週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

ピロウズ

the pillows 『ムーンダスト』

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さよなら、ピロウズ

邦ロックバンドのピロウズが3年ぶりとなる新作アルバム『ムーンダスト』をリリースしました。
彼らは10年以上にわたって毎年1枚は必ずアルバムをリリースしてたので、
3年というブランクはかなりイレギュラーなことです。

山中さわお(Vo/Gt)のインタビューをいくつか読んだところ、
前作『トライアル』(2012年)の段階で、彼と他の2人のメンバーとの関係が、
クリエイターとしての対等なものではなく、「発注者―受注者」のようなものに陥ってしまっていて、
一種の荒療治として「活動休止」という選択をしたと、そのような意味のことが書いてありました。
「そんなことがあったのか」と驚いてしまったのですが、
内実をオープンに、けれど誠実に語る彼の姿勢は相変わらずだなあと、
僕はなんだかむしろ安心してしまいました。

新作『ムーンダスト』は、彼らがずっと追求してきたオルタナ路線ではなく、
シンプルなギターロックテイストのアルバムです。
リードトラックの<About A Rock'n'Roll Band>にはその傾向がよく表れています。

前作からのバンドの経緯を考えると、
今作は「原点回帰」のようなテーマを背負った作品なのかもしれません。
実際、スカッと抜けのある、良い意味で「軽い」アルバムだと思います。



ただ、おそらくこのアルバムが僕にとって、
リアルタイムで彼らをフォローする最後の作品になると思います。

※ここからはセンチメンタルな話になります…

これまでこのブログでは、何度もピロウズを取り上げてきました。
それはもちろん、彼らが僕にとってとても重要なバンドだったからです。
以前、HAPPYの記事の冒頭でも書いたように、
19歳で初めてピロウズを聴いたとき、僕は本気で、
この人たちは僕のために曲を書いているのか?」と思いました。
以来、特に20代の前半にかけて、
僕は彼らの音楽の中に僕自身を発見し、僕自身を託してきました。
それは、単なる「好き/嫌い」というレベルを超えた感情でした。
ピロウズというバンドは、僕にとっていわば「もう一人の自分」といってもいい存在だったのです。

ただ、時間が経つにつれて、そうした感覚に変化が起き始めました。
最初のきっかけは、アルバム『MY FOOT』(06年)でした。
あのアルバムを、特に表題曲の<MY FOOT>を聴いたとき、
僕のピロウズに対する思いはクライマックスを迎えたという予感みたいなものがありました。

※4:46あたりから<MY FOOT>が始まります。

ただ、それでも以降のアルバムも変わらずにフォローし続けてはいました。
中でも08年の『PIED PIPER』、09年の『OOPARTS』という2枚のアルバムは、
「やっぱりピロウズは特別だなあ」と改めて実感させた作品でした。
特に『PIED PIPER』を最初に聴いたときには、
座って聴いてたにもかかわらず、じんわり汗をかいたのを覚えています。


しかし、次作『HORN AGAIN』以降は、急速に気持ちが離れていきました。
アルバムは一応買うものの、ライブにも行かず、映像作品やメンバーのソロ活動もチェックはしませんでした。
彼らよりも新作が待ち遠しいバンドやアーティストが増え、
正直に言えば、今作『ムーンダスト』が3年ぶりということも、
「そういえば最近見てなかったな」とハタと気付いたくらいです。


なぜ僕はピロウズを聴かなくなってしまったのか。
原因はピロウズではなく、僕自身にあります。

僕が彼らに惹かれていた最大の理由は、
山中さわおの綴る歌詞、そして彼自身のキャラクターに、強く感情移入をしていたからでした。

代表曲<ストレンジカメレオン>の「周りの色に馴染まない 出来そこないのカメレオン」という歌詞に、
大学生活に馴染めず、劇団という逃げ道にしか自分の居場所をもてなかった自分自身を重ねました。

そして、そういう自分自身を持て余し、どんどん苦しみの底へと落ちていく中で、
飛べなくても不安じゃない 地面は続いてるんだ 好きな場所へ行こう 君ならそれができる
という<Funny Bunny>の歌詞に、僕は心の支えを見出しました。
山中さわおは、何かに傷つきながらも自分を信じようとする誠実さや勇気を、いつも歌っていました。
僕は、そんな彼の姿に自らを投影し、そしてそこから勇気をもらっていたのです。


