週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

【歴史】川はアナーキー

都内の暗渠を「ロックバンド」に例えて紹介してみる

 先週に続いて川・暗渠の話です。
(先週の記事:「川」こそアナーキーだ
 誰にも読まれていないのをいいことに、どんどん書きます。

 暗渠イスト(暗渠ファンのこと)のバイブル『川の地図辞典』を開くと、かつては東京の街のいたるところを、まるで毛細血管のように無数の川が流れていたことがわかります。上水道や細かい用水路なども含めれば、23区だけでも100本以上の川(水路)が流れていたんじゃないでしょうか。そのほとんどが暗渠化されていることを考えると、現代の僕らは「川の上に住んでいる」と言っても過言ではありません。

 そこで今回は、数ある都内の暗渠の中からその一部を、ロックミュージシャンに例えながら紹介するという、まったく意味不明なことをやろうと思います。
 わかる人だけわかればいいんだ

(目次)
暗渠界のビートルズ
暗渠界のローリング・ストーンズ
暗渠界のセックス・ピストルズ
暗渠界のビーチ・ボーイズ
暗渠界のボブ・ディラン
暗渠界のカーペンターズ
暗渠界のキャロル・キング
暗渠界のスミス
暗渠界の大滝詠一
暗渠界のビョーク
暗渠界のCCR
暗渠界のデヴィッド・ボウイ
暗渠界のオアシス
暗渠界のバディ・ホリー
暗渠界のニューヨーク・ドールズ

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■暗渠界のビートルズ:渋谷川



 暗渠の中でもっともメジャーな存在。暗渠に興味のない人でも渋谷川のことは知ってるんじゃないでしょうか。渋谷駅や原宿キャットストリートといった華やかなランドマークの真下が実は川だったという意外さは、暗渠の楽しさや興奮を端的に伝えてくれます(こうした感覚を本稿では「ポップネス」と呼びます)。
 こうしたポップネスに溢れる一方、センター街のど真ん中を流れる宇田川や青山の瀟洒な住宅街の中を流れるいもり川など、表情豊かな支流も多く、容易には全貌をつかめない奥深さも併せ持っています。地形という観点からも非常にポップネスに富んでおり、僕は渋谷川を知って以降、表参道や竹下通り、道玄坂や宮益坂といったおしゃれな通りが「崖」にしか見えなくなりました。渋谷川は国道246号線をくぐった渋谷駅の南側で開渠になりますが、地下世界への入口であるその開口部は、暗渠好きのロマンをかきたてる原点ともいうべき光景です。このように、どの切り口からでも人を惹きつける「王道・オブ・ザ・暗渠」っぷりは、暗渠界のビートルズと呼ぶにふさわしいでしょう。
 ちなみに、本流をバンド、支流をメンバーとするならば、渋谷川の支流のどの川が4人のうちの誰にあたるか?ということを、以前Twitterで議論したことがあります。ジョン=宇田川、ポール=本流上流域、リンゴ=いもり川までは共有できたのですが、ジョージが決まらない。笄川という説もあったのですが、そうすると川の流れを時系列としたときにリンゴ(いもり川)と整合性が取れない。僕は、ポールと幼馴染だったという点で、玉川上水からの分水である千駄ヶ谷・代々木支流を暫定的にジョージとしたいと思います。南新宿と代々木ってあたりもジョージっぽい。

↓水源の一つである新宿御苑の玉藻池。
この穏やかな風景と賑やかな渋谷とが川で繋がっていることに激しいロマンを感じる。

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↓キャットストリートの不自然な段差は護岸の名残。
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↓竹下通り脇の「ブラームスの小径」も実は渋谷川支流の暗渠。
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↓渋谷川開口部を望む(工事のため以前よりも見えづらくなってしまった)。
地上の駅やバスターミナルとのギャップがたまらない。

