
歴史の闇にひっそりと消えた
「もう一つ」のシャングリラス
こちらをじっと見つめる美しい金髪の少女と、「なぜここに?」という違和感を放つ謎のバイク。そして、バーンと大きくプリントされた、それ自体がキャッチコピーであるようなグループ名「Shangri-Las」の赤い文字―。
シャングリラスを最初に知ったきっかけは、曲でもプロフィールでもなく、アルバムのジャケットでした。中古レコード屋でたまたま見つけた彼女たちの1stアルバム『Leader Of The Pack』のジャケットに、「これは好きに違いない」という直感を覚えて、その場でジャケ買いしたのです。果たしてその直感は当たりでした。
1963年に、NYの同じハイスクールに通っていたベティとメアリーのワイス姉妹と、メリーアンとマージのガンザー姉妹の4人で結成されたシャングリラス。Smashからリリースしたデビューシングルは鳴かず飛ばずじまいでしたが、64年にRed Birdに移籍し、プロデューサーのシャドウ・モートンと出会ったことで運命が変わります。
まず、シャドウの手による<Remember (Walking in the Sand)>で全米5位に入ると、続く<Leader Of The Pack>(シャドウが書いた元曲をエリー・グリニッチとジェフ・バリーが仕上げた楽曲)で全米1位を獲得。彼女たちの人気の高まりを受けて、レーベルは急きょ1stアルバムをこしらえます。それが、僕が見かけた『Leader Of The Pack』。ジャケットのセンターに映る金髪の美少女メアリー・ワイスは、当時まだ15歳でした。
翌65年になってもシャングリラスの人気は衰えず、<Give Us Your Blessings>、<I Can Never Go Home Anymore>などヒットを出し続けます。そこでレーベルは、またも彼女たちの既発曲をひとまとめにしてアルバムに仕立てることにします。それが『Shangri-Las-65!』。タイトルもコンセプトも「在庫一掃セール!」という感じでミもフタもないですが、個人的には1stよりもこの2ndのほうが、より彼女たちのイメージに近い楽曲が揃っているような気がします。
…と、ここまでが実は前置きでした。今日の本当の主人公はシャングリラスではなく、彼女たちの陰でひっそりと歴史の闇に消えてしまったあるガールズグループなのです。その名はグッディーズ(The Goodies)。
アルバム『Shangri-Las-65!』のなかに<Sophisticated Boom Boom>と<The Dum Dum Ditty>という2つの曲があります。この2曲のオリジナルを歌っているのがグッディーズです。
グッディーズは63年、NYに住んでいたマリアン・ジェスムンド、スーザン・ゲルバー、ダイアンとモーリーンのライリング姉妹の4人で結成されました。結成された年も住んでる地域も4人の関係も(姉妹が含まれている点も含めて)、シャングリラスに驚くほど似ています。
そして、あるショーに出演したのをきっかけに、当時バニーズ(The Bunnies)と名乗っていた彼女たちは、シャングリラスのプロデューサーであるシャドウ・モートンと出会います。ちょうどシャングリラスが<Remember (Walking in the Sand)>で最初のヒットを出した直後でした。
バニーズ(グッディーズ)を見込んだシャドウは早速、彼女たちとデモテープづくりを始めます。その曲のタイトルは<Leader Of The Pack>。そうなのです、後にシャングリラスのシングルとして全米1位を獲得するこの曲は、元はバニーズのシングルになるはずだったのです。
ところが、できたばかりの<Leader Of The Pack>のデモテープを聴いたRed Birdは(シャドウの話によるとジェリー・リーバーだったそうですが)、どこの馬の骨かもわからないバニーズではなく、既にヒットを出しているシャングリラスのシングルにこの曲をあてることを決めてしまうのです。
デビューシングル、しかも全米1位を獲った曲を奪われたバニーズは、泣く泣く次のデモをつくることにします。同じくシャドウが用意した<Give Him A Great Big Kiss>でした。ところが、なんとこの曲もシャングリラスに奪われるのです。<Give Him A Great Big Kiss>はシャングリラスのRed Birdからの3枚目のシングルとしてリリースされ、全米18位まで上がりました。
芽が出ないどころか種さえ植えられていない状態のバニーズでしたが、65年になってようやくチャンスが回ってきます。Red Birdの姉妹レーベルBlue Catから、ついにシングルを出せることになったのです。それが<The Dum Dum Ditty>でした(B面が<Sophisticated Boom Boom>)。
