週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

【ロック】海外のロック

Vampire Weekend『Father Of The Bride』

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黒と白のように、昼と夜のように
僕らは一緒にやっていこう


 あるアーティストを追い続けていると、新作が出るたびに以前の作品から何がどう変わったか(変わってないのか)に敏感になってしまうものですが、ヴァンパイア・ウィークエンドが今年5月にリリースした新作『Father Of The Bride』も、前作『Modern Vampire of the City』(2013年)から6年のあいだに起きた変化を如実に反映したアルバムとなりました。

 一つは、トランプ政権の誕生。多くのアーティストが、「トランプ以降」の世界について、作品を通じて何らかのアティチュードを表明していますが、ヴァンパイア・ウィークエンドも例外ではありませんでした。<Harmony Hall><This Life>は、明らかにトランプ政権下のアメリカを視野に入れた曲だと思います。<This Life>の下記の歌詞なんて、思わずハッとしました。

Baby, I know hate is always waiting at the gate
I just thought we locked the gate when we left in the morning
And I was told that war is how we landed on these shores
I just thought the drums of war beat louder warnings



 しかし、バンドにとってこの6年間に起きたもっとも大きな変化は、なんといってもロスタム・バトマングリの脱退でした。

 ロスタムの脱退は、単に1人のプレイヤーがバンドから抜けたというだけに留まらなかったはずです。なぜなら、過去3作のプロデューサーを務めたのは他でもないロスタムであり、彼こそがヴァンパイア・ウィークエンドというバンドのサウンドの核を担っていたからです。

 なので、今回の『Father Of The Bride』は、ロスタムがこれまでバンドのなかで果たしていた役割を、逆説的に証明するような作品になっています。

 まず、音数がぐっと減りました。特にロスタムが主に担っていたシンセ系の音が減り、必然的にギター主体のサウンドに変わっています。ビートルズ<Blackbird>を思わせるギター弾き語りの<Hold You Now>を1曲目に配置しているところに、僕はなにか「宣言」めいたものを感じました。

 もう一つ、「これがロスタムの個性だったんだなあ」と感じたのはビートに対する感覚です。今回のアルバムを聴くと、過去3作がいかにビートを強調していたかがよく分かります。デビュー作の頃、よくヴァンパイア・ウィークエンドは「アフロビート」というような形容をされましたが、そのキャラクターを作っていたのはロスタムだったんですね。

 では逆に、ロスタムが抜けてバンドに残ったものは何か。僕はエズラ・クーニグの「メロディ」と「声」だと思います。やはりというか、エズラのメロディは絶対的な「華」のようなものがあり、さらにそれを歌う彼自身の声にも心を揺さぶる力があります(決して美声というわけではないのに、不思議ですね)。

 このことは、ロスタムがバンド脱退後リリースした最初のソロアルバム『Half-Light』が(これもまた逆説的に)証明していました。この1stソロを聴いたとき、サウンドはまんまヴァンパイア・ウィークエンドだったのですが、決定的に欠けていたのがメロディと、エズラのあの声だったのです。

 このように、『Father Of The Bride』というアルバムは、「変わったもの」と「変わらないもの」とがせめぎあっている作品です。18曲というボリュームと、それをメドレー的につなぎ合わせた構成は、「ポスト・ロスタム」の葛藤と混沌の表れのようであり、いくつかのメディアが指摘するように、確かにこのアルバムはビートルズの『ホワイト・アルバム』を彷彿とさせます。

 ただ、『ホワイト・アルバム』はメンバー4人それぞれが曲を持ち寄っていたのに対し、『Father Of The Bride』のコンポーザーは、基本的にエズラ一人だけ。残る二人のメンバー、クリス・バイオとクリス・トムソンはレコーディング自体に参加していない曲なんかもあって、ヴァンパイア・ウィークエンドは徐々にエズラの個人プロジェクトになっていくのかもしれません

 TVに出演してる映像なんかを見ると、サポートミュージシャンを大量に入れていて、以前よりもアンサンブル感は強まっています。一人の作曲者の頭のなかで鳴っている音を、何人ものミュージシャンで再現し、増幅していくというあり方に、僕はブライアン・ウィルソンに近いものを感じました。



 脱退したロスタムですが、実はこのアルバムにも一部の曲でプロデューサーとして参加しています。関係は切れてないんですね。よかったよかった。そのうちの1曲は前述の<Harmony Hall>で、実はアルバムを最初に聴いたときに「おっ、これいいじゃん!」と思ったのがこの曲でした。後で調べてロスタムが関わっているとわかり納得。

 そしてもう1曲が、<We Belong Together>。この曲でロスタムはプロデュースだけでなく、エズラとともに作曲者としても名を連ねています。タイトルからしてウルッときてしまいますが、歌詞も「僕らはずっと名コンビとしてやってきた。でも、それは二人が似ていたからではなくて、むしろ僕らは常に真逆だった。真逆のまま、これからも一緒に歩いていこう」というような内容で、なんて美しく前向きな友情の描き方だろうと、激しく感動しちゃいました。








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特集「The Shangri-LasとThe Goodies〜光と影の双生児」

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歴史の闇にひっそりと消えた
「もう一つ」のシャングリラス


 こちらをじっと見つめる美しい金髪の少女と、「なぜここに?」という違和感を放つ謎のバイク。そして、バーンと大きくプリントされた、それ自体がキャッチコピーであるようなグループ名「Shangri-Las」の赤い文字―。

 シャングリラスを最初に知ったきっかけは、曲でもプロフィールでもなく、アルバムのジャケットでした。中古レコード屋でたまたま見つけた彼女たちの1stアルバム『Leader Of The Pack』のジャケットに、「これは好きに違いない」という直感を覚えて、その場でジャケ買いしたのです。果たしてその直感は当たりでした。

 1963年に、NYの同じハイスクールに通っていたベティとメアリーのワイス姉妹と、メリーアンとマージのガンザー姉妹の4人で結成されたシャングリラス。Smashからリリースしたデビューシングルは鳴かず飛ばずじまいでしたが、64年にRed Birdに移籍し、プロデューサーのシャドウ・モートンと出会ったことで運命が変わります。

 まず、シャドウの手による<Remember (Walking in the Sand)>で全米5位に入ると、続く<Leader Of The Pack>(シャドウが書いた元曲をエリー・グリニッチとジェフ・バリーが仕上げた楽曲)で全米1位を獲得。彼女たちの人気の高まりを受けて、レーベルは急きょ1stアルバムをこしらえます。それが、僕が見かけた『Leader Of The Pack』。ジャケットのセンターに映る金髪の美少女メアリー・ワイスは、当時まだ15歳でした。



 翌65年になってもシャングリラスの人気は衰えず、<Give Us Your Blessings>、<I Can Never Go Home Anymore>などヒットを出し続けます。そこでレーベルは、またも彼女たちの既発曲をひとまとめにしてアルバムに仕立てることにします。それが『Shangri-Las-65!』。タイトルもコンセプトも「在庫一掃セール!」という感じでミもフタもないですが、個人的には1stよりもこの2ndのほうが、より彼女たちのイメージに近い楽曲が揃っているような気がします。



…と、ここまでが実は前置きでした。今日の本当の主人公はシャングリラスではなく、彼女たちの陰でひっそりと歴史の闇に消えてしまったあるガールズグループなのです。その名はグッディーズ(The Goodies)。

 アルバム『Shangri-Las-65!』のなかに<Sophisticated Boom Boom><The Dum Dum Ditty>という2つの曲があります。この2曲のオリジナルを歌っているのがグッディーズです。

 グッディーズは63年、NYに住んでいたマリアン・ジェスムンド、スーザン・ゲルバー、ダイアンとモーリーンのライリング姉妹の4人で結成されました。結成された年も住んでる地域も4人の関係も(姉妹が含まれている点も含めて)、シャングリラスに驚くほど似ています

 そして、あるショーに出演したのをきっかけに、当時バニーズ(The Bunnies)と名乗っていた彼女たちは、シャングリラスのプロデューサーであるシャドウ・モートンと出会います。ちょうどシャングリラスが<Remember (Walking in the Sand)>で最初のヒットを出した直後でした。

 バニーズ(グッディーズ)を見込んだシャドウは早速、彼女たちとデモテープづくりを始めます。その曲のタイトルは<Leader Of The Pack>。そうなのです、後にシャングリラスのシングルとして全米1位を獲得するこの曲は、元はバニーズのシングルになるはずだったのです

 ところが、できたばかりの<Leader Of The Pack>のデモテープを聴いたRed Birdは(シャドウの話によるとジェリー・リーバーだったそうですが)、どこの馬の骨かもわからないバニーズではなく、既にヒットを出しているシャングリラスのシングルにこの曲をあてることを決めてしまうのです。

 デビューシングル、しかも全米1位を獲った曲を奪われたバニーズは、泣く泣く次のデモをつくることにします。同じくシャドウが用意した<Give Him A Great Big Kiss>でした。ところが、なんとこの曲もシャングリラスに奪われるのです。<Give Him A Great Big Kiss>はシャングリラスのRed Birdからの3枚目のシングルとしてリリースされ、全米18位まで上がりました。

 芽が出ないどころか種さえ植えられていない状態のバニーズでしたが、65年になってようやくチャンスが回ってきます。Red Birdの姉妹レーベルBlue Catから、ついにシングルを出せることになったのです。それが<The Dum Dum Ditty>でした(B面が<Sophisticated Boom Boom>)。