しかし、それから何年も経ちました。
僕は(何度かつまづきながらも)毎日満員電車に揺られるいっぱしの“サラリーマン”になりました。
劇団にも見切りをつけました。
結婚もしました。
僕はいつしか、ピロウズの音楽が無くても生きていけるようになっていました。

ピロウズを聴かなくなった理由。
それは、僕が「大人」になったからなのだと思います。
『MY FOOT』を聴いたのが25歳のとき、
そして『HORN AGAIN』が30歳のときというのも、偶然ではないのかもしれません。
僕は彼らの音楽に飽きたわけでも、嫌いになったわけでもなく、
必要としなくなった」のです。
※もちろん、彼らの音楽が子供だと言ってるわけではありません。
 あくまで僕にとってはそうだった、という話です

僕がピロウズを聴かなくなったことは、ある意味では健全なことなのでしょう。
それは僕にとって、歓迎すべき変化なのだと思います。
でも正直に言えば、
新作『ムーンダスト』を聴いてもかつてのようには心が動かないことに対して、
一抹のさみしさも感じてしまうのです。

ビートルズにしても、ラモーンズにしても、R.E.M.にしても、
この先何歳になっても聴き続けるであろうバンドは他にたくさんいます。
しかしおそらく、この先の人生でピロウズのような存在が現れることはないでしょう。
それは、ヒリヒリとした痛みと問題意識を抱えた、人生に一瞬しかない時間が呼び寄せた、
一度限りの幸福な出会いだったからです。
彼らの曲を聴き返すたびに、かすかに疼く胸の痛みが、
一抹のさみしさと、そして人生への愛しさを呼び起こさせます。

さよなら、ピロウズ。
僕の青春は間違いなく君たちと共にあったよ。








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君の歌は間違いなく「僕の歌」だった

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the pillows
『LITTLE BUSTERS』



実は少し前に転職をしました。
これまでも何度か仕事を変わっているので、転職そのものには慣れているのですが、
それでもやっぱり緊張はします。
覚えなきゃいけない仕事の手順や新しい職場環境のことで頭がいっぱいになり、
なかなかオンとオフを切り替えられません。

そこで、月並みですが最近意識的に通勤時間には音楽を聞くようにしています。
緊張状態を解くためには、聞き慣れない音楽(例えば新譜)よりも、何度も聞いて耳に馴染んだものがいい。
それもなるべく日本語がいい。
ということで、自然と行き着いたのがピロウズでした。

このブログでも何度も紹介してきたピロウズですが、この1年くらいはほとんど聞いていませんでした。
しかしここにきて、上記のような実益的な(?)理由から、
生涯何度目かのピロウズブームが再燃しています。
ピロウズのアルバムは大体1枚30〜40分なので、片道で1枚聞けてしまうところも通勤向きです。

ただ、一つ困った点は、ピロウズを聞いていると、
確かに仕事のことは頭からキレイになくなっていくのですが、代わりに別のものが頭を占拠することです。
ピロウズが連れてくるもの、それはズバリ、僕の所属する劇団「theatre project BRIDGE」です。

BRIDGEでは、舞台で使う曲の全てを僕が選んでいます。
ちゃんと数えたわけではないのですが、これまで劇中曲として最も多く使っているのがビートルズ。
ピロウズは2番目でしょうか。
しかし、ビートルズはBGMとして使っているケースがほとんどなのに対し、
ピロウズはほぼ全曲、オープニングやエンディング、あるいはダンスなど、「キメ」の曲として使っています。
ピロウズの曲は常に、何らかのテーマを背負ったものとして使ってきました。
そのため、少なくともメンバー内では、ビートルズよりもピロウズの方が圧倒的にインパクトが強いのです。

なぜ、ピロウズの曲にそんなにも作品を託してきたのか。
それは単純に、僕が彼らの曲に強いシンパシーを感じてきたからです。
旗揚げしたばかりの劇団で、何とか自分が誇れるものを作ろうと悪戦苦闘していた20歳の頃、
孤独感やさみしさを慰めて、勇気をくれたのはピロウズの曲であり、山中さわおの姿勢でした。
僕は彼らの曲を聞きながら自らを奮い立たせ、台本を書いていました。
当時の僕にとって作品とピロウズという存在は、ほとんど不可分のものでした。
劇中で彼らの曲を使うことは、極めてナチュラルな判断だったのです。

しかし、当時は永遠に続くかと思っていた“ピロウズ熱”も、時間が経つにつれて徐々に醒めていき、
いつの間にか僕は彼らの曲がなくても、自分の作品を作れるようになっていました。
実際にはその後も舞台で曲は使い続けましたが、
2006年の『リボルバー』で使った<MY FOOT>という曲を最後に、
少なくとも作品のメインテーマを背負うことはなくなりました。

ただ、それは「飽きた」ということとはちょっと違います。
20歳の頃の気持ちというのは、たとえそのままの形ではないにせよ、
間違いなく今でも僕の胸の奥にあります。
だからこそ、今こうして久々にピロウズの曲をどっぷりと聞くと、当時の気持ちを思い出して、
何とも言えない、辛く苦しい気持ちになるのです。
ただ、当時に比べれば、僕はもうそこまで孤独じゃないし、さみしくもない。
あのヒリヒリとした数年間をじっと耐えたことで、僕は僕なりの幸せを見つけたのかもしれません。
だから、「飽きた」ではなく「卒業した」という表現が相応しいのかもしれません。

1998年にリリースされた『LITTLE BUSTERS』というアルバムは、
以前紹介したピロウズ最大の転機となった『Please Mr. Lostman』の次の作品にあたり、
ここからいよいよピロウズ独自の「オルタナロック&ポップ」な方向に進んでいきます。
BRIDGEで一番最初に使った曲である<ONE LIFE>と<Blues Drive Monster>、
後に同名タイトルの作品まで作ってしまった<PATRICIA>と、
個人的に思い入れの深い曲が多数収録されているアルバムなので、聞いていてとても辛くなります(笑)。











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the pillows 『LOSTMAN GO TO BUDOKAN』

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「もうひとりじゃない」
君はそう歌った


このブログでたびたび紹介してきた邦ロックバンド、ピロウズ。『Please Mr. Lostman』でも書いたように、
彼らは結成20周年の記念日である2009年9月16日に、初の日本武道館ワンマン・ライヴを行った。
その模様を完全収録したのが、先週リリースされたこのライヴDVD『LOSTMAN GO TO BUDOKAN』である。

あろうことか、僕はこの日のチケットを逃してしまったので(発売後10分で完売したらしい)、
このDVDがリリースされると聞いたときは、嬉しいというよりもまずホッとしてしまった。
というわけで、4ヶ月遅れとなってしまったが、
なんとか僕も無事にピロウズの歴史的一夜を目撃できたのである。

この日ピロウズが演奏したのは全部で28曲。
人気の楽曲が目白押しなのはもちろんだが、
<90’s MY LIFE>や<ぼくはかけら>といった昔の曲がチョイスされているのも
アニバーサリー・ライヴならでは。
アンコールはトリプルまでかかり、総収録時間は140分にまで及んでいる。
04年にSHIBUYA-AXで行われた15周年ライヴも相当長かったが、
今回はそれをさらに上回るボリュームだ。特別な節目に相応しい質と量を誇っている。

だが、ライヴそのものはというと(もちろん画面を通しての印象だが)、なんだか静かな雰囲気に包まれていた。
メンバーは淡々と演奏し、オーディエンスはそれをじっくり丹念に聴く、という具合で、
会場全体の呼吸はいつものライヴよりもむしろ落ち着いているように見える。
さぞかしお祭騒ぎ的ライヴだったのだろうと予想していた僕は拍子抜けしたのだが、
やがてライヴが進むうちに、この一見クールな空気こそが、「ピロウズの20周年」なのだと思うようになった。