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■暗渠界のローリング・ストーンズ:藍染川



 渋谷川とは打って変わって、流路は細く、最下流の不忍池付近などは、人が一人やっと通れるほど。藍染川は全体的にダークでアーシーな雰囲気に満ちた暗渠です。
 不忍通りのすぐ脇、何度も折れ曲がる通称「へび道」は、暗渠界きってのグルーヴィーな流路。一方で、前回の記事でも述べたように、流路の一部は文京区と台東区の境目になっているなど、社会への影響力は絶大です。上流へ遡れば、谷中銀座や田端銀座、そして古い商店街としてコアな人気を誇る霜降銀座を丸ごと飲み込んでおり、「暗渠の上には商店街が多い」という定説の、まさに見本のようなポップネス溢れる暗渠ビューを目にすることができます。さらに、排水路とドッキングした暗渠(現在の藍染川通り)とのコラボレーションなど流路のバラエティにも富んでおり、ビギナーへのフックとツウ好みの渋さの両方を兼ね備えた暗渠といえます。
 ここまで書けば、藍染川が暗渠界のローリング・ストーンズであることが納得してもらえるでしょうか。

↓霜降銀座の入口。商店街が丸ごと暗渠の上だ。
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↓暗渠イストなら誰もが一度は歩く「へび道」。
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↓最下流部の不忍池付近。この細い流路が文京区と台東区の境界線となっている。

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■暗渠界のセックス・ピストルズ:水窪川



 不忍通りを1回と坂下通りを2回、さらに都電荒川線を1回。水窪川の流路は途中、何度も大きな車道と電車に遮られますが、一度たりともその足取りは乱されることはありません。車が走っていようが電車が走っていようが、商店街だろうが人の家の軒先だろうが、どんな場所でも自分の行きたい道を進むのがこの川の流儀です。川がいかに自由かということを最初に教えてくれたのも、一度もその流れを途切れさせない力強さによって「流路を辿る」という探検的興奮を最初に教えてくれたのも、全てはこの水窪川でした。
 自由な魂、興奮、そして運命的な啓示。これはまさにパンクの衝撃、セックス・ピストルズを初めて聴いたときの衝撃です。「無人島に連れて行く暗渠を1本選べ」と言われたら、僕は多分水窪川を選ぶんじゃないかと思います。

↓人家の脇を我が物顔で進む水窪川。暗渠になってもなお人の生活を支配している。
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↓流路沿いに井戸が。こうした「小道具」が多く見られるのも水窪川の特徴。
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↓荒川線を渡る水窪川。踏切りまで迂回するしかない人間の姿を横目に川はずんずん進んでいく。

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■暗渠界のビーチ・ボーイズ:蟹川



 「蟹川」という名前だけ聞くとなんだか弱そうですが、「こんな場所に川が流れてるの?」という地上と地下とのギャップという点では、渋谷川と比肩します。なんてったって、歌舞伎町のど真ん中を流れてるんですから。休みの日の早朝に蟹川を走ると、ホステス/ホストに見送られる泥酔客に、人目を忍ぶようにラブホ街から出てくるカップル、そんなザッツ不健康な風景の中をランニングする健康的な俺、そして地面の下には川という、カオスな景色を堪能できます。
 歌舞伎町の喧騒を離れて下流部へ進めば、新宿6丁目や7丁目など、賑やかな駅前とは異なるもう一つの新宿を垣間見ることができます。支流・分流も多く、下流部の江戸川橋近辺に網の目状に張り巡らされた流路は一度探検しただけでは把握しきれません。
 このように、暗渠としてはすさまじい才能をもちながらも、渋谷川に比べると圧倒的に知名度は落ちる蟹川。常にNo.2以下の地位に甘んじなければならない不遇さという点で、天才ブライアン・ウィルソンを擁するビーチ・ボーイズに例えるのがふさわしいでしょう。

↓日曜午前6時の歌舞伎町。道のカーブ具合に確かに川の名残が見える。
この道の下に川が流れていることを知る人はいるのだろうか。
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↓新宿7丁目の流路脇に残された井戸の跡。新宿のもう一つの顔である。
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↓戸山公園にはかつて蟹川が作っていた池を模した人工の流路がある。