 ところが、ここでもミソがついてしまうのです。レコーディングが終わり、パブリシティも用意していよいよデビュー!となったタイミングで、「Bunnies」という商標が既に登録されており、そのままのグループ名ではデビューできないことがわかります。

 レーベルは急きょ「The Goodies」というグループ名をひねり出して、刷ってしまったチラシやポスターには新しい名前のステッカーを上から貼るという強引な手を施し、とにかく力ずくでデビューさせてしまうのです。まさにドタバタ。ちなみに、グループ名を変えることについて、レーベルはメンバーたちに一切事前の告知はしなかったそうです。ブラックすぎる…。

 さらに(まだあるのかよ!)、彼女たちが待ち望んだオリジナル曲として世に出た<The Dum Dum Ditty>と<Sophisticated Boom Boom>ですが、結局はまたしてもシャングリラスに奪われることになるのです。それが前述の、2nd『Shangri-Las-65!』に収録された2曲です。グッディーズの方が先に出したので、厳密には「奪われた」という表現は間違いですが、でもこれで結局「グッディーズしか歌っていないオリジナル曲」というのは1曲もなくなったことになります。

 グッディーズの<The Dum Dum Ditty>は東海岸のローカルチャートではそれなりに健闘したようですが、全国チャートにはまったく引っかかりませんでした。レーベルから満足のいくサポートは受けられず、ようやく実現したデビューシングルも結果が出せなかったグッディーズは、メンバーの進学や引っ越しなどが重なったこともあり、そのまま解散してしまうのでした



 ということで、グッディーズとしての公式な音源として残っているのは<The Dum Dum Ditty>と<Sophisticated Boom Boom>のたった2曲のみ。<Dum Dum〜>のほうはRed Bird関連のコンピ盤に、<Sophisticated〜>のほうはシャドウ・モートンのコンピ盤に収録されているのを把握しています。ちなみにサブスクリプションで「The Goodies」を検索すると、70年代のイギリスのコメディグループがヒットします(後から出てきた同名グループのほうが知られている点も、なんとも悲しい)

 この2曲、どちらも僕は好きなんですよね。<The Dum Dum Ditty>は最初に聴いたとき、てっきりエリー・グリニッチの曲だと思いました。そう勘違いするくらいの、クリスタルズ<Then He Kissed Me>ぷり。でも実は、トミー・ボイスボビー・ハートという、後にモンキーズの作家になる2人が書いています(他に、グループのマネージャーであるラリー・マータイアなどさらに2人が参加)。優れた作曲家が本気でモノマネをすると、本物と勘違いするほど完成度の高いスペクターサウンドが出来上がるんだという証拠のような曲です

 もう一つの<Sophisticated Boom Boom>は台詞あり、ドラマチックな展開ありで、いかにも「シャドウ・モートン節」な曲。話はそれますが、この曲を聴くと、シャングリラスやグッディーズを受け入れられるかどうかは、結局シャドウ・モートンという人のキャラクターを受け入れられるかどうかなんだと感じます。

 どちらの曲もシャングリラス版とほとんどアレンジは一緒ですが、僕はグッディーズのほうがよりワイルドで「はすっぱ」な印象を受けます。シャドウ・モートンが目指した世界観により近かったのは、実はグッディーズの方だったのでは?という「if」を想像してしまいます。もし、バニーズがシャドウに出会うのがほんの少し早かったら、バニーズがシャングリラスになっていた可能性は十分あると思います。そのくらい、両者は似ています。でも、実際の歴史は、両者の運命を大きく隔てました。

 ただ、グッディーズは、こうして音源が残っているぶん、まだいいのかもしれません。きっと歴史の闇の彼方には、ほんの一部の人しか知らないまま、誰かの陰になって消えていったアーティストが大勢いるんだろうなあと想像します(『あまちゃん』の天野春子のように)。

 最後に、グッディーズの後日談を。2000年代に入ってグッディーズのメンバーは子供や共通の友人を介して再会を果たします。そして、オールディーズのガールズポップを特集したイベントで、彼女たちはもう一度ステージに立って歌う機会を得るのです。そのステージを見つめる観客の一人に、シャングリラスのメアリー・ワイスもいました。両者はその日、どんな会話を交わしたのだろうと想像します。












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The Exciters『Tell Him』

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さよならニューヨーク
さよならガールズポップ


「いつまでも聴いていたい歌声」というものがあるなら、僕にとってのそれはまずなんといってもコニー・フランシスなんですが、次点を挙げるとするなら、真っ先に頭に浮かぶ名前の一人がエキサイターズブレンダ・リードです。

 思春期の声変わりのようなブレンダのハスキーボイスには、パワーと同時に瑞々しさがあり、聴いているとなんともいえないスカッとした感じがあります。レコーディングのせいなのか、彼女のボーカルには常に自然なエコーがかかっていて、それがまた声の良さを引き立たせています。家に帰ったらブレンダ・リードがいて、一晩中何かしら歌を歌ってくれたらどんなに楽しいだろう。

 エキサイターズは1961年、NYのクイーンズで当時高校生だったブレンダを中心に結成されました。「The Masterettes」という名義で1枚レコードを作ったあと、メンバーを入れ替えてリーバー&ストーラーのオーディションを受けます。その結果、後にブレンダの夫となるハーブ・ルーニーが加入し、グループ名も「The Exciters」に改名して、リーバー&ストーラーのプロデュースのもと、デビューシングルをUnited Artistsから発売します。それが<Tell Him>

 かっこいいですよね。マイナーコード主体の陰りのある序盤から「Tell Him That…」のコーラスまで、うねるように移動しながら、気づいたらいつの間にか見晴らしのいい場所に来ていた…といったような、美しくもダイナミックな展開。この曲は全米4位まで上がりました。

 曲の作者はバート・バーンズドリフターズの<Under The Boardwalk>やゼムの<Here Comes The Night>(のちにエキサイターズもカバー)の作曲家として知られていますが、彼のNo.1は間違いなくこの<Tell Him>だと思います。そして、この<Tell Him>のヒットを受けて、同じくUnited Artistsから翌年リリースされたのが、同名タイトルの1stアルバム。

 エキサイターズを語るとき、このデビューアルバムのことはほとんど話題に上らないのですが、いやー、めちゃくちゃいいアルバムだと思います。曲がどれもよくてポップアルバムとして素晴らしいのはもちろんなのですが、同時期のNY周辺のガールズグループと比べると、ぐっとソウルフルな感覚を秘めているのが大きな特徴。

 アレンジも素晴らしく、<Get Him Alone>や<I Dreamed>に使われる、跳ねるようなストリングスやグロッケン(かな?)とか、どこかビッグバンドっぽいんですよね。そこらへんも他のグループよりも黒っぽく感じる所以かもしれません。


 アルバムのアレンジを一手に引き受けているのはティーチョ・ウィルシア。この人は、元々はジャズのピアニスト出身なので、ビッグバンドっぽく感じるのはそれが理由なのかも。アレンジャーとしてはコースターズやドリフターズなど、リーバー&ストーラー周辺のアーティストの楽曲に参加しています。

 が、ティーチョ・ウィルシアの代表曲はなんといってもアイズレー・ブラザーズの<Twist And Shout>。この曲は、実はバート・バーンズもバート・ラッセル名義で共作者の一人に名を連ねているので、つまりオリジナルの<Twist And Shout>を作った2人が、エキサイターズを通じて久々に揃ったと見ることもできます。

 ちなみに、アルバム『Tell Him』の1曲目に入ってるのは、エリー・グリニッチ作曲の<He's Got The Power>という曲なんですが、僕が最初にエキサイターズを知ったきっかけが、この曲のビデオでした。なんで覚えているかというと、このビデオがあまりに低予算&素人臭くてインパクト大だったから。ちょっと見てみてください。


「なぜここで撮ったんだ?」と突っ込まざるをえない微妙なロケーション。これどう見たってただの「藪」でしょう。この曲は「私は言いたくないのに、彼の手にかかるとその言葉を口にしてしまう。きっと彼には力(=Power)があるに違いない」というちょっとひねったラブソングなんですけど、歌詞の内容と風景が1ミリもかすっていない。そして「なぜこの日に撮ったんだ?」と突っ込まざるをえない、鉛色をした重たい曇り空。「もうちょっと何かこう、あるだろう!」というイラついた義侠心が煮えたぎってくる気がします。こんなビデオ、忘れられるわけがない

 さて、先ほど「エキサイターズはソウルフル」という話をしました。「モータウンに対するNYからの回答」などとも評される彼女たちですが、個人的にはモータウンよりももっと南部寄りの印象を受けます。エキサイターズはマンフレッド・マンが大ヒットさせた<Do-Wah-Diddy>のオリジナルを歌ったことで有名ですが、マンフレッド・マン版とエキサイターズ版とを比べると、彼女たちの特徴がよく感じられます。




 エキサイターズはこの後Rouletteに移籍して66年にセルフタイトルの2ndアルバムを出すのですが、非常にかっこよく泥臭い作品になっており、いわゆる「ガールズポップ」からは完全に脱皮しています。アレサ・フランクリンの『Lady Soul』は68年ですが、その2年も前の時点で、あの名盤に近いアーシーなフィーリングをレコーディングしちゃってるのは、何気にすごいと思う。

