週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

【ロック】海外のロック

Fazerdaze 『Morningside』

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「一人きり」であることが
パーティーよりも親密さを生むこともある


 ニュージーランドのウェリントンで、ヨーロッパ系の父とインドネシア人の母のもとに生まれたアメリア・マーレイは、14歳のときに両親が離婚したことをきっかけに音楽にのめりこむようになりました。そして19歳のとき、それまで活動していたバンドが解散したのを機に宅録を開始。「Fazerdaze」という名前でソロ活動を始めました。

 17年6月にリリースされた『Morningside』は、Fazerdazeにとって初のフルアルバム。もう半年以上が経ちましたが、未だに強烈な印象が残っている作品です。今年の年間ベストを選べと言われたら、僕の中では確実にベスト3には入ります

 僕がFazerdazeを知ったきっかけは、The Courtneysでした。彼女たちと同じFlying Nun Recordsのレーベルメイトということで認識したのが初めてだったと思います。その後、本作のリードトラックとしてSound Cloudで公開された<Lucky Girl>がめちゃくちゃ良かったので、即アルバムを予約したのでした。



 ただ、いざ聴いてみたアルバム『Morningside』全体の風合いは、疾走感のあるギターポップだった<Lucky Girl>から予想していたものとは、少し違っていました。それは、タイトルの「Morningside」という言葉に込められた意味に表れています。

 Morningsideはニュージーランドのオークランド郊外の小さな町の名前で、Fazerdazeがアルバムを録り終えたのが、まさにこの町でした。この町の名前は、作品にとって記念碑的な響きをもっているのでしょう。しかし同時に彼女は、「Morning」と「Side」とに分けられるこの言葉について、「人生の暗い部分を通り抜け、向こう岸にたどり着いて、それによって強くなるということの象徴」という風にも捉えているそうです。

 ライナーノーツに書かれている彼女のこの言葉が示唆している通り、アルバムはポップなんだけど決して陽気ではなく、むしろ内省的で、どこか陰のある雰囲気に包まれています。メリハリがあってスピード感のある<Last To Sleep>も90sオルタナのような<Friends>も、さらには前述の<Lucky Girl>でさえも、このアルバムの文脈の中で聴くと、静謐な印象を受けます。

 それは歌詞にも表れていて、例えば<Take It Slow>という曲では、何かに夢中になり、囚われ、執着していた時間の終わりが歌われています。
「ずいぶん遠くへ来てしまった。どこへ向かえばいいのかわからないけど、また私たちは旅立つ」
「私たちは慎重に、ゆっくり時間をかけて進んでいく」

 僕がいいなあと思うのは、ここでは何かが終わることの不安や徒労感といったものを「乗り越えるべき障害」や「敵」といった自分の外にあるものとしてではなく、必然的なもの、あるいは人生の一部として描いていることです。そして、そこからの再生も、ドラマチックなものではなく、「慎重に」「ゆっくり」とあくまで淡々としたものです。そうした抑制された筆致に僕は知性を感じるし、共感を覚えます。

 こうした淡くて繊細なトーンは、「ながら聴き」ではキャッチできません。僕はCDが届いて初めの数回は家事をしながら流しっぱなしにしてただけだったので、実はまったくピンときませんでした。ようやくこのアルバムの真価に触れたのは、スピーカーの前に座ってじっと耳を傾けたとき、そして、電車に乗りながらイヤホンでじっくりと聴いたときでした(ちなみにこのアルバムはめちゃくちゃ音がいいので、そういう点からも「ながら」ではなくしっかり耳を傾けて聴くのがおすすめです)。

 Fazerdazeの音楽は、本に似ています。音楽は複数の人間でも楽しめるけど、本は基本的に一人しか読めません。また、「ながら聴き」はできるけど「ながら読み」はできません。本は音楽よりも、受け手に対して厳密に「一人きり」であることを要求します。しかしそのぶんだけ、本は読者との間に、マンツーマンの閉じた世界を作ることに長けています。『Moringside』も、大勢でワイワイやるパーティーで流すようなタイプの音楽ではないけど、部屋の本棚に眠る一冊の本のように、長い時間に渡って親密な関係を結べる極めてパーソナルな作品なのです。



余談ですが、このアルバムが気に入ったら、ぜひFazerdazeがSpotifyで公開しているプレイリスト「alone in ur room」も聴いてみてください。

スマパンの<1979>、The XXの<VCR>、Cat Powerの<The Greatest>などが入っているこのプレイリストは、タイトルからなんとなくイメージできるかもしれませんが、『Morningside』と同じカラーを持っています。僕が唯一お気に入りに登録しているプレイリストでもあります。

おまけ。今年10月の初来日公演にて。
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Christopher Owens 『A New Testament』

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源流をたどって再発見した
「白人アメリカンポップス」の血


 米インディーロックバンド、Girlsが2009年に1st『Album』をリリースしたとき、かなり話題になったし実際に何度か試聴したのですが、そのときはいまいち僕には響きませんでした。09年というと、ちょうどペインズと同期になるわけですが、ある意味「ど」がつくほどシンプルなペインズに比べて、屈折して陰影のあるGirlsには食指が動かなかったのかもしれません。

 とにかく、そんな風に関心が薄かったので、Christopher Owensのアルバム『A New Testament』を聴いても、彼がGirlsのフロントマンであったことなど知る由もなく「誰、この新人!すごくいいじゃん!」と思ってたくらいでした。

 ただ、「すごくいい!」といっても、やたらと斬新だったという意味ではありません。このアルバムに並んでいるのは、カントリー、ソウル、R&Bといったアメリカのオールドスタイルな音楽ばかり。Girlsがアメリカンポップスをベースに独特すぎる新しい音楽を「発明」したのと比べると、この作品はオーセンティックなものを素直にそのまま再現しようとしている印象。

 なので、むしろ古典的といってもいいくらい、レトロな空気に満ちています。例えとして適当かわかんないですけど、カバーアルバムを聴いている感覚に近い。クリストファーの他のソロ作品を聴いてないんですけど、バンド解散後の彼のトレンドはこういう感じなのでしょうか。

 ただ、味付けは素朴で懐かしいものであっても、ギターの音のセレクトや女性コーラスのアレンジなどは、(変な言い方ですが)50年代の音源よりもハマってる感じがします。小気味よく曲を展開していくアルバム全体のリズムの良さも素晴らしい。Girlsとソロとでアプローチは違っていても、やはりこの人は超一流のポップ職人だなあと思います。



 話はとりとめもなく変わるのですが、本作を聴いたことで、かつてはそっぽを向いてたGirlsも今ではよく聴くようになりました。「現代のペット・サウンズ」なんて言われてるそうですが、一度聴いただけでは到底理解しきれないような凝りに凝った世界観は、確かにブライアン・ウィルソンの狂気的創造性を感じます。

