週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

オアシス

Temples 『Sun Structures』

sl-94176

「逸脱」のない
サイケデリック・ロック


英国ミッドランド出身の4人組、テンプルズ(“The”は付きません)が、
今年2月にリリースしたデビューアルバム『サン・ストラクチャーズ』

本作を聴いたノエル・ギャラガーは、
20年前に俺がオアシスでやろうとしてできなかったサウンドだ」と語ったそうです。

<Shelter Song>


尋常じゃない褒めっぷりですが、テンプルズが素晴らしいという点については僕も100%同意。
間もなく2014年も折り返しですが、今年前半に聴いたアルバムの中では本作がNo.1です。
いえ、ひょっとしたら、1年を通してもこれ以上にインパクトのある作品には出会えないかもしれません。
とにかく、そのくらいガツンとやられました。

ちなみに、ジョニー・マーもノエルと同じようにテンプルズに惚れこみ、
マンチェスターでライブをするなら俺の家で洗濯していいよ!」と言ったとか。
マー家で洗濯”ってスゴイ(笑)。

テンプルズの音楽を表すキーワードは「サイケデリック」。
最初に聴いたときは思わず「60年代の曲なんじゃないの?」と疑ったくらい、
かつてサイケ・ロックがまとっていた、まばゆくも気だるい空気が真空パックされています。
できればCDではなくアナログレコードの音圧で聴いてみたい。そんな濃厚なサウンドです。

ただ、テンプルズの音楽は、そうしたレトロな空気を持ちながらも、
単なる懐古主義一辺倒ではない、「現代版サイケデリック」と呼ぶべき新しさも兼ね備えています。

サイケ・ロックの名盤に、ピンク・フロイド『夜明けの口笛吹き』(1967年)という作品があります。
※プログレッシブ・ロックの代名詞ともいえるフロイドですが、
 初代リーダーのシド・バレットが主導したこのデビュー盤だけはサイケアルバムとして知られています

Pink Floyd<Astronomy Domine>


ポップさや作品を覆う気だるく淫靡な空気感、さらに言えばメンバーのファッションまで、
僕は『夜明けの口笛吹き』のフロイドとテンプルズとは共通点が多いように思えるのですが、
しかし、決定的に両者が異なっている点があります。
それは、楽曲が「」になっているかどうかです。

元々サイケデリック・ミュージックは、LSDをはじめとするドラッグを体験したミュージシャンたちが、
自分の見た幻覚世界を音楽で再現しようとして生まれた、とても前衛的な音楽でした。
ある意味では「感覚」というものだけを追求する音楽であり、
そのため、メロディが溶けたり異様な和音が使われたりといった、
従来のポップソングからの「逸脱」が多く見られました。

しかしテンプルズにはそうした逸脱はありません。
むしろ、誰もが口ずさめるほどにメロディがはっきりしている。
つまり「歌」になっているのです。
これはテンプルズが、ドラッグによる混乱ではなく、
あくまで理性によって曲を作っていることを示しています。
テンプルズを「現代版サイケデリック」と呼ぶ根拠は、
彼らが(少なくとも作品上は)ドラッグという人為的な力を借りずに、
メロディとアレンジという純粋な音楽の力だけで、幻想的な世界を表現している点にあります。

見方によっては、ドラッグの影が感じられないテンプルズの音楽を、
「去勢されたサイケ」という風に捉えることもできるのかもしれません。
しかし僕は、むしろそれは「洗練」と呼ぶべきだし、
アップデートであると考えるべきなんじゃないかと思います。

デビュー盤としては申し分ないくらい、
バンドの魅力やコンセプトが感じられる作品であるだけに、
2枚目以降に彼らがどう変化するのか(あるいはしないのか)、注目したいと思います。

