週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

【本】ノンフィクション

2017年4月の3冊 〜海外在留日本人とストーン・ローゼズとトランプ支持者層〜

『ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち』橋口譲二

 昭和初期、日本の植民地政策や戦争で外国(主にアジア)に赴き、さまざまな事情で日本に戻らずに現地で一生を終えようとする日本人のインタビュー集。
 途中、書かれている内容の重さに何度となく読み進めるのを断念しようかと思いました。けど、ページを繰る手は止まらない。そんな本でした。「重い」といっても、凄惨であるという意味ではありません。日々の生活の営みや将来の夢、そうした人の人生をあまりにも簡単に吹き飛ばしてしまう時代(戦争)というものの重さ。そして、その中で一人の人間が下してきた決断の重さです。
 聞いたことのないような南の島で一生を畑作りに費やした人や、外国人のもとに嫁ぎ、日本人であることを隠しながら生活し、その結果今では日本語を忘れてしまった人。人の人生はなんて重く、同時になんて儚いんだろう。僕は何度もページを繰る手を止めては、胸に迫る何かをやり過ごさなくてはなりませんでした。
 このインタビューが収録されたのは10年も前。おそらく、今ではもう何人もの人が亡くなっているでしょう。




『ザ・ストーン・ローゼズ 自ら激動なバンド人生を選んだ異才ロック・バンドの全軌跡』サイモン・スペンス

 バンド結成前から2011年の再結成までを記録した、ローゼズの最新にして唯一の評伝。上下2段組で全365ページというボリュームもさることながら、メンバー含む100人近くの関係者へのインタビューによって構成された内容は、とにかく“濃い”です。来日公演に合わせて余裕を持って読み始めたのに、1ヶ月くらいかかって読み終えたのは結局公演直前でした。
 邦題サブタイトルは「自ら激動なバンド人生を選んだ異才ロック・バンドの全軌跡」。本を開く前はマユツバだろ?大げさなコピーだな?と思ってたのですが、いざ読んでみると、本当にこのバンドは無茶苦茶でした。
 テレビ出演やアメリカツアーといった、いわゆる「チャンス」を、「えええ?」みたいな理由でことごとくドブに捨ててしまう破天荒ぶり。それでも圧倒的ともいえる支持を得ているのが不思議でもあり、じゃあ90年当時、抜群のコンディションでアメリカに上陸してたらどうなったんだろうという想像も掻き立てられます。
 伝説のあの1stアルバム完成が、本の中ではちょうど全体の半分あたり。猛烈なスピードで向こうからやってきて、あっという間に姿を消してしまう。まさに暴風のようなグループであったことがわかる本です。




『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』J.D.ヴァンス

 米ケンタッキー州の片田舎に育ち、現在は法律家として活躍する著者による自伝的ノンフィクション。といっても、著者J.D.ヴァンスが本書で描きたかったのは、自身のサクセスストーリーではなく、自分が育った故郷の町ジャクソンとそこに住む人々のことでした。ジャクソンは、住民の1/3が貧困状態にあり、離婚や薬物などの問題を抱えているといわれる白人労働者階級の貧しい街です。著者自身も父親がおらず、母親は薬物中毒で何度もリハビリ施設に入所しています。ジャクソンのような、アパラチア山脈周辺の田舎の町に暮らす白人労働者たちは、ヒルビリー(=田舎者)と呼ばれます。
 ジャクソンは、元々は巨大な自動車工場を中心に、そこで働く人々とその家族によって作られた街でした。巨大資本に依存した町は、当然ながらその資本が縮小、撤退すると、途端に苦しくなります。政府の支援によって手厚く守られている黒人系やヒスパニック系と異なり、街を出ていく金も支援もなかったヒルビリーたちは、貧しくなる街に取り残されるしかありませんでした。そうして彼らの中に、厭世的な気分や既存の政府への不信感、自分たちの仕事を奪う外国人たちへの恨みが醸成されていったのです。
 本書の中に明記はされていませんが、読み終わって真っ先に感じるのは、彼らヒルビリーこそトランプ大統領の支持者層なのだろう、ということです。あとがきにも書いてありますが、実際本書は昨年の大統領選後「トランプを支持したのは誰なんだ?」という動機で手に取られ、ベストセラーにまで上りました。ヒルビリーの貧困は社会構造的な背景をもつものですが、著者はその解決には公的な支援だけでは不十分で、ヒルビリー自身の「貧困から抜け出そう」という意思が不可欠だと述べます。ところが、現実には多くのヒルビリーが、その意思(とその基になる平和な家庭や小さな成功体験)を持つことを自ら放棄している。きっと、本書を読んだ人はみんな途方に暮れたんじゃないでしょうか。
 僕自身は、実は本書を一種の「子育て指南書」として読みました。著者が、ヒルビリーの環境に生まれながら薬物中毒にも犯罪者にもならずにすんだ大きな背景には、姉による絶対的な愛情と、祖母による「あんたはやればできる子だ」という絶え間ない励ましがありました。「子供の成長には安心して過ごせる家庭が必要」ということはよく言われることですが、本書を読むと、それを極めて実際的なレベルで痛感できます。







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2017年1月の3冊 〜ブータンと脱北者支援と団鬼六〜

『未来国家ブータン』高野秀行

昨年末に『謎の独立国家ソマリランド』を読んで衝撃を受けて、高野秀行による同じ「異国冒険ルポ」というつながりで手に取ったのが本書。ブータンというと経済ではなく国民の「幸福度」で豊かさを測るGNH(国民総幸福)を提唱していることで有名でだけど、ブータンの幸福というのは仏教によって生活も人生の目的も規定され、「あれこれ迷わない安心感」という側面が強く、決して「自由」という意味ではない。また、GNHというアイデアが生まれた背景には、インドと中国という大国に挟まれて、いつ併合されるかわからないから「なんとかブータンのオリジナリティをひねり出さないと」という危機感もあった。…なんて地政学的歴史的なリアルを本書で知って、GNHにロマンを感じてた僕としてはしょっぱい気持ちになっちゃったんだけど、それでもなお、本書で描かれるブータンは魅力的な国に映ります。仏教にせよ、民族の伝統にせよ、その社会の中で合理性をもち、その合理性を住民も信じていて、社会が自己完結してる姿こそ「幸福」なんじゃないか。軽い読み口とは裏腹に「幸せって何なんだろう」という命題について考えさせられる、重い読後感が残る本でした。




『脱北、逃避行』野口孝行

Kindleで積ん読になってた本。著者は脱北者支援のNPOで活動をしている男性。本書の前半は、著者が中国まで赴いて脱北女性を保護し、中国公安の目を逃れながら日本への脱出を目指す、さながらサスペンス小説のような緊迫感のある逃避行劇が書かれる。…が、個人的には本書で面白かったのは前半よりも、中国の公安に捕まった著者が、看守所で拘束されていた1年間の生活が記録された後半。意気軒昂だった著者が、単調で自由のない生活の中で徐々に精神的にしんどくなっていく様子は、吉村昭的なドライな筆致もあって、読んでて辛くなります。でも、同房の中国人犯罪者達と花を育てたり、旧正月はみんなでTVで歌番組を見たり、不思議なユーモアもある。読みながら僕は、(本書のテーマとは外れるけど)中国の田舎ってこんななんだなーと想像しました。




『赦す人 −団鬼六伝−』大崎善生

団鬼六といえば言わずもがな、『花と蛇』に代表されるSM小説のパイオニア。本人もさぞかし背徳的で変態的な「陰」な人物なんじゃないかと思い込んでいたら、本書を読んで驚きました。確かに鬼六はギャンブルもお酒もすごいし女性関係だって派手なんだけど、でも決してジメジメと暗いわけではなく、むしろサービス精神が過剰で周囲に人が絶えない、徹頭徹尾「陽」の人でした。そして、SM小説というジャンルを確立したのも、崇高な何かがあったとかではなくて、「とにかく読者が楽しめればいい」という、これも一種のサービス精神によるものだった。鬼六の生き様を見てると「ああ、俺は人生をまだまだ楽しんでないんだな」なんて気持ちになります。
大崎善生は20歳の頃、夢中になって読んでいた作家でした。でも当時は小説家として。『聖の青春』を機に、まさか10年以上の時を経て、今度はノンフィクション作家として再び付き合うことになるとは。






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『脳に棲む魔物』 スザンナ・キャハラン (KADOKAWA)

LZZZZZZZ

もし「そう」なったら
僕は人生を呪わずにいられるだろうか


久々に本の紹介。
全米でベストセラーになったノンフィクション、
『脳に棲む魔物』(原題:Brain on Fire)です。
既にあちこちで書評が出ていて絶賛されていますが、
期待以上の面白さ…いえ、「怖さ」でした。

本書の著者、スザンナ・キャハランは、
大学時代からニューヨーク・ポスト紙で記者として働いていた、
バリバリのハードワーカー。
しかし2009年、彼女が24歳のときに突然、
正体不明の体調不良に襲われます。

はじめは「腕が虫に刺されたのでは?」という違和感(錯覚)が起こり、
すぐに倦怠感や不眠に悩まされ始めます。
最初はただの風邪だと思っていたのに、一向に治る気配がない。
それどころか、やがて幻聴や極度の躁鬱
さらには「私は盗聴されている」「恋人が私を捨てようとしている」といった、
重度のパラノイア妄想が現れるようになり、
ついには、てんかんの発作までが彼女を襲い始めます。

当然、ただの風邪であるわけがありません。
しかし、どの病院へ行っても、病名すら分からない。
アルコール中毒と診断されたこともあるそうです。
そうしている内に発作の頻発、周囲への暴言や自失による自殺未遂など、
スザンナの症状はさらに深刻さを増していきます。
そして、精神科の入院病棟からも見捨てられそうになったギリギリのタイミングで、
ようやく彼女の病名が判明します。

