
そして彼らは
「大人」になっていく
『アポロ13』や『ダヴィンチ・コード』で知られる映画監督ロン・ハワードによる、
ビートルズのドキュメンタリー映画『Eight Days A Week』を見てきました。
主にキャリアの前半期、特に63年から66年までの、
殺人的なスケジュールでツアーを回っていた時代のビートルズが取り上げられています。
ビートルズのドキュメンタリーというと、
アップルが95年に制作したTVシリーズ『アンソロジー』があります。
ちなみに『Eight Days A Week』もアップル作品で、
『アンソロジー』以来21年ぶりのビートルズ公式ドキュメンタリーに作品になります
結成前から解散までの全キャリアを取り上げ、
総収録時間10時間超という『アンソロジー』を「通史」とすると、
今回の『Eight Days A Week』は「テーマ史」というような位置づけです。
そのテーマとは「ビートルズはなぜツアーをやめたのか」。
もっとも「なぜ」といっても既にあちこちでいわれている通り、
「あまりの人気の過熱ぶり(に伴うさまざまなストレス)にうんざりしたから」が
その理由なのですが、映画を見ると、
単に知識として知る以上の納得感が得られます。
滞在先のホテルには大勢のファンが四六時中詰めかけるから、
外に一歩も出られずライブ会場と往復するだけの缶詰め状態。
オーストラリアでは、空港からホテルまでの沿道に25万人集まったといいますが、
増え続ける観客を収容するため、ライブ会場はどんどん大きくなっていくけど、
音響環境は今とは比較にならないくらいチープだから、
観客に音が届かないどころか、自分たちの演奏する音すら聞こえない。
なのに続々と柵を乗り越えてステージに駆け寄るファンが続出するから、
ますます警備は厳重になり、ライブが終わると囚人護送車のような車に押し込まれる。
こんなのがほぼ毎日のように(30日間で25都市回るとか)続くわけです。
「そりゃあツアーやめるよ。これじゃあ仕方ねえよ。」としみじみ感じます。
4人を追い回すファンやライブ会場での観客の熱狂する姿を映した断片的な映像から、
僕のような後追い世代はビートルズの人気のすごさについて、
なんとなく漠然とでしか想像できないところがありますが、
この映画を見ていたら、彼らほどの人気者はそれ以前には存在しなかった、
つまり、「スター」という存在自体が人々にとっても初めて経験するもの
だったんだなあという気がしました。
んで、僕がもう一つ深く納得したのが、
4人がツアーにうんざりし始めた背景として、
それぞれが「ビートルズ以外の生活を持ち始めたこと」が挙げられていた点でした。
ジョンは息子が生まれ、リンゴは映画俳優として活動し始め、
ジョージはインド音楽に傾倒し、ポールは映画音楽を手掛けるようになり…などなど。
それぞれが個人としての人生を築き始めた結果、デビュー初期のように、
もてるエネルギーの全てをバンドに注ぐわけにはいかなくなったというのです。
(こうした時期に例の「ブッチャーズカバー」が撮影されたのは非常に象徴的です)
そして、そうした段階に進んだ彼らが、
バンドの目的から最も遠いものになってしまったライブ活動(ジョン曰く「サーカスの見世物」)を
真っ先に切ったのは必然でした。
まるでメンバー全員で一つの人格を共有していたかのように一枚岩だった集団が、
時間が経つにつれて、「個人」という名の溝を抱えるようになる。
これはどんな集団でも(若いころに組んだ集団は特に)避けては通れない宿命です。
僕自身も劇団という集団にいたから、身をもってわかる。
「溝」という表現をしましたが、集団が個人と個人の集まりである以上、
これは当たり前の、ごく自然の流れです。
ファンは(時には当事者であるメンバー自身も)変わらないことを望むけど、
もし実際に注ぐエネルギーも関心の高さも変わらないなんてことがあるとしたら、
思い出にしがみついているか、強権的な力で「個」を抹殺しているかのどちらかしかありません。
余談ですが、ビートルズ解散の理由について、僕が最も納得したのは、
リンゴがインタビューに答えた一言「大人になったから」でした。
もし仮に、当時の音響設備が格段に良くてツアー日程も余裕があって、
プライバシーも守られているような環境だったとしても、
遅かれ早かれビートルズはああいう形でのツアー活動は、
いずれ止めていたんじゃないかなあと、映画を見ながら考えてました。
最後に、映画の良かったところについてもう3点だけ。
一つは、64年のフロリダ州ジャクソンビルでの公演で、
当初会場の座席が黒人と白人に分けられていたのを、
それを聞いたビートルズの4人が、
「黒人も白人も一緒の席じゃなければ公演はやらない」と、
観客の人種差別的待遇を断固拒否したという事実。
これ、初めて知りました。
当時の時代状況と4人の年齢(20歳そこそこ)を考えると、
その根性のある姿勢に素直に感動しました。
もう一つは、ウーピー・ゴールドバーグのインタビュー。
少女時代、ビートルズの大ファンだったウーピーは、
地元NYのシェイスタジアムで彼らがライブを行うと聞き、
「どうしても行きたい!」と母親にお願いするのですが、
「お金がないの」と断られてしまいます。
ところがお母さんはウーピーに内緒でお金を工面し、なんとかチケットを2枚手に入れます。
そしてライブ当日、何も知らないウーピーに「出かけるわよ」とだけ告げて、
シェイスタジアムの前まで連れて行き、そこで初めてチケットを彼女の前に差し出すのです。
最後の一つは、ポールのインタビュー。
彼は14歳のころ、既に作曲を始めていたのですが、
友人に「作曲が趣味なんだ」と言っても、
「ふうん。そんなことよりサッカーはどう?」と、
まるで興味をもってくれなかったそうです。
そんな彼に初めて「僕も作曲をしている」と言った少年がいました。
彼の名はジョン・レノン。
「ジョンは僕にとって初めて出会った同じ趣味の友達なんだ」という言葉は、
なんかとても泣けました。
以前、リバプールに行ったときの記事でも書きましたが、
ビートルズというのはイギリス中のエリートが集まって結成されたわけではなく、
偶然近所に住んでいた友達同士で組んだというだけの、
どこにでもいる普通のバンドだったのです。
この映画に収められたのは、
そんなリバプール郊外の少年たちが、
世界中を席巻し、やがて大人になっていく瞬間だといえます。
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