 ただ、僕がクリストファー、Girls(そしてブライアン・ウィルソン)を聴いて感じたのは、「白人アメリカンのポップミュージック」とでも呼ぶべきフィーリングでした。明るく華やかで、ノリよりもメロディ重視。強烈なレイドバック感。言い方を変えればそれは“黒っぽさ”と距離を置いた、ある意味ではとてもコンサバな音楽ともいえます(まあ『A New Testament』そのものは黒っぽくもあるのですが)。

 この源流をたどろうとすると、ビーチボーイズがいて、フィル・スペクターがいて、そしてその他多くの50〜60年代のポップスがあるわけですが、21世紀の現在からみると、一部の例外を除いてそれら白人アメリカンポップミュージックのほとんどは、名盤として歴史化・資産化されている“黒っぽい”ロックンロールと異なり、ワゴンセールで980円でたたき売られ、中高年の無聊をかこつだけの存在に成り下がっている有様です。大体、ロックだと60年代の音楽は「名曲」「名盤」と呼ばれるのに、ポップスだと「オールディーズ」と呼ばれるのも変な話です。

 昨年末、And Summer Clubの記事でも書きましたが、16年は自分の音楽に対する「好みのルーツ」が、「白人ポップス」であることを実感した1年でした。そのきっかけとして、記事ではThe LemonsThe Schoolの名前を挙げましたが、実はこの『A New Testament』という作品も大きなヒントでした。

 Girls時代よりもソロ時代の方が長くなったクリストファーですが、なんと最近新しいバンドを組んだらしいです。そのバンドの名前が「Curls」って聞いたときは思わず吹きました。ガールズの後にカールズって!でも曲はめちゃくちゃ素敵です。この記事で音源聴けます。








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The Crotches 『Ein Ahot La Mifsaot』

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「ミサイルの下で書いた曲」は
どこまでもポップだった


 イスラエルの3ピース、The Crotches。出身はイスラエルだけど活動拠点は欧米、というパターンではなく、所属するGarzen Recordsもテルアビブのレーベルですし、Facebook見てると、実際現地で頻繁にイベントやったりライブしたりしてるので、正真正銘、イスラエルで活動中のバンドです。

「イスラエルにバンドがいる」ということ自体が正直驚きでした、でも、さらに驚いたのは、肝心の音楽を聴いたとき。彼らが4月にリリースした2ndアルバム『Ein Ahot La Mifsaot』だったのですが、これがめちゃくちゃかっこよかったのです。

 基本はグチャッとしたローファイなガレージロックなんだけど、メロディにしてもアレンジにしてもとにかく洗練されていて(正確に述べるなら「わざと洗練しない風」にしているところが洗練されている)、Burger Records好きにはたまらないクセや空気感をもっています。

 3曲目<Gan Ha Hashmal>や5曲目<1996>のように、ぼろぼろのトラックが暴走してるようなぶっ壊れた感じもあれば、2曲目<Kever Achim>のように、夏の日の午後のような心地よい気だるさを感じさせるメロウな曲もあり、非常に多彩なアイディアに満ちています。さらに、ヘブライ語(?)の独特な発音が乗っかるので、英語に馴染んだ耳には新鮮で、余計にかっこよく聴こえます。

 ちなみに、Garzen RecordsのBandcampを覗いてみたのですが、所属する他のイスラエルのアーティストも個性的でよかったです。僕はAbraoというソロアーティストが気になった。トロピカルなんだけどダークなサイケデリックという感じがして妙にクセになります。なんて熱い街なんだ、テルアビブ。

 でも、やはりさまざまな争いの火種を抱える国であることと無縁ではないようです。The Crotchesのプロフィールには、14年の戦争(ガザ侵攻のとき?)ミサイルが飛び交う中で曲を書き、廃墟のような場所でライブを続けてきた…というような内容が書かれています。歌詞には強い政治的メッセージが込められているそうなので、おそらく相当ラディカルなことを歌っているのでしょう。

 僕は残念ながら歌詞を理解することはできませんが、その分、純粋な「音」として聴けているはずです。そして、音として聴くThe Crotchesは、「政治的メッセージを歌うバンド」といわれて抱くイメージとはまるで無縁の、陽気でリラクシングで、ユーモラスな印象すら与えるバンドです。僕はそこに(想像ではありますが)過酷な状況だからこそポップであろうとする彼らの強い意志を感じます。

 Yellow FangManic Sheep、そしてThe Crotchesと、「母国語で歌う非英語圏バンド」が徐々に僕のライブラリに増えてきました。

 Yellow Fangのときに書きましたが、ロックという様式の、言語の違いを飛び越える伝播力の強さに驚く一方で、ロックのもう一つの側面である「自由さ」や「多様性」を考慮すると、日本人の僕がイスラエルのThe Crotchesを「かっけえ!」と感じるような、どの国でも共通のフィーリングを持つことは、手放しで喜べるものでもないんだよなあとも思います。もちろん、僕が単に「その文化でしか生まれえない音楽なんだけど、同時にポップミュージック足りえる音楽」をまだ知らないってだけかもしれませんが。

Sound Cloudで全曲聴けます↓







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The Courtneys 『II』

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「技術じゃねえ。ハートだ」は
やっぱり真実です


 カナダのバンクーバー出身の3ピースガールズバンド、コートニーズ。2013年にリリースされた1stアルバム『The Courtneys』は、地元の小さなレーベルでの扱いだったにもかかわらず人気を呼び、アメリカの有名インディーレーベルBurger Recordsをはじめ、世界各国のレーベルが彼女たちの音源をアイテム化しました。

 15年にはニュージーランドの老舗レーベル、Flying Nunと契約し、現在はバンド自身も拠点をオセアニアに移して活動しています。そして今年、Flying Nun移籍後初のフルアルバムとなる『II』がリリースされました。

 コートニーズのメンバーは、クラシック・コートニー(Gt.)、クレイジー・コートニー(Ba.)、キュート・コートニー(Dr.)と、全員が同じ「コートニー」姓を名乗るスタイル。ちなみにキュートがドラムを叩きながらメインボーカルも務めます。

 メンバー全員が同じ苗字を名乗るというと、真っ先に浮かぶのはラモーンズですが、コートニーズはその音楽スタイルまでもがラモーンズの直系ともいうべきものです。ひたすら続く直線的な8ビートとシンプル&ポップなメロディ。楽器はギターとベースとドラムだけ。演奏も歌もすごく拙いんだけど、その素朴さが逆に初期衝動を真空パックしています。



