週刊「歴史とロック」

歴史と音楽、たまに本やランニングのことなど。

来日

Paul McCartney 「OUT THERE JAPAN TOUR 2015」

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中学生の男の子が
全曲完璧に歌ってたという事実


先週、「老いたロッカー」の話を書いた直後、
その代表格の一人のステージを生で見ることができました。
ポール・マッカートニーの「OUT THERE JAPAN TOUR 2015」です。

前回の同名ツアーから2年ぶり。
短いスパンで再来日を果たしたのは、
昨年、ポールにとっては日本初の野外ライブとなるはずだった、
解体前の国立競技場(大阪はヤンマースタジアム長居)公演を、
体調不良によって急きょキャンセルしてしまったことへのリベンジということなのでしょう。
(東京2日目、MCで「(すぐにまた来ると)ヤクソクシタネ。ユウゲンジッコウ(有言実行)!」と言ってました)

同じツアーということで、セットリストも演出も前回とほぼ同じ。
ですが、僕にとっての意味合いは前回と今回とで大きく異なります。

前回の来日公演は僕にとって初めて見る生のポールでした。
「OUT THERE JAPAN TOUR 2013」の記事はこちら
ドームの3階席だったのでポールは豆粒にしか見えなかったのですが、
今、この場で、ポール本人が歌ってる」という事実が信じられなさ過ぎて、ほぼずっと泣いていました。

そして、その夜のステージがあまりに素晴らしすぎたので、
次の日に旅行代理店に飛び込み、
ビートルズの故郷である英国リバプールへの飛行機とホテルをその場で予約しました。
リバプール滞在レポートはこちら

あの日、ポールのライブを見なければ、
もしかしたらリバプールなんて一生行かなかったかもしれません。
そして、もしリバプールに行かなければ、
ビートルズとの付き合い方も今とはだいぶ違っていたと思います。
キャヴァーン・クラブやストロベリー・フィールズはもちろん、
メンバーの住んでた家や通ってた学校や生まれた病院にまで行ったことで、
彼らは僕の中で「友達」といってもいいくらいの距離にまでリアルな存在になりました。
ポール?知ってるよ。アイツはね…」みたいな。

それに、リバプール旅行は僕にとっては新婚旅行でもありました。
もし全く違う場所を旅行先に選んでいたら、妻との関係も今とは違っていたかもと思います。
このように、2013年のポールの公演は、
具体的かつ物理的なレベルで僕の人生を変えたのです。
だから、2年前に比べるとはるかに身近な存在として、ポールを見ることになりました。


今回、僕は東京ドーム3日間に全て足を運びました(武道館は仕事で泣く泣くあきらめました)。
初日(4/23)は序盤こそキーが辛そうで「大丈夫か?」と心配したものの、
(1曲目に<Magical Mystery Tour>なんていう喉に負担がかかりそうな曲を選ぶから…)
中盤以降は2年前よりもむしろ若々しくエネルギッシュな歌を聞かせてくれました。
2日目はアリーナの7列目というかなり前の席が取れたので、
ポールの表情までを肉眼で見ることができたので感激しました。

個人的にはビートルズ時代の曲よりもウイングスやソロの曲の方が良かったです。
特に『Band On The Run』に収録されている<Nineteen Hundred And Eighty-Five>は、
あのキレ味のあるピアノのリフに何度もゾクゾクしました。


また、最新作『NEW』収録の<Queenie Eye>もすごく良かったですねえ。
2年前にも聴いたはずなのに、今回は「え?こんな曲だったっけ?」と帰ってからCDを聴き直しました。


あ、それと一番新しい曲である<Hope For The Future>
iTunesでDLして聴いたときはイマイチだったのに、生で聴いたらめちゃくちゃ良かったです。


こうした新しい曲が古い曲に負けてないというのは、ポールのキャリアを考えると驚異的です。



確かに、総じて言えば、ポールのライブは基本的には「同窓会」です。
音楽的な斬新さがあるわけではないし、
ライブの空気は既に長年のファンとの間で共有され尽くしているものです。

しかし、そのような「甘さ」を差し引いても、
やっぱり「これらの曲の全部をこの人(とこの人のグループ)が作ったんだ」という
歴史的感動は間違いなくあります。
なんてったって、アンコールでフラッと出てきて、
ギター1本で無造作に歌い始めたのが<Yesterday>なんですから!

