週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

【ロック】80年代

MICHAEL JACKSON 『BAD』

bad





最高の、そしておそらく最後の
「スーパースター」


マイケル・ジャクソンが亡くなってしまった。
本当にショックだ。
今年から世界ツアーを始めるというアナウンスが本人から発せられたばかりだっただけに、
余計に悲しい(最初のロンドン公演が急遽延期になるというお騒がせも相変わらずだった)。
兄思いの妹ジャネットは今何を思っているのだろうと考えると胸が痛い。

多分、僕が人生で最初に出会った洋楽アーティストは彼だ。
「多分」と書いたのは、本当に幼い頃なので記憶が曖昧なのだ。
小学校に上がったくらいだろうか、とにかくまだ10歳にもなってなかった頃のことだ。

僕は<BAD>が好きだった。
しかし歌詞の意味が理解できていたはずはない。
「“BAD”ってナアニ?」と親に聞いていたくらいだ。

じゃあ何が好きだったかと言えば、ダンスである。
僕はレコードではなくPVが好きだった。
廃ビルみたいな地下鉄の駅構内みたいな、
とにかく薄汚れた場所でマイケルとダンサーたちが踊りまくるアレである。
やたらと細かくて素早い動き、独創的な振付。とにかくあのダンスに夢中になった。
僕にとってマイケルは「聴く」ものではなく「観る」ものだったのだ。

なんだか僕が異様にマセていたように見えるが、
現在20代後半から30代前半くらいの人にとっては決して珍しいことじゃないはずだ。
当時の小学生は小学生なりに、マイケルに洗礼を受けたのである。



YouTubeでPVを見て改めて思う。
マイケルのダンスはやっぱりすごい。
何年か前に、あるセレモニーのステージでマイケルとN’SYNCが共演したのを観たことがあるけれど、
当時ボーイズ・グループのなかでは飛び抜けてダンスが上手かったN‘SYNCも、
マイケルの存在感には叶わなかった。

彼のダンスは他人にはコピーできない。
ただ、それは単純な肉体の修練度の差だけではないと思う。
彼のダンスはいわゆる「ダンス」というよりも、ビートと肉体が密接に絡みついた、
ある意味洗練されていない原初的な身体表現なのではないか。
マイケルのダンスは彼の感性の塊であり、
他人の声や顔を真似ることができないのと同じように
彼以外にあのダンスは生み出せないのである。


個人的な思い出をもう一つ。
僕は小学2年生の時にアメリカに引っ越して、現地の学校に転入した。
アメリカ社会というのは、とにかく自分から発言し、自分の意思を明確に相手に伝えることを要求される。
小学生であってもそれは同じで、
黙っていても近くの席同士でなんとなく友達になれる日本とはクラス事情が決定的に異なるのである。
だから“shy”である人間はアメリカでは疎まれる。
日本で「あいつはシャイだ」というと、ちょっとした愛嬌と親しみのこもった表現になるが、
アメリカでは相手をバカにした表現なのだ。

僕は明らかに“shy”な生徒だった。
日本語でさえ上手く話すことが苦手なのに、
言葉が通じない人間たちに囲まれればどうしたって“shy”になってしまう。
英語が徐々に話せるようになるまで、僕は“shy”であることにじっと耐えなければならなかった。
う〜ん、よく登校拒否にならなかったものだ。

で、ちょうどその頃のことなのだが、ある時テレビでマイケルのインタビューを観た。
マイケルの喋っている姿を見たことがある人はわかると思うんだけど、
彼はいつも恥ずかしそうにはにかみながら、ポツポツと小さな声で喋る。
そんな彼に対し、インタビュアーが「君はshyだね」と言ったのである。
それはバカにした言い方ではなく、とても好意的な一言だった。
ステージ上の姿とのギャップに親しみを覚えたのかもしれない。