 コートニーズを聴いていると、「こんなに楽器が下手くそでもロックできるんだな!」とつくづく思います。「技術じゃねえ。ハートだ。」と口にすると綺麗ごとだと一笑に付されがちですが、いやいや、間違いなく真実ですよ。初めてバンドを組む中学生や高校生がいたら、僕は間違いなくコートニーズを(男子だったらラモーンズを)勧めると思うな。

 ただ、わが身を振り返ってみると、バンドを初めて組んだ中学3年生当時、コートニーズやラモーンズを聴いたとしても、希望を持つどころか、そのシンプルさを「単純すぎる」「子供っぽい」とバカにしてたかもしれません。「俺は他人と違う」という思春期特有の自己顕示欲を満たすことしか頭になかった当時の僕には、いかに難しい曲を、いかに他人より早くマスターできるかにしか関心がなかったからです。

 ではラモーンズをいつ好きになったのかというと、たしか20代、それも後半になってから。それは、かっこよくいえば、大人になってようやく、真っ直ぐでシンプルな生き方が、いかに尊いかを理解するようになったからです。

「俺このままこの仕事続けられるのかな」
「『アクションアイテム』ってなんだよ」
「今夜の会社の飲み会ホント行きたくねえ」
そんなことばかり考えながら、それでも仕事に向かってしまう自分を思うと、ラモーンズのシンプルで愚直で自由なスタイルが、途端に眩しく感じられたのです。

「ありえたかもしれない自分」というわけじゃないけど、コートニーズを聴いてると、もし中学生の頃に彼女たちに出会って、そしてめちゃくちゃ好きになっていたら、その後僕はどういう人生の選択をしたんだろうなあ、なんて思います。








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Hazel English 『Just Give In / Never Going Home』

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ポップソングでありながら
「讃美歌」の響きをもつ声


「English」という苗字が本名なのか芸名なのかハッキリしないのですが、Hazel English自身はイギリス人ではありません。出身はオーストラリアのシドニーで、現在はアメリカのオークランドを活動拠点にしています。

 彼女の出身がオーストラリアであることは、かなり意外でした。だって、オーストラリアのアーティストというと、ジャンルにかかわらずアクが強いイメージがあったのですが、彼女はむしろ淡く控えめな印象だったから。その一方で、アメリカのアーティストという匂いも僕は感じてはいませんでした。

 じゃあやはりイギリスっぽいのか。彼女はインタビューで好きなアーティストを聞かれて、Cocteau TwinsThe SmithsThe Cureといったイギリスのバンドばかりを挙げています。彼女自身もイギリス音楽志向であることを認めています。でも、少なくとも僕は彼女がイギリスっぽいという印象も持ちませんでした。

 Hazel Englishは特定の国や地域を連想しづらい、無国籍なアーティストです。その理由は、彼女の声。機械的とまで言えるほど淡々としていて体温が低いのに、声が折り重なって空間に広がっていくような不思議な響きをもっています。サビで、普通だったらエモく歌いそうなところを、彼女の場合はスーッと力を抜いていくように歌うのです。この特別な歌い方と声の響きは、「イギリスっぽい」「アメリカっぽい」といった、思い込みによる安易な紐づけを跳ね返します。

 僕が最初に聴いたときに真っ先に惹かれたのも、この不思議な声と歌い方でした。16年の5曲入りEP『Never Going Home』だったと思うのですが、まだそのときはCDでのリリースはなかったので、ひたすらSoundCloudとSpotifyで聴いてました。僕にとって17年にもっとも新譜を待ち望んでいたアーティストの一人は、彼女でした。



 5月にリリースされた『Just Give In/Never Going Home』は、正確に言うとアルバムではなく、前半に新たな5曲入りEPを収録し、後半には前述した昨年のEPを入れて2作のEPをくっつけた「ダブルEP」という扱い。「ダブルEP」なんて僕初めてだったんですけど、本来は別々の作品をくっつけてるぶん、ある意味フルアルバムよりもメリハリが利いていて、ベスト盤を聴いてるみたいな感覚で、これはこれでいいかも。

 再度「無国籍なアーティスト」ってことに話題を戻すと、今回のダブルEPで一気に聴ける音源が増えたわけですが、集中的に彼女の声を聴いていると、ふと、ずいぶん前にブログに書いた、Bill Douglasの音楽の響きが頭をよぎりました。

 針葉樹に覆われた深い森にゆっくりと朝が訪れる様子を描いた『A Place Called Morning』というアルバムは、ロックという、基本的には人間社会をモチーフにする音楽よりも、より普遍的で時間軸の長い作品です。Hazel Englishの不思議な声によって描かれる風景は、オーストラリアでもアメリカでもイギリスでもなく、『A Place Called Morning』のあの風景に近いんじゃないかと感じたのです。

 ポップソングでありながらも「聖なるもの」をも射程に捉えられる。そんなスペシャルでユニークな声を、おそらくいずれ発表されるであろう1stアルバムでどう生かしてくるのかが、今からとても楽しみです。








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Tashaki Miyaki 『The Dream』

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「ドリームポップ」の本当の意味を
初めて知ったのかもしれない


「タシャキ・ミヤキ」ってずいぶん変わった響きのバンド名だけど、何語なんだろう?と思っていたら、なんと日本語でした。映画監督の「三池崇史」の言い間違いをそのままバンド名にしたそうです

 このエピソードからも想像がつく通り、バンドのメンバーは相当なシネフィル揃いで、中でもボーカル&ドラムのペイジ・スタークは、音楽を始める前からモデル・女優としても活動していたようです(確かにケイト・ブランシェットみたいな美しさ)。Tashaki Miyakiはペイジにギターのルーク・パキン、ベースのドーラ・ヒラーを加えた、男女3人による3ピースバンド。2011年にLAで結成されました。

 僕が彼女たちを知ったのは、確か14年のシングル『Cool Running』のときだったと思います。当時はペイジが「ルーシー」、ルークが「ロッキー」などと名乗っていました。聴いてみたらめちゃくちゃ良かったので、(そのときはSound CloudとYouTubeにしかなかったのですが)過去の音源を漁ったり、Facebookをフォローしたりしていました。

 15、16年はほとんど活動らしい活動はなく、Facebookの更新も途絶えがちで「大丈夫かな?」という感じだったのですが、17年に入って突如1stアルバム『The Dream』のリリースを発表。タイミングを同じくして公開されたアルバムからのリードトラック<Girls On T.V.>は、およそ2年ぶりに聴くこのバンドの音源だったにもかかわらず、初めてこのバンドを聴いたときと同じように「あああ…」と息が漏れました。