 結局、セールス的なピークはデビュー曲の<Tell Him>で、彼女たちは最後までそれを超えることはできませんでした。ですが、同時期のガールズグループの多くが、同じ場所・同じ路線を維持し続けたのに対し(もちろん、それはそれで素晴らしいけど)、エキサイターズは変化することを恐れず次へ次へと進んでいったという点で、とてもユニークなグループだと思います。








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特集「Ellie Greenwich」〜The Raindrops編

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60年代ポップスにおける
最高の「自作自演」


 シンガーソングライターとして大成功を収めたキャロル・キングと比べるとどうしても知名度は落ちますが、エリー・グリニッチも間違いなく1960年代前半の米ポップスを彩ったブリル・ビルディングサウンドの立役者の一人です。

 ロネッツの<Be My Baby>、クリスタルズの<Da Doo Ron Ron>、ボブ・B・ソックス&ブルージーンズの<Not Too Young To Get Married>、シャングリラスの<Leader Of The Packs>、マンフレッド・マンのカバー版が有名な<Do Wah Diddy Diddy>…。思いつくまま挙げてくだけで、そのまま「60sポップスベスト」が出来上がりそうです。

 個人的に思い入れがあるのはロネッツの<I Can Hear Music>。これ、最初はビーチボーイズのカバー版の方を先に知ったんですよね。てっきりブライアン・ウィルソンの曲だと思ってたところ、調べてみたらエリー・グリニッチと彼女の夫ジェフ・バリーの曲だった。長らく僕にとって歴史の最奥部だったビーチボーイズの、そのさらに後ろにキラキラと輝く鉱脈が眠っていることを最初に気づかせてくれた1曲でした。



 さて、そのエリー・グリニッチですが、実はキャロル・キング同様に自身も歌手として活動していました。1963年、前年に結婚した夫ジェフ・バリーと共作した<What A Guy>をThe Sensationsというドゥーワップグループに書き下ろし、自分とジェフの声でデモ音源を吹き込んだところ、レーベルはなんとそのデモのほうをシングルとして発売することを決めるのです

 そうしてにわかに急造されたグループがThe Raindrops。グループといっても、実際にはエリーとジェフの2人で多重録音し、あたかもグループっぽく見せていた、人気ソングライターによる一種の覆面グループでした。ステージでは(ライブをやることが驚きですが)エリーの妹のローラに衣装を着せて、歌に合わせて口パクさせてグループっぽく見せていたそうです。ローラはアーティスト写真にも「メンバー」として顔を出しています。

 しかし、エリーとジェフが作り出した数々の大ヒット曲たちに比べると、彼女たち自身が歌うThe Raindropsは大したヒット曲を残せませんでした。数枚のシングルとアルバム『The Raindrops』をリリースした後、65年には活動を休止。ちょうどその頃エリーとジェフは離婚をするので、ちょうど彼女たちが夫婦だった時期がグループの活動期と重なることになります。こうしてThe Raindropsという名前は、一部のポップスファンの記憶の中でのみ生き続けてきたのです…。

 …というキャリアについて知ったのは、実はThe Raindropsの音楽を聴いてしばらく経った後のこと。初めて聴いたとき、それがエリー・グリニッチ自身の声だとも知らず、僕は「むちゃくちゃいいな!何このグループ!」と思ったのでした。

 気に入った理由はシンプルで、ボーカルは女性なのに曲はドゥーワップという点がとても新鮮だったからです。<I Can Hear Music>をきっかけにブリル・ビルディングサウンドに傾倒していた同じころ、僕は同時代を代表するもう一つのスタイル、ドゥーワップにもハマっていました(その結果シャネルズに行きつくわけです)。The Raindropsは、その2つの音楽スタイルがハイブリッドされた、僕にとっては夢のようなグループに思えたのです。

 このハイブリッド感は、前述の通りデビューのきっかけがドゥーワップグループに提供した曲で、デモ音源を作るためにハーモニー部分はエリーが多重録音せざるをえなかったという、言ってみれば「たまたま」にすぎません。けれど、60年代前半を代表する2つのスタイルが、縁の下で支えていた2人のソングライター自身の声で混ぜ合わされたという事実は、圧倒的後追い世代である身からすると、とてもドラマチックに思えるのです。









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Hal Blaine追悼特集

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「ドッドドン、ダン!」の
系譜について


 今年3月、ドラマーのハル・ブレインが亡くなりました。アメリカ西海岸の腕利きミュージシャン集団「レッキング・クルー」の中心人物として、ビーチボーイズサイモン&ガーファンクルをはじめ数々の名曲/名盤のレコーディングに参加し、彼の叩くドラムが録音された曲は35,000曲を超えると言われる、現代のポップミュージックを代表する名ドラマーです。「彼の名前は知らなくても、彼がドラムを叩いた曲は知っている」という、セッションミュージシャンの鑑のような人でした。

 とにかく膨大な録音を残した人ですので、全ての曲を把握するなんて無理なのですが、拙い知識のなかで1曲だけ選べと言われたら、ベタベタなんですけど、やはりロネッツの<Be My Baby>を選びます。


 なんといっても、イントロの「ドッドドン、ダン!」っていうリズムですよね。最初に聴いたのがいつだったのかもう覚えてないですけど、何度聴いてもうっとりとした気持ちになります。ドラムだけでなんでこんなにも雄弁なフレーズが作れるんでしょう。

 もちろん、この曲はアレンジも声もメロディも全てが素晴らしいのですが、やはりあのイントロを抜きにしては語れません。女性ボーカルもののポップミュージックを、ジュディ・ガーランドとかアンドリュー・シスターズとかの時代から順々に聴いていくと、ロネッツにたどりついた瞬間に「あ、完成した」という”これ以上はない”感みたいなものがあります。単にドラムだけを根拠にしたのではなく、楽曲の果たした歴史的役割みたいなものから逆算して、この曲を「ハル・ブレインのベストドラム」に選びました。

 さて、そのように歴史的名演であるがゆえに、この「ドッドドン、ダン!」のフレーズは以降さまざまな楽曲でカバーされてきました。そのなかの数曲を以下に挙げてみたいと思います。既にいろんなメディアで取り上げられてきたテーマではあるのですが、自分なりの視点で選んでみました。

<Just Like Honey>
The Jesus And Mary Chain
(1985年)

 やっぱり何を置いてもこの曲を挙げないと始まらないでしょう。<Just Like Honey>自体がロック史に残る名曲ですが、そのイントロが<Be My Baby>というのが面白いというか、歴史が受け継がれていくのを強く感じますね。

 余談ですが、僕はこの曲を聴くとソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』を思い出して毎回泣いてしまいます。


<Gentle Sons>
The Pains Of Being Pure At Heart
(2009年)

 愛するペインズにも「ドッドドン、ダン!」がありました。もっともこの曲は<Be My Baby>というよりも、ジザメリの系譜といった方がよさそう。実際ペインズが登場したときはシューゲイザーという文脈で語られましたが、眩暈のなかで眠りに落ちていくようなこの曲のダル重い感覚は、<Just Like Honey>に近いと思います。そういう意味では、<Be My Baby>の「孫」といえるかもしれません。


<Ghost Mouth>
Girls
(09年)

 ペインズと同じく09年に発表されたのがこの曲。NMEやPitchforkをはじめ音楽誌で軒並み高評価をたたき出した、その年を代表する1枚となったガールズの1stに収録されています。

 バンドの中心人物であるクリストファー・オーウェンズは、以前このブログでも取り上げたことがありますが、明らかにフィル・スペクター→ブライアン・ウィルソンの系譜を継ぐ作家なので言わずもがな、です。


<Time’s Passing By>
Lia Pamina & Dario Persi
(18年)

 今回選んだ曲のなかでもっとも新しいのがこれ。スペインのSSWリア・パミナと、イタリアのパワーポップバンド、レディオ・デイズのボーカルであるダリオ・パーシがコラボした4曲入りEPが昨年リリースされたのですが、そのラストに収録されているのがこの曲。

 リアはElefant Records所属のアーティストで、最新のアルバムではレーベルメイトであるヤーニングジョー・ムーアがプロデュースしており、このEPもElefantから出ています。ここまで「状況証拠」が揃ったのだから、この曲のリズムパターンは間違いなく「クロ」でしょう。


<You May Dream>
シーナ&ザ・ロケッツ
(79年)

 続いて邦楽編です。まず筆頭に挙げなければならないのはこれでしょう。打ち込みで見えにくくなっていますが、間違いなく「ドッドドン、ダン!」が隠れています。しかもこのフレーズ叩いてるのは高橋幸宏ですよね?

 昨年NHK福岡放送局で制作された、若き日のシーナと鮎川誠を描いたドラマ『You May Dream』で、鮎川誠と出会う前のシーナ(石橋静河)が部屋で聴いていたLPがまさにロネッツの1stで、なかなかグッときました


<一千一秒物語>
松田聖子
(81年)

 個人的には、この曲が世界中の<Be My Baby>インスパイア楽曲の頂点だと思っています大滝詠一松田聖子というトップアイドルを得て、「時はきた!」と伝家の宝刀を抜いたのがこの曲。あのドラムパターンが聴こえた瞬間に「いよいよやるんだな!」ってことがこっちにもわかります。ヴァース冒頭はコード進行まで揃えるという徹底ぶり。本家に引けを取らない美しい曲です。ちなみにブリッジにはクリスタルズの<Then He Kissed Me>が出てきますね。

 この曲が収録されたアルバム『風立ちぬ』については去年こちらで書きました。


<ハートせつなく>
原由子
(91年)
※YouTubeなし!Fuck!

