週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

ランニング小説まとめ

『おんな飛脚人』 出久根達郎 (講談社文庫)

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江戸の町を駆け抜ける
「スピードランナー」たち


先週まで3回にわたって「ランニング小説まとめ」という企画を掲載してきました。
#第1回:ストイック・アスリート編
#第2回:マラソンは人生編
#第3回:変わりダネ編

ですが、1作だけ、どのカテゴリにも入れられなかった、
けれどめっぽう面白かったランニング小説がありました。
それが、出久根達郎の『おんな飛脚人』

タイトルの通り、江戸時代の郵便屋「飛脚」たちを描いた時代小説です。
主人公は、走ること(作中では「駆けっくら」といいます)が得意な元武士の娘・まどか。
彼女が足の速さを生かして、江戸は日本橋瀬戸物町の飛脚問屋「十六屋」に雇われ、
世にも珍しい「女の飛脚人」として活躍する様子が描かれます。

まどかと同期で雇われた青年・清太郎や、
病気の主人に代わって女手一つで店を切り盛りする女将・おふさをはじめ、
無類の人情家ぞろいの十六屋の面々が、
店に舞い込む事件や難題を機転とチームワークで鮮やかに解決していく様がスカッとしていて、
読んでいて気持ちがいいです。

出久根達郎の時代小説というと、江戸城内で将軍家の膨大な蔵書を管理する下級官僚、
「御書物同心」たちを描いたユニークな作品『御書物同心日記』を読んだことがありますが、
決して極悪人が出てこない、最後は必ずハッピーエンドというパターンは、この『おんな飛脚人』も同じ。
山本周五郎のような超個性的なキャラクターや、藤沢周平のようなヒリヒリするドラマ性はありませんが、
その分、読んでいて心置きなくリラックスできるような安心感があります。

んで、肝心の「ランニング」ですが、
飛脚人の話なので、当然走る場面がたくさん出てきます。
十六屋一番の韋駄天であるまどかは、「息をゆっくり吐きながら」「首を思い切り下げて」走るんだそうです。
「息をゆっくり吐きながら」というのは、血圧や心拍を上げないための呼吸法で、
長距離ランナーはみんな実践している基本の技術です。
「首を思い切り下げて」は、前傾姿勢をとることで重力による推進力を得ようとするものでしょう。
これも実に理に適ってます。
どうですかこの、ランナーならではの読み方

ちなみに、東海道を江戸から京・大阪まで走る飛脚の花形「定飛脚(じょうびきゃく)」は、
江戸〜大阪(約550km)を最短3日(64〜66時間)で走ったと言われています。
単純計算で時速8km強。つまり、キロあたり7分〜7分15秒くらい。
ずっと一人で走るわけではなく、およそ30kmごとに交代するリレー形式だったそうです。

30kmをキロ7分で走ればいいだけですから、一見すると楽そうです。
しかし、この数字はあくまで平均値。
途中の箱根の山越えや大井川の渡しのことを考えれば、
実際には平地でキロ6分、あるいはそれを切るスピードで走っていたんだじゃないでしょうか。
それに、当時の日本人の体格(男性で155cm前後)を考えれば、
飛脚人は選び抜かれたスピードランナーといってよさそうです。

ちなみに飛脚は、都市間の長距離輸送業者だけを指すのではなく、
町の中で手紙や荷物を運ぶ、近距離専門の「町飛脚(まちびきゃく)」もいました。
まどかたち十六屋もこの町飛脚に含まれます。
彼ら町飛脚は担いだ棒の先に鈴をつけていたため、
町の人からは「ちりんちりんの町飛脚」と呼ばれていたそうです。
『おんな飛脚人』では、まどかの同僚・清太郎の発案で、
十六屋がいち早く鈴をつけ始めた、という設定になっています。

大名家や幕府役人などの公的機関が利用した定飛脚と異なり、
町飛脚は庶民にとって身近かつ重要な通信手段でした。
そのため、作中では手紙を携えたまどかや清太郎が、
江戸の町のあちこちを走る場面がたくさん出てきます。