昔も今も、ピロウズはいつも“勇気”を歌ってきた。
だがその勇気とは、「いつも隣には僕がいるよ」というような明快な応援メッセージとしてではなく、
ボーカル山中さわお個人の呟き、あるいは叫びとして表現されてきた。
自分たちの音楽に対する絶対の自信と、望むような評価が得られないという現実。
そのはざ間で山中は自分に言い聞かせるようにして決意を語ってきたのだった。
それは、孤立することを恐れない勇気であり、周囲に馴染めない自分を恥じない勇気だった。

ピロウズを聴くということはつまり、山中のパーソナリティーに触れるということなのである。
それゆえ、聴く者を選んでしまう音楽でもある。
曲が耳に引っ掛かるのを待つのではなく、リスナーの方から積極的に歩み寄らねば、
ピロウズの音楽は耳を通り過ぎるだけで終わってしまう。
だが、ひとたび彼のパーソナルを受け入れることができれば、
そこで歌われている勇気は自分自身のものとして、深く深く心の奥に根付くのである。
ピロウズのファンになるということは、彼らの歌が“自分の歌”になることなのだ。

樹木が少しずつ年輪を重ね幹を太くするようにして、ゆっくりと理解者の輪を広げていく。
それがピロウズの20年だった。
そしてその目に見えない輪が、これまでになく大きく広がったことを証明したのが、
武道館という場所だったのである。
僕がピロウズを聴き始めたのは10年前だったが、その当時彼らがいつか武道館に立つことなど、
ファンであっても誰一人として予想してはいなかったと思う。
武道館はそれくらい象徴的な出来事なのだ。

だが会場の奇妙な静けさは、単なる目標達成の感慨深さによるものではない。
あの日、1万人のファンは、ピロウズの歌のなかに新しい、
そしてこれまでよりもちょっとだけ前向きな勇気を見つけたのである。
その感動が静けさを生んだのだ。
武道館のステージでピロウズが歌ったのは、「僕はひとりじゃない」という勇気である。







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the pillows 『OOPARTS』

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オルタナ、だけどポップ!
記念作、だけど意欲作!


先週リリースされたピロウズのニューアルバム『OOPARTS(オーパーツ)』。
今年結成20周年を迎え、ライヴ2本を同時収録したDVDのリリース、初のアコースティックライヴの開催
対バンツアー、そして初の武道館ワンマンとイベント盛り沢山の彼らが、満を持して新譜を発表した。

昨年リリースした前作『PIED PIPER』が、
濃いめのロックチューンばかりを凝縮した非常に勢いのあるアルバムだったので、
「アニバーサリー・イヤーは来年なのに、今こんなに完成度の高いアルバムを作っちゃっていいのかな?」
と思ったものだった。

ピロウズは『Please, Mr.Lostman』(‘97)以降、
ほぼ毎年1枚のペースでアルバムをリリースしている。
片足をオルタナに、もう片方の足をポップに突っ込んで、
アルバムごとに微妙に重心を変えながら1枚ごとに肌触りの異なる作品を作ってきた。
初めて聴くとどの作品にも差がないように見えるかもしれないが、
実はアルバムごとにコンセプト(その時その時のメンバーの嗜好)が存在するのである。

ここ数年の傾向を見るに、僕のなかではなんとなく、
新作はポップ寄りのアルバムが来るのかなと予想していたのだが、見事に裏切られた。
『OOPARTS』は彼らのキャリアの中でも1,2を争うくらいにオルタナなアルバムに仕上がっていた。

“オルタナ(=alternative)”という言葉について。
これは一口ではなかなか上手く説明できないのだが、
本来の意味はその名の通り「亜流の」「主流ではない」といったところだ。
音楽用語として一般に広く使われるようになったのは90年代初頭あたりからだろう。
ソニック・ユースやニルヴァーナの登場がきっかけだ。
伝統的なコード進行や音の配置を敢えて崩した彼らの実験的な音作りには、
従来にはなかった音楽的興奮や面白さ、インパクトがあった。
それら新たなタイプのロックを総称して“オルタナ”と呼ぶようになったのである。

言い換えれば、オルタナは「カントリー」「レゲエ」といったような音楽的なジャンルの呼称ではなく、
実験精神や新たな発想法、そのようなアーティストのアティチュードのあり方なのである。
この辺りがオルタナの定義づけを難しくさせている理由なのだが、
ともあれもたらした影響は大きく、例えば今日の日本インディーズロックシーンの多種多様性などは、
オルタナの生んだ「何でもアリ」という発想がなければ存在しなかっただろうと思う。

元々はUKギター・ロック色の強かったピロウズがオルタナ・バンドへと変貌していったのは90年代後半から。
ボーカル山中さわおがレディオヘッドやブリーダーズといったコテコテのオルタナ・バンドと出会い、
その影響を瞬く間に血肉化していった。
そういった意味では、彼らはオルタナそのものを生み出したバンドではなく、
オルタナというものを対象化し、再解釈した“オルタナ第2世代バンド”である。

ただ、山中が優れていたところは、
ひょっとすればコアなロック・ファンにしか浸透しないマニアックなロックであったオルタナを、
ポップ・ソングに昇華し続けたところである。
レディオヘッドは聴けないけどピロウズは聴ける、という人は多いはずだ。

新作『OOPARTS』は、『HAPPY BIVOUAC』(‘99)以来のオルタナ色満載のアルバムで、
アニバーサリー・イヤーに敢えてこのような挑戦的なアルバムを発表した若々しさは素晴らしいが、
しかしそれ以上にすごいと思うのは、それでもなおしっかりとポップネスを失っていないところだ。
ピロウズの後半10年間は、まさにオルタナと一般リスナーとの橋渡しだった。
そう考えれば、このタイミングでこのアルバムというのは非常に納得できるし、意義深さを感じられる。










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the pillows 『BLUE SONG WITH BLUE POPPIES』

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初のアコースティック・ライヴを収録
過去に埋もれていた楽曲が蘇る


先週リリースされたピロウズのライヴDVD最新作。
結成20周年のメモリアル企画「LATE BLOOMER SERIES」の第2弾にあたる。
ちなみに第1弾が以前紹介した2枚組のライヴDVD『PIED PIPER GO TO YESTERDAY』。
来週6月3日には第3弾となるベスト盤がリリースとなる。

今回収録されたのは、今年2月に恵比寿ガーデン・ホールで行われた、
ピロウズ史上初となるアコースティック・ライヴである。

エレキギターは当然のことながらアコースティックギターに持ち替えられ、
ベースも今回はアップライトベースが使われている。
ボーカル山中さわおもギター真鍋吉明もイスに腰掛けながらの演奏。

そしてまた、通常はオールスタンディングの客席も今回は全て指定席で、
オーディエンスは座席に座り、歓声を上げることもなく、静かにライヴを見つめる。
以前アラニス・モリセットの項で紹介したMTVのアンプラグド・ライヴと概要は同じだ。

さらに、ステージにセットが組まれたのもおそらく初めて。
「BLUE POPPIES」というライヴ・タイトルにならい、メンバーの周りにはたくさんの青い花、
それからキャンドル照明が置かれていて、ライヴというよりも静かな会話劇でも上演しそうな雰囲気である。

とにかく何から何まで初めてづくしのこのライヴだが、肝心の中身も非常に充実している。
まず選曲がおもしろい。
アコースティック仕様ということで、通常のライヴでは滅多に演奏しないような曲ばかりがセレクトされている。
定番の曲はせいぜい<ONE LIFE>くらいで、
あとはシングルB面の曲やアルバム収録曲、それもかなり昔のアルバムの曲が多い。
いつものライヴを見慣れていると、やや地味な印象だ。
やはりアコースティックにアレンジし直すことを前提とすると、
定番曲とは少し性格の異なる楽曲を選ぶ必要があったのだろう。

だが、なんというか現金なもので、このライヴを観ていると「全部いい曲じゃないか!」と思うのである。
アレンジがクール且つシックに削ぎ落とされたことで、
メロディそのものの美しさであったり、これまで気付かなかった歌詞の響きであったり、
そういった新たな発見に満ちている。
「それがアコースティック・ライヴをやる意義だ」と言われればそれまでなのだが、
だとしたら、これはまさにアコースティック・ライヴの成功例だと言えるだろう。

ニルヴァーナ初心者にいきなり『アンプラグド・イン・ニューヨーク』をすすめないように、
これからピロウズを聴こうという人にすすめるには躊躇するが、
ファンにとっては間違いなくマスト・アイテムである。


最後に、本編の内容とは関係がないのだけど、とても衝撃を受けたことがある。
このライヴではギター・ベース・ドラムの他に、ゲストを招いて「テルミン」という楽器が使われているのだが、
この楽器、知ってますか?僕は初めて知りました。

箱のような形をしていて、そこから2本の金属の棒のようなものが出ている。
奏者はその後ろ(なのか前なのかよくわからないんだけど)に立って、両手を空中でユラユラと動かす。
弦がそこにあるわけでもないし、鍵盤がついているわけでもない。
なのに手を微妙に動かすと、フワフワとした何とも不思議な音色が鳴るのである。

気になって調べてみた。
簡単に説明すると、飛び出た金属の棒はアンテナで、その周囲には弱い電磁場が発生している。
そこに手を近づけたり遠ざけたりすると、電磁場が変化し、
それが箱の中にある発振器に共振して、音が出るという仕組みになっている。

なんでも20世紀初めに物理学者が発明した楽器だそうで、
身体の(主に手と指の)微妙な変化を反映させられることから、
従来の「ドレミファソラシド」という西洋古典音階よりも細かい音階を奏でられるのが特徴。
当然ながら習得するのはとても難しいらしいが、一度どこかで弾いてみたい。







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the pillows 『Please Mr. Lostman』

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「出来損ないのカメレオン」が
全てにサヨナラを告げた日


ピロウズが結成20周年を迎える今年、初の武道館でのワンマンライヴを行うことになった。

1989年に結成し、91年にメジャーデビューを果たしたピロウズ。
そのキャリアは決して順調なものではなかった。
現在の彼らの曲しか知らない人が、初期ピロウズの曲を聴くと、その違いに驚くだろう。
初期の彼らはストーン・ローゼズやザ・スミスのようなフワフワとトリッピーな音色のギターを鳴らす、
洋楽の、とりわけブリティッシュのサウンドを色濃く体現したバンドだった。
だが当時の邦楽シーンには、
まだ彼らのような本格派の洋楽バンドを受け入れるほどの素養は育っていなかった。

思うような評価が得られず、ピロウズは迷走する。
93年にはバンドの生みの親でもあったベースの上田ケンジが脱退し、一時的に活動を休止。
その後事務所を移り活動を再開させ、
ボサノヴァやフレンチ・ポップ、ジャズなどにまでサウンドの模索を広げるものの、
セールスは依然として停滞し、メンバーとレコード会社など周囲との葛藤は日に日に深刻さを増していった。
状況を打破すべく、レコード会社のタイアップ戦略を受け入れて商業的な成功を狙ったシングル
『Tiny Boat』も低調に終わり、ピロウズは出口の見えない闇の中へ完全に落とされる。

そのような失意のどん底で、ボーカル山中さわおは『ストレンジカメレオン』を作る。
良いと思って作った曲がことごとく受け入れられない自らを
「周りの色に馴染まない出来損ないのカメレオン」と喩えた歌詞と、
かつてないほどに重く歪んだギターの音。
この『ストレンジカメレオン』は、それまでのバンドの音楽性を根底から覆すような曲だった。

契約を切られ、再びインディーズへと戻ることも辞さない覚悟でリリースしたこのシングルは、
結果FMチャートで2位を獲得し、直後に予定していたライヴのチケットは即日完売する。
ようやく、少しだけ、それまで彼らを覆っていた暗闇に光が射したのである。

この『ストレンジカメレオン』を収録したアルバム『Please Mr. Lostman』が、
今日のピロウズ・サウンドの祖形であり、20枚近くある彼らのアルバムのなかで間違いなく最重要な一枚だ。

ギターの真鍋吉明は、かつてインタビューでこのアルバムを「音楽業界への遺書」だと語っていた。
レコード会社や事務所がいくら反対しても、
これからは自分たちが信じる音楽だけを鳴らそうと決意したピロウズは、
『Please Mr. Lostman』を作ることで当時のシーンにも業界にもサヨナラを告げたのである。

