週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

舞台

劇団からのお知らせ〜2018年公演できません〜

一度でも演劇を「作る側」を体験すると
「見る側」には戻ってこれない


 前回、日本の小劇場のガラパゴス的悪習と、それを自明のものとしている不毛さについて書きました。書きましたが、実は同時にこうも思っていました。僕が書いた批判なんて、おそらくほとんどの小劇場関係者が十分すぎるくらいに分かっているはずだと。分かったうえで、それでも彼らは芝居をやっているんじゃないかと。

 では、自分の人生を食いつぶされながら、芽が出ない可能性の方が圧倒的に高いことを分かったうえで(小劇場の舞台俳優にとって“ゴール”はどこかというのもまたディープな問題です)、それでもなお彼や彼女が演劇を続けるのはなぜなのでしょうか。そこまでしても「やりたい」と思わせる芝居の魅力とは、いったい何なのでしょうか

 このことを考えるときにいつも思い出すのは、大学にもロクに行かず芝居ばっかりやってる僕に対して、高校時代の先生がしみじみといった一言です。「芝居っていうのは、一度『作る側』を体験しちゃうと『見る側』には戻ってこれないんだよなあ」。もう15年以上前に言われた言葉ですが、今改めて思い出してみると、演劇の魔力というものを端的に表しているなあという納得感があります。

 ただ見ているよりも、参加する方が楽しい。これってつまりは「祭り」と同じです。実際、演劇はかつては神々との交信を目的とした儀礼の一種だった時代がありますが、そうした歴史をわざわざ紐解かなくても、本番に向けて募る高揚感やそこで生まれる仲間との一体感、終わった後のさみしさなど、演劇と祭りとは極めて似ています。映画とか音楽のライブとか、演劇に近いメディアもありますが、「そのときその場限りのもの」という一回性や、準備期間の負荷の高さとそれに比例して醸成される高揚感という点で、演劇よりも祭りに近いアートはないんじゃないでしょうか。

 人々が演劇に惹かれる理由が、祝祭がもつ「ハレ」というプリミティブな感覚によるものだとしたら、一度ハマったら容易に抜け出せないのも当然かもしれません。少なくとも、高校の文化祭の延長で劇団を始めた僕自身にとって演劇は何よりも祭りであり、今日まで演劇を続けてきたのも、この「ハレ」の感覚がずっと忘れられなかったからなのは間違いありません。

…と、「今日までずっと」と書いてしまいましたが、実際には僕のいる劇団theatre project BRIDGEは現在活動休止中です。最後に公演をしたのはもう3年も前。「演劇を続けている」などと書くことは、正直かなりためらわれます。

 実は今年2018年には公演を打ちたいと思っていたのです。でも、無理でした

 理由は「忙しいから」という、いたってシンプルなものです。メンバーの大半がアラフォーにさしかかり、仕事や子育てでもういっぱいいっぱいでした。僕個人でいえば、仕事に関してはなんとかやりくりできるのですが、子育てのインパクトが想像以上にでかかった。会社に勤めつつ2歳児抱えながら台本書くなんて、僕にはとてもじゃないけどできそうにない。

 僕らは学生劇団としてスタートしたので、メンバーが大学を卒業して就職をするときに、一時的に活動を休止したことがあります。でもありったけの情熱を注いだ自分たちだけの場所が、就職というもののためになくなるのはどうにも納得できなかったので、苦肉の策でひねり出したのが「社会人劇団」というスタイルだった…というのは以前この記事で書いたことです。
「音楽で食わずに、音楽と生きる」ことについて僕も考えた

 そういう意味では今は2度目のピンチ。しかし、1度目のときは「会社」「就職」といった自分以外のものによる都合が原因だったのに対し、今回の(少なくとも僕にとっての)原因は子育てという自分自身の問題です。世の中のシステムに負けない「個」を作る試みが社会人劇団だったのに、いつの間にか問題は「個」そのもの移っていました

 サラリーマンやりながらでも劇団はできるんだってことを証明するために、徹夜して台本書いたりスーツ着たまま稽古に行ったりしてた20代の僕から見れば、より巨大なシステムに負けたならいざ知らず、他でもない自分自身の問題で芝居から遠ざかっているなんて、ダサいと思われてしまうかもしれません。

 でも「ダサくなった」と自覚できるのも、劇団という一つの場所に居続けたことで「容易に比較できる過去」があるからではあります。そして、ダサかろうが恥ずかしかろうが、人生のあらゆる瞬間を絶えずシェアしてきた場所があることは、写真がたくさん詰まったアルバムなんかよりも、ずっと貴重なんだろうなあと思います。「ハレ」の感覚以外に僕が劇団を続ける理由があるとすれば、過ぎ去っていった時間への愛おしさや未練なのかもしれません。

 劇団は2020年に結成20周年を迎えます。そのときにはなんとか公演を打ちたいと思っています。




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『都市の舞台俳優たち アーバニズムの下位文化理論の検証に向かって』田村公人(ハーベスト社)