実はこの、「江戸を走る場面」というのが、ランナー的には一番興奮したところでした。
例えばこんな場面が出てきます。
京橋を渡ると、すぐ左手に曲った。川沿いに水谷町、金六町を過ぎ、白魚屋敷前を走る。真福寺橋という橋を渡った。南八丁堀である。

こういう場面になって僕が何をしたかというと、まずいったん本を置いて、
本棚から現代の地図帳と古地図をひっぱり出して日本橋あたりのページを開いて、
しかる後に小説に戻って、まどかや清太郎が走ったルートを地図と古地図で実際に追ってみるのです。

なんていうんだろう。
小説の描写の手助けで、まるで江戸の町を走ってるかのような感覚になり、
さらにGoogleのストリートビューなんかまで活用すると、タイムスリップ感も味わえて、
「街ラン」好き、地図好き、歴史好きには、悶絶級の幸せな時間が訪れます。
これ、同じルートを実際に走ってみるとさらに面白いんだろうなあ。

この『おんな飛脚人』ですが、続編として『世直し大明神』が出ていて、
今後もシリーズが続いていくかもしれません。






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「ランニング小説」まとめ 〜変わりダネ編

ランニング・マラソンを題材にした小説、計37作品を、
内容ごとに分類してまとめて紹介する「ランニング小説」まとめ。
最後となる3回目は、「変わりダネ編」です。
#第1回:ストイック・アスリート編
#第2回:マラソンは人生編

これは、確かに人が走るシーンは出てくるものの、ランニング自体がテーマではなく、
殺人事件を解く推理小説だったり、SFだったり、
ランニング小説だと思って読み始めると面食らう作品群です。
今回読んだ小説の中で、一番当たり外れが激しく、同時に一番読み応えがあったのが、
このカテゴリに属す作品群でした。

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『沈黙の走者』 比嘉正樹
元箱根駅伝のランナーという経歴を持つ諜報員が、国際的な陰謀を防ぐために活躍するというサスペンスアクション小説。あらすじ書くだけでもトンデモ臭がしますが、中身はもっとぶっ飛んでます。電話が鳴る場面を、「電話が鳴った」と地の文で説明するんじゃなくて、この作者の場合「トゥルゥルゥルゥ・・・」と鍵カッコつきで台詞みたいに表現します。斬新!



『強奪 箱根駅伝』 安藤能明
箱根駅伝の直前に神奈川大学駅伝チームの女子マネージャーが誘拐されるという、箱根駅伝を舞台にしたサスペンス小説。警察・テレビ局と誘拐犯との知能戦という物語の主軸よりも、総走行距離200km超という巨大駅伝を中継するテレビ局の舞台裏劇が面白いです。箱根駅伝のマニアックなサブテキストとして読めるかも。犯人の動機が弱すぎるのが玉にキズ。



『激走福岡国際マラソン』 鳥飼否宇
福岡国際マラソンを舞台に、出場するさまざまなランナーが互いの思惑や過去の因縁をぶつけあいながら戦う姿を描いた、サスペンス群像劇。マラソンは、選手が終始無言であるという、いわば沈黙のスポーツですが、本書の、短く区切られた章ごとに異なる選手に視点を移しながら進行するという構成は、選手たちがその沈黙の下でいかにいかに内面に葛藤を抱え、互いの肚を探りあい、し烈な駆け引きをしているかをあぶり出します。話のオチよりも、そうした高い臨場感が魅力の小説です。



『ラン』 森絵都
主人公・環はある日、知り合いにもらった自転車に乗って「あの世」に迷いこんで、事故で亡くなった家族と再会します。しかし、あの世へ行く唯一の交通手段だった自転車はある事情で手放さなくてはいけなくなり、環はあの世への道のり(40km)を自らの足で走るため、地元のランニングクラブに加入してランナーになるという、なかなかぶっとんだ小説です。物語は正直退屈。ランニングという観点でいうと、環がクラブの仲間と一緒に行う練習がけっこう細かく描写されているので、初心者ランナーの成長ストーリーとしてならそれなりに感情移入できるかも。