このアルバムの持つ空気はとても痛々しい。
誰にも理解されない孤独と、自分の感性への揺るぎない誇りと、
そして「できれば僕の音楽を気に入って欲しい」という祈り。
山中さわおは当時の心情を生々しく楽曲に叩きつけている。
だがドメスティックでありながらこのアルバムが普遍性を持つのは、
彼の曲が悲しみでも嘆きでもなく、「誇りある孤立」を選び取る勇気を謳っているからだ。

サヨナラと告げて旅立ってから10年以上、ついにピロウズは武道館のステージに立つ。
世界に居場所を見出せなかったLostman(迷子)が、長い時間をかけて多くの人に理解され、
そしてかつては夢にも見なかった場所へとたどり着いたのだ。
彼らの作る歌一つひとつに自分自身を重ね合わせてきた僕にとって、
これは単なるバンドのサクセスストーリーなどではなく、もっと大きな希望と幸福の物語なのである。








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the pillows 『PIED PIPER GO TO YESTERDAY』

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これまでのthe pillowsを振り返り
これからのthe pillowsを確かめる


ピロウズの2本のライヴを収録した、2枚組DVD。
今年結成20周年を迎えるピロウズが、
「LATE BLOOMER SERIES」と題して送るアニバーサリー企画の第一弾としてリリースされた。

1枚目に収められたのは、
彼らが2007年暮れに行った「TOUR LOST MAN GO TO YESTERDAY」のライヴ。
2枚目は、08年の「PIED PIPER TOUR」のライヴ。会場はどちらもZepp Tokyoである。

収録曲は1枚目が25曲、2枚目が27曲と盛り沢山なのだが、
両ライヴで重複しているのがわずか2曲しかない。
つまり計50曲に及ぶ彼らの演奏が収められている。しかもそのうち1曲はCD未収録の新曲だ。

また、「LOST MAN〜」は過去のシングル及びカップリング曲をメインに演奏したベスト盤的ツアー、
「PIED PIPER〜」は最新アルバムの曲をメインに演奏したツアーと、ライヴのコンセプトにも重複がなく、
これまでのピロウズと現在のピロウズという観点からも楽しむことができる。
2枚目には楽屋風景などの特典映像も入っており、質量ともに豪華なDVDだ。


大好きなバンドはたくさんあるのだけど、ピロウズは僕が世界で一番好きなバンドで、
あまりに好き過ぎて何をどこからどう書いていいかわからないくらいにもう本当に好きなのである。

「○○が好きなんだよ」と言い続けると、十中八九聞かれるのが「○○のどこが好きなの?」という質問。
だがこの問いかけは、○○を好きで好きで仕方がない当人にとっては拷問に近い。

あれこれ好きな理由を考えてみるのだけれど、どれもが想いに不十分。
それどころか「ここが」「あれが」と細分化することに罪の意識すら感じてしまう。
だけど相手にもその○○を気に入って欲しいからなるべく上手に説明したい。
だから内心では「好きな気持ちに理由なんかねえ!」と思いつつ、「全部が好き!」と答えて、
「ああ、きっと伝わってねえなあ」という悔しさを噛みしめるしかない…。

だからピロウズも、どうして好きなのか、どこが好きなのか、納得できる表現が、どうもできないのだ。


僕が彼らと出会ったのは2000年だから、もう10年近くも前のことになる。
もちろん、毎日欠かさず聴いているわけではない。
時には何ヶ月も聴かないこともある。
けれど出会ってから今日に至るまで、僕はずっとピロウズとともにあった。

彼らの20年間のキャリアは、決して順風満帆だったわけではない。
メンバーの離脱や、音楽性の模索、思ったような評価が得られない時期を経て、
ゆっくりとゆっくりと支持を広げていった。

ボーカル&ギターでありソングライターの山中さわおは、自身の感じることをそのまま歌にしてきた。
だからピロウズの楽曲には、彼の揺れ動く感情とバンドが過ごしてきた時間の全てが詰まっている。

その不器用なまでの生々しさに、僕は何度となく救われた。
詞のなかに登場する「僕」は僕のことであり、メロディはいつも僕の心の輪郭をなぞっていた。
ピロウズの歌は、僕の歌でもあったのだ。だから「どこが好きか」なんて、上手く説明できないのだ。


今後もこのブログでピロウズを紹介していきたい。







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RayCh

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