週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

【ロック】2010年代

Sia 『Everyday Is Christmas』

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現代のオリジナルクリスマスソングは
「クラシックナンバー」たりうるか


 今年買ったクリスマスアルバムは3枚。

 1枚目はエルヴィス・プレスリー『Christmas With Elvis And The Royal Philharmonic Orchestra』。タイトルの通り、エルヴィスがクリスマススタンダードを歌い、そのバックをロンドンのロイヤルフィルが務めたアルバムです。

 実際に両者が共演したわけではなく、エルヴィスが50年代に作ったクリスマスアルバムのボーカルに、後からロイヤルフィルの演奏を重ねた、一種の企画アルバムです。エルヴィスのボーカルをステージで流しながら、それに合わせてロイヤルフィルが生で演奏をするという「ライブ」は既に00年代から行われていて、同じ趣旨でそれを音源化したのが今回のアルバム。

 残されたエルヴィスのボーカルに、ある意味では無理やりオーケストラが合わせているので、例えば1曲目に収録されたブルーステイストな<サンタが街に来る>など、「なぜこのボーカルトラックを選んだ?」みたいな曲もあったりします。

 ですが、エルヴィスの甘い声で歌われるクリスマススタンダードは問答無用に素晴らしく、特に後半の<アデステ・フィデレス>、<ファースト・ノエル>という2曲のクラシックにおけるエルヴィスのボーカルは、ただただ圧倒的です。


 2枚目はビーチボーイズ『Ultimate Christmas』。1964年にリリースされた『The Beach Boys Christmas Album』に、70年代半ばにお蔵入りになった幻のアルバム『Merry Christmas From The Beach Boys』の収録曲やシングル版の<Little Saint Nick>など、ビーチボーイズのクリスマス関連トラックのほぼ全てをまとめた企画盤です。

 64年の『Christmas Album』はクリスマスソングをただ集めた総花的なアルバムではなく、一貫した意思のもと、あくまで「ビーチボーイズのアルバム」として作られているのがわかります。ブライアンは明らかに、この前年にリリースされたフィル・スペクターの『A Christmas Gift For You From Phil Spector』を意識していたと思います。

 ただ、ブライアンがフィル・スペクターよりもさらにチャレンジングなのは、アルバムの半分をオリジナル曲にしたことでした。前半がオリジナル、後半がカバーという構成なのですが、うっかりすると前半も既存のスタンダードナンバーだと勘違いするくらい、ブライアンのオリジナル曲は「クリスマスソングらしさ」をもっています。

 後半の『Merry Christmas From』の方は、70年代の「ポスト・ブライアン期」の、ある意味百花繚乱的な雰囲気がそのまま反映されています。その中ではデニスが作曲した<Morning Christmas>が素晴らしい。ほぼアカペラのスローな曲で、他の収録曲の中でこれだけ異質です。しかし、こうした敬虔な気持ちになる静かな曲こそクリスマスアルバムには不可欠だと個人的には考えているので、実はアルバムを通じてもっとも印象に残ったのは、この<Morning Christmas>でした。


 そして最後の1枚が、オーストラリア出身の女性SSW、Sia『Everyday Is Christmas』。このアルバムは本当に素晴らしかった。今年のクリスマスは結局このアルバムばかり聴いてる気がします。

 まず驚かされるのが、11曲すべてがオリジナルという点です。クリスマスアルバムは世の中に数多くあれど、全曲オリジナルというのはかなり珍しいのではないでしょうか。前述の通り、少なくともブライアン・ウィルソンでさえ半分はカバーだったのですから。

 そして何より素晴らしいのは、オリジナルにもかかわらず、どの曲も昔からあるスタンダードナンバーのような輝きと風格を持っていることです。


 さまざまなベルの音色や鍵盤主体(ギターが非主体)の楽器構成、そしてシャッフルリズム。このアルバムを聴いていると、クリスマスソングには「お作法」があるんだなあということがよくわかります。

 上に挙げた<Candy Cane Lane>や<Sunshine>は、王道のシャッフルソングだし、<Snowman>の3連符のピアノのアルペジオもクラシックの<O Holy Night>を彷彿とさせます。一方で<Underneath The Mistletoe>や<Underneath The Christmas Lights>のような聖歌的でトラッドな雰囲気をもつ曲もあり、単なるパーティーアルバムではなく、静謐で宗教的な部分も含めた、トータルなクリスマスアルバムに仕上がっています。


 現代のポップソングから世界的なスタンダード曲になった例って、マライア・キャリーの<All I Want For Christmas Is You>以降出てきてないと思うのですが、あれももう20年以上前です(1994年)。そろそろ「リリース即クラシック」なナンバーが出てきてもいい頃かもしれません。

 何度も書いちゃいますが、僕はクリスマスというのは楽しいパーティーというだけでなく、暖炉の中で薪がはぜる音とか、教会のろうそくのきらめきとか、朝カーテンを開けると灰色の空から静かに雪が舞い落ちてくる光景とか、人を謙虚な気持ちにさせる、パーティーとは真逆の側面もあると思っているので、マライアのオラついたノリよりも、Siaの粘っこくてどこか陰のある曲の方が僕が描くクリスマスにはフィットします。<Ho Ho Ho>のシャッフルなんだけどちょっと悲し切ない感じとか最高なんだけどな。







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Fazerdaze 『Morningside』

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「一人きり」であることが
パーティーよりも親密さを生むこともある


 ニュージーランドのウェリントンで、ヨーロッパ系の父とインドネシア人の母のもとに生まれたアメリア・マーレイは、14歳のときに両親が離婚したことをきっかけに音楽にのめりこむようになりました。そして19歳のとき、それまで活動していたバンドが解散したのを機に宅録を開始。「Fazerdaze」という名前でソロ活動を始めました。

 17年6月にリリースされた『Morningside』は、Fazerdazeにとって初のフルアルバム。もう半年以上が経ちましたが、未だに強烈な印象が残っている作品です。今年の年間ベストを選べと言われたら、僕の中では確実にベスト3には入ります

 僕がFazerdazeを知ったきっかけは、The Courtneysでした。彼女たちと同じFlying Nun Recordsのレーベルメイトということで認識したのが初めてだったと思います。その後、本作のリードトラックとしてSound Cloudで公開された<Lucky Girl>がめちゃくちゃ良かったので、即アルバムを予約したのでした。



 ただ、いざ聴いてみたアルバム『Morningside』全体の風合いは、疾走感のあるギターポップだった<Lucky Girl>から予想していたものとは、少し違っていました。それは、タイトルの「Morningside」という言葉に込められた意味に表れています。

 Morningsideはニュージーランドのオークランド郊外の小さな町の名前で、Fazerdazeがアルバムを録り終えたのが、まさにこの町でした。この町の名前は、作品にとって記念碑的な響きをもっているのでしょう。しかし同時に彼女は、「Morning」と「Side」とに分けられるこの言葉について、「人生の暗い部分を通り抜け、向こう岸にたどり着いて、それによって強くなるということの象徴」という風にも捉えているそうです。

 ライナーノーツに書かれている彼女のこの言葉が示唆している通り、アルバムはポップなんだけど決して陽気ではなく、むしろ内省的で、どこか陰のある雰囲気に包まれています。メリハリがあってスピード感のある<Last To Sleep>も90sオルタナのような<Friends>も、さらには前述の<Lucky Girl>でさえも、このアルバムの文脈の中で聴くと、静謐な印象を受けます。

 それは歌詞にも表れていて、例えば<Take It Slow>という曲では、何かに夢中になり、囚われ、執着していた時間の終わりが歌われています。
「ずいぶん遠くへ来てしまった。どこへ向かえばいいのかわからないけど、また私たちは旅立つ」
「私たちは慎重に、ゆっくり時間をかけて進んでいく」

 僕がいいなあと思うのは、ここでは何かが終わることの不安や徒労感といったものを「乗り越えるべき障害」や「敵」といった自分の外にあるものとしてではなく、必然的なもの、あるいは人生の一部として描いていることです。そして、そこからの再生も、ドラマチックなものではなく、「慎重に」「ゆっくり」とあくまで淡々としたものです。そうした抑制された筆致に僕は知性を感じるし、共感を覚えます。

 こうした淡くて繊細なトーンは、「ながら聴き」ではキャッチできません。僕はCDが届いて初めの数回は家事をしながら流しっぱなしにしてただけだったので、実はまったくピンときませんでした。ようやくこのアルバムの真価に触れたのは、スピーカーの前に座ってじっと耳を傾けたとき、そして、電車に乗りながらイヤホンでじっくりと聴いたときでした(ちなみにこのアルバムはめちゃくちゃ音がいいので、そういう点からも「ながら」ではなくしっかり耳を傾けて聴くのがおすすめです)。