抗NMDA受容体自己免疫性脳炎――。
本来は、外部から侵入してきたウイルスを倒す「守護者」である抗体が、
突如自分自身の脳を攻撃しはじめるという、
09年時点で世界に216人しか症例のない、極めて珍しい病気だったのです。

幸いスザンナは適切な処置のおかげでなんとか回復し、ニューヨーク・ポストに復帰。
やがて自身の体験を記事に書き、それを一冊の本にまとめたのが本書です。



本書の怖さ。それは「自分が自分ではなくなる恐怖」ではないでしょうか。
特にこの病気は、性格や行動や社会性といった、
他者が自分を「この人はこういう人だ」と把握・評価する基準、
あるいは「私は他者からこういう風に見えているだろう」と予想し、自らを規定する根拠を、
徹底的に破壊します。
他人の目に映る「自分」という人間が、明らかに違う人格に変わってしまう(それも悪い方に)。
しかも、自分自身ではそれを止められないどころか、
ある段階まで進むと、変化を自覚することすらできなくなってくる
(病気の最中、スザンナはほとんど記憶がないそうです。本書は家族や医者を取材して執筆されています)
本人はもちろん、家族や友人にとっても、耐えがたい恐怖なのではないかと想像します。

そしてもう一つ。
自分の身に何が起きているのかを誰も(医者すらも)把握できない、
つまり「分からない」という恐怖もあります。
スザンナは血液検査もCTスキャンも、どんな検査を受けても結果は全て陰性(=異常なし)でした。
やがて彼女の家族は、新しい検査を受けるたびに「陽性であってくれ」と祈るようになったといいます。
普段であれば忌避したい「陽性」という検査結果も、
「何が娘の身に起きているのか分からない」という恐怖に苛まれていた彼女の両親にとっては、
現状を変えるための希望に思えたのでしょう。

実はこの感覚は、僕にも少し分かる部分があります。
7年前、僕も突然不眠や頭痛、猛烈な倦怠感といった症状に襲われ、
1か月くらいにわたり「自分は一体どうしたんだ?」という不安な気持ちで過ごしました。
心療内科で「うつ病」と診断されたとき、僕は落ち込むよりもむしろホッとしたのを覚えています。
診断結果がすぐに出た僕ですらそうだったのだから、
あちこちたらい回しにされ、症状もはるかに激しかったスザンナとその家族の恐怖は、
どれほどのものだったのかと慄然とします。



本書の後半は、治療の山場を越え退院したスザンナが、
社会復帰へ向けて歩み始める姿が描かれています。
いわば本書の前半は下り坂で、後半は上り坂。
回復途上にある後半では、上記のような「怖さ」はほとんど感じません。

しかし、逆に前半では見えなかったある事実が、
この後半では徐々に頭をもたげ、浮かび上がってきます。
それは、病気が(それも困難な病気であるほど)きちんと治療されるためには、
治療費や治療中の生活費を賄うための経済的基盤と、
家族をはじめ周囲のサポートを受けられる恵まれた環境が必要だという、
ミもフタもない、けれど厳然たる事実です。

スザンナの治療にかかった費用は、トータルで100万ドルだったそうです。
幸い定職に就いていた彼女には元々保険に加入するだけの余裕があったため、
治療費の大半を保険で賄うことができました。
また、献身的にサポートしてくれる家族と恋人(←彼が本当にいい奴なんです…)がいました。
しかし、彼女自身が本書で述べているように、
そうした環境に恵まれていたことは、「幸運」以外の何物でもありません。
僕の体験を振り返ってみても、健康保険の傷病手当金の受給資格を満たしていたことや、
家族が比較的近くに住んでいたことは、ハッキリ言えば「たまたま」でした。
(別に病気を見越して勤め続けていたわけでも、住む場所を決めていたわけでもありません)

もし、自分が重い病気になったのに、お金も頼れる人もいないがために、
治療を満足に受けられなかったら、果たして僕は自分の人生を呪わずにいられるだろうか。
もちろん、病気だけとは限らないでしょう。
家族が死んでしまったり、突然仕事を失ったり、災害に遭って住む家を失ったり。
そうしたときに、自力では立ち直れず、誰も手を差し伸べてくれなかったら、
僕は自分の運命を受け入れられるだろうか。
隣の恵まれた誰かを嫉妬して狂わずにいられるだろうか。
僕は正直、自信はないと言わざるをえません

過酷な状況に陥ったとき、自分だったらどうするのか。
スザンナがかかった病気は確かに珍しいものだったかもしれませんが、
本書が突きつけてくるシビアな問いは、決して「他人事」ではないと僕は思います。

本書『脳に棲む魔物』は、映画化が決定しているそうです。






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『イニュニック〔生命〕』 星野道夫 (新潮文庫)

Inuuniq

「国家」という境界線が
存在しない世界の話


著者の故・星野道夫は動物写真家。
北米アラスカを拠点にしながら長年にわたり、
カリブーやブラックベアーなどの北の動物と自然を撮り続けてきました。

何カ月にも及ぶカリブーの群れとの追跡行や、原野の川をカヤック一艘で下る船旅。
イヌイットをはじめとする現地の人びと。そして零下50度という厳しく長い冬。
本書『イニュニック〔生命〕』は、そのようなアラスカでの暮らしの中で綴られました。

ある日、何の前ぶれもなく、ボーンという小さな爆発音が聞こえ、半年もの間眠っていた川は一気に動き始めた。すさまじい音をたて、ぶつかりあいながら流れに乗ろうとする無数の巨大な氷塊を見ていると、やはりこの土地の自然がもつ動と静の緊張感に立ち尽くしてしまう。あれほどきっぱりと季節の変わる瞬間を告げる出来事があるだろうか。

人の気配などない、名もない無数の入り江。水際まで迫るツガやトウヒの原生林。岸壁を落ちる氷河を源とする滝。この土地の入り江の美しさは、初めて見た者に言葉を失わせる。それは手つかずに残された自然のもつ、気配の美しさでもある。

簡潔で素朴な星野の文体が、アラスカの自然とよく合います。
アラスカの原野の多くは太古の昔からほとんど人の手が入っていません。
それだけ自然が厳しいということです。
しかし、そのような厳しい環境の中にも、動物や植物の営みがあり、
それらは驚くほど複雑かつ有機的に連携し合っています。
川も森も、その多くは名前さえ付けられず、
ただ連綿と生まれ、子孫を残し、死ぬというサイクルを繰り返しているのです。

そして夜空に浮かぶオーロラに、海に流れ着く氷河の欠片。
アラスカの自然は時間軸のケタが違います。
また、そこで暮らす人々の精神も、僕らとは異なる位相の中にいる。
読んでいるうちに、時間がゴムのようにグイーンと伸びるような、奇妙な感覚に包まれます。



ちょうどこの本を読んでいる最中に、
例の集団的自衛権に関する閣議決定が行われました。
この一連の、あまりに愚かな決定については、
もうきっと止められないんだろうと諦めていたので(そして実際その通りになってしまったので)、
たまたま手に取った本だったものの、本書は僕にとって一時的な現実逃避先になりました。

ページの合間から吹き込んでくるアラスカの凍てついた空気と、イヌイットたちの自由な精神の薫りは、
確かに一時的に僕を堅固な壁で覆ってくれました。
しかし同時に、ネットやテレビから入ってくる現実と本書とのギャップがあまりに激しいからこそ、
暗澹たる気持ちになっていったのも事実でした。

僕が不満(なんていう生易しい感情じゃないけど)なのは、
集団的自衛権の是非云々とかそんなことよりもまず、
「解釈改憲」という民主的プロセスを全く踏まないやり方で押し切ろうとしている点です。
僕は集団的自衛権そのものよりも、むしろこっちの方が危ないと思う。

とにかくもう、打ちひしがれています。
震災ではまるで感じなかった「絶望」という徒労感を、僕は今、感じています。
官邸前のデモにも、参加しようかなと一瞬考えたけど、結局やめました。
きっとあの人たちはそんな声には耳を傾けないだろうし、
そもそも一昨年12月の衆院選の段階で、原発再稼働も特定秘密法案も集団的自衛権も、
全部こうなることは決まっていたのでしょう。
(いやもちろん、行動するということは大切だとは思う)
安倍首相の資質に対する絶望感だけでなく、
彼(と自民党)を支持する人がこんなにもいるということに、僕は深い徒労感を覚えます。

だから僕は、一市民としての権利は今後も行使するとして、
(基本的には投票、デモに参加する可能性もあるかもしれない)
これからは「いかに国家に期待せずに生きていくか」を考えることに力を注ごうと思います。

人によっては「ハナから国家なんて期待してないよ」と言うだろうし、
「そんなの大前提でしょ」と言うかもしれない。
実際僕もそのつもりだったんだけど、実は内心では「日本」というものにわりと深く期待していたことを、
安倍政権発足以降のこの1年半で痛感してしまいました。
ちなみに僕が今指している「期待」というのは、「国が何かをやってくれる」ということではなく、
「そんなに日本は愚かじゃないだろう」「なんのかんの言っても日本はかつてと同じ轍は踏まないだろう」
ということです。「日本を評価している」と言い換えてもいい。
でもまあ、とにかくそれは大きく改めなくてはいけないのでしょう。

んで、国家に期待せずに生きていくにはどうしたらいいか。
月並かもしれませんが、結局はもう徹底的に、ヤケクソ的に、「個人」の世界に埋没し、
そこを充実させていくしかないんじゃないでしょうか。
具体的には趣味、家族、友人。そのあたりが頭に浮かびます。
自分だけの(厳密には家族や友人は「だけ」ではないですが、自分の責任と力が及ぶミニマムの)世界、
そこに自分自身のよりどころを求めるしかないんだろうなあと思います。
※他者に自由がゆだねられているという点で、仕事(サラリーマン限定)はその対象にはなりません

