃないかと思います。


※伊福部昭の音楽が使われていますが実際に本作の音楽を担当したのは小六禮次郎





『ゴジラVSビオランテ』(89年)

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平成シリーズで最も大きな功績を果たしたのが、この『VSビオランテ』です。
復帰第2作であるにもかかわらず、
ゴジラの相手役に新怪獣を選んでいるあたり、制作陣の志の高さを感じます。
しかも、そのビオランテを「バイオ技術でゴジラの細胞から生まれた怪獣」という設定にし、
生物としてのリアルなゴジラ」に切り込んだ点でも、非常に野心的です。
黒木特佐(高嶋政伸)や権藤一佐(峰岸徹)など、自衛隊の存在感もある。
以降『VSデストロイア』まで続くゴジラの造形デザインの基礎がつくられたのも、この作品です。

しかしこの作品の最大の功績は、ゴジラシリーズ史上(ほぼ)初めて、
前作のストーリーを踏襲する」という概念を持ち込んだことです。
たとえば、前作で三原山火口に沈んだゴジラは、今作では再び三原山から登場します。
また、前作に登場した自衛隊の兵器「スーパーX」の後継機である「スーパーXII」が登場し、
劇中「前回のスーパーXの2倍の強さです」と、わざわざ「前回」という言葉を使った台詞も出てきます。

このように、前作と今作がここまで明確に連続しているというのは、
第2作『ゴジラの逆襲』を除けば『VSビオランテ』が初めてであり、
これがきっかけになって、以降の平成シリーズは全て「連続した物語」になりました。
この作品が、いかにエポックメイキングなものだったかが分かります。







『ゴジラVSキングギドラ』(91年)

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当時、ゴジラ映画は「ハリウッド」という存在を相当意識していたんじゃないかと思います。
『VSキングギドラ』の半年前には『ターミネーター2』が公開され、
「コンピューター・グラフィクス(CG)」という言葉が一般にも浸透し、
従来にはなかった映像表現の可能性が、ハリウッドで急速に広がり始めていた時期でした。
海外のそうした最先端の映像作品に対し、
日本国内で唯一対抗できるコンテンツとして期待されたのが、ゴジラでした。

実際、この『VSキングギドラ』から『VSモスラ』、『VSメカゴジラ』あたりまで、
ゴジラはヒットを飛ばし続けます。
(確かこの3作品は当時の同シーズンに公開された映画の中で一番の動員数だったと思います)

内容もエンターテイメント色が加速していきます。
『VSキングギドラ』では、タイムマシンに乗って「未来人」がやってきたり、
明らかにターミネーターを真似た未来のアンドロイドM-11が登場したり、
さらにはゴジラ誕生の秘密という「タブー」に切り込むなど(ファンからは賛否両論でしたが)、
ハリウッド的なド派手志向の演出が増えました。

既にこの時点でゴジラは40年近い歴史がありましたし、
初代の特技監督を務めた円谷英二は海外の映像作家にも影響を与えたパイオニアでしたから、
東宝サイドには「ゴジラでハリウッドには負けられない」という
自負やライバル意識があったんじゃないかと想像します。
(もちろん、それを煽った一因は僕らファンでもあるわけですが)

しかし、こうした「ハリウッドへの対抗意識」が、
結果的にはゴジラを終わらせることになるのです。







『ゴジラVSモスラ』(92年)

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ハリウッドへの対抗意識がゴジラ映画にもたらした最も大きな影響は、「光線の多用」でした。
前作『VSキングギドラ』まではギリギリ残っていた怪獣同士の肉弾戦は、
この作品でほぼ無くなります。

かわって画面の主役になったのが光学合成、
つまり、ゴジラが口から吐く熱戦をはじめとする「光線」でした。
モスラやラドンといった、元々は光線を使えなかった怪獣でさえ、
平成シリーズに登板する際は光線を吐けるように「仕様変更」されました。
その背景には、「ハリウッドに負けないために画面を派手にしなきゃいけない」と考える、
制作サイドの対抗心があったはずです。

しかし、それはあまりに安易な選択でした。
光線だけで戦うのであれば、ロボットや戦艦でもできます。アニメでもいいわけです。
僕ら観客は、怪獣同士の身体がぶつかる際にグッと力が入るからこそ、
また、かみついたり血を流したりして「痛そう!」と感じるからこそ、興奮するのです。

それにひきかえ、光線の打ち合いは「派手さ」はあっても「痛さ」はありません。
そうした生身のリアリティを失ってしまったら、
なんのためにCGではなくわざわざ着ぐるみとミニチュアで撮影しているのでしょうか。
過剰な「光線依存」は、ハリウッドに張り合うどころか、
怪獣映画の醍醐味を観客から奪ったのです。

そして、対ハリウッドのもう一つの表れが、ゴジラの「最強感」を演出することでした。
平成シリーズ開始時では身長80mだったゴジラの身体は、
前作『VSキングギドラ』で100mに巨大化。
かつては最強の敵だったキングギドラにも圧勝するなど、
ちょっとやそっとではもはや負けないくらいに強くなってしまったゴジラですが、
『VSモスラ』では、太平洋の海底火山からマントルに潜り、
そのまま1500℃のマントルの中を泳いで富士山の火口から再び地上に出てくるという、
もはやそれって生き物じゃないだろ的なことを平然とやるようになったのです。
そして、こうした安易で過剰な最強感の演出は、当然ながら強さのインフレ化を招き、
その後の作品づくりを「さらに派手な光線」や「さらに強そうな兵器」に走らせる結果になりました。