 Fazerdazeの音楽は、本に似ています。音楽は複数の人間でも楽しめるけど、本は基本的に一人しか読めません。また、「ながら聴き」はできるけど「ながら読み」はできません。本は音楽よりも、受け手に対して厳密に「一人きり」であることを要求します。しかしそのぶんだけ、本は読者との間に、マンツーマンの閉じた世界を作ることに長けています。『Moringside』も、大勢でワイワイやるパーティーで流すようなタイプの音楽ではないけど、部屋の本棚に眠る一冊の本のように、長い時間に渡って親密な関係を結べる極めてパーソナルな作品なのです。



余談ですが、このアルバムが気に入ったら、ぜひFazerdazeがSpotifyで公開しているプレイリスト「alone in ur room」も聴いてみてください。

スマパンの<1979>、The XXの<VCR>、Cat Powerの<The Greatest>などが入っているこのプレイリストは、タイトルからなんとなくイメージできるかもしれませんが、『Morningside』と同じカラーを持っています。僕が唯一お気に入りに登録しているプレイリストでもあります。

おまけ。今年10月の初来日公演にて。
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Hi-STANDARD 『The Gift』

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「裏切ったやつら」に
もう一度会いたくなった


 少し前の話ですが、Ken Yokoyamaがアルバム『Sentimental Trash』をリリースした頃(15年)、横山健のメディア露出が急激に増えました。かつては「TVに出たら魂を売ったと思ってくれていい」とまで言っていた彼が、『ミュージック・ステーション』をはじめ、地上波の音楽番組に顔を見せました。

 その背景には、「ロックがこのまま廃れてしまうのを、ただ黙って見ていていいのか」という危機感と、そしてコアなロックほどメディアを忌避し、それが結果として一般リスナー層離れを生んでしまったことの一因が、「TVには出ない」と言い切ったかつての自分自身にあるのかもしれないという責任感があったと、横山健自身は語っています。
『横山健の別に危なくないコラム』Vol.89

 そういえば、これも少し前のことですが、こんなニュースもありました。
音楽離れは「有料の音楽」離れに限らず「音楽そのものから距離を置く」と共に

 確かに、僕自身の実感に即してみても、積極的に音楽を聴く人なんて、10人に1人もいない気がします。20人に1人いればいいくらいじゃないだろうか。

 僕が中学高校の頃は音楽、とりわけロックはまだクラスの話題の中心にいました。イエモンはいたしジュディマリはいたしミッシェルはいたし、もちろん、ハイスタもいました。でも、今クラスで音楽が話題に上ったとしても、バンドの名前なんて一つも上がらないんじゃないでしょうか。てゆうか、そもそも「音楽が話題に上る」なんてこと自体が起きえないのかもしれません。

 でも、同時にこうも思います。実は、「音楽を聴く人」なんて、当時からほんの一握りしかいなかったんじゃないかと。僕も含めクラスのみんなが追いかけていたのは、音楽ではなくただの「流行」であり、音楽ソフトの売上が減っているのは、単に「流行を追いかける層」が音楽以外のところへ去ってしまったからで、「音楽を聴く人」の割合は、昔も今も変わらないんじゃないかと。

 もちろん、たとえ20人に1人だとしても、そうしたコアなファンを若い世代に確保し続けなければ、そのジャンルはいずれ滅びてしまいます。そして、そうしたコアなファンは「流行を追いかける層」の中から生まれるのも確かなことです。フジロックが中高年おひとり様だらけだった、なんて記事がありましたが、ロックのレコード売上が初めてR&Bの総売り上げに負けたことでも明らかなように、若い世代におけるロックの存在感は薄れつつあるのは確かなのでしょう。だから、もう一度「流行」を呼び込もうとする横山健のチャレンジは、とても大事だとは思います。

 ただ、その一方で、CDが100万枚売れたからといって、「音楽を好きな人」が100万人いるわけではないし、CDが売れなくなったからといって、音楽へのニーズ自体が減ったわけでもないだろうとも思うのです。

 高校時代、文化祭でハイスタをコピーしてた知人は、今ではK-POPしか聴かなくなりました。自分の携帯アドレスに「music」「love」と付けてる知人が最後にCDを買ったのは、10年近くも前だそうです。

 もちろん、流行を追うのも何かに飽きるのも、個人の自由です。K-POPだって歴とした音楽です。昔のCDだけを繰り返し聴くことだって悪いことじゃない。それが彼なりの「music love」なのだから。

 でも、それら全部をわかったうえで、どうして僕は彼らを「許せない」と感じるのか。「裏切り者」と感じるのか。彼らがハイスタ18年ぶりのアルバム『The Gift』を聴いて「やっぱハイスタだよな〜」などと言おうものなら、この18年の間に活動してた全てのアーティストに土下座しろ!と言いたくなってしまうのか。

(僕はいったい何が書きたいんだろうと思いながらずっと書いています)

 峯田和伸が銀杏BOYZを始める前に出演し、彼の俳優デビュー作となった『アイデン&ティティ』(2004年)という映画があるんですが、その中で、首がもげるくらいにうなずきながら「わかる!わかるぞ!!」と激しく同意したシーンがあります。

 峯田演じる売れないミュージシャンの中島が、大学時代のバンド仲間で、今は就職して働いている友人と飲み屋で飲んでるシーンです。「今どんな音楽を聴いてるか」という話題になったところで、かつてのバンド仲間の一人がこう言い放ちます。「やっぱベスト盤だよね!女口説くならベスト盤が一番だろ!」と。

 これ、伝わるでしょうか。「え?こないだまで一緒に夢見てたじゃん。一緒に熱狂してたじゃん。なんでそんなにあっさり割り切れちゃうの?なんでそんなにすぐ醒めちゃうえるの?あの熱狂は嘘だったの?」という怒りと悔しさ。そして、未だに同じ場所にいる自分が、まるで一人で道化を演じてるかのように思えてきてしまう恥ずかしさ。このとき中島が感じたであろう気持ちが、僕にはすっごいわかる気がして、僕は画面の中に飛び込んで彼を全力で抱きしめたくなりました。

 それがいくら一方的な思い込みであると分かっていても、あいつが自分と同じように熱狂していないと分かったときに「裏切られた」と感じたり、相変わらず熱狂している自分がたまらなく恥ずかしいと感じたりしてしまうのはなぜなのか。

 きっとそれは、さみしいからなんじゃないかと思います『シン・ゴジラ』の記事でも書いたように、僕は「何かを好きになるということは、孤独になるということだ」と考えています。だから、僕は基本的には音楽が好きなことも芝居をやってることも他人に話しません。それが人付き合いのマナーだとすら思ってきました。でも本当は、他人と一緒に何かに夢中になることや、一瞬でも誰かと「つながった!」と実感できることを求めてるのかもしれません。

 10月に『The Gift』を初めて聴いたとき、僕の中には「裏切っていった奴ら」への怒りが、身がよじれるくらいの勢いで湧いてきました。ロックを聴かなくなったあいつらが、久しぶりにハイスタを手に取るのは許しがたいと思いました。でもこの文章を書き終えた今は、なんとなく彼らに久しぶりに会いたいと思い始めています。








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HAPPY 『Stone Free』

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成長や進化なんていう
能天気な言葉は使いたくない


 京都出身の5人組、HAPPYの1stフルアルバム『Hello』は、僕にとっては100点満点といっていいアルバムでした。リリース時にこのブログでもがっつりと書きましたが、「この人たちは僕のために曲を書いてるんじゃないか?」と感じるくらいに、全ての音がピタッとハマりました。その快感といってもいい感覚は、3年経った今聴き直してみても変わりません。

 そうなのです、もう3年も前なのです。『Hello』が2014年。その次のリリースが翌15年の春に出したEP『To The Next EP』。ライブハウスもどんどん大きくなってきていたし、露出も増えていたし、そこからメジャーレーベルに移籍するという噂もありました(実際そういう話はあったそうです)。ところが彼らは、そこから突如長い沈黙の期間に入りました

 16年1月に<Count Your Memory>、同年6月に<Mellow Fellow>と、SoundCloudやYouTubeに新曲が公開されたことはありましたが、いずれも単発のみ。ライブ活動も、メンバーが個々にソロで出演することが増えてきて、「バンドとしてはこのまま終わるのかなあ」なんて思ってました。