 サイケデリックというには"臭み"がないけれど、単なるギターロックと呼ぶにはあまりに官能的。サウンドはグラマラスと呼べるほど分厚いのに、底へ底へとどこまでも沈んでいく気だるい楽器の音に対して、ボーカルだけが浮き上がってくるような、奇妙な遠近感のあるプロダクション。このボーッとした感覚が忘れられなくて、ずっとこのバンドの新譜を待っていたのです。

 今回のアルバムで初めて歌詞も目にしたのですが、サウンドに負けずこっちもかなりユニークでした。
Look At The World.
It Is Big, I Am Small And We Are Living

<City>

All I Got Is Time
I'm Waiting For Something Else
I'm Waiting For Someone To Change
(中略)
I Want To Be Out Of My Head For Just One Day
I Wanna Go Somewhere Else And Feel Okay

<Out Of My Head>

 中学生の教科書か?ってくらい、シンプルな英語です。でも、「無駄をそぎ落とした、一分の隙もない言葉」という印象はありません。<City>の「It Is Big, I Am Small And We Are Living」というフレーズが、単に「私はちっぽけだ」と嘆いているわけでもなく、反対に「私は生きているんだ」と力を込めているわけでもないように、シンプルだからこそ、言葉と言葉のあいだに想像をめぐらせる余地があります

 揺らぐ。ぼやける。混ざる―。Tashaki Miyakiの音楽を表すキーワードを挙げるなら、そんな言葉を選ぶべきでしょう。陽だまりの中で、夢と覚醒の間を行きつ戻りつするような恍惚感。気の抜けたぬるいサイダーのように、物憂い甘ったるさ。

 今回のアルバム『The Dream』ジャケットの帯には「ドリームポップ」と書かれています。ドリームポップというと僕はこれまで、もっとリズムが速くて高音が利いていて、エレクトロポップと非常に近いイメージを持っていました。ふわふわと軽くて享楽的なところが「ドリーム=夢」を指しているんだろうと。

 けれど、本当の夢っていうのは、謎めいていて、曖昧で、個人的なものです。現実との境界線を認識することもできない。そういう意味では、夢は怖いものでもあります。夢という言葉がもつ本来のイメージを考えるならば、僕はTashaki Miyakiの音楽で初めて、本当の「ドリームポップ」を耳にしたのかもしれません。








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The Trash Can Sinatras 『Cake』

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The SmithsとThe Stone Roses
その「隙間」


「トラッシュキャン・シナトラズ」というバンド名だけを聞くと、いかにもひねくれ者っぽい風変わりな音楽を鳴らしそうですが、実際には情緒あふれるメロディと粒だったギターを特徴とした、とても繊細で優しい印象を与えるバンドです。イギリスのバンドですが、ロンドンやマンチェスター、グラスゴーといった都会ではなく、スコットランドの沿岸部の町、アーヴァインという出身地の風土が、(勝手なイメージですが)その音の中に込められているような気もします。

 彼らの結成は1986年。まさにどんぴしゃの「C86」世代なわけですが、彼らのデビューアルバム『Cake』を聴くと、当時のネオアコ勢特有の「不健康そう」「日光を浴びてなさそう」といったイメージはなく、むしろ<Obscurity Knocks>のイントロのリフにみられる「踊れるノリ」からは、マッドチェスターを経たフィジカルさを感じてしまいます。

 実際、この『Cake』というアルバムがリリースされたのは、マッドチェスター全盛期ともいえる90年。Wikipediaによると、彼らは結成1年後の87年に早くもポール・ウェラーやラーズらを擁するレーベルGO!DISCと契約するのですが、契約の前払い金が入ると彼らは自分たちのスタジオを購入し(なんて堅実なんだ)、そこでじっくり3年もの時間をかけて、1枚目のアルバムに取り組んだそうです。

 結果、本作はC86とマッドチェスターの両方の時代の空気を吸った作品になりました。そういう意味で、僕の中でトラッシュキャン・シナトラズというバンドは、スミスストーンローゼズという2つの大好きなバンドの隙間を埋めるような存在なのです。

 ストーン・ローゼズと書きました。シナトラズをなぜ今さらで聴いていたかというと、ローゼズ来日に合わせて彼らの周辺の音楽をいろいろ聴いていたからでした。

「ローゼズ」という文脈で聴いたので、例えば<Maybe I Should Drive>が<Waterfall>に重なったし、<Circling The Circumference>が<She Bangs The Drums>に重なったりしました。ただ、ローゼズが日本を去って熱が冷めた今、改めてシナトラズを聴いていると、僕の頭に浮かんできたのは、遠く離れたアメリカのバンド、R.E.M.でした。

 以前も書いたように、僕の中でスミスとR.E.M.は似た印象を持つバンドなので、シナトラズとスミスの近さを思えば、その流れでR.E.M.が連想されても不思議じゃありません。そしてこの連想によって僕は、以前スミスの記事で書いたことを、改めて感じることになりました。

 それは、音楽との「好き」「嫌い」を超えたゆるい連帯感です。

 ある音楽を初めて聴いたときに「自分のもの」と感じるか「他人のもの」と感じるか、あるいは「近い」と感じるか「遠い」と感じるか、その大きな分水嶺が、僕にとってはまさにこのあたりの、80年代半ばから90年にかけての音楽にあるんだなあと感じるのです。

 スミスの記事では、僕は「優しさ」という表現を使いました。シナトラズについても、僕は冒頭「優しい」と書きました。ですが、C86にしてもカレッジ発オルタナミュージックにしても、
その定義が「優しさ」だったわけではありません。これは、あくまで僕個人の感じ方です。

「モテないから勉強しかすることなかったガリ勉」という、悲しい少年時代の性か、僕はこれまで、音楽を聴くときでさえも、例えばその作品のリリース年と当時の時代背景や、ポップス史におけるその作品の位置付けといった「正しい知識」と絡めないと、どうも落ち着かないところがありました。

 でも、そんな聴き方をして、何が楽しいんだろうと最近しみじみ思うのです。シナトラズやR.E.M.を「優しい」と感じ、80年代半ば〜90年に分水嶺がある、そういう、「正しい知識」と切り離された、僕だけの音楽世界を描くことの方が、ずっと大事だよなあと30半ばを過ぎて感じています。はい。

 ちなみにシナトラズは現在までに計5枚のアルバムを発表していますが、僕としては断トツでこの1stが好きです。








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Manic Sheep 『Brooklyn』

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「轟音ギターノイズ」は
むしろ優しい


 タイのYellow Fungについて書いたときに、「母国語で歌うアジアのバンド」という話をしましたが、昨年の暮れに新しい出会いがありました。台湾出身のManic Sheepです。

