週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

【ロック】90年代

L⇔R 『Singles & More』

_SX355_

14歳の頃よりも
今のほうが彼の音楽が好き


中学2年で初めてギターというものを手に入れたとき、僕にはまだ、
「ギターという楽器はコードをジャカジャカかき鳴らすか、
指を魔術のようにくねらせながらティロリロ弾くもの」

という程度のイメージしかありませんでした。

そのイメージを最初に変えたのが、L⇔Rでした。
彼らの代名詞となったミリオンセラーシングル、
<Knockin' On Your Door>のバンドスコアを開いてみると、
そこにはコードをひたすら弾く単純なものでもなく、
かといって、記号だらけで見るからに「無理!」と投げ出したくなるようなものでもない、
単音をベースとしたシンプルな譜面がありました。

当時の僕の知識といえばフォークギターの教本(のサワリ)しかなかったので、
コードを弾くときはピック、単音を弾くときは指という思い込みがありました。
なので、「単音をピックで弾く」ということ自体が新鮮でした。

そしてさらに衝撃的だったのは、CDを聴いても、
この譜面に書かれているはずの音が聞き分けられなかったことでした。
「エレキギターの音はギュイイインと歪んでるはず」という(これまた)思い込みがあったので、
まさかこのクリアーに澄んだ音がギターの音だとは予想していなかったのです。

じゃあ最初からその音や弾き方に夢中になったかというと、実はそういうわけでもなく、
「目立たないし地味だし、ギターのくせになんか弱っちいな」という半信半疑な気持ちのまま、
なんとなくCDに合わせて弾いていたのでした。
ただ、単音のアルペジオは当時の僕には練習しやすくて、
<GAME>も<BYE>も、その頃のシングル曲はだいたいスコアを買って弾いていました。
<DAY BY DAY>は、曲を聴くよりも先に楽譜を買って歌メロを自分で弾いて、
それを後から実際のCDで確認する、なんてことをしました。

とにかく、僕がギターを通じて音楽を吸収し始めた最初期の頃に、
「メロディは好き」「ギターはよくわかんない」という不思議な距離感のまま、
知らない世界を開いてくれたアーティストが、L⇔Rだったのです。


昨年12月に黒沢健一が亡くなって、僕は20年ぶりくらいにL⇔Rを聴きました。
懐かしさを感じるかと思いきや、むしろ新鮮で、
初めて本当にL⇔Rを聴いたかのような驚きがありました。
<Lime Light>の分厚いドラムとベースには鳥肌が立ち、
<Nice To Meet You>のイントロのシタールには思わずニヤリとしました。
「えっ?俺は昔こんなにかっこいい音楽を聴いていたのか?」と、
今現在の僕の感覚としてL⇔Rの音楽に興奮したのです。

でも、本当に驚いたのは、彼らがブレイクする前の曲にまでさかのぼって聴いたときのことでした。
彼らは一度レコード会社を移籍しています。
一般に知られる彼らの楽曲は、1994年にポニーキャニオンに移籍して以降のもの。
僕が今回聴いたのはその前の、ポリスター在籍時の楽曲を集めたベスト盤『Singles & More』です。

ポニーキャニオン時代の曲でさえも、
今聴けば彼らがものすごく(古い)洋楽志向の強いバンドだったことがわかりますが、
ポリスター時代の曲はさらに振り切っています。

<Bye Bye Popsicle>の12弦ギターや、
モロにフィル・スペクター<Now That Summer Is Here>
(この曲、一瞬<Good Vibrations>のフレーズが流れますよね?)
<Lazy Girl><(I Wanna)Be With You>なんて、
メロディの感じとかファルセットとかめちゃくちゃビーチボーイズじゃないですか。


「60年代ポップスの体現」という点でいえば、
黒沢健一こそ大滝詠一の後継者だったのでは?と思っちゃいます。
実際、このベスト盤の前半の曲がそのまま『EACH TIME』に入ってても違和感なさそう
音楽的バックグラウンドをそのまま自分流にアレンジして再現できるだけでなく、
それを自分自身の声で表現できるシンガーであるという点も、両者は似ています。

黒沢健一はL⇔Rの活動休止後も音楽活動を続けていました。
You Tubeで何曲か聴いたけど、どれも素晴らしかったです。

※この曲なんてポール・マッカートニーの生まれ変わりか?という感じ


元Spiral Lifeの石田ショーキチやスピッツの田村明浩らと組んだバンドMotorworksもかっこよかった。
なんで僕は20年も彼のことを無視していたのでしょう。
後悔しても遅すぎるのはわかっていますが、悔しいです。


14歳の頃、僕はL⇔Rの音楽がどういうバックグラウンドを持っているかまではわかりませんでした。
彼らの音楽を好きだったとはいえ、それは「なんとなく」という括弧つきのものであり、
正確には「好き」というよりも「気になる」というような距離感だったと思います。
だけど、当時聴いていた他の音楽はほとんど忘れてしまった中で、
L⇔Rの音楽はなぜか今でも歌えるし、今でもギターで弾けます
その理由を、20年経って改めて聴いた今、納得しています。

僕は当時よりも今の方が、L⇔Rが好きです








sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

RAMONES 『Adios Amigos』

43994555

「大人」になんか、なるもんか

セックス・ピストルズもいいけど、クラッシュもいいけど、ダムドも最高だけど、
でも、数あるパンクバンドの中で結局誰が一番好きなのかと聞かれれば、
僕は迷わず「ラモーンズ」と答えます。

1974年ニューヨークで結成。
全員が「ラモーン」というステージネームを名乗るこの4人組は、
アメリカ国内のみならず、ピストルズやクラッシュなどイギリスの後進たちにも影響を与え、
その後の世界的なパンク・ムーブメントの礎を築きました。

ラモーンズの魅力は、なんといってもそのシンプルなスタイルです。
ドラムのリズムは基本的に全部8ビートで、ギターもダウンピッキングオンリー。
難しいことは一切なしです。
多分、楽器初心者でも彼らの曲なら1週間くらいで弾けるようになるでしょう。

それに、どの曲も3コードが基本で、多くても5つか6つくらい。
構成する和音が限られてるということは、どうしたって似たような曲ばかりになるということですが、
ラモーンズはそんなこともおかまいなし!
もうどれがどの曲なんだかCD聞いててもたまにわからなくなるのですが、そんなところも彼らの魅力。
ファンは彼らのことを敬意を込めて「偉大なる金太郎飴」と呼びます。

さらに、どの曲も超がつくほどの高速テンポ。
ニューヨークパンクの震源地となった伝説的ライブハウス「CBGB」にラモーンズが初めて出演したとき、
彼らは16分という持ち時間の間に、なんと12曲も演奏したそうです(12分で16曲という説もある)。

彼らが登場した70年代半ばは、プログレッシブ・ロックや初期メタルといった、
重厚長大で演奏難度が異様に高い音楽の隆盛期でした。

そこへ現れたラモーンズ。
セリフをあてるとすれば、「難しいこと考えずにガーッとやりゃいいんだよ!」というような感じでしょうか。
実際、ギターのジョニー・ラモーンは
「誰でもすぐに演奏できるようなロックが作りたかった」
という趣旨の発言をしています。
かのシド・ヴィシャスは、ラモーンズのレコードを聞いてベースを練習したというエピソードも残っています。
ロックが技巧化、産業化し、
アーティストとリスナーとが見えない敷居で分かたれるようになってしまった時代に、
ラモーンズは文字通り風穴を開けたのでした。