人気怪獣モスラの復活と、モスラのキャラクターを生かしたファミリー向けストーリーにより、
『VSモスラ』は平成シリーズ最大のヒット作になりました。
しかし、実は既に崩壊は始まっていたのです。






次回後編は、『ゴジラVSメカゴジラ』(93年)以降の、
平成シリーズの瞑想と終焉について書きます。




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映画 『夢と狂気の王国』

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「ジブリに未来はない」と
監督は語った


『エンディングノート』で脚光を浴びた映画監督・砂田麻美が、
スタジオジブリを約1年間かけて撮影したドキュメンタリ映画、
『夢と狂気の王国』を見てきました。

とても面白かったです。
面白かったし、とても新鮮でした。
ジブリを題材にしたドキュメンタリというのはこれまでにも何本も作られているので、
企画自体は目新しいものではありません。
(実際、鈴木プロデューサーは当初はこの企画に難色を示したそうです)
ではいったい何が「新鮮」だったのかといえば、
これまでのドキュメンタリのほとんどが「映画制作の舞台裏」を撮影していたのに対して、
この映画は「スタジオジブリの日常」を撮ることに焦点を当てていたからです。

例えば、黙々と机の上で鉛筆を走らせ続けるスタッフや、
うんうんと唸りながら絵コンテを切る宮崎監督といった「よくある光景」は、
この映画にはあまり映りません。
そのかわり、スタッフが仕事の合間にスタジオの屋上の庭園で休憩する風景や、
そこで交わす雑談といった、仕事以外の様子がたくさん映っています。

宮崎監督や鈴木プロデューサーのインタビュー的なシーンも挿入されますが、
話している内容も、例えば鈴木さんが「同僚としての宮崎駿」をどう見ているかだったり、
宮崎監督がスタジオの将来をどう考えているのかといった、
作品論から離れた、より漠然と「仕事」に関する話題が多い。
これまでのドキュメンタリが「創作集団としてのジブリ」を映していたとすれば、
この映画は「職場としてのジブリ」をとらえていると言い換えられるかもしれません。
一つの職場、一つの社会としてのジブリの空気というものを体験できる点が、
『夢と狂気の王国』という映画のもつ新鮮さではないかと思います。

とはいえ、被写体として最も多く画面に映るのは、やはり宮崎駿です。
スタジオの自分の席で、あるいはアトリエの部屋で、
彼はカメラ(砂田監督)を相手にいろいろな話を語るのですが、
その口調も内容も、とにかく常に怒りに溢れ、そして圧倒的に諦めきっているのが印象的です。

「20世紀の人間(自分のこと)は21世紀なんて生きたくないんだよ」
「スタジオ(ジブリのこと)の未来は決まってますよ。先細りで潰れます」

ジブリを描いたドキュメンタリの最高傑作である
「『もののけ姫』はこうして生まれた」が制作されたのは1997年。
当時50代だった宮崎監督も、このドキュメンタリの中でかなり辛辣な言葉を吐いていましたが、
あれから20年近く経って70歳を超えた今、その言葉の鋭さはほとんど抜身の刃のようです
ジブリの作品で育った世代の一人としては、
監督の絶望しきった言葉の一つひとつに冷や水を浴びせられ、突き放される思いがします。

では彼が、そんな諦念の中で一体何に作品づくりの動機を見出しているのか。
そのことについて映画には、鈴木プロデューサーが語る「宮崎駿評」とともに、
一つの答えが映されています。
それが何なのかは実際に映画を見ていただくとして(監督がこれまでもずっと口にしてきたことです)、
僕にはモチベーションそのものよりも、
彼の抱える諦念が深まれば深まるほどそのモチベーションが強くなることに「凄み」を感じました。

跳び箱の踏切板が、下へ沈む力が強いほど反動でより高く飛べるように、
宮崎監督の旺盛な創造力は、実は怒りや絶望といった感情が源泉となっている。
そしてその倒錯した創造力によって支えられたスタジオジブリ。
そこは確かに「夢」だけではなく「狂気」の王国なのかもしれません。

印象的だったのは、宮崎吾朗監督と川上量生プロデューサーのぶつかり合いや、
30代という若さで『かぐや姫の物語』のプロデューサーを務めた西村義明の奮闘といった、
次代のジブリを支えるであろう人物たちの姿でした。
(あるいはここに庵野秀明を含めてもいいかも?)
彼らの姿と、前述の「スタジオの未来はない」という宮崎監督の言葉との対比が、
映画を見終わっても頭の中で緊張感を生み、
スタジオジブリ自体が一つの物語になっていく予感を感じさせました。

<予告編>





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映画 『キングコング対ゴジラ』

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特撮映画の面白さは
「くだらなさ」と表裏一体だ


映画『パシフィック・リム』を見てからというもの、特撮映画のことばっかり考えてます。
あの映画がなぜあんなに面白かったのかというと、
最先端の映像技術云々ではなく(それももちろんすごかったけど)、
巨大ロボットと怪獣が戦う!という、
「ど」がつくほどシンプル且つストレートな物語にあったんだと思うのです。

僕はずっと、CG(をはじめとする映像技術)がいかにリアルか、いかに美しいかということと、
「面白さ」というものは、本質的に関係ないんじゃないかと考えてました。

映像技術は本来、頭の中にしか描けないイメージを具現化する「手段」であるはずなのに、
近年のSFものやパニックものは、「映像技術の進化を観客に見せつけるために作られたもの」、
つまり、映像自体が目的化しているように思えてなりませんでした。
J・キャメロン監督の『アバター』が大ヒットしましたが、
あの作品のストーリーを正確に思い出せる人は、一体何人いるのでしょう。