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■暗渠界のボブ・ディラン:谷端川



 全長11km超という、23区を流れる暗渠の中でも屈指の長さをほこる谷端川。4つの区をまたにかけ(豊島区、板橋区、北区、文京区)、6本の電車を横切るという(西武池袋線、東武東上線、埼京線、都電荒川線、山手線、丸の内線)流路は、まさに「旅」
 住宅地や駅前の繁華街、小石川植物園から東京ドームまで、流路沿いの景色は実にバラエティに富んでいます。僕のお気に入りは、豊島区池袋3丁目の谷端川南緑道。散歩道となっている暗渠の両脇に、「いつから建ってるんだ?」というような古いアパートや飲み屋が立ち並び、昭和のまま時が止まったような雰囲気がタマランチです。そのときどきで表情を変えながら、確かな足取りで前人未到の流路を切り開いていくパイオニアぶりは、まさにボブ・ディランです。

↓豊島区谷端川南緑道沿いには懐かしい佇まいの建物が並ぶ。
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↓かつての橋跡が多く見られるのも谷端川の魅力のひとつ。
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↓文京区の流路沿いではかつては砂利場が多く、そこから「小石川」という別名がついた。

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■暗渠界のカーペンターズ:田柄川



 流路のほぼすべてが遊歩道化されている田柄川は、都内屈指の癒し系暗渠。道幅は広くて日当たりもよく、歩道沿いには手入れされたたくさんの花が植えられていて、地域に愛されている暗渠であることがうかがえます。土曜の晴れた早朝にここを走ると「世界は美しい!生きててよかった!」と拳を突き上げたくなります。
 練馬区北町2〜3丁目のエリアは桜並木になっていて、知る人ぞ知る隠れた花見スポット。また、石神井川との合流点である城北中央公園も絶好の散歩スポットで、紅葉の時期は川と紅葉の両方が楽しめます。のどかでゆったりとしていて、いつ訪れても心が弾むエヴァーグリーンな田柄川は、中学校の英語の授業で、初めて<イエスタディ・ワンス・モア>を聴いたときの、あのときめきを思い起こさせます。

↓可愛らしい花壇の花が、下ばかり向きがちな暗渠イストの目を癒してくれる。
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↓数多く残る細い用水路跡も見どころのひとつ。
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↓城北中央公園は春は桜、秋は紅葉が楽しめる。公園のなかに暗渠があるというのも珍しい。
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↓大きく口を開けた石神井川への開口部。地上ののどかな風景とのギャップが激しい。

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■暗渠界のキャロル・キング:笄川



 外苑西通りというと、広尾や西麻布、外苑前といったおしゃれで高級な街をつなぐ、東京でも有数のセレブな道路。その外苑西通りのすぐ脇を流れているのが笄川です。ちなみに僕は「笄(こうがい)」という言葉をこの川の名前で初めて知りました。
 流れている地域といい、どこか格調高さを感じさせる名前といい、確かに笄川はどこかインテリジェンスを感じさせる暗渠です。“外国大使館の脇を流れる暗渠”なんてこの川だけじゃないでしょうか。
 しかし一方で、笄川は親しみやすくカジュアルな雰囲気をもつ暗渠でもあります。たとえば清潔感のある公園やきれいに掃除された沿道の家の玄関先。手入れの行き届いた道端の花壇や植栽。笄川沿いの景色から受けるのは、「高級」「セレブ」といったギラギラしたイメージよりも、地域の人の生活からにじみ出るマナーの良さや遊び心といった感覚です。生活に根付いたオーガニックな匂いが、居心地の良さを感じさせるのです。
 水窪川谷端川のようにパワフルでゴツゴツした感じとは真逆の、しなやかで柔らかな印象を受ける笄川。それは10代からソングライターとして活動し、後にはロック史に残るアコースティックアルバム『つづれおり』をはじめ、自ら歌手としても活躍したロック界きっての才媛、キャロル・キングのイメージと重なります。
※笄川は渋谷川系ではなく、ぎりぎり「古川系」と呼んで区別できるだろう、という苦肉の解釈で渋谷川とは別に掲載しました。

