週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

渋谷区

「千駄ヶ谷の富士山」に登ってきた

渋谷の城」に引き続き、
今回も意外な場所に隠れた歴史の痕跡を訪ねてきました。

ただし、今回は前回よりもさらにシュールです。
今回訪ねたのは、「千駄ヶ谷の富士山」。

…「はぁ?!」という感じですよね。。
千駄ヶ谷になぜ「富士山」?
だいぶ衝撃的な組み合わせですが、百聞は一見に如かず。
行ってきました。


「千駄の萱野」に立つ八幡さま

問題の「富士山」があるのはここ。

大きな地図で見る

JRの千駄ヶ谷、東京メトロ副都心線の北参道から歩いて5〜6分、
瀟洒な住宅街の中に、石造りの鳥居が忽然と姿を現しました。
ここが目的の「鳩森八幡宮(はとのもりはちまんぐう)」です。
P1020186

前回、金王八幡宮や渋谷氷川神社を訪れた時も感じましたが、
都心の神社というのは、驚くほど「しれっ」という具合に、
街の中に溶け込んでいます。

鳩森八幡宮は、神亀年間(724〜729年)の草創と伝えられる、
つまり奈良時代にまで歴史が遡るという、めちゃくちゃ古い神社です。
P1020189

「鳩森」という名前の由来について、『江戸名所図会』によれば、
「この地に瑞雲現じ 白気降り 白鳩数多西をさして飛びされり その霊瑞を称し鳩の森という」
とあります。
297kazuo

※『江戸名所図会』では「千駄ヶ谷八幡宮」という名前で紹介されています

ちなみに、前回登場した「渋谷金王丸」も、
この神社に祈願したことがあるそう。

「千駄ヶ谷」という地名は、
この辺り一帯がかつて一面の萱(かや)の野で、
「1日に千駄(馬1000頭分)の萱を産出する」と言われたところからきています。
今では想像もつきませんが、
大昔は萱ばっかりのだだっ広い土地で、
その中にポツンとこの八幡さまがあったのかもしれませんね。

で、肝心の「富士山」はというと・・・
ありました。
P1020192

これです。
P1020193

これが「千駄ヶ谷の富士山」です。


江戸人が作った「インスタント富士山」

江戸時代、「富士講」(ふじこう)という民間信仰が大流行しました。
富士講とは、簡単に言えば、
富士山に登り、山に宿る神様にお詣りすることで、
そのパワーをいただこう、御利益を得ようとするものです。
伊勢神宮にお参りする「お伊勢参り」も江戸時代にブームになりましたが、
その富士山版、というようなイメージでしょうか。
信者たちは、仲間同士で組織(講)を作って富士山にお参りしていたことから、
「富士講」と呼ばれています。

日本人は昔から、大きな岩や巨木といった自然物には神様が宿ると考えてきましたが、
特に「山」は、神様が好んで鎮座するものとして見られてきました。
山岳信仰は、
浅間神社(浅間山)や御嶽神社(御嶽山)として、全国あちこちに伝えられています。
中でも日本一の山である富士山は、山岳信仰の大本命。
そのご利益たるやハンパじゃない、と考えられていたのでしょう。

けれど、高さ3000mもの富士山を、気軽に登ることはできません。
当時は「5合目まで車で行く」なんてことはできませんし、
そもそも富士山は当時、男性しか入山できない女人禁制の地だったため、
女性は全く登ることができませんでした。

で、どうしたか。
江戸の人たちは、町中に「富士山のレプリカ」を作って、
そこに登ればいいんじゃないか、と考えたのです。
「…そんなインスタントでいいの?」と思わず突っ込みたくなるような、
なんとも逞しい発想です。

このような経緯から、
江戸の町中に大小さまざまな人工の富士山、
「富士塚」が造営されました。
中でも鳩森八幡宮の富士塚は最古の部類に入るもので、
「江戸八富士」(←そんなものがあるのか!)の一つにも数えられています。
P1020194

※上掲の『江戸名所図会』の絵にも、よくみると「富士」が描かれています

というわけで、僕も早速登ってみることにしました。
P1020195

「登山道」はかなりハード!
階段状になっているのは最初のうちだけで、
後半は岩と岩の間に足を挟み込んで、
両手も使いながらよじ登る感じ。
見た目が可愛いからといってナメてかかったら、
わりとそこそこの「登山」でした。

「標高6mの富士山」、その頂上からの風景です。
P1020196

P1020198

P1020201

人工の山に登ってご利益を得よう、なんていう考え方は、
現代の感覚からすればいかにも「ユルッ!」なのですが、
実際に登ってみると、これはこれで、
けっこう非日常感が味わえました。