<Keep In The Dark>







sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

oasis 『(What’s The Story) Morning Glory?』

morning glory






出来の悪い兄弟2人
見守るファンはもはや母親気分


たとえば通勤電車の中とか食事中とか夜寝る前とか、
生活のなかで音楽を聴く状況・場面というものが人それぞれあると思うのだが、
僕の場合、料理をするときというのが音楽が欠かせないシチュエーションのひとつなのである。
料理をするときは、まな板と包丁を用意することでも食材を冷蔵庫から取り出すことでもなく、
まずCDを選ぶところから始まるのだ。
・・・というといかにもオシャレ風だが、
作るのは大抵肉じゃがとか野菜炒めとかモロに男の一人暮らしメニューなのであって、
別にショパンを聞きながらビーフシチューをトロトロ煮込むとか、
AC/DCを聴きながら肉を豪快に焼くとか、そういうことではない。

で、こないだ料理中のBGMとして、
久々にオアシスの『モーニング・グローリー』を聴いた。
懐かしい。
1995年のアルバムなので買ったのは僕が中学生のときである。
ずい分前に『ディグ・アウト・ユア・ソウル』を紹介した際に「高校1年生」と書いていたけれど、それは僕の勘違い。
中3です、中3。

だが、衝撃を受けたのは事実。
それまでは少なからず同級生への「見栄」として洋楽を聴いていた僕が、
ちゃんと「音楽」として洋楽、そしてロックを聴き始めるようになった1枚である。
仮に僕の持っている全てのCDを聴いた順、影響を受けた順に樹形図にすると、
このアルバムがおそらく一番てっぺんか、
そうでなくとも極めて上位に位置することになるんじゃないか。

その『モーニング・グローリー』を久々に聴いたのである。玉ねぎを炒めながら。
僕が料理中に音楽を聴くのは完全なる習慣にすぎないのだが、
そうやって適度に音楽以外のものに神経が注がれている方が、
じっくりスピーカーに集中するよりもむしろ深く聴き込めたり、新たな発見があったりして、
これはこれで音楽を聴く条件としてはある意味理想的な部分もある。

今回の場合も、『モーニング・グローリー』の持つ不変のかっこよさに心震えつつも、
以前はその存在感の薄さゆえにあまり気に留めていなかった、
<キャスト・ノー・シャドウ><シーズ・エレクトリック>といった曲の鋭さ、美しさに開眼した。
改めて良いアルバムだなあとしみじみ思った。

先日行われたブリットアワードで、本作は「過去30年間のベストアルバム」に選出された。
オアシスは94年のデビューアルバム『デフィニトリー・メイビー』と本作で、
ビートルズを超えるセールスを叩き出し、
ブラーとともに90年代のブリティッシュカルチャーの旗頭となった。

そして、遠く離れたここ日本でも、オアシスは瞬く間に、そして確実に浸透していった。
直撃をもっとも激しく受けたのが、当時中高生だった僕らの世代である。
僕のようにオアシスでロックに出会った人、
オアシスがきっかけでギターを始めた人、
初めてカラオケで洋楽を歌ったのがオアシスという人、
そして、好きな洋楽バンドは未だに、結局、オアシスという人。
今20代後半から30代前半にはそういう人がめちゃくちゃ多い。
オアシスはイギリスだけでなく、僕らにとってもアンセムなのである。

そんなオアシスもノエルが抜けて解散?活動休止?しちゃいましたね。
しかしノエルの脱退なんてオアシスの歴史を振り返れば珍しくもなんともないことであり、
未だに解散なんて冗談じゃないかと思っているのは僕だけでしょうか。
ただまあ、現時点では最後のアルバムとなってしまった
前述の『ディグ・アウト・ユア・ソウル』がとても良いアルバムだったので、
ファンとしては一応納得はできる。
・・・とはいかないまでも、気持ちはとりあえず慰めることができる。

しかし40歳になっても殴り合いの喧嘩が絶えないギャラガー兄弟は、
しょうもないを通り越してラディカルというか、ぶっ飛んでますね。
ある意味そこさえもロック。
ファンは2人の兄弟喧嘩に時に振り回され、時に「またか」と呆れ、
仕方ねえなあ」と言いながらずっと付き合ってきたのだ。
まるで親の気持ちなのである。
そういう意味でオアシスは、メンバーの過激な言動やスキャンダルとは裏腹に、
とても“家庭的”な匂いのするバンドだと思える。
ステージ上からオーディエンスを、
古代国家の帝王のように睥睨するリアムを見ても、
ファンの多くは「なんだか可愛い」と思ってしまうのである。