 何度かメンバーチェンジをしてるそうですが、現在は男性2人女性2人の男女混成4ピース。2012年にセルフタイトルの1stアルバムをリリースし、今年1月に2ndアルバム『Brooklyn』をリリースしました。僕の場合は彼女たちを知ったタイミングが2ndが出る直前だったので、連続してポンポンッと聴けたのですが、1stをリアルタイムでフォローしてた人は5年も待ったことになるんですね。

 ただ、音源はリリースしてなかったもののライブ活動はコンスタントに行っていて、日本にも14年、15年の2年連続FUJI ROCK出演をはじめ、かなり頻繁に来日しています。つい最近も来てましたね。海外ではKyteのオープニングアクトもやったことあるようです。



 彼女たちのどこがそんなに好きなのかというと、ノイジーな轟音ギターとボーカルChrisのウィスパーボイスの組み合わせにつきます。いわゆるシューゲイザーの系譜をひくバンドではあるのですが、ライドやマイブラ、ホラーズといったUK系正統的シューゲイザーバンドと比べると、Manic Sheepはずっとメロディが立っていてポップです。でも、ペインズや初期のスーパーカーが好きな僕としては、彼女たちの方が肌に合う。

 ギターのノイズが増せば増すほど、凶暴さではなく繊細さを生む。僕はシューゲイザーのことをそのように理解しているので、Manic Sheepはまさに見本のようなバンドといえます。Chrisの、ただでさえ傷つきやすそうな細い声が、ほとんどギターの音の中に埋もれてしまっている極端な音像は、まるでギターが歌を抱きしめているようにも聴こえます。アンバランスであるからこそ、そこにピュアネスを感じるのです。

 あと、全然音楽と関係ないけど、Manic Sheepで驚くことといえば、ジャケットに対する異様なまでの「凝り」。1stのインナースリーヴは、ページの1枚1枚が羊の毛皮、筋肉、内臓、骨格などのレイヤーになっていて、綴じると1頭の羊が、ページを最後までめくるとその羊の胎内にいる赤ちゃん羊が見えるという、「一体ジャケットにいくらかけてるんだ?」というくらいに手の込んだものでした。

 2nd『Brooklyn』ではなんと、ケースを覆うカバーが完全に密封されていて、購入者はカッターやハサミを片手にカバーを開けないとCDが聴けない、という代物でした。カバーにジャケットイラストがあるから、ぐちゃぐちゃに開けるわけにはいかない。かといって、切り取り線もない。ビニールを解いてから音を出すまで30分かかったCDって初めてです。何をさせたいのか意味不明すぎて笑いました。

 以前Yellow Fungの記事の中で、「今の20代は英語で歌うことへの違和感が下がってるんじゃないか」と書きました。でも、英語も母国語も不自由なく歌い、両方が自然に共存しているManic Sheepを聴いていると、「今の20代は英語で歌うことと母国語で歌うこととの間に区別がない」と書いた方が、より適切なのかなあ、なんて思います。








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Charly Bliss 『Guppy』

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目新しくはないけど
「こういうの」が聴きたかった


 最初に聴いた1曲が2016年のシングル<Turd>と<Ruby>のどちらだったのか、実は思い出せないのですが、1コーラス目だけを聴いただけで「これはヤバい。大好きになる」と確信したことははっきりと覚えています。

 NYブルックリン出身の4ピース、Charly Bliss。14年に自主制作EP『Soft Serve』を発表して以来、2枚のシングルに1枚のライブEPと、コンスタントに音源をリリースし、じわじわと認知度を上げていった彼らですが、今年4月、初のフルアルバムとなる『Guppy』をリリースしました。

 既発曲と新曲とを織り交ぜた、現時点での彼らのベストアルバム的構成で、シングル<Ruby>だけでなく、ライブ音源しかなかった<Percolator>や、<Bad Boy>からタイトルを変え新録された<Black Hole>なども収録されました。新曲の中では、なんといっても4曲目の<Glitter>でしょう。助走(Aメロ)、踏切(Bメロ)、飛翔(サビ)のような、躍動感のある展開をするこの曲は、1stEPの<Love Me>を超える、このバンドの新たな代表曲になったと思います。



 パワーポップと分類されることの多いCharly Blissですが、確かにFountains Of Wayneばりにメロディは泣きまくっているものの、決してそれだけではありません。

 たとえば、Sonic YouthやNirvanaを思い起こさせる、(今やちょっと懐かしくなってしまった)90年代オルタナのゴツゴツした手触りもあります。また、「バブルガムガレージ」などという造語で分類されることもあるように、紅一点のボーカル、エヴァ・ヘンドリックスの甲高いシャウトには、ティーンポップ的な可愛らしさや甘酸っぱさもあります。そういえば、エヴァの声を最初に聴いたときは、The Muffsのキム・シャタックっぽいなあと思ったのでした。

 メロディの良さとオルタナ的アイデアとエヴァの声。Charly Blissが僕の耳にフィットしたのは、この組み合わせがどこか、『Runners High』や『Little Busters』あたりのthe pillows(もう20年近く前なのか…)を彷彿とさせたからかもしれません。

 逆に言えば、Charly Blissの音楽は決して目新しいものではありません。むしろ、過去の音楽の再生成であり、「王道」とさえといえるでしょう。そういう意味では、このバンドがブルックリンという、「風変わり」の代名詞のような土地から出てきたことが意外です。エヴァは今でもブルックリンのコーヒーハウスでバイトをしているそうですが、このように「ザ・王道」のようなバンドが、デビューから3年経っても、NYの片隅のインディーシーンにいることについて、個人的には一抹のさみしさも覚えます。

 ただ、本人たちはそんなことはまるで気にしていないでしょう。もちろんビッグにはなりたいだろうけど、かといってインディーであることを恥じてもいない。そう思うのは、The Muffsやthe pillowsと比べると、Charly Blissははるかにドライで陽気だからです。

 エヴァの声にはキム・シャタックの毒気も山中さわおの陰鬱さもありません。90年代のオルタナって、ネガティブな感情をモチベーションにしているところがありますが、Charly Blissはそういう匂いがまったくといっていいほどない。音はとてもパワフルだけど、伝わってくるパーソナリティーは驚くほど自然体です。

 ここまで書いてきてふと思ったのですが、僕がCharli Blissの音楽に惹かれた本当の理由は、「ツルン」というか「フワッ」というか、余計な力が入ってない気軽で明るいところが、30代になった今の僕の感性にフィットしたからかもしれません。つまり、the pillowsに似ていたからというよりも、むしろthe pillowsとは正反対の部分に惹かれたんじゃないか、ということです。