そして、たとえ「打率」は下がってしまったとしても、
<New>や<Queenie Eye>のようなかつてと比べても遜色のない曲を書いたり、
<Hope For The Future>のような新たなチャレンジ(ゲーム音楽)をしたりして、
それらをちゃんと最新のライブに含めるポールの姿勢に、僕は好感を持ちます。


初日のことなんですが、僕の斜め前に、兄弟と思しき2人の男の子がいました。
お兄ちゃんはせいぜい中学生、弟はもしかしたら小学生でした。
2人とも『Revolver』と『Yellow Submarine』のかっこいいTシャツを着てました。
横の席でユニオンジャックを掲げてた、いかにも年季の入ったファンの男性がおそらくお父さんなので、
きっとお父さんの影響で2人ともビートルズを聴いていたんだと思います。

とはいえ、2人はお父さんに連れられて嫌々ついてきたというわけではなく、
むしろ時にお父さん以上に歓声を上げるほど、ライブに夢中な様子でした。
2人ともほぼ全ての曲の歌詞を完璧に覚えていて、
<Golden Slumbers>なんていう渋い曲まで歌ってました(僕でさえ歌詞微妙なのに!)。

その光景は、「ポール・マッカートニー」という存在を端的に表しているように、
僕には思えました。







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Bob Dylan 『Tempest』

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「答え」なんてものはないんだ
それでいいんだ


ボブ・ディランの来日公演を見てきました。
昨年11月のポール・マッカートニー、そして今年3月のローリング・ストーンズと、
ここのところ立て続けにロック・レジェンド達のライブを見てきましたが、ついに「真打ち」の登場です。
なにせレコードデビューはビートルズよりもさらに前(1962年3月)。
僕にとっては、もはや教科書に出てくる「歴史上の人物」といっても過言ではありません。

しかし、そんなレジェンドのなかのレジェンドであるにもかかわらず、
実はディランは(他の大物に比べると)頻繁に来日公演を行っています。
前回の来日は2010年で、その際には東名阪の3都市でライブを行いました。

ディランは80年代後半から「ネヴァー・エンディング・ツアー」と呼ばれる世界ツアーを続けていて、
もうすぐ73歳を迎えようという今も、年間100回ものステージを行っているそうです。
しかもすごいのは、会場をスタジアムなどではなく、ライブハウスに限っていること。
ディランほどのアーティストが、若手と同じライブハウスに立ち、
しかも何日もステージをこなすということは(体力とかそういうことではなく)驚異的なことです。

ディランは今でも「現役」なんだと思います。
たとえば、今回のセットリストはほとんどが90年代以降の曲で占められており、
しかも最も多かったのが最新のスタジオアルバム『Tempest』(2012年)の曲でした。
『Tempest』はディランにとって35枚目となるスタジオアルバムです。
52年のキャリアで35枚作っているということは、
単純計算で2年に1枚以上のペースで作品を発表しているということです。
35枚もアルバムを作り続けたということ自体がものすごいことですが、
それをちゃんと(というのも変ですが)ライブで演奏しようと思えるところに、
ディランの圧倒的な「現役感」を感じます。

だって、観客はやっぱり<Like A Rolling Stone>や<Mr. Tambourine Man>といった、
60年代の代表曲を期待しているはずです(もちろん僕もその一人でした)。
ディランもそれを分かっているはずですが、それでも新しい曲を演奏しようとするのは、
彼が「今」を生きている現役のアーティストである証拠です。
だから、ポールやストーンズの公演とディランの公演とは根本的に違うものなのだと思うのです。
60年代の彼の曲を期待していた僕は(最近のディランのセットリストは承知していたので諦めてはいたのですが)、
ほんの少しがっかりしながらも、それ以上に彼の「姿勢」というものに深く感動しました。
ここのところ見てきたロック・レジェンドのライブのなかで、
最も刺激を受けたのは、間違いなく今回のディランのステージでした。

アンコールのラストを飾ったのは、<Like A Rolling Stone>と並ぶディランの代表曲、
風に吹かれて(Blowin' In The Wind)>でした。
(ここらへんはさすがの彼も期待に応えるだけのサービス精神はあるようです)

しかし、なんと、あろうことか、僕は1コーラスが終わるまで、
目の前で演奏されている曲が、あの<風に吹かれて>だとは気付かなかったのです。
というのは、ものすごいアレンジされていたからです。
最近のディランは昔の曲を大幅にアレンジして演奏するので、
長年のファンですら気づかないことがたびたびあるそうですが、
<風に吹かれて>は、もはや原型をとどめないほどに変わっていました。