 作詞作曲は桑田佳祐。イントロが<Be My Baby>で、そこからブライアン・ウィルソンに変化していくという、必殺コンボが炸裂するイントロ。好きな人にはたまりません。大滝詠一といい桑田佳祐といい、どうも男性作曲家は「これだ!」という女性歌手を得ると<Be My Baby>をやりたくなるんでしょうね


<世界中の誰よりきっと>
中山美穂&WANDS
(92年)

 邦楽史上もっとも売れた「ドッドドン、ダン!」です。僕も小6のときにシングル買いました。

 作曲は織田哲郎、アレンジは葉山たけしという、ビーイングのシングル制作における鉄壁コンビ。「イントロはロネッツでいこう!」と言い出したのはどっちなんでしょうね。でもどっちであっても、これも「男性作曲家はここぞというときに<Be My Baby>をやりたがる理論」を実証する楽曲といえそうです。

 こうして見ると、海外は現在もなお<Be My Baby>の系譜が生き続けているのに対し、日本は30年近くも絶えてしまっているように見えます(もちろん、僕が知らないだけって可能性もありますが)。日本と海外の本質的な違いの一端を示唆する差のように思える…のは気のせいでしょうか。

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 最後に、ハル・ブレインが参加した日本のアーティストの楽曲を1曲紹介。島倉千代子の<愛のさざなみ>(68年)です。録音はロスだったらしく、そこにハル・ブレインが参加したそうです。確かにこの曲はサウンドが全然違いますね(やっぱり浜口庫之助は海外のサウンドと相性がいい)。しかしハル・ブレイン、本当になんでもやってるんですね。








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The Aislers Set 『How I Learned To Write Backwards』

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「ポップはどこまで成立するのか」を
身体を張って実験する


 メロディはポップで可愛らしいのに、奇妙な楽器の取り合わせや明らかに温度感が異なるリフやリズムを組み合わせ、本来の可愛らしさを隠そうとするのは、単なる照れ隠しなのか、それとも「きれいにまとまろうとすること」への反抗なのか。The Aislers Set(ジ・アイスラーズ・セット)を聴くと、毎回その奇抜なアイデアの豊富さにドキドキします。

 アイスラーズは1997年、Henry's Dressなどのインディーバンドで活動していたエイミー・リントンを中心にサンフランシスコで結成された6ピースバンド。メンバーの一人は日本人のようです。6人という人数の多さが、どんなアイデアでも実現してしまうこのバンドの実行力の背景にもなっています。

 彼らはこれまで『Terrible Things Happen』(98年)、『The Last Match』(2000年)、『How I Learned To Write Backwards』(03年)という3枚のアルバムを発表しています。ここ10年以上新作はリリースしていませんが、バンドは解散してはおらず、14年には初期2作のアルバムが当時と同じレーベル、Slumber Recordsからリイシューされ、久々に人前で演奏もしたそうです。

「奇妙」「不思議」「わけがわからない」という点ではどのアルバムも甲乙つけがたいのですが、僕は3枚目の『How I Learned To Write Backwards』がもっとも、彼らの才能のすごさを表していると思います。

 1枚目2枚目はかろうじてC86あるいはガレージポップというような括り方ができそうなのですが、この3枚目はもはやジャンルのごった煮状態なのです。パンクからバブルガムポップにゴシック、60sポップスやスペクター風サウンドまであり、どこまでも腑分けできそうなマトリョーシカ的わけのわからなさ

 でも、この3枚目に彼らの個性が出ていると感じる一番の根拠は、冒頭に書いた、ポップなメロディと、そのメロディにぶつかっていくような音楽的アイデアとの、組み合わせのエグさです。本作がジャンルレスに聴こえるのも、結局はその表れに過ぎません。

 絵本から飛び出してきたように楽しげなメロディなのに、まるで天国から落ちていくような背徳的な匂いを感じさせる<Catherine Says>。<Emotional Levy>の民族音楽のようなフィーリング。<Paint It Black>を連想させる<Mission Bells>の性急さ。メロディの美しさとは裏腹に、不穏な重低音が絶えず鳴り続ける<Sara's Song>。<Through The Swells>の不規則なドラム。そしてなんといっても、硬いブラスのリフの陰にシュープリームス<I Hear a Symphony>が隠れてる<Melody Not Malaise>。この曲を最初に聴いたときに「うおお!」と叫びそうになりました。

 例えばメロディが「陽」の性質をもっていたら、組み合わされるアレンジは「陰」というように、一つの楽曲のなかに異なる質をもった複数の要素が、時に巧妙に、時に強引に、混ぜこまれています。

 その結果、必然的に楽曲は多面的な表情を持つことになります。イントロを聴いて「優しげな曲だな」という印象を持ったとしても、すぐにその印象を打ち消すような仕掛けが飛び出てきて、イメージが固定されることを頑なに拒否してきます。しかも、こうした「異なる要素のぶつかり合い」は、曲の中だけでなく、曲と曲というレベルでも起きるので、30分強のボリュームにもかかわらず、非常に重層的で情報過多なアルバムです。

 冒頭に「アイスラーズを聴くとドキドキする」と書きました。おそらくそのドキドキとは、彼らの音楽が、ポップと非ポップの境界線ギリギリを攻め続けているせいだと思います。いつガードレールを突き破って、崖の下に落ちてしまうかわからない。しかし、普通なら「ここまで」と線を引いてしまうところを、軽々と乗り越えてもっとギリギリのところまでいってしまうところは、時として常人の目には「自由」と映ります。リリースは少なく、コマーシャル的にも決して成功したとはいえないバンドでありながら、アイスラーズがリスペクトを集めるのは、そういうところなんだろうと思います。








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Spice Girls『Spiceworld』

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「グループだからみんな同じ」ではなく
「グループだけどみんな違う」


 スパイスガールズは今年、再結成ツアーを行うことを発表しています。昨年11月にこのニュースが流れて以来、たびたびスパイスガールズを聴きなおしています。実は僕、アルバム全部持ってるんです。ファンには不評だった3rd『Forever』も含めて。

 スパイスガールズのデビューは1996年で、僕はわりと直撃世代(当時15歳)なんですが、当時はほとんど無視していました。アルバムを買い揃えたのは、確か2000年とかそこらだったので、活動休止するかしないかといった頃だったはずです。なぜそのタイミングでハマったのか、まったく記憶がないのですが、世間より数年遅れで彼女たちの曲を聴きまくっていました。

 なので、15年ぶりとかそのくらいになるのでしょうか。今聴きなおすと、いろいろ発見があって面白かったです。まずなんといっても唸るのは、ど真ん中のポップスマーケットで大成功したガールズグループ(しかもイギリス!)が、彼女たち以降出ていないこと

 60年代は違いましたよね。ロネッツがいたし、シュープリームスもいました。でも、その後はほとんど見当たらない気がします(僕、ノーランズけっこう好きなんですけど)。ソロ歌手だとたくさんいるけど、グループってなると極端に少ないんですよね。なので、デビューから20年以上経った今聴いても、その存在の珍しさは未だに新鮮です。

 あとは、やっぱり曲がいいと思いました。良いというか、強い。<Wannabe>なんか一度聴いたら絶対忘れられないし、なんとなく歌うことすらできちゃいますよね。好きか嫌いかは別として、それだけの強度をもつ曲ってやっぱり名曲なんだと思う。

 僕が一番好きだったのは2ndに収録された<Stop>。彼女たちの曲の中ではトラディショナルなタイプの曲で、どこか60年代のガールズグループを模倣しているような曲ですが、今自分がブリルビルディングサウンドなんかをたくさん聴いていることを思うと、ある意味当時からブレてないのかも。



 一方で、聴きなおしていて意外だったのは、記憶にあるよりもブラックミュージックの比率が高かったこと。<Naked>とか<If U Can’t Dance>とか。当時は無視していたなあ。なんとなく1st、2ndはベタベタなポップスで、3rdで脱皮を図ろうとR&Bに振り切ったようなイメージを持っていたのですが、実は初期の頃から楽曲のバラエティはカラフルだったんですね

 カラフルということで気づいたのですが、普通グループだと衣装や髪形を揃えたりして、メンバーの個性は消していくパターンが多いですが、スパイスガールズは最初から5人の衣装もキャラクターもバラバラで売っていましたよね。「スポーティ」とか「ベイビー」とか、それぞれの個性に合わせてあだ名をつけたりして。これってかなり珍しいんじゃないでしょうか。

 そういう意味で、僕がスパイスガールズの最高傑作だと思うのは、2ndのリード曲<Spice Up Your Life>。セクシーなイントロ、声質の違いをそのまま残したドタバタのAメロ、コール&レスポンスのBメロ、そしてすさまじい音圧のサビ。個々のシークエンスのバラバラっぷりと、それをたたみかけるようなテンポでつなぎ合わせていく怒涛の勢いに圧倒されます。ラテンというセレクトも媚びてなくてかっこいい。グループのカラフルなイメージを最も体現した曲が、この曲じゃないかと思います

「グループだからみんな同じ」ではなく「グループだけどみんな違う」という姿勢は、(どこまで本人たちがそこに意味を込めていたかは別として)個人的にはとても好きです。あれから20年以上経ちましたが、今の世界を覆うムードを見ると、彼女たちの姿勢は当時よりも重要な意味をもっている気がします。








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Pale Waves『My Mind Makes Noises』

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見た目とサウンドの
「ギャップ」がすごい


 英4ピースPale Wavesが昨年9月リリースした1stアルバム『My Mind Makes Noises』は、まさに「満を持して」という感じで登場した作品でした。