ちなみに僕が『モーニング・グローリー』を聴きながら作っていた料理は、ミネストローネでした。
やっぱりロックな料理ではないですね。
でも家庭的な感じはオアシス的、でしょうか。


<She's Electric>







sassybestcatをフォローしましょう
ランキング参加中!
↓↓よろしければクリックをお願いします

にほんブログ村 音楽ブログ CDレビューへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

oasis『Dig Out Your Soul』

Dig Out




結成14年目、
“バンド”oasisの誕生を謳う1枚


僕がoasisのCDを最初に買ったのは、
世界中で驚異的に売れた彼らの2ndアルバム『Morning Glory』(95年)だった。

当時高校1年生だった僕は、少し背伸びをして、ちょっとずつ「洋楽」というものを聴き始めた頃だった。
その頃クラスで人気があったのは、BonJoviやMr.Bigといったアメリカのポップメタルバンドばかりだったので、
洋楽のロックといえば、ギターはいかにもエレキという風に尖った形(ストラトタイプ)をしていて、
音はキュイーンと高めに歪んでいて、長髪で、メイクをしていて、
革ジャンや派手な衣装を着ているイメージしかなかった。

そんな僕の目に、oasisは最初、かなり異様に映った。
使っているエレキギターは丸みのある形(エピフォンやテレキャスター)をしているし、
音はズゥゥンとやけに重いし、髪は短いし、着ている服は普通のシャツやジャケットだった。

けれど、曲はインパクトがあった。
ノエル・ギャラガーの書くメロディはクリアで聴きやすいのに中毒性のある独特の節があって、
それを歌うリアム・ギャラガーの声は無機的なのに粘っこくて耳に残った。
何よりリアムの、あの死んだ魚のような目をしながら歌う姿が強烈だった。
髪を振り乱しながら超人的な速さでギターを弾く、そんなパフォーマンスこそがロックだと思っていたのに、
俯きながらギターを弾くoasisの方がずっとかっこよかった。

思えば、ブリティッシュロックへと通ずる道へと僕を導いてくれたのはoasisだった。
外見や派手なパフォーマンスではなく、初めて音でロックスピリットを感じさせてくれたのも、
ビートルズでもストーンズでもなく、oasisだった。

だが僕はその後、oasisの熱心なリスナーではなかった。
oasisを追い続けることよりも、未知のバンドを知ることの方に夢中になったからだ。
U2R.E.M.といった、よりクセのあるバンドの方が魅力的に見えたし、
70年代、60年代と遡れば、それこそかっこいいバンドは星の数ほどあった。
そんな時期の僕にとっては、3枚目の『Be Here Now』も4枚目の『Standing On The Shoulder Of Giants』も、
単に『Morning Glory』の焼き直しに聴こえた。
昨年、ベストアルバム『Stop The Clocks』をリリースした時も、
「ついにベストを出すほど落ちぶれたか」とネガティブな気持ちにすらなった。

新作『Dig Out Your Soul』を聴いたのは、
「久々にちょっと聴いてみるか」という、ほんの気まぐれからだった。
だが、1曲目の「Bag It Up」から圧倒された。
クールに刻むドラムにリアムの声が加わり、徐々にギターの厚みが増していく。
そして、コーラスパート前のブリッジ部分で、それまで静かだったメロディが、
押し殺していた興奮を開放するかのように一気にピッチを上げて、リアムが乱暴に叫ぶ。
このあたりのメロディとハーモニーは、いかにも「ノエル節」だ。

全曲通して強く感じるのは、ギター以外の音の存在感だ。
特にドラムが重く、乾いていて、爽快なグルーヴを生み出している。
相対的にノエルのギターは一歩下がった形になるが、
それでも全ての曲は、紛れもなくoasisの曲になっている。
これまでは、ノエルのギターとリアムのボーカルによって支えられてきた感があるが、
ここにきてoasisという「バンド」のサウンドができあがったようだ。
だがそれは、彼らが結成14年を経て得た円熟などではなく、
むしろその逆で、よりバンドらしいバンドへと進む第1歩のように見える。
記事検索
プロフィール

RayCh

訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: