ふやけた耳を叩きのめす
「未完成」という名のカウンターパンチ
2018年最大の衝撃作が、このアルバムでした。南ロンドン出身の3ピース、Honey Hahsのデビュー作『Dear Someone, Happy Something』です。
Honey Hahsは、ギターとピアノを担当するローワン、ベースのロビン、ドラムのシルヴィーという3姉妹からなるファミリーバンド。ローワンから順に16歳、13歳、11歳の、平均年齢わずか13歳という超若年バンドです。若いというよりも「幼い」といったほうがいいような年齢にもかかわらず、彼女たちは自分たちでオリジナル曲を書くばかりか、名門中の名門レーベル、ラフ・トレードと契約するという偉業を成し遂げました(ちなみに、ラフトレと契約したとき、一番下のシルヴィーはわずか9歳だったそうです)
ただし、僕が衝撃を受けたのは、彼女たちの年齢ではなく、あくまで音楽です。その魅力をひとことでいうと、異物感。聴き始めこそ「仲のよい少女たちが歌うフォークソング」といった牧歌的な印象をもちますが。耳を傾けるうちに「おや、なにかおかしいぞ」と気づくはずです。何かが決定的に欠けているような、これまでの常識では解釈しきれないような、そんな不穏な空気が漂いだし、胸がざわつき始めるのです。
なぜHoney Hahsの音楽は「ざわつく」のか?ポイントは2つあります。
1つはコーラスワーク。CDの帯には「姉妹ならではの息の合ったコーラス」というような文句が載っていましたが、僕はむしろ彼女たちのコーラスには、どこか舌足らずで調子が外れた印象を受けます。つまり、ある種の危うさをもっているわけですが、1曲目<Forever>に見られるように、その危うさがなんともいえない緊張感や寂寥感を生みだすのです。
もう1つはアレンジです。彼女たちの楽曲は、アコースティックギターとベースとドラムのみという、音数を絞ったシンプルなスタイルが基本。ですが、ところどころに他の楽器が顔を出します。<A Way>や<I Know You Know>で入ってくるトランペット。<River>の後ろで鳴ってるグロッケン。<Rain Falls Down>のドラムマシーンなど。こうした楽器のセレクトと使い方が、非常に洗練されています。
危ういコーラスとあか抜けたアレンジ。この2つの組み合わせが、「整っているのにどこかアンバランス」という、ちぐはぐさを曲全体にもたらしています。これが、呑み込めそうに見えて容易には呑み込めない異物感の正体なんだろうと思うのです。僕はアルバムを聴きながら、何度も「ロックの名曲をカラオケで歌ってる」というイメージを思い浮かべました。
フランク・ザッパやカート・コバーンが評価していたことで有名なThe Shaggs(シャッグス)というアメリカのバンドがいます。Honey Hahsの異物感について考えるとき、僕が連想したのはThe Shaggsでした(そういえばあのバンドもファミリーバンドだ)。
The Shaggsは、楽器未経験者ばかりのメンバーでいきなりレコーディングをしたという伝説のバンドで、できあがったアルバムは当然、演奏も曲も強烈に下手くそな代物だったのですが、産業化したロックに嫌気を覚えていた人たちには、逆にそれが音楽の原点を感じさせる純粋で貴重なものに映りました。
いかに効率的に聴衆を興奮させ、快感を与えるかだけに特化した、即効薬のような音に馴染んだ耳に「そうじゃねえだろ」と食らわせる強烈なカウンターパンチ。Honey Hahsの異物感もまた、The Shaggsと同じ一種のアンチテーゼとしてのインパクトがあると思うのです。
ただし、異物感はあっても彼女たち自身は決して異端ではありません。なぜなら、ロックとは本来アンチテーゼだったはずだから。Honey Hahsの3人は確かに若く、それゆえ未完成で未熟ですが、彼女たちのスタイルは既に完成されているのです。
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