ある人間が同性愛であることをカミングアウトして、
それが他の同性愛者に勇気を与えるように、と言ったら大げさなのはわかっている。
だが、僕はあのマイケル(とそのコメント)に、ちょっとだけ救われたような気持ちになったのだ。
「そうか、マイケルもshyなのか。マイケル・ジャクソンがshyなら、僕もshyでいいんじゃないか」と。
同じ「shy村」出身だと知って以来、僕はマイケルに対してなんとなく親近感を感じてきたのだった。


最後に作品について。
僕がマイケルの作品で好きなのは『オフ・ザ・ウォール』(‘79)からこの『BAD』(’87)までの3作だ。
すなわちクインシー・ジョーンズが関わった作品である。
マイケルとクインシーは二人三脚で、
ポップなディスコチューンでありながらもブラックな棘をさりげなくちりばめた、
素人にも玄人にも波及性のある楽曲を量産し、
スーパースター「マイケル・ジャクソン」の黄金期を作り上げた。
あえて3作の特徴を分ければ『オフ・ザ・ウォール』はスイート、『スリラー』はポップ、
そして『BAD』はワイルド、という感じだろうか。
個人的な思い入れから今回は『BAD』を挙げているけれど、この3枚全てが必聴盤である。








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R.E.M. 『MUR MUR』

murmur





一人ぼっちなのは、
君だけじゃないんだ。


昨年後半にもっとも聴いたのが、先週紹介したザ・フー。
そして今年に入ってから僕が一番聴いているのがR.E.M.(アール・イー・エム)だ。
この『マー・マー』は彼らのデビューアルバムである。

R.E.M.は1980年にアメリカ南部、ジョージア州で結成された4人組のバンド。
現在は一人抜けて3人だが、四半世紀以上経った今もバリバリの現役であり、
2007年にはロックの殿堂入りを果たした。
特に評論家やミュージシャンからの評価が高く、
カート・コバーンやトム・ヨーク、デーモン・アルバーンなどをはじめ、
多くの後進たちがR.E.M.へのリスペクトを口にしている。
かの村上春樹もこのR.E.M.がお気に入りらしい。

とはいえ日本では、ニルヴァーナやレディオヘッド、ブラーたちに比べて、
どうもあまり浸透していない気がするのだが、それはファンのひがみだろうか。

確かにあまりキャッチーなバンドではない。
音が身体の奥底にまで沁み込むには、時間がかかるタイプのバンドだ。
だが、一歩その世界に踏み込むことができれば、
彼らの音楽はずっと一緒に寄り添える存在になりうるだろう。

R.E.M.はアルバムをリリースするたびに音楽性を明確に変えるので、人に勧める時には非常に迷うのだが、
一貫して共通しているのが、どこか静かに漂う優しさだ。
鼓舞するわけでもなく、かと言って安っぽく絶望を叫ぶわけでもなく、
傷跡にそっと触れるような、極めてパーソナルな部分をギュッと抱きとめる包容力に満ちている。

この『マー・マー』がリリースされたのは1983年。
前年にはあの『スリラー』が世界を席巻し、
同年にはカルチャー・クラブの『カラー・バイ・ナンバーズ』がヴィジュアルカルチャーの到来を告げ、
さらに翌年にはヴァン・ヘイレンが<ジャンプ>を収録した『1984』をリリースする。
本来サブカルチャーであったロックが大衆娯楽へと変わっていくのが、ちょうどこの80年代前半だ。
そんなエンターテイメント化するロックに馴染むことができず、
その隙間にポツンと取り残されるしかなかったのが、このR.E.M.である。

シンプルなメロディラインやドラムとベースの早いビート感などに見られるパンクの影響と、
米南部という土地柄なのか、カントリーミュージック的なアコースティックさが混ざり合ったR.E.M.の音楽は、
奇妙で独特で、上記のような同時代のアルバムと聴き比べると、いかに彼らが異端であるかがわかる。

マイケル・スタイプの歌声は、
英語圏の人でさえ歌詞が聞き取れないと言われるほどボソボソとして投げやりだ。
それは当時の音楽シーンのどこにも居場所が見つけられないという孤独と怒りの表れであり、
だからこそ自分の好きな音楽で自分の場所を手に入れたいという、ひたむきな祈りでもある。
彼らの奏でる不安と憂鬱さは、だからこそ澄んだように優しく響く。