都市に住んでいる身からすれば、
わずか5〜6mの岩と土の塊でも、
十分「山」になりえるんですね。

はじめはちょっとナメてた富士塚ですが、
いざ自分の身で体験してみると、
むしろ江戸の人たちの、
ミもフタもなく楽しんでしまう貪欲さに頭が下がる思いでした。




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「渋谷の城」を訪ねてみた

渋谷に「城」があったことをご存知でしょうか。
東京には江戸城しか城がないと思われがちですが、
実はあったんです。
その名も、「渋谷城(しぶやじょう)」。
そうです、都心のど真ん中、トップ・オブ・ザ・繁華街の渋谷の街に、
かつてお城が建っていたのです。

もっとも、城といっても姫路城や熊本城のような、
いわゆる「お城」ではありません。
ああいった、天守をもつ壮麗なお城が歴史に登場するのは戦国期以降のこと。
渋谷城はもっとずっと昔、
平安時代の終わりごろに建てられたと見られています。


ダイナミックなルーツをもつ「渋谷一族」

渋谷城に住んでいたのは「渋谷氏」という一族でした。
渋谷氏は元々は河崎氏を名乗り、今の川崎市一帯を根城にしていました。
(川崎という地名は河崎氏からきています)
その河崎氏が11世紀の終わりごろに今の渋谷に移り住んだのを機に、
「渋谷氏」を名乗るようになります。
渋谷城は、河崎氏改め渋谷氏の、新たな拠点として建てられました。

なお、河崎氏が渋谷氏を名乗るようになったきっかけについては上記の説のほかに、
相模国(今の神奈川県)の渋谷荘に移り住んだから、という説もあります。
渋谷荘は、今は小田急江ノ島線の「高座渋谷」という駅名にその名を残しています。
川崎から相模渋谷荘に移り住んだ河崎氏が「渋谷氏」を名乗るようになり、
そこから今度は武蔵野台地の東部に移住し、
その土地を新たに「渋谷」と名付けた、という流れです。
(ずいぶんと放浪したがる一族のようですね)

神奈川出身の僕は子供の頃から、
「なんで神奈川に『渋谷』があるんだろう」と疑問に思ってましたが、
まさか本当に東京の渋谷と関係があった(可能性がある)とは。
高座渋谷は、東京渋谷とは似ても似つかない、のんびりした田舎町です。
そんな高座渋谷が実は東京渋谷の「親」にあたるなんて、
歴史をひも解くと興味深い関係性が出てきます。

ちなみに、渋谷氏の先祖・河崎氏のルーツをさらにたどっていくと、
桓武平氏にまで行き着きます(つまりは桓武天皇までさかのぼれます)。
今から1000年以上前、平安時代のはじめの頃に関東に移り住んできた桓武平氏の一族は、
はじめに「秩父氏」を名乗り、関東一帯に次々と勢力を伸ばしていきます。
(あの平将門を輩出したのもこの一族です)
この秩父平氏からは、今の東京23区の西側半分を治めていた大豪族「豊島氏」や、
「江戸」という都市名の由来になった「江戸氏」などが生まれました。
このように渋谷氏は、関東一円の歴史がすっぽり入ってしまうような、
なんともダイナミックなルーツをもった一族だったのです。


渋谷の谷を見下ろす「渋谷城」

前置きが長くなってしまいました。
で、肝心の渋谷城は一体どこにあったのか?

ここです。

大きな地図で見る

けっこう駅近です。
この、金王八幡宮(こんのうはちまんぐう)という神社が建っている場所に、
かつて渋谷城がありました。

ということで、行ってきました。
渋谷駅を出て明治通りを恵比寿方面へ進むと、
ほんの400mほどで見えてくる並木橋交差点。
ここで明治通りと交差している、その名も「八幡通り」が金王八幡宮への参拝ルート。
この八幡通りは元々は鎌倉街道として整備された、歴史のある道です。
多分、渋谷氏もこの道を通ったのでしょう。

並木橋交差点から見上げた八幡通り。
P1020095

なかなかの傾斜の坂です。
渋谷はその名の通り、渋谷川が削ったゆるやかな谷になっていますが、
このあたりは特に「黒鍬谷」と呼ばれていました。
渋谷城はその黒鍬谷の縁に建てられていたのです。
鎌倉街道沿いというアクセスの良さと、
谷を見下ろす台地の上という要害性を兼ね備えた、
なかなか武骨なお城だったようですね。

八幡通りを進むと……

ありました。金王八幡宮の鳥居です。
P1020102


周りの木が日の光を遮って、
ここが日本を代表する繁華街であることを忘れてしまいます。
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金王八幡宮は、先述の河崎氏の頭領・基家という人が、
源義家に従って後三年の役(1087年)で活躍し、
その武功として渋谷の地に勧請することを許されたことで建てられました。
河崎氏は結局、この八幡宮を中心に館を構えることになり、
それがやがて「渋谷城」と呼ばれるようになったのです。