確かに映像技術の進化は表現の可能性を広げましたが、
(ブラッド・ピット主演の『ワールドウォーZ』では、モブシーンに映る何百体というCGのゾンビの一つひとつに対し、
 AI(人工知能)を付けて「勝手に」「自由に」演技をさせたそうです。つまりこれからはエキストラが要らなくなる?)
ストーリーもそれにつられて複雑化の一途をたどり、
その結果、映像の印象は残っても肝心のストーリーが頭に入らない、本末転倒な作品が増えた気がするのです。
(僕は映像技術とストーリーがいいバランスで拮抗していたのは、
 『ターミネーター2』と『ジュラシック・パーク』が頂点だったと思います)

もちろん、ストーリーよりも「映像ショー」を見たいという人、
あるいは「複雑さのための複雑さ」を究めたような難解なストーリーを好む人もいるでしょう。
でも僕は、こと特撮に関しては、シンプルで素朴で、もっといえばくだらないくらいの方がいい。
『アバター』の大ヒットを苦々しく思っていた僕は『パシフィック・リム』を見て、
「ほ〜らやっぱり!」と痛快な気持ちになったのです。


1962年に公開された『キングコング対ゴジラ』という映画があります。
『ゴジラ』(54年)、『ゴジラの逆襲』(55年)に続く3本目のゴジラ映画、
しかもシリーズ初のカラー作品として制作されたこの映画は、
動員数1255万人という空前の大ヒットを記録。
これは計算上、当時の日本人約7.5人に1人が観たことになり、
今日に至るまで、ゴジラシリーズでこの記録を破った作品は生まれていません。

さらにはこの作品によって「主役のゴジラと敵役のゲスト怪獣が戦う」という、
その後のシリーズの原型が作り上げられました。
この映画がなければゴジラはシリーズ化されず、
それどころか、その後60〜70年代へと続く東宝特撮映画の黄金期も無かったでしょう。
ウルトラマンや大映の『大魔神』『ガメラ』シリーズまで含めた日本の特撮映画の歴史の中で、
『キングコング対ゴジラ』は極めて重要な役割を果たしたのです。

このように、まさに記念碑と呼ぶべき作品なのですが、
実はこの映画には「突っ込みどころ」が満載です。

例えばゲスト怪獣であるキングコングの造形。
起きてるのか寝てるのかわからない、常に半眼気味の顔つきはどう言い繕っても不細工だし、
着ぐるみの設計ミス(?)により肘と手首の間にあるはずのない関節が生まれ、
いつも腕が折れてるように見えるのも、かなり不気味。
コングの権利者である米映画会社RKOは、出来上がった映画を見て
あまりに造詣のひどさにブチ切れたそうです。

僕が一番おかしかったのは、キングコングが眠る南海の孤島・ファロ島の住人を、
生粋の日本人たちが演じていることです。
日本人の集団が、褐色の肌を表現するために顔や手足に茶色のドウランを塗りたくり、腰みのを付けて、
怪しい言語を口にしている光景というのは、いくら映画とはいえ、かなりクルものがあります。
(一番面白いのは、現地人の通訳役を演じる大村千吉で、終始カタコトの日本語でお芝居をします)

映像技術だって、ハリウッドのCGを見慣れた身からすれば、そりゃあ拙いもんです。
戦車もミニチュアも手作り感に溢れてるし、
そもそもゴジラもコングも「中に人が入ってる」感に満ち満ちています。

で、僕が何を言いたいかというと、このようにたくさんの「突っ込みどころ」があるにもかかわらず、
この『キングコング対ゴジラ』という作品はめっぽう面白い、ということなのです。
なぜなのか。
それは、この映画が徹頭徹尾「怪獣の大暴れ」を描いているからです。

この映画のストーリーについて説明しようとすると、

「南の孤島に伝わる謎の巨獣伝説!」
「深海より現れた大ダコが、いたいけな母子に魔の手を伸ばす!」
「ベーリング海で見つかった謎の発光現象と、消息を断った原子力潜水艦!」
「自衛隊出動!ゴジラ埋没作戦実行セラル!」
「若き乙女をさらったキングコングが国会議事堂に迫る!」
「ゴジラ勝つかコング勝つか!富士山麓を舞台に繰り広げられる果てなき死闘!」

どうです。ほとんどコピーになっちゃいます。
しかもこの、「!」が連続する、ギラギラに脂ぎったエンターテインメント感。
『キングコング対ゴジラ』という映画は、過剰なほどのサービス精神をもって、
とにかく始めから終りまでひたすら怪獣が暴れまくるシーンの連続なんです。

こういうのを「くだらない」と思った方は、ある意味では正しい。
というのも、特撮映画の面白さは常に「くだらなさ」と表裏一体で、
むしろ、どれだけ「くだらなさ」に肉迫できるかに比例するといっても過言ではないからです。
だって、僕らが「見たい!」と考えるもの、ロマンを感じるものって、大体がくだらないものです。
くだらないというのが言いすぎなら、「素朴」あるいは「プリミティブ」と言い換えます。
例えば「宇宙」。
例えば「恐竜」。
例えば「深海の巨大イカ」(←国立博物館、結局見に行けませんでした…)。

僕らが特撮映画に求めるものって、所詮その程度のシンプルなものだと思うのです。
というか、そもそも特撮映画って、そういうシンプルな「興奮欲求」に応えるためのものだった。
(怪獣とかロボットとかフランケンシュタインなどのモンスターとか)
『パシフィック・リム』が面白かったのは、そういう特撮映画の原点があったからだと思います。
逆に言えば、最近のSF映画は、僕ら観客の欲求が追いつかないレベルの映像まで作りだすことができるから、
大して面白くないのです。
(平成ゴジラシリーズが面白さを失ってしまったのは、
ハリウッドに対抗して「映像技術の進化」を最終目標にしてしまったからだと思います)


特撮映画の映像技術について最後にフォローしておくと、
僕は先ほど「ハリウッドのCGを見慣れた身からすれば拙い」と書きましたが、
特撮映画の方が優れているところだって、ちゃんとあります。

例えば怪獣の質感。
円谷英二の孫で、円谷プロの第6代社長を務めた円谷英明氏は、
著書『ウルトラマンが泣いている』(←これは面白い本でした)の中で、
「皮膚や体毛などの質感は、どう頑張ってもCGは特撮にかなわない」と書いていました。
僕もそう思います。
CGで作られたモンスターが傷を負うシーンを見てもなんとも思わないのに、
着ぐるみの怪獣がやられると「痛いッ!」と感じるんですよね。
これはもう絶対に、着ぐるみというリアルの「モノ」で撮影しているからに他なりません。
CGって乾いた質感になりますが、着ぐるみは濡れた質感になります。
この、怪獣の「ヌメッ」とした感じが「アヤしさ」を演出し、CGの迫力では出せない「怖さ」を醸し出します。
これが特撮が圧倒的に優れているところです。

また、怪獣のデザインも日本の特撮の方が優れていると感じます。
『パシフィック・リム』で唯一不満があったのは、怪獣のデザインでした。
あれだと、ただ単に気持ち悪いだけなんです。気持ち悪くて、でかいだけ。
怪獣に必要なのは気持ち悪さではなく、「アヤしさ」です。
例えばモスラ。成虫時の羽根のデザインとかものすごく美しいんだけど、
同時に体毛の質感とか、すごくアヤしい。
あの美しい羽根の中に、大量の毒粉が含まれている設定も、すごくアヤしい。
『地球防衛軍』のモゲラなんかも、ロボットという設定なのにやたらと生き物っぽくてアヤしい。
白川由美が入ってるお風呂の窓から見えるカットとか、たまらないですよねえ。

ハリウッドの場合、怖さだったら怖さ、かっこよさだったらかっこよさなど、
なにかと「完璧なデザイン」を追求しますが、
それに対して日本の怪獣は、どこか不完全で「抜け」があります。
(ウルトラマンの怪獣とか、妙なデザインのオンパレードです)
しかし、この「抜け」ている部分が、アヤしさだったり、妙に脳裏に残るインパクトを与える。
こういう独特の美学は、日本の特撮にしかないものだと思います。



それにしても、「特撮」とか「怪獣」とか、この字面だけでうっとりとしてしまいますねえ。
日本では1960年代に爆発的な怪獣ブームが起きました。
火付け役になったのはゴジラシリーズをはじめとする東宝特撮映画とウルトラマンです。
僕は『ゴジラvsビオランテ』(89年)から入った超後発世代ですが、
夢中になったのは、リアルタイムの平成ゴジラシリーズよりも、
昔の特撮映画の方でした。

見まくりましたねえ。近所のレンタルビデオショップにローラー作戦かけて。
あまりに特撮映画が好きなもんだから、
同級生たちにもその魅力を教えてあげたくてたまらなくなって、
怪獣の図鑑とか写真集を貸したり、
型紙で作ったジオラマの上にソフビ人形並べて「撮影会」を開いたり、
ビデオを見せて、その直後に理解度を深めるために「勉強会」開いたりしてました(全て善意です)。
そしたら、半年くらいで友達がいなくなりました。
「好き」を追求すると孤独になるという人生の真理を、僕は10歳にして特撮から学んだのです。
そしてその孤独さが、今度はロックに走らせる原動力となって、そのまま今に至るのです。はい。


浜美枝さんの色気も素晴らしい<キングコング対ゴジラ>予告編







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映画 『パシフィック・リム』

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ハリウッドが本気で
「特撮映画」を作ってきた!


太平洋の海底に生じた異次元の裂け目(=リム)から続々と出現する巨大怪獣。
世界各地の都市を蹂躙され滅亡の危機に瀕した人類は、
対怪獣用の最終兵器として、巨大ロボット「イェーガー」を建造する――。

ああ、もうあらすじを書いているだけで興奮が蘇ります。
「総製作費200億円」?「芦田愛菜ちゃんハリウッドデビュー」?
いやいや、そんなところだけがこの映画の素晴らしさじゃありません。

映画『パシフィック・リム』。
それは、巨大ロボットと大怪獣が2時間半ひたすら戦いまくるという、
今日び絶滅しかかっていた「ザ・特撮映画」なのです。
ギレルモ・デル・トロ監督の、東宝特撮やウルトラマン、日本のアニメなどへの愛に溢れた、
感動的で胸熱な超・王道特撮映画なのです!

じゃあ具体的にどこがそんなに素晴らしいのか。
以下に列挙します。



その1:巨大ロボット「イェーガー」がかっこいい!