 う〜ん。なんだか急に年を取った気がしてしまいました。








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Beverly 『The Blue Swell』

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「軽くなった」は
褒め言葉である


元Vivian Girlsのフランキー・ローズ
Pains Of Being Pure At Heartのキーボード、ドリュー・シトロン
この2人が組んだギターロックデュオ、Beverlyを最初に知ったのは、
確か彼女たちが1stアルバムを出す前だったと思うので、もう2年以上前になるはずです。

重たい轟音ギターによる、靄のかかった深い森のような陰鬱さと、
その森に差し込む朝日のように荘厳な、フランキーとドリューのコーラス。
一見、正統派グランジ系オルタナバンドのようなのに、
教会の讃美歌のようにも聴こえるという不思議な音の風合いは、めちゃくちゃインパクトがありました。

1stアルバム『Careers』がリリースされた2014年というと、
ホムカミHAPPYフォトハイといったバンドの名前が真っ先に浮かぶのですが、
その次に名前を挙げろと言われれば、Beverlyがその筆頭だったろうと思います。


あれから2年、彼女たちの2枚目のアルバム『The Blue Swell』が昨年5月にリリースされました。
この2年の間にフランキーは脱退し、代わりにギタリストのスコット・ローゼンタールが加入。
Beverlyは女性2人のデュオから男女のデュオへと装いがガラリと変わりました。
しかし、変わったのはグループの構成だけではありません。

アルバムから先行して発表された曲は<Victoria>
ドリューとPainsのキップ・バーマンとの共作曲だそうです。


ポップはポップでも、1stの質感と比べると軽やかに聴こえるのは、キップの個性でしょうか。
彼女たちのSoud Cloudでは、その後も続々と新作の音源が公開されていったのですが、
この<Victoria>に代表されるように、1stに比べるとどの曲も相対的に軽くなった印象でした。

「軽い」と書くと、ネガティブな表現になる場合もありますが、Beverlyの2ndについては逆。
「洗練された」という意味に近いです。
例えば<Bulldozer><Lake House>なんかを聴いていると、
(僕の好きな)シューゲイザーっぽい展開を予感させられます。

あるアーティストの1stアルバムがめちゃくちゃ良かったのに、
2ndアルバムを聴いてみたら、あまりに前作の延長線そのままで、
その変わり映えのなさにがっかりしてしまった、という経験があります。
片や、ラモーンズに対しては「変わらないところがいい!」とか言ってるし、
我ながら勝手だなあと思うのですが、一般論でいえば、
やっぱり(程度の大小はあっても)何らか前作と違うところを見たいというのが、
多くのリスナーの思いであり、アーティスト側もきっと思いは同じでしょう。

Beverlyについては、確かに1stの頃の「モワァッ…」とした重たい煙たい感じも捨てがたいんですが、
2作連続で「モワァッ…」とされるよりも、
こういう新しい展開のあるアルバムの方が聴きごたえがあるし、
次の作品に対する期待がグンッと上がります。








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The Stone Roses 日本武道館公演

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「This Is The One She Waited For」だなんて
なんかもう出来すぎたドラマのようです


ストーン・ローゼズの武道館公演を見てきました。
来日自体は2013年のソニックマニア以来4年ぶりですが、単独としてはなんと22年ぶり
ロック史に残る気まぐれ&アクシデント続きのバンドなので、
このチャンスを逃したら、もう二度と見られないかもしれません。
だいたい、再結成後初の単独来日だって、
元々は去年予定されていたんですから(レニの骨折によりキャンセル)。

なので、「行かない」という選択肢などハナからなく、
真っ先にチケットを押さえたのですが、
当日を迎えても、武道館の座席についても、
4人が出てきて演奏を始めるまでは安心できないという、
非常に緊張感のあるイベントでした。

んで、肝心のステージの内容ですが、これが期待以上の素晴らしさでした。
いやあ、本当に見に行ってよかった。

どう素晴らしかったかというと、結局「あのローゼズを生で見た」という一言に尽きちゃうんですが、
でもそれは、<I Wanna Be Adored>のあのベースリフをついに大合唱できたとか、
人生でトップ10に入るほど繰り返し聴いた1stアルバムの全収録曲を生で、
しかもフルメンバーによる演奏で聴けたとか、
単に夢のような時間を過ごした感激だけを指してるわけじゃありません。
そうした、頭の中でイメージしてきたことの確認の意味だけでなく、
反対に、生で見たことでそれまでの印象がガラッ変わったという、
まさにライブに行くことでしか得られないものが、少なからずあったからです。

具体的にいうと、初めて見た生のローゼズは、
想像していたよりもはるかにフィジカルなバンドでした。

キレッキレなギターで麻薬的な陶酔感を生み出すジョンと、
ポップなのに挑発的で不穏なベースラインを鳴らすマニ。
(いかにも人の好さそうなおじさんというマニのルックスとのギャップもいい)

そして、僕の目をくぎ付けにしたのは、レニのドラムでした。
15曲前後しか演奏してないのに、レニが叩いたフレーズは軽く200種類はあったんじゃないでしょうか。
「本当に20年近くドラムを叩いてなかったのかよ?」
と突っ込みたくなるくらいに変幻自在。
2階席という利点もあり、途中から僕はずっとレニを見てました。

ジョン、マニ、そしてレニの3人が生み出す、まるで音の洪水を浴びているかのようなグルーヴは、
それまで抱いていた「歌(シング・アロング)のバンド」というイメージを覆すほど強烈でした。
ストーン・ローゼズの核は、あのグルーヴ感なんだなあというのが、生で見た一番の実感。
だから、<Adored>も<Waterfall>ももちろんよかったけど、
それよりも<Fools Gold>や2ndアルバムからの3曲のほうが、ガツン!ときました。
(あ〜、<One Love>やってほしかったなあ。あれだけが心残りだなあ)

じゃあ、一方で「歌(シング・アロング)」を担当するイアンはどうだったかというと、
Twitterでいろんな人が呟いていた通り、音外しまくってました
イアンが音を外すのは有名なので知ってたんですけど、
あんなにド派手に外すとは思ってなかった!
だって<She Bangs The Drums>というキメ曲で、フルコーラス最後まで外してましたからね。
ラストの<I am the Resurrection>もほとんど合ってなかった。
あと、何の曲だったか忘れたけど、歌の入りが遅れてレニが苦笑いしてたときもありました。
あれだけのビッグネームのバンドで「ボーカルが音痴」って逆にすごい。

でもそうすると、前述したようにローゼズの核は、
<I am the Resurrection>のアウトロのような非イアン部分にあるんだから、
「イアン要らないじゃん」って話になっちゃいそうですが、
それでも結局バンドの顔は彼以外にいないと感じるのが不思議です。