八幡宮の境内をウロウロしていたら、
渋谷城の痕跡を見つけました。
P1020125

本殿の脇に、無造作にボンッと置いてあった「砦の石」。
城の礎石として使われていたのでしょうか。
解説を読むと、渋谷城はその後、1524年に小田原の北条氏と上杉氏との戦争の際に
火をかけられて焼失したそうです。
こうして、渋谷城はおよそ400年ほどの歴史を終えたのでした。

渋谷城はなくなりましたが、
八幡宮はその後も残りました。
江戸時代に出版された観光ガイドブック『江戸名所図会』では、
絵入りで紹介されています。
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通称「赤門」と呼ばれる境内への入り口の門は、
江戸中期の建立として伝わっており、
現在は渋谷区の指定有形文化財になっています。
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P1020113

『江戸名所図会』が出版されたのは江戸の終わりの頃ですから、
上記の絵に描かれた門は、まさに今目の前にある門と同じものなんでしょうね。
おおお……。


「渋谷金王丸」の伝説

金王八幡宮は、当初は単に「八幡宮」、あるいは「渋谷八幡宮」と呼ばれていました。
名前が変わったのは平安時代の終わりごろ。
渋谷一族に「金王丸(こんのうまる)」という男児が生まれ、
後に源義朝(頼朝・義経のお父さん)の家来として武功を立てました。
その活躍は世間に大きく知られることになり、彼にちなんで「金王八幡宮」と改称したそうです。

金王丸の主人である義朝は平治の乱(1159年)で亡くなりますが、
彼自身は生き残って出家し、名前を土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)と改めます。
ドラマや小説で義経の物語を読んだことのある人は、
この名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。
義経が頼朝と袂を分かち、奥州へと落ち延びていく際、
鎌倉から差し向けられた刺客として登場する人物です。
土佐坊昌俊の名前は知っていましたが、まさか彼が渋谷生まれだったとは!
物語だと、昌俊は武蔵坊弁慶にばっさり殺されちゃいますが、
実際のところは諸説あり、出家したのち、
諸国をめぐりながら旧主の源義朝の魂を弔い続けたとも言われています。

ちなみに、源義朝の愛妾で、義経の母として知られる常盤御前。
(都で一番の絶世の美女だったそうです)
旧主が愛した常盤御前を、
金王丸が渋谷まで連れてきて(こう書くとすっごいチャラい感じになりますね)、
八幡宮の近くの松で一緒に義朝の死を悲しんだ、という伝説があります。
このことから、八幡宮の南の地域を「常盤松」と呼ぶようになりました。
八幡宮のすぐ近くにある実践女子中・高校では、
校歌の中に「常盤の松の〜」という一節があり、
金王丸と常盤御前の足跡を残しています。

金王八幡宮の奥には、「金王御影堂」という小さな社がありました。
中には、金王丸が自分の姿を掘った木像が納められているそうです。
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金王丸の足跡を残す御影堂。
そこは今では、近所の猫の格好の昼寝場所になっていました。
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最後に御朱印をいただいて、
金王八幡宮へのお詣りは、おしまい。
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渋谷をずっと見守ってきた「渋谷氷川神社」

さて、せっかくなので金王八幡宮の南にある、
氷川神社(通称:渋谷氷川神社)にも足を伸ばしてみました。

大きな地図で見る

1092年創建と言われていますから、金王八幡宮とほぼ同時期に建てられたことになります。
かなり古い神社ですね。
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参道は長く、とても立派です。
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本殿への階段を上ります。
渋谷は本当に凸凹の地形ですね。
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と、ここで再び金王丸の痕跡(?)を発見しました。
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上記写真の奥の方に、相撲の土俵があるのが見えるでしょうか。
かつてここでは毎年、氷川神社の祭日になると、
「金王相撲」というものが行われていました。
いつから始まったかは定かではないものの、かなり古くから行われており、
江戸時代には江戸の町中から見物客が集まったそうです。
さすがに金王丸自身が相撲をとったわけではなさそうですが、
彼の名前はこんなところにも残っているのですね。

※ちなみにこちらは渋谷川に架かる「金王橋」。
 渋谷川が駅の地下を通り開渠になって、最初にくぐる橋です。
 こんなところにもひっそりと金王丸の名前が残っています。
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渋谷氷川神社の本殿へお詣り。
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歴史を感じる質朴な佇まいは、
絶えず時代の波と共に移ろっていく渋谷の街とは対照的です。
P1020147

一切の喧騒から隔てられたこの場所の空気を吸うと、
なんだか不思議な安心感が湧いてきます。
絶えず変わっていくものの中で、ここだけがずっと変わらないからなのかもしれません。
現代における神社やお寺の存在意義って、
厄払いとか縁結びとかだけじゃなくて、
こういう「日常と切り離す」という部分もあるんじゃないでしょうか。

そんなことを考えながら、お詣りを終えました。
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