ところが、ここでもミソがついてしまうのです。レコーディングが終わり、パブリシティも用意していよいよデビュー!となったタイミングで、「Bunnies」という商標が既に登録されており、そのままのグループ名ではデビューできないことがわかります。
レーベルは急きょ「The Goodies」というグループ名をひねり出して、刷ってしまったチラシやポスターには新しい名前のステッカーを上から貼るという強引な手を施し、とにかく力ずくでデビューさせてしまうのです。まさにドタバタ。ちなみに、グループ名を変えることについて、レーベルはメンバーたちに一切事前の告知はしなかったそうです。ブラックすぎる…。
さらに(まだあるのかよ!)、彼女たちが待ち望んだオリジナル曲として世に出た<The Dum Dum Ditty>と<Sophisticated Boom Boom>ですが、結局はまたしてもシャングリラスに奪われることになるのです。それが前述の、2nd『Shangri-Las-65!』に収録された2曲です。グッディーズの方が先に出したので、厳密には「奪われた」という表現は間違いですが、でもこれで結局「グッディーズしか歌っていないオリジナル曲」というのは1曲もなくなったことになります。
グッディーズの<The Dum Dum Ditty>は東海岸のローカルチャートではそれなりに健闘したようですが、全国チャートにはまったく引っかかりませんでした。レーベルから満足のいくサポートは受けられず、ようやく実現したデビューシングルも結果が出せなかったグッディーズは、メンバーの進学や引っ越しなどが重なったこともあり、そのまま解散してしまうのでした。
ということで、グッディーズとしての公式な音源として残っているのは<The Dum Dum Ditty>と<Sophisticated Boom Boom>のたった2曲のみ。<Dum Dum〜>のほうはRed Bird関連のコンピ盤に、<Sophisticated〜>のほうはシャドウ・モートンのコンピ盤に収録されているのを把握しています。ちなみにサブスクリプションで「The Goodies」を検索すると、70年代のイギリスのコメディグループがヒットします(後から出てきた同名グループのほうが知られている点も、なんとも悲しい)。
この2曲、どちらも僕は好きなんですよね。<The Dum Dum Ditty>は最初に聴いたとき、てっきりエリー・グリニッチの曲だと思いました。そう勘違いするくらいの、クリスタルズ<Then He Kissed Me>ぷり。でも実は、トミー・ボイスとボビー・ハートという、後にモンキーズの作家になる2人が書いています(他に、グループのマネージャーであるラリー・マータイアなどさらに2人が参加)。優れた作曲家が本気でモノマネをすると、本物と勘違いするほど完成度の高いスペクターサウンドが出来上がるんだという証拠のような曲です。
もう一つの<Sophisticated Boom Boom>は台詞あり、ドラマチックな展開ありで、いかにも「シャドウ・モートン節」な曲。話はそれますが、この曲を聴くと、シャングリラスやグッディーズを受け入れられるかどうかは、結局シャドウ・モートンという人のキャラクターを受け入れられるかどうかなんだと感じます。
どちらの曲もシャングリラス版とほとんどアレンジは一緒ですが、僕はグッディーズのほうがよりワイルドで「はすっぱ」な印象を受けます。シャドウ・モートンが目指した世界観により近かったのは、実はグッディーズの方だったのでは?という「if」を想像してしまいます。もし、バニーズがシャドウに出会うのがほんの少し早かったら、バニーズがシャングリラスになっていた可能性は十分あると思います。そのくらい、両者は似ています。でも、実際の歴史は、両者の運命を大きく隔てました。
ただ、グッディーズは、こうして音源が残っているぶん、まだいいのかもしれません。きっと歴史の闇の彼方には、ほんの一部の人しか知らないまま、誰かの陰になって消えていったアーティストが大勢いるんだろうなあと想像します(『あまちゃん』の天野春子のように)。
最後に、グッディーズの後日談を。2000年代に入ってグッディーズのメンバーは子供や共通の友人を介して再会を果たします。そして、オールディーズのガールズポップを特集したイベントで、彼女たちはもう一度ステージに立って歌う機会を得るのです。そのステージを見つめる観客の一人に、シャングリラスのメアリー・ワイスもいました。両者はその日、どんな会話を交わしたのだろうと想像します。
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