『彼女の知らない彼女』 里見蘭
多分、今回読んだ全作品のなかでこの小説が一番の変わりダネ。主人公は東京で平凡な暮らしを送る夏子。ある日彼女の元に、村上と名乗る男が現れる。彼は夏子に「君はもう一つの世界ではオリンピックを目指すマラソンランナーなんだ」と告げられ、混乱のままに夏子はデロリアン的マシンに乗ってもう一つの世界へやってくる。そして、ケガをして走れない「もう一人の自分」の影武者として、パラレルワールドでマラソンランナーになる…という、まさかの「SFマラソン小説」です。ランニングのディティールは細かくないので、ランナーとして読むべきところはほとんどありませんが、日本ファンタジーノベル大賞を受賞しただけあって、作品そのものはサラサラッと読むことができます。



『ジェシカが駆け抜けた七年間について』 歌野晶午
「変わりダネ」の中でも最も多かったのが、マラソンを舞台にしたミステリー・推理小説ですが、その中では本書が一番面白かったです。ある出来事をきっかけに命を絶ったはずの女性ランナーが、なぜか死後もあちこちに現れ、事件を巡る人たちを翻弄するという、ドッペルゲンガーをキーにしたミステリー。走るシーンそのものよりも、競技に賭ける選手たちの泥臭い執念が執拗に描かれており、事件のオチに至るまでの展開もスリリングで読みごたえがありました。



『沈黙のアスリート』 吉田直樹
ある若手の実業団女子マラソン選手の不審死をめぐるミステリー。心に傷を抱えた元実業団のエースや、彼の恩師でいわくありげなベテランコーチ、飄々とした実業団の親会社社長に、陰のある美人トレーナー…。いかにも胡散臭い登場人物が次から次へと登場しながら、物語は五輪招致をめぐる日本スポーツ界の水面下での争いにまで発展していくという、まさに王道的なエンターテインメントです。惜しむらくは、王道すぎて逆に読後に印象が残らないこと。なお、実業団が舞台とはいえ選手や試合が主題ではないので、ランナー視点で楽しめる部分は少ないです。



『42.195』 倉阪鬼一郎
無名の男子マラソン選手の息子が誘拐され、「息子を帰してほしかったら次の大会で2時間12分を切れ」という奇妙な脅迫状が届く、というところから始まる推理小説。作中、計2回のマラソンが描かれますが、ランナーやレースの描写に特段目新しいものはなく、また肝心の事件解決のオチも面白くありません。ただ、相当「変わりダネ」であることは確かです。



『ニューヨークシティマラソン』 村上龍
村上龍が1カ月のニューヨーク滞在を機に書いた短編集。ランニングに関係があるのは冒頭に収録された表題作のみになります。人種のるつぼであるマンハッタンの、最底辺に近い場所で暮らす若者が、ニューヨークシティマラソンに挑戦します。それは判で押したように同じ(それも鈍い絶望感に満ちた)毎日の中で、シャツの染み程度ながらも、鮮やかなアクセントになります。景色の描写は多くありませんが、枯葉の舞う秋を感じさせる小説です。ただ、ランニングという観点で言えば、練習の苦しみやレースの駆け引きみたいな描写は皆無なので、「ランニング小説」として括るべき作品ではないかもしれません。



『マラソン・マン』 ウィリアム・ゴールドマン
コロンビア大学で歴史学を学びながらマラソン選手を目指して厳しいトレーニングに明け暮れるリーヴィ。そんなリーヴィの平穏な日常が、ある事件をきっかけに崩れ、得体の知れない組織と関わりを持つことになる、というサスペンス小説です。走るシーンはごくわずかしか出てきませんが、終盤、非常に重要な場面でリーヴィの走る姿が描かれます。