どんなに音を外そうが、やっぱりステージ上で一番目を引くのはイアンだし、
あの独特なパフォーマンスをはじめ、
彼にはなぜか人の目を奪ってしまうカリスマ性があります。
音楽的にも、3人のすさまじいグルーヴ感に釣り合うのは、
イアンのあの低体温な声しか考えられません。
だって、ロバート・プラントみたいな絶叫系の熱いボーカリストがあのノリに乗っかってしまったら、
楽曲のもつスペシャルな感じが生まれないばかりか、鬱陶しくて仕方ないもの。

「ジョン・マニ・レニによるローゼズ」という発見だけでなく、
イアンのキャラクターの再確認も、やはり生で見たからこそできたことでした。

ちなみに、この日僕がもっともグッと来た曲は<Sally Cinnamon>
初期のリボルバーレコード時代のシングルで、
ローゼズのキャリアを見ればもっと優れた楽曲は他にいくらでもあるんですが、
<Sally Cinnamon>にはブレイク前夜の緊張感や若さゆえのもろさみたいな、
この曲にしかない何かがあります。
全員50代のおじさんになった4人が演奏した<Sally Cinnamon>は、
不思議なほど当時のきらめきを失っていませんでした






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Jens Lekman 『Life Will See You Now』

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「30歳」からはじまる
ポップネス


最近、娘(1歳)が星野源の音楽に興味を示しています。
Perfumeとかベビメタには見向きもしないのに、
星野源のMVは手をたたきながら楽しそうに見てます。
なのでパパは『Yellow Dancer』を買ってしまいました。

宇多田ヒカル『Fantome』に続いて、
自分一人だったらおそらく買わなかったであろうアルバムです。
でも、聴いてみたらめちゃめちゃいいですね。
評判が良いのは知ってましたが、超納得。


んで、娘はこういうファンキーなノリのシティポップが好きなのかなー、
でもそういうアルバムなんて持ってないなー、
なんて思ってたところ、たまたま出会ったのが、
スウェーデン出身のシンガーソングライター、イェンス・レークマンでした。

今年の2月にアルバム『Life Will See You Now』をリリースしたばかりで、
そのレビュー記事をネットで見かけて知りました。
このアルバムが4枚目になるそうですが、僕が聴くのは今回が初めて。

まるで流れる水のようにサラサラと進む美しいメロディと、
それを取り囲むように配置されたいろんな楽器の音。
めちゃくちゃ垢抜けてるな〜!という第一印象でした。
本人はギタリストでもあるそうですが、
このアルバムではピアノの音がもっとも効いています。

全体にどこかソウルのフィーリングが漂っているので、
いわゆる「スウェディッシュポップ」のイメージとは違うのですが、
華やかでありながらも決して押しつけがましくないところは、
やっぱり他の北欧勢と似ているなあと僕は感じます。
ソウルのノリとポップネス、そしてイェンスのバリトンボイスは、
どこか星野源に通じるものを感じさせます。



でも、ほかのアルバムを聴いてみたところ、
今のスタイルが出来上がったのは2012年の3枚目『I Know What Love Isn’t』で、
1、2枚目のアルバムは今とは雰囲気が違います。
2枚目『Night Falls Over Kortedala』(2007年)は評価が高いそうですが、
僕は今のほうが好きだなあ。

Wikipedia見てみたら、彼は僕と同い年でした。
それどころか誕生日もわずか4日違いという近さ。
おそらく世界で最も「同世代」と呼ぶに相応しいアーティストなんじゃないでしょうか。
「自分と同じだけの時間を生きてきた人」の鳴らす音や綴る歌詞だと思うと、
なんだか聴き方が変わってくる気がします。

1枚目と2枚目は今と比べるとより実験的で、その分内省的です。
雑な言い方をすると、すごく「暗い」。
キャリアが長くなるにつれて、
ポップからアバンギャルドな方向へ舵を切るアーティストはたくさんいますが、
イェンスの場合は逆だったわけです。
そして彼の場合、その境界線は20代以前と30代以降に引けます。

前者を、いかに自分自身を探究するか、
いかに「個性」を出すかに執心していた時期、
後者を、自分探しなんかよりも社会とコミットしていこうとする時期とするならば、
僕もおそらく20代と30代との間に大きな境界線を引けます。
現在のイェンスの音楽が、ハッピーで華やかなものであることは、
同い年として(全ては僕の一方的な想像だけど)とても納得できるし、
なんだか誇らしい気持ちになります。








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Skaters 『Manhattan』

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陰ってるし、湿ってる

2012年に米NYで結成された4ピース、Skaters
いかにもパンク/ガレージをイメージさせる名前の通り、
このバンドの音楽のベースにあるのは、ノイズの強いギターと疾走感です。
14年に1stアルバム『Manhattan』をリリースしたときは、
同じNYのバンドということで「ストロークス直系」なんて紹介もされたようです。

でも、ひと筋縄でいかないのがこのバンドの面白いところ。

確かにアルバム1曲目<One Of Us>などは
いかにもNYパンク的なバラけた疾走感がありますが、
続く<Miss Teen Masachusets>はグランジ的な重たいヴァースと哀切なコーラスとが
交互に繰り返すドラマチックな1曲。

<Deadbolt>は打って変わって、不穏な浮遊感溢れるギターが、
パンクというよりもさらに一歩進んでニューウェーブに足を踏み入れた感じだし、
<Bnad Breaker>にいたっては、なんとレゲエです。

要するに「パンク」「ガレージ」という言葉では括りきれないほど、
このSkatersという4人組は雑食性の強いバンドなのです。


実は、NYで結成されたといってもメンバーの出身地はバラバラです。
ボーカルのマイケル・イアン・カミングスはボストンだし、ドラムのノア・ルビンはLA。
ギターのヨシュアはロンドンなので国も違います。
ボストンとLAとロンドンの音楽的土壌って、全く重ならないんじゃないでしょうか。
バンドの音楽的雑食性は、メンバーの異なるバックグラウンドによるものかもしれません。

「マンハッタン」というと、よく人種のるつぼなどと言われますが、
Skatersの音楽的な多様性やメンバーのバラバラな出自を、
彼らの活動拠点であるこの街の名前に引っかけてるのかも、と思いました。


と、いろいろ書いてますが、僕がskatersに惹かれる本当の理由は、
実はこんなところじゃないんです。
完全に僕の個人的感覚なんですけど、彼らの楽曲って、どこか「哀しい」のです。

<Miss Teen Masachusets>のイントロの、揺れ動く心の葛藤のようなギターとか、
<I Wanna Dance (But I Don't Know How)>の足元にすがりついてくるような歌声とか、
何かと引っかかりスンナリ流れていってくれません。
首筋にまとわりつく真夏の湿気のように、モワッとしたものが耳に残るのです。