 なので今年7月、CDリリースとしてはおよそ2年ぶりとなるミニアルバム『Stone Free』が発表されると聞いたとき、真っ先に感じたのは「嬉しい」というよりも「安心した」という気持ちでした。販売はHPからの注文とライブ会場の物販のみで、レコード店や通販サイトでは取扱いなし。かつてよりもさらにDIYでインディーなスタイルですが、手貼りの宛名シールの封筒で彼らの事務所から直接CDが届くのは、なんか温かみがあって、久々のリリースとしてはむしろ理想的な配布形態だった気がします。

 んで、『Stone Free』です。素晴らしいアルバムでした。めちゃくちゃ良かった。曲が良いっていうのはもちろんなんですが、アルバム全体からHAPPYというバンドが新しいステップに進んだことが強く伝わってきました

 それがもっとも端的に表れているのが、1曲目の表題曲<Stone Free>

 まず一つは、かつてよりも生音が重視されていること。冒頭いきなり聴こえてくるのがサックスの音という時点で、早くも『Hello』との違いに驚くはずです。彼らの代名詞だったキーボードも使われているのですが、その音の響き方はかつてよりもずっとくすんでいます。エレクトロポップ色が強かった前作までを思うと、まさか「ローファイ」という印象をこのバンドに対して抱くことになるとは

 もう一つは、BPMが遅いこと。これは16年の<Count Your Memory>や<Mellow Fellow>の時点から始まっていた変化ですが、<Stone Free>の放つ粘っこいグルーヴは、それがたまたまではなく意図的なものであったことを証明しています。

 遅いっていうだけならこれまでも<To The Next>や<Color>といった曲がありましたが、どちらもバラードであり、当時のHAPPYのなかではあくまで亜流でありアクセント的な存在でした。しかし、<Stone Free>がリードトラックであり表題曲であることに表れているとおり、今作では遅い曲をポップチューンに昇華させているところがこれまでと大きく違います

 これら2つの大きな変化によって、アルバムはトータルとして、『Hello』よりもグッと重たく、サイケデリックな印象を与えます。試しに『To The Next EP』のリードトラック<R.A.D.I.O.>と<Stone Free>を聴き比べてみると、まるで華奢で髪もサラサラだった高校生の少年が、いつの間にか汗の匂いを漂わせる大人の男に変わっていたような、親戚のおじさん気分を味わえます。


 んで、僕は彼らの変化を、ものすごく肯定しています。理由は2つ。

 一つは、15年の『To The Next EP』の時点で、僕は正直、これ以上このバンドがエレクトロポップ路線に走っていくとついていけないかもなあと危惧していたこと。なので、今回の変化は僕にとって歓迎すべきものだったし、おそらくバンド自身も、もうエレクトロポップ路線はないだろうと考えてたんじゃないかと想像します。

 もう一つは、確かにサウンドは大きく変わりましたが、ちゃんと(というのも変ですが)<Lucy>や<Lift This Weight>のような素晴らしいメロディセンスや愛嬌のあるポップネスが感じられるところ。おそらくこれこそがHAPPYというバンドの変わらない個性なんだろうと思います。そういう意味でいえば、僕にとってHAPPYは「変わってない」のです。

 Stone Freeという言葉には「束縛やしがらみ(=Stone)からの解放(=Free)」といった意味があるそうです。そして、アルバムのタイトルがこの言葉になった背景には、メジャーレーベルからの誘いがあったものの「このままメジャーへ行っても自分たちがなりたいバンドになれないんじゃないか?」という疑問(おそらく前述の、飽和気味だったエレクトロポップ路線を期待されていたという意味なんじゃないかと想像してます)がありました。

 この作品はいろんな真理を示唆しているように思います。自分の思ったとおりの自分になるためには、誰かの力はあてにできないこと。自分だけの力による、長い時間の地道な努力が必要なこと

 僕は、「成長」や「進化」なんていう言葉をこの作品に対して使いたくない。成長や進化という言葉には、結果のみを見て、「全てのものは良くなるはずだ」という能天気な前提で作られたストーリーにあてはめようとする浅はかさがあるからです。成長した、進化したという評価には、その過程にある痛みが抜け落ちているように思います。だから僕は、やはりタイトルにならって、HAPPYが前よりも「自由」になった作品と呼びたい。彼らが誰の力も借りずに、実際に自分たちの足で歩くことで、「自分たちはこういう場所にもいけるんだ」ってことを示して見せた作品だと思います



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Christopher Owens 『A New Testament』

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源流をたどって再発見した
「白人アメリカンポップス」の血


 米インディーロックバンド、Girlsが2009年に1st『Album』をリリースしたとき、かなり話題になったし実際に何度か試聴したのですが、そのときはいまいち僕には響きませんでした。09年というと、ちょうどペインズと同期になるわけですが、ある意味「ど」がつくほどシンプルなペインズに比べて、屈折して陰影のあるGirlsには食指が動かなかったのかもしれません。

 とにかく、そんな風に関心が薄かったので、Christopher Owensのアルバム『A New Testament』を聴いても、彼がGirlsのフロントマンであったことなど知る由もなく「誰、この新人!すごくいいじゃん!」と思ってたくらいでした。

 ただ、「すごくいい!」といっても、やたらと斬新だったという意味ではありません。このアルバムに並んでいるのは、カントリー、ソウル、R&Bといったアメリカのオールドスタイルな音楽ばかり。Girlsがアメリカンポップスをベースに独特すぎる新しい音楽を「発明」したのと比べると、この作品はオーセンティックなものを素直にそのまま再現しようとしている印象。

 なので、むしろ古典的といってもいいくらい、レトロな空気に満ちています。例えとして適当かわかんないですけど、カバーアルバムを聴いている感覚に近い。クリストファーの他のソロ作品を聴いてないんですけど、バンド解散後の彼のトレンドはこういう感じなのでしょうか。

 ただ、味付けは素朴で懐かしいものであっても、ギターの音のセレクトや女性コーラスのアレンジなどは、(変な言い方ですが)50年代の音源よりもハマってる感じがします。小気味よく曲を展開していくアルバム全体のリズムの良さも素晴らしい。Girlsとソロとでアプローチは違っていても、やはりこの人は超一流のポップ職人だなあと思います。



 話はとりとめもなく変わるのですが、本作を聴いたことで、かつてはそっぽを向いてたGirlsも今ではよく聴くようになりました。「現代のペット・サウンズ」なんて言われてるそうですが、一度聴いただけでは到底理解しきれないような凝りに凝った世界観は、確かにブライアン・ウィルソンの狂気的創造性を感じます。

 ただ、僕がクリストファー、Girls(そしてブライアン・ウィルソン)を聴いて感じたのは、「白人アメリカンのポップミュージック」とでも呼ぶべきフィーリングでした。明るく華やかで、ノリよりもメロディ重視。強烈なレイドバック感。言い方を変えればそれは“黒っぽさ”と距離を置いた、ある意味ではとてもコンサバな音楽ともいえます(まあ『A New Testament』そのものは黒っぽくもあるのですが)。

 この源流をたどろうとすると、ビーチボーイズがいて、フィル・スペクターがいて、そしてその他多くの50〜60年代のポップスがあるわけですが、21世紀の現在からみると、一部の例外を除いてそれら白人アメリカンポップミュージックのほとんどは、名盤として歴史化・資産化されている“黒っぽい”ロックンロールと異なり、ワゴンセールで980円でたたき売られ、中高年の無聊をかこつだけの存在に成り下がっている有様です。大体、ロックだと60年代の音楽は「名曲」「名盤」と呼ばれるのに、ポップスだと「オールディーズ」と呼ばれるのも変な話です。

 昨年末、And Summer Clubの記事でも書きましたが、16年は自分の音楽に対する「好みのルーツ」が、「白人ポップス」であることを実感した1年でした。そのきっかけとして、記事ではThe LemonsThe Schoolの名前を挙げましたが、実はこの『A New Testament』という作品も大きなヒントでした。

 Girls時代よりもソロ時代の方が長くなったクリストファーですが、なんと最近新しいバンドを組んだらしいです。そのバンドの名前が「Curls」って聞いたときは思わず吹きました。ガールズの後にカールズって!でも曲はめちゃくちゃ素敵です。この記事で音源聴けます。








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The Crotches 『Ein Ahot La Mifsaot』