ラモーンズはホントいいですねえ。どう言えばいいのかわからないくらい、好きです。
なんというか、ロックの一番楽しい部分を体現する、そんなバンドだと思います。
彼らのさらに素晴らしいところは、上記のような「ザ・初期衝動」とも呼ぶべき荒々しいスタイルを、
最後の最後まで貫いたところです。

彼らの最後のスタジオ収録盤は95年リリースの『Adios Amigos』。
95年という時代にラモーンズがまだ現役を張っていたという事実にも驚きですが、
その音楽自体もデビュー作『ラモーンズの激情』の頃から何ら変わっていません。
相変わらずうるさいし、相変わらず速い!このブレなさに僕は圧倒的信頼を寄せます。

この『Adios Amigos』の1曲目に<I Don't Want To Grow Up>という曲が入っています。
元はトム・ウェイツの曲なのですが、まるでラモーンズのために書かれたかのように、見事にハマっています。
何と言ってもタイトルがいいです。
「大人になりたくない」。
これはまさにラモーンズの生き様そのものを表しているように感じます。



<I Don't Want To Grow Up>Video







sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ

Theピーズ 『リハビリ中断』

pees1




どん底で、後ろ向きで、最高のロック

邦ロックバンド、Theピーズ。
キャリアは今年ですでに24年。
その間、大きなヒットには恵まれず、幾度ものメンバーチェンジがあり、活動休止も一度経験している。
かなり“傷だらけ”のバンドだが、彼らのロックは紛れもなく本物だ。

脳ミソが邪魔だ 半分で充分 
見えるもんだけが全てでいいんだ
「とりあえず今日も死んでない」それくらいわかればいい 
脳ミソ半分取っちまいたい


―これはアルバム『どこへも帰らない』(1996)に収録されている
<脳ミソ>という曲の一節である。
投げやりで、どん底で、自虐的。徹底的に後ろ向きなのがピーズの世界だ。
だが、彼らの曲はいつも大事な何かを伝えようとしている。
鋭い言葉のナイフで、虚飾も外聞もない、むき出しの感情が切り取られている。
それを嗅ぎ取るたびに、僕はドキッとするのだ。

曲を書いているのはボーカル/ベースの大木温之(通称ハル)。
ハルの詞は僕にとって、一つの大きな指標である。
常に唯一無二の存在感を示し、不変の位置から「ロック」という広大で茫漠とした世界を照らしている。
前回書いたボブ・ディランと同様に、ハルもまたその影響を受けずにはいられない詩人である。

だが、それにしても、ピーズの魅力を、
その音楽から受ける感覚や感情を、文章で表すのはひどく難しい。
というよりも、そもそもロックという音楽自体、
「それがいかに良いか」ということを誰にでもわかるように説明することは、
ほとんど不可能じゃないかと(開き直るようだが)思う。
これは別に「音楽は言語化できない」という一般論ではなく、
ロックという音楽の本質からくる問題なのだ。

少々カタい話になるが、ロックを含めポピュラーミュージックとは、
現代社会における個人の葛藤や、抑圧からの脱出をテーマに据えた音楽である。
愛や、友情や、不安や、そういった「個」の感情を、音に直していこうという営みが、
半世紀以上にわたってポピュラーミュージックを進化させてきた。
しかし、個の感情(自我)とどう向き合い、どう抽出するかという方法論は、ジャンルによって異なる。
とりわけ、ポピュラーミュージックの双璧であるロックとポップスは対照的だ。

ポップスはその名の通り(popular)、ある感情や人生のワンシーンを、
最大公約数的表現に直す音楽である。
性別や年齢や立場の違いを超えて多くのリスナーをカバーできるが、
その反面、往々にしてリスナーの内面の深いところにまでコミットすることは少ない。
要は、広く浅い。

一方ロックは、狭くて深い。
ロックの主眼は「個」の追究と、どこまでそれをさらけ出せるかに置かれている。
ポップスのように誰にでも当てはまる共通項を抽出するのではなく、
「自分が自分である理由」を追い求め、オンリーワンの表現を目指すことになる。
いわば素数的表現(そんな言葉は無いと思うが)なのである。
別の言い方をすれば、ポップスは情景を歌い、ロックは意志を歌う、ということになるかもしれない。

だからロックは、そこで歌われている「個」に呼応する感性なりバックグラウンドなりが
聴き手にも備わっていなければ、まったく響かない。
感情移入の入口は、全てのリスナーに開かれているわけではないのだ。
逆に言えば、もしピンとくるロックと出会えたならば、
それは偶然などではなく、然るべき縁によって導かれた親友同士の邂逅に他ならない。
とは言え、ただ聴くだけで「個」のあり方が問われる音楽なのだから、
それをさらに他人に説明することなどは至難の業である。
「ロックを説明する」ということは、そのリスナーの(この場合は僕の)感性や、
世界への向き合い方、人生観、そういったものを共有すること無しには本来できないものなのだ。

以上はかなり極端且つ大雑把な論理であるし、例外もたくさんあることは百も承知である。
それに、そもそもアートとは基本的に触れる者の個性に応じて
さまざまに形を変える(人それぞれに受け取り方が変わる)ものである。
だが、ピーズのような、特に言葉に直すのが難しい音楽と出会うと、いつもこういうことを考えるのである。

ピーズにはハルともう一人、安孫子義一(通称アビ)という固定のギタリストがいるのだが、
彼は99年の活動休止の直前にほんの一時期だけバンドを抜けてしまうのである。
オリジナルメンバーはもうハル一人しか残っていない。
そのような時期に作られたアルバムが『リハビリ中断』である。
おそらく喪失感やら敗北感やらでまさにどん底の状態だったのだろう、
このアルバムの曲の歌詞はいつにも増して暗い。
だが僕はこのアルバムが一番好きだ。
一番暗いけど、一番好きだ。


『リハビリ中断』の一作前のアルバム『どこへも帰らない』に収録されている<底なし>。
『バースデー』でも使いました。

oasis 『(What’s The Story) Morning Glory?』

morning glory






出来の悪い兄弟2人
見守るファンはもはや母親気分


たとえば通勤電車の中とか食事中とか夜寝る前とか、
生活のなかで音楽を聴く状況・場面というものが人それぞれあると思うのだが、
僕の場合、料理をするときというのが音楽が欠かせないシチュエーションのひとつなのである。
料理をするときは、まな板と包丁を用意することでも食材を冷蔵庫から取り出すことでもなく、
まずCDを選ぶところから始まるのだ。
・・・というといかにもオシャレ風だが、
作るのは大抵肉じゃがとか野菜炒めとかモロに男の一人暮らしメニューなのであって、
別にショパンを聞きながらビーフシチューをトロトロ煮込むとか、
AC/DCを聴きながら肉を豪快に焼くとか、そういうことではない。

で、こないだ料理中のBGMとして、
久々にオアシスの『モーニング・グローリー』を聴いた。
懐かしい。
1995年のアルバムなので買ったのは僕が中学生のときである。
ずい分前に『ディグ・アウト・ユア・ソウル』を紹介した際に「高校1年生」と書いていたけれど、それは僕の勘違い。
中3です、中3。

だが、衝撃を受けたのは事実。
それまでは少なからず同級生への「見栄」として洋楽を聴いていた僕が、
ちゃんと「音楽」として洋楽、そしてロックを聴き始めるようになった1枚である。
仮に僕の持っている全てのCDを聴いた順、影響を受けた順に樹形図にすると、
このアルバムがおそらく一番てっぺんか、
そうでなくとも極めて上位に位置することになるんじゃないか。