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「小劇場」という名の
不思議な世界について


 前回に続いて演劇の話です。

 東京で活動をする劇団の数ってどのくらいあるか知ってますか?諸説ありますが、僕は「2000」と聞いたことがあります。途方もない数字に思えるかもしれませんが、都内に大小合わせて100館前後あるといわれる劇場で毎週どこかの劇団が公演を打っているとしたら、ありえない数字ではありません。

 ただ、当然ながら、誰もが知っている人気劇団や、プロとして食えている役者はごく一握りで、他の大多数の劇団員たちは(プロ志向かどうかは別として)演劇以外の手段で糊口をしのぎながら細々と活動を続けています。そんな、東京で活動する無名の舞台俳優たちに、10年以上にわたって行われた追跡インタビューを基に書かれたのが本書。

 実はこの本、ルポタージュものではなく、歴とした論文です。著者の田村公人は社会学の研究者で、本書における東京の小劇団は、都市文化論の研究対象という位置付けです。

 都市は地方に比べて非通念的な文化(下位文化=サブカルチャー)が育ちやすい。「マニアック」とされるサブカルチャーでも巨大な人口を抱える都市では同好の士を求めやすく、そうした集団は他の世界と衝突を繰り返すことで成員間の結束やおのおのの信念が強化される傾向にある…というのが従来の都市文化論や下位文化論でした。しかし筆者は、東京の小劇場劇団では、他の世界との衝突はむしろ集団の凝集性を弱め、離脱を促すことさえある事例を引きながら、従来の都市文化論に対する再検証を試みています。

舞台俳優の中には定職に就く恋人が支援を行うケースも確認される。(中略)しかし支援の期間が婚期(たとえば、二十代後半)に達してくると、進路変更を求める恋人からの圧力は強まり、かつ結婚生活への移行の時期を巡り、双方の主張に隔たりが生まれることも珍しくない。

 上記のケースは、恋人による「経済的に自立してほしい」「適齢期になったので結婚したい」といった「外の世界」の慣習・常識とぶつかった結果、舞台俳優のなかで、劇団を辞めたり役者へのモチベーションが低下したりなど、劇団の凝集性や信念の強化とは真逆のリアクションを引き出す例として示されています。

 しかし、小劇場という世界にいささかなりとも関わったことのある身としては、上記のエピソードは本書の難しい論旨に照らし合わせるまでもなく、直感的に「ああそういうことか」と納得できます。詳しくは後述するとして、ひと言でいえば小劇場という世界があまりに特異すぎるのです。

 経済的な自立を求めることや適齢期に結婚を望む気持ちは、「異なる考え方」「他コミュニティの慣習」といった相対的なものではなく、ごく一般的な常識です。相対的なものであれば、成員は自分の感性を再確認し、お互いの結束を高めることにもつながるでしょうが、一般的な常識とぶつかったときには当然ながらローカルルール(=演劇界の中だけでの当たり前)の方が負けます。つまり、外の世界との衝突が劇団を弱めるのは必然的なのです(劇団という特異な存在だけを根拠にしているという点で、僕は本書の論旨に対しては正直懐疑的です)。

 要するにですね、この本は小劇場に関わったことのある身としては、なんとも耳の痛い本なのです。書かれている内容がいちいち突き刺さる。突き刺さりすぎる。

新たな進路に踏み出すタイミングについて逡巡を続ける舞台俳優の中には、結論を導き出すまでに時間を必要とするがあまり五年先、あるいは十年先まで公演への参加がさらに長期化していくケースも実在する。そしてここで看過しえないのは、時間が経過していくほど、結論を導き出すことをさらに困難とする舞台俳優自身の状況の推移が見られる点である。

 どうですか?こんなの涙なしに読めないでしょう?

 なかでも、劇団の特異性をつくづく痛感してしまうのが「ノルマ」の話です。

 小劇団の大半が、公演のたびに「ノルマ」と称して、劇団員それぞれに一定枚数のチケットを売りさばくことを義務付けています。ノルマなので、与えられた枚数に到達しなかった分は自己負担になります。

 一人5枚とか10枚とかであれば、家族やごく近しい友人に声をかければ達成できますが、劇団によっては一人70枚というような枚数を課しているところもあります。70人なんて、知り合い全員が来てくれたとしても達成できるかわからない枚数です。チケット1枚2,500円だとしたら、なんとか半分の35枚を売ったとしても残りの35枚分87,500円は劇団員自身が払わなければいけなくなります

 ただでさえ劇団員の多くはバイトで生計を立て、しかも公演時期は稽古に時間を割かれるので収入は安定していません。そのなかで公演を打つたびに毎回10万円近い出費を強いられるのは相当な負担です。

 もちろん、そうなるのを避けるために劇団員は必死でチケットを売ります。家族や友人、中学や高校の同級生、バイト先の同僚。しかし、一度なら好奇心や応援の気持ちからチケットを買ってくれても、二度三度と続くとなかなか誘いには応じてくれなくなります。強く誘えば、お金の絡むことゆえ、その人との関係さえこじれてしまう恐れもあります。