そして、今後もし、日本がいよいよ「アカン!」という時が来たら、
「自分だけの世界」を連れて、とっとと日本を捨てるのです。
非国民と言われようがなんだろうが気にしないくらい、
日本という国よりも大事な「自分だけの世界」を築くのです。
※そう考えると、さしあたり必要なのは英語とか貯金とかどこの国でも食える専門スキルとか、
 そういった汎用的な資産なのかもしれません



『イニュニック』の話に戻ります。
アメリカ合衆国の所属州という行政的な枠組みを無意味に感じさせる、
アラスカという大地の広がり。
そしてイヌイットや、著者をはじめアラスカに移り住んだ人たちがもつ、自由な精神性。
本書に書かれた世界を読んで(見て)いると、
これからの日本で生きていくことの勇気みたいなものが湧いてきます。

子どもや孫世代のことを考えると、
「自分の世界に没入しているだけ」というわけにはいかないのかもしれませんが、
しかしそれも本書に登場する、
アラスカに移住したジョーンズ一家のあり方がヒントになっているかも。

このタイミングでこういう本に出会えたことは良かったです。
とりあえずは、ね。





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『クマにあったらどうするか』 姉崎等 (木楽舎)

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65年間ヒグマと向き合い続けた
「最後のアイヌ狩人」の言葉に震える


吉村昭の『羆嵐』を読んで以来、
「クマ」に惹かれるようになりました。

はじめは単純にクマ、特にヒグマという生き物の凶暴さや獰猛さに、
(彼らは生来凶暴なのではなく、自分の生命を脅かすものに対してのみ力を振るうと後に知るのですが)
怖いもの見たさに似たホラー的魅力を感じていただけだったのですが、
その後、カメラマンの田中康弘が書いた『マタギ 矛盾なき労働と食文化』や、
知床のハンター久保俊治氏が書いた『羆撃ち』(←これは名著!)などの本を読むうちに、
クマそのものだけではなく、マタギをはじめとするクマを狩る人間とその文化にも興味を持つようになりました。

古来、人間は山野でいろんな獣を狩ってきたのに、
クマだけは「特別扱い」をされてきた生き物でした。
例えば、アイヌには有名な「イヨマンテ」(熊送り)という儀式によって、
村を挙げてクマの魂を歓待するという伝統があります。
また、マタギの一大輩出地である秋田県の阿仁では、
クマが獲れるとまずは全員で祈りを捧げ、
その後近隣住民総出で骨一本、腱ひと筋に至るまで丁寧に解体する
「けぼかい」と呼ばれる伝統が今でもあるそうです。

雑誌『ユリイカ』が今年の9月号で「クマ」を特集していたのですが、
その中で人類学者の中沢新一が
「『クマ』と『カミ(神)』は日本語では確実に同じ語源から派生している」
と語っていました。
高タンパクの肉だけでなく、防寒具になる毛皮や薬となる内臓(熊の胆)、生活道具の材料になる骨や腱など、
クマは人間の生活をあらゆる面から支えてくれる貴重な存在でした。
そうした背景から、アイヌやマタギにとってクマは単なる「獲物」ではなく、
人間に恵みをもたらしてくれる神聖なものとして、畏敬の念を抱く存在だったのです。

上っ面だけを見れば「どうして神様なのに殺して食べるんだ」となっちゃうのですが、
アイヌやマタギの文化の中では、決してそれは矛盾していないのです。
実際、彼らは必要以上の乱獲など絶対にしないし、
前述のように獲ったら全身くまなく再利用する技術と知恵を受け継いでいます。
現代の都会に住む身からすれば到底一筋縄で括れない彼らの精神性、自然との関係性に、
僕は蓄積されてきた歴史の深さを感じます。

この数年、クマやマタギやアイヌ関連の本をたくさん読んできたのですが、
その中で今年の1月、究極と呼べる本に出会いました。
それが『クマにあったらどうするか』(木楽舎)。
約1年前に読んだ本ですが、今年は結局最後までこの本以上の衝撃作には出会えませんでした。

著者の姉崎等さんはアイヌ民族の血を受け継ぐ、最後のアイヌの狩人です。
幼い頃からアイヌの集落で暮らして猟を覚え、12歳の時には村田銃(!)を扱う狩人になったそうです。
以来、77歳で引退するまで北海道の千歳を拠点に狩人として暮らし、
その間に獲ったヒグマは単独猟で40頭。集団猟を含めると60頭に上ります。
近年はヒグマ防除の相談役や北海道大学のヒグマ研究のアドバイザーなどを務めてきました。

そんな姉崎さんが、自分の体験を語りつくしたこの本。
なにせ65年間も現役でハンターをやってきた人ですから、
エピソードの一つひとつがハンパじゃない驚きと迫力に満ちています。
「顔を見ればそのクマが大人しいか凶暴か分かります」なんてことをさも当然のように言うのですが、
(ちなみに顔が長くて頭が張っていないクマは「性悪」なんだそうです)
科学的根拠なんかなくても、「多分そうなんだろうなあ」と納得させられてしまうのは、
まさに、誰よりもクマと付き合ってきた経験を持つ者ゆえの説得力でしょう。
「性格のいいクマ」、「昔のクマと今のクマ」、「よそ者グマの不安」など、
目次で見出しを眺めているだけでも充分面白いのですが、
とにかく驚くほど細かくクマの習性や性格について姉崎さんは語りつくします。

面白いのは、姉崎さんも、やっぱり前述のマタギやアイヌと同じように、
クマたちを「敵」だとか「獲物」としては見ておらず、
むしろ長年の友人や家族のことを語るように、終始温かい口調でクマのことを語る点です。
しかし、そんな愛するクマたちも、かつてよりもだいぶ少なくなってしまったと、姉崎さんは危惧します。
それは、行政が北海道の山野に続々と自生種ではない針葉樹を植えてしまったため、
森の植生が根本から崩れてしまったから。
餌を失ったヒグマは急速に姿を消し、残ったヒグマは餌を求めて人里へ出るようになり、
必然的に人に危害を及ぼす被害が増えてしまいました。
ある意味では、乱獲よりも問題は根深いのです。

もちろん、姉崎さん個人の弁なので、異なった視点から検証する余地はありますが、
しかし、結局のところヒグマをはじめ北海道の動植物を最も深く理解しているのは行政でもマスコミでもなく、
姉崎さんのように「歴史の蓄積」を持つ現場の人なんだなあと、当たり前のことを痛感します。
なのに、姉崎さんが営林署やいろんなとこに足を運んで陳情に行っても相手にされなかったりして、
読んでてすごくやるせない気持ちになります。

その姉崎さんですが、今年の10月に亡くなりました。90歳でした。
おそらく、アイヌ狩人としての後継者はもういないでしょう。
仮に何らかの知識や経験を受け継いだ人がいたとしても、
今の時代では姉崎さんのように半生を山で過ごすようなキャリアを積むことは難しいかもしれません。
連綿と続いてきた何かが目の前でプツッと切れたような気がして、
姉崎さん死去のニュースを知った僕は強いショックを受けました。


まあ、ある伝統や文化が失われていくこと自体は仕方がない部分もあります。
そんなこと言い始めたら、世界の歴史は滅んだ文化や民族でいっぱいですし、
「淘汰」というもの自体は、優れた自浄システムなんだと思います。
ただ一方で、いろんなものが画一化・均一化されていく現代では、
ある文化や伝統が淘汰されていくスピードが恐ろしく速くなってるんじゃないかとも思うのです。

書いていてふっと思い出したのですが、僕の実家の近くで毎年夏にやっていた盆踊り大会が、
ある年を境にいきなり中止になりました。
理由は、例の和歌山のヒ素カレー事件でした。同じような事件が起きたらいけない、ってことらしいです。
吹けば飛ぶような小さな盆踊り大会だったのですが、
それでもその地域では間違いなく「夏の風物詩」として根付いていました。
だから、あまりにあっさりとした幕切れに、子ども心ながら空しさを感じたのを覚えています。
「あ〜、こうやって『何か』は終わっていくんだな」と。
昔だったらある程度放置していてもなんとなく続いていた地域のお祭りだとか習俗だとかは、
今では相当意識して「残そう」としないと、あっという間に跡形もなく消え去っちゃうのかもしれません。

※似た内容のことは以前にも書きました。
備忘録として/今日出会った方の話(2012年2月8日の記事)
『オオカミの護符』 小倉美惠子 (新潮社)(2013年1月12日の記事)

んで、歴史や文化といったものの保存や伝承は、金銭的にも意義的にも、
基本的には国や自治体などパブリックな組織が主導してやるべきだと思うのですが、
(実際、地域史編纂事業や地元博物館収蔵品の公開など、各自治体はすごく努力していると思います)
多分、そんな悠長なことは言ってられないんじゃないのかなあという不安はあります。

その一方で、この10年くらいで高年齢層にもネットが普及したこともあり、
趣味で地域史を研究しているおじさんだとか、自分の住む町について戦前の様子を記録していたおじいさんだとかが、
今ものすごい勢いでブログを書いています。
そういう人たちのブログを僕もいくつか読んでいるのですが、
驚くほど細かく且つ正確な史料研究をしていたり、
「あなたは本当に素人なの?」と聞きたくなるほど文章力が豊かだったりする、
すごい人たちがかなりたくさんいます。

例えば僕が定期的に購読しているものをいくつか紹介すると・・・、
GOLUのブログ
昭和一桁生まれの筆者が戦中・戦後の時代の東京の様子や世相について語る史料性の高いブログ
秩父・仙台まほろばの道
秩父や仙台に伝わる伝承や信仰などを紹介。知らないことばかりでいつも驚かされます
杜を訪ねて
関東を中心にありとあらゆる神社をひたすら写真に撮って掲載しているブログ。コンプリート感がすごいです
道にあるちょっと古いもの
トンネルや橋ばかりを紹介するブログ。時には山奥に分け入ってまで取材することも。こちらもコンプリート感がすごい
東京の河川
暗渠、開渠問わず東京中の川・用水路のデータを掲載しているページ。個人でここまでのデータベースを作り上げた熱意に脱帽

ブログは基本的にオープンで、なおかつアーカイブ性に優れているメディアですから、
そこを舞台にして綴られていく無名の有志の手による記録や研究、あるいはつながりというものが、
もしかしたら今後、「歴史」「文化」「保存」などの点において、
とても重要な役割を果たすんじゃないかと期待しているのです。
(もちろん、僕もその一助になりたい)

※以下に僕がこれまで読んできたクマ、マタギ、アイヌ関連書籍でとても面白かったものを紹介します。



















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『キャパの十字架』 沢木耕太郎 (文藝春秋)

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「贋」だからこそ見えてくる
キャパの新たな物語


先日、横浜美術館で開催されていた
「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展に行ってきました。

世界で最も有名なカメラマン、ロバート・キャパ。
しかし、若き日の彼に、公私にわたってパートナーを務めた、
ゲルダという女性がいたことは、あまり知られていません。
まだ駆け出しカメラマンだった20代前半のキャパの恋人であり、
同時にマネージャー的存在でもあったのがゲルダです。
そもそも「ロバート・キャパ」という名前自体が、
キャパことアンドレ・フリードマンとゲルダの2人で考え出した、
架空のアーティストネームでした。

ゲルダは元々は学生でしたが、アンドレと出会ったことで自身も写真を撮るようになります。
その後、ゲルダはカメラマンとして独り立ちしますが、
最初期の頃は、2人が別々に撮った写真を、
まとめて「ロバート・キャパ」名義で発表したりもしていたのです。
ゲルダの写真とキャパの写真とを分けて展示するのは、
日本では今回の「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展が初めてだそうです。

展覧会は、まずゲルダの写真展を見た後に、
キャパの写真を見るという構成でした。
しかし、後半のキャパの写真展があまりにすごすぎて、
正直にいうと、最初に見たゲルダの印象はほとんど残りませんでした。
キャパの写真は、もうなんていうか完全に別格。
1枚目の写真(デビュー作の、あのトロツキーの演説写真)からして、
もう全然空気が違う。
キャパの写真は全部で193点も展示されていたのですが、
大げさではなく、僕は全部の写真にずーっと鳥肌が立ちっぱなしでした。

さて、今年はキャパの生誕100周年にあたります。
今回の展覧会はじめ、今後もいろんな企画が催されるのだろうと期待しているのですが、
そんなアニバーサリーイヤーの初っ端である2月、
キャパに関する衝撃のドキュメンタリー本が出版されました。
それが、沢木耕太郎の『キャパの十字架』。

1936年、キャパがスペイン内乱の取材の際に撮影した写真「崩れ落ちる兵士」。
銃弾に撃たれた兵士が、今まさに崩れ落ちようとしているその瞬間を収めたこの写真は、
米グラフィック誌『LIFE』に掲載されるなどして、
無名だったキャパを一気に「世界一の戦場カメラマン」として有名にしました。

しかし、この写真については、
かねてからその真贋を問う議論がありました。
「撃たれた瞬間を狙って撮る」なんてことが、本当にできるのだろうか、と。
沢木耕太郎の『キャパの十字架』は、
この真贋問題に対して、ものすごく衝撃的な一石を投げかけます。
曰く、「これは撃たれた瞬間などではなく、演習中の兵士が偶然転んだ瞬間を、
しかもキャパではなく、ゲルダが撮った写真だ」と。

本書には、この結論に至るまでの、
沢木耕太郎の綿密な取材と検証が記録されています。
スペインには3度も足を運び、
写真に写っている「雲」の形に注目することで、
実際に写真が撮影された場所を割り出します。
同時に、キャパとゲルダが使っていたとされる当時のカメラの「画角の違い」にメスを入れ、
さらには、人体模型を使って写真に映る兵士の「影」の角度を検証します。
その緻密さと徹底ぶりは執念を感じさせるほど。
結果的に導き出された結論云々よりも、
そこに至るまでの課程で味わえる推理小説のような興奮こそが本書の魅力です。

ただ、沢木耕太郎もあとがきで書いているように、
本書の目的は「キャパの虚像を剥ぐ」ということではありません。
それが分かるのは、終章となる「キャパへの道」。
ここで書かれている、キャパの出世作「崩れ落ちる兵士」と、
ノルマンディー上陸作戦の現場を撮影したキャパ後期の代表作「波の中の兵士」とをつなぐ、
沢木耕太郎の渾身の「ストーリー」には、
「崩れ落ちる兵士」を「贋」としたからこそ感じられる新たなキャパ像があります。

僕は本書を、横浜美術館の展覧会に行く前に読みました。
そして、沢木耕太郎が提示したキャパの物語を念頭に、写真を眺めました。
それを「余計な先入観」と見るか、「鑑賞の手助け」と見るかは、
判断の微妙なところです。
ただ、一つ言えるのは、
写真に限らず、アートを見る際に文脈(感情移入)を持つことは、
決して間違った見方ではないということでしょう。
なぜなら、文脈を持つことは、その作品(あるいは作家)に近づくための、
最も手軽な入口になりえるからです。

そして、実際にキャパの写真を見て感じたのは、
たとえこちらが解説本や何かを基に凝り固まった先入観をもって臨もうとも、
真に力のある作品は、それをいとも簡単に打ち砕き、
「で、お前は本当は何をどう感じるの?」というメッセージを向けてくることです。

横浜美術館の「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展、
今月の24日までやってます。
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『オオカミの護符』 小倉美惠子 (新潮社)

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「小さな歴史」を
見つけに行こう


今年最初の記事は、本の紹介です。
タイトルは『オオカミの護符』。

つい1か月ほど前に読みました。
ですが、今もまだ豊かな余韻が胸の中に残っています。
「2012年に読んだ本の中で最も面白かった1冊は何か」と問われたら、
迷わず本書を挙げるでしょう。
そのくらいに圧倒された1冊です。
 
川崎市宮前区土橋を故郷に持つ著者が、実家で目にした1枚の護符。
そこには、古くから地元に住む住民たちが「オイヌさま」と呼ぶ、
犬のような姿をした不思議な生き物が描かれていました。

この「オイヌさま」は、一体何なのか?
疑問に感じた著者は取材を始めます。
すると、川崎から東京青梅の御嶽山神社へ、さらに秩父山系の奥地へ、
そして遂には関東一円に広がる「オオカミ信仰」へと、
話は思いもかけぬ方向へと話は広がっていきます。

ページをめくるたびに次から次へと現れる、未知の歴史の数々。
川崎という、ごくありふれたベッドタウンの中で、
こんなにも豊かな文化が受け継がれてきたという事実に、
僕はひたすら驚き、感動しました。

著者の小倉さんは冒頭で、
「かつての私は故郷のことを『恥ずかしい』と感じていた」と語っています。
小倉さんは昭和38年生まれ。
当時は50戸ほどの農村だった土橋は、
小倉さんが小学生に上がる頃からマンションや建売住宅が目立つようになり、
同級生にも「都会の子」が増えていきました。
きれいな服を着て都会の言葉を口にする同級生たちを見て、小学生だった小倉さんは、
茅葺屋根の家や野良仕事に精を出す家族が、急に恥ずかしいものに思えたそうです。

しかし小倉さんは、大人になるにつれて、
「故郷のことを何も知らないままではいけないんじゃないか」と考えるようになりました。
かつての土橋の暮らしについて語れる人はもう少ない。
その人たちがいなくなる前に、その人たちの話に触れて、
土橋という土地が元々持っていた歴史や文化を記録しなければいけない。
そして、それをやるのは他でもない、土橋に生まれた自分の役目なんじゃないか……。
そんな思いが、小倉さんを「オイヌさま」の謎へと駆り立てました。
本書の取材を通じて、小倉さんは「故郷の再発見」をしたのだと思います。

本書に書かれているのは、
土橋という、ごく一部の地域の人だけに受け継がれてきた歴史です。
教科書に載るような過去の事件や出来事を「大きな歴史」とするならば、
本書に書かれているのは「小さな歴史」と呼べるでしょう。
こうした「小さな歴史」は本来は、
地域の祭礼で上げられる祝詞を通じて、
あるいは農作業の合間に村のおじいさんやおばあさんが語る物語によって、
受け継がれてきました。

しかし戦後、日本全国で宅地化が進み、
長年受け継がれてきた田や畑は「不動産」という名で売買され、
それまでの地域のつながりや催事は急速になくなっていきました。
都市近郊には大量に人が流入したことで「地縁」が薄まり、
逆に地方は歴史を受け継ぐべき若年層がいなくなりました。
千年単位で蓄積されてきた各土地の「小さな歴史」は、
たった5〜60年の間で、急速に失われているのです。
※ちょうど1年前に話を聞いた、ある建設会社の社長さんの話を思い出しました。


ここで話はいきなり僕の個人的な体験になるのですが、
一昨年からランニングを始めたことで、
今まで見過ごしていた近所の「小さな歴史」を目にする機会が増えました。
いつも歩いている通りを1本奥に入ったところに、怪しい祠があった。
どうもこのあたりは坂が多いなと思ったら、実は昔ここに川が流れていた。などなど。

至って小規模な「発見」ですが、
こういうことに気付いたり、それを後から調べたりするのはけっこう楽しいものです。
些細なことですが、見慣れた風景が違って見えるというか、
自分の住んでいる街が急に身近に感じられます。