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「ミサイルの下で書いた曲」は
どこまでもポップだった


 イスラエルの3ピース、The Crotches。出身はイスラエルだけど活動拠点は欧米、というパターンではなく、所属するGarzen Recordsもテルアビブのレーベルですし、Facebook見てると、実際現地で頻繁にイベントやったりライブしたりしてるので、正真正銘、イスラエルで活動中のバンドです。

「イスラエルにバンドがいる」ということ自体が正直驚きでした、でも、さらに驚いたのは、肝心の音楽を聴いたとき。彼らが4月にリリースした2ndアルバム『Ein Ahot La Mifsaot』だったのですが、これがめちゃくちゃかっこよかったのです。

 基本はグチャッとしたローファイなガレージロックなんだけど、メロディにしてもアレンジにしてもとにかく洗練されていて(正確に述べるなら「わざと洗練しない風」にしているところが洗練されている)、Burger Records好きにはたまらないクセや空気感をもっています。

 3曲目<Gan Ha Hashmal>や5曲目<1996>のように、ぼろぼろのトラックが暴走してるようなぶっ壊れた感じもあれば、2曲目<Kever Achim>のように、夏の日の午後のような心地よい気だるさを感じさせるメロウな曲もあり、非常に多彩なアイディアに満ちています。さらに、ヘブライ語(?)の独特な発音が乗っかるので、英語に馴染んだ耳には新鮮で、余計にかっこよく聴こえます。

 ちなみに、Garzen RecordsのBandcampを覗いてみたのですが、所属する他のイスラエルのアーティストも個性的でよかったです。僕はAbraoというソロアーティストが気になった。トロピカルなんだけどダークなサイケデリックという感じがして妙にクセになります。なんて熱い街なんだ、テルアビブ。

 でも、やはりさまざまな争いの火種を抱える国であることと無縁ではないようです。The Crotchesのプロフィールには、14年の戦争(ガザ侵攻のとき?)ミサイルが飛び交う中で曲を書き、廃墟のような場所でライブを続けてきた…というような内容が書かれています。歌詞には強い政治的メッセージが込められているそうなので、おそらく相当ラディカルなことを歌っているのでしょう。

 僕は残念ながら歌詞を理解することはできませんが、その分、純粋な「音」として聴けているはずです。そして、音として聴くThe Crotchesは、「政治的メッセージを歌うバンド」といわれて抱くイメージとはまるで無縁の、陽気でリラクシングで、ユーモラスな印象すら与えるバンドです。僕はそこに(想像ではありますが)過酷な状況だからこそポップであろうとする彼らの強い意志を感じます。

 Yellow FangManic Sheep、そしてThe Crotchesと、「母国語で歌う非英語圏バンド」が徐々に僕のライブラリに増えてきました。

 Yellow Fangのときに書きましたが、ロックという様式の、言語の違いを飛び越える伝播力の強さに驚く一方で、ロックのもう一つの側面である「自由さ」や「多様性」を考慮すると、日本人の僕がイスラエルのThe Crotchesを「かっけえ!」と感じるような、どの国でも共通のフィーリングを持つことは、手放しで喜べるものでもないんだよなあとも思います。もちろん、僕が単に「その文化でしか生まれえない音楽なんだけど、同時にポップミュージック足りえる音楽」をまだ知らないってだけかもしれませんが。

Sound Cloudで全曲聴けます↓







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The Courtneys 『II』

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「技術じゃねえ。ハートだ」は
やっぱり真実です


 カナダのバンクーバー出身の3ピースガールズバンド、コートニーズ。2013年にリリースされた1stアルバム『The Courtneys』は、地元の小さなレーベルでの扱いだったにもかかわらず人気を呼び、アメリカの有名インディーレーベルBurger Recordsをはじめ、世界各国のレーベルが彼女たちの音源をアイテム化しました。

 15年にはニュージーランドの老舗レーベル、Flying Nunと契約し、現在はバンド自身も拠点をオセアニアに移して活動しています。そして今年、Flying Nun移籍後初のフルアルバムとなる『II』がリリースされました。

 コートニーズのメンバーは、クラシック・コートニー(Gt.)、クレイジー・コートニー(Ba.)、キュート・コートニー(Dr.)と、全員が同じ「コートニー」姓を名乗るスタイル。ちなみにキュートがドラムを叩きながらメインボーカルも務めます。

 メンバー全員が同じ苗字を名乗るというと、真っ先に浮かぶのはラモーンズですが、コートニーズはその音楽スタイルまでもがラモーンズの直系ともいうべきものです。ひたすら続く直線的な8ビートとシンプル&ポップなメロディ。楽器はギターとベースとドラムだけ。演奏も歌もすごく拙いんだけど、その素朴さが逆に初期衝動を真空パックしています。



 コートニーズを聴いていると、「こんなに楽器が下手くそでもロックできるんだな!」とつくづく思います。「技術じゃねえ。ハートだ。」と口にすると綺麗ごとだと一笑に付されがちですが、いやいや、間違いなく真実ですよ。初めてバンドを組む中学生や高校生がいたら、僕は間違いなくコートニーズを(男子だったらラモーンズを)勧めると思うな。

 ただ、わが身を振り返ってみると、バンドを初めて組んだ中学3年生当時、コートニーズやラモーンズを聴いたとしても、希望を持つどころか、そのシンプルさを「単純すぎる」「子供っぽい」とバカにしてたかもしれません。「俺は他人と違う」という思春期特有の自己顕示欲を満たすことしか頭になかった当時の僕には、いかに難しい曲を、いかに他人より早くマスターできるかにしか関心がなかったからです。

 ではラモーンズをいつ好きになったのかというと、たしか20代、それも後半になってから。それは、かっこよくいえば、大人になってようやく、真っ直ぐでシンプルな生き方が、いかに尊いかを理解するようになったからです。

「俺このままこの仕事続けられるのかな」
「『アクションアイテム』ってなんだよ」
「今夜の会社の飲み会ホント行きたくねえ」
そんなことばかり考えながら、それでも仕事に向かってしまう自分を思うと、ラモーンズのシンプルで愚直で自由なスタイルが、途端に眩しく感じられたのです。

「ありえたかもしれない自分」というわけじゃないけど、コートニーズを聴いてると、もし中学生の頃に彼女たちに出会って、そしてめちゃくちゃ好きになっていたら、その後僕はどういう人生の選択をしたんだろうなあ、なんて思います。








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Satellite Young 『Satellite Young』

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90年代生まれによる
「80年代」の再発見


 日本の3人組ポップユニット、Satellite Young。彼らが今年5月にリリースしたセルフタイトルの1stアルバムが、めちゃくちゃ面白いです。

 いい!でも感動した!でもなく「面白い」と表現したのはなぜなのか。その理由は、彼らの音源を聴いてもらえば一発で理解してもらえるはずです。

 キッパリハッキリしたメロディに、気恥ずかしくなるくらいにギラギラしたビート。この匂いは…そう、80年代です。80年代以外にありえません。Satellite Youngは「80年代アイドル歌謡」をコンセプトに活動するグループなのです。

 僕はサウンドもさることながら、歌詞に激しく惹かれます。「胸さわぎとまらない午前零時 通知がきてるわ エメラルドのアイコン」<ジャック同士>なんてたまりません。アルバムにはほかにも、<ブレイク ブレイク ティクタク><卒業しないで、先輩!>なんていう、タイトルからしてたまらない曲もあります。

 ちっともおしゃれじゃないガリ勉(これも死語だな)タイプのボーイフレンドを歌った<Geeky Boyfriend>も、いかにも80年代センスでいいですね。でも、80年代当時は「ギーク」なんて言葉は使われてなかったので、あくまで視点は2017年の今ということがうかがえます。こうした、80年代テイストに隠れた現代の感覚を探すことも、Satellite Youngを聴く楽しさの一つです。

 僕は81年生まれなので、リアルタイムで80年代カルチャーを味わった世代よりは、少し下になります。にもかかわらずSatellite Youngを「懐かしい」と感じるのは、子供だったぶん、アニメをたくさん見ていたからです。当時のアニメ番組の主題歌はアイドル歌謡の主戦場だったので、メイン視聴者層だった僕らは、アニメを見る一環でアイドル歌謡の雰囲気も味わっていたのです。Satellite Youngを聴いていて頭に浮かんだのも、<悲しみよこんにちは>(斉藤由貴)とか<水の星へ愛をこめて>(森口博子)とかでした。<Sniper Rouge>なんて、『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』の主題歌<愛はブーメラン>にそっくりです。