音楽シーンの隆盛から一定の距離を置き、アンダーグラウンドなロックを切り開いたR.E.M.。
彼らの独自の進化の道は、やがて90年代初頭にニルヴァーナやレディオヘッドを生む
「オルタナ」への扉をこじ開ける。


R.E.M.が初めてテレビに出演した時の映像。演奏しているのはデビュー曲<ラジオ・フリー・ヨーロッパ>。
現在はスキンヘッドのマイケル・スタイプだが、まだこの時は髪の毛がフサフサしていて若々しい。

THE VASELINES 『THE WAY OF THE VASELINES ・ A COMPLETE HISTORY』

vaselines





男女ツインボーカルが織り成す“ゆるい”世界
ザ・ヴァセリンズの全曲集


イギリス・スコットランドのバンド、ヴァセリンズの全発表曲に
未発表の3曲を加えたコンプリート・ディスク。

ヴァセリンズの活動時期は1986年から89年にかけてだから、もう20年以上も前のバンドになる。
短いキャリアの中で残したスタジオアルバムはわずかに1枚しかない。
なので、シングル曲を含めて全音源を収録しても、このように1枚に収まってしまうのだ。

バンドの中心はユージン・ケリー(ボーカル/ギター、男性)と
フランシス・マッキー(ボーカル/ギター、女性)の2人。
男女のツインボーカルだ。
ユージンの独り言のようなボソボソした声と、フランシスの気だるいフワフワした声とが、
付かず離れずのゆるい距離感で絡み合う。
アンダーグラウンドな雰囲気と、60年代ポップスのような素朴さが同居している、
とてもユニークな味わいのあるバンドだ。

イギリス地方都市グラスゴー生まれの、キャリアも短いヴァセリンズが、
多くの人に認知されるようになったのは、ニルヴァーナの影響が大きい。
カート・コバーンは「生涯最高のバンド」としてヴァセリンズを挙げており、
実際に<SON OF A GUN><MOLLY’S LIPS>といった曲をカバーしている。
僕自身もニルヴァーナ経由でヴァセリンズと出会った一人だ。


ニルヴァーナに触れたことで話をちょっと脱線。

世の中にはロックの歴史に名を刻む、いわゆる「ロックの名盤」と呼ばれるものがたくさんあるけれど、
ザ・フーの『マイ・ジェネレイション』にしてもツェッペリンのファーストにしても、
そのほとんどは僕が生まれる前に発表されたものばかりで、
できればリアルタイムで聴いてみたかったな、と夢想することが多い。
洋楽雑誌とかで「『サージェント・ペッパー』で歴史が変わった!」なんていう記述を目にすると、
「ケッ、どうせ俺は生まれてねえよ」と悔しくなる。

そういった意味で言うとニルヴァーナの『NEVER MIND』(’91)は間違いなく、
僕がリアルタイムで聴けるロックの名盤だった・・・はずだった。
僕は当時、このアルバムを完璧に“スルー”したのだ。

以前オアシスの項で触れたように、当時まだ洋楽を聴き始めたばかりの僕は、
ポップメタルバンドに目を奪われていて、ニルヴァーナのガーガーした感じが好きになれなかった。
だから、みんながギターで<Smells Like Teen Spirit>のイントロのリフを弾いている横で、
僕はボン・ジョヴィの<Livin’ On A Prayer>を練習していたのだ。

問題は、
「好きにはなれないのだけれど、ボン・ジョヴィよりもニルヴァーナの方がカッコイイのはなんとなくわかる」
ということだった。
アイツはイヤな奴だけど俺よりモテるのは認めよう、みたいな切ない敗北感は、
その後もしばらく尾を引いた。
では、どうしてこの「ニルヴァーナ・コンプレックス」が解消されたかと言うと、きっかけはヴァセリンズだった。

カート・コバーンは自身のルーツとしてヴァセリンズを挙げているけれど、
実はこの2つのバンドはあまり似ていない。
ヴァセリンズの楽曲はオーソドックスなギターポップであり、
せいぜい割れたギターサウンドに、多少ニルヴァーナとの共通点がうかがえる程度だ。