<Band Breaker>なんて、「モテモテあの娘がバンドを壊しちまった」という他愛のない内容だし、
MVも、いかにも「キッズ!」という感じの享楽的なものです。
なのに、聴いていると、つながりなんてものはいつか必ず壊れるんだ、
そして壊された側は常に無力なんだという、
なんかもう根本的圧倒的敗北的虚無感が静かに湧きあがってくる気がするのです。

彼らの音楽はどこか陰ってるし、湿ってる。
僕にはそう映ります。
その原因を、メロディとかマイケルの声とか歌詞とか、細部に求めてもしっくりきません。
「バンドそのもののメンタリティ」としか言えないんじゃないかなと思います。
そういう意味で言うと、僕は彼らの音楽が好きというよりも、
「ウマが合う」と表現した方がいいのかもしれません。

Skatersは3/24、3年ぶりとなる2枚目のアルバムをリリースします。
『Rock and Roll Bye Bye』という、やたらと挑発的なタイトルの作品です。








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The School 『Wasting Away And Wondering』

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ありがとう50年代、60年代の
アメリカンポップスたち


英国ウェールズの首都カーディフ出身のバンド、The School
今年に入ってから激ハマリしているバンドです。
現時点での最新作が、2015年にリリースした3枚目『Wasting Away And Wondering』

まずなんといってもジャケットがいいですね。
セピアがかった写真のトーンもいいし、
古いマーケットのようなレコードショップというロケーションも素敵。
このレコード屋行ってみたいなあ。

写真の中でレコードを選んでいるのが、ボーカル/キーボードのリズ
The Schoolは彼女が中心になって2007年に結成されました。
彼女の他にドラム、ギター、ベース、さらにヴァイオリン2人にトランペット1人の
計7人という大所帯バンドです。(2ndの頃は8人いました)

カーディフ出身の大所帯バンドというとLos Campesinos!がパッと頭に浮かびますが、
北欧ポップとパンクを混ぜたような先鋭的なロスキャンとは対照的に、
The Schoolの音楽は50〜60年代のアメリカンポップスの匂いを感じさせる、
ノスタルジックでありながらもエターナルな響きをもっています。
セピア色のレコードショップ」というジャケット写真には、
彼女たちの音楽性が端的に表れているといえるでしょう。



もう…本当に最高です。たまんないです。
The SupremesThe Shangri-las、The Ronettes、The shirelles、そしてブライアン・ウィルソン
リズがフェイバリットとして挙げたアーティスト、全部僕もツボなんですけど。
そりゃあ合うはずだよなあ。

そして、中でも僕が「ああ!」と納得してしまったのは、
リズが現代のバンドの中で好きなアーティストとして、
先週紹介したThe Primitivesを挙げていたこと。
しかも調べてみたら、レーベル(スペインのElephant Records)まで一緒でした。
うおお、つながるなあ。

今年はThe Lemonsを聴いたのを機に、
自分の好みのルーツというものを意識することが多くなりました。
そして、そのルーツというのが50〜60年代のアメリカンポップスにあるんじゃないかと気づく
(好きであることは自覚してたけど、ルーツとしてより強くそれを意識する)
きっかけを与えてくれたのが、The Schoolだったのです。

まあ、生まれていない時代を「ルーツ」と呼ぶのはヘンかもしれませんが、
でも生まれてない時代の音楽に強烈なノスタルジーを抱くのも事実。
そして、リズをはじめ、僕よりも若く、生まれ育った国も違う人たちが、
50’s、60’sに対して(きっと)同じように憧れを持っていることが、
今さらながら不思議な気がします。








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The Primitives 『Spin-O-Rama』

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「王道」という名の希少種

英国コヴェントリー出身のバンド、The Primitives
3年ほど前に初めて知って、あまりに好みにドンピシャだったので聴きまくっているのですが、
バンドの結成は1985年という、実は超がつくほどのベテランバンドです。

85年の結成後、何度かのメンバーチェンジを経て、
88年に発表したアルバム『Lovely』とシングル『Clash』が全英チャートの6位を記録。
当時、The SmithsのモリッシーがThe PrimitivesのTシャツを着ていたというエピソードもあるほど、
高い人気を集めたそうです。



しかし、その後2枚のアルバムを発表した後、92年に一度活動を休止します。
そして、17年もの休止期間を経て2009年に突如復活。
(短期間活動して長期間休止して突然復活するという経緯はThe Vaselinesと似てますね)

活動再開後、音源としては12年にカバーアルバムを1枚出したきりだったのですが、
14年になってついにオリジナルアルバム(23年ぶり!)『Spin-O-Rama』をリリースしました。
この新作、最初は日本での発売が未定で表題曲だけiTunesで配信されていたのですが、
その後日本盤が正式にリリースされました。
僕が初めてこのバンドを聴いたのが13年だったので、とてもいいタイミングで出会ったことになります。



バンドの中心は紅一点のボーカル、トレイシー・トレイシー(彼女はオーストラリア人)と、
ギターとコーラス(たまにメインボーカル)のポール・コート
トレイシーの美貌から、デビュー当時はアイドルバンドだと見られたこともあったそうです。

ただ、聴いてもらえばわかるように、
彼女たちの魅力はトレイシーの美貌などではなく(いや確かにめちゃくちゃキレイだけども)、
間違いなくその素晴らしいサウンドにあります。
ラモーンズを彷彿とさせるポップなメロディと疾走感のあるシンプルなアレンジ。
特にポールが手掛けるメロディは、頭の中でリピートしてしまう強いフックと中毒性があります。

そして、ほとんどの曲が3分以内に収まってしまうパンク的なスピード感がある一方で、
ギターの揺らぎ方やトレイシーの声のエコーの利かせ方には、
彼らの少し前にデビューしたThe Jesus & Mary Chainをはじめとする、
英国シューゲイザーバンドからの影響も感じられます。
また、ポールのアルペジオ主体のギターは、どこかジョニー・マーっぽくもある。
(そういえばジョニーは最近のライブで<Clash>をカバーしてました)
そういう意味では、すごく「80年代イギリス」を感じさせるバンドかもしれません。

で、肝心の新作『Spin-O-Rama』ですが、これが驚くほど80年代の頃と変わらない。
トレイシーの声も全く変わってないし、まるで休止していた17年間、
ずっと冷凍真空パックされていたかのようです。
多分、初期の頃の曲とシャッフルしてかけても、
どっちが古くてどっちが新しいか分からないんじゃないかな。

僕自身の感覚では、The Primitivesの音楽はものすごくストレート
それも、王道のど真ん中のサウンドという気がしています。
そして、だからこそ60年代、70年代のバンドよりも、彼女たちの方がレトロだと感じます。
2010年代の後半に入った今、このバンドのような「王道」は、逆に新鮮に映ります。








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