↓西麻布交差点付近で根津美術館からの支流と合流する。2つの道が並走する奇妙な光景がたまらない。
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↓笄小学校西交差点から見たところ。明らかに谷になっていることが分かる。
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↓天現寺橋の開口部。斜めにズバッと本流に差し込んでくる角度が素晴らしい。

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■暗渠界のスミス:弦巻川



 雑司ヶ谷という東京屈指のカルト的カオス的エリアを流れるのが弦巻川。鬼子母神に法明寺(その裏には知る人ぞ知るカルトスポット威光稲荷)、東京音楽大学、そして昔ながらの雰囲気が漂う弦巻通り商店街と、雑司ヶ谷ならではのレトロで耽美な流路沿いの景色が、この暗渠の特徴です。
 ですが同時に、流路は基本的に日当たりが悪いため、時間が止まったようなひんやりとした印象も受けます。美しさと同時に孤独の冷たさをも感じさせる高級貴族のような雰囲気は、誇り高き孤高のバンド、スミスを思わずにはいられません。

↓東京音楽大学前の流路。この交差点を右に曲がれば鬼子母神が見える。
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↓弦巻通り商店街。昔ながらのパン屋や喫茶店が立ち並ぶ。
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↓日本女子大泉心寮の前。壁一面に広がる蔦がこちらを見下ろしてくる。

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■暗渠界の大滝詠一:前谷津川



 板橋区を南北に縦断し新河岸川にそそぐ前谷津川は、途中でガラリと表情を変える「二面性」の暗渠です。
 高島平から徳丸にかけての中流〜下流部は、桜をはじめさまざまな草花が植えられた遊歩道になっていて、田柄川のような開放感のあるのどかな風景が楽しめます。しかし、新大宮バイパスを境に西側、上流部へ向かうと風景は一変。流路は細く、家と家の隙間を縫うようなスリル感のある暗渠に変わります。中でも赤塚1丁目を水源とする支流では、流路の細さだけでなく、住宅地に紛れた10m級の崖の高低差を見ることができます。
 キャリアの序盤(上流)はアバンギャルドでヒップなのに、後半(下流)になると圧倒的なポップネスと気品を放つ。これって誰かに似てるなあと思ったら、大滝詠一でした。70年代はプライベートレーベルであるナイアガラレコードを拠点にCMソングやラジオDJ、さらには音頭の追求とマニアックな道を究めたかと思うと、80年代に入った途端『Long Vacation』『Each Time』というポップスの極致のようなモンスターアルバムを作って大ヒットさせた彼を彷彿とさせます。

↓板橋区赤塚1丁目からの支流では激しい高低差を感じることができる。
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↓板橋区四葉1丁目の水車公園。鬱蒼とした木々に囲まれ実に怪しい雰囲気を放つ。
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↓高島平付近では穏やかな散歩道として整備されている。

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■暗渠界のビョーク:百々女木川



 23区でもっとも北西を流れる、珍しい白子川水系の暗渠である百々女木川(すずめきがわ)。「百々向川」と書く場合もありますが、その色気のある川の名前とも相まって、ひときわミステリアスな印象を与える暗渠でもあります。
 23区の隅っこということで、知名度は一段落ちますが、見どころはたくさんあります。というのも、百々女木川が流れる板橋区の成増は都内でも有数の峡谷地帯(キャニオン)。なかでも東武東上線の成増駅の北側、成増3丁目付近の深い谷は絶景です。ちなみに、百々女木川とかつての白子川(旧白子川緑道)との合流点近くには、ポテトチップスで有名な湖池屋の本社があります。
 他の暗渠とは異なるグループに属し、異なる文化を持つ、ミステリアスなオルタナ暗渠。百々女木川は暗渠界のビョーク以外には考えられません。

↓板橋区赤塚新町3丁目。水源地付近の流路は強烈に細い。
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↓眼下に広がる「成増峡谷」。すぐ右側に崖が迫っている。
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↓板橋区成増3丁目で旧白子川緑道に合流する。

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■暗渠界のCCR:東大下水



 都営三田線千石駅近辺に水源地を持ち、本郷台地をなぞるようにして白山通りの西片交差点あたりまで流れる東大下水。距離は短いながらも、崖際のひんやりした空気やそそりたつ本郷台地の迫力など、暗渠ならではの魅力を味わえます。本郷三丁目付近から菊坂に沿って流れる支流もあり、そちらの流路沿いには樋口一葉宅をはじめ古い木造建築が数多く立ち並び、タイムマシン的暗渠ビューを楽しむことができます。
 しかし、この暗渠で特筆すべきは、なんといってもその呼び名でしょう。ほとんどの人が「とうだいげすい」と読むはずです(実際、東京大学の下を流れているし)。ところが、正解は「ひがしおおげすい」。この語呂の悪さと、言葉をどこで切ればいいのかわからない不思議さ(しかも「げすい」といいながら別に「下水道」というわけじゃない)は、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルを思い起こさせます。両者とも語呂が悪いだけで暗渠/バンドとしては申し分なしという点も似ています。

↓都営三田線白山駅の近く。崖際ということがわかる高低差。
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↓菊坂支流は階段・路地・古い木造住宅が揃う夢のような場所。
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↓暗渠イストには有名な樋口一葉旧宅と路地の井戸。

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■暗渠界のデヴィッド・ボウイ:エンガ堀



 ここ2年ほど僕がホームグラウンドにしているのが、このエンガ堀。2週間に1回は走ってると思います。
 この暗渠の何が面白いかというと、水源地の数。石神井川との合流口から、もっとも遠い水源地でもせいぜい3km程度という狭いエリアの中に、僕が把握してるだけでも7か所の水源地があります。水源地が多いということはつまり、それだけ支流が多いということです。エンガ堀自体が石神井川の支流にあたるわけですから、いわば支流の支流みたいな細い流路が、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされているわけです。しかもその流路のほとんどが家と家の間を縫う、「え?ここ行けるの?」みたいな細い路地なので、迷路のようなスリル感と他人のプライバシー空間に踏み込むような背徳感とを味わえます。
 表情が多彩過ぎて容易に全貌がつかめない、摩訶不思議なエンガ堀は、ロック界を代表するトリックスター、デヴィッド・ボウイと呼ぶにふさわしい暗渠です。

↓江古田駅北口の市場通り商店会を水源とする流路。うっすら「水路」の文字が。
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↓豊島区立さくら小学校裏の流路。苔むし方がたまらない。
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↓板橋区大谷口2丁目緑地付近。人の家の庭に上がり込むような背徳感を味わえる。

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■暗渠界のオアシス:石神井川豊島弁財天支流と桜台支流



 石神井川の中流部で、わずか1km足らずの距離を挟んで、ほぼ同じ距離、同じ方角に流れる、まるで兄弟のような2つの暗渠があります。この暗渠、『川の地名辞典』にもどこにも名前が載っていません。水源地にちなんでここでは仮に、下流側を桜台支流、上流側を豊島弁財天支流と呼びます。
 この2本の暗渠、「兄弟のよう」と書きましたが、性格は対照的です。桜台支流は、「流路」マークや車止めといったわかりやすい小道具に溢れ、「これぞ暗渠!」というような華やかさや育ちの良さを感じさせます。
 一方、豊島弁財天支流の方は、流路のほとんどが日陰にあたり、道のあちこちが苔に覆われていて、ダークでひねくれた印象。特に水源地近くの行き止まり部分の苔むし方と、その頭上に怪しく鎮座する豊島弁財天の存在感は、都内の暗渠の中でも屈指の不気味さです。
 兄弟でありながら性格は正反対で、愛憎半ばといったところ。この緊張感はオアシスのギャラガー兄弟とうり二つです。ちなみに、桜台支流からさらに800mほど下流に行くと、もう1本暗渠があります(千川上水からの分水)。これを加えた3本セットで「暗渠界のロネッツ」とする説もあります。