だが、ヴァセリンズを聴いた後に改めてニルヴァーナを聴いたら、思わず心の中で叫んでしまった。
「なんだこれ、メチャクチャかっこいいじゃないか!」。
ヴァセリンズを聴いたことで、ニルヴァーナのローファイなサウンドに隠れていた、
実はメロディアスな一面であったり、カートの歌声の独特な味わいであったり、
とにかくそれまで気付かなかった魅力が瞬く間に全身に鳴り響いたのだ。

なんだかこう書いていると、まるでヴァセリンズが、
ニルヴァーナを知るためのツールに過ぎないかのようだが(きっかけは確かにそうだったけど)、
もちろんそんなことはない。
ニルヴァーナを聴いた後、再度ヴァセリンズへ戻ると、
これはこれで以前よりも奥行きをもって聴こえるから不思議である。
あえて言えば、僕はポップでゆるく、どこかメランコリーなヴァセリンズの方が耳にフィットする。

違うバンドや別のアルバムを聴くと、相対的にこれまで気付かなかった側面に光が当たって、
新たな魅力を感じ取れるようになったり、双方がますます好きになったりする。
音楽はこういうことがあるからおもしろい、と思う。




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the sugarcubes 『life’s too good』

life's





ビョークという「楽器」を取り込んだ
洗練されたロックバンド


かつてビョークが10代の頃に組んでいたバンドkukl
2枚のアルバムを出して活動を休止した後、
同じメンバーが母体となって結成されたのがthe sugarcubesだ。
1988年にリリースされた『life’s too good』は彼らのファーストアルバムである。
 
聴いてすぐに驚く。
あのkuklとはまったく違って、ものすごくポップなのだ。
『life’s too good』というアルバムタイトルもなんだかとても前向きだし、
そもそもバンド名からしてポップでかわいらしい。
これが本当にあのkuklと同じ人たちなのか?とにわかには信じがたい。

全体としては、まずギターサウンドが前面に出されたことで、ロックさが増したことが目立つ。
独特の無国籍なグルーヴは健在だ。
相変わらずさまざまな楽器、民族的なフレーズも使われている。
だが、kuklではそれらを破壊的なまでに多用していたのに対し、
sugarcubesではあくまで楽曲を構成するツールのひとつとして、実に垢抜けた使い方をしている。
sugarcubesは、kuklの持っていた呪術性を神秘性へと昇華させた、
洗練されたオルタナティブロックバンドなのだ。


このアルバムは全17曲入り。
そのなかで1曲を選ぶなら、僕は3曲目に収録された、
このバンドのデビューシングルでもある<Birthday>を挙げたい。すばらしい曲だ。

バラードのようにも聴こえるし、ライブでは必ず盛り上がるロックチューンにも聴こえる。
重低音をきかせたドラムのシャッフルに、不思議な音色をした管楽器が乗って、何ともいえない浮遊感がある。
そして、ビョークのボーカルだ。
ささやくように優しく、泣き叫ぶように切なく、魂を揺さぶる。
もし僕に耳がなかったとしても、彼女の歌は聴くことができる気がする。

なんて魅力的で不可思議なアーティストなのだろう。
ビョークは単なるボーカルという概念を超越している。
彼女の歌声は、巧拙という次元を超越した、地上でただ一つしか存在しない楽器のようだ。


アルバムには他に、モッズっぽい<motorcrash>やハードロックな<coldsweat>
ニューエイジっぽい<I want…>など、ロックという大枠のなかでも奥行きがある。
ボーダレスなところは、『Debut』以降のビョークにも見られるが、その質は少し違う。
sugarcubesはやはり「バンド」なのだ。

2006年11月、sugarcubesは一晩だけ再結成をした。
この<Birthday>リリース20周年を記念して、まさにBirthdayを祝福すべく、
ビョークはじめ当時のメンバーが、故郷であるアイスランドのライブハウスに集った。