 んで、Satellite Youngを最初に聴いたとき、僕はてっきり80年代をリアルに経験してきた人たちが、「青春をもう一度」的に始めたグループなんだろうと思ってました。でも、だとしたら、メンバーは最低でも40代後半でないと辻褄が合いません。なのに、Satellite Youngのメンバーの見た目はせいぜい30代。後から調べたら、ボーカルの草野絵美は90年生まれで、80年代生まれですらありませんでした。つまりSatellite Youngが描いている「80年代」は、実際には80年代をまったく経験していない人たちの手によるものだったのです。僕はこれがすごい面白いなあと思いました。

 ものすごく当たり前の話ですが、元々「80年代」という言葉は、音楽のジャンルやコンセプトを指す言葉ではありません。にもかかわらず、80年代の音楽って、ジャンルを問わず、なんかこう同じ匂いがします。知らない曲でも「あーこれ80年代だな」となんとなくわかる。

 洋楽に目を向けてみても、80年代のポップスってやっぱり独特です。<Girls Just Wanna Have Fun>のMVで見せたシンディ・ローパー派手なメイクと、オリビア・ニュートン・ジョンの<Physical>のあのチカチカしたMV、あとデュラン・デュランの<Reflex>でステージの上から滝が落ちてくる、今でいうAR映像みたいないやつ。80年代の洋楽と言われて僕がパッと思い浮かぶのはこのあたりなんですが、日本とは多少趣きが違うとはいえ、ギラギラとしたバイタリティに溢れているところは共通しています。

 80年代って、今振り返ってみると、テクノロジーに対する信頼がもっとも厚かった時代という気がします。音楽業界ではそれがシンセやリズムマシーンといった電子サウンドの一般化と、映像との結びつきの強化によるド派手化ショー化になって表れたのかなあと。80年代の音楽が共通してもつ匂いは、そのような「未来に対する無邪気な憧れ」なのかもしれません。90年代のグランジの登場やオアシスのような「古典派」の復権は、享楽的な80年代からの揺り戻しという文脈で捉えられる気もしてきます。

 Satellite Youngを聴いていて、キッパリハッキリとニュアンスを出す80年代的思い切りの良さが、「あか抜けない」ではなく「眩しい」と映るのは、それが(大げさに言えば)未来を信じているがゆえのものだからです。そして、未来を信じていることが「眩しい」と感じるのは、何かとキナ臭い2017年の日本社会に僕が生きているからです。

 この点で、Satellite Youngがやっていることは、単なる80年代サウンドのリバイバルではなく、新たな文脈に基づいた「再発見」と呼ぶべきものだと思います。








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Car10 『Car10』

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大きくなった彼らの背中を
僕は呆然と見送るだけ


 大滝詠一の長年の盟友である音楽家・井上鑑は、初めて『A Long Vacation』のデモを聴いたとき、「曲が“上等”になったな」と感じたそうです。今年6月にリリースされたCar10(カーテン)の新作アルバムを聴いて、僕の頭にパッと浮かんだのも、まさに「上等」という言葉でした。3枚目にして初めてバンド名をタイトルに冠したこの作品は、セルフタイトルに相応しい彼らの最高傑作だと断言できます

 ただし、このアルバムは、2枚目『Rush To The Funspot』(2015年)やEP『Best Space』(16年)の、単なる延長線上にはありません。このことは1曲目<くらい夜に>を聴けばすぐにわかります。

 まずは、この曲が「日本語詞」であること。これまでこのバンドには日本語の曲が圧倒的に少なかったことを思えば、プレイボタンを押すといきなり日本語詞が聴こえてくること自体が意外です。アルバム全体でみても、英語詞と半々くらいのバランスにまで、日本語詞の曲が増えています。新曲は全て日本語詞じゃないでしょうか。

 重要なのは数が増えたことではなく、日本語詞の曲の「存在感」が強くなったことです。<くらい夜に>や2曲目の<マチフェス>といった曲では、メロディへの言葉の載せ方や言葉自体の選び方が過去の日本語詞の曲とはまったく異なります。特に<マチフェス>は川田晋也の脱力ボーカルともかみ合って、相当にユニークな世界観を生んでいます。これまではCar10のことを「英語詞のバンド」と認識している人が多かったと思うのですが、今作を機に「日本語詞のバンド」にパブリックイメージが変わるんじゃないでしょうか

 そして、<くらい夜に>で日本語詞以上に驚くのは、この曲の展開です。サビに入り、これまでならギターがガツン!と鳴って全力疾走し始めるところを、この曲の場合はゆったりしたシャッフルリズムに切り替わるのです。しかも、ビーチボーイズのようなコーラス付きで。

 似たような印象を受けるのはアルバムラストの<Block Party>で、こちらは<くらい夜に>よりもさらにめまぐるしくテンポが変わります。コーラスもやはりビーチボーイズ風。これらの曲に見られる今までになかったアレンジには、完全に意表を突かれます。特にコーラスなんて、絶叫系の「ギャングコーラス」こそ彼らの代名詞だったわけですから。

 ちなみに、インタビューを読んで後で知ったのですが、川田晋也はこのアルバムの制作前に映画『ラブ・アンド・マーシー』を見て、ブライアン・ウィルソン(そしてそこからの大滝詠一)を聴きこんでいたそうです。なので「ビーチボーイズ風」と書いたのは。あながち間違いではなかったらしい。そういわれると<Block Party>の、さまざまなシークエンスをつなぎ合わせながら曲が進んでいく感じは、どことなく<Heroes And Villains>っぽいです。

 んで、話を戻して、結局これまでの作品とアルバム『Car10』は何が違うのか。日本語詞の増加と楽曲のバリエーションが広がったことの2つのポイントで書いてきましたが、それらは単なる「現象」にすぎません。それらの現象の結果として、このアルバムからトータルで受ける印象は、彼らが「大人になった」という言い方が一番しっくりきます。

 今作で最初に公開された楽曲は<マチフェス>でしたが、この曲は過去の楽曲とは明らかに次元が違っています。パンクやインディーの世界を飛び越えて、もっとメジャーでライトな層までをも捉える射程の広さを備えています。僕が冒頭に述べた「上等」という表現で指したのは、この射程の広さのことです。

 彼らがそれだけの器量をもつバンドであることは、例えば『Best Space』の<ミルクティー>などで明らかでしたし、この作品でこれまで以上に人気が広がっていったとしても、それは正当な評価だと思います。ただ、自分自身で勝手だなあと思うのですが、こうなると逆に『Rush To The Funspot』の頃の、あの青さが途端に懐かしくなってきてしまう気持ちもあるのです。一度も後ろを振り返らずに遮二無二前へと突っ込んでいくようなエネルギーが。

 成熟していくことは喜ばしいことなのに、もう二度と元には戻れないことに寂しさも覚えてしまう。そういう感覚を表現すると「大人になる」という言葉が、僕にはもっともしっくりくるのです。

 ただ、最高傑作であることは間違いありません。いつのまにか自分よりも背が高くなった少年の顔を仰ぎ見るような、そんな気持ちにさせられるアルバムです。








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Hazel English 『Just Give In / Never Going Home』

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ポップソングでありながら
「讃美歌」の響きをもつ声


「English」という苗字が本名なのか芸名なのかハッキリしないのですが、Hazel English自身はイギリス人ではありません。出身はオーストラリアのシドニーで、現在はアメリカのオークランドを活動拠点にしています。

 彼女の出身がオーストラリアであることは、かなり意外でした。だって、オーストラリアのアーティストというと、ジャンルにかかわらずアクが強いイメージがあったのですが、彼女はむしろ淡く控えめな印象だったから。その一方で、アメリカのアーティストという匂いも僕は感じてはいませんでした。

 じゃあやはりイギリスっぽいのか。彼女はインタビューで好きなアーティストを聞かれて、Cocteau TwinsThe SmithsThe Cureといったイギリスのバンドばかりを挙げています。彼女自身もイギリス音楽志向であることを認めています。でも、少なくとも僕は彼女がイギリスっぽいという印象も持ちませんでした。

 Hazel Englishは特定の国や地域を連想しづらい、無国籍なアーティストです。その理由は、彼女の声。機械的とまで言えるほど淡々としていて体温が低いのに、声が折り重なって空間に広がっていくような不思議な響きをもっています。サビで、普通だったらエモく歌いそうなところを、彼女の場合はスーッと力を抜いていくように歌うのです。この特別な歌い方と声の響きは、「イギリスっぽい」「アメリカっぽい」といった、思い込みによる安易な紐づけを跳ね返します。