↓桜台支流の上流部。くっきりと「水路」の文字が残る。
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↓桜台支流の下流部。階段と車止めという暗渠フラグ2点セット。
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↓豊島弁財天支流の流路は至るところが苔むしていて、雨が降ると滑る。
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↓豊島弁財天支流の水源地。正面壁の上に見える屋根が豊島弁財天。

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■暗渠界のバディ・ホリー:稲付川



 そこが暗渠であることを識別できるのは、かろうじて周囲のわずかな傾斜と道のカーブだけ。車止めや不自然な縁石といった定番ともいえる暗渠フラグはほとんど見られません。稲付川は流路のほとんどが一般の道と同化しているため、ただ通っただけでは気づかない、実に控えめな暗渠です。東京でも指折りの大峡谷地帯、赤羽を流れるエリート暗渠でありながら、本人は決して自己主張しません。「俺、赤羽の暗渠だぜ」などといえば、女の子の一人や二人はどうにかできそうなのに、決してそんな真似はしない、ミスター・デリカシーな暗渠
 このあまりのフツーっぷりに、僕はロック草創期の巨人、バディ・ホリーを重ね合せます。ボヘミアンズの平田ぱんだコラムで書いていましたが、バディ・ホリーの最大の功績は「メガネをかけたこと」でした。ロックバンドよりも郵便局の事務員の方が似合いそうなフツーの風貌のバディ・ホリー。しかしその風貌が「エルビス・プレスリーやリトル・リチャードにはなれそうもないけど、バディ・ホリーにはなれるかも」と夢を抱くフォロワー(例えばジョン・レノン)を生み出し、その後のロック隆盛のきっかけを作ったのです。僕も、地図や本の助けを借りず、地形と道の曲がり具合だけを頼りに、この稲付川の暗渠を発見したときは、「君もやれる!」と背中をポンと押されたような気持ちになったものです。

↓姥ケ橋交差点の南側にわずかに残る川跡。
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↓環七通りの姥ケ橋交差点から流路を見下ろす。高低差はかなりのもの。
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↓北区上十条の流路。道のカーブ具合と段差がかろうじて暗渠であることを匂わせる。

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■暗渠界のニューヨーク・ドールズ:逆川



 石神井川にまたがる王子の音無橋は千川上水や上郷用水、音無川などが合流、分水する河川の一大ターミナルですが、その中の一つに北区西ヶ原から流れる逆川があります。流路はわずかに1kmちょっとと「川」と呼ぶにはあまりに短命ですが、その中でもしっかりとした高低差や道のうねり、都電荒川線の横断と、暗渠らしいポップネスが詰まっています。周囲の川が東南方向へ流れるなかで、この川だけが北西方向へと逆向きに流れるところから「さかさがわ」と名付けられたという点からも、自己主張の激しい川であることがうかがえます。
 水源の西ヶ原4丁目には藍染川の水源もあります。うっかりすると同じ川だと勘違いしてしまいそうなほどの近さです。実は江戸時代以前、石神井川は今のように東の隅田川には流れず、藍染川と接続して南東方向へと流れていました。このこと考えると、実はこの逆川こそ、現石神井川と藍染川をつなぐ古石神井川の流路跡なんじゃないかと僕は睨んでいます。
 知名度は高くなく、あっという間に消えてしまう逆川。だけど、実は異なる2つの川をつなぐ、歴史上重要な役割を果たした川だった(かもしれない)。まるで、ピストルズもラモーンズもいない1973年に登場し、パンクムーブメントの火付け役となったニューヨーク・ドールズのようです。ドールズは2枚のアルバムだけを作って解散してしまいますが、彼らの残した音楽は、ロックンロールとパンクの間をつなぐ架け橋の役割を果たしました。

↓滝野川1丁目で都電荒川線を超える。
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↓明治通りから見ると高低差がわかる。
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↓音無橋からわずかに見える逆川(と思われる)の開口部※黄色矢印

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 以上、計15本の暗渠をロックミュージシャンにたとえてみました。僕が普段メインフィールドとしている23区西北部が多めなので、地域にだいぶ偏りがあるのはご容赦ください。また、貼り付けている地図も一部を除いて分水や支流は端折りました。ハードコアな暗渠イストには怒られるかもしれません。

 この記事を書くにあたり、主に地図作りの面で参考にさせてもらったのは以下の書籍です。どちらも僕にとってはバイブルというべき本で、何度読んだか知れません。僕は2冊とも墓場まで持っていくつもりです。







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「川」こそアナーキーだ

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この「素晴らしい風景」は
俺にしか見えないんだぜ


ランニングを始めて間もないころに直面したのが、
「どこを走るか」という問題でした。

最初は近所の大きな公園を走っていたのですが、
何度も走っていると、次第に飽きてきてしまいました。
それに、だんだん走る距離が伸びてくると、
同じコースをグルグル回ることになり、
まるで学校の校庭でやらされる持久走のようで、うんざりしてきたのです。

仕方なく、近所の大きな国道や幹線道路沿いを走ることにしました。
これなら迷うこともないし、夜も明るい。
ところが、車の排気ガスや騒々しいエンジン音ですぐに嫌になりました。
信号ですぐに足を止めさせられるのもストレスでした。

そこで僕が目をつけたのが、でした。
川沿いなら静かだし、緑もあるし、信号も少ない。
長い距離を確保することも可能です。
東京だと荒川や多摩川といった大型河川沿いがランニングコースとして有名ですが、
僕が選んだのは、神田川や石神井川といった、小規模な都市河川でした。
景色の変化に乏しい大型河川沿いよりも、
商店街や住宅地を縫うようにして流れる小規模河川の方が、
いろいろな生活が垣間見られて面白かったのです。


一方で、走る場所のバリエーションをさらに増やそうと、
ポケット地図帳やGoogleマップを開いては、
自分だけの「マイ・ランニングコース」を探し続けました。
ポイントにしていたのは、幹線道路ではないこと、信号が少ないこと、
できるだけ長い一本道であること。

そういうコースを地図で探して、実際に走りにいくことを繰り返すうちに、
条件に合致する道の多くには、いくつかの共通点があることに気付きました。
やたらと道が細い。やたらと道がくねくねしてる。
車止めによって自動車が入ってこれない作りになっていて、
中は植物やベンチが置かれ、遊歩道のように整備されている。

それが、かつての川筋、つまり「暗渠」であることに気付くまで、
大して時間はかかりませんでした。

「そうか。今まで走ってた道は、元は川だったんだ」
そのことがわかると、目の前の世界が、
それまでと全く違って見えてきました。

自動車が行き交う幹線道路を横切りながら悠々と流れる細い川筋や、
立ち並ぶ住宅によって隠されている浸食崖の傾斜。
スマホの画面をかざすと別の世界が重なって見えるポケモンGOのように、
僕の網膜に特別なレイヤーがかかって、
幾筋もの川が流れていたかつての東京の風景が見えてくるようでした。

でも、ポケモンGOはアプリをインストールすれば誰でも見られるけど、
この風景は僕にしか見えません

古地図や地形図や、実際に走って見つけた微妙な傾斜を頼りに暗渠を探し当て、
「この先はどうなってるんだ?」と暗く細い道を進んでいく、冒険のような昂揚感。
食事の匂いや風呂場のシャンプーの匂いを嗅げるほど人の生活のすぐ真裏で、
そんな冒険をしているんだという、秘密めいた背徳感。
そしてなにより、この感動は僕しか知らないんだという優越感。
全て僕だけのものです。

暗渠との出会いはまるで、秘密の部屋の扉を開けて宝の地図を見つけたような、
そんなグーニーズ的大事件でした。
30歳を過ぎて、まさかこんなにも大きな宝の山にめぐりあえるとは。
早朝5時の苔むした暗渠の上で、汗だくのまま、僕はひっそりとガッツポーズをとったのでした。


よく考えてみれば、暗渠にしろ開渠にしろ、
僕のランニング生活はほとんど川沿いだけで営まれてきたことになります。
今でもほぼ毎週、どこかしらの川を走っています。
このあいだも、地形図を見ながら石神井川系の新しい暗渠を開拓しました。

なぜこんなにも川に惹かれるのでしょうか。
(このあたりからだんだん話は止まらなくなります)

川というのは、はっきりいって存在が地味です。
生活のすぐ隣にある存在なのに、その川がどこから来てどこへ行くのか、
川沿いに住む人すら知らないんじゃないでしょうか
実家に住んでいたころ、すぐそばに川が流れていたのですが、
その川の水源がどこなのかなんて考えたこともありませんでした。

僕はよく川と線路を対比させて考えるのですが(線路沿いもよく走ります)、
鉄道はもともと移動を目的としている分、出発点と目的地が明確です。
それに比べて川は、日常にあまりに溶け込みすぎているせいか、
本来もっているはずの移動性や連続性が抜け落ちて、
固定された風景の一つとして認識されているのかもしれません。

でも、一度でいいから地図を広げて見てほしい。
そうすれば気づくはずです。
近所の川が、いかに長い距離を旅する旅人かということを。
そしてその旅の道筋が、いかにダイナミックなものかということを。

例えば都心のど真ん中を流れる神田川
武蔵野市の井の頭公園で産声を上げ、
ゆったりとしたカーブを描きながら、一路東へと向かいます。
三鷹市、中野区、杉並区、新宿区と、いくつもの行政区域を股にかける様子は、
人間の決めたせせこましい約束事などあざ笑うかのようです。
はじめは子供の腕のようにか細い流れだったのが、
途中で善福寺川や妙正寺川といった旅の仲間との出会いもあり、
後楽園の前を横切るあたりでは、すっかり成熟した大人の川へと成長します。
地図を見ているだけでも感じるこのドラマチックさ。
人の一生や一つの時代を描くドラマを「大河ドラマ」と呼ぶ理由がよくわかります。

さらに地図をよく見てみてください。
注目してほしいのは行政区域の境界線です。
東京都と埼玉県の境の荒川や、東京都と神奈川県の境の多摩川のように、
川が行政区域の境界線として機能していることがよくあります。

しかも開渠とは限りません。
例えば不忍通りから50mほど東側に入ったところに、藍染川の暗渠があります。
大人がようやく一人通れるかどうかというものすごく細い路地なのですが、
実はこの路地が文京区と台東区の境界になっています。
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よく考えてみれば、そんなにも細い流路でありながら、
その上に建物の一つも建てられず、
人間が川筋を今でも道として保たざるをえないのも、痛快な話です。
誰にも見向きもされない小さな暗渠でさえも、
知らず知らずのうちに僕らの生活をコントロールしているのです。

人に関心など払われなくても、淡々とわが道を行く川。
曲がりたいときに曲がるし、近くに仲間(川)がいれば合流するし、
誰にも束縛されずに流れ続ける川。
たとえ暗渠になろうとも、大きな道路や線路やマンションにいくら遮られようが、
健気なほどにしぶとく流路を維持し続ける川。

なんて自由なんでしょう。
なんてアナーキーなんでしょう。


「目指すべき生き方は?」と問われれば、
僕は有名人や偉人の名を挙げるのではなく、ただ一言「川」と答えたい
川の流れに沿って、人生という名の道を敷いてみる。
そしたらそれは、まさに「俺暗渠」と呼べるんじゃないか。
そんな思い付きに「ククク」と暗い笑いを浮かべつつ、いったん記事を締めます。

川と暗渠の話、次回も続きます。




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