「大きな歴史」に比べれば、「小さな歴史」ははっきり言って地味です。
「歴女ブーム」なんてものがありますが、
戦国武将が建てた城や有名な史跡を訪ねる人はいても、
わざわざ地元の図書館に行って地域の歴史を調べようなんていう人(特に若い世代)は、
ほとんどいないと言っていいでしょう。

でも、それはものすごくもったいないことなんじゃないかと僕は思います。
変な例えかもしれませんが、
これは、有名シェフが作ったカレーと、母親が作ったカレーの違いに似ています。
一流洋食店のカレーは確かに美味しい。
母親が市販のルウで作るカレーなどでは、絶対に出せない味です。
でも、母親の作るカレーには、味という範疇では語れない「愛着」がある。
それは、自分だけにしか感じられない、オリジナルな気持ちです。

「大きな歴史」は、ある意味では「他人事」の世界です。
それに対して、「小さな歴史」を知ることは、
小倉さんがそのことで「故郷の再発見」を果たしたように、
「アイデンティティの獲得」につながるのです。
教養でもいい。単なる趣味でもかまわない。
でも、歴史を知ることって本当は、
もっともっと自分自身に関わることとして受け入れられるものなんじゃないか。
そんなことを示唆してくれた一冊でした。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

さて、『オオカミの護符』を読んだから、というわけでもないのですが、
これからは僕も「小さな歴史」を楽しもうと思います。

まずは足元の東京から。

東京に住んでもうすぐ10年も経つのに、
改めて地図を眺めてみると、
訪ねたことのない神社やお寺、史跡がたくさんあることに愕然とします。

僕は、まだ10歳になるかならないかの頃に、
小学館から出てた『漫画日本の歴史』を読んで以来、
ずっと歴史が好きでした。
実家が鎌倉に近かったので、しょっちゅう江ノ電に乗って行っては、
「若宮幕府跡」とか「大江広元の墓」なんていう、
観光客は見向きもしないようなマニアックな史跡を写真に撮って喜んでました。
当時通ってた塾の先生にもらった縄文土器の欠片は、未だに持ってます。

当時の情熱にもう一度火をつけて、
ちょっと今年から本腰入れて東京のいろんな史跡を回ろうかなと思います。
実際に行ったらブログでも紹介しますね。
なので、ブログのタイトルも変えました。
幸いしばらく劇団もお休みだし、
僕は「歴史散歩」を新たなライフワークにします!






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情報を相対化することの大切さ

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『キュレーションの時代』
佐々木俊尚

(ちくま新書)


 ITジャーナリストの佐々木俊尚が昨年出した『キュレーションの時代』。目からウロコの良著です。

 佐々木俊尚は以前から「情報のキュレーター」を標榜し活動している。「キュレーター」とは、元は博物館や美術館などで、特定のテーマに沿って展示物を選び、どう見せるかを考える職業のこと。たとえば、時代も画法もまったく異なる絵を同じ部屋に並べると、単体では見えてこなかった新たな世界、新たな文脈が見えてくることがある。埋もれていた無名の作品を掘り出してきたり、有名な作品でも全く新しい光を当てたりして、人々に提供するのがキュレーターという仕事の役割だ。

 このキュレーターが、「情報」というものに対しても有効ではないかと佐々木は言う。インターネットの普及で、情報はまるで海のように巨大な渦を巻いている。そこから必要な情報を拾い上げるのは大変だ。中には、人目に触れず埋もれていった貴重な情報もあるかもしれない。

 そこで、見識を持つ者が情報の海とユーザーの間に入り、独自の切り口で有益な情報をユーザーに紹介する役割を果たすと面白いのではないかというのである。実際、彼は毎朝Twitter上で、気になるニュースやブログの記事などを紹介している(@sasakitoshinao)。朝の通勤時に彼のキュレーションをチェックするのが僕の日課だ。

 本書は情報と個人との関係が、この10年間ほどでどうシフトチェンジしたかを解説している。これまでネットのさまざまなサービスの「機能」を説明した本は数多くあったが、それらが僕らの生活にどう影響し、どう変えていくのか、その可能性まで含めて解説してくれた本は少ない。本書は間違いなくその一冊。情報社会の変化のスピードはすさまじく、早すぎるためにフォローできなくなった途端にスネて諦めたくもなるのだが、本書を読むとそういった変化に対して肯定的になれる。

 僕はこの本を震災後に購入した。これまで僕は、新聞とテレビのニュースを主な情報源としてきたのだが、震災を機に、ネットを利用する割合が飛躍的に増えた。情報との距離感が大きく変わり、今後のヒントが欲しくて読んだのである。

 計画停電開始当初、交通機関が混乱し情報が錯綜するなか、「池袋駅の混雑状況」「丸ノ内線の遅れ具合」といったピンポイントな情報を得るのに役立ったGoogleのリアルタイム検索(Twitter)や、「放射線と放射能の違い」「原子炉の構造」といった初歩的な情報を発信し、根本的な疑問や盲点だった知識を埋めてくれたニュースサイトの記事や個人のブログなど、情報の質の深さ、バラエティの広さはマスメディアに比べて圧倒的である。

 ネットの情報は確かに玉石混交で、デマも多い(僕も今回一度引っかかってしまった)。また、集積される情報は膨大で、そのなかから必要な情報を見つけ出すのは大変だ。そのせいで、僕はこれまでネットを情報ツールとして利用することに少なからず抵抗感があったのだが、今回その認識を改めざるをえなかった。

 ネット、特にTwitterなどのソーシャルメディアが従来のマスメディアと異なっているところは、その情報の基盤が(匿名であれ記名であれ)「個人」に依っている点だろう。交通機関情報を例に取るなら、マスメディアがせいぜい路線単位の概略的な情報しか発信できないのに対して、ソーシャルメディアは実際に今現場にいるユーザーからの書き込みを閲覧できるため、「丸ノ内線池袋駅ホーム、入場規制中。30分並んでもまだ入れない」なんていうピンポイントかつダイレクトな情報が得られるのである。

 僕が(今更ながら)感動したのは、それだけ多くのユーザーがいたるところにいて、盛んにツイートを発信している、ということだ。例えば上記のツイートは、池袋駅や丸ノ内線を利用しない人にとってはまるで意味のない「独り言」にすぎない。だが、利用する人にとっては価値のある「情報」になる。圧倒的多数の人が読み飛ばすとしても、ユーザーがせっせとツイートを放り込むことで、見ず知らずの別のユーザーに、ある瞬間それが有益な「情報」として届く可能性を生んでいる。

 個々のユーザーの参画意識、それはつまり他ユーザーに対する期待や信頼だと思うのだが、そうした意識が共有されているからこそ、ソーシャルメディアは単なる会員制サービスではなく、情報インフラとして威力を発揮しているのだろう。僕なんかは何年も前にmixiをかじった程度の(それも友人との連絡手段止まりの)認識だったので、その点にとてもショックを受けた。

 もう一つ、僕がネットを利用していて感動(というと言いすぎなのだが)したのが、情報の多様性である。僕はGoogleリーダーを利用して毎日100〜200の記事をチェックするようにしているのだが、実にいろいろな視点から書かれた記事を目にする。原発の話題一つをとっても、科学や医療、経済や教育など、いろいろな切り口で書かれた記事がある。そうしたバラエティの広さは、たとえば特定の新聞、特定のニュース番組だけを追っているだけでは得られない。

 また、ネットの情報における多様性には、「立場」あるいは「視点」の多様性、という側面もある。前述のように、ネットの情報の多くは個人が発信したものだ。「日経ビジネスオンライン」や「ダイヤモンド・オンライン」などのニュースサイトであっても、掲載される記事のほとんどが署名記事である。

 個人と紐付いた情報は、当然その執筆者の個性や立場を反映する。極端な例だが、原発に反対する人は放射線の危険や安全管理リスクを指摘する記事を書くだろうし、支持する立場の人は原発の発電効率の良さや代替エネルギーの可能性の薄さを強調するだろう。ネットの情報のバイアスのかかり方は、例えば朝日新聞と読売新聞の違い、なんていうレベルではない。

 僕がいいなと思うのは、多様な視点を体験することで、ある情報やある立場について、自然とそれを相対化する力が養われていくところである。ネットはデマを広げる危険性もあるが、最低限の注意さえ払っていれば、逆にデマに惑わされない知性が身に付くのではないかとも思う。

 もちろん、僕には僕の視点があるだろうし、ピックアップする情報についても何らかのバイアスがかかっているだろう。そもそも、「バイアスがゼロの状態」や「完全中立公平な情報」なんてものがあるのかと思ったりもする。だが、少なくともそういったことを自覚できるかできないかは、大きな違いなんじゃないだろうか。

 というわけで僕もTwitter始めてみました。頑張ってツイートしています。
 良かったらフォローしてください。→@sassybestcat

『杯 ―緑の海へ―』 沢木耕太郎 (新潮文庫)

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ドーハの「歓喜」

 いや~・・・やりましたね、サッカーアジア杯。僕はまだ勝利の余韻の中にいます。

 李のあの決勝ゴールはまさに「一閃」。何度もピンチに見舞われた今大会、その最後の最後にあれほどまでに美しいシュートが決まったというのは、それまでの苦労や鬱憤が全て込められた怒りの矢のようでもあり、同時に新たな歴史の始まりを告げる祝砲のようでもあり、なんともドラマチックだった。

 しかし、こんなにもハラハラドキドキするスポーツの国際大会というのもなかなかないんじゃないか。個人的には去年のW杯よりも心拍数が上がっていた気がする。テレビの前で何度も顔を覆い、何度も拳を突き上げた。リアルな世界で、ガチンコで、こんなにもドラマチックなものをやられてしまうと、フィクションの作り手としては身のすくむ思いである。