You Tubeにアップされているその時の映像を見ると、
sugarcubesがビョーク+他のミュージシャンなどではなく、一つのバンドであることが感じられる。

現在の彼女が持つボーダレスさ、縦横無尽さはソロという身軽さが可能にしていることだ。
だがバンドとなればフットワークは鈍る。
彼女の歌声をバンド全体で解釈し、一つの楽器として取り込んでいかなければならないからだ。
しかしその試行錯誤が、ソロでは味わえないビョークの魅力を引き出していることは確かだ。

もし、現在のビョークしか聴いたことがないのなら、このsugarcubesをぜひ一度試していただきたい。








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kukl『The Eye』

The Eye





一度聴いたら呪われる
恐怖のサウンド


kuklと書いてクークルと読む。
『The Eye』はkuklのファーストアルバム。リリースは1984年。

このバンド、ご存知だろうか。
あのビョークが10代の頃に組んでいたバンドだ。
kuklは同年に2枚目のアルバム『Holiday In Europe』を出して活動を休止する。
ビョークはその後、kuklを母体としてthe sugarcubesというバンドを結成。
数年間活動した後、93年にソロ名義で『DEBUT』をリリースする。
※厳密に言えばこのアルバムはソロデビュー作ではない。
 彼女はわずか11歳のときに、すでにソロ名義で『bjork』というアルバムをリリースしている。
その後の活動は周知の通りだ。

ビョークは実にさまざまなジャンルの曲を歌う。
だが、どんなタイプの曲を歌おうが、印象が雑多になったり、存在感が薄まることはない。
逆に、どんなジャンルの音楽も彼女の歌声にかかれば「ビョーク」になってしまうのが、
彼女のすさまじいところだ。

sugarcubes、そしてkuklはそんなビョークのルーツであり、彼女のファンならずとも必聴
・・・と言いたいところだが、このkuklに関しては人に勧めるのを躊躇ってしまう。


この『The Eye』を聴いた時の衝撃をどんな言葉で形容できるのか。

「革新的」「アバンギャルド」などといった評価があることはすでに知ってはいた。
が、そんな“生易しい”言葉で足りるだろうか。
僕のなかにあった「革新的」という水準、「アバンギャルド」という概念をはるかに超えて衝撃的だった。

とにかくまず、何と言うか、呪術的なのだ。
曲という曲に、太鼓や笛といった民族楽器が多用されている。
子供の頃、アフリカやアマゾン奥地の民族、
あるいは日本の地方土着の祭礼を見て、恐れを感じたことはないだろうか。
kuklの霊的な民族楽器の音色は、あの類の本能的な恐怖心を掻き立てる。
さらにそこへドラムやベース、ギター(当然ながら奇妙な音に加工されている)が加わることで、
リズムは混迷し、フレーズは溶け、およそ譜面化できそうもない音楽となる。
一体どうやってこんな曲を作るのだろうか。

さらにこのkukl、メインボーカルはビョークなのだけれど、
もう1人、スキャットともラップとも呼べない、狂言回しのようにリリックを喋る男性ボーカル、アイナーがいる。
ビョークとアイナーの掛け合いが随所に出てくるのだが、とにかくまあ2人が絶叫する。
シャウトではなく、「絶叫」だ。
kuklを聴いた後だと「アナーキー・イン・ザ・UK」なんてちっともアナーキーに聴こえない。
これぞまさにアナーキー。まさにカオス。
夢野久作の『ドグラ・マグラ』を思い出す。

アルバム全体に漂う呪術性と民族性。
それでいて特定の文化や民族、地域をイメージできない無国籍性。
こんな、独特すぎるほど独特な音楽が、25年以上も前にあったなんてことを、どう解釈すればよいのだろう。

ただ、このkuklという音楽性が、そしてビョークというアーティストが、
アメリカでもイギリスでもなく、アイスランドで生まれたのは納得できるかもしれない。
彼らの音楽には、マジョリティのカルチャーの中からは決して生まれ出ることのない、
マイノリティゆえのアイデンティティの強さが感じられる。

興味ある方は(覚悟のうえで)一聴を。








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