『走る男になりなさい 』 本田直之
小さな出版社を舞台に、ワケあり社員たちが新刊雑誌の創刊に奮闘する、というストーリー。ランニングがどう絡むかというと、例えばチーム全員でランニングを始めたらコミュニケーションが円滑になったとか、運動で脳が活性化するとか、本書におけるランニングはあくまでビジネスにフィードバックするための一つの道具にすぎません。要はランニングをダシにした自己啓発本。著者はコンサルタントで、しかも版元もサンマーク出版だから推して知るべし、ではあります。こういう「ランニングは○○にいい」など、何らかの目的を達成するための手段としてランニングを捉えることは、僕のランニング観とは相容れないのでまったく楽しめなかったです。



『ららのいた夏』 川上健一
一介の女子高生がマラソンの日本記録を破ったり世界記録に迫ったり、しかも美人だからお茶の間の人気者になっちゃって、おまけに恋人だった同級生はドラフトでプロ野球選手になったりして、順風満帆かと思いきや、最後に女の子が不治の病にかかって死んじゃうという、全てが雑で、突っ込みどころ満載の小説。ランニング小説としても、青春小説としても何一つ面白いと感じるところがなく、退屈を通り越して苦痛でした。おすすめできなさすぎて、逆におすすめしたい。みんなでこの本の圧倒的な虚しさについて語ろう。


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これで3つのカテゴリは全て紹介し終えました。
しかし、ここまで紹介したのは36作品。今回僕が呼んだのは全部で37作品。
実は1作品だけ、どのカテゴリにも当てはめられなかったランニング小説があるんです。
次回は最終回としてその作品を紹介します。




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ランニング小説まとめ 〜マラソンは人生編

ランニング・マラソンを題材にした小説、計36作品を、
内容ごとに分類してまとめて紹介する「ランニング小説」まとめ。
2回目は、「マラソンは人生編」です。
#第1回:ストイック・アスリート編

前回は、スポーツとしてのランニング(マラソン)を描いた作品群でしたが、
今回は、ランニングを人生のメタファーとして描いている小説をまとめました。
マラソンは人生に似ている」とはよく言われる言葉ですが、
今回紹介する小説の中では、主人公が走ることを通して成長したり、苦難を乗り越えたりします。
中高生の青春小説ばかりかと思いきや、
中には中年の男性が、走ることで人生を再生していくような物語もあります。

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『遥かなるセントラルパーク』 トマス・マグナブ(全2巻)
今回読んだ全作品のなかでは最も長い距離のレースを描いた小説であり、そして、一番面白かった作品です。舞台は1931年のアメリカ。ロサンゼルスからNYに至る計5000キロ、期間3カ月にも及ぶ途方もない規模の大陸横断マラソンレースに、人生の一発逆転を狙って出場するランナー達と興行主の戦いと友情を描いた群像劇です。一人ひとりのキャラクターがとても魅力的でドラマとして十分に楽しめるだけでなく、肉体の限界に挑むランナー達の孤独と葛藤がしっかりと描かれていて、ランナーの視点からもリアリティたっぷりに読めました。過酷なスポーツを描いたエンターテイメント小説であり、前人未到の旅を描いた冒険小説であり、そして人生の意味を考えさせる哲学小説でもあり、さまざまな魅力にあふれた小説です。著者は元三段跳びの選手で、五輪チームのコーチまで務めたことがあるそう。この作品が処女作で、アメリカではベストセラーになったそうです。



『長距離走者の孤独』 アラン・シリトー
マラソンをテーマにした小説といえば筆頭に挙げられるのはコレでしょう。初めて読んだのは確か10代の頃。自分もランナーになったいま改めて読むと、当時よりも主人公スミスの年齢とは離れてしまったにもかかわらず、心に響くものがありました。「大人への反抗」「システムへの反抗」というような言葉が、この本を語る時に必ず出てくるキーワードだけど、本当はその前に、スミスがそもそも走ることに魅入られていったということが大事だと思う。スミスは走っている間だけは、何物にも束縛されない解放感を感じていた。自分が、他の誰かが用意したわけではない、自分自身の時間を持つことができた。彼は走ることで、「自由」を手に入れてたんじゃないかと思います。だから、感化院なんかのために走ることに彼は我慢ならなかった。走ることは自由であり、同時に孤独でもある。これは、僕自身の実感とも合致します。本書が名作と呼ばれる理由がわかった気がしました。