 サッカーの日本代表というと、どちらかというとこれまでガッカリすることの方が多かったので、素人ファンの僕なんかは観戦していてもつい「及び腰」になってしまう。今回も何度「ああ、やっぱり・・」と思ったか知れない。特に決勝トーナメントは開催国カタール、韓国、そしてオーストラリアと、仕組まれたような対戦カード続き。だが、その中を、若い日本代表選手たちは一歩一歩、それこそ劇的と呼ぶに相応しい展開で勝ち進んでいった。そして、見事優勝を遂げた。

 優勝した理由を、監督も選手も「団結力」と語っていた。実際、大会を通してチームの一体感を感じられる場面は何度もあった。今回の勝利に殊のほか爽快感を覚えるのは、こういうところにあるのかもしれない。団結力という、日本的過ぎて逆に現代の日本人からは敬遠されがちなこの土臭いメンタリティ。だが、結局はそれが最後に勝利をもたらしたことで、改めて自分たちのルーツや誇り、底力を見出したと感じた人は多いんじゃないだろうか。

 もちろん、今回は所詮アジア地域限定の大会ではある。だが、17年前の因縁の地で、当時よりも若い選手たちが一丸となってもぎ取った勝利には、やはり新たな時代の幕開けという感がある。

 ところで、今大会で最も印象的だった試合といえば、やはり準決勝の韓国戦ではないだろうか。延長後半の終了間際に決められてしまった同点ゴール。あの瞬間、僕は韓国の執念の強さに慄然とした。

 韓国戦はどうしても、複雑な思いがつきまとう。サッカーだけでなく、例えば一昨年のWBCでも、韓国は幾度となく日本の前に立ちはだかってきた。日本が優勢でも、勝ち越しても、韓国は必ず追いついてくる。韓国チームの勝利への執念を見るたびに、おそらく多くの日本人同様、僕は“加害者”という歴史的な負い目を感じざるをえなかった。試合には勝ちたい。だが、韓国に対してだけはその闘志の表現の仕方に、どうしても気を遣ってしまう。「宿命のライバル」というならば、韓国戦に臨む時に必ず頭をもたげてくるこの卑屈さこそが宿命なのだという気がする。

 2002年のW杯日韓大会は、歴史的なものをひっくるめた両国の差異というものを、まざまざと見せつけられた大会だった。日本代表は初めての決勝トーナメント進出を成し遂げるも、ベスト16止まり。一方の韓国は国ぐるみの一体感でもってベスト4にまで上りつめた。

 その日韓大会を、ノンフィクション作家の沢木耕太郎が取材した観戦記が、『杯(カップ)―緑の海へ―』という本。単に試合のルポをまとめたものではなくて、スタジアムの中で、外で、街で、二つの国のあらゆる場所で沢木が肌で感じた両国の空気の違いというものが、日記的なスタイルで綴られている。サッカーをモチーフにした比較文化論、と言ってもいいかもしれない。

 ずい分前に読んだのだが、今でも悔しさとある種の諦めが入り混じった読後感を覚えている。韓国の方がやっぱり強いのか、という悔しさと、日本はやっぱりベスト16がせいぜいだ、という諦めである。正直、今この本を読むとアジア杯制覇の喜びに水をさされることになるので、読みたい方は昂揚感が落ち着くまで待った方がいいかもしれない。だが見方を変えて、今大会、韓国にあのギリギリのところで追いつかれても挫けなかった日本代表のしぶとさを思えば、「日韓大会からここまで来たか」という感慨も湧いてくる。やはりあの準決勝は印象的な一戦だった。

『心臓を貫かれて』 マイケル・ギルモア (文春文庫)

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事実は小説より、
病んでいる


 読んでいて「これはよくできたミステリー小説なのではないか」と何度も思った。しかし、事実だという。アメリカのある家族に起きた凄惨な悲劇。暴力や貧困、宗教対立といった、この国の“裏”の遺伝子が、100年以上の時を経て一つの家族―ギルモア一家に受け継がれたとき、全米を震撼させる事件を生んだ―。

 まるで映画の二流コピーのようだが、この本を読んでの感想を語るとするならば、決して誇張ではない。事実は小説より奇なり、というが、本書に書かれた「事実」は、もっとずっと禍々しい。事実は小説より、病んでいる。

 1976年、ユタ州プロヴォで2件の殺人事件が起きた。犯人はゲイリー・ギルモア。当時35歳。わずかな金欲しさの、衝動的で行きずりの殺人だった。目撃者もあり、ゲイリーはすぐに逮捕され、裁判所で死刑の判決が下る。

 この事件が世間の耳目を集めるのはここからである。当時アメリカでは死刑廃止論が高まっており、10年近く死刑の執行は停止していた。ゲイリーに下された死刑も、実際には終身刑を意味していた。しかし当のゲイリー本人は裁判所に対して、判決通り死刑の執行を要求したのである。それも、絞首刑ではなく銃殺刑を(ユタ州は宗教的な背景から全米で唯一銃殺刑が認められている)。

 弁護士や家族は何度も執行の見送りや再審理を求めるが、ゲイリーは耳を貸さず、頑なに死刑を望んだ。このニュースはマスコミによって大々的に報道され、ゲイリーは「TIME」紙の表紙を飾るほどの時の人となる。世間を煙に巻き、人権団体を嘲笑い、家族を混乱に陥れ、結局翌77年に彼は望み通り銃殺刑によって処刑された。

 彼を破滅的な行動に駆り立てたものは一体何だったのか。どんな環境が、どんな教育が、どんな出会いと出来事が、彼を作り上げたのか。その背景を彼の人生だけでなく、彼の父母、祖父母、さらにその先の祖先にまで遡って抽出しようと試みたのが本書『心臓を貫かれて(原題“Shot In The Heart”)』である。著者はマイケル・ギルモア。ゲイリーの実の弟である。

 この本を読むと、ゲイリー・ギルモアという人物が生まれたのは、偶然などではなく、必然だったのではないかという気がしてくる。父親の度を越した暴力があり、だがその父にも親との間にシリアスな確執があり、一方の母親も、教育と風土によって捻じ曲げられた過去がある。何代も前から植え付けられていた呪いの種が、ゲイリーとその家族の身を苗床にして、一気に、そして宿命的に発芽してしまったのだ。「トラウマのクロニクル」という表現を本書コピーは使っているが、言い得て妙である。

 ただし本書は、「ゲイリーは歴史の犠牲者である」というような安易な立場を取るものではない。「どこで、何を間違ったのか」という、当事者としての切実な疑問を突き詰めていくうちに、一家の歴史を遡ってしまった、というような印象だ。「あの時ああしていれば」という悔恨がいくつもあり、だがそうした後にはすぐに「しかしあの時一体誰があの状況を救うことができたのか」という諦めが滲む。悔いと諦めの間で、何度も感情の振り子は行き来を繰り返す。本書が出版されたのは1994年。事件から20年近く経っているにもかかわらず、弟マイケルの心の中には未消化の思いが燻り続けている。

 はっきり言って本書には救いがない。「ない」と言い切ってしまうとアレだが、少なくとも読み終えた時に気分が高揚したりハッピーになったりはしない。だが、この本は何がしかの重要なメッセージをこちらに訴えかけてくる。そのメッセージはもしかしたら、著者の意図や意思とは無関係のものかもしれない。僕も含め一般的な読者と著者の背負っているものとの間には、当然のことながら安易な感情移入や同情を差し挟めないぶ厚い壁がある。だが、本書の持つ重みや迫力は、国や環境や時代を超えて、こちらの内側を揺さぶってくる。本書に書かれた「事実」を、僕らは著者とはまた違った距離感と角度から自分のものにすることで、人間や人生に関する大事なものを学び取れるのだ。是非、一読を。

2010年3月の5冊

『昭和歌謡大全集』 村上龍 (集英社文庫)

 先月読んだ『半島を出よ』の最重要人物の一人イシハラと、冒頭に登場するいわくありげなホームレス、ノブエ。この二人が元々は『昭和歌謡大全集』の登場人物たちであることを、僕は『半島を出よ』のあとがきを読むまで知らなかった。
 他人と関わりあうことを知らずに生きてきたイシハラやノブエら青年グループは、夜な夜なアパートに集まってカラオケ大会を開いていた。ある日、グループの一人スギオカが白昼の路上で中年女性をナイフで刺して殺してしまう。すると、その女性の仇を取るために、彼女の仲良し女性グループがスギオカを殺す。そこから始まる、殺しては殺し返すという両グループの復讐劇が本書のストーリー。
 復讐を重ねるごとに使用する武器や殺害方法がエスカレートしていくのがすさまじい。最初はナイフだったのが、トカレフ、ロケットランチャー、果ては燃料気化爆弾までが用いられる。
 不毛な復讐劇に生きがいを見出していく登場人物たちの姿は滑稽だが、しかし戦う相手も目指すべき目標もない、鈍く退屈したこの国の社会を顧みれば決して笑えない。読んでいると、なぜだか無性に腹が立ってきて仕方なくなる。でも、何に対して腹を立てているのか自分でもよくわからない。湿気った火薬に火を点けてしまうような、そんな小説。


『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』 椎名誠 (角川文庫)
 
 椎名誠の古くからの友人であり、彼が編集長を務めている『本の雑誌』の発行人、そしてかつて「本を読む時間がなくなるから」という理由だけで会社を辞めた経験を持つ正真正銘の活字中毒者、目黒考二。その目黒を味噌蔵に閉じ込めて強引に活字を読めなくしたらどうなるか、という残虐な設定で書かれたフィクション=ノンフィクションの小説がこの『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』である。これが椎名誠の処女小説らしい(とんでもない処女作だ)。
 本書には表題作とは別に、椎名誠が創刊間もない頃の『本の雑誌』紙上に執筆していたエッセイも掲載されている。内容は、世にある雑誌を片っ端からこきおろす、という過激なもの。今から30年も前のものなので、たとえば「文藝春秋が『Number』というスポーツ雑誌を作ったらしい」なんていう文章もあり(『Number』は現在すでに700号を超えている)、いまいちピンとこないものが多い。だが、まだ作家としてデビューする前の、今よりもさらに血の気の多かった椎名誠が垣間見れるという点で、ファンには必携本。僕はファンのくせに買ったまま本棚の奥に放置していたようです。


