
「田舎のビートルズ」と
呼ばれる所以
英国ブリストル出身のバンド、Stackridge(スタックリッジ)。
70年代初期に活躍したものの、2010年代の現在にあってはお世辞にも有名バンドとは言えません。
そんな、知る人ぞ知るコアなバンドStackridgeを僕が知ったのは、ビートルズがきっかけでした。
実は彼ら、「田舎のビートルズ」という異名をもっているのです。
僕が持っているのは、彼らが74年に出した3枚目のアルバム『The Man In The Bowler Hat』。
邦題『山高帽の男』。
評価的にもセールス的にもStackridgeの最高傑作と呼ばれる作品です。
確かに、ストーリー性の強いメロディラインや自由闊達なアレンジなどは極めてビートルズ的、
特に中期から後期にかけてのポールを彷彿とさせます。
聴いていると、田園を駆け抜ける乾いた風や、おじいちゃんの家へと続く夕暮れの道。
そうした、憧憬を誘う穏やかな風景がよく似合います。
こうしたところが、彼らが「田舎のビートルズ」と呼ばれる所以でしょう。
本人たちは自分たちをプログレッシブ・ロックのバンドであると自任していたようですが、
ピンク・フロイドやキング・クリムゾンといった「いわゆるプログレッシブっぽさ」はあまり感じません。
ただ、そこが逆に、
「もしビートルズが70年代に入っても活動を続けてプログレッシブ・ロックにアプローチしていたら?」
という想像をかき立てるともいえます。
(主導していたであろうポールが極端にプログレッシブに走るとも思えず、“ほどほど”だったのではないか)
と、ここまでStackridgeを「ビートルズの継承者」という
(本人たちにはずいぶんと失礼な)文脈で語ってきましたが、
実は、彼らの音楽がなんとなくビートルズに似ていることだけが理由ではありません。
彼らの音楽をビートルズになぞらえる、決定的な理由があるのです。
それは、この『The Man In The Bowler Hat/山高帽の男』のプロデューサーを、
他でもないジョージ・マーティンが務めているからなのです。
今月8日、90歳で亡くなったジョージ・マーティン。
言わずもがな、ビートルズのほぼ全ての作品のプロデューサーを務めた人物です。
単なるレコーディングのバックアップだけでなく、
メンバーに作曲を教え、ピアノを教え、時にプレイヤーとしてレコーディングにも参加しました。
クラシックに素養があり、またパーロフォン入社後はコメディレコードの仕事をしていたジョージの経験は、
ビートルズが「ビートルズ」になっていく上で、すさまじく大きな影響を与えました。
僕が最初に「ビートルズすげえいいな!」と思ったのは<In My Life>で、
中でも中盤に出てくるオルガンのソロに惹かれたのですが、
あれ弾いてたのビートルズのメンバーじゃなくて、ジョージ・マーティンだったんですよね。
ずっと後になって、アビーロードスタジオでの当時の写真を見たときに、
1人だけビシッとビジネスマンのような身なりをしているジョージ・マーティンは、
明らかにビートルズの4人よりも迫力があって(しかも彼だけ背が高いので)、
メンバーよりもインパクトがあったのを覚えています。
彼の死後、ポールがFacebookで、
「“5人目のビートルズ”という称号は、ジョージ・マーティンこそ相応しい」
と書いていて、思わずウルッとしました。
先日のデヴィッド・ボウイもそうですが、一人また一人と歴史的な、
そして個人的に思い入れの深い人が亡くなっていくのは、やはり辛いですね。
(そういえば、同じく“5人目のビートルズ”と呼ばれたアンディ・ホワイトも昨年亡くなりました)
ビートルズの作品よりも、ジョージ・マーティンをより強く感じられるような気がして、
彼が亡くなった日は、僕はずっとこの『The Man In The Bowler Hat/山高帽の男』を聴いてました。
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