主役メカ「イェーガー」のデザインが素晴らしいです。
あの重量感溢れる逆三角形フォルム。
そして鈍色に光るボディの鋼鉄感と、関節周りのむき出し感。
最高に武骨です。
流線型の未来的デザインではなく、鉄人28号やマジンガーZのようなずんぐりデザインにしたあたりに、
「そう!そういうこと!」みたいな興奮を覚えます。

ちなみに僕はロシアのイェーガー「チェルノ・アルファ」が一番好き。
あの顔周りのデザインがいいですね(見ようによってはカエルにも見えます)。
「旧型で動きが重い」という設定もたまりません。
ギレルモ監督曰く、「チェルノ・アルファ」のデザインはザクをモデルにしたとのこと。
くぅぅ〜!受け継がれる魂!!



その2:「怪獣」という設定が素晴らしすぎる!

怪獣ですよ?怪獣!
エイリアンとかサイボーグとかじゃなくて「怪獣」!

多くの作品において設定先行型、リアリティ重視型の敵キャラが主流となった昨今、
「怪獣」はもはや時代的な役割を終えた感がありました。

しかし、この映画を見た人は気付いたはずです。
ただ巨大であること。ただ凶暴であること。そしてそれが「生き物」であること。
このシンプルさがいかにスカッと気持ちいいかということに。
(僕なんかは、本当はもっと怪獣の都市破壊シーンを見たかったです)
決してトレンディではなかった「怪獣」という存在に再び息を吹き込んだという点が、
僕は『パシフィック・リム』の最大の功績なのではないかと思います。

しかも素晴らしいことに、劇中では怪獣のことをみんな「カイジュウ」と呼ぶんですね!
「怪獣」がついに国際公用語に!
これは本当に感涙ものです。



その3:戦闘シーンが「プロレス」!

イェーガーと怪獣との戦いは徹頭徹尾、肉弾戦です。
飛び道具なんて姑息な手段は(ほとんど)ありません。

殴る!
引き裂く!
(怪獣は)噛む!
港で拾ったタンカーを棒代わりにぶっ叩く!

かつてのゴジラやウルトラマンの戦いがそうであったように、
巨大生物同士の戦いはプロレスでなくちゃ面白くありません。
平成ゴジラ(特に『vsメカゴジラ』以降)が非常につまらかったのは、一つには光線を多用しすぎたからです。
やはり巨大なモノとモノがくんずほごれつしながら道路やビルや車がどんどんめちゃくちゃになっていくというのが、
「特撮映画」の重要な醍醐味です。
そこを押さえている『パシフィック・リム』は素晴らしい。

また、各イェーガーの「必殺技」もたまりませんね。
主役イェーガー「ジプシー・デンジャー」のキメ技の一つ「エルボーロケット」
(肘に装着したロケットを噴射させ、パンチの威力を倍加させる!)なんて、
見ていて「うおおおっ!」と叫びそうになりました。
僕が一番好きなのは、香港のイェーガー「クリムゾン・タイフーン」の「雷雲旋風脚」!
4本腕に装着したドリル的なものを振り回すという「天津飯+ゲッターロボ」みたいな最強の技!
そしてナイス・ネーミング!



その4:「超シンプル」なストーリー!

「怪獣がいきなり現れたから、ロボット作って戦う」。

どうです、ストーリーが1行に収まります!
バカにしているわけじゃありません。
特撮映画はこれくらいシンプルじゃないといけないんです。
あれこれと余計なテーマを盛り込んだ(また引き合いに出しますが)平成ゴジラがどうなったか。
子どもはワケが分からない、大人には物足りないという、
結局誰も満足しない映画になってシリーズは終わったのです。

まあ、『パシフィック・リム』も一応ハリウッドですから、
登場人物のトラウマやそこからの再生、お決まりのロマンスなんていう要素も入ってますが、
あれは多分、ギレルモ監督が映画会社へのエクスキューズとしてねじ込んだに過ぎません。
(ラストにヒーローとヒロインがキスをしなかったという点は評価すべきです)
怪獣がなぜ攻めてくるのかという謎についても説明はありますが、あれも基本的にはエクスキューズ。

この映画の本質は(何度も言うように)かっこいい巨大ロボットと「怪獣」が、
画面狭しと戦いまくるというその一点に尽きるわけです。

リアリティ?背景?設定?
そんなしゃらくさいものには目もくれず、
ただひたすらに、映画の原点である「ワクワク」を追求した作品。
それが『パシフィック・リム』なのです。




正直に言えば、悔しさもあります。
だって、怪獣ものや巨大ロボットもの、特撮ものは、
東宝をはじめ、日本の専売特許だったのです。
いえ、それを奪われたから悔しいというのではありません。
過去の遺物となった特撮映画について、
自身の手で作ってしまおうと考えるほど「特撮愛」に満ちた人間が、
日本ではなく海外から出てしまったということに、情けなさを感じるのです。

ただ、『パシフィック・リム』は同時に、日本にもチャンスがあることを示唆してもいます。
特撮映画を撮る場合、映像技術が(つまりはお金が)何よりも重要だと考えられがちですが、
それ以上に「センス」が必要なのだと教えているからです。
願わくば、特撮映画を撮りたいという才能ある若手にポンッと任せられちゃうような、
そんな(観客含め)環境が、日本映画に培われるといいなと思います。