 僕が最初に聴いたときに真っ先に惹かれたのも、この不思議な声と歌い方でした。16年の5曲入りEP『Never Going Home』だったと思うのですが、まだそのときはCDでのリリースはなかったので、ひたすらSoundCloudとSpotifyで聴いてました。僕にとって17年にもっとも新譜を待ち望んでいたアーティストの一人は、彼女でした。



 5月にリリースされた『Just Give In/Never Going Home』は、正確に言うとアルバムではなく、前半に新たな5曲入りEPを収録し、後半には前述した昨年のEPを入れて2作のEPをくっつけた「ダブルEP」という扱い。「ダブルEP」なんて僕初めてだったんですけど、本来は別々の作品をくっつけてるぶん、ある意味フルアルバムよりもメリハリが利いていて、ベスト盤を聴いてるみたいな感覚で、これはこれでいいかも。

 再度「無国籍なアーティスト」ってことに話題を戻すと、今回のダブルEPで一気に聴ける音源が増えたわけですが、集中的に彼女の声を聴いていると、ふと、ずいぶん前にブログに書いた、Bill Douglasの音楽の響きが頭をよぎりました。

 針葉樹に覆われた深い森にゆっくりと朝が訪れる様子を描いた『A Place Called Morning』というアルバムは、ロックという、基本的には人間社会をモチーフにする音楽よりも、より普遍的で時間軸の長い作品です。Hazel Englishの不思議な声によって描かれる風景は、オーストラリアでもアメリカでもイギリスでもなく、『A Place Called Morning』のあの風景に近いんじゃないかと感じたのです。

 ポップソングでありながらも「聖なるもの」をも射程に捉えられる。そんなスペシャルでユニークな声を、おそらくいずれ発表されるであろう1stアルバムでどう生かしてくるのかが、今からとても楽しみです。








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ザ・クロマニヨンズ 『ACE ROCKER』

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「大好きなものがあると
人生は楽しくなる」ということ


 活動してきた全てのバンドのアルバムを持ってるし、本や雑誌のインタビューも大事にとってあるし、自分で作った芝居でも何度も曲を流したし、多分、日本のアーティストで一番多く歌を知ってるのも彼らだと思います。

 にもかかわらず、これまで一度も彼らのことをブログで取り上げなかったのは、受けた影響の大きさを、とてもじゃないけど言葉に言い表せられないと思ったから。それに、この人たちの魅力は既にみんな十分すぎるほどわかってるから、今更僕なんかが語ることなんてないし、そもそも、彼らの音楽を言葉に直すことほど野暮なこともないと思ってました。

 甲本ヒロトと真島昌利。ヒロトとマーシー。

 この2人のことを、多くの人が「変わらない」といいます。確かに、ブルーハーツハイロウズという伝説的なバンドを経て、今なおクロマニヨンズで歌を歌い、ギターを弾き続けてる2人の姿は、「海」とか「山」とかと同じレベルで、いつ見ても変わらない風景という感じがします。あの2人の姿をたまにTVとかで見かけると、「本当に30年以上経ったのかな?」とさえ思います。

 でも、あえて言うけど、僕は、バンドごとに彼らは変わってきたと感じているし、バンドごとに異なる微妙なキャラクターの違いを楽しんでいます。

 ブルーハーツは3つのバンドの中で一番、世の中にコミットしようとしてるバンド。その分だけ、感情が一番爆発してるバンドでもあります。いつか僕がよぼよぼの老人になっても、ひとたびブルーハーツを聴けば、きっと一発でアドレナリンがぶわーっ溢れてきて、胸がいっぱいになるんだろうなあ。

 ハイロウズは、ブルーハーツの反動か、ちょっと世捨て人になった感じ。でも、その分3つのバンドの中でもっとも情緒に溢れ、一番キラキラしてます。音楽的にももっともバラエティに富んでいて、楽しさでいえば僕はハイロウズがNo.1だと思う。

 そしてクロマニヨンズは、ブルーハーツ、ハイロウズに比べると、よりサウンド先行型のバンド。<ギリギリガガンガン>とか<ニャオニャオニャー>とか、曲のタイトルを見てもわかる通り、言葉すらも音とイメージだけで紡ぐようになりました。ひたすら心地よい音とリズムを追求し、そのためには歌詞の意味やメッセージすらも、余分なものとしてそぎ落とす。極限まで肉体を絞り込んだボクサーのようなバンドです。

 ただ、クロマニヨンズの近年の作品では、歌詞にも変化が見られます。例えば、15年のアルバム『JUNGLE 9』に収録された<エルビス(仮)>。この曲の歌詞には、忘れられて朽ち果てていく者の哀れさやいじらしさがあります。聴き終えた後にカタルシスではなく、疲労感にも似た苦い後味が残るなんて、それまでにはなかったことです。


 契機となったのは、12年のアルバム『ACE ROCKER』だと思います。<他には何も><ハル><バニシングポイント>そして<欲望ジャック>という幕開けの4曲には、それまでの作品にはなかったシリアスさがありました。

やらずにいられない ことがあります
やらずにいられない ことをやるだけなんだ
ただ それだけ
他には何も 他には何も 何も何も何も

<他には何も>

 ここには、ブルーハーツのような感情の爆発や、ハイロウズのような詩情ではなく、透明になるまで研ぎ澄まされた、求道者のような姿勢があります。それはまさに、クロマニヨンズというバンドの姿勢そのものです。

 言葉すらも音とみなすという点で、それまでの歌詞は、サウンドとはいわば主従関係にありました。ところが彼らはこの作品でついに、歌詞までもをサウンドと同じストイックな領域に踏み込ませたんだと思います。僕は『ACE ROCKER』でむしろクロマニヨンズが好きになりました。


 ヒロトとマーシー。2人のことを、多くの人が「変わらない」といいます。何が変わらないのか。
50歳を過ぎてもパンクを続けてるのがすごいという人もいれば、それを永遠の初期衝動という言葉で表現する人もいます。2人の体型と答える人もいるかもしれません(あれは本当にすごい)。

 以前、ヒロトがある雑誌のインタビューで、「なんでそんなに長く続けられるんですか?」という記者の質問に対し、こんな風に答えていました。
「よく聞かれるんだけどさ、続けようと思って続けてるわけじゃないの。ロックンロールがすごすぎるんだよ。だってこんだけ続けててもまだ飽きないんだもん。だから長く続ける秘訣を聞きたいならロックンロールに聞いてくれって思うよ」と。

 この言葉を思い出すと、彼らの中でもっとも「変わらないもの」は、「音楽が好き」という気持ちなんじゃないかという気がしてきます。30年以上も音楽が好きで、ロックが好きで、おじさんになってもなお、「僕はこれが好きなんだ」と大声で言い続けてる。僕が彼らの音楽から教わった一番のこと。それは「大好きなものがあると、人生は楽しくなる」ということです。

 クロマニヨンズは結成以来、(ほぼ)毎年1枚アルバムをリリースし続けていますが、今年もまた10/11にニューアルバム『ラッキー&ヘブン』をリリースします。










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Tashaki Miyaki 『The Dream』

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「ドリームポップ」の本当の意味を
初めて知ったのかもしれない


「タシャキ・ミヤキ」ってずいぶん変わった響きのバンド名だけど、何語なんだろう?と思っていたら、なんと日本語でした。映画監督の「三池崇史」の言い間違いをそのままバンド名にしたそうです

 このエピソードからも想像がつく通り、バンドのメンバーは相当なシネフィル揃いで、中でもボーカル&ドラムのペイジ・スタークは、音楽を始める前からモデル・女優としても活動していたようです(確かにケイト・ブランシェットみたいな美しさ)。Tashaki Miyakiはペイジにギターのルーク・パキン、ベースのドーラ・ヒラーを加えた、男女3人による3ピースバンド。2011年にLAで結成されました。

 僕が彼女たちを知ったのは、確か14年のシングル『Cool Running』のときだったと思います。当時はペイジが「ルーシー」、ルークが「ロッキー」などと名乗っていました。聴いてみたらめちゃくちゃ良かったので、(そのときはSound CloudとYouTubeにしかなかったのですが)過去の音源を漁ったり、Facebookをフォローしたりしていました。

 15、16年はほとんど活動らしい活動はなく、Facebookの更新も途絶えがちで「大丈夫かな?」という感じだったのですが、17年に入って突如1stアルバム『The Dream』のリリースを発表。タイミングを同じくして公開されたアルバムからのリードトラック<Girls On T.V.>は、およそ2年ぶりに聴くこのバンドの音源だったにもかかわらず、初めてこのバンドを聴いたときと同じように「あああ…」と息が漏れました。



 サイケデリックというには"臭み"がないけれど、単なるギターロックと呼ぶにはあまりに官能的。サウンドはグラマラスと呼べるほど分厚いのに、底へ底へとどこまでも沈んでいく気だるい楽器の音に対して、ボーカルだけが浮き上がってくるような、奇妙な遠近感のあるプロダクション。このボーッとした感覚が忘れられなくて、ずっとこのバンドの新譜を待っていたのです。

 今回のアルバムで初めて歌詞も目にしたのですが、サウンドに負けずこっちもかなりユニークでした。
Look At The World.
It Is Big, I Am Small And We Are Living

<City>

All I Got Is Time
I'm Waiting For Something Else
I'm Waiting For Someone To Change
(中略)
I Want To Be Out Of My Head For Just One Day
I Wanna Go Somewhere Else And Feel Okay

<Out Of My Head>

 中学生の教科書か?ってくらい、シンプルな英語です。でも、「無駄をそぎ落とした、一分の隙もない言葉」という印象はありません。<City>の「It Is Big, I Am Small And We Are Living」というフレーズが、単に「私はちっぽけだ」と嘆いているわけでもなく、反対に「私は生きているんだ」と力を込めているわけでもないように、シンプルだからこそ、言葉と言葉のあいだに想像をめぐらせる余地があります

 揺らぐ。ぼやける。混ざる―。Tashaki Miyakiの音楽を表すキーワードを挙げるなら、そんな言葉を選ぶべきでしょう。陽だまりの中で、夢と覚醒の間を行きつ戻りつするような恍惚感。気の抜けたぬるいサイダーのように、物憂い甘ったるさ。

 今回のアルバム『The Dream』ジャケットの帯には「ドリームポップ」と書かれています。ドリームポップというと僕はこれまで、もっとリズムが速くて高音が利いていて、エレクトロポップと非常に近いイメージを持っていました。ふわふわと軽くて享楽的なところが「ドリーム=夢」を指しているんだろうと。

 けれど、本当の夢っていうのは、謎めいていて、曖昧で、個人的なものです。現実との境界線を認識することもできない。そういう意味では、夢は怖いものでもあります。夢という言葉がもつ本来のイメージを考えるならば、僕はTashaki Miyakiの音楽で初めて、本当の「ドリームポップ」を耳にしたのかもしれません。








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Manic Sheep 『Brooklyn』

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「轟音ギターノイズ」は
むしろ優しい


 タイのYellow Fungについて書いたときに、「母国語で歌うアジアのバンド」という話をしましたが、昨年の暮れに新しい出会いがありました。台湾出身のManic Sheepです。

 何度かメンバーチェンジをしてるそうですが、現在は男性2人女性2人の男女混成4ピース。2012年にセルフタイトルの1stアルバムをリリースし、今年1月に2ndアルバム『Brooklyn』をリリースしました。僕の場合は彼女たちを知ったタイミングが2ndが出る直前だったので、連続してポンポンッと聴けたのですが、1stをリアルタイムでフォローしてた人は5年も待ったことになるんですね。

 ただ、音源はリリースしてなかったもののライブ活動はコンスタントに行っていて、日本にも14年、15年の2年連続FUJI ROCK出演をはじめ、かなり頻繁に来日しています。つい最近も来てましたね。海外ではKyteのオープニングアクトもやったことあるようです。



 彼女たちのどこがそんなに好きなのかというと、ノイジーな轟音ギターとボーカルChrisのウィスパーボイスの組み合わせにつきます。いわゆるシューゲイザーの系譜をひくバンドではあるのですが、ライドやマイブラ、ホラーズといったUK系正統的シューゲイザーバンドと比べると、Manic Sheepはずっとメロディが立っていてポップです。でも、ペインズや初期のスーパーカーが好きな僕としては、彼女たちの方が肌に合う。

 ギターのノイズが増せば増すほど、凶暴さではなく繊細さを生む。僕はシューゲイザーのことをそのように理解しているので、Manic Sheepはまさに見本のようなバンドといえます。Chrisの、ただでさえ傷つきやすそうな細い声が、ほとんどギターの音の中に埋もれてしまっている極端な音像は、まるでギターが歌を抱きしめているようにも聴こえます。アンバランスであるからこそ、そこにピュアネスを感じるのです。

 あと、全然音楽と関係ないけど、Manic Sheepで驚くことといえば、ジャケットに対する異様なまでの「凝り」。1stのインナースリーヴは、ページの1枚1枚が羊の毛皮、筋肉、内臓、骨格などのレイヤーになっていて、綴じると1頭の羊が、ページを最後までめくるとその羊の胎内にいる赤ちゃん羊が見えるという、「一体ジャケットにいくらかけてるんだ?」というくらいに手の込んだものでした。

 2nd『Brooklyn』ではなんと、ケースを覆うカバーが完全に密封されていて、購入者はカッターやハサミを片手にカバーを開けないとCDが聴けない、という代物でした。カバーにジャケットイラストがあるから、ぐちゃぐちゃに開けるわけにはいかない。かといって、切り取り線もない。ビニールを解いてから音を出すまで30分かかったCDって初めてです。何をさせたいのか意味不明すぎて笑いました。

 以前Yellow Fungの記事の中で、「今の20代は英語で歌うことへの違和感が下がってるんじゃないか」と書きました。でも、英語も母国語も不自由なく歌い、両方が自然に共存しているManic Sheepを聴いていると、「今の20代は英語で歌うことと母国語で歌うこととの間に区別がない」と書いた方が、より適切なのかなあ、なんて思います。








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Charly Bliss 『Guppy』

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目新しくはないけど
「こういうの」が聴きたかった


 最初に聴いた1曲が2016年のシングル<Turd>と<Ruby>のどちらだったのか、実は思い出せないのですが、1コーラス目だけを聴いただけで「これはヤバい。大好きになる」と確信したことははっきりと覚えています。

 NYブルックリン出身の4ピース、Charly Bliss。14年に自主制作EP『Soft Serve』を発表して以来、2枚のシングルに1枚のライブEPと、コンスタントに音源をリリースし、じわじわと認知度を上げていった彼らですが、今年4月、初のフルアルバムとなる『Guppy』をリリースしました。

 既発曲と新曲とを織り交ぜた、現時点での彼らのベストアルバム的構成で、シングル<Ruby>だけでなく、ライブ音源しかなかった<Percolator>や、<Bad Boy>からタイトルを変え新録された<Black Hole>なども収録されました。新曲の中では、なんといっても4曲目の<Glitter>でしょう。助走(Aメロ)、踏切(Bメロ)、飛翔(サビ)のような、躍動感のある展開をするこの曲は、1stEPの<Love Me>を超える、このバンドの新たな代表曲になったと思います。



 パワーポップと分類されることの多いCharly Blissですが、確かにFountains Of Wayneばりにメロディは泣きまくっているものの、決してそれだけではありません。

 たとえば、Sonic YouthやNirvanaを思い起こさせる、(今やちょっと懐かしくなってしまった)90年代オルタナのゴツゴツした手触りもあります。また、「バブルガムガレージ」などという造語で分類されることもあるように、紅一点のボーカル、エヴァ・ヘンドリックスの甲高いシャウトには、ティーンポップ的な可愛らしさや甘酸っぱさもあります。そういえば、エヴァの声を最初に聴いたときは、The Muffsのキム・シャタックっぽいなあと思ったのでした。

 メロディの良さとオルタナ的アイデアとエヴァの声。Charly Blissが僕の耳にフィットしたのは、この組み合わせがどこか、『Runners High』や『Little Busters』あたりのthe pillows(もう20年近く前なのか…)を彷彿とさせたからかもしれません。

 逆に言えば、Charly Blissの音楽は決して目新しいものではありません。むしろ、過去の音楽の再生成であり、「王道」とさえといえるでしょう。そういう意味では、このバンドがブルックリンという、「風変わり」の代名詞のような土地から出てきたことが意外です。エヴァは今でもブルックリンのコーヒーハウスでバイトをしているそうですが、このように「ザ・王道」のようなバンドが、デビューから3年経っても、NYの片隅のインディーシーンにいることについて、個人的には一抹のさみしさも覚えます。

 ただ、本人たちはそんなことはまるで気にしていないでしょう。もちろんビッグにはなりたいだろうけど、かといってインディーであることを恥じてもいない。そう思うのは、The Muffsやthe pillowsと比べると、Charly Blissははるかにドライで陽気だからです。