 じゃあどうするのか。解決策の一つとして劇団員の多くが採用している方法が、同業者、つまり他の劇団の人間を観客として誘うことです。同じくノルマに苦しんでいる身として、一般の人に比べると度重なる誘いにも理解があり、誘う方も声をかけやすいのです。

 ところがこの関係はギブアンドテイクが前提です。相手もノルマに苦しんでいるので、自分の公演に来てもらったら、相手の公演の時には自分が観客として足を運ばなくてはなりません。もちろん、チケット代も交通費も自己負担。ノルマの自己負担と、もはやどっちが高くつくのかわからなくなってきます。

 本書には、ある小劇場劇団の団員が売ったチケットのうち、7割が演劇経験者とその知人だったという話が出てきます。お互いにノルマが大変なのはわかっているから、持ちつ持たれつの関係を維持するために、相互互助的にお互いの公演に足を運ぶ。そこには「作品が面白いから」「その劇団が好きだから」といった本来あるはずの動機はありません。

 今年ニュースになった高プロ制の導入や悪質タックルを選手に強要した日大ラグビー部を日本の悪しき縮図と見る向きがありますが、僕はあれらのニュースを見ながら、団員に「ノルマ」と称して金銭を負担させ、その金銭分のチケットを家族や友人に売りさばかせ、その結果として人間関係を破たんさせ、時間だけは拘束するから定職に就くことも許さないまま何年も束縛する「小劇場」という仕組みも、極めて日本的だなあと思っていました。そして、個人の人生を食いつぶして作られた芝居の客席は、「付き合い」のためだけに足を運んだ演劇関係者ばかりで埋まっている―。しびれるほどに不毛です

 この本はあくまで論文なので、著者の主観的な考えは入っていませんが、この本を読んで「舞台俳優やりたい!」「劇団入りたい!」って思う人はまずいないでしょう。(ネガティブな意味で)特異な演劇が、「外の世界」と衝突して結束や信念が揺らぐのは、あまりに当然なのです。

 ノルマをはじめとする、小劇場劇団で広く敷衍した仕組みや慣習は、まともにやるとあまりに個人への負担が激しいため、人生を食いつぶされて辞めるのが先か、その前に運よく売れるかという消耗戦的チキンレースになります。したがって、どうしても20代からせいぜい30代中盤あたりまでの若いうちしかできません。参加者の世代が圧倒的に若年齢層に偏っている点は、音楽やダンスにはない、演劇の極めて不健全なところです。

 じゃあ、人生を食いつぶされず、いわば消耗戦ではなく持久戦で演劇を続けるためにはどうしたらよいのか。その答えの一つが、生活の糧を演劇以外の場所で確保したうえで芝居をやる「社会人劇団」なんじゃないかと、本書を読んで改めて僕は思いました。

 そういうことをいうと「退路を断って臨まないと面白い芝居などできない」「仕事をしながら片手間でやる芝居が面白くなるはずがない」などと言い出す人が出てきそうです。ある種の覚悟が作品の質に影響を与えること自体は否定しませんが、以前この記事でも書いた通り、「プロかアマか」「仕事か趣味か」という二元論は、あまりに発想が貧しいと言わざるをえません。100or0のような極端な形ではなく、その中間にある多様な劇団のあり方、創作の方法を許容していかないと、小劇場という世界はいつまで経っても「人生を棒に振る覚悟がある人」しかいない、閉じた場所であり続ける気がします。

 …と、さんざん偉そうに書いてきましたが、以上のことは社会人劇団としての成功例が現れることが不可欠です。そしてそのことは、当然ながら「社会人劇団」と銘打って活動している僕自身の喉元に、ナイフとなって跳ね返ってくるのです






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『地域と演劇 弘前劇場の三十年』長谷川孝治(寿郎社)

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「地域のリアル」は
演劇だからこそすくい取れる


 僕は、仲間と作った劇団で戯曲を書いたり演出したりすることをかれこれ18年も続けていますが(もっともここ数年は活動休止中ですが)、一人の観客・一人の消費者としては、演劇よりも音楽や読書のほうに圧倒的な時間と情熱を注いでいます。演劇なんて、最後に劇場に足を運んだのはいつだろう。

 でも、演劇にしかできないものがあるということは、はっきりと理解しているつもりです。

 まず、演劇は言葉を使います。言葉を使うことで、音楽や絵画に比べると圧倒的に多い情報量を作品に載せることができます。単に伝達手段としての言葉だけではなく、例えばモノローグや群唱(複数の人間による台詞のユニゾン)といった、理性よりも肉体に訴えかけるような詩的な言葉まで、あらゆる言葉を扱うことができます。

 また、演劇は物語を得意とします。ある人物の変化やある出来事の推移を観客に見せる、時間を使った表現ができます。その一方で、一瞬の光景でインパクトを与える視覚的な表現もできます。照明や音楽、ダンスといった手段もあります。