『脱サラ帰農者たち わが田園オデッセイ』 田澤拓也 (文春文庫)

 都会での生活を捨て、田舎に小さな農地を購入し“百姓”として暮らす中高年29人を追ったルポタージュ。定年後の第2の人生として、サラリーマン生活では味わえなかった“生きがい”を求めて、農業に身を投じた理由は人それぞれだが、共通しているのは「都会から離れたい」という意識である。読んでいると、日本の社会構造の一つの飽和点をまざまざと見たような気持ちになる。
 無論、29人全員が理想通りの悠々自適な暮らしを送れているわけではない。サラリーマン時代の年収と同等の収入を得ている人もいれば、一方で赤字続きで一家が離散してしまうという悲運を味わった人もいる。「いろんな人生があるのだなあ」と読み終えて静かに感動した。おそらく主には同じ熟年世代に向けて書かれた本なのだろうが、僕は30歳手前に本書に出会えてよかったと思った。
 

『三陸海岸大津波』 吉村昭 (文春文庫)

 青森・岩手・宮城にまたがる三陸海岸は、明治29年、昭和8年、昭和35年と三度大津波の被害を受けた。当時のデータや被災者の体験談などを吉村昭が取材し編集したドキュメンタリー本。津波から逃げる途中、ふと後ろを振り返ったら、2階建ての家屋の屋根の上にまで波が黒々とそそり立っており、その先端部は白い泡が歯列のように湧き立ち、まるで巨大な口が迫り来るようだった・・・なんていう生々しい証言の数々にひたすら恐怖する。
 子供の頃、海のすぐ近くに住んでいた僕は、リアルに津波が怖かった。「ああ、もし津波が来たら僕は死ぬんだ」と想像すると、海を眺めていても楽しいどころか無力感に襲われた。そのような体験からか、未だに映画の災害シーンなどは津波が一番怖い。
 度重なる被災体験から、三陸海岸に住む人々は長大な防波堤を建設し、綿密な避難訓練を繰り返し実施した。そのため、昭和43年の十勝沖地震による津波では死者を出さなかった。過酷な自然と寄り添いながら生きる人々の底力を知れる良本。


『プロ野球の一流たち』 二宮清純 (講談社現代新書)

 二宮清純の本は好きなのでわりとたくさん読んでいる。なかでも同じ講談社現代新書から出ている『スポーツ名勝負物語』と『スポーツを「視る」技術』はとてもおもしろかった。彼の文章はいつも理路整然としていて無駄がなく、それでいてスタジアムの熱気や選手の表情といった臨場感があるのだ。
 この『プロ野球の一流たち』はその名の通り、名選手・監督の技術や思考法を、本人や関係者へのインタビューを基に紹介したもの。例えば野村克也の「配球学」、東尾修による「松坂大輔論」、工藤公康による「バッテリー論」などなど。根性論や精神論などはもちろん誰も口にしない。新人選手でもわかる論理性と客観性を長い間の経験で磨き上げてきたからこその“一流”なのだろう。読んでいるとスポーツは科学なのだなあと唸る。
 本書は後半、日米野球の格差やプロ球団からアマ選手への利益供与(裏金)など、現在の野球界が抱える諸問題についても言及している。『プロ野球の一流たち』というタイトルではあるが、本書の読みどころはむしろこの後半部分なのではないか。さまざまな問題に対して著者が逐一提案するオリジナルのソリューションがおもしろい。ラストに収録された、日本にある2つの独立リーグ、四国・九州アイランドリーグと北信越BCリーグに関する話が感動的だった。

2010年1月の5冊

 今月読んだ本のなかから、特に印象的だった5冊を紹介します。

『夢枕獏の奇想家列伝』 夢枕獏 (文春新書)

 時代の流れや当時の常識に抗い、知的好奇心の赴くままに巨大な行動を起こした人――“奇想家”の功績とその生涯を、作家夢枕獏が案内人となって紹介する本。
 選ばれたのは玄奘三蔵、空海、安倍晴明、阿倍仲麻呂、カナン、河口慧海、平賀源内の計7人。アヤしさと謎に満ちたこのラインナップは、なんとも夢枕獏らしい。文章はいたって平易なのでスラスラと読めてしまうが、一人ひとりに対して深く突っ込んだ考察と物語作家らしいユーモアのある洞察がなされていて読み応えはたっぷり。


『アポロ13号 奇跡の生還』 H・J・クーパー (新潮文庫)

 映画『アポロ13』では、事故発生から帰還への一連の経緯は、2時間の尺に収まるようサラッと描かれていたが、実際の現場は、当然のことながら映画とは比較にならないほど過酷なものだった。
 前例のない予想外の事故だったため、準備されていた事故対応マニュアルは役に立たず、クルーと管制官たちは限られた時間と物資のなかから、地球へ帰還するためのアイディアをひねり出さなければならなかった。それも、ミスが即クルーの死につながるというプレッシャーのなかで、である。
 訳者の立花隆は、「アポロ11号を月に着陸させたことよりも、アポロ13号を無事に地球に帰したことの方が、真に偉大な功績である」と、この本の前書きで述べている。その現場で行われていた作業を事細かに記した、迫真のドキュメンタリー本。


『日露戦争 もうひとつの「物語」』 長山靖生 (新潮新書)

 明治時代、日本社会に空前の出版ブームが起きる。近代化の波に乗り、新聞や雑誌が相次いで創刊されたのだ。
 そんななかで日露戦争は勃発する。新聞はこぞって最新の戦局を報道し、雑誌は戦争を題材にした小説を掲載した。そして、それを読んだ人々は、内地にいながらも戦争への参画意識を高めていった。
 日露戦争は、「情報」というものが世論形成や国家のイメージ戦略に大きく関わったという点で、極めて現代的な戦争だったのである。この本は、報道や出版という切り口から日露戦争下の日本社会を捉えたユニークな論文。当時の活気ある社会の様子が手に取るように伝わってくるとともに、昭和期に入り日本に正気を失わせたのは決して一部の軍人だけではなく、社会心理にも原因があったことを示唆している。知的興奮に満ちた本。


『旧皇族が語る天皇の日本史』 竹田恒泰 (PHP新書)

 筆者は明治天皇の玄孫(孫の孫)にあたる旧皇族。タイトルはまるで暴露本のようだが、中身は日本史の全通史を、天皇と皇族に焦点を当てながら追うという、至って硬派なもの。
 天孫降臨から始まり、謎の多い古代の大和王権を経て、飛鳥から平安という天皇にとって華やかな時代があり、武家政権が誕生すると一転天皇家は受難の時代に突入、そして明治維新で近代国家の統治者としての時代に入る。というように、改めて見ると天皇の歴史には実にいろいろなドラマがある。常に時代に翻弄され続けてきたわけだが、それが今日に至るまで絶えることなく血統が続いていることに感動を新たにする。「天皇は日本国の象徴」という憲法第一条の文句が、この本を読むと俄かに実感が湧いてくる。
 巻末に付録された、著者と鄂痢覆箸發劼函某堂Δ箸梁价未本編以上に刺激的!


『空港にて』 村上龍 (文春文庫)

 村上龍が2003年に発表した短編集。コンビニや居酒屋、カラオケ、空港など、日本のどこにでもある場所を舞台に、人生に行き詰まりを感じている登場人物たちが、閉塞感を打破しようと新天地を求めて今いる場所から脱出する様を描いている。
 『希望の国のエクソダス』において、村上龍が登場人物の中学生の口を借りて語った「この国には何でもある。ただ、希望だけがない」という一節は、当時20歳前後だった僕にとって非常に衝撃的だった。
 60、70年代の日本は、今よりもはるかにモノも情報も乏しかったけれど、「将来はきっと今よりも良いものになる」という思いを皆が共有していた。だが、高度成長を遂げて暮らしが豊かになると、逆に希望がぽっかりと消え失せた。誰も飲んだことのないようなヴィンテージ・ワインや、高級家具、ブランド品といったもので、人は自らの満足感を得るしか方法がなくなったのである。
 この国に欠如した希望というものを、現代日本文学は考え、提出していかなければならないと村上龍はいう。そしてその創作姿勢を具体的に作品化したのがこの『空港にて』である。非常にシンプルな素志をもった小説。
 村上龍を読むのはおそらく5,6年ぶりだったのだが、久々に読んだのがこの本でよかった。

『たった一人の生還』佐野三治(新潮文庫)

sanosanji
救助の瞬間から始まった
遭難者の再生の物語


 『おろしや国酔夢譚』を読んでからというもの、冒険や遭難、海といったキーワードに敏感になっている。先々週紹介した『王国への道』もそういった興味から手に取った本だ。そして今回紹介するのは、現代の海洋遭難を扱った本。

 1992年12月、年をまたいで行われる日本からグアムへのヨットレースに、佐野三治は6名の仲間と挑戦した。油壺から出航して3日後の夜、彼ら7人を乗せた「たか号」は転覆する。その後27日間、著者は太平洋上を漂流し、生還する。この本はその手記である。

 遭難は海の場合と山の場合と大きく2つに分けられるが、どちらの方がより怖いかと言われれば、海での遭難だろう。山は自分の足で自由に歩けるが、海の上を歩くことはできない。山の中で呼吸はできるが、海の中で呼吸はできない。人間が根本的に生存を許されない世界に放り出されるのだから、著者の感じた恐怖はどれほどのものかと思う。食べ物も水も無い、自分がどこにいるかすらわからない、なのに死は確実に忍び寄ってくる。そのような状況で人は何を思うのか。

 7人のクルーのうち、転覆した瞬間に蛇輪を握っていたクルーは、沈没する船とともに沈んでしまう。残された6人は、ライフラフトという屋根のついたゴムボートで脱出する。食料は1日につき6人でビスケット1枚。水もほんのわずかしかない。最初のうちはお互いを励ましながら、救助の瞬間を待っていた。だが身体の衰弱を止めることはできない。

 漂流して12日目、ついに死者が出る。クルーのリーダー的存在だった人だ。そこから一気に死が続く。13日目に3人、そして18日目、5人目の死者を水葬にすると、ついに筆者は一人になる。

 その後9日間、たった一人で漂流を続けた後、フィリピン船籍の船に発見されるのだ。計27日。およそ1ヶ月間、死と隣り合わせのまま、海の上を漂い続けたのだ。

 ライフラフトから引き上げられ、フィリピン船の甲板に下ろされた瞬間、著者は「助かった」ではなく「終わった」と思ったという。

 この手記はここでは終わらない。本の後半は、救助された後のことが綴られている。病院でのリハビリ、マスコミの報道。特にクルーの遺族との対面と、そこに至るまでの著者の葛藤には多くの紙面が割かれている。「自分だけが助かった」という事実が、遺族との対面を前にした著者の胸に重く、時に罪悪感となってのしかかる。

 著者一人だけが助かったことはもちろん、そもそもの「たか号」の転覆事故も、言うまでもなく偶然である。だが、不運な事故と生還という僥倖が、罪などあろうはずのない著者に、一生外せない十字架を背負わせた。コップ1杯の水の美味しさ、ベッドで眠れる安らぎ。そういった著者にしか触れられない喜びがある一方で、著者にしか抱えられない苦しみもあるのだ。

 運命という言葉をかけてあげたくなる。「生きて帰れたのだから、それでいいじゃないか」と言いたくなる。だが、遭難、そして生還という「不条理」を受け入れていく帰国後の彼の生活には、他人には立ち入ることのできない厳しさがある。だが、苦しみながら新たな人生を再生させていく著者の姿には、普遍的な感動がある。

 この本は遭難から救助にいたるまでの冒険譚ではない。救助の瞬間に呟いた「終わった」という言葉を境にして始まった、筆者の再生の物語だ。


※次回更新は8月24日(月)予定です

『シベリア追跡』 椎名誠 (集英社文庫)

tsuiseki
大黒屋光太夫が辿った道を追跡する
『おろしや国酔夢譚』サブテキスト


 前回『おろしや国酔夢譚』のことを書いたのだけれど、そもそも大黒屋光太夫という人物に興味をもったきっかけは、以前紹介した椎名誠の『蚊學ノ書』だった。

 この本のなかに、シベリアの蚊の話が出てくる。シベリアは冬は一面雪と氷で閉ざされているが、夏になり氷が解けると想像を絶するほどの夥しい蚊が発生する。馬に乗ってタイガと呼ばれる針葉樹林帯を進んでいたら、時に馬も人も霞んで見えなくなるほどの蚊に襲われた、なんていう記述があった。

 実はこのとき、椎名はあるテレビ番組の取材でシベリアを訪れていたのである。これはTBSが企画した『シベリア大紀行』というドキュメンタリーで、『おろしや国酔夢譚』に沿って大黒屋光太夫が漂流した足跡を実際に追ってみる、という内容のもの。飛行機も列車も使わず、わざわざ馬に乗ってタイガに分け入ったのは、当時の移動手段を再現していたからである。

 『蚊學ノ書』を読み終えた後、僕は試しにYouTubeで調べてみた。そしたらなんとこの『シベリア大紀行』が丸々アップロードされていたのである。早速視聴したのだが、これは二部構成総尺4時間超という超大型番組で、全て観るのに2日を要した。

 番組は椎名誠がレポーターになり、アムチトカ島から始まって、カムチャッカ、オホーツク、と本当に一歩一歩光太夫たちが歩いた道と同じルートを辿るという、シンプル且つストレートなドキュメンタリーだった。

 北半球最極寒地域といわれる真冬のヤクーツクの映像は本当に圧巻で、マイナス50度とか60度とかの空気すら凍ってしまう世界で暮らしている人々や動物の姿というものには、粛然とした美しさを感じた。そして、車もエアコンもない200年前に、そのような厳しい世界を踏破した大黒屋光太夫という人物に、僕は猛烈に興味を持ったのである。

 今回紹介する『シベリア追跡』は、椎名誠が番組の取材を通してつぶさに見てきたシベリアの大自然や大黒屋光太夫への思いなどを綴ったエッセイである。番組は『おろしや国酔夢譚』のいわばサブテキストとしての内容を持っているが、この『シベリア追跡』はさらにその番組のサブテキストといった感覚のものだ。つまりサブテキストのサブテキストである。

 番組『シベリア大紀行』はとても古い。放映は1985年である。つまり椎名たちが取材したのはロシアではなく旧ソ連の時代なのである。光太夫が訪れたペテルブルグも、旧ソ連時代の名称「レニングラード」と紹介されているのだ。そのためこの番組は、光太夫の冒険の追跡行という以外に、かつての共産国の街や村や人々の様子を映した記録映像としても観ることができる。

 エッセイ『シベリア追跡』では、番組では放映されなかった旧ソ連独特の出来事、例えば恐ろしくサービスの悪いレストランのことや、取材時に必ず同行し「あれを撮ってはいけない」「ここから先は入ってはいけない」と何かと神経質なKGBのことなどが面白おかしく書かれている。

 今となってはどれもほのぼのと笑ってしまうようなエピソードだが、けれどたかだか20年前のことなんだよなあと思うと、旧ソ連の解体から近年の目覚しい経済的政治的発展に至るこの国のダイナミックな底力に唸ってしまう。

 このときに椎名自身が撮った写真とそのキャプションをまとめた『零下59度の旅』という本がまた別に刊行されていて(つまりサブテキストのサブテキストのサブテキスト)、こちらはシベリアに暮らす人々の日常の風景だけを収めた、とても人情味溢れるフォトエッセイとなっている。椎名誠の旅行記はいつも、その土地に暮らす人々へのユーモア溢れる愛情に満ちていて、読むと自分もその人たちに会いたくなる。


85年制作『シベリア大紀行』。長いけど面白いです

『蚊學ノ書』 椎名誠・編著 (集英社文庫)

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読んでるだけでカユクなる!
「蚊」でいっぱいの珍書


 きっかけは、ある一夜に起きた恐怖の体験だった。三重県の神島という小さな島にキャンプに行った椎名誠。仲間たちと焚火をしながら大いに酒を飲み、さてそろそろ寝るかとテントにもぐりこんで、今度は満天の星空の下で幸福な眠りを貪ろうとしていた矢先、事件は起きたのである。

 テントの中の暗闇に、ざわざわという音が鳴っている。そしてなんだか全身が猛烈に痒い。仲間たちも皆モゾモゾし始めた。慌ててヘッドランプを付けると、灯りの中にはおびただしい数の蚊が、文字通り渦を巻いていたという。

 パニックに陥るテント内。声を出そうにもうかつに口を開けると蚊を食べてしまう。慌てて大量の蚊取り線香に火を付け、バチバチと手の平で蚊を退治していく椎名たち。テント内はつぶした蚊の残骸と吸われた大量の血が飛沫となってあちこちに飛散する。

 そして、彼らは「ザザザッ」という奇妙な音を耳にする。まるでテントに大量の砂粒が当たっているような音。それは、今彼らを襲っている蚊の、その何倍もの大群が、ヒッチコックの映画『鳥』のごとくテントにザザザッと当たっている音だった。

 そんな恐怖の体験から、椎名誠は突如として「蚊」に猛烈なる興味を抱く。世界にはどんな蚊がいるのかという博物学的探究から、果ては蚊取り線香の造形に関する国際比較まで、一夜にして「蚊學」に目覚めた椎名は“向学心”の赴くまま、蚊に関するさまざまなエッセイや体験談、データなどをまとめて一冊の本にまとめる。それがこの『蚊學ノ書』という一大珍書なのである。

 とにかくこの本には、徹頭徹尾「蚊」しかいない。椎名自身が書いた蚊に関するエッセイ(「近ごろの蚊」なんていうタイトルのものも)や短編小説にはじまり、C.W.ニコルをはじめ椎名の“蚊友”たちによる衝撃的な蚊の体験談(題して「蚊激な発言」)に、蚊を題材にした江戸時代の川柳を品評するという「蚊談会」。さらには「蚊の付く地名一覧」「蚊の付く人名一覧」「蚊のことわざ」なんてものまで。マラリア蚊の対策とその薬の副作用が詳しく綴られたハードな手記なんかも収録されている。

 もっとも強烈だったのは体験談。カナダやアラスカにはトンボ大の蚊がいるというし、アマゾンではあまりに大量の蚊が人にまとわりつくから蚊柱が人の形をしていて、遠くからだと巨人が歩いているように見えるという、「本当かよ!」というような話が載っている。

 驚きなのは北極にも蚊がいる、という事実。しかも寒いところにいる蚊は獰猛で、ジーパンぐらい突き通してしまうほど屈強な針を持っているらしい。専用の装備(!)をしなければ死んでしまう可能性もあるんだって。世界は広い。

 読んでるだけでなんだか痒くなる。しまいにはあの「プーン」という羽音が聞こえてくるような気にさえなってくる。だが、怖いもの見たさというか、不快なところがまた快感、というか、ムズムズしながらもぐいぐいと読んでしまう本。
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