
The Beatles
『Let It Be...Naked』
1970年リリースのアルバム『レット・イット・ビー』。ビートルズ最後のアルバムとして知られるこの作品は、同時にビートルズの歴史上最も「いわく」のついた作品でもあります。
まず「最後のアルバム」という点に説明が必要です。このアルバムのレコーディングが行われたのは1969年初頭。ドキュメンタリーフィルムとして準備されていた「ゲット・バック・セッション」の中で制作された曲がベースになっています。
しかし、この計画は途中で頓挫(後に編集され映画『レット・イット・ビー』として公開)。当時、ビートルズはアップル社の財政問題やブライアン・エプスタインに代わるマネージャーの人事問題など面倒な問題をたくさん抱えていました。また、4人はそれぞれ家庭を持つようになり、音楽家として、一人の人間として、別々な方向に目を向け始めていました。それらの問題が複雑に重なって、結局「ゲット・バック・セッション」は形として結実するには至らなかったのです。作られた曲は一旦お蔵入りになりました。
その後、ビートルズの4人は「もうこれで最後」と決めて、真のラストアルバムを作り始めます。それが69年の9月にリリースされた『アビィ・ロード』。このアルバムのレコーディングをもって、ビートルズはグループとしての活動を終えました。
しかし翌70年、音楽プロデューサーのフィル・スペクターが1年前にお蔵入りとなった「ゲット・バック・セッション」のテープをひっぱり出してきて、1枚のアルバムとしてまとめてリリースします。それが『レット・イット・ビー』。つまり、グループとしての歴史、あるいは4人の意識に寄り添って考えるならば、真のラストアルバムは『アビィ・ロード』になるのですが、発売順でいうと『レット・イット・ビー』の方が後に来るために、公式にはこのアルバムが“ラストアルバム”ということになっているわけです。
非常にややこしいわけですが、さらにこのアルバムに「いわく」をつけているのが、当の4人、とりわけポールがこのアルバムのアレンジを全く気に入ってなかったという事実です。特に<ロング・アンド・ワインディング・ロード>のストリングスの激甘サウンドには激怒したと言われています。実際、それまでのサウンドのフィーリングからすると、確かにこの曲のアレンジには違和感を覚えます。かくして『レット・イット・ビー』は、ビートルズの歴史における「喉に刺さった小骨」のような存在として、長い間ファンの議論の的となってきたのです。
そして、時代は下って2003年。デジタル技術が進んだことで、アルバム『レット・イット・ビー』から余分な音を取り除き、個々の楽曲が元々目指していたサウンドを蘇らせ、“本来の”『レット・イット・ビー』を作ろうということになりました。それが『レット・イット・ビー...ネイキッド』です。発表当時、全国紙に15段広告がバンバン出て、相当話題になりました。まあフィル・スペクターは相当ムカついたでしょうね、この企画(笑)。
肝心の中身はというと、実はオリジナル版とそこまで大きな違い(何を持って「違う」のかという話になるとまた議論が必要ですが)はありません。トータルな印象における一番の違いは、オケの音量が増して、よりバンド感、「ロック」感が強くなったところでしょうか。元々軽量級だった選手が筋肉を厚くして重量級になった、みたいな感じです。要は、体重が変わっただけで人そのものが変わったわけではないのです(当たり前なんですけど、聞く前はわりとそのくらいのレベルの違いを期待しました)。
もちろん、細かい加工が入っている痕跡はありますし、<レット・イット・ビー>や<アクロス・ザ・ユニヴァース>のように、オリジナルとは別テイク、あるいは別アレンジのボーカルを使用している曲なんかはかなり新鮮です。しかし、なんというのでしょう、これはこれで69年1月当初に4人がイメージしていたサウンドとは微妙に違うんじゃないか、という感覚が拭えません。別に根拠はないんですが、結局のところまだ「ネイキッド」ではない気がするんですね。フィル・スペクターでもない代わりに、ジョージ・マーティンでもない。また別の第三者の「意図」というものがどうしても見え隠れします。
ではこの『ネイキッド』に全く価値はないのかというと、そうではありません。『ネイキッド』の絶対的に素晴らしい点、それは曲順です。オリジナルではラストに入っていた<ゲット・バック>が、『ネイキッド』では冒頭に配置されており、逆に<アクロス・ザ・ユニヴァース>や<アイ・ミー・マイン>など、オリジナルでは前半にあった曲が後半に置かれているなど、かなり大胆に入れ替わっています。構成も<ディグ・イット>と<マギー・メイ>が外されて、<ドント・レット・ミー・ダウン>(!)が収録されています。そして、ラストは<レット・イット・ビー>。
<ゲット・バック>で始まり<レット・イット・ビー>で終わる。「かつていた場所へ戻ろう」という宣言から始まり「流れのまま、あるがままに」という無常観へと帰結する。この一連の流れには、ビートルズの歴史の終焉に秘められたドラマが詰まっています。この曲順によって掻き立てられるイメージこそ、『レット・イット・ビー』というアルバムが本来持つはずだった意味、すなわち「ネイキッド」なのではないかと思います。
聞き比べてみてください
<The Long And Winding Road>
オリジナルバージョン
こちらが「Naked」バージョン

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