 このように、具体的なものから抽象的なものまで、あらゆる表現手段を詰め込むことができる許容度の深さ、いわば雑食性が、演劇の強いアドバンテージです。もし「何かを表現したいけどどう表現していいかわからない」という人がいたとしたら、僕は演劇をやればいいと思う。

 話は変わります。

「地域演劇」という言葉があります。その名の通り、大都市で職業俳優によって行われる商業演劇ではなく、主として地方において、その土地の住人自らが作り、演じる演劇のことです。「リージョナル・シアター」といって、海外ではその地域の名物ともなっている有名なカンパニーがたくさんあります。

 日本において、地域演劇の草分けとも呼べる存在が、1978年の旗揚げから一貫して地元・弘前を拠点に活動を続ける劇団、弘前劇場です。その主宰者である長谷川孝治が、劇団の歴史と自身のキャリア、そして地域演劇への思いについて書きおろした『地域と演劇 弘前劇場の三十年』という本があります。この本のなかで著者は、単に地元の仲間と趣味で活動するアマチュア劇団と地域演劇とを明確に区別しています。

 峽は何故演劇をやっているの?」
◆峽たちは何故劇団をやっているの?」
「しかも、公的な助成を受けて」
の問いかけがない場合の答えは簡単である。「好きだから」「やりたいから」でよろしい。それ以外の答えなど不要だ。しかし、私たちはに対しての答えを完全に導き出すことができるだろうか。

 著者は地域演劇を、単に地方在住の人間が参加するだけではなく、公的な助成金をもらって活動するものと捉えています。「公的な助成金をもらう」ということは、その地域に住む人にとってなんらかの恩恵やプラスの効果が期待できることが前提になります。じゃあ、演劇が地域に還元できるものって何なのでしょうか。

 本書の中に、このような一節があります。

ことさらに役など作らなくても人間は充分に演技する存在である。(中略)ならば、商業的に役を演じ分ける必要がない地方の演劇で成立する演技とは、中央のプロと呼ばれる俳優たちの演技とはおのずから違ってくるのではないか。

 弘前劇場の劇団員は、主宰である長谷川孝治も含めて、昼間は別の仕事をしています。会社員や公務員として働きながら、家庭をもち、地域社会ともコミットしながら暮らしています。つまり、「普通の生活」を送っている人たちです。

 その「普通の生活」は彼らに、例えば「中間管理職である自分」や「夫/妻である自分」「親である自分」など、何らかの「役」を演じることを要求します。生活者だからこそ、演技をすることが常態化しているのです。だとしたら、舞台に上がって今更「殺人犯と刑事」や「王子と姫」を演じることに意味はあるのか。そんなことは中央の職業俳優による商業演劇に任せておけばよい。地域に根差している者だけが体現できるリアルな「演技」は他にあるんじゃないか―。

 著者がこの命題に対する一つの解として取り入れたのが、淡々とした日常会話が中心の物語進行と、標準語で書かれた台詞を役者が自分自身の手(口)で使い慣れた津軽弁に「翻訳する」という手法でした。

 例えば、リンゴ農家を舞台に登場人物が津軽弁で喋るシーンがあるとしたら、東京の人間には言葉すら聞き取れない可能性がありますが、地元の観客にはごく日常の馴染みのある場面でしょう。標準語よりもむしろ細かいニュアンスが伝わるかもしれません。

 大都市から発信される最大公約数化された「中央のリアル」とは別に、そこに住む人たちのなかでのみ共有される「地域のリアル」があるのだとすれば、それを反映した作品を作ることが、「公的な助成」を受けた地域演劇の役割である。…本書を読んで僕はそう考えました。

 なぜ「地域のリアル」を反映することが、その地域にとって恩恵になるのか。それは、同じ土地に住む人が作り、その土地の言葉で語られる物語は、単なるエンターテインメントという枠を超え、「自分たちの物語」になる可能性を秘めているからです。以前『オオカミの護符』僕自身のファミリーヒストリー豊島氏の話などで書いてきたことと同じように、「自分たちの物語」は、その土地に住んでいることに意味を与え、ひいてはその人のアイデンティティを強化してくれます。自治体が地域の史跡を整備したり、郷土資料館を公開したりするのと本質的には同じことです。

 そして、「地域のリアル」を反映しようとしたときに、音楽や絵画などさまざまなアートがあるなかで、演劇は非常にそれに向いているメディアだと思います。一つは冒頭に書いた雑食性です。言葉や物語を持ち、視覚も聴覚も使い、具体から抽象まであらゆるタイプの表現に対応できるからこそ、中央のリアルとの微妙な差をすくい取ることに長けています。

 また、祝祭という側面をもつ演劇には、観客として見るだけでなく、自ら参加するという楽しみ方もあります。地元の祭りが地域の結びつきや土地の人のアイデンティティを強化するのと同じような役割を、演劇が果たすことも可能かもしれません。このように考えていくと、「地域音楽」や「地域絵画」という言葉をなかなか聞かない一方で、地域演劇という概念が成立している理由がわかってくる気がします。


 僕らの劇団は結成して最初の4年間を、地元である神奈川県の藤沢で活動していました。でも当時、自分たちが藤沢の地域演劇であると考えたことはありませんでした。

 藤沢は、ほんの一時間電車に乗るだけで新宿や渋谷、銀座といった大都市の中心部にたどり着けます。経済面でも文化面でも東京圏に属する藤沢に、あの町だけのリアルというものがあったのだろうかと、本書を読んで考えてしまいました。あのまま藤沢で活動を続けていたら、もしかしたら今頃僕は「故郷の再発見」をできていたのかもしれません(それができずに今に至るという話は『あまちゃん』のときに書いたとおりです)。

 ただ、本書は別に、地方在住の演劇人のみに向けて書かれた本ではありません。「中央と地域」というファクターを取り除いてみれば、本書に書かれているのは「結局、その作品は誰にとってのリアルを反映しているのか」という、アーティストにとっては根本的で普遍的な問題だからです。






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舞台 『演劇企画フジサワパンチ シーン&シーン 〜2015・春 10周年大感謝祭〜』

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同じストーリー・同じ台詞なのに
作品が「変化する」ということ


先日見に行ってきた芝居のレビューを書きます。
が、おそらくこの作品のことを知っている人はいないでしょう。
なぜなら客席には僕を含め8人しかいなかったからです。
したがってレビューというものも、これが世界唯一だと思います。

その作品とは、演劇企画フジサワパンチの『シーン&シーン 〜2015・春 10周年大感謝祭〜』。
「演劇企画フジサワパンチ」という、この風変わりな名前の劇団(?)は、
その名も「フジサワパンチ」というステージネームで活動する俳優の、1人ユニットです。
サブタイトルにもある通り、今年の春で活動開始からちょうど10年を迎えました。
10年間、高円寺のライブハウス「ALONE」を拠点としながら、
延々とひたすら一人芝居を続けてきたのです。

実は、彼と僕とは劇団仲間で、15年以上一緒に芝居をやってきました。
ですので、形としてはまず劇団があって、
その後に彼が個人的にフジサワパンチというユニットを始めたということになります。
しかし、気付けば劇団よりもフジサワパンチの方が圧倒的に公演回数を回数を重ねていて、
「本体とサイドプロジェクト」のような関係は、今ではすっかり逆転してしまいました。

最近のフジサワパンチは、「シーン&シーン」と銘打って、
毎回7〜8人の異なるキャラクターを演じるというオムニバス形式をとっています。
今回は10周年ということで、これまで彼が演じてきたキャラクターのベスト版のような構成でした。
なので、感想も今回上演された8つのシーンについてそれぞれ書いてみます。

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■ コンタクトのアイランド
「コンタクトのチラシ配り」という生産性ゼロなアルバイトに、
異常な勤勉さと向上意欲を発揮する不器用な青年の物語。
フジサワパンチの定番ネタの一つで、僕が見に行くときはほぼ毎回見てる気がします。

最初にこのネタを見たのは僕がまだ20代の頃だったと思うのですが、
不思議なもので、当時は主人公の青年に対して、
「不器用だけど頑張れ!頑張ってればいつか正社員になれる!」みたいな、
のほほんとした牧歌的な空気を感じていたのですが、
30代半ばになった今見ると、
一体彼はいくつまでコンタクトのチラシ配りを続けるのか?」という、
こっちがハラハラするような悲壮感じみたものを感じるようになりました。
50歳くらいになっても彼がまだコンタクトのチラシ配りをしていたらどうしよう。

台本は変わらないのに、演じる側・見る側の年齢の変化でキャラクターが違って見える。
このことは、10年続けてきたからこその到達点かもしれません。


■ プロのトラ
初見でした。
「トラ」というのはドラマのエキストラのこと。
何十回とエキストラを経験して、
現場で出る弁当のメニューから助監督さんの性格にまで精通し、
いつの間にか業界人のようになってしまった「プロのエキストラ」のお話。

ただのエキストラのくせに俳優よりも俳優っぽくふるまう「プロのトラ」は、
ひとことで言えば「イタい」んだけど、前述『コンタクトのアイランド』と同様に、
考えようによってはものすごい悲哀を感じるお話でもあります。


■ 全力工事現場
建設会社で長年経理をしてきた中年社員が、
たまには現場の雰囲気を感じようと工事現場の歩道で誘導員をやってみたら、
トラックが出る時も歩行者が通る時も、
全身全霊の猛烈なハイテンションで誘導役をしてしまう、というお話。

台詞中心の芝居が多いフジサワパンチの中では、珍しく肉体系の芝居です。
アクションはキレキレでそれ自体は面白いんだけど、
30代のフジサワパンチが普通に全力でやってしまうから、
「経理畑の中年社員」という肝心のキャラ設定さえも吹っ飛んでしまうのが惜しい。


■ ノー・キャント・ロッカー
これも初見。
今回、実は一番笑ったのはこれでした。
自称シンガーソングライターの「りゅうぞう」がステージで喋って歌うという、
会場が実際のライブハウスであることを生かした芝居。

りゅうぞうはギターの弾き語りスタイルなんだけど、
小道具は使わずに、ギターを構えた状態(マイム)で芝居をしてるから、
僕はてっきり「ギターを持っているという設定」なんだと思ってたら、
後半、りゅうぞうは実際にギターを「持ってない(弾けないのでエアギター)」ということが分かります。

特にオチもないし、途中本当に自作曲(けっこう長め、しかもちょっといい歌風)を歌ったり、
つかみどころがなくてかなりシュールなんだけど、
りゅうぞうのキャラクターが本当に高円寺界隈にいそうな雰囲気があって、僕は好きでした。


■ バーバー市橋
墨田区の下町で昔から営業している床屋の親父が、
お店で彼の友人と延々くだらない話を喋っている、というお話。
ベースのネタは何回か見たことがあるんだけど、会話の内容が毎回変わります。
今回は「花見したいけどまだ桜が咲いてないから、
友人の頭を桜に見立てて店で花見をする」というもの。

これまではいつも肝心の会話の内容がイマイチで、
強引に親父のキャラクターで持っていくようなところがあったんだけど、
今回は親父たちの話の内容が練られていて面白くて、初めて笑いました。


■ マー君
『コンタクトのアイランド』と並ぶフジサワパンチの定番ネタ。
久々に実家に帰ってきたヤンキーが母親と一緒にカレーの材料を買いに行く、というお話。

ストーリーの流れはわりとよくあるもので、
これもまた、以前はキャラクターで強引にもってくようなところがあったけど、
数年ぶりに見たら、台詞の間とか視線のちょっとした動きとか、
技術的な面が大きく改善されていて、オチが分かってるのにクスリとしてしまいました。


■ 富岩くんのお花見大作戦
基本的にフジサワパンチという俳優は、
何かを付け足す、加えるという「足し算」で役作りをする傾向があります。
『コンタクトのアイランド』や『マー君』、『バーバー市橋』といった古いネタが、
「キャラクターありき」で作られているのはそのせいだと僕は見ています。

ところがこの「富岩くん」というネタは、珍しく「引き算」で作られています。
台詞は少なく、ほとんど独り言で、しかもものすごく小声なんだけど、
その「主張しないこと」によって観客の注意を引き込ませています。
もうちょっと長い尺でもできるかどうか、見てみたい。


■ 近所の中畑さん
これもだいぶ前からやっているネタで、
OPが『コンタクトのアイランド』、ラストが『近所の中畑さん』というのが定番の流れ。
(つまりラモーンズでいうところの<Durango 95><Pinhead>だ)
フジサワパンチ演じる中畑さんという初老の職人が、
近所に住む若者に向かって他愛もない世間話や軽い人生訓を垂れるという会話劇です。

何回も見ているのですが、実はこれまでは毎回「良くないなあ」と思ってました。
理由は単純で、年齢が明らかにミスマッチだから。
20代で還暦の人を演じるのはさすがに相当難しい。
しかもこのネタ、かなりしっとりとした会話劇なのでごまかしも利きません。
なので、僕はずっと「なぜこのネタをやるのか」と思ってました。

ところが、演じるフジサワパンチが30代半ばになった今、
彼が中畑さんを演じる違和感は、だいぶ小さくなりました
もちろんまだ無理があるのですが、おそらくこれからさらに溝は縮むでしょう。
前述『マー君』が、年齢をとるごとに演じるのがキツくなっていくであろうこととは反対に、
この『近所の中畑さん』はこれからしっくりくるネタなんだろうなあと思いました。

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同じ劇団の仲間ということで、
「身内のひいき目」が無いと言ったらウソになるでしょう。
それに、身内の芝居のレビューをぬけぬけと書いてしまう、
僕の良識もどうなんだという突っ込みもあるかもしれません。
それでも何かしら感想を書きたいと思ったのは、
ひいき目を差し引い(たつもり)ても、今回の舞台が面白かったからです。

それは、『コンタクトのアイランド』や『バーバー市橋』、『近所の中畑さん』のように、
演じる側・見る側の年齢の変化によって、
芝居の印象が如実に変化することを実感できたからでした。
同じ物語、同じ台詞であっても、環境の変化によって絶えず作品がアップデートされるのは、
生の舞台にのみ与えられた特権です。
まさに、10年続けてきたことの成果といっていいでしょう。

ただ、同時に、そうした変化を共有できるのは、
フジサワパンチが何年も同じキャラクターを演じ続けているからでもあります。
それは、比較的フットワークの軽い一人芝居というスタイルだからこそできることです。
僕らの劇団のように、数年に一回しか公演を打てない状況では、
やはりまずは「新作をやろう」ということになるので、なかなか実現は難しい。
そういう意味で、彼のスタイルがうらやましいとも感じます。

そしてホームページもSNSのアカウントももたず、告知はごく限られた知人のみという、
時代に逆行するかのようにクローズドな活動を続けるフジサワパンチなので、
(だからこそ客席が8人なのです)
僕も次の公演予定とかまったく知らないのですが、
分かったらお知らせします。




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舞台 『朝日のような夕日をつれて 2014』

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「ひとりで立ち続ける」は
僕自身の言葉になった


劇作家・演出家の鴻上尚史が主宰するKOKAMI@networkの舞台、
『朝日のような夕日をつれて 2014』を見てきました。
鴻上さんがかつて率いた伝説の劇団「第三舞台」の出世作であり、
これまで計6回も再演を繰り返してきた代表作です。
第三舞台は2011年に解散してしまいましたが、
大高洋夫小須田康人という劇団時代からの役者2人を含めたプロデュース公演という形で、
実に17年ぶりに再演されることになりました。

17年前に上演された(つまり前回の)『朝日のような夕日をつれて 97』は、
僕が初めて見た第三舞台の作品でした。
正確に言えば僕が見たのは生の舞台ではなく、ビデオでした。
ビデオでしたが、僕にとっては未だにあの『朝日 97』に勝る演劇体験はありません。

起承転結はおろか、「誰がああしてこうして」というストーリーの体裁すらとっていない物語。
マシンガンのように放たれる洪水のようなセリフ(しかもそのほとんどはギャグ)と、
そこに何の脈絡もなく挿入される大音量の音楽とダンス。
当時僕が知っていた「演劇」というもののセオリーをことごとく打ち砕くような作品だったのに、
なぜだかものすごく面白かったのです。

わからないのに面白い」という体験そのものが衝撃でしたし、
そしてその面白さは、単に「笑える」という表層の面白さだけではなく、
「こんなにもわけがわからないのに、言葉や役者の表情の一つ一つがグサグサ刺さる」という、
内面的な意味での面白さであることが、また衝撃でした。
あの作品を見る前と後とでは、僕の感性や思考の配列はガラリと変わったという実感があります。
そのくらい、僕にとっては強烈な体験をもたらした作品でした。

ただ、正直に言えば、僕は今回の『朝日 2014』にはそこまで期待はしていませんでした。
というのは、この作品が「男5人による延々と終わらない遊び」という、
役者(&スタッフ)同士の濃密な関係性を前提とした構造をしているため、
1回限りのアンサンブルであるプロデュース公演という形では、
限界があるだろうと思っていたからです。

例えば、長年連れ添った夫婦が「言葉を発しなくても成立する間」をもっていたり、
古い付き合いの友人グループが「グループ独特のノリ」をもっていたりするように、
『朝日』という芝居の面白さの核になっているのは、個々の役者の演技力というよりも、
劇団という濃厚な集団だけがもつ「非言語的な何か」でした。
だからこそ、出演者の半数以上を第三舞台以外の役者が占める今回の『朝日』では、
かつてのような面白さは期待できないんじゃないかと思っていたのです。
僕は、第三舞台が解散した今になって『朝日』が見られることに喜びを感じる半面、
実は内心では半信半疑な気持ちをもっていました。

で、実際に生で見たわけなのですが、結論から言うと、想像していたよりずっと面白かったです。
…ってなんかすごいイヤな言い方になっちゃってますけど、
でもホント、事前の心配が吹っ飛ぶくらい楽しめました。
楽しめた理由は単純。
半信半疑だった「第三舞台以外の役者」3人(藤井隆・伊礼彼方・玉置玲央)が、すごく良かったからです。

藤井隆のゴドー1は、歴代の中で初めて「ちょっと弱そうなゴドー」になったという点で新鮮でした。
(歴代ゴドーは全員体育会系だったところに初めて生まれた文化系のゴドーでした)
彼にしかない味が出てたと思います。
伊礼彼方のゴドー2はセリフ回しがすごく堂々としてて良かったです。
パワフルだし、賢そうにもアホそうにも見える幅広さがあるし、
将来的には彼がゴドー1を務める可能性もあるんじゃないかと感じました。
玉置玲央の少年も素晴らしかったです。ハイテンションなあの役に負けてなかったですね。

ただ残念だったのは(というか過去作を見てる人はほとんどそうだったと思うんだけど)、
舞台を見ている間ずっと、頭の中で「かつての『朝日』」と比べてしまったことです。
大高さんと小須田さんが目の前にいるのに、
僕は2人の芝居と頭の中の映像とが合っているかずれているのかの「確認」に追われてばかりでした。
もちろん、これは作品の出来が原因ではなく、
僕の思い入れ、あるいは「生の『朝日』を見るのが初めて」という個人の事情によるものです。
なので、今回の『朝日』がどうだったのかという感想については、ちゃんとは語れません。
「今回の『朝日』」を味わうためにも、もう一度見たいというのが今の正直な思いです。



……というのが見終わった直後の率直な気持ちだったのですが、
実は家に帰ってから、ふつふつと考えたことがあります。
それはこの芝居のテーマの一つでもある「ひとりで立ち続ける」ということについて。
ちょっと長いけど、オープニングとエンディングで登場人物全員が群唱する、
この作品のキーとなる一節を引用します。

朝日のような夕日を連れて
僕は立ち続ける
つなぎあうこともなく
流れあうこともなく
きらめく恒星のように
立ち続けることは苦しいから
立ち続けることは楽しいから
朝日のような夕日をつれて
ぼくはひとり
ひとりでは耐えられないから
ひとりでは何もできないから
ひとりであることを認めあうことは
たくさんの人と手をつなぐことだから
たくさんの人と手をつなぐことは
とても悲しいことだから
朝日のような夕日をつれて
冬空の流星のように
ぼくは ひとり


初めて『朝日』を見た19歳のとき、僕はこの「立ち続ける」というフレーズに強く憧れました。
誰にも寄りかからずに、何物にもすがらずに、ひとりで立ち続ける。
それは、強い意志や自負心とは裏腹に、親の庇護を受けなければならなかったり、
さみしさに負けてその場限りの連帯に逃げ込んでばかりいた当時の僕にとって、
目指すべき指標であり、ある意味では耳の痛いフレーズでした。

で、14年経って久々にこのフレーズを耳にして(今でもそらで言える!)思ったのは、
『ひとりで立ち続ける』なんて不可能じゃないか?」ということ。
さみしさを紛らわすために何かに依存することをやめたり、
「自分が何者でもない」ということから目を背けるためにどこかに所属することを一切拒否したり、
そんな鋼鉄のような心の持ち主は、果たして世の中にどれだけいるのでしょうか。
少なくとも僕はムリだし、この先も多分そうはなれないような気がします。

14年前に初めて『朝日』を見たのは、ちょうど僕が仲間と一緒に劇団を立ち上げた直後でした。
大学のくだらない人間関係ゲームを断ち切って、何物の庇護も受けずに自分の好きなことをやる。
そういう思いが、「ひとりで立ち続ける」というフレーズと重なりました。

しかし、実際の当時の僕自身はというと、大学からドロップアウトしたという負い目を打ち消すために、
劇団という存在にすがっていました。
一生懸命に芝居を作っていた情熱の正体は、なんのことはない、
「何者でもない自分」から逃避するための必死さに過ぎなかったのです。
「ひとりで立ち続ける」というフレーズに憧れていたくせに、
実際にはどんどんそこから遠い場所へと走っていただけだったんですね。

自分がそういう悪循環的な精神状態に陥っていることを自覚し、
そしてそこから抜け出すのに、結局僕は10年かかりました。
抜け出すというのは、「劇団が無くなっても困らない」という状態に自分をもっていくこと。
多分、当時の僕は劇団が無くなったら生きていく支えを失うようなダメージを負ったでしょう。
「依存」ということの見本例のような状態だったのです。

ただ、すごく厄介だなと思うのは、劇団への依存から抜け出すために僕がとった方法は、
新たな依存を作り出す」ということでした。
それは例えば趣味であったり、仕事上の目標であったり、家族だったりしたのですが、
要は「劇団が無くなっても俺には○○がある」という風に自分を作り変えることでした。
一応、既にそのときには「依存」というものへの自覚と警戒心があったので、
あくまで劇団への重たい依存から抜け出すため、バランスを取り戻すための、
「一時的でテクニック的な依存」ではあったのですが、
結局新たな何かにすがらなければ別の何かを捨てられない自分にがく然としたのを覚えています。
だから僕は「ひとりで立ち続ける」というフレーズに対して、
高く分厚い城壁を前にしたような、ほとんど呆然とするような思いを持つのです。

しかし、だからといって『朝日』のこのフレーズが、
今の僕にとって説得力がないかというと、そうではありません。
上掲の一節を改めて読み返してみると、14年前には感じなかったあることが見えてきます。

14年前の僕にとって、「ひとりで立ち続ける」と語っている人物は、「僕以外の誰か」でした。
それは、既に「ひとりで立ち続ける」ことを成し遂げた強く立派な誰かであり、
その誰かが僕に対して指し示す目標が、「朝日のような夕日をつれて僕は立ち続ける」ということでした。
しかし、今の僕にとってこのフレーズを語る人物は、「僕自身」に他なりません。
「ひとりで立ち続ける」ことの成否を問うているのではなく、
「ひとりでは耐えられない」ことを自覚した上で、
それでもひとりで立ち続けようとする「意志」としてこのことを語る、僕自身なのです。

何かにすがって生きることの甘美さを経験し、
同時に何かにすがって生きることの危うさを知り、
けれどその危うさを知ったところで結局(一時的にせよ)何かにすがりつくことをやめられない。
そのことを身をもって知った今の僕にとって「ひとりで立ち続ける」というこのフレーズは、
14年前よりもずっと「自分の言葉」になったのかもしれません。

なんだか、大きな螺旋階段を上って、
結局再びこのフレーズに戻ってきたような、そんな気がしています。


YMOの『Public Pressure』より<The End Of Asia>。
さすがにこの曲を生で聴いたときは鳥肌立ちました。







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