 エヴァの声にはキム・シャタックの毒気も山中さわおの陰鬱さもありません。90年代のオルタナって、ネガティブな感情をモチベーションにしているところがありますが、Charly Blissはそういう匂いがまったくといっていいほどない。音はとてもパワフルだけど、伝わってくるパーソナリティーは驚くほど自然体です。

 ここまで書いてきてふと思ったのですが、僕がCharli Blissの音楽に惹かれた本当の理由は、「ツルン」というか「フワッ」というか、余計な力が入ってない気軽で明るいところが、30代になった今の僕の感性にフィットしたからかもしれません。つまり、the pillowsに似ていたからというよりも、むしろthe pillowsとは正反対の部分に惹かれたんじゃないか、ということです。

 う〜ん。なんだか急に年を取った気がしてしまいました。








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『Sgt. Pepper's』の新旧ミックスを全曲聴き比べてみた 〜B面編〜

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残りの全アルバムも
リミックスしてくれたらいいのに


 前回から引き続き、ビートルズ『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』の50周年記念盤のステレオリミックスとオリジナルのモノラルミックスの聴き比べ。
※前回の記事:『Sgt. Pepper’s』の新旧ミックスを全曲聴き比べてみた 〜A面〜

 今回はアナログ盤でいうとB面にあたる後半の6曲を取り上げます。前回同様、09年のモノラルリマスターと、今回のステレオリミックスを聴き比べます。文中ではモノラルを【オリジナル】、ステレオを【リミックス】と呼びます。
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#8 Within You Without You

 この曲は意外にも勝敗つけるのが難しかったです(【リミックス】の圧勝だろうと思ってた)。
 イントロのタンブーラやシタールの響きがフワーッと広がっていくところは、確かに【リミックス】で聴くと「おおお〜」と声を上げそうになります。けれど、空間の広がりを意識したミックスという点では、前曲の#7<Being For The Benefit Of Mr. Kite!>も同じ。2曲連続で空間系ミックスを聴くと、少々うるさく感じてしまいます
 アナログ盤であれば前曲との間に「盤をひっくり返す」というワンクッションが入るので、問題ないかもしれません。でも「次世代が聴くビートルズ」というこの企画の基準を考えると、アナログは前提にはできないので勝ちは【オリジナル】ということになります。
 ここで終わると、なんだか<Mr. Kite!>のとばっちりで【リミックス】が負けたってだけになるので少しだけフォローすると、【モノラル】の方が音が少しくたびれたような風合いになり、オリエンタルなこの曲にはそもそもこっちの方が合っていると思います。


#9 When I'm Sixty-Four

 この曲の「味の決め手」になっているのは古いジャズ風のクラリネットとピアノ。「古い」ということで【オリジナル】に軍配が上がりそうですが、僕はこの曲のクラリネットとピアノの本質をレトロではなく「ユーモア」だと捉えています。
 「僕が64歳になっても君は僕を必要としてくれるかな」という、他愛もないっちゃないラブソングですが、この曲がなんでこうも楽しく聴こえるかというと、「64歳」という絶妙な年齢と、そしてこのとぼけたようなクラリネット&ピアノの効果でしょう。両楽器の音がボーカルなどとひと塊になって聴こえるよりも、ボーカルと分かれて配置された方がバックグラウンド化されて、その効果をより発揮する気がします。ということで【リミックス】の勝ち


#10 Lovely Rita

 この曲について僕は#4<Getting Better>の姉妹編のようなイメージを持ってるんですけど、みなさんいかがですか?どちらの曲も、ポールのボーカルとジョン、ジョージのコーラス、そして楽器とが互いに追いかけっこをしてるように聴こえるところが面白いし、いかにもビートルズだなあと感じます。
 そうした三者の動きや距離感がつかみやすいのは【リミックス】の方です。<Getting Better>はリミックスの方針が空回りしてうるさくなってしまったので【オリジナル】の勝ちだったのですが、あの曲も本来はステレオミックスで聴きたい曲です。


#11 Good Morning Good Morning

 概していうなら、モノラルは音がごちゃっとくっつき合っているため、個々の音の境界線は曖昧で聴き取りやすさは落ちますが、ひとかたまりになっているぶん、疾走感やグルーヴ感は強く出ます。
 反対にステレオは、一つひとつの音を手に取って眺められそうなほどはっきり分かれていますが、聴き取りやすいぶん、目の前で手品の種明かしをされたような興醒め感があります。
 単なる印象なのですが、ジョンの作る曲はモノラル向きな気がします。ついでにいえば、ジョンの声もモノラルがいい
 この曲の場合も、シュールでわけのわからない正体不明な感じが、【リミックス】だと消えてしまってつまらないように感じます。ジョンの声も【リミックス】は迫力が足りない。【オリジナル】を聴いていると、「グッモーニン!」という叫びをスピーカーから垂れ流す得体の知れないトラックが目の前を駆け抜けていくような感じがします。


#12 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)

 難しいです。#1と同じように、やはり#12もこの曲をどう捉えるかによって変わります。
 ただ、捉えるポイントは異なります。#1は、アルバムの幕開けということで、コンセプトである「ライブショー」に聴き比べるポイントがありました。一方、この#12はタイトルにもある「Reprise(=くり返し、もう一回)」をどう解釈するかが鍵になります。
 僕の解釈では、この曲はいわばカーテンコールで、作品の最後に置かれた「おまけ」のような位置付けです。ドリフの全員集合でいうところの<いい湯だな>ですね。
 そう考えると、【リミックス】よりも【オリジナル】の方が、遠くから響いてくる感じがあり、「これでおしまいですよ〜」という雰囲気をより醸し出してる気がします。
 ただ、そういう文脈を無視して1つの独立した曲として考えるなら、【リミックス】の方がよいです。迫力が違うし、ジョンとポールの声のバランスもよいです。先日のポールの来日ツアーでもこの曲やりましたが、【リミックス】のイメージの方が近かったですね。ジョンの曲はモノラル向きなのとは反対に、ポールの曲はステレオの方が良く感じるのは面白い対比です。


#13 A Day In The Life

 この曲はオーケストラのスケール感や深遠な物語世界を思わせるサウンドで神格化されがちですが、実態はジョン、ポール、再びジョンという、このバンドの必勝パターンである2人の歌のバトン交換です。
 1:30過ぎからの、ジョンからポールへのボーカルの受け渡しに生じる微妙な揺らぎは、【オリジナル】の圧勝です。
 また、オーケストラやピアノがメインを張っていますが、ピアノのリフはあくまでロック的だし、そもそもこの曲を前々へと運んでいるのは、他ならぬリンゴのドラムです。このような点を考えても、カタマリ感、疾走感のある【オリジナル】に軍配が上がります
 聴き比べる前はなんとなく【リミックス】の圧勝かなと思っていたのですが、曲の「核」にあたる部分がはっきりと【オリジナル】で聴かれることを求めていました。

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 全13曲の聴き比べが終わりました。結果は、7勝6敗で【オリジナル】の勝ち。10曲目の<Lovely Rita>が終わった段階では6勝4敗で【リミックス】が押してたのですが、ラスト3曲で【オリジナル】が一気に逆転しました。

 んで、やった本人が書くのもナンなんですが、意外な結果です。なぜなら【リミックス】の圧勝だと思ってたから。そのくらい、今回の50周年盤はインパクトありました。正直「今まで何を聴いてたんだ?!」って愕然としたくらいです。ジャイルズのバランス感覚は素晴らしく、ものすごい集中力で自分の個性を押さえながら、「ビートルズがもしステレオを前提にリミックスしてたら」という仮定に対して説得力のある音源を作りだしています。

 このアルバムに関して、僕は今後旧ステレオミックスを聴くことはもうないでしょう。なので、「21世紀に残すに相応しいビートルズ音源」という当初ジャイルズが立てた目標は、十分に達成できていると僕は思います。

 一方で、今回のようにモノラルとステレオという軸で聴き比べると、まだまだ議論の余地はありそうです。また、個々の楽曲で聴き比べた結果とアルバム全体で比べた結果が、必ずしも一致しないというのも興味深いです。こうなってくると、『Let It Be』『Abbey Road』のモノラルミックスというのも聴いてみたい。

 ジャイルズには、マジでこのまま全作品のリミックスをやってほしいです。『ホワイトアルバム』については既に計画があるという噂ですが、いやいや、そのまま全オリジナルと『Past Masters』の2作品までやっちゃってください








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