その『モーニング・グローリー』を久々に聴いたのである。玉ねぎを炒めながら。
僕が料理中に音楽を聴くのは完全なる習慣にすぎないのだが、
そうやって適度に音楽以外のものに神経が注がれている方が、
じっくりスピーカーに集中するよりもむしろ深く聴き込めたり、新たな発見があったりして、
これはこれで音楽を聴く条件としてはある意味理想的な部分もある。

今回の場合も、『モーニング・グローリー』の持つ不変のかっこよさに心震えつつも、
以前はその存在感の薄さゆえにあまり気に留めていなかった、
<キャスト・ノー・シャドウ><シーズ・エレクトリック>といった曲の鋭さ、美しさに開眼した。
改めて良いアルバムだなあとしみじみ思った。

先日行われたブリットアワードで、本作は「過去30年間のベストアルバム」に選出された。
オアシスは94年のデビューアルバム『デフィニトリー・メイビー』と本作で、
ビートルズを超えるセールスを叩き出し、
ブラーとともに90年代のブリティッシュカルチャーの旗頭となった。

そして、遠く離れたここ日本でも、オアシスは瞬く間に、そして確実に浸透していった。
直撃をもっとも激しく受けたのが、当時中高生だった僕らの世代である。
僕のようにオアシスでロックに出会った人、
オアシスがきっかけでギターを始めた人、
初めてカラオケで洋楽を歌ったのがオアシスという人、
そして、好きな洋楽バンドは未だに、結局、オアシスという人。
今20代後半から30代前半にはそういう人がめちゃくちゃ多い。
オアシスはイギリスだけでなく、僕らにとってもアンセムなのである。

そんなオアシスもノエルが抜けて解散?活動休止?しちゃいましたね。
しかしノエルの脱退なんてオアシスの歴史を振り返れば珍しくもなんともないことであり、
未だに解散なんて冗談じゃないかと思っているのは僕だけでしょうか。
ただまあ、現時点では最後のアルバムとなってしまった
前述の『ディグ・アウト・ユア・ソウル』がとても良いアルバムだったので、
ファンとしては一応納得はできる。
・・・とはいかないまでも、気持ちはとりあえず慰めることができる。

しかし40歳になっても殴り合いの喧嘩が絶えないギャラガー兄弟は、
しょうもないを通り越してラディカルというか、ぶっ飛んでますね。
ある意味そこさえもロック。
ファンは2人の兄弟喧嘩に時に振り回され、時に「またか」と呆れ、
仕方ねえなあ」と言いながらずっと付き合ってきたのだ。
まるで親の気持ちなのである。
そういう意味でオアシスは、メンバーの過激な言動やスキャンダルとは裏腹に、
とても“家庭的”な匂いのするバンドだと思える。
ステージ上からオーディエンスを、
古代国家の帝王のように睥睨するリアムを見ても、
ファンの多くは「なんだか可愛い」と思ってしまうのである。

ちなみに僕が『モーニング・グローリー』を聴きながら作っていた料理は、ミネストローネでした。
やっぱりロックな料理ではないですね。
でも家庭的な感じはオアシス的、でしょうか。


<She's Electric>







sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

FOUNTAINS OF WAYNE 『FOUNTAINS OF WAYNE』

fow
パッと見“地味”だけど
聴けばきっと好きになる


 メガ・セールスを記録したわけでもなく、見た目にインパクトがあるわけでもなく、マイナーというほどではないものの、なまじ知名度があるせいでかえって地味な印象を与えてしまうバンド。そんなファウンテインズ・オブ・ウェイン(以下FOW)が僕は大好きだ。

 FOWはアメリカの4人組ロックバンド。デビューは1996年だが、最初のヒット曲に恵まれたのは2003年で、ようやくというか今更というか、デビュー後7年も経ったこの年にグラミー賞の「最優秀新人賞」にノミネートされる(されてしまう)。こんなトホホなエピソードもあるが、本人たちはいたってマイペースに活動を続けており、今日に至るまで4枚のオリジナル・アルバムと1枚のレア・トラック集を発表している。

 バンド名をタイトルに冠したこのアルバムは、96年リリースの彼らのデビュー作。評価は決して低くない作品なのだが、『オディレイ』(ベック)や『モーニング・グローリー』(オアシス)といった同時期の名盤と比べると、ほとんど忘れ去られているといっていい(先日ワゴンセールのなかに見つけて悲しくなってしまった)。もっとも、それも無理からぬ話で、確かに今聴き直してみても「地味だな〜」と思う。

 ただし、もちろん「地味=質が低い」ということではない。むしろどの曲もデビュー作とは思えないくらいポップに洗練されている。メロディはバラエティに富んでいるし、アレンジだってすごく良い。ただ全体として「大人しい」だけなのだ。クラスに必ず一人はいる「見た目は地味なんだけど、話してみると面白い奴」みたいに、最初の印象に惑わされてしまっては、FOWというバンドを深く味わうことはできない。

 彼らの音楽は、ディストーション・ギターの歪んだ音色とシンプルな歌メロをかけ合わせた、オーソドックスなギター・ロック。パワー・ポップやグランジからの影響はうかがえるものの、アコースティック・ギターや鍵盤を効果的に取り入れていたり、コーラスを細かく使い分けていたりしていて、一通り聴くとむしろビートルズに近いような印象を受ける。

 このファーストは、実質的にはボーカルのクリスとベースのアダムだけでレコーディングされた(残りの2人はレコーディング後に加入)。たった2人という制作体制のせいか、複雑なことには手を出さず、ひたすらメロディとアレンジだけで勝負しているようなところがある。そのあたりが地味に思われてしまう所以なのだが、逆に僕はその手作り感と潔さを猛烈に支持したい。

 前回エルボーでも書いたが、音楽が音階の連続で表現されるものである以上、結局のところ聴く者の心を打つのは、何よりも美しいメロディなのだろう。ビートルズがなぜ時代を超えて聴き継がれているのかといえば、彼らが良いメロディを量産したという一語に尽きるのである。

 インパクトには欠けるし、目新しさもないし(むしろ歌詞なんかちょっと古臭い)、だけど彼らFOWを聴いていて「いいな」と感じるのは、きっとそういうことなのだ。


演奏するFOW。曲は<Sink To The Bottom>

The Beatles 『ANTHOLOGY 1』

anthology1





最初に聴いてはいけない?
試行錯誤する4人が記録されたデモ音源集


先週の水曜日、9月9日に全オリジナルアルバムのデジタル・リマスター盤が
世界同時リリースを迎えたビートルズ。
午前0時の発売開始に合わせて店頭に行列ができたり記念イベントが開催されたり、
新たなトリビュート盤が発表されたり特集番組が放映されたりと、
解散後40年近く経ったグループとは思えないような盛り上がりを見せている。

この機会にこれから“The Beatles”を聴いてみよう、という人も多いはず。
だがそうなると難しいのが、「どのアルバムから聴けばよいのか」というシンプル且つ切実な問題である。

当たり障りなく『1962〜1966(赤盤)』『1967〜1970(青盤)』や
『1』あたりのベスト盤から聴くのが妥当なのだろうが、これらはあくまで「サワリ」の部分に過ぎない。
イントロだけを聴いて満足してしまうのはあまりに勿体ないと、
ファンとしては身悶えするように思うのである。

かと言っていきなり『THE BEATLES(ホワイト・アルバム)』や『ABBEY ROAD』から入っていくというのも、
暴挙というと言い過ぎだが、チャレンジングすぎる気がする。
両アルバムはビートルズの軌跡を順に追っていってこそ初めて真価が味わえる作品だ。
お酒を飲んだことのない人にいきなりビンテージもののウイスキーを飲ませても、
味がわかるどころかむしろ拒絶反応を起こしてしまうように、
聴く順番を間違えたことでビートルズそのものを放棄してしまいかねない。
これはこれでやはりファンとしては身悶えする。

ビートルズの素晴らしさ、それはやはり曲の美しさ、曲に込められたアイディアの豊かさである。
そして同時に、アルバムごとに変遷する音楽性の変化とその振れ幅の巨大さ、
つまり「ビートルズ」という名の物語の奥深さである。
200曲以上の公式発表曲一つひとつが異なる輝きを放っており、
そして全てが物語に欠かせないピースなのである。
それゆえベスト盤などは所詮上っ面でしかなく、後期のアルバムから聴いても冗長に感じてしまうのだ。


僕自身も苦い経験がある。
1995年、『アンソロジー1』という2枚組のアルバムがリリースされた。
目玉はジョンの遺したボーカル音源に他の3人が加わって作られた
ビートルズ名義での“新曲”<Free As A Bird>が収録されたことで、
確か本国イギリスでは予約だけで売上記録を塗り替えたかなんだったか、
とにかく鳴り物入りでリリースされたアルバムだ。
当時僕は中学生、「洋楽」そして「ビートルズ」というものへの興味が急速に湧き始めていた頃だったので、
期待に胸を高鳴らせてこの『アンソロジー』をCDプレーヤーにセットしたのである。

だが、いざ聴いてみるとガッカリだったのだ。
なんだか音は汚いし、誰なのかよくわからない人の喋りが入っていたりするし、退屈だったのである。
実は『アンソロジー』というのは活動初期の未発表テイクやレアなライヴ音源ばかりを集めた、
要はマニアは大喜びだけど、ビギナーには退屈極まりないという代物だった。
だが、そんなことは知る由もない僕は、
大人たちがあんなに盛り上がってるビートルズというのはこんなものなのかと急速に熱が冷め、
結局その後数年間にわたってビートルズを投げ出してしまったのだ。

聴く順番を間違った。
それはそうなのだが、それ以前に僕は多分、
実際の音を聴く前から「ビートルズ」というものへの期待や思い込みを
無意識のうちに育てすぎていたのだと思う。
巨大であるがゆえに、肝心の音楽よりも伝説や功績に触れる機会の方が多いのがビートルズだ。
前評判が異様に高ければ、それだけ自分のなかに見当ハズレな幻想が膨らんでしまう。
僕が『アンソロジー』1枚を聴いただけでビートルズそのものを諦めてしまったのは、
期待との落差が激しすぎたからで、アルバムが悪かったからではないのである。

「ビートルズ」という看板の大きさ、そしてそこから生まれる過剰な期待や思い込み。
後発世代の僕らがこれからビートルズを聴こうとするときにもっとも厄介なのは、
聴く順番よりもむしろそういったものなのではないかと思う。
(この文章もそういった期待を煽ることに一役買っているかもしれないと考えると心苦しいのだが)

フォローをするわけではないが、『アンソロジー1』はものすごく面白い。
ビートルズを知った上で聴けば、という条件付になるのだが、めちゃくちゃ面白い。
 
特に目を(耳を)引くのが多数収録されたデモ音源で、
ここにはそれぞれの曲が完成する前の姿、
つまり4人がスタジオで試行錯誤している過程が記録されているのだ。

例えば<Eight Days A Week>のイントロやコーラス、
<No Reply>のアレンジやリズムは、
制作段階のものと公式に音源化されているものとではまったく違っていたことを知ることができる。
さらに、はるか後年『LET IT BE』に収録された<One After 909>がすでに初期の時点で完成していたり、
ジョージの持ち歌<Roll Over Beethoven>をここではジョンが歌っていたりと、
新たな発見に満ちた音源がびっしりと詰まっている。

次回はまた別のビートル・マニア向け音源『Live at the BBC』を紹介しながら、
今回のデジタル・リマスター盤に関するレビューと、
結局のところどのアルバムから聴けばよいのか、について書きたいと思います。


<Free As A Bird>のPV。これはビートルズ解散後にジョンが録音した未発表音源にポール・ジョージ・リンゴが参加して完成させた「ビートルズ」としての新曲。当時通っていた塾の先生が夫婦そろってビートルズファンで、先生は「これはビートルズじゃない!」と言い、奥さんは「これぞビートルズ!」と言っていた。僕は当時よくわからなかったけど、今の耳で聴くと、はっきり言える。これはビートルズ!



※次回更新は9月24日(木)予定です

Fishmans 『Neo Yankees’ Holiday』

neo-yankees holiday
「ただそれだけのこと」に
大人になった僕は救われる


 ヒットチャートの常連になるようなメジャーな存在ではないけれど、好きな人はどうしようもないくらい好きなアーティスト。それをよく「コアな人気」「伝説のバンド」なんていう風に形容するけれど、果たしてフィッシュマンズをその程度の言葉で片付けていいものなのだろうか。彼らが邦ロックシーンに残したインパクトはあまりに巨大だ。

 1987年に結成され、91年にメジャー・デビューを果たしたフィッシュマンズ。ダブやレゲエをベースとした彼らのロックは、当時のメイン・ストリームとは明らかに一線を画している。だが、耳のいいリスナーを中心にアンダーグラウンドで人気を広げ、解散して10年も経った今もなおロックファンに圧倒的な存在感を放っている。

 この『ネオ・ヤンキーズ・ホリデイ』は93年にリリースされた彼らの3枚目のアルバム。<いかれたBaby><エヴリデイ・エヴリナイト><Walkin’>など、その後の彼らのパブリック・イメージを形成した名曲ばかりが収録された、初期フィッシュマンズの傑作と名高い作品である。

 全ての楽曲の作詞作曲を担当するのは、ボーカルの佐藤伸治。フィッシュマンズというバンドは、極論を言えば佐藤のもつ世界を形にするための、いわば専門ミュージシャン集団である。

 佐藤の作る曲には、例えばドラマチックな愛であったり、渾身の人生賛嘆であったりといった“仕掛け”は何もない。ただの日常、何も起きない退屈な日常だけがそこにある。天気のこと、付き合って何年も経つ恋人のこと、大好きなタバコのこと、そういった具合である。

 ただ、それだけのこと。しかし、その「それだけのこと」が、なぜこんなにも優しく響くのだろう。佐藤の、背筋がゾッとするようなハイトーン・ヴォイスと相まって、どの楽曲も地上から数センチ浮いているような奇妙な浮遊感を漂わせている。なのに、歌詞もサウンドもズシンと重く沈み込んでくる。

 僕がまだ10代の頃、自分の未来には、何か大きなドラマが待っていると信じていた。恋愛は素敵で、仕事は興奮に満ちていて、人生とはそういった劇的な出来事を重ねながら、まるでオリジナルの世界地図を作るようにワクワクしたものだと思っていた。

 だが、年を重ねるごとに、現実は必ずしもそうではないと思うようになった。どう足掻いても日常は退屈であり、どこまで進んでも何も起きないし、何も変わらないと、悲観的な気持ちではなく、単に夢から醒めたように僕は僕のリアルを理解した。

 それでも、心の中にはどこか淡い期待があることも否定できない。そして、その期待を満たしてくれるような一瞬の夢が見たくて、本を読み、音楽を聴き、映画を観るのかもしれない、とも思う。だとするならば、「何も起きない、何も変わらない退屈な日常」を歌うフィッシュマンズは、ある意味傷をえぐるように痛いのである。

 だが、痛さがそのまま嫌悪感になるかというと、違う。傷を覆い隠すのではなく、傷に触れることが救われることだってあるのだ。「人生はドラマだ」と言われるよりも、「人生は何も起きない」と言われた方が、元気をもらえることだってあるのだ。フィッシュマンズは僕にとってそういうバンドである。

 99年、佐藤伸治は心不全のため他界し、フィッシュマンズは活動を休止する。佐藤の死後はドラムの茂木欣一(現・東京スカパラダイスオーケストラ)が中心となり、ゲストボーカルを迎えながら、単発のライヴなどを行っている。


<いかれたBaby>を演奏するフィッシュマンズ


そしてこれが、05年のライジング・サン・ロックフェスティバルで演奏された<いかれたBaby>。ゲストボーカルの豪華な顔ぶれから、フィッシュマンズの人気の広さと高さがわかる



※次回更新は8月31日(月)予定です

SOPHIA 『マテリアル』

sophia
“ROCKは詳しいぜ”
甘いマスクがはずされた瞬間


 SOPHIAというセレクトは意外に思われるかもしれない。確かに彼らはなんとなく“チャラい”印象がある。実際初期の頃は、当時のいわゆるビジュアル系ブームに乗っかったアイドルバンドの一つに過ぎなかった。軟派に見られてしまうのは、その頃のインパクトが未だに尾を引いているからだろう。

 だが彼らは1999年にリリースしたこの『マテリアル』で当初のイメージを覆す。煙草、ヒゲ、刺青。インナースリーヴの写真に写った彼らの姿はジャンクで猥雑だ。そこにはビジュアル系という評価や期待を真っ向から拒否するような、ロックバンドとしての姿がある。これは、そのように進歩したというよりも、元々彼らが持っていたロックバンドとしての精神が表れたと見るべきだろう。

 心の内をありのままに綴ったようなセンシティブな歌詞。アナログもデジタルも片っ端から詰め込んだ実験的なサウンド。本作にはまるで、ようやく欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のような瑞々しさがあるからだ。

 SOPHIAは実にしたたかだったのである。ビジュアル系ブームをキャリア実現のための手段と割り切り、甘いマスクの下に音楽への野心をじっと隠し続け、そしてこの6枚目のアルバムでついにその本性を露わにしたのだ。

 彼らが初めてさらけ出した本来の姿。それは傷だらけで臆病で、お調子者でずる賢く、そしてそんな自分を自覚してまたさらに傷ついてしまうような、ナイーヴな姿だった。

  「本当に大切なものが何だったのか、僕はもう忘れてしまったよ」と歌う1曲目<大切なもの>。いきなりこういうテンションで始まるあたり、このバンドがそれまで歩んできたポップな路線の真逆を行く展開である。

 その後も、「全てを受け入れるほどタフにはできちゃいないみたいさ」と呟く<せめて未来だけは・・・>や、「誰かこんな僕いりません?」とたずねる<センチメンタリアン・ラプソディ>など、内面をほじくり返したような粗い言葉が続く。

 そして、そのガラス工芸のように繊細な歌詞を、いかに曲として成立させるかという一点に向けて、音が構築されていく。ストリングスから打ち込み、果ては“台詞”に至るまで、さまざまな音を総動員しているのは、単純にカラフルさを狙ったものと言うよりも、メンバーの楽器だけでは世界観を表現できなかったからだろう。音が幾層もかけて言葉をパッケージするように、一つひとつの曲が作られている。

 このアルバムが当時どれほどファンに受け入れられたのか定かでないが、ただそれまでの作品から察するに、おそらく歓迎よりも戸惑いと衝撃の方が多かっただろうと思う。

 だが、愛と友情を無邪気に信じる思春期の幼さを冷凍保存し、それを永久に変奏するのがポップスであるならば、ロックは成長に伴う感性の揺らぎを移ろうままリアルに表現するものである。初めは勢いに任せてポップでキャッチーな作品ばかりを作り、やがてそのエネルギーが失われた後に、今度はレコーディング技術の粋を凝らして内省的な世界を表現するという流れは、ロックバンドとして正統派であることの証である。

 『マテリアル』を作ることはSOPHIAにとって必然だったのだ。この作品は彼らにとっての『ラバー・ソウル』であり、『ペット・サウンズ』なのである。


“ROCKは詳しいぜ”と喧伝する<beautiful>のPV。「いかにも」なケバケバしいメイクは、ビジュアル系と呼ばれることへの皮肉たっぷりなアンサーである。この曲は昨年のtheatre project BRIDGE公演『アイラビュー』で劇中で使いました



※次回更新は8月17日(月)予定です

ウルフルズ 『すっとばす』

ulfuls





ギャグ&ユーモアで
既成概念をすっとばす


ウルフルズのアルバムというと、一般的には『バンザイ』が真っ先に挙がると思うのだが、
僕はあえて『すっとばす』をセレクトしたい。
これは1994年、ウルフルズがまだあまり売れていなかった頃にリリースした2枚目のアルバムで、
そして僕が最初に買ったウルフルズの音源なのである。

誰も見向きはしない、自分ひとりが大好きなバンドやマンガや作家。
そういったものが何かの拍子でヒットして一般的に認知されるようになると、
先に目をつけていた自分はまるで“先駆者”のように思えて、なんだか誇らしい気分になる。
僕にとってウルフルズはまさにそれで、
おれ、みんなより前から、ウルフルズのこと知ってたぜ」というのは、
彼らが売れ始めた当時、僕が周囲の友人に盛んに言っていた台詞である。

出会いのきっかけはスペースシャワーTVという音楽専門チャンネルで、
ここでウルフルズのPVやライヴ映像が盛んに流れていたのだ。
とにかくインパクトが強烈だった。
<ガッツだぜ!!>の“バカ殿”は有名だけど、さらに以前の作品、
例えば『すっとばす』のタイトル曲<すっとばす>や、
<大阪ストラットPART供<SUN SUN SUN’95>のPVなんかは歌というよりもコメディであり、
「アーティストをかっこよく(美しく)見せる」という従来のPVの概念には収まらない、
まったく異質な存在感を放っていた。
第一印象は「なんかマトモじゃない!でもおもしろい!」。

書いていて思い出したのだけど、
その頃同じくスペースシャワーTVで『夕陽のドラゴン』という音楽バラエティ番組があって、
これのMCが当時まだ無名だったトータス松本とユースケ・サンタマリアだった。
音楽専門チャンネルのくせにまともな音楽の話がほとんど話題に上らない、
ケーブルテレビならではの徹頭徹尾悪ふざけな番組で、
彼らはミュージシャンというよりもほとんど芸人のようだった。
(トータスは当時金髪で、それが余計に芸人的雰囲気を醸し出していた)

そういえば、ウルフルズがブレイクしたのとちょうど同じ頃、ユースケが
今度ドラマに出るんだ。『踊る大捜査線』っていうの。ヘンなタイトルでしょ。
って言ってたのを覚えてる。今思い返すとしみじみしてしまう。

とにかく、PVは強烈だったし、『夕陽のドラゴン』で見るトータスのキャラクターも強烈だった。
ただし、それは単に“他のバンドと異なる”という物珍しさではなく、
あ、こういうのもアリだな」という、ちょっと大げさに言えば新たな価値の発見のようなものだったと思う。

音楽番組を見ていると、喋っている姿と音楽とでキャラがまったく異なるアーティストをよく見かけるが、
その点トータスは喋っていようが歌っていようが「トータス松本」で、
その素の感じ、自然な感じには他のバンドにはない“近さ”があった。
「バンドは都会的でスタイリッシュなもの」「ミュージシャンはふざけたりしないもの」という固定観念に
ウルフルズは軽やかに風穴を開けたのである。
彼らが一発屋で消えることなく、コミックバンドと揶揄されることもなく人気を呼び続けてきたのは、
多分彼ら一連のギャグとユーモアに多くの人が珍しさ以上に安心感を抱いたからだと思う。

ただ、バンドのキャラクターが広く認知されるようになると、
今度は逆にそのキャラクターに縛られることになる。
ファンは常に第2の<バンザイ>、第2の<ええねん>を待ち望んでしまうからだ。
だから先週の活動休止のニュースを聞いたときには驚くよりも納得してしまった。
おそらく4人は「ウルフルズ」というバンドに求められる期待を、
これ以上引き受け続けることはできないと判断したのだろう。

今後の各自のソロ活動では、ウルフルズとは異なるそれぞれのキャラクターが見えるはずだ。
多分今度は、ファンが4人に対して「ええねん」という番なのである。






sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

Alanis Morissette 『MTV UNPLUGGED』

alanis





傷を舐めあって群れる男
それを横目に自立する女


現在NHK-FMで毎週火曜の23時から放送されている『元春レイディオ・ショー』がとっても良い。
番組のナビゲーターは佐野元春
彼自身がON AIRする曲をセレクトしていて、特定のジャンルに偏らない、
ちょっと知的でマニアックな音楽ばかりをかけてくれる。

ちなみにこの番組は80年代に放送されていた『ミュージック・ストリート』という番組が元になっていて、
当時は佐野元春の他に、坂本龍一や山下達郎が日替わりでナビゲーターをやっていたらしい。
なんという豪華な顔ぶれ!

僕にとって、未知の音楽への架橋をつないでくれたのは、ラジオではなくMTVだった。
最近じゃiTunesなどのネットメディアに押されてすっかり人気は下火になってしまったらしいけれど、
少なくとも僕が高校生だった頃、
ゴールデンタイムの歌番組なんかじゃ物足りなかった音楽への好奇心を受け止めてくれたのはMTVだった。

今回紹介するのは、アラニス・モリセットがMTVの名物番組『アンプラグド』に出演した際のライヴ盤。
この番組は小さなスタジオに観客を招き、
毎回違うアーティストがそこでアコースティック・ライヴを行うというもの。
過去出演したアーティストは数えたらキリがないのだけれど、
シンプルなアレンジと生楽器による演奏は、毎回CD音源とは一味違う魅力を発見させてくれる。
なかにはニルヴァーナやレニー・クラヴィッツといった、
アコースティックなイメージとは正反対にあるようなアーティストも出演していて、
そういった意外性もこの番組の見所だった。

アラニス・モリセットも、本来は重く歪んだギターをバックにシャウトしまくるヘヴィゲージなアーティストである。
しかしこの『アンプラグド』における一連のアレンジは、
元々こういう曲だったのかと思うくらいに完成度が高い。
エレキギターが削ぎ落とされ、代わりにモダンジャズのように引き締まったピアノが高いウェイトを占めていて、
それが彼女の歌声を際立たせている。
正直このアルバムを聴くまでは、彼女がこんなに歌が上手いとは思っていなかった。

女性シンガーが音楽を通して女性の強さや自立を歌うケースは、
それこそエディット・ピアフやビリー・ホリデイの時代からたくさんあるけれど、
その多くは「男性に対しての女性」という文脈のなかでしか歌われてこなかった。
男性社会のなかでの女性の生き方の模索であったり、男性よりも優れた女性の特質であったり、
当時の社会と文化のなかでは、男性という存在を前提にしなければ、
多くの女性は自らを定位できなかったのである。
そして時代性が徐々に変容し
、女性アーティストが男性という重力圏を離れ、女性固有の価値観を表現してきたのが、
60年代のジャニス・ジョプリン、70年代のジョニ・ミッチェル、
80年代のマドンナとシンディ・ローパーという流れだったのである。

そして90年代後半あたりから、男性性と切り離して女性性を歌える女性シンガーが登場する。
アラニス・モリセットはその代表格であり、パイオニアの一人。
彼女の歌詞には自分を捨てた元カレが登場したりしてけっこう暴露的なのだが、
それをサラッと、すがすがしいほどの笑顔で歌ってしまう。
そこには男性に対する遠慮も気負いもコンプレックスもないどころか、
男性のことを歌っていても男性を感じないという不思議な透明性がある。
「女性として」「男性として」という従来型の発想を超えた、一人の人間としての自然な佇まいを見るようだ。

ここ10年くらい、邦楽も洋楽も、女性はソロアーティストが増えて、
逆に男性はソロが減ってバンドマンが増えている気がする。
なんだかこれは女性が強く逞しくなり、
その一方で、男性の軟弱体質化が進んでいることの表れのように思えてしまうのだが、
同じ男として我が身を顧みると思い当たる節もあって、正直笑えない。







sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

Perfume 『GAME』

game1





アイドルでもアーティストでもない
Perfumeとは「コンセプト」のことである


2年前か3年前か、はっきりとは覚えていないのだけど、
友達数人とカラオケに行ったときのこと。
酔っ払って疲れていたのか、一人が歌い終わったら休んで、しばらく経ったら次の人、
という具合の極めてまったりしたカラオケだった。
僕はまばらな曲予約の合間あいまにモニター画面に流される、
アーティストのインタビューやコメントをボーっと眺めていた。

その映像のなかにPerfumeがいた。
確か「新曲が出ました」とか、そういう内容だったと思う。
衣装も喋り方もちょっと野暮ったくて、そのときは彼女たちがまさかこんなに人気者になるとは思わなかった。

3人とも若いので、てっきりデビュー後いきなり売れたかのようなイメージがあるが、実は意外と苦労人。
結成は2001年。まだ彼女たちが小学生の頃だった。
インディーズでCDを出しながら、
デパート屋上のイベントやレコードショップの店頭などでライヴを行う下積み時代が長く続く。

そんな彼女たちがついにブレイクを果たしたのが2008年。
シングルのオリコンチャート首位獲得、ライヴ会場は中規模ホールからついに武道館へ、
そして年末には紅白出場と、人気を一気に全国区にした。
そんな文字通りサクセスストーリーな1年の幕を切って落としたのが、このセカンドアルバム『GAME』である。
オリジナルアルバムとしては初になるが、
全12曲の大半がタイアップ曲なので、実質的にはベストアルバムに近い豪華さだ。


Perfumeのおもしろさは、“ありそうでなかった”感だと思う。
音楽のジャンルが、ということではなく、彼女たちの存在そのものが既存の枠では捉えがたい。

まず、彼女たちに「アイドル」というカテゴリーは当てはまらないだろう。
男性をターゲットにすることはあっても、そこには男の妄想やフィクションに媚びるような気配がないからだ。
<チョコレイト・ディスコ>に見られるように、
むしろ彼女たちは女の子っぽさを「女の子っぽさ」という一つのモノとして逆手に取り、
ちょっぴりギャグっぽくアウトプットしているようなところがある。

かと言って、「アーティスト」というのもしっくりこない。
楽曲は全てプロデューサーの中田ヤスタカの手によるものであり、
そこに彼女たち自身の意思やメッセージといったものは介在しない。
そもそもパフォーマーとしてのPerfume自体、
ジェスチャー的で物語仕立てのようなダンスにしても、加工されたボーカルにしても、
生身の体温が欠落している。

つまり彼女たちには実体がないのだ。
3人は電子的なテクノサウンドによって映し出された幻影に過ぎない。
全ては用意周到に仕組まれた演技。
Perfumeというのはアイドルでもアーティストでもなく、コンセプトのことなのである。

だが、その一方で、トークなどで見られる3人のパーソナリティは非常にユニークで、
普通の日常を過ごす女の子としての体温が感じられる。
その落差がまたさらにおもしろい。
そういった意味では、彼女たちは単純なマリオネットではなく優れた天然の役者であり、
Perfumeという極めて知性的な遊びを煽るプレイヤーと呼べる。

タイトル曲<GAME>で歌われる、
「Play the GAME, try the new world」
という歌詞は、Perfumeという存在を比喩した、ある種の宣言文のように聞こえる。





sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

『Gling-Glo』

gling glo





ビョークの歌うジャズ
彼女の声を堪能できる1枚


ビョークが歌うジャズアルバム」と説明するのが一番手っ取り早い。リリースは1990年。
 
正確にはビョーク名義ではない。
ジャケットには小さく「Bjork Guomundsdottir & trio Guomundar Ingolfssonar」と載っているが、
この名義で他にも活動をしているわけではないので、
この『Gling-Glo』というアルバムを作るために集まったメンバーをそう仮称した、
というだけだろう(ほとんどのレコードショップではビョークのコーナーに置いてある)。
ちなみに、定かではないのだけれど、たしかドラムのGuomundar Steingrimssonはビョークの父だったはず。

ビョークがジャズを歌うとどうなるか。
これが不思議と、いやピタリとハマっている。
90年と言えばちょうどシュガーキューブスで活動期と重なっており、
バンドのボーカルという点では脂がのっている時期ではあるのだが、それにしても、まるで最初からジャズ・ボーカリストであったかのようなハマり具合だ。彼女の音楽への素養の広さと深さが窺い知れる。

サウンドは全体的にソフト。
ドラム、ベース、ピアノというシンプルな音に乗せて、全16曲、柔らかいメロディをビョークは歌う。
ただし、しっとりした雰囲気というわけではない。
メロディは丸みを帯びているものの、音符はまるで粒のように飛び跳ねていたり、
わざと上下左右を行き来したりと、非常に元気がいい。
ソフトで柔らかくも、聴いているこちら側を励ましてくれるような逞しさがある。

クークルでは憑かれたシャーマンのような危うさ、
シュガーキューブスではやんちゃな女の子のような可愛らしさと、
さまざまな表情を見せるビョーク。
変幻自在な彼女がこのアルバムで見せるのは、温かく優しい、母性的な一面だ。
特に1曲目に収録されたタイトル曲<Gling-Glo>はまるで子守唄のよう。

収録されている16曲のうち、14曲は彼女の母国語であるアイスランド語で歌われている。
アイスランド語が理解できる人(多分あまりいないでしょう)でなければ、
このアルバムは雰囲気だけを楽しむ他ない。
 
だが、その分ビョークの声だけを心ゆくまで堪能できる1枚でもある。
ところどころ引っ掻いたようにかすれた彼女独特の声色は、歌詞の意味がわからなくても、
充分に“聴く”ことができる。

ビョークというアーティストはクセも強いしアクも強いし、
しかもソロ時代に入ってからの楽曲はかなり“アート”な道に進んでいるので、
なんとなく敷居が高そうなイメージがあるかもしれないけど、
そう感じている人にこそ、この『Gling-Glo』はおすすめ。









sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

the pillows 『Please Mr. Lostman』

lostman





「出来損ないのカメレオン」が
全てにサヨナラを告げた日


ピロウズが結成20周年を迎える今年、初の武道館でのワンマンライヴを行うことになった。

1989年に結成し、91年にメジャーデビューを果たしたピロウズ。
そのキャリアは決して順調なものではなかった。
現在の彼らの曲しか知らない人が、初期ピロウズの曲を聴くと、その違いに驚くだろう。
初期の彼らはストーン・ローゼズやザ・スミスのようなフワフワとトリッピーな音色のギターを鳴らす、
洋楽の、とりわけブリティッシュのサウンドを色濃く体現したバンドだった。
だが当時の邦楽シーンには、
まだ彼らのような本格派の洋楽バンドを受け入れるほどの素養は育っていなかった。

思うような評価が得られず、ピロウズは迷走する。
93年にはバンドの生みの親でもあったベースの上田ケンジが脱退し、一時的に活動を休止。
その後事務所を移り活動を再開させ、
ボサノヴァやフレンチ・ポップ、ジャズなどにまでサウンドの模索を広げるものの、
セールスは依然として停滞し、メンバーとレコード会社など周囲との葛藤は日に日に深刻さを増していった。
状況を打破すべく、レコード会社のタイアップ戦略を受け入れて商業的な成功を狙ったシングル
『Tiny Boat』も低調に終わり、ピロウズは出口の見えない闇の中へ完全に落とされる。

そのような失意のどん底で、ボーカル山中さわおは『ストレンジカメレオン』を作る。
良いと思って作った曲がことごとく受け入れられない自らを
「周りの色に馴染まない出来損ないのカメレオン」と喩えた歌詞と、
かつてないほどに重く歪んだギターの音。
この『ストレンジカメレオン』は、それまでのバンドの音楽性を根底から覆すような曲だった。

契約を切られ、再びインディーズへと戻ることも辞さない覚悟でリリースしたこのシングルは、
結果FMチャートで2位を獲得し、直後に予定していたライヴのチケットは即日完売する。
ようやく、少しだけ、それまで彼らを覆っていた暗闇に光が射したのである。

この『ストレンジカメレオン』を収録したアルバム『Please Mr. Lostman』が、
今日のピロウズ・サウンドの祖形であり、20枚近くある彼らのアルバムのなかで間違いなく最重要な一枚だ。

ギターの真鍋吉明は、かつてインタビューでこのアルバムを「音楽業界への遺書」だと語っていた。
レコード会社や事務所がいくら反対しても、
これからは自分たちが信じる音楽だけを鳴らそうと決意したピロウズは、
『Please Mr. Lostman』を作ることで当時のシーンにも業界にもサヨナラを告げたのである。

このアルバムの持つ空気はとても痛々しい。
誰にも理解されない孤独と、自分の感性への揺るぎない誇りと、
そして「できれば僕の音楽を気に入って欲しい」という祈り。
山中さわおは当時の心情を生々しく楽曲に叩きつけている。
だがドメスティックでありながらこのアルバムが普遍性を持つのは、
彼の曲が悲しみでも嘆きでもなく、「誇りある孤立」を選び取る勇気を謳っているからだ。

サヨナラと告げて旅立ってから10年以上、ついにピロウズは武道館のステージに立つ。
世界に居場所を見出せなかったLostman(迷子)が、長い時間をかけて多くの人に理解され、
そしてかつては夢にも見なかった場所へとたどり着いたのだ。
彼らの作る歌一つひとつに自分自身を重ね合わせてきた僕にとって、
これは単なるバンドのサクセスストーリーなどではなく、もっと大きな希望と幸福の物語なのである。








sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

R.E.M. 『AUTOMATIC FOR THE PEOPLE』

automatic





暗く静まり返った部屋に
優しさを灯す音楽


今回も引き続きR.E.M.の紹介。

前回書いたように、このバンドはたくさんアルバムをリリースしているうえに、
それぞれカラーが異なるので、例えば
「どのアルバムから聴いたらいい?」
と質問されると答えに窮する。

彼らのキャリアのなかでもっとも売れたアルバムは、
1991年にリリースされた7枚目『アウト・オブ・タイム』である。
気持ちのいいメロディーとコーラス、クールなギターリフといった
華やかなギターロックに彩られたこのアルバムは、
全米全英1位、1,000万枚という驚異的なセールスを記録し、
R.E.M.が名実ともに世界のトップバンドとして認知された記念碑的作品だ。

そして、その1年半後にリリースされたのが、
この8枚目『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』である。
前作のバンドサウンドから一転、アレンジをアコースティックなテイストに施した本作は、
静謐で内省的な世界観を構築している。

キャリアの絶頂期にありながら、これまでの作風を踏襲せずに、
このようなモノトーンのアルバムを作ったところが意外である。
だが、エレキギターをアコースティックギターに持ち替え、
ピアノやストリングスを大幅に取り入れたことで、
R.E.M.の核である優しさや孤独といったミニマムな魅力が、
より繊細に、より剥き出しにされている。
その点で、僕は『アウト・オブ・タイム』よりも、
この『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』の方が“R.E.M.的”だと感じるのだ。

このアルバムを聴くときに注意しなければならないことが一つ。
それは、1曲目<ドライヴ>の異様なまでの暗さだ。
一般的に言えば、1曲目はアルバムの顔であり、
相応のキラーチューンが用意されているはずである。
なのに<ドライヴ>は、まともに聴けばおそらく気が滅入るであろうほどに陰鬱。
中盤あたりに配されているならまだしも、冒頭にいきなりこれはキツい。引いてしまう。
なので、このアルバムを聴く機会があれば、
1曲目はじっとガマンしていただきたい(2曲目から聴けばいいんだけど)。
これを乗り越えれば、以降ラストまでひたすら名曲が続く。

「誰だって傷つくし、誰だって泣くのだから、諦めちゃいけない」
と歌う<エヴリバディ・ハーツ>、
「全てが取るに足らないささやかな人生だけど、愛おしさだけはいつまでも失われない」
と歌う<スウィートネス・フォローズ>といった、
マイケル独特のペシミスティックな視点で書かれた応援ソングや、
<イグノーランド><マン・オン・ザ・ムーン>といったシニカルの効いた曲を経て、
ラスト<ファインド・ザ・リヴァー>で、一人ひとりの人生を祝福し、
「出発の時が近づいている」と旅立ちを促して、アルバムを締めくくる。

マイケル・スタイプは、政治や貧困など、
世界情勢を題材としたプロテストソングを多く書いてきたソングライターだが、
このアルバムでは個人の内面を描いた楽曲が目立つ。
しかし、最後に旅立ちを宣言する彼の視線の先には、元の広漠たる現実の世界があるようだ。
次のアルバムでは、彼は再びシリアスな楽曲を作り始める。
この『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』は、
例えば夜眠る前、明日もう一度現実世界に戻ることにくじけそうになる、
そんな一瞬に向けて作られたアルバムだ。
一曲一曲が、暗く静まり返った部屋の中に、温かな星を灯す。

もうすぐ4月5日がやってくる。
15年前のこの日、自宅で猟銃自殺をしたカート・コバーンが死の瞬間まで聴いていたのが、
この『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』だったという。


ライヴで<エヴリバディ・ハーツ>を演奏するR.E.M.

the cranberries『everybody else is doing it, so why can’t we?』

everybody






ボーカル、ドロレスの個性が詰まった
クランベリーズのファーストアルバム


アイルランドのバンド、クランベリーズのファーストアルバム。リリースは1993年。
 
アイルランドは北海に浮かぶ小さな国だが、世界のミュージックシーンにおける存在感は大きい。
代表的なアーティストを挙げてみても、U2、エンヤ、セネイド・オコナー、クランベリーズ、コアーズ、
さらに古くはヴァン・モリソン(ゼム)など、そうそうたる面子だ。

だが、彼らのセールスの規模だけを指して、存在感は大きいと書いたわけではない。
アイルランドのアーティストには、アイルランド的、としか形容しようのない独自のセンスがある。
そして、この独自のセンスが、ときに世界のミュージックシーンを大きく牽引する役目を果たしてきた。

このアイルランド独自のセンス、というものを説明するのは難しい。
例えば、彼らにはサウンド的な面での強い共通点があるわけではないのだ。
なので、「こういうのがアイルランドサウンドだ」とは示しづらい。
共通するのは、それぞれのアーティストがイギリスにもアメリカにもない、
独特の「アク」のようなものをもっている点だ。
 
ラジオやMTVでいろいろな曲が流れてくる。そのなかでフッと気になる曲がある。
好きか嫌いかは別として、なんだかこのアーティストはどこか違うぞ、と思う。
気になって調べてみるとアイルランドのアーティストだった。
アイルランドとの出会い方はこういうパターンが多い。
 
アイルランドのアーティスト同士には共通点はない。
だが、同ジャンルの他の国のアーティストと聴き比べると、どこかちょっと違う。
その「ちょっと違う」感じ、メインストリームからの微妙な距離感が、アイルランド的なのである。


今回紹介するクランベリーズで言えば、ボーカルのドロレス・オリオーダンの歌声がなんとも独特だ。
彼女の歌い方は非常に特徴的で、裏声と地声の境界線を絶えず行き来するような、不安定な響きがある。
その下手と紙一重の危うい感じは、しかし同時に深い憂いを込めた祈りのようにも聴こえる。
こういう歌い方を一体どういう経緯で会得したのか、さっぱり想像がつかない。

ロックのボーカリストには、誰が聴いても「上手い!」と思うような歌い方をする人は、あまり多くない。
それは下手でも通用するという意味ではなく、
そもそも巧拙を超えたところにロックというジャンルの味わい方があるからだ。
ドロレスのボーカルは、まさにロックの魅力を改めて教えてくれる。


もちろん、クランベリーズの魅力は彼女の歌声だけではない。
多彩な音色を鳴らすギター、変則的かつメロディアスなドラムとベース。
さらに鍵盤やストリングスなども効果的に使われており、
ファーストアルバムながらもすでにかなり洗練されている。
楽器がこってりと絡み合いドロレスのボーカルを支えることで、単なる「歌」に陥ることなく、
全てがクランベリーズというバンドの「曲」として成立している。

2枚目、3枚目になると、かなりオルタナ色が強くなるのだが、このファーストはポップであり、
個人的にはドロレスのボーカルと曲のマッチングはこのアルバムが一番だと思う。
彼らの代表曲「Dreams」もこのアルバムに収録されている。








sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
記事検索
プロフィール
twitter
読書メーター
ReiKINOSHITAの最近読んだ本
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