でも、僕はそのその跡形もない<風に吹かれて>にすごく感動しました。
感動して、そしてすごく納得しました。
60年代中盤にフォークからエレクトリック路線に転向したこと。
その後もカントリーに歩み寄ったり、ゴスペルに歩み寄ったりと、絶えず変化を続けたこと。
ディランは50年間、「自分はこうだ」という決めつけを避け、
一つの場所に安住することを拒み続けてきました。
その結果、以前からのファンが離れたり、理解されなかったりといったことはあったけれど、
それでもディランはずっと自分の感性に従って、絶えず「アップデート」を続けてきたのです。
その彼の姿勢が、原曲とはまるで異なる姿に形を変えた<風に吹かれて>に表されている気がしたのです。

僕はようやく「The answer is blowin’ in the wind」という言葉の意味が分かった気がしました。
答えは風の中にあるーー。
つまりディランは「『答え』なんてものは、はじめからないんだよ」と言いたいんじゃないでしょうか。
少なくとも僕が生で目にしたボブ・ディランという人は、
「答え」や「ゴール」や「完璧さ」なんてものを信じているようには見えませんでした。

「答えやゴールなんて求めずに、完璧さなんて期待せずに、僕は僕の信じるままに行くだけさ」
身もフタもなく、ある種突き放すようなメッセージですが、
今の僕にはとても優しくしみる言葉でした。
思わず涙が出ましたが、周りを見ると、
同じように目元を拭っている人が何人もいました。


アルバム『Tempest』1曲目<Duquesne Whistle>。今回の東京公演でも演奏しました。







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The Rolling Stones 『Aftermath』

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「ストーンズのリズム」は
ここから生まれた


ストーンズ熱、まだまだ続いています。
今回の来日公演を見て強く感じたのは、
ストーンズはやはり「リズム」のグループだということ。
音がステージからではなく、地面の底から突き上げるよう鳴り、思わず腰が動いてしまう感覚。
耳で聴くのではなく身体全体で音楽を聴いているようなあの感覚は、
ストーンズならではのものだなあと感じました。
(特に<Midnight Rambler>はドームが回転しているかのようで本当に凄かった!)
昨年、同じ東京ドームで聴いたポール・マッカートニーのライヴが、
みんなで一緒に歌う「Sing Along」なものだったので、とても対照的だなあと思いました。
(このあたりがビートルズとストーンズの本質的な違いですね)。

以前、ストーンズのファーストアルバムを紹介したときにも書いたように、
彼らはアメリカの黒人のブルースやロックンロールをストイックに追求するバンドとしてキャリアを始めました。
このことが、ストーンズがリズムやノリといったものに対する鋭敏な感覚を育てたのでしょう。
しかし、彼らが作り上げた「ストーンズのリズム」というものは、決して黒人のノリそのものではありません。
より民族的というか土俗的というか、酒場的というかディスコ的というか、
とにかくもっとハイブリッドなもの、つまりは黒人でも白人でもない「ストーンズ的」としか言いようのないものです。
この、他者が到底真似のできない圧倒的オリジナルな「武器」を手にしたからこそ、
彼らは何十年にもわたって人気を獲得できたのだろうと思います。
そして、ストーンズが「ストーンズのリズム」を獲得するのに非常に大きな役割を果たしたのが、
チャーリー・ワッツ(Dr)と脱退したビル・ワイマン(Ba)、
そして亡くなった初代リーダー、ブライアン・ジョーンズ(Gt)でした。

生で見たチャーリーのドラムは本当に素晴らしかったです。
キースとロンという、年々勝手気ままになっていく2人のギタリストを抱えながら曲が成り立っているのは、
ひとえにチャーリーのドラムが支えているからだということが、よく分かりました。
あの柔和な風貌とあいまって、チャーリーはバンドを包む巨大な「風呂敷」のようでした。
同じような感想を見かけたことはないのですが、
僕にはチャーリーのドラムは「ドダダダッ」と地を這うような音に聴こえます。
しかも、単に重いというのではなく、むしろ軽い。
なのにそれが地面スレスレを進んでいるように聴こえるのがなんとも不思議です。
元々は(というか今も)ジャズドラマーという珍しい出自が関係しているのか、
ファンキーでもなければブリティッシュ・ビートというわけでもないというチャーリーのドラムが、
バンドに与えた影響は大きかったはずです。

ビル・ワイマンの存在感がいかに大きかったかは、
彼の脱退前と後の音源やライヴを聴き比べると分かります。
「ここだ」と指して説明できないのですが、何かが絶対に違う。
なんかこう、「バンド」っぽさが決定的に欠けてしまった気がします。
何かの本で読んだのですが、かのボブ・ディランも、
「ストーンズはビル・ワイマンが抜けてつまらなくなった」というような発言をしていたそうです。
彼の脱退後はダリル・ジョーンズという黒人のベーシストがずっとストーンズのサポートについていますが、
個人的にはビルよりも圧倒的にファンキーなダリルが加入したことで、
「黒でも白でもない」というストーンズのバランスが崩れてしまったように感じます。
テクニシャン!という感じではないのですが、ビル独特の「ネバ〜ッ」としたベースの音は、
やはりストーンズが独自のリズムを作り上げていく上での大きな要素だったと思います。

話はいったん脱線するのですが、ストーンズが1966年にリリースした、
『Aftermath』というアルバムがあります。
僕、ストーンズのアルバムの中でこの作品が一番好きなんですよねえ。
確かに、『Beggars Banquet』(68年)や『Let It Bleed』(69年)、『Sticky Fingers』(71年)といった
一般的にも評価の高い作品と比べると、確かに『Aftermath』は一段落ちます。
初めての全曲オリジナルというせいか、微妙な曲もあるし、全体的に「こなれて」いません。

しかし、冒頭から書いてきた「ストーンズのリズム」の出発点は、
このアルバムにあるんじゃないかと僕は思います。
<Mother’s Little Helper>や<Out Of Time>といった曲に見られるヘロヘロ感やダークでバラけた感じは、
それ以前のストーンズにはなかったものです。
これらの曲にははっきりとオリジナルなフィーリングがあり、
それはそのまま<Happy>や<Gimme Shelter>といった後年の代表曲に直線で繋がります。

そして、同時にこの作品には、「何かを掴みかけたんだけどまだ完ぺきじゃない」という荒削りなところを、
勢いでカバーしてしまおうという熱さがあるのです。
つまり初期の若さと後期のオリジナリティの両方が混ざっているという、分水嶺的なアルバムだと思うのです。
そこが、60年代終盤から70年代前半にかけてのストーンズ黄金期の名盤にはない、
『Aftermath』だけの魅力です。

このアルバムで1曲選べと言えば、間違いなく<Under My Thumb>です。
僕、ストーンズで一番かっこいいのはこの曲だと思います。
全体にピンと張りつめた緊張感。なのに漂ってくる悲哀。素晴らしいです。
そして、この曲を名曲足らしめているマリンバの音を弾いているのが、
他でもないブライアン・ジョーンズです。

彼が「ブルース」というストーンズの出発点を作った人物であることは以前書いた通りですが、
さらに彼はシタールをはじめとする「非バンド楽器」を持ち込んで、
実際にそれをプレイしてみせるというマルチプレーヤー的、アレンジャー的な役割を果たしました。
一体どこから「マリンバ」なんていう楽器を思いついたのでしょうか。
もし<Under My Thumb>にあの哀しげなマリンバの音が欠けていたなら、
この曲はこんなにも胸を打つことはなかったでしょう。
(実際、マリンバ抜きでこの曲を演奏する映像を見たことがありますが、似て非なるものでした)
ブライアンの既存の枠に捉われない楽器選びのセンスやアレンジの発想は、
後にバンドが<無情の世界>や<悪魔を憐れむ歌>といったスケールの大きな楽曲を作る上で、
間違いなく影響を与えていたんじゃないかと思います。

ミック、キースというバンドの「顔」の2人に比べると、
地味な印象を与えるチャーリー、ビル、ブライアンですが、
しかし、彼らのライヴを見て感じたことは、この3人の存在感でした。
特にステージにいないはずのビルとブライアンを感じたというのは、
「52年」という彼らのキャリアの重みなのかもしれません。


<Under My Thumb>
)




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The Rolling Stones 「14 On Fire Japan Tour」

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「永遠の不良少年」を貫く
崇高なプロフェッショナル精神


ビートルズの話の後にストーンズというのは節操がないようですが、仕方ない。
8年ぶりの来日公演「14 On Fire Japan Tour」を見てきたのですから!

初めて見るストーンズのライブは、「圧倒的」の一言でした。
何万人もの観客を汗だくになるほど煽り踊らせる、ミック・ジャガーのパフォーマンス。
ストーンズの代名詞である、のたうつようなグルーヴとキレ味鋭い演奏。
キラー・チューンの嵐のようなセットリスト。
何より、平均年齢69.5歳ということを感じさせない、2時間ぶっ続けで放射されるあの熱量。

ああ、どう語ろうとしても月並みな言葉しか出てきません。
日本中が羽生結弦くんに萌えている中、
僕はミックとチャーリーという古希を迎えた2人のじいさんがじゃれ合う姿に激しく萌えました。
とにかくめちゃくちゃ楽しかった!

見終わった後に僕の頭の中に浮かんだキーワードは「KING」。
彼らがロックという音楽のオリジナルであり、
結成50年を経た今なおオンリーワンであることを納得するには、十分すぎるステージでした。
今でさえ圧倒的なのだから、60年代後半から70年代にかけての、
ストーンズが本当にヤバかった時代のライブは一体どんなだったのでしょうか。
僕なんかその場にいたら死んじゃうんじゃないかな。

よく言われていることですが、
ストーンズのライブというのはほぼパッケージ化されていて、
セットリストはほぼ固定されています。
ですから、世界のどの会場で見ようとも大きなズレはないはずです。
実際僕も、映像で何度もライブを見ているので、
アンコールで<Satisfaction>が始まった時は、「うおおお〜!」と叫ぶ一方で、
「あ、これで終わりなんだな」という合図として感じている自分がいました。

毎回ベストアルバム的なセットリストしか演奏しないのは、
リハーサル等の手間を減らすという合理的な理由もあるのかもしれませんが、
結局は「観客がそれを望むから」という理由が一番だろうと思います。
ただ、KISSのライブレポートでも書いたように、
「毎回同じことをやり続ける」というのは「毎回違うことをやり続ける」ということよりも、
実はしんどいことなんじゃないかと思います。
少なくとも僕がもし劇団で何十年も同じ演目をやれと言われたら、「無理!」と即答するはずです。
だって絶対にモチベーションが維持できないですもん。

同じ曲を、常に観客が満足するようなクオリティで演奏すること。
そのクオリティを保つためのコンディションをあの年齢でも維持し続けていること。
(70歳のミック・ジャガーはドームの端から端まで全力疾走してました)
何より、マンネリ化のリスクを負ってでも観客の希望に(愚直なほど)応えること。
今回の来日公演について、マスコミでは「永遠の不良少年健在!」などと書いていましたが、
僕が感じたのはむしろ「永遠の不良少年」であることを貫き通す、
彼らの「プロフェッショナル精神」の高さでした。


ストーンズの公式チャンネルに来日公演初日の映像がアップされていました。





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Paul McCartney 「OUT THERE JAPAN TOUR 2013」

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ビートルズも僕らの夢も
「The End」では終わらない


さて、何から話せばいいか……。

ポール・マッカートニーの11年ぶりとなる来日公演「OUT THERE JAPAN TOUR 2013」の、
東京ドーム公演2日目に参加してきました。
今年は1月にリンゴの来日公演も見たので、
1年間で生存している「ビートル」全員に会えたことになります。


これまで何度も書いてきましたが、
ビートルズは僕にとって「北極星」でした。
北天で微動だにしないその星が、船乗りにとって最も頼れる道しるべとなったように、
僕にはビートルズこそが音楽という世界を歩く上での地図であり、
そしてアートと自分の人生との間に橋を架けてくれた、最初の存在でした。
落ち込んだ時も、悲しみに身を焦がされそうな時も、
ビートルズの歌を聞けば、真っ暗に塞がっていく心の中にひと筋の光が射し込むようでした。
ビートルズを知らなかったら生きてはいない、
とまでは言わないまでも、
多分、今よりもずっとモノトーンな人生を送っていたんじゃないかと思います。

そんなビートルズ本人をこの目で見られる。
それだけでなく、歌をこの耳で直に聞くことができる。
それは大袈裟ではなく、僕にとっては革命的な出来事でした。

ましてやポールはビートルズのメインコンポーザー。
リンゴよりもさらにビートルズ時代の「持ち歌」を持っています。
ポールが目の前でこの曲を歌ってくれたら、あの曲を歌ってくれたら…。
僕は何日も前から想像だけでウルウルしていました。


1曲目は<Eight Days A Week>から始まりました。
正直、始まった瞬間はドキドキがピークに達していて、
ただ「ワーワー!」と叫んでいるだけでした。

その後、ソロ新作『NEW』の<Save Us>を挟んで<All My Loving>が始まった瞬間、
僕の涙腺は決壊しました。
大好きな歌だから一緒に歌いたかったのに、涙が止まらなくて歌えませんでした。
後はもう、泣き止んでは歌い、また忘れた頃に涙が溢れ、という繰り返しでした。

ポールが目の前でヘフナーのバイオリンベースを弾いている。弾きながら歌っている。
<I Saw Her Standing There>を、<Eleanor Rigby>を、<Lovely Rita>を歌っている。
それはもうなんというか、昔のマンガみたいにほっぺたをつねってみたくなるような、
まさに夢のような時間でした。


でも、トータルで感想を言えば、
「泣いた」「感動した」というよりも、
「楽しかった」という言葉の方が相応しい気がします。

ポールは御年71歳。
にもかかわらず、3時間近くほぼ休憩なしで、
それも初めの2時間は一滴もドリンクを飲まず、
さらには(多分)全て原曲と同じキーで歌い切ったのです。
ビートルズ時代だけでなく、ウイングス時代、ソロ時代、
そして新譜『NEW』の曲をバランスよく配置したセットリストや、
片言の日本語を交えながら一人ひとりに語りかけるようなMC。
彼のプロ精神、半世紀にわたって磨き上げられたショーマンシップには、
ビートルズを聞けたという感激は与えても、
過去を思い出して涙させるような湿っぽさはありません。
だから僕も、時折自分の中の思い入れによって泣くことはあっても、
それよりも「せっかくだからポールと一緒に歌おう!」「楽しもう!」と感じた瞬間の方が
圧倒的に多かったです。


もう一つ、僕が今回良かったなと感じたのは、
ポールの、「ビートルズとしての現在」が見られたことでした。
これまで僕はポールについて、
新譜をコンスタントに発表してあくまで現役ミュージシャンとして活動してはいるものの、
ことライブに関しては、「ビートルズの伝道師」という役割を受け入れ、
一種の懐メロバンドとしてステージに上がっていると思っていました。
(もちろん、だからこそ僕らはエンジョイできるわけですが)
それは世界で今やポールにしかできない役割だし、
ポールもそれを理解しているんだろうなあと思うものの、
精力的に新曲を作りつづける彼の旺盛なクリエイティビティと、
半世紀近く前の曲をプレイし続けることとを、
どう折り合いをつけているのだろうと思っていました。

その答えの一端を、僕は<Blackbird>を歌っている時に、なんとなく想像できた気がしました。
いくら若々しく見えるポールでも、
ギター一本で静かに歌うこの曲では年齢を隠すことはできません。
かつては伸びやかな歌声で歌っていたこの曲を、
ポールはしわがれた「おじいちゃん」の声で歌いました。

しかし、じゃあそれがダメかというと、そんなことはないのです。
むしろ、「今の」ポールの声だからこそ感じる何かがあります。
特にラストのリフレイン部分の歌詞は、
※「You were only waiting for this moment to arise.」
 (ただ立ち上がる時を待っていたんだ)

ホワイトアルバムのオリジナル版と印象がまるで違いました。
オリジナル版では、ポールはこの部分をわりと淡々と歌います。
そのため、「立ち上がる時」を待っていたのはポール以外の誰かで、
その誰かに向けた淡い優しさが前面に出ています。

しかし、今のポールのしわがれた声で歌うと、
「立ち上がる時」を待ち続けたのはポール自身であるように聞こえました。
待ち続け、待ち続け、いつしかこんなにも年を取ってしまった…。
そのような悲哀が漂い、オリジナル版とはまるで違う曲に聞こえたのです。
<Blackbird>ってこういう曲だったのか、という驚きと発見。
これはまさに、今のポールでなければ味わえなかったことです。

ポールはビートルズを「更新」していると僕は思いました。
ポールは決して「あの頃の再現」を目指しているのではなく、
あくまで「今の声で歌うビートルズ」をやろうとしているんだと思いました。
それは、「元ビートルズ」として単に懐メロをプレイするのとは微妙に異なります。
ポールが目指しているのは、いわば「今のビートルズ」なのです。
彼自身も、僕らファンとともに「もしビートルズが今でも活動していたら」という永遠の夢を、
追いかけているのかもしれません。


今回の公演で、一番嬉しかったのは(強いて挙げれば)、
最後の最後に演奏した<Golden Slumbers>〜<Carry That Weight>〜<The End>という、
ラストアルバム『Abbey Road』のエンディングを完全再現してくれたことでした。
ビートルズの歴史を締めくくったこのメドレーを、まさか生で聴けるとは思っていませんでした。

しかし、音楽評論家の中山康樹氏が、著書『ビートルズの謎』で述べているように、
「ビートルズ最後のアルバム『Abbey Road』は、<The End>という曲で“終わらない”」のです。
(その後に約20秒のラストトラック<Her Majesty>が入っているから)
ビートルズの歴史が<The End>で終わらないように、
今回のライヴでも、ポールはこの曲を演奏して舞台を去る際に、
なんと「マタ会イマショウ!」と言ってくれました。

本当に?
今回がきっと最後だと思ってたけど、
そんなこと言うと、信じて待っちゃうよ、ポール?


「OUT THERE TOUR」トレーラー映像







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The Beatles 『On Air - Live at the BBC Volume 2』

The Beatles On Air- Live At The BBC Volume 2

未発表曲が2曲収録
正真正銘の「新作」だ


ビートルズが1960年代前半に英BBCラジオで収録した大量のライヴ音源を厳選し、
2枚組にまとめてアルバム『Live at the BBC』としてリリースしたのは、1994年のこと。
あれから約20年、なんとその続編がリリースされました。
タイトルは『On Air - Live at the BBC Volume 2』。

最初にニュースを聞いた時は、前作『Live at the BBC』の再編集盤になるのかと思っていましたが、
蓋を開けてみれば、番組司会者との会話やインタビューを除く全40トラックのうち、
既発表音源はわずか3曲。
つまりほとんどが、未発表音源で占められています。
しかも、うち2曲が全くの未発表曲(カバー)である、
<I'M TALKING ABOUT YOU>と<BEAUTIFUL DREAMER>。
いやあ、素晴らしいです。
正真正銘、ビートルズの「新作」と呼んでいい内容だと思います。


この『On Air』がリリースされたことの意義は大きく二つあります。

一つは、ビートルズの希少な「ライヴアルバム」が増えたこと。
ビートルズは活動初期のほとんどをライヴに費やしましたが、
録音技術などの関係で、当時の演奏はほとんど音源化されませんでした。
その点、放送局のスタジオという絶好の環境で収録されたBBC音源は、
現在聴くことのできる数少ないビートルズのライヴ音源として価値が高かったのです。
これまでは前作『Live at the BBC』しかありませんでしたが、
(といってもこの作品は2枚組で69トラックもあるのですが)
今回『On Air』がリリースされたことで、例えば<Money>や<Twist And Shout>など、
前作には収録されなかった楽曲が加わり、
「ビートルズのライヴ音源」のバラエティが一気に広がりました。

ちなみに、スタジオでありながら「ライヴ」であるという根拠は、
ほぼ全ての楽曲がオーヴァーダブなしの一発録りだったという点にあります。
「観客がいない」ということ以外は、まるきりステージそのものだったのです。

それに、メンバー4人にとって観客は「いた」のです。
それは、ラジオに耳を澄ませているリスナーでした。

ビートルズがBBCに最初に出演したのは1962年の3月。
<Love Me Do>でレコードデビューする半年以上前のことです。
全国放送の電波で自分たちの曲を流すことは、
当時の彼らにとってまたとないチャンスでした。
ポールは当時を振り返り、
「僕らは何の手加減もせず、一世一代の演奏をしようと懸命に頑張った」
と語っています。

実際、このアルバムの楽曲には、
スタジオ盤よりもはるかに速いリズムで演奏したり、
多少失敗してもシャウトでごまかしてそのまま突き進んだりといった、
狂暴とさえ言えるほどの荒々しいエネルギーに満ちていて、
オリジナルアルバムとは印象の異なるビートルズを感じることができます。


『On Air』がリリースされた意義の二つめは、
カバー楽曲のバリエーションが増えたことです。

ビートルズがBBCで演奏した楽曲は、のべ275曲にものぼりますが、
その中にはチャック・ベリーやリトル・リチャードをはじめとする、
彼らがデビュー前から演奏してきたものの公式音源化はされてこなかった、
カバー楽曲が大量に含まれていました。

例えば『Live at the BBC』には<Johnny B. Goode>や<Keep Your Hands off My Baby>といった、
スタジオ盤では聴くことのできないカバーが多数収録されています。
『On Air』では前述のように未発表の2曲が収録されました。
特にチャック・ベリーの<I'M TALKING ABOUT YOU>は、
音質の悪さが逆にジョンのワイルドなボーカルを際立たせていて非常にかっこいいです。

カバーの面白さは、他人の楽曲を演奏することで、
逆にそのバンドのオリジナリティが浮き彫りになる、というところにあります。
ビートルズのカバーを聴いて感じるのは、なんといってもジョンとポールの「声」の魅力です。
特にジョンは、それが誰の曲だろうが、歌っているのが男性だろうが女性だろうが、
歌った途端に「自分の歌」にしてしまう、強烈な個性があります。
その個性を感じられる機会が増えたという点で、
カバー曲の新収録は、単なる未発表音源という以上の価値があるのです。

ちなみに、前作『Live at the BBC』は、ややマニアックな存在ではあるものの、
個人的にはビートルズのアルバムの中で1、2を争うくらいにお気に入りの作品でした。
ライヴ音源ということで、スピーカーのすぐ向こうに4人の息遣いを感じられるところがたまりません。
音質が悪いトラックもありますが、臨場感があってむしろ煽られます。
だから、そういう思い入れの点でも、今回の『On Air』のリリースは、かなり嬉しい出来事でした。

10月のポールのソロ新作『NEW』のリリース、
11月のポール来日(来週ライヴレポート書きます!)、
そしてこの『On Air』のリリースと、にわかにビートルズ周辺が騒がしくなっています。
解散後40年経ってもまだ未発表曲が出てくるんだから、
いずれ「214番目のオリジナル曲」も発掘されるんじゃないかと期待してます。
きっと他のファンのみんなもそうでしょう?

『On Air』のトレーラー映像
1分40秒あたりに<I'M TALKING ABOUT YOU>が流れます


アルバム1曲目を飾る<Words Of Love>のPVが、
『On Air』発売を記念して公開。
この曲を頭にもってくるセンスがニクイ!!







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「神様の一人」に会った夜

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「全てはきっとうまくいくさ」と
リンゴは僕らに歌ってくれた


リンゴ・スターが、彼のミュージシャン仲間と共に
「RINGO STARR & HIS ALL STARR(この綴りに注目!) BAND」として、
18年ぶりに日本のステージに立ちました。
2/25(月)のZepp Tokyo。
僕は、「神様の一人」に会いにいきました。

身悶えするくらい、僕はビートルズが好きです。
ラモーンズもR.E.M.もフーもリバティーンズも、
心から好きなバンドはたくさんあるけれど、
それでもビートルズだけは別格です。
大昔の船乗りにとって、北極星が唯一の旅の道しるべであったように
僕にとっては、ビートルズこそが世界の重力の中心なのです。
あの4人は僕にとって、「愛すべき神様たち」なのです。

19時過ぎ。
前座もなしにリンゴとオールスターバンドが登場しました。
リンゴはハンドマイクで、いきなり<Matchbox>を歌ってくれました。
アレンジも、演奏のノリも、ビートルズのものとは違うけど、
それでも今、僕の目の前で、リンゴが<Matchbox>を歌っています。
「生きてて良かった!」と思うには十分すぎるほどの光景です。
僕は早くも、鼻の奥がツーンとしました。

リンゴ&オールスターバンドのライブは、
リンゴの曲と共に、バンドのメンバーの曲もセットリストに組まれています。
オールスターバンドはただのバックバンドではなく、
ギターにトッド・ラングレンとスティーブ・ルカサ(元TOTO)、
キーボードにグレッグ・ローリー(元サンタナ、ジャーニー)など、
一人でも十分お客さんが呼べるような、まさに「オールスター」なメンツばかり。
みんなだいぶ年をとっていますが(笑)、演奏と歌は超一流。
中でも今回、スティーブ・ルカサのギター&ボーカルで
TOTOの<Rosanna>と<Africa>を聴けたのは、思わぬ「儲けもの」でした。
(TOTOの曲でドラムを叩くリンゴ、というのもなかなかしみじみするものがありました)

でも、主役はやっぱりリンゴでした。
ステージには、リンゴよりも上手いシンガーやプレイヤーがゴロゴロいるし、
体つきだって、マッチョなトッド・ラングレンなんかと比べると、
小柄なリンゴはずいぶん貧相なのに、
リンゴが一番輝いていました。
というのも、お客さんも含め、あの空間で一番音楽を楽しんでいるのが、
他ならぬリンゴだったからだと思います。

リンゴは本当に、すごく楽しそうでした。
歌いながら、ドラムを叩きながら、左右にゆったりリズムをとりながら、
いつもニコニコしていました。
音程を外してもやっぱりニコニコしていました。
そして、絶えず僕らに「Enjoy!」「I love you!」と呼びかけました。
なんともゆるい(笑)。

でも、この雰囲気は、ジョンでもポールでもジョージでもなく、
リンゴだからこそ醸せる、この上なくステキな「ゆるさ」です。
<Yellow Submarine>や<Act Naturally>をリンゴと一緒に歌っていると、
まるでお風呂に入っているような、なんとも温かい気分になってきます。

ボブ・ディランのように、誰も見たことのないクリエイティブの高みを目指すでもなく、
ミック・ジャガーのように、パフォーマンスのクオリティを異常なまでに追求するでもなく、
「とりあえず楽しもうよ」というリンゴのゆるい姿勢。
そこには、未知の世界へと導かれるドキドキ感はないかもしれませんが、
かわりにリンゴ自らが僕らの目線まで降りてきて、
すぐ隣で語りかけてくれるような親密さがあります。
「年をとっても人生は楽しめるよ」「大丈夫、君は君のままでいいんだよ」と。

ライブのラストは<with a little help from my friends>でした。
ビートルズの曲の中でも、僕が大好きな曲です。
この曲の中で、リンゴは何度も
「みんなの力をちょっとずつ集めれば、全てはきっとうまくいくさ」と歌うのです。
僕は泣きながら、「サンキュー、リンゴ。サンキュー」と何度も呟きました。
リンゴはやっぱり、
僕の愛する神様でした。




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