『フロント・ランナー』 パトリシア・ネル・ウォーレン
これはなかなか読みごたえがありました。生徒を誘惑したという疑惑をかけられた不遇の教師ハーランと、ゲイであることが理由で元いた学校にいられなくなった長距離選手のビリー。2人の男性の恋物語です。この本が最初に出版されたのは1974年。当時の社会のゲイに対する理解度は今よりもずっと低く、2人の恋は決してオープンにはできないものでした。そして、ランニングという競技がもつ禁欲性ともあいまって、2人の恋は実にもどかしく、切なく描写されます。物語はハーランの1人称で語られるのですが、彼のビリーに恋する目線を通して、なんだか僕自身がどんどんビリーに惹かれていくような錯覚を覚えます。アメリカにはLGBTのためのランニング団体があり、本書のタイトルを採って「フロントランナーズ」と名前を付けられているそうです。なお、本書の続編として『ハーランズ・レース』という作品がありますが、そちらは未読。



『チームII』 堂場瞬一
今回読んだ作品の中でも最も新しい作品。2015年の10月に発売された『チーム』シリーズの最新作。ここまで完全無欠のランナーだった山城悟が、「怪我」という初めての危機に見舞われます。その山城の窮地を、現在は母校・城南大学の駅伝部監督となった浦をはじめ、かつての学連選抜チームのメンバーが助ける、という話。これまでで最も山城の感情が濃く描かれていて、過去の登場人物が総登場する展開といいい、シリーズの総決算的な作品です。「友情と絆が孤独な男を救った」というような陽気な話ではなく、むしろそういった定番モノなドラマをもってしても、ジリジリとしか変化しない山城の頑なさがこれまで以上に強くて、やはり「読ませるなあ」という気がします。アスリート・山城ではなく、人間・山城を描いたという印象だったので、前2作は「ストイック・アスリート編」に入れましたが、この作品は「マラソンは人生編」にカウントしました。



『ランナー』 あさのあつこ
長距離ランナーとして将来を嘱望されつつも、家庭の問題で陸上部を退部した少年・碧李(あおい)が、再度ランナーに復帰するまでを描いた小説。碧李は走ることで自分を支え、そしてまた走る中でさまざまな決断を下していきます。10代の少年少女を主人公にしたランニング小説は多いですが、その中でも本書はかなり重たい内容の作品です。しかし、「走るということは何なのか」という根源的な問いの一端に触れる快作だとも思います。劇中で語られる「(走ることは)肉体だけが生み出せる快感だ」という言葉が印象的。



『スパイクス ランナー2』 あさのあつこ
『ランナー』の続編。陸上部に復帰したものの思うように記録が出せないでいる主人公・碧李の、ある試合の一日を描いた作品で、初めて彼のライバル的ランナーが登場します。前作に比べて、より「競技者」シフトの物語になっていますが、かといってストイックさには欠けるし、新しいキャラクターはあまり魅力的とはいえないし、読み応えでは第1作に遥かに及びません。



『レーン ランナー3』 あさのあつこ
『ランナー』『スパイクス』に続くシリーズ第3弾。さらにシリーズは続きそうな予感はあるけど、もういい加減辞めといた方が良さそう。第1弾にあった瑞々しさはもうどこにもありません。



『シティ・マラソンズ』 三浦しをん、あさのあつこ、近藤史恵
ニューヨーク、東京、パリ。世界3都市のシティマラソンを舞台にした3人の作家による短編集。三浦しをんとあさのあつこは既にランニング小説を書いているけど、近藤史恵は未確認。でも、3作の中では近藤による『金色の風』が一番良かったです。「走ることでその街のことを深く知ることができる」というのは僕自身がまさに今身をもって体験しているところ。ランニングが人の精神に与える作用を、簡潔かつ端的に表してるなあと感じました。



『そして、僕らは風になる』 田中渉
春でも夏でも年中サンタクロースの格好をして街を徘徊している元陸上選手が、母校の陸上部に所属する先天性の難病を患った男子生徒のコーチをするというお話。語り口は軽いのですが、2人のキャラクターの設定がユニークなのでけっこう面白かったです。特にサンタは、過去に彼の身に起きた悲しい出来事が理由で年中サンタの格好をしているのだけど、悲劇とサンタの格好というミスマッチが悲しくて印象的です。金栗四三高橋尚子といった歴代の名ランナーたちの名言が随所に散りばめられているのも面白い。



『もういちど走り出そう』 川島誠
かつて400mハードルでインターハイ3位という成績を収めたことのある歯科医師が主人公。高級住宅街で富裕層を相手にした歯科医院を開き、順風満帆だった彼だったが、妻が小説を書いて新人賞を受賞したことから、人生の歯車が狂い始める、というストーリー。不協和音にまみれていく生活の中で、彼は久しぶりにランニングに取り組み始めます。医院でバイトしている女子大生と浮気しまっくたり、彼の背徳っぷりはどうも必要以上に過剰で鼻白むものがありますが、ランニングが生活に一種の規律をもたらしている、という描写は納得できます。



『RUN!RUN!RUN!』 桂望実
天賦の才能を持つものの、チームメイトとの協調性ゼロの独立自尊の学生ランナー岡崎優が、突然の兄の死によって変調をきたし、さらに、自分が「遺伝子操作で生まれた人間かもしれない(=足が速いのは努力のせいではなくそのように「作られた」からだ)」という疑いを持つようになり、競技を続ける意欲を失ってしまう。そのどん底からの再生を描いたストーリー。物語の要素としてはどれも「おっ!」と惹かれるものがありますが、実際に読んでみると、例えば「孤高のランナー」というキャラクターの点では堂場瞬一の『チーム』シリーズの山城に遥かに及ばず、また、走ることで自分自身を再生させるというストーリーの点でも、あさのあつこ『ランナー』の方が優れています。



『マラソン』 笹山薫
マラソンに挑戦する自閉症の少年を描いた物語。韓国の同名映画のノベライズ版で、実話に基づいているそうです。少年の病気に翻弄される家族の話なので、ランニングという観点では読むべきところはほとんどありません。



『17歳のランナー』 草薙渉
これは短距離もの。テニス部に所属し、平凡な高校生活を送っていた主人公ツトムが、体育の授業で100m走を走ってみたら、いきなり9秒台を叩きだして・・・という、かなりぶっ飛んだ設定で幕を開けます(でもまあ桐生祥秀選手みたいな例もあるからありえない話ではないんだよなあ)。仲間との友情や恋など、いわゆる青春小説の定番ネタがたくさん盛り込まれてるんだけど、どのドラマもいまいち盛り上がりに欠けるし、肝心のランナーとしての描写も少ないし、読み終わっても何も残りません。

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次回は、ランニング小説の仮面をかぶったサスペンス、ファンタジー、さらにはSFという、
知らずに読み始めたら度胆を抜く作品群「変わりダネ編」をお送りします。




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ランニング小説まとめ 〜ストイック・アスリート編

一体世の中にはランニング(マラソン)を題材にした小説はどのくらいあるんだろうか
そんなことをふと考えたのは2年ほど前のこと。
以来、細々とランニング・マラソン小説を探し、見つけては買い、計37作品を読破しました。
いずれも今回読むのが初めての作品ばかりです。

驚いたのは、ひと口に「ランニング小説」といっても、内容は多岐にわたることでした。
ストイックな競技者を描いたもの。
ランニングを通して主人公の成長(再生)を描いたもの、
ランニングはあくまでモチーフで、スポーツとは全く異なるジャンルのもの。

そこで、読了した37作品のランニング小説(一部、短距離が題材の作品も含まれています)を、
内容別に3つのカテゴリに分けて感想をまとめてみたいと思います。
3つのカテゴリは、「ストイック・アスリート編」、「マラソンは人生編」、「変わりダネ編」。

なお、自力で探せる限りは読んだつもりですが、
おそらく漏れている作品もあると思いますのでご了承ください(でもかなり読んだぞ!)。
また、「Aの要素もあるけどBの要素もある」というように、本当は複数のカテゴリにまたがるものの、
無理矢理3つのカテゴリのどれかに押し込んだ作品もあります
以上のような点を踏まえたうえで、あくまで「私家版」「暫定版」として読んでいただけると幸いです。

第1回目の今回は「ストイック・アスリート編」です。
文字通り、競技者である主人公を通して、
スポーツとしてのランニング・マラソンを描いた小説群です。

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『チーム』 堂場瞬一
箱根駅伝の学連選抜チームを描いた小説。走れなかったチームメイトの期待を背負って走る選手、競技者としてのプライドや記録挑戦だけを動機に参加する一匹狼な選手。寄り合い所帯ゆえの葛藤や、自校出場の夢が叶わなかった「敗者」としてのコンプレックスを抱えた選手たちのドラマは、とても読み応えがあります。また、本書は走っている最中の選手たちの心理描写が非常に細かく(自分の肉体や他の選手の動きに対する過敏な反応、沿道の景色に見入ったり子供の頃の記憶が不意に浮かんできたりする脈絡のない精神状態etc)、読みながらまるで自分自身が走っているような苦しさを味わえます。今回読んだ本の中では最も迫力がありました。



『ヒート』 堂場瞬一
小説『チーム』に登場した一匹狼の天才ランナー・山城と、目立った記録を残せないまま選手としてのピークを終えようとしていたベテランランナー・甲本の2人を軸に、架空の国際大会「東海道マラソン」の創設を描いた物語。『チーム』の続編といわれていますが、前作よりもさらにハードで男臭く、かなり面白いです。本書では「ペースメーカー」が大きなテーマの一つになっています。「透明の存在」であるペースメーカーが実質的にレースの主導権を握る現代のマラソン。確かに選手の負担は軽減され、結果的に好記録が生まれやすいものの、2013年の東京マラソンやびわ湖マラソンでは、ペースメーカーが設定ペースを保てなかったせいで選手は翻弄され、結果的に記録も見ごたえもない、つまらないレースになりました。ペースメーカーという制度は、マラソンの「競技としての純粋性」を損ねているのではないか。本書はその疑問に鋭く迫ります。



『風が強く吹いている』 三浦しをん
映画化もされた有名作品。陸上初心者だけで結成された大学駅伝チームが、箱根駅伝の出場を目指す、というストーリー。荒唐無稽だけど、とても面白いです。駅伝という競技が持つ独特の湿っぽさ(「仲間のために走る!」みたいなノリ)がなくて、むしろ、初心者のくせに本気で勝ちにいっているあたりに痛快さを感じます。走っている最中の描写(息遣い、筋肉の様子、周囲の風景、地面の感触etc)は、堂場瞬一と並んで一段飛びぬけています。



『一瞬の風になれ』 佐藤多佳子(全3巻)
青春陸上小説No.1」という帯の文句から、なんとなく色眼鏡で見ていたんだけど、めちゃくちゃ面白かった。主人公は、高校に入って陸上を始めた男の子、新二。軽い気持ちで走り始めたものの、部活の仲間や先生と関係を深めるうちに、あるいはライバルとの試合を経験するうちに、徐々に短距離にのめりこんでいく様子が、新二自身の朴訥とした語りで描かれます。舞台は高校の部活ですが、0.1秒を削り出そうとする様は紛れもないアスリートであり、またそこに至るまでのトレーニングやメンタルの描写も細かく、十分「アスリートもの」として読むに耐えます。ちなみに著者の佐藤多佳子はこの本の他に、北京五輪で銅メダルを獲得した男子100m×4リレーの4選手を取材した『夏から夏へ』というインタビュー集も書いてます。そちらも面白かった。



『カゼヲキル』 増田明美(全3巻)
非凡な才能を秘めた田舎の女子中学生が、マラソンの五輪代表になるまでの10年間を描いた小説。作者は、元選手で現在は解説者として知られる増田明美。あとがきに曰く「五輪や世界陸上では選手の『今』しか見えないが、彼らはスタートラインに立つまでに少なくとも10年以上の歳月を準備・練習に費やしてきたことを伝えたかった」。物語はよくあるシンデレラストーリーのようですが、決してご都合主義には映らないのは、まさに著者のいう10年間の準備とステップが必要だったことを読んで納得できるからでしょう。元トップ選手だからこそ書ける小説という感じ。「一流マラソン選手ができるまで」を垣間見れる作品。



『標なき道』 堂場瞬一
才能もある。練習もしている。経験も十分に培った。けれど勝てない。そんな「二流選手」を抜け出せない実業団ランナー・青山の元に、見知らぬ男から「絶対に検出されない薬がある」という電話がかかってくる。「ドーピング」を切り口に、どんな手を使ってでも勝ちたいと望む、競技者の“業”を描いた小説。物語全体がむしむしと暑苦しい湿気に包まれているような、ずっしりとした読み応えのある本です。元々は『キング』というタイトルで、後に改題されたそうです。



『冬の喝采』 黒木亮(全2巻)
元中長距離走者で、早稲田大学時代は瀬古利彦と共に箱根駅伝を走ったこともある著者の自伝小説。ものすごく面白かったです。主人公(著者)は、ランナーとしての才能を発揮し始めた矢先にケガに見舞われ、そこから約4年間にも渡ってケガに悩まされる不遇の時代を過ごし、本書の前半はほとんどがこのケガの時代について紙面を割いています。考えてみれば、「ケガをしたランナー」をここまで延々と描いた作品は珍しい。「成績に残るのは氏名とタイムと順位だけ。どれだけ血のにじむような努力をしても、競技者の人生というものはたった1行に集約される」という、ミもフタもない世界にアスリートたちは生きているのだなあとハッとさせられます。



『神の領域―検事・城戸南』 堂場瞬一
主人公の検事・城戸は、大学時代に箱根駅伝を途中棄権した元ランナー。彼が、大学陸上部の選手の殺人事件の捜査をきっかけに、かつて同期だったある天才ランナーと、陸上競技界を覆う闇を追及する、というストーリー。堂場瞬一は今回何冊も読みましたが、どれも良かったです。本書は『標なき道』と同様に「ドーピング」がテーマになっています。ただ、どちらもそれを単に犯罪としてではなく、競技者や指導者が抱える、勝利への飽くなき欲求という「業」として描いているところに、クライム小説やサスペンスではなく、あくまで「スポーツ小説」であることを感じます。



『19分25秒』 引間徹
陸上競技を題材にした小説の中でもかなり珍しい(と思う)、「競歩」を描いた作品。義足というハンディを持っているにもかかわらず、世界記録を超えるスピードを誇る謎のランナーと出会った主人公の大学生が、自身も競歩を始めて徐々にのめり込んでいく、というストーリー。物語自体は特別印象に残るものではないけど、運動と無縁だった主人公がだんだんと「アスリート」に変貌していく過程がけっこうみっちり描かれているので、ランナーとしてはけっこうリアリティをもって読めると思います。



『メダルと墓標』 外岡立人
3つの作品からなる短編集で、マラソンに関連するのは1つ目の『メダル』という小説。独自のトレーニング理論を研究する大学助教授が、大学の新入生の中に才能のある選手を見出し、自らの理論に基づいたトレーニングを課しながら日本選手権を目指す。だが、その選手は白血病を抱えていて…というお話。著者が現役の医療関係者なので、「遅筋繊維」「大体四頭筋」「グリコーゲン」など、トレーニングに関する場面の描写がやたらと専門的



『800』 川島誠
短距離としては長すぎ、長距離としては短すぎる「800m」という競技に打ち込む高校生男子2人を主人公にした小説。主人公の一人・広瀬の、クールなランニング哲学と理性的な練習方法は、ランナーとして参考になる部分がないわけではないのですが、広瀬も、もう一人の主人公・中沢も、やたらと女の子といちゃいちゃしてばかりいるので、僕は「こんなリア充な高校生は大嫌いだ」とずっと思ってました。


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次回は、マラソンと人生とを重ね合せて、
走ることで苦難を乗り越える姿を描いた作品群、「マラソンは人生編」をお送りします。




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