『パシフィック・リム』予告編





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映画 『風立ちぬ』

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ナウシカ・ラピュタ世代の
「再びのリアルタイム」


宮崎駿の新作『風立ちぬ』を見てきました。

見終わった後、映画館のエレベーターで乗り合わせた客の一人(男性)が、
「あれで終わり?」と、不満を口にしていました。
その気持ち、分からないではないです。
確かに、これまでの宮崎作品にあったようなカタルシスや爽快感のあるラストではありませんでした。
でも、それが映画の価値を貶めているかというと、僕はそんなことはないと思います。
多分、この『風立ちぬ』という映画は、これまでの宮崎作品と根本的に違うんだと思います。

それを端的に表しているのが、「生きねば」というコピーです。
このコピーを見てパッと思い出すのは、『もののけ姫』のコピーである「生きろ」。
「生きろ」が他者に訴えかけるメッセージであるのに対し、
「生きねば」は自らに言い聞かせる独り言です。
これまでの宮崎作品は、宮崎駿が年下の世代(主に子どもたち)に対して物語を語りかけるように作られてきました。
しかし『風立ちぬ』は、宮崎駿が他の誰でもない自分自身に対して語りかける、
初めての一人称の映画だったんだと思います。

一人の男性が夢を追い、その中で一人の女性に出会い、別れ、そしてまた夢を追う。
『風立ちぬ』は、その姿をただ淡々と写した映画です。
それは物語というよりも、シンプルな風景画に近い。
これまで散々「物語」を語ってきた宮崎駿がいきなり一枚の風景画だけを提示してきたのだから、
人によってはがっかりもするでしょう。
風景画はそれ自体は何の説明もなく、その真意を理解できるのは本質的には風景を見た本人しかいないからです。

それは、ある意味では人生そのものであるとも言えます。
映画を見終わって感じる、映画と自分(観客)とが重なり合わない距離感のようなもの。
それは、壮大な冒険劇やファンタジックなキャラクターという
宮崎作品らしい「仕掛け」が無い、という不満などではなく、
「他人の人生と自分の人生とは同化できない」という、
生きる上での真理そのものなのです。
その意味で、僕はこの映画は宮崎駿が初めて作った「大人の映画」なんだと思います。
大人をターゲットにした映画、ではなく、大人の映画。
映画と観客との関係が、大人同士の関係性とそっくりそのまま同じであるという意味で、
『風立ちぬ』は「大人の映画」だと思います。

もう一つ、この映画について語る時に考えなければならないのは、「戦争」というファクターです。
戦争自体は、実はこれまでにも宮崎作品で絶えずその影がちらついていました。
『ナウシカ』は戦争の渦中の話だし、『ラピュタ』にも軍人が出てくるし、
『千と千尋』だって、湯婆婆と銭婆の間に暴力を用いた争いがある。
さらには『ポニョ』にだって、フジモトの抱える人間への敵意(争いの予感)があります。
そして、これまでの宮崎映画は、
そうした戦争に対してどの勢力にも与せず、
自分の道を進もうとする人物たちを描いてきました。

ところが、『風立ちぬ』の主人公・二郎は、戦闘機の設計を生業とする人物です。
つまり、間接的にせよ、結果として戦争に協力している。
ここが、これまでの宮崎作品のキャラクターたちと異なる点です。
二郎自身は、戦争に協力したいなんて露ほども思っていません。
考えているのはただ「美しい飛行機を作りたい」ということ。
しかし、現実にはその夢は「戦闘機を作る」ということでしか果たすことができないのです。

飛行機を作りたいという夢と、戦闘機を作らなければいけないという現実。
両者の間で二郎が葛藤を抱えていたことは、
たびたび出てくるカプローニとの会話で察することができます。
しかし、その二つになんとか折り合いをつけ、
さらには病気の妻と過ごす時間を削ってまでも仕事に力を注いだ結果、どうなったか。
国は戦争に負け、妻は彼の元からいなくなりました。
「持ち時間である10年」で、二郎は何かを手にするどころか、
一切を失ってしまったのです。
それでも明日はやってくる。
「生きねば」というコピーは、まさにこの瞬間の二郎の心情を表したものだったのでしょう。

僕は、これから二郎が何を頼りに生きていくのかが気になります。
菜穂子が夢の中で言ってくれた「生きて」という言葉なのか。
やっぱり、飛行機を作るという夢なのか。
傷は時間が経てば癒えるかもしれません。
でも、失った時間そのものは取り戻せない。
「生きねば」という言葉は、なんと残酷なのだろうと、
僕はラストシーンで感動するどころかむしろ慄然としました。
ラストシーンの映像そのものはとても美しいものでしたが、
しかし想像すればするほど、その美しさの中に悲しみの予感を感じました。

風景画のように静かで淡いキャラクターたち。
客席に近寄ってこないドラマ。
そして、「生きねば」という重たい決意。
心に秘めたものを正直に語ろうとすると、
言葉はミもフタもないものに、口調はぶっきらぼうになるように、
この映画のジブリらしからぬ「不親切」ともいえる要素はいずれも、
素の宮崎駿が自らの思いを語ろうとしていることの表れなんじゃないかという気がします。
鈴木プロデューサーはこの映画を「宮崎駿の遺言」と語ったそうですが、
(宮崎駿自身はそれを否定していますが)
あながち誇張であるとは思えません。

先日、池袋で開催されていた『風立ちぬ』の原画展に行ったら、グッズコーナーに、
僕が幼稚園とか小学校低学年の頃にボロボロになるまで見ていた『ナウシカ』のアニメ絵本が、
現役バリバリで置いてあってびっくりしました。
(第何版なんでしょうね)
かつてリアルタイムで『ナウシカ』や『ラピュタ』を見ていた世代は、
30〜40代という中堅の世代を迎えています(僕もその一人)。
そうしたナウシカ・ラピュタ世代にとって、ある時期以降のジブリ作品は、
リアルタイム感(自分がターゲットになっている感)よりも「ノスタルジア」を、
つまり、第2第3の『ナウシカ』『ラピュタ』の影を求めるものへと変わったと思います。
(僕にとっての境目は『千と千尋』でした)
しかしこの『風立ちぬ』は、僕たちナウシカ・ラピュタ世代にとっての、
「再びのリアルタイム」となる作品として位置づけられるのかもしれません。






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映画 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

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「シンジのための物語」なら
僕はもう見たくない


『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のDVD/Blu-rayが発売されました。

劇場公開から約半年。
決して短くない時間が経っているにもかかわらず、
改めて見直してみると、
映画館で受けた「あの衝撃」がありありと蘇ってきます。

控えめに言っても、この『Q』という作品はかなりの問題作だったと思います。
いきなり「あれから14年経った」という展開の仕方は、
観客の予想の、遥か斜め上を行くものでした。
テレビ版とも劇場版とも異なる、
全く新しいエヴァの世界を目にすることができたこと自体は、
間違いなく興奮する出来事でしたが、
しかしその一方で、例えばヴィレ設立の経緯やサードインパクト直後の様子・描写など、
「空白の14年間」を埋めてくれる説明は驚くほど少なく、
それどころか「ヴンダーって何だ」「カシウスの槍って何だ」など、
新たな謎のバーゲンセール状態(しかもそれらはほとんど次回作への積み残し)になってしまったところに、
僕としては不満が残りました。

まるでとりつくシマがないところを指して
「そういうところこそが『本来のエヴァ』じゃないか」という、
「エヴァ原理主義」的意見も一定の理解はできます。
確かに、観客の「?」を無視してガンガン物語が進んでいく「取り残された感」は、
かつてのテレビ版や旧劇場版でさんざん味わった感覚です。
しかし、これまでの『序』『破』という2作を踏まえたときに、
つまり『エヴァンゲリオン』ではなく『ヱヴァンゲリヲン』という新たな物語と考えた場合、
僕は『Q』という作品が再び(『ヱヴァ』ではなく)『エヴァ』の雰囲気を持ち始めたことは、
「回帰」ではなく「後退」なんじゃないかと思います。


旧エヴァになくて新ヱヴァにある(正確に言えば「あった」)もの。
それは、シンジやレイ、アスカが「成長している」という実感でした。
より詳しく述べれば、成長を実感できる、という「達成感(カタルシス)」でした。
具体的には、『破』の記事で書きましたが、
シンジやレイやアスカが、
他人のことを思いやり、他人に対して心を開き、他人のために行動するようになるという「確かな温かさ」は、
かつての旧エヴァには見られなかったことです。

シンジたちは14歳のままなのに、間違いなく「成長」している。
かつて、彼らに自らを投影していた僕らリアルタイム世代にとって、
シンジたちの「成長した姿」は、僕ら自身が生きてきた証のように感じられました。
だからこそ、僕は映画館の座席で身体が震えるような感動を覚えたのです。

だから、『破』を見終えた時点で僕は、
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』という物語は、シンジたちの成長譚になるのだろうと予想しました。
それこそが、庵野秀明が当初語っていた
「閉じて停滞した現代には技術論ではなく、志を示すことが大切だ」という言葉の意味なんだろうと。

しかし、その期待は(少なくとも『Q』では)裏切られました。

僕は、せめて空白の14年間におけるキャラクター達の変遷はもう少し描いてほしかったです。
『破』のラストで、レイを奪い返すために使徒に立ち向かうシンジに対し、
「行きなさいシンジくん!」とミサトが叫ぶ場面は、旧エヴァと新ヱヴァとを分つ象徴的なシーンでした。
あそこまでシンジの背中を押していたミサトが、
(14年経っているとはいえ)その直後に、なぜ同じシンジに対してああも冷たい態度を取るのか。

もちろん、ミサトの変化やその他の空白の14年間について、
経緯や背景を描かずに観客の想像力に委ねるのも一つの手です。
しかし、(くどいようですが「エヴァ」ではなく)「ヱヴァ」という物語においては、
ミサトの心理の変化を「描く」という選択肢をとってほしかったなあと思うのです。
正直、ヴンダーがどうした、カシウスの槍がどうしたという、
補完計画やネルフ絡みの謎については、僕はどうでもいいのです。
ただ、上述のようなミサトの14年間や、アスカやマリの14年間といった「人物の心理」については、
もう少し触れてもよかったんじゃないかと思います。
『序』『破』との最大の分断は、14年経ったという時間的な距離などではなく、
「誰の気持ちも分からなくなった」という、この落胆なんじゃないかと思います。

僕が今危惧しているのは、今回大量に放出された謎の解明と、
さらにうつ状態に陥ったシンジの回復という膨大な課題を、
果たして次回作だけで収拾できるのかということです。

群像劇だった『序』『破』から、『Q』で一気にシンジの一人称の物語に転換したことを考えると、
結局、新ヱヴァも旧エヴァと同様に、最終的には「シンジの物語」に絞ろうとしているんじゃないかと思います。
もしそうだとしたら、補完計画や、ヴィレとネルフの対決といった「ストーリー」としての決着よりも、
シンジがあの状況からどう希望を見いだすのかという、
観念の話に着地する ―かつてのテレビ版と同じ轍を踏む― ことになります。
それは避けてほしい。
新ヱヴァには観念ではなく、今度こそ具体的で肉体性のある希望を描いてほしいと願います。
「具体的で肉体性のある希望」とは何か。
それは、シンジ一人の「心の救済」などではなく、
あのサードインパクト後のめちゃくちゃになった世界について、
そして生き残った人々について、
何らかの形での回復・修復を描くということです。