 2017年にレーベルDirty Hitから、レーベルメイトであるThe 1975マシュー・ヒーリーによるプロデュースでデビューシングル<There’s A Honey>をリリースして以来、立て続けにシングルを発表しヒットを記録。BBC Sound of 2018にセレクトされたときは「今更?」と思ったくらいでした。

 18年が明けて、いよいよアルバムかと思いきや2月にリリースされたのは4曲入りEPで、そこからは再びシングルの量産体制に。結局、アルバムが形になったのはそこから約半年経った18年9月でした。

 個人的には、アルバムではなくシングルやEPを積極的に切っていくというサブスクリプション時代のマーケティングを、彼らほど実感させられたアーティストはいなかったのですが、ボーカル/ギターのヘザー・バロン・グレイシーは以前から「アルバムでチャート1位を獲りたい」と語るなど、アルバムというパッケージに強いこだわりを見せていました。その宣言通り、1stアルバムはUKインディーチャートで1位を記録(総合でも8位)。フィジカルのセールスでも強さを見せたのでした。



 なぜPale Wavesはこんなにも人気を獲得したのか。僕は、このバンドには王道と異端の両極端の魅力があり、それが同居していることが、彼女たちがリスナーを惹きつける理由なんじゃないかと考えています

 まず「王道」は、サウンドです。低音をカットして高音部を強調し、さらにシンセとビートを利かせた音作りは、清潔な印象を与えると同時に誰もが高揚感を味わえる中毒性をもっています。キャッチーなメロディを作る能力にも長けており、The 1975やWolf Aliceなどトレンドの最前線にいるアーティストを多く擁するDirty Hitのなかでも、もっともスタジアムバンドに近いグループではないでしょうか。

 特筆すべきは、一歩間違えれば「ベタ」に陥りそうなところを、ギリギリのラインで上品さをキープする彼女たちのバランス感覚です。「ベタ」に足を踏み入れてしまえば玄人層からはそっぽを向かれるし、かといって逆方向に振れてしまうとライト層に届かない。どちらにも偏りすぎない、綱渡りのように絶妙なバランス感覚があるからこそ、幅広い支持を集めたのだろうと思います。

 次に「異端」について。これは彼女たちの出で立ちです。僕は彼女たちを知ったとき、最初に思ったのは「見た目と音のギャップがすげえ」ということでした。ヘザーとドラムのキアラのゴスメイクにばかり注目が集まりがちですが、ヒューゴ(Gt)とチャーリー(Ba)の男性2人の存在感も利いています。ゴスメイクした女性2人に、端正な容貌をもつ男性2人がアンドロイドのように無機質な雰囲気で侍るという構図は、ただのゴスメイクだけのグループよりもインパクトが強いはず。

 ビジュアルはものすごくアンダーグラウンドなんだけど、鳴らす音がオーバーグラウンドだから、そのギャップがすごいんですね。見た目怖いけど、話しかけてみると仲良くなれる、みたいな。ゴスメイクという、ある意味レトロなスタイルを忠実に模倣しつつ、サウンドはあくまで「今風」なことで、クラシックとモダンをつなぐという文脈でも捉えられるグループなのかもしれません。

 このバンド、次はどこに行くんでしょうか。今のスタイルは、もはやこのアルバムで完成されちゃったように思います。何かと比較されることの多いThe 1975は1stから2nd、そして大名盤の3rdと着実に変化を続けていますが、Pale Wavesの場合はストライクゾーンをさらに広めにとっている分、この先の変化が予測できません。個人的にはシンセポップではなく、4人の本来のフォーマットに戻ってギターメインの楽曲とか聴いてみたい気がします

 来年2月には初の単独来日公演が行われます。もちろんチケット取りました。








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Say Sue Me『Where We Were Together』

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近づきたいのに
決して近づけない


 インパクトという点では先週紹介したHoney Hahsですが、総合点でいえば2018年のNo.1はこのアルバムでした。韓国の釜山出身の4人組、Say Sue Meの2ndアルバムです。

 曲はもちろんいいし、紅一点のボーカル、チェ・スミの声も素晴らしい。<Let It Begin><But L Like You><Old Town>という冒頭3曲の展開は、何度聴いても心を持っていかれます。<B Lover>のようなフィジカルを感じさせる衝動的な音を出せるところも、このバンドのポテンシャルの高さを感じさせてゾクゾクします。

 しかし、このアルバムで好きなところを一つだけ挙げろと言われたら、僕は音の肌触りと答えます。「音像」と言い換えてもいいでしょう。このアルバムの曲は、どんなタイプのものであっても、特有の色や匂い、感触があります。それが、僕にはとてもフィットするのです。

 では、そのフィーリングは具体的にどういうものなのか。1曲目の<Let It Begin>にもっとも顕著に表れているのですが、街のネオンを窓越しに眺めているような遠さというか、古い8mmフィルムの映像のような温かさというか、そういった温かさと寂しさが同居したような感覚です。「サーフミュージックをルーツにした」「釜山の気候を感じさせる明るくてのどかな」など、陽性なイメージで紹介されることの多いSay Sue Meですが、少なくともこの2ndに関しては、音の核となっているのはもっとパセティックな何かだと思う。



 この、近づきたいけど決して近づけない距離感のようなものは何なんだろうと思っていたのですが、ライナーノーツを読んで納得しました。

 実はこのアルバムの制作前に、初代ドラマーのガン・セミンが転落事故で重い怪我を負い、一時的にバンドを離脱せざるをえなくなったそうです(現在は2代目ドラマーが加入)。そのため、このアルバムは、セミンの不在が大きなテーマになりました。なるほど、『Where We Were Together』というタイトルの意味はそういうことだったのか。

 このような経緯を踏まえると、例えば<Funny And Cute>の「そこに居てはだめ、君の場所じゃない」「寒くなる頃には君を待っているよ 場所はわかるよね 居心地のいいわたしたちのバー」といったフレーズなど、メンバーがセミンへ向けたメッセージとも取れる歌詞が端々にあることに気づきます。

 前述の<Let It Begin>がもそう。締めの「Let it begin Let it all begin Let it all begin again」というフレーズが、決してかなわないと分かっていながら、時間を巻き戻したいと願う祈りの言葉に聴こえてきます。1曲目から「全てをやり直そう、もう一度」というメッセージで始めるのって、考えようによってはなかなか重たい。

 ただ、このアルバムの素晴らしいところは、バンドに起きた出来事を知って歌詞の意味が深まるところではなく、むしろそうした背景を知らなくても、バンドが抱いている感情を、音を通じて共有できるところにあります。もちろん、厳密にいえば彼らの感情そのものであるわけはないのですが、それまでは凪の状態だった聴き手の心の水面を、音だけでブクブクと泡立たせてしまうことがシンプルにすごい。

 特にこのバンドの場合は、映像的に音を聴かせる力に長けていると思います。僕自身も先ほど「ネオン」「8mmフィルム」といった表現を使いましたが、聴いていると頭の中で自分だけの架空のMVが再生し始めるんですよね。その架空のMVのなかには、Say Sue Meのメンバーも離脱したセミンも映りませんが、その代わりに僕自身の痛みが映っているのです

 ちなみにこのアルバム、発売元はイギリスのDamnably Records(おとぼけビ〜バ〜や少年ナイフも所属するレーベル)ですが、日本盤はTugboat Recordsから出ています。このレーベルには昨年、Tashaki MiyakiFazerdazeHazel EnglishThe Drumsとお世話にになりまくったのですが、今年もやっぱりお世話になりました。








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Honey Hahs『Dear Someone, Happy Something』

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ふやけた耳を叩きのめす
「未完成」という名のカウンターパンチ


 2018年最大の衝撃作が、このアルバムでした。南ロンドン出身の3ピース、Honey Hahsのデビュー作『Dear Someone, Happy Something』です。

 Honey Hahsは、ギターとピアノを担当するローワン、ベースのロビン、ドラムのシルヴィーという3姉妹からなるファミリーバンド。ローワンから順に16歳、13歳、11歳の、平均年齢わずか13歳という超若年バンドです。若いというよりも「幼い」といったほうがいいような年齢にもかかわらず、彼女たちは自分たちでオリジナル曲を書くばかりか、名門中の名門レーベル、ラフ・トレードと契約するという偉業を成し遂げました(ちなみに、ラフトレと契約したとき、一番下のシルヴィーはわずか9歳だったそうです)

 ただし、僕が衝撃を受けたのは、彼女たちの年齢ではなく、あくまで音楽です。その魅力をひとことでいうと、異物感。聴き始めこそ「仲のよい少女たちが歌うフォークソング」といった牧歌的な印象をもちますが。耳を傾けるうちに「おや、なにかおかしいぞ」と気づくはずです。何かが決定的に欠けているような、これまでの常識では解釈しきれないような、そんな不穏な空気が漂いだし、胸がざわつき始めるのです



 なぜHoney Hahsの音楽は「ざわつく」のか?ポイントは2つあります。

 1つはコーラスワーク。CDの帯には「姉妹ならではの息の合ったコーラス」というような文句が載っていましたが、僕はむしろ彼女たちのコーラスには、どこか舌足らずで調子が外れた印象を受けます。つまり、ある種の危うさをもっているわけですが、1曲目<Forever>に見られるように、その危うさがなんともいえない緊張感や寂寥感を生みだすのです。

 もう1つはアレンジです。彼女たちの楽曲は、アコースティックギターとベースとドラムのみという、音数を絞ったシンプルなスタイルが基本。ですが、ところどころに他の楽器が顔を出します。<A Way>や<I Know You Know>で入ってくるトランペット。<River>の後ろで鳴ってるグロッケン。<Rain Falls Down>のドラムマシーンなど。こうした楽器のセレクトと使い方が、非常に洗練されています

 危ういコーラスとあか抜けたアレンジ。この2つの組み合わせが、「整っているのにどこかアンバランス」という、ちぐはぐさを曲全体にもたらしています。これが、呑み込めそうに見えて容易には呑み込めない異物感の正体なんだろうと思うのです。僕はアルバムを聴きながら、何度も「ロックの名曲をカラオケで歌ってる」というイメージを思い浮かべました。



 フランク・ザッパやカート・コバーンが評価していたことで有名なThe Shaggs(シャッグス)というアメリカのバンドがいます。Honey Hahsの異物感について考えるとき、僕が連想したのはThe Shaggsでした(そういえばあのバンドもファミリーバンドだ)。

 The Shaggsは、楽器未経験者ばかりのメンバーでいきなりレコーディングをしたという伝説のバンドで、できあがったアルバムは当然、演奏も曲も強烈に下手くそな代物だったのですが、産業化したロックに嫌気を覚えていた人たちには、逆にそれが音楽の原点を感じさせる純粋で貴重なものに映りました。

 いかに効率的に聴衆を興奮させ、快感を与えるかだけに特化した、即効薬のような音に馴染んだ耳に「そうじゃねえだろ」と食らわせる強烈なカウンターパンチ。Honey Hahsの異物感もまた、The Shaggsと同じ一種のアンチテーゼとしてのインパクトがあると思うのです。

 ただし、異物感はあっても彼女たち自身は決して異端ではありません。なぜなら、ロックとは本来アンチテーゼだったはずだから。Honey Hahsの3人は確かに若く、それゆえ未完成で未熟ですが、彼女たちのスタイルは既に完成されているのです。








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The Vaccines『Combat Sports』

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このバンドの「聴き方」が
初めてわかった気がした


 The Vaccinesが前作から3年ぶりとなる4枚目のアルバム『Combat Sports』をリリースしたのは今年3月のこと。「原点回帰!」「これぞヴァクシーンズ!」といった言葉をあちこちで見かけましたが、僕は正直そこまでポジティブな評価はできませんでした。

 確かに、<NightClub>や<I Can’t Quit>、<Put It On A T-Shirt>といった曲は伝説的な1stや2ndの頃のような爆発力のあるナンバーでしたが、一方で<Out On The Street>や<Your Love Is My Favorite Band>、<Take It Easy>あたりは、明らかに3rdを経由した音で、デビュー当時の彼らこそ至上のものと考えている僕には弱っちい曲に映ったのです。

 ところが、この印象がガラリと変わる出来事がありました。それが、つい先週行われた1ステージ限りの来日公演。

 生でThe Vaccinesを見るのは初めてだったのですが、とりあえず、めちゃくちゃ体育会系のバンドでした。サポートアクトのLuby Sparksを3列目あたりでそこそこゆったりと見ていたのですが、The Vaccinesが登場した瞬間、後ろから「ワアッ!」という感じで一気に圧がかかり、そっから1時間強、ずっともみくちゃでした。

 そもそもこのバンドが基本的にガレージパンクってこともあるんですが、それに加え、フロントマンのジャスティン・ヤングがとにかく煽る。YouTubeでライブは何本か見たことあったけど、彼があんなに愉快なキャラクターだったとは思わなかった。折り目正しさとイっちゃってる感じが同居していて「放課後にハメを外す熱血体育教師」みたいな感じがして面白かったです(ということを他にもTwitterで呟いている人がいました。やっぱそうだよね)。



 んで、何が素晴らしかったかというと、ジャスティンのはっちゃけたキャラクターも含めて、バンドの演奏のエネルギーがすさまじかったこと。そこには「2nd以前」「3rd以降」という境目はまったくありませんでした。<If You Wanna>は大合唱せずにはいられないけど、<Your Love Is My Favorite Band>にだって同じように会場全体を歌わせる力がありました。





 僕はずっと「ギターじゃないとヴァクシーンズじゃねえ」と思っていたわけですが、ライヴを見てつくづく感じたのは、ギターかシンセかというのは表層的な問題にすぎなくて、このバンドがさらにその内側に持っていた「核」の存在でした。それは何かというと、前述のとおり、あらゆる曲を観客に大声で歌わせてしまうこと。すなわち、ものすごい強度を誇るメロディこそがThe Vaccinesの核だったのです。変な言い方ですが、初めてこのバンドの聴き方が分かったような思いがしました。

 最近の作品に対して距離を感じていたけど、ライヴを見たらそれがただの勘違いだったことに気づかされる。このパターンは、今年1月にペインズでも体験したことです。やっぱり「ライヴに行く」ということは大事ですね。

 以前も紹介した彼らの1stアルバム『What Did You Expected from The Vaccines?』を手に入れたとき、僕は1か月くらいにわたって、このアルバムしか聴きませんでした。今回の来日公演が終わったその日の夜、Spotifyにセットリストを再現したプレイリストが公開されたのですが、今度はこのリストを何度も繰り返し聴いています。The Vaccinesというバンドの持つ中毒性を改めて味わっているところです。








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Aretha Franklin『Aretha: With The Ray Bryant Combo』

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「自由に生きていい」と
彼女は歌っていた


 先月『村上RADIO』のなかで、村上春樹が「僕はシナトラの<My Way>は嫌いなんだけど、アレサ・フランクリンのカバーした<My Way>を聴いたら『なんていい曲なんだろう』と思った」というようなことを話していました。まさか、あの数日後にアレサ・フランクリンが亡くなるとは。

 亡くなったというニュースを聞いて思ったのは、悲しみや喪失感というよりも、彼女と同じ時間の空気を吸えたことへの感謝でした(僕はわずか2か月の差でジョン・レノンと同じ時代に生きられなかったので)。それくらい、彼女の存在は生前から既に「生きる歴史」だったし、その大きさは別格中の別格でした。

 彼女の代表作『Lady Soul』を初めて聴いたのは、20代の後半でした。めちゃくちゃ衝撃でした。あの「チェンチェンチェーィン…」という、ぬたぁーっと始まるゾクゾクするオープニング。当時ガレージとかパンクばかり聴いていてソウルミュージックには馴染みがなかったんですけど、このアルバムはパンクと同じ地平にあるような気がして、すげえかっこいいなと思いました

 このアルバムのなかで彼女はゴフィン&キングによる<Feel Like A Natural Woman>を歌っています。後年、『つづれおり』でキャロル・キングがこの曲をセルフカバーをしてますが、僕は圧倒的にアレサ版の方が好きだなあ。<People Get Ready>もオリジナルよりもアレサの方が好き。あの猛烈にエモーショナルなボーカルは、有無を言わさぬ説得力があります。

 アレサ・フランクリンというとこの『Lady Soul』をはじめアトランティック時代のイメージが強いですが、亡くなったのを機に、その前のコロンビア時代のアルバムも聴いてみました。その中でも特に印象に残ったのが、コロンビアと契約して最初のアルバム『Aretha: With The Ray Bryant Combo』

 ジャケット見てもわかる通り、若い!当時若干18歳です。笑ってるんだけどどこか緊張して見えるのが可愛らしいですね。でも歌はやっぱり圧倒的。後年の円熟味はありませんが、そのかわり瑞々しい躍動感があって、アトランティック以降を聴いていた耳にはとても新鮮です。

 プロデューサーはベニー・グッドマンやビリー・ホリデイといった「歴史上の人物」と仕事をしてきた大ベテラン、ジョン・ハモンド。タイトルからもわかるとおり、このアルバムで彼はピアニストのレイ・ブライアントをアレサにぶつけています。そのことによる緊張感がバンドのアンサンブルを引き立てていて、若いアレサの声ともマッチしています。

 収録曲は全てカバーなのですが、その中には彼女のルーツでもあるゴスペルだけでなく、ジャズやブルース、映画音楽まで含まれています。2曲目で『オズの魔法使い』の主題歌<虹のかなたに>を歌ってるんですけど、こういうモロに白人音楽な雰囲気の曲を、(少なくとも僕の印象では)黒っぽくなく歌い切ってしまうのがすごい。


 レイ・チャールズナット・キング・コールを聴くと、特定のジャンルに捉われないボーダレスなところに感動するのですが、アレサはその女性版というようなイメージを持ちました。「ソウルの女王」という彼女の異名が、実は一面的なものでしかないことがこのアルバムを聴くとわかります。

 まるで実際に飛び跳ねながら歌ってるんじゃないかと思うようなエネルギーで、どんな曲も伸び伸びと歌い切ってしまう18歳のアレサの声を聴いていると、「私は自由に生きていいんだ」「どこへでも行けるんだ」というような思いが湧いてきます。言葉に直すと陳腐だけど、そういう気分を純粋に音楽だけでリスナーに抱かせてしまうところが本当にすごい

 オバマ前米大統領はアレサの訃報に「彼女の声の中にアメリカの歴史を見ることができた」とコメントしました。「きっとそうなんだろうなあ」と想像します。








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Bob Dylan『Bringing It All Back Home』

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風景と音楽の組み合わせが
「自分だけの映画」を生む


 先月TOKYO-FMで、村上春樹が初めてラジオDJを務めた番組『村上RADIO』が放送されました。

 本人も番組の冒頭で「僕の声を初めて聴く人もいるかもしれません」と言ってましたが、確かに非常にレアな機会だったと思います。僕も、彼がまとまった量の日本語を、それもカジュアルな口調で喋るのを耳にしたのは初めてでした。意外だったのは、イメージよりも声が若かったこと。あと、村上春樹も普通に笑うんだってこと(当たり前か)。

 番組は、村上春樹がランニング中に聴く音楽(1000〜2000曲入っているiPodを7台ほど持っているらしい)から本人がセレクトしたいくつかの曲を紹介するというもの。ジャズからポップ、ロックまでジャンルはいろいろでしたが、本人曰くランニングに向いている音楽は「なるべくリズムが一定で、できれば勇気を奮い立たせてくれるようなもの」ということで、軽快で元気なナンバーが多かったですね。

 興味深いのはカバー曲が多いことでした。Zachariasの<Light My Fire>とかBen Sidranの<Knockin’ On Heaven’s Door>とか。ジョージ・ハリスンもカバー曲でした。しかしなかでも驚いたのはJoey Ramoneの<What A Wonderful World>。村上春樹、ラモーンズなんて聴くんだ!でもこの曲は確かにランニングにはすごい合いそう。

 そういえば、以前エッセイで、「ビートルズはもう山ほど聴いたから、今はもっぱらカバーしか聴かない」みたいなことを書いてましたね。その気持ちは分かる気がする。
(YouTube)

 僕もランニングをするけど、音楽は聴きません。走り始めた当初はiPodを必ず携帯してたんですが、2、3か月もすると聴かなくなりました。

 理由は2つあって、1つは汗が流れ込んでイヤホンを1本ダメにしてしまったこと。もう1つは、音楽が邪魔に感じるようになったこと。音楽を聴いていたのは走る間の退屈対策だったのですが、2、3か月経って徐々に身体がランニングに慣れてくると、走ること自体が楽しくなってくるので、音楽はむしろ余計だと感じるようになったのです。以来、一度も音楽を聴きながら走ったことはありません。

 だけど1つだけ、ランニング中に聴いていた音楽で忘れられない記憶があります。

 ランニングを始めて最初の冬のことでした。12月の頭、よく晴れた土曜日の早朝に、いつも走っていた近所の都立公園へ行くと、例年よりも長く枝にしがみついていた銀杏の葉が一斉に散り始めていました。まるで絨毯のように真っ黄色に染まった地面を走り始めたとき、イヤホンから流れてきたのは、ボブ・ディラン『Bringing It All Back Home』でした。

 1曲目の<Subterranean Homesick Blues>の乾いたギターの音、2曲目<She Belongs To Me>のディランの繊細な声と優しいメロディ。それらが、黄色い地面と青い空、冬のキンとした空気にピタリとハマりました。

 走りながら、まるで映画を見ているような錯覚に陥りました。風景と音楽が、僕のなかで宿命的なほど完璧に溶け合いました。あまりの美しさに「生きててよかった!!」と心の中でガッツポーズをとったのを、はっきりと覚えています。1965年にリリースされたこのアルバムは、ディラン初のエレクトリックアルバムとして知られる名盤中の名盤ですが、あの日以来、僕は聴くたびに12月の早朝の公園を思い出すのです。

 僕は村上春樹にとってのランニング音楽のように、行動(アクション)と音楽が結びついた経験はあまりないんですけど、そのかわりに、ボブ・ディランのときのような、風景と音楽が結びついた経験はたくさんあります。

 一番多いのは電車に乗ってるときで、たまたまイヤホンから流れてきた音楽によって、見慣れたはずの車窓の風景が物語のワンシーンのように見えることは、日常的によくあります。こないだも夕方の東横線に乗っていて、遠くに三軒茶屋のキャロットタワーが見えたんですけど、その瞬間ホムカミの2ndが流れて、「ああ、あの場所に行きたいなあ」というようなくらくらするほどの切なさを感じました。なんだったんだろう、あれは。

 こういうのって狙って味わおうとしてもダメで、ある風景とある音楽、さらにはそのときの自分の心理状態なんかも含めて偶然生まれるものなんですよね。そして、偶然だからこそ、この「自分だけの映画」を見られることにはある種の快感があります。僕が電車に乗るときに必ず音楽を聴く理由は、退屈対策もあるけど、それ以上にこの不思議な快感への期待が大きいかもしれない。さらにいえば、僕がずっと劇団で選曲をやってきたのも、「風景(シーン)と音楽の組み合わせ」への好奇心が、形を変えて表れた結果なんじゃないかという気がしてきました。

 …というようなことを『村上RADIO』を聴き終ってから考えていました。なんだか、自分の音楽遍歴をひもとくキーワードが、思いもかけず見つかったような気分です。番組の趣旨とはだいぶずれるけど、これもある意味では「風景と音楽」と同じ、偶然が生んだ何かに違いありません。

『村上RADIO』は10月に第2回が放送されるそうです。








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V.A.『Gold Collection〜Oldies Best Artist 22』

「愛すべき孤独」を教えてくれた
正体不明の1枚


 先週、コニー・フランシスの話を書きました。彼女がもっとも人気を博したのは1950年代後半から60年代前半。今から60年近くも前になります。

「60年前の音楽を聴く」というと、一般的にはどう受け取られるだろう。やっぱり「マニア」「好事家」と思われちゃうんでしょうか。確かに、ただでさえ音楽を聴く人は(30代も後半になると特に)少ないのに、その中でもあえて昔の音楽にまで手を出すなんて、よほどのきっかけでもない限りはありえないのかもしれません。

 僕が50年代や60年代の音楽を聴き始めたのは20歳のときでした(10代の頃、自覚的に聴いていたのはビートルズサイモン&ガーファンクルくらいでした)。きっかけは、あるコンピ盤でした。『Gold Collection』というありがちすぎなタイトルに、マンハッタンの夕景(国際貿易センタービルがまだある時代です…)という雰囲気だけのジャケット写真。早い話が何の変哲もないコンピだったのですが、この1枚が、大げさに言えばその後の僕の音楽人生を大きく変えたのです。理由は収録曲。以下がその一覧です。

#1 Unchained Melody/The Righteous Brothers
#2 Only You/The Platters
#3 California Dreamin'/The Mamas And Papas
#4 A Whiter Shade Of Pale/Procol Harum
#5 The Sound Of Silence/Simon & Garfunkel
#6 Rhythm Of The Rain/The Cascades
#7 My Girl/The Temptations
#8 I Can't Stop Loving You/Ray Charles
#9 Stop! In The Name Of Love/Diana Ross & The Supremes
#10 Moon River/Andy Williams
#11 Can't Help Falling In Love/Elvis Presley
#12 Save The Last Dance For Me/The Drifters
#13 Stand By Me/Ben E. King
#14 San Francisco/Scott McKenzie
#15 Yesterday/The Beatles
#16 When A Man Loves A Woman/Percy Sledge
#17 The Green Green Glass Of Home/Tom Jones
#18 Una Lacrima Sul Viso/Bobby Solo
#19 Mona Lisa/Nat King Cole
#20 Only The Lonely/Roy Orbison
#21 Mr. Lonely/Bobby Vinton
#22 What A Wonderful World/Louis Armstrong

 伝わるでしょうか、この網羅性。Amazonのミュージックカテゴリで、「オールディーズ」で検索をかけると500件以上がヒットします。そのくらいオールディーズのコンピ盤ってたくさんありますが、複数枚組のものを除けば、1枚でこれほど幅広く有名曲をカバーしているアイテムは、ほとんどないはずです

 具体的に挙げるなら、まず#5、#8、#13、#15、#22。このあたりはビッグネームすぎてコンピには滅多に入りません。#9もかなりレア。シュープリームスがこういうコンピに顔を出すのも珍しいです。

 また、わずか22曲でありながら時代が広いのも特徴です。多くのオールディーズコンピが「50s」「60s」とディケイド区切りなのに、このアルバムには#1(55年)から#3(66年)までと、両方の時代をまたいでいます。その結果、映画音楽(#10)にジャズ(#22)、フォーク(#5)にロック(#4)にソウル(#8)と、ジャンルが異様に幅広くなっています。

 改めて曲目リストを見ると、感慨深いです。プロコル・ハルムドリフターズテンプテーションズ、このブログでも書いたカスケーズなどは全部このコンピで知りました。以前、劇団での選曲のことを書きましたが#6#12はまさにこのアルバムから流しています。ドリフターズはドゥーワップを聴きなおす流れでこの1年くらいで再燃しているし、ナット・キング・コールもちょうど春から聴きなおしているところ。未だに僕はこの身元不明のコンピ盤から影響を受けているのです。数あるオールディーズコンピから最初にこの1枚に出会ったことは、僕のこれまでの音楽人生における最大のラッキーだったかもしれません。



 再び「なぜ古い音楽を聴くようになったのか」という冒頭の話題に戻ってみるのですが、今思い出してみると、古い音楽=今は流行ってない音楽=自分しか聴いてない音楽、という優越感みたいなものはあった気がします。自分だけが知っているという文字通りの優越感だけでなく、流行や同世代性といったものを気にせず、一人でとことんその音楽に没入できるという、自分だけが独り占めできている安心感もありました。もしかしたら、音楽がもたらしてくれる「愛すべき孤独」を最初に教えてくれたのが、オールディーズだったのかもしれません。

 SpotifyやApple Musicで、ネット上に公開されている大量のライブラリから自由にプレイリストを作れるようになったいま、コンピ盤はもはや衰退していく運命でしょう。だから僕の娘とか、これから音楽を聴く世代には、僕がこの『Gold Collection』との出会いを「奇跡だ!」「ラッキーだ!」と言ってることが理解できないのかもしれないなあ。

 実はこのアルバム、長い間データでしか持ってなかったのです。なので先日、ふと思い立ってCDを買い直したところでした。アマゾンでもタワレコでもブックオフでも見つからず(というかタイトルすらうろ覚えだったので、収録曲とかで検索してました)諦めかけてたところ、ヤフオクに出品されてたのを偶然発見しました(ジャケットの写真が決め手でした)。しかも、まさにその日が出品初日。ここでも「奇跡」が起きたのでした。






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Connie Francis 『Rock 'n' Roll Million Sellers/Country & Western Golden Hits』

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比喩ではなく事実として
僕は彼女に「人生を変えられた」


 コニー・フランシスのどこにそんなに惹かれるのかと聞かれたら、やはりあの「声」という答えになると思います。少女の初々しさと大人の女性の色気。その両方を併せ持ち、強く前向きな意志を感じさせると同時に、その裏にある不安や怯えもにじませる。コニーの声には、世俗性と神秘性の両方がなぜだか同居してしまう、不思議な寛容さがあります

 最初に聴いたのは、映画『青春デンデケデケデケ』で流れた<Where The Boys Are(邦題:ボーイハント)>でした。あの切なく狂おしく歌い上げるコーラスを聴いて、中学生だった僕は「演歌みたいだなー」と思いました。でも、演歌はまったくピンとこないけど、この曲は「なんかいいな。なんか懐かしい感じがするな」と思ったのです(日本の演歌よりもアメリカのオールディーズに「懐かしい」と感じるのも不思議ですが)。だいぶ後になって、この曲を録音した当時、彼女はまだ20歳そこそこだったと知って驚きました。

 1938年生まれ。レコードデビューは1955年で17歳のとき。しばらくは鳴かず飛ばずでしたが1958年にシングル<Who’s Sorry Now?>がチャート4位に上るヒットとなって、コニー・フランシスは人気歌手の仲間入りをします。

 ヒットシングルが出たことでレコード会社(MGM)も彼女のアルバムを作り始めるのですが、記録を見るとその制作ペースはすさまじいものがあります。58年からMGMを移籍する69年までの12年間で、彼女が制作したアルバムは50枚を超えます。もっともすごいのは59年で、1年間になんと8枚ものアルバムを作りました。日本の80年代アイドルは「一つの季節に1枚のシングル=1年に4枚」というペースが慣例だったそうですが(これでさえ今の感覚からすると多いなと思いますが)、コニーはその倍のリリース量を、しかもシングルでなくアルバムでこなしてたわけですから、その怒涛っぷり、レコード会社のえげつなさっぷりがわかります。

 彼女が残したアルバムのうち、半分以上はカバーアルバムです(既存の曲を流用したからこそ、驚異的なペースでの制作が可能だったともいえます)。最初に作られたのは59年の『Connie Francis Sings Italian Favorites』で、その名の通り<帰れソレントへ>や<サンタ・ルチア>といったイタリアの伝統歌を歌っています。この「ご当地もの」はシリーズ化して、その後『Spanish & Latin American Favorites』、『Jewish Favorites』、『Irish Favorites』、『German Favorites』などが作られます。

 当時のコニー・フランシスは、あくまで流行歌を歌うポップス歌手でした。今でいうアイドル歌手です。その彼女が各地の伝統歌をレパートリーにもつところに、当時の歌手に求められていた資質がどういうものだったかがうかがえます

 一方で、彼女は同時代のヒット曲をカバーしたアルバムもたくさん作っています。中でも僕が好きなのは59年11月にリリースされた2枚のアルバム(繰り返すようですが、ひと月の間に2枚のアルバムがリリースされるということがすごい)、『Rock 'n' Roll Million Sellers』『Country & Western ? Golden Hits』

『Rock 'n' Roll Million Sellers』はエルヴィスの<Heartbreak Hotel>や<Don’t Be Cruel>、ファッツ・ドミノの<Ain't That a Shame>といったロックンロール最初期のナンバーをカバーしたアルバム。今見ると「オールディーズベスト」みたいな印象になっちゃいますが、当時はどれもリアルタイムのヒット曲です。タイトルに「ロックンロール」とついていますが、多分この言葉が生まれてすぐの頃だったはずです。

 このアルバムで唯一のオリジナル曲が、<Lipstick on Your Collar(邦題:カラーに口紅)>大滝詠一ラッツ&スターに書いた<Tシャツに口紅>のタイトル元ネタですね。僕はコニー・フランシスの中ではこの曲が一番好き。この曲はなんといってもイントロです。あの「Yeah Yeah Yeah・・・」っていう声、今聴くとものすごいパンクだと思いませんか

 作者はエドナ・ルイス(詞)とジョージ・ゴーリング(曲)。ジョージ・ゴーリングはこの曲のほかに<Robot Man>という曲をコニーに提供していますが、エドナ・ルイスは<Lipstick on Your Collar>1曲だけのよう。コニー・フランシスというと<Vacation>や<Stupid Cupid>、前述の<Where The Boys Are>でニール・セダカのイメージが強いですが、もうあと数曲だけでもこの2人のチームを起用してくれてたら印象が変わっていたんじゃないかという気がします。



 さて、もう1枚の『Country & Western Golden Hits』のほうですが、こちらもカバーしているのはハンク・ウィリアムスやエヴァリー・ブラザーズなど、同時代の人気歌手のナンバー。このアルバムと『Rock 'n' Roll Million Sellers』とを並べてみて、収録曲の違いやこの2枚が同時期に発売されることなどをあれこれ考えると、当時のポップス界の雰囲気が想像できるような気がします。

 こっちのアルバムにコニーのオリジナル曲はありません。ですが、なんといってもこっちには<Tennessee Waltz>が入っています。何人ものアーティストがカバーしている名曲中の名曲ですが、もっともヒットしたパティ・ペイジ版(1950年)と比べても、このコニーのバージョンのほうが素晴らしいと思う。夜空に浮かぶ月のように静かな彼女の歌い方には、かつての悲しい出来事を乗り越えてようやく平穏を取り戻せたという過去との距離が表れています。しかし優しさすら感じさせる歌声には、だからこそそこにいたるまでのを苦しみや葛藤も想像させます。ものすごく人生の重みを感じさせる歌声です。この曲を歌ったとき、彼女は若干21歳でした。



 とりとめもなくコニー・フランシスについて書いてきました。なんのかんので、この1年くらいで一番聴いているのは、実は彼女の曲かもしれません。それくらい好き。彼女と、そして同時代のドゥーワップが、とりあえず現時点での僕の「ゴール」っていう感じすらあります。そして彼女に関しては、単に好きというだけでなく、「生活スタイルを変えられる」という極めて物理的現実的な影響も受けています。

 SNSやニュースサイト、個人のブログなどを利用してインターネットに広く網を張り、新しいアーティストの新しい曲をできる限りフォローして、気になればアルバムを買って聴く。そういう生活を10年近く続けてきました。ネットのサービスはどんどん進化しているので情報収集の効率は上がり、ここ数年は1年で買うアルバムが100枚を超えるようになりました。単純計算で1週間に2枚は新作が手元に届いていることになります。

 次から次へと新しい音楽を聴くことをずっと楽しんでいたのですが、実はここ1年ほどは、疲れを感じることのほうが多くなりました。気に入ったアルバムが見つかったら本当は1週間でも1か月でも繰り返しリピートしたいし、たとえ初めは気に入らなくても、じっくり聴きこめば好きになることがあるかもしれない。だけど、新作が続々と届くので1枚のアルバムにかけられる時間は削られていく。音楽を「聴く」というよりも「消化する」と表現したほうがいいような接し方をしていることに、嫌気がさしてきたのです。

 そんなときに手に取ったのがコニー・フランシスでした。なぜ彼女だったのかはよく覚えてません。多分、どこかで彼女の名前を見たか音楽を耳にするかして、久々に(というか腰を据えて聴くのはほぼ初めて)手に取ったのです。新作がどんどん届くから、彼女だけを聴いている時間なんてないのに、なぜか来る日も来る日も彼女の音楽を聴いていました。

 正直、それがめちゃくちゃ楽しかった。「やっぱ音楽は、いかにたくさん聴くかではなく、いかに深く聴くかだよなあ」と思いました。気に入った曲を、骨までしゃぶりつくすように何度も繰り返し聴いていた10代の頃に戻ったようでした。このことをきっかけに、僕はそれまでの「質より量」「ストックよりフロー」な生活を改めて、「好きな曲を好きなだけ聴く」というシンプルなスタイルに戻すことにしたのです。

 これが今年の年明けのこと。なので、もう半年以上が経ちました。実は、その後に読書という僕のもう一つの趣味についても似たようなスタイルの見直しをしたので、今の僕の生活はものすごくスローです。新しい情報には疎くなったけど、今のところそれで困ったことはありません。(現時点では)という但し書きつきではあるものの、一つの作品にかけられる時間が増えたぶん、今のスタイルの方が楽しいです。

 比喩ではなく事実として、僕はコニー・フランシスに人生を変えられたのです








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