書いていて思い出したのですが、
『序』そして『破』と見てきて、僕は新ヱヴァが「シンジとレイの物語」になるんだろうと予想していたのでした。
『破』の第10の使徒(前ゼルエル)との戦いにおいても、レイとの関係というものが、
シンジを動かす大きな動機となっていました。
だから、レイを救うことを通じて、シンジ自身も救われる物語になるんじゃないかと考えたのです。
すごく、ピュアなラブストーリーになるんじゃないかと。
だとすれば、すごく「アリ」だと思いました。
それは(繰り返すように)、テレビ版も旧劇場版も、結局はシンジ一人の物語だったから。
シンジだけでなく、シンジとレイと(願わくばアスカやミサトやゲンドウも)共に何らかの再生を遂げるのであれば、
リメイクされる意味があるなあと思ったのです。

完結編となる次回作のタイトルは『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』。
ここで再びタイトルが「エヴァンゲリオン」に戻ったこと。
そして、「:||」という、楽譜上で「反復=同じことを繰り返す」を意味する記号が付けられていることに、
何やら不穏な予感を覚えます。
けれど、もはや作品として鑑賞するというよりも、
一つの事件として、とにもかくにも最後まで「目撃する」ことが、
「エヴァを見る」ということの意味だと思うので、
期待しながら完結編の公開を待ちたいと思います。


映画 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』 予告







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『天才 勝新太郎』 春日太一 (文春新書)

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「夢中になること」の天才

酒とタバコと高級車。金遣いも遊び方もとにかく派手。
そんな豪放磊落なイメージの陰に隠れた、
創作者としての勝新太郎に迫ったドキュメンタリー。

いやあ、すごい本でした。
「作ること」にとり憑かれ、
一匹の“鬼”と化した男の姿が克明に記された衝撃の本です。

勝新太郎は1950年代半ばに映画俳優としてデビューしました。
当時は映画産業の華々しい勃興期だったので、
比較的早い段階から主演を任されるようになりますが、
市川雷蔵ら当時のスターと比べるとずんぐりした体形で声も野太い勝新太郎は、
長い間B級の、映画会社からすれば「つなぎ」の映画の話しか回ってきませんでした。

転機になったのは61年公開の『悪名』と、続く62年の『座頭市物語』。
従来にはなかった、哀愁と猥雑さが同居したエネルギッシュなヒーロー像に、
勝新太郎のパーソナリティーが見事にマッチし、
一気にスターに上り詰めます。

しかし、カメラの前で言われた通りに演技するだけでは
徐々に飽き足らなくなった勝新太郎は、
『座頭市』シリーズで監督や脚本、編集までを自らの手で行うようになります。
映画会社から独立して「勝プロダクション」を設立し、
「自分が作りたい作品」を目指して突き進みます。

勝新太郎は徹底的に現場にこだわります。
脚本家が上げてきた脚本が現場で捨てられて、
その場で全く新しいストーリーができるなんてことは日常茶飯事。
スタッフは混乱し、予算はガンガン嵩んでいきますが、
それでも勝新太郎の考えるアイデアは誰よりも面白く、
他のどんな映画よりも野心的で新しかった。
だからスタッフは文句も言わず彼に付き合い、
緒形拳をはじめ名だたる俳優たちが彼との共演を望みました。

その根底にあるのは、
「絶対にファンをガッカリさせない」という繊細なほどのサービス精神(あるいは強烈なプライド)と、
「この役はどういう人物なのか」という徹底したリアリティへのこだわりでした。
後年、黒澤明の『影武者』の現場で、
黒澤監督の演技プランに対して「武田信玄はそんなことはしない」と言い放ち、
それが監督の怒りを買って映画を降板することになりますが、
これは彼が創作者として飽くなき探求心を持っていたがために起きてしまった事件といえます。

勝新太郎と聞いて僕が真っ先に思い出すのは、
1987年の大河ドラマ『独眼竜政宗』での豊臣秀吉です。
あの演技は強烈でした。
人というよりも、もはや「怪獣」のようでした。
主演の渡辺謙を掌で転がすように扱う圧倒的な存在感。
政宗と初めて対面する小田原籠城戦の場面では、
カメラテストまで一切渡辺謙と顔を合わせないようにして、
血気盛んな政宗と老練な秀吉とのガチンコの緊張感を出した、
なんていうかっこよすぎるエピソードがあります。

とにかく規格外な勝新太郎。
人はここまで芸の虫になれるのかと、感動を通り越して呆然とする思いです。
本書のタイトルに「天才」とありますが、
これは単に演技の才能があるとか、そういう上辺のことを指した評価ではありません。
強いて言えば、「夢中になること」の天才。
作品に対して、時に非常識にも狂っているようにも見えるほど没頭できる、
その過剰な創作意欲こそが巨大な才能なのです。
劇作家の鴻上尚史は「才能とは夢を見続ける力のこと」と言いました。
だとすれば、勝新太郎はまさに「天才」と呼ぶに相応しい人物でした。


ニコニコ動画で見つけました。
『独眼竜政宗』(87年)での秀吉(勝)・政宗(渡